翌日──日曜日の昼下がりにGGOへログインした俺は、早速ガンショップのシューティングレンジに向かう。休日ということもあって昨日よりも人が多い射撃場の中から空いているレンジを見つけ、ストレージからUZIをオブジェクト化する。
昨日初めて持った時も思ったが、やはり軽い。銃は小さなパーツの集合体だが、その大部分は金属製の筈──最近は外装が強化プラスチックやカーボン製の物もあると何かで見たような気もするが──過去にプレイしたゲームと同じく、もっとズッシリ重いものだと思っていた。
マガジンを装填し、コッキングレバーを引く。緊張の面持ちで銃を構えた俺は、短く一度、引き金を引いた。
タァン!という軽快な発砲音と共に、銃弾が撃ち出される。このUZIが使用しているのは9mmとかなり小さめの弾丸で、それもあってか反動は予想より小さかった。続けて数回、立て続けに引き金を引いてみる。5発撃った所で前方のターゲットを引き戻した。
「……分かっちゃいたが、随分鈍ったなぁ」
ターゲットに刻まれた弾痕は計6つ。全弾命中こそしているが、まともに当たっているのは僅か2発。他4発は肩や腕、脚等に散っていた。昔はフルダイブゲームでももう少し当てられた筈だが……やはり、ゲームセンターにあるようなシューティングゲームとリアル志向のGGOでは何もかもが違うという事か。
マガジンを交換した俺は、一度深呼吸してから銃を構える。このUZIはサブマシンガンだ。即ち、その本領はフルオート連射にある──
銃を撃つ。先程はすぐに戻した引き金を引きっぱなしにすると、発砲音が凄まじい速度で連なり、反動が腕を震わせた。
「ッと……流石にフルオートともなれば反動凄いな……」
本来付いているはずのストックがこの銃には付いていない──シュピーゲルはそう言っていた。ストック有りの完品ならもう少し上手く命中しただろうが、引き戻したターゲットに残された弾痕は頭頂部付近に偏っていた。油断していたのもあるが、胴体を狙ってこれでは少し工夫する必要がありそうだ。
どうしたものかと考え込んでいると、不意に背後から肩を叩かれる。振り向いた先には、記憶に新しい水色の髪の少女が立っていた。
「──精が出るわね。こんにちは、ジェイド」
「ああ、こんにちはシノン。昨日ぶり」
シノンのような中級者以上のプレイヤーは初心者向けのマーケットに来ることはあまり無いと勝手に思っていたが、どうやら光学銃のエネルギーパックがセールで安売りされていたらしく、それ目当てだったようだ。買い物を終えて何の気無しにシューティングレンジを見て回っていたら、俺を見つけたのだと言う。
「実弾銃を撃った感想はどう?」
「慣れるまで少しかかりそうだ。こんなに小さくて軽いのに、フルオートで撃とうとすると反動で照準がブレる」
「なる程ね……ちょっとフルで撃ってみて」
シノンに促され、俺はマガジンを交換してもう一度銃を構える。が──
「──ストップ。理由は分かったわ。やっぱり構え方の問題ね」
「構え方?」
「ええ。あなた、両手でグリップを握って撃ってたでしょ?あのスタイルは確かに基本なんだけど、あなたのUZIみたいなストック無しの小型機関銃には向かないのよ。指切り撃ちならまだしもね」
俺のマイクロウージーは大元の《UZI》機関銃を2段階に渡り小型化したもので、連射速度は上がっているものの、銃本体が軽い事も相まって、フルオート連射しようとすると機構上の問題で大きく暴れてしまうらしい。
もっと筋力値を上げれば片手でも難なく撃てるようになるが、今の俺ではまず無理だろうというのがシノンの言。その改善策としては……
「まず、しっかり狙って撃つのは諦めた方が賢明ね。ジェイドは今の所AGI型ステータスだから──左手はココを握って、腰だめに構えて撃てばマシになると思う」
言われた通り、左手で銃身──銃口のすぐ後ろを握り込むようにして持ち、脇を締めてしっかり構える。銃口の角度を調整してもう一度撃ってみると、今度は銃弾の大部分がターゲットの胴体に命中した。
「おぉ……構え方1つで変わるもんだな」
「中々爽快でしょ?噂じゃ、全員マシンガン装備固定でサブアームを持たないポリシーのスコードロンがあるんだって。はっきり言ってバカだけど、気持ちはちょっとだけ理解出来るわよね」
「ちょっとした悩みとかイライラなら、マガジン2~3本撃ち尽くすだけで吹っ飛びそうだもんなぁ……」
シューティングレーン内ではどれだけ撃っても所持している弾は減らない為、その後もシノンの指導を受けながら射撃練習を続ける。お陰で《UZI》は俺の言うことをしっかり聞いてくれるようになり、腰だめ撃ちのコツも掴めてきた。
「シュピーゲルも言ってたけど、ホントに筋がいいわね……GGOの他にもVRMMOやってるの?」
「一応、ALOをやってるけど……でも、あっちに銃は無いからな。こうも上手い事上達できてるのは、やっぱりシノンとシュピーゲルのお陰だよ」
「ALOって言うと……確か、ファンタジー系のやつだっけ。前にニュースか何かで見た気がする」
シノンが見たというのは、恐らく新生される前──《レクト》が運営していたALOで起きた事件のニュースと思われる。
蘇ったアインクラッドという大きな話題性で今も尚着実にユーザー数を伸ばしつつある新生ALOだが、剣と魔法の世界で空を飛びたい者もいれば、鉄と硝煙の世界で鉛弾を撃つ事に快感を覚える者もいる。《ザ・シード》によって爆発的に仮想世界が増えた現在、プレイヤー側のニーズが分散したこともあってその勢いは落ち着きを見せていた。
「──さて。かなり上達したみたいだし、そろそろ引き上げましょ。いつまでもレーンを独占してちゃ悪いしね」
それもそうだ。と銃を仕舞って射撃場を後にした俺は、シノンの狩りに同行しないかと誘いを受けた。俺と彼女のレベル差は歴然で、事と次第では足を引っ張ってしまうのではと危惧したが、どうやら目的の狩場は最近見つけた穴場らしく、レベリングに打って付けなのだと言う。
狩りの穴場というワードにゲーマー心を擽られた俺は、ありがたく申し出を受け入れる事に。回復キット等各種アイテムを調達してから、戦闘用の装備に衣装チェンジしたシノン共々フィールドに繰り出した。のだが……
「──…ここで、合ってるんだよな?」
「ええ。間違いない……残念ながらね」
今俺達は、森林地帯の生い茂った草むらの中で蹲っている。目的地だった狩場はもう目と鼻の先なのだが、そちらを睨むシノンの目には、Mob相手に戦闘を行う5人のプレイヤー達が映っていた。
「そこまで辺鄙な場所でもないし、いつか見つかるだろうとは思ってたけど……たった2日か。ツイてないわ」
「……GGOって狩場のマナーとかは?」
「あって無いようなものよ。大抵の場合、先客が狩られるか、先客に狩られるかの2パターン。この手の話が穏便に済んだケースはあまり聞かないわね。勿論、弾薬の都合があるからずっと居座るような事はないと思うけど……」
シノンはチラリと手首の時計に目をやる。もしかしたらまたリアルの方で何か予定があるのかもしれない。
「……仕方ない。あなたは離れた場所に隠れてて。私があいつらを倒す」
「……1人でか?流石に無茶だろ」
「かもね。けどこの程度で尻込みしてるわけには行かないの。この程度の状況に対処できないようじゃ、私は……」
最も安全なのは、2人揃って引き上げる事。単純な数的有利をとっても、相手はこちらの倍以上いるのだ。いくら防護フィールドがあっても、あれだけの数の光学銃に集中砲火を受けたらひとたまりもないだろう。
俺でもそう思うのだから、シノンだって承知のはず。事実、彼女の表情からは何か勝算があるようには感じられない。それでも退く事をしないのは、ただの蛮勇──否、きっと、彼女の中の譲れない一線なのかもしれない。たかがゲームで何を、と普通の人間なら一笑に伏す所だろうが……
「オーケー。なら、俺も付き合おう」
「はぁ?何言ってるのよ……!あなたじゃ足手纏いになるだけだわ。私は大丈夫だから、早く──」
「半ば行きずりとはいえ、今のシノンはパーティメンバーみたいなものだ。それを見捨てるような真似は、俺の主義に反するんだよ──仲間を1人で死なせるくらいなら、一緒に死んでやるさ。肉壁にでも何でも上手く使ってくれ」
「ジェイド……あなた馬鹿でしょ」
「よく言われるよ──シノン、この辺詳しいか?」
「……一応、周辺の地形は頭に入ってるわ」
「流石。だったらそのアドバンテージを活かして、まずは2人落とす」
「ゲリラ戦の真似事って訳。望む所だわ──」
その場で手早くブリーフィングを済ませた俺達は、各々のポイントへ移動する。静かに茂みを掻き分けて所定の位置についた俺は、木の陰から相手の様子を伺う。
敵の数は5人。その内1人だけが、見張りとして戦闘から外れていた。手には対人用の実弾銃──名前は分からないが、サイズ的に俺と同じサブマシンガンの類だろう──を携えており、時折後ろの仲間達を羨ましそうにチラ見しながら周囲を警戒していた。
ジッと息を潜めていると、見張りの近くでガサっと草木が揺れる。準備完了、及び作戦開始を告げるシノンからの合図として投げ込まれた小石だ。見張りのプレイヤーが音のした方へ注目した所で、俺もその辺の石を拾って放り投げた──今度は少し離れた位置へ。
立て続けに聞こえた音を外敵の接近と捉えた見張りは、訝しみながら歩き出す。仲間達にひと声かけるかと思ったが、そうならなかったのは好都合だ。
銃を構えてジリジリと進んでくる見張りの近くに、もう一度石を放る。今度は音がした瞬間、見張りが音の発生原に向かって発砲。俺はその隙を逃さず、飛び出した──!
背後から、銃を持つ男の右腕を脇で挟むようにして抱え込み、UZIの銃口を持ち上げる。ついでに右足を踏んづけている事で大きな動きを封じられた見張りは、顎に銃口を突き付けられた状態ながらも仲間達に向かって口を開くが──声を発するより先に、超至近距離で吐き出された9mm弾が見張りのプレイヤーの頭を撃ち抜いた。
SAOやALOでは、頭部を大きく傷つけられたり身体を真っ二つにされる等といった致命的な攻撃を受けると、一撃死ないしそれに等しい大ダメージを被る。《ザ・シード》によって生まれたGGOにもそれらの仕様は引き継がれていたらしく、見張りのプレイヤーは煌くポリゴンの欠片となって霧散していった。
無事に実弾銃持ちの見張りを始末出来た。しかし立て続けに2度聞こえた発砲音は他の4人にも届いているはずだ。実弾銃と光学銃では発砲音がまるで違う為、誤認するということも無いだろう。
「おい、大丈夫か──?」
仲間達がこちらへ近づいてくる──ふと、銃声が響き、集団の最後尾にいた1人が弾かれたように倒れる。その頭部には、赤いダメージ痕が刻まれていた。
「近いぞッ!」
「──いた!あそこだッ!」
ボルドーカラーの軽装備に身を包んだ男が見上げる先──苔むした岩の上には、スコープ付きのアサルトライフルを携えたシノンの姿が。それを見つけた奴らは、挙って得物を差し向ける。すぐさま身を引っ込めたお陰で、放たれた銃弾がシノンに命中することは無かったが……
「回り込んで囲め!どこかに岩に登るルートがある筈だッ!」
パーティリーダーらしいボルドーのプレイヤーが言う通り、裏手に連なった岩から上に上ることが出来る。そこを塞がれてしまえばシノンは退路を完全に絶たれる。そうでなくとも周囲から一斉にグレネードを投げ込まれてHP全損必至だが……当然、その程度の事は織り込み済みだった。
走り出した3人の内、先頭を走る1人が岩の横手を通り過ぎた時……その脚に微かな抵抗感と、ピンッという何かが外れるような音が──
次の瞬間、大きな爆発音と共に敵の体が吹き飛んだ。予め仕掛けていた簡素なワイヤートラップだ。何分即席なのでよく見れば気付けるのだが、敵の注意は全てシノンに向いており、足元がお留守になっていたというわけだ。
「ッ……止まれッ!」
爆煙に混じって仲間の体を構成していたポリゴン片が散っていく様を前に、敵は足を止めた。当然、他にもトラップがあるかを確認しにかかる……が、敵とて素人ではないということか、リーダーの男は残ったもう1人にシノンを警戒させ、自分が罠の有無を確認する。
しかし彼らの敵はシノンだけではない。俺は最初に倒した見張りから奪った
「離れろッ!」
即座に地面を転がって距離を取った敵2人。グレネードの効果範囲がどの程度なのか分からないが、最も効果を発揮する至近距離で炸裂させる事が叶わず、小さく舌打ちする。だが──俺が放ったグレネードから、灰色の煙が勢いよく噴出した。どうやらアレはスモーク・グレネードだったようだ。
煙幕によって敵の姿が隠れてしまうこの状況。奴らの視界を奪ったという見方も出来るが、こちらも向こうを捕捉できない以上、迂闊に攻め入ることが出来ない。最悪シノンが俺を撃ってしまう事も考えられる。
さりとて俺が2人とも倒せるかというと、中々難しい所だ。1人は持っていけたとしても、生憎ナイフなどは持っていない為、撃った瞬間もう1人に位置を気取られてしまう。対するこちらは敵の位置が分からないのだから、即座に2人目を狙いに行けない。
こうなれば、俺がわざと2人目に撃たれることでシノンに敵の位置を知らせるか──煙幕が広がっていく最中、僅か1秒前後で脳裏を駆け抜けた思考は、想定とは違う形で実現することになる。
敵の姿が完全に覆い隠されようかという所で、シノンが敵を撃ったのだ。その射撃は敵の頭を正確に撃ち抜き、1人倒して見せる。残されたリーダーの男は煙幕に飲み込まれながらも、シノンへの牽制として上方へ光学銃を乱射。彼女の鼻先を掠めた1条の光、その延長線上──光の源である敵目掛け、俺は全力で地面を蹴った。
走りながらUZIを腰だめに構え、撃つ──瞬く間に連射された小さな銃弾がスモークの中に飛び込んでいき、続いて「クソッ!」という悪態が聞こえてくる。その声で更に敵の位置を絞り込んだ俺は、勢いよくスライディングして飛び込む。仰向けに倒れた俺の頭上を、反撃として放たれたブラスターの光が通り過ぎていった。
スモークの中に滑り込んだ俺は、敵の横を通り抜けざまにその片足首を掴む。勢いそのままに足を大きく後ろへ引っぱられた彼は反射的に踏み止まり──仰け反ったガラ空きの背中に、UZIの銃口を突きつけた。即座に引き金を引くと、軽快な炸裂音と共に男の背中にいくつもの弾痕が量産される。片手でのフルオート射撃に銃口が大きく暴れるが、この距離なら問題ない。そのまま全弾撃ち尽くした所で、男の体はぐらりと倒れ──地面に落ちたガラス細工のように、無数の破片となって散っていった。
程なくして煙幕が薄れ始め、立ち上がった俺の元へシノンが岩から飛び降りてくる。
「ナイスファイト」
「そっちこそ、ナイスアシスト──や、この場合アシストは俺になるのか……?」
「別にどっちでもいいわよ……それはそうと、あなた何者?GGOでの対人戦は初めてよね……?いくら他のVRMMOをやってたとはいえ、順応性が高過ぎる。バレバレのブービートラップに掛ける為に敵の視線を誘導するとか、初心者が考えつくような作戦じゃないでしょ」
「たまたま他所での経験が活きただけだ。上手くいったのもシノンのお陰。特に最後のスモークの時──あそこで君が撃ってなければ、逆に俺達がやられてたかもしれないだろ」
もしあの煙幕を放置していれば、敵の対人戦用装備への換装を許していたかもしれない。
当てずっぽうで撃って当たればいいが、もし敵が身を低くして岩の真下へ退避するなどしていた場合、こちらだけが無駄弾を使ってしまう。俺だってこの低ステータスで実弾火器による敵の反撃にどこまでやれたか、正直自信は無い。
実力平均で明確に劣っている以上、敵の思考をかき乱して短期決戦で仕留めるしかなかったのだ。その点、あの時のシノンの行動はファインプレーとしか言いようがなかった。
「……まぁいいわ。それじゃ、30分くらい狩りをしたら引き上げましょ」
「……たった30分か?」
「街で蘇生されたあいつらが戻ってくる可能性もゼロじゃないし、鉢合わせないように帰り道も最短ルートから変えた方がいいわ。プレイヤーからドロップしたアイテムは、ある意味経験値以上に貴重だから」
PKされると所持アイテムがランダムでドロップしてしまうのはALOと同じだが、あちらが装備フィギュアにセットされているものは絶対安全だったのに対し、GGOでは装備品がドロップ対象となっているらしい。つまり強力な装備で外をうろついて、万が一キルされてしまえば貴重なレア装備を奪われてしまう危険性があるのだ。その辺の綱渡り的要素も、GGOが現行のVRMMOの中でも一二を争うほどハードとされる所以なのだろう。
その後、持ち回りで周辺を警戒しつつレベリングを始めた俺達は、きっちり30分で手を止める。
「──もう時間か……勿体無いな。折角の穴場が……」
「また来ようと思ったら、それなりに人手が要るでしょうね。もう同じ手は使えないだろうし──けど仕方ないわ。幸い狩場はここだけって訳じゃないし、装備を整えて地下の遺跡に潜れるようになれば、地上の比じゃないくらい効率よくレベリングが出来るわよ」
シノンに諭され、俺は後ろ髪を引かれつつもフィールドを後にするのだった。
シノンの先導のお陰で、敵プレイヤーに遭遇する事もなく無事に街へ帰還。
このまま戦利品の確認をするのかと思っていたが、シノン側の予定が差し迫っていたらしく、戦利品の確認は明日にして今日は解散する運びに。明日は月曜日だが、こうして何の気兼ねもなく遊ぶ約束が出来るのは夏休み様様だ。
……とは言え、遊んでばかりはいられない。バイトでGGO、プライベートではALOにもログインして日夜ゲーム三昧の俺だが、学生の夏休みを脅かす
……そう。楽しい時間は、数値にしてどんなに長くても、あっという間なのだ。
街の中央に聳える巨大なビルを仰ぎ見る。あの上に登れば広大な街を一望出来そうだ。
「(アリス……この世界に、君はいるのか?)」
ふと、彼女の剣の腕が一流なのは疑いようもないが、銃はどうなのだろう?と考える。剣の世界では鎧に身を包んでいた辺り、こちらでもガチガチにアーマーで固めたりするのだろうか。どんな得物で、どんな戦い方をするのだろうか──映画などで見る特殊部隊装備のアリスを想像して、思わず笑みが溢れた。
──実の所、菊岡からバイトの話を持ちかけられた翌日、俺はこのバイトを利用してアリスを探しに行けるのではないかと考えた。その旨を菊岡に打診はしてみたのだが……今この瞬間も生まれ続けている無数に近い仮想世界をしらみ潰しに探すのは現実的ではない、と断られてしまった。これでも隙間時間を使って無料解放されているVRワールドを訪れたりしているのだが、俺1人に出来るのはそこまでだ。ダイブするにあたってきっちり接続料を徴収される世界まで視野に入れていては、金がいくらあっても足りない。
であれば、俺だけでも菊岡が当初提示した条件──5タイトルの調査を呑むべきとも思った。
だが……俺がそう言ってしまえば、意図を察したキリトまで付き合うと言い出しかねない。俺の都合とまでは言わないが、とにかく付き合わせるのは気が引けた。あいつにはアスナ達と楽しい夏休みを過ごして欲しい。最終的に力を借りるにしてもタイミングというものがあるだろう。
勿論、アリスが帰還後もVRMMOをプレイしているとは限らないし、何より……俺の事を覚えているかも、分からない。
彼女と再会した時……もし、俺の事を覚えていなかったら。アインクラッドで過ごした2年間が、彼女の中から綺麗さっぱり消えていたら……。
アリスとの再会は、今の俺を支える大きな目的だ。
その目的を達成するのが、少しだけ……ほんの少しだけ───。
3日目──今日が、GGOで過ごす最後の日だ。
俺は昨日別れる時シノンと示し合わせた時間にログインした。
ログインシークエンスを抜けて荒廃した世界に降り立つと、すぐ近くに見慣れた水色の髪のプレイヤーが──見事にタイミングがかち合ったようだ。
今日はシュピーゲルも一緒に狩りをしようとの事で、彼が来るまで近くの酒場で時間を潰しがてら、昨日の戦利品を整理する。
「──現状、私達の装備と互換性があるのはこんな所かしらね。残りはどうする?ダイスかコイントスでドラフト形式に取ってく?」
「いや、全部譲るよ。どう考えてもMVPはシノンだ」
「え、本気?」
「ああ。それに、元々君が1人で全員相手するつもりだったんだろ?そのお零れとしちゃ、今貰っただけで十分だよ」
「驚いた……このゲームを遊んでる人って、大体がレアアイテムを売り捌いて大儲けするのが目的だったりするから」
初心者お断りな雰囲気すら感じられる程ハードなGGOがビッグタイトルへ成長を遂げたのには、勿論理由がある。その最たるものが《ゲームコイン現実還元システム》の存在だ。
掻い摘んで言えば、ゲーム内で稼いだ通貨──《コル》だの《ユルド》だの《クレジット》といった金を、現実世界で使える電子マネーとして還元出来る。勿論還元レートは1=1じゃないし、換金する際手数料も取られるが、凄い人だと月ウン十万は稼いでいるとか。
極端な話、働かずともゲームの中で金を稼げるのだから、人気にならないわけがなかった。
「……シノンは違うのか?」
「全く違う、って訳じゃないけど……主目的じゃないのは確かね──私は、強くならなきゃいけないの。この世界にいる誰よりも」
神妙な面持ちで呟くと共に、グラスを握る手に力が篭る──単に頂点を目指したいというような生温いものではない、彼女はこの小柄で華奢なアバターの中──魂の更に奥深くに、何かを秘めている。
「──そういうジェイドは?」
シノンの抱えるものの輪郭が、極めて朧げながらも見えてきた所で、彼女の問いに意識を引き戻される。
「レアアイテムが狙いじゃないなら、何でこのゲームを始めたの?」
「あ、あー……別に大した理由じゃないよ。なんとなく興味があったとか、そんな程度だ──でもそうか。だからあの時、1人であいつらを相手にするなんて事を……」
「あそこで全員倒すって断言できない辺り、まだまだ実力不足だけどね……丁度いいわ、あなたからの意見も聞かせて──私、本格的にスナイパーに転向しようと思ってるんだけど、どう思う?」
「狙撃手か…──」
確かに、昨日の戦いでもアサルトライフルによる見事な射撃が目立っていた。そんな彼女であれば、スナイパーライフルを使いこなすのにも苦労は無いだろうが……得意・不得意という単純な話ではないらしい。
シノン曰く──GGOのシステム上、銃を撃つ際は《
フルオートで弾をばら蒔いて「数撃ちゃ当たる」が出来る機関銃とは違い、ただ1点のみを狙って撃つスナイパーライフルは、そもそもシステム的に扱いが難しい代物なのだと言う。
加えて、現在GGOではAGI一極型ビルドが最強とされており、プレイヤーの大半はかなりすばしっこい──シュピーゲルが俺にAGIステータスを上げるのを勧めてきた事がこれを裏付けている──当然対面では撃ち負けてしまう為、お世辞にも相性がいいとは言えなかった。
どんなにすばしっこかろうと、刹那を捕まえて一撃で対象を倒せれば問題無い。しかし先述のシステム面でのハンデがここで効いてくる。その分、スナイパーライフルは一撃で相手を屠れるほど威力が高く設定されているのだが……ステータスの振り直しが出来ないこのゲームで、逆風に次ぐ逆風が待ち受けるスナイパービルドへ舵を切るかどうか──最後の踏ん切りが付かないようだ。
「勿論、最終的に決めるのは私だって分かってる。シュピーゲルは、多分反対するでしょうけど……ジェイド、良い意味でこのゲームに疎いあなたの意見を聞かせて欲しいの」
少し思案した俺は、慎重に言葉を選びつつ口を開く──
「君の言う通り、GGOでは俺は素人だ。だから、あくまでいちゲーマーとしての意見を言わせてもらうなら……AGI型一強の現環境はいつか必ず崩壊すると思う」
GGOに限った話ではなく、この手の対人戦ゲームに於いてパワーバランスというのは重要だ。特定の装備、特定のキャラクター、特定のステータスタイプ──数多ある選択肢の中で突出して強いものがあれば、誰もが挙ってそれを選ぶ。
こういった、ゲームのワンパターン化を防ぐ為に運営がどのような措置を取るかは想像に難くない。そもそもの話、まだサービス開始から半年も経っていない状況で最強のステータスタイプを豪語するのは時期尚早と言わざるを得なかった。
「──えっと、システム的・環境的に強いからって理由でAGI型を選んだプレイヤーがふるい落とされていく中でも、食らいつくプレイヤーは必ずいると思うんだ。この2者の違いは、装備とかステータス値じゃなくて、プレイヤー側の問題なんだと思う」
「プレイヤースキルが重要って事……?」
「ああ。通用しなくなったら諦めるんじゃなく、通用するよう研究して、試行錯誤する。その過程で磨かれたものこそが、VRMMOに於ける最も頼れる武器なんだと俺は思う──だからスナイパーになるにせよ、他の道に進むにせよ、シノンがその道に真剣に向き合えば、きっと強くなれる筈だよ──…と、こんなので参考になるか?」
「……ええ、ありがとう。お陰で決心がついたわ」
「なら良かった。少しは借りも返せたかな」
どうやらシノンの中では納得のいく答えが出たらしく、すっかり放置していた黒エール入りのグラスを一気に傾ける。
「正直驚いてる。このゲームで女性プレイヤーに声かけてくる男なんて、9割方ナンパ目的だから。まともなのはあなたが初めてよ」
「……シュピーゲルは?」
「あ、っと……実は、彼とはリアルで知り合いなの。GGOを勧めてくれたのも彼でね」
「ほう……なんか、邪魔して悪かったな」
「ちょっと、変な勘繰りはやめてよね。彼とはただの友達よ」
「今の所は、か。頑張れよ」
「違うわよ!……これ以上続けるなら、シュピーゲルにある事無い事吹き込むわよ」
すみませんでした、と大人しく両手を上げた俺は、こちらも放置していたエールを煽る。
そこへ、灰色装備の男性プレイヤーが現れた──噂をすればシュピーゲルだ。
「やぁ2人共……早いんだね?まだ約束の10分前だけど」
「え、ええ。ちょっとね──」
シノンから昨日あった事を聞かされたシュピーゲルは、目に見えて狼狽した。
「大丈夫。ジェイドにも手伝ってもらって、全員倒したから。私達の集合が早かったのは、昨日の戦利品の分配をしてたの」
「あ、ああ……なんだ、そういう事──とにかく、無事で良かった。今度からは僕も一緒に行くよ」
「いつまでも初心者気分じゃいられないわ──いい加減独り立ちしなきゃ、BoBの予選通過すら夢のまた夢だもの」
「……そっか、そうだよね。シノンの目標はGGO最強だもんね」
「ええ。だから、もしどこかで当たってもお互い手加減も恨みっこも無しよ」
「うん、もちろん」
そう言って不敵な笑みを浮かべる2人を見て、青春だねぇ…と呑気な事考えていると、ふとシノンが俺の方を見る。
「そうだ、ジェイドも挑戦してみたらどう?優勝は無理だろうけど、あなたのセンスならこの夏集中的に鍛えれば予選のいい所までは行けるかもしれないわ」
「あー……そう言って貰えるのはありがたいんだが……俺、当面はログインしなくなると思う」
「えっ……」
「リアルの方が忙しいとか?」
「まぁ、そんな所だ。接続料の問題もあるから……このアカウントも、削除になる」
俺がこの3日間GGOにログインしていたのは、菊岡からの依頼を受けての事だ。その期間が終了すれば、この《ジェイド》はお役御免となる。
頼めばアカウント情報くらいは渡してくれるかもしれないが、正直GGOをこの先もプレイし続けるかは俺自身分からない。
「そう……残念ね」
「事情は人ぞれぞれあるからね。仕方ないよ」
「だから今日の狩りは頑張らせてもらうよ。色々教えてもらったお返しにな」
「……なら、早速行きましょ──っと、その前に……さっきの戦利品の中から渡した《スコーピオン》用の弾と予備マガジンを買いに行かないとね」
「……武器更新も大変だなぁ、このゲーム」
「分かる。けどそこもまた醍醐味ってやつだよ」
──この日の狩りの成果は結構なもので、レアアイテムもいくつかドロップしたらしくシノンとシュピーゲルは目を輝かせていた。
そんな2人に、俺は持っていたアイテム類を全て無償譲渡。売り払って金にするなり自由にしてくれと言った。スコーピオンはシュピーゲルに、マイクロUZIはシノンに渡す。
立つ鳥跡を濁さず──すっかり身軽になった俺は、2人と最後の言葉を交わす。
「それじゃあ、ここで解散だな──改めて、本当にありがとう。2人のお陰でこの3日間はかなり楽しかったよ」
「気にしないで。こっちも新鮮な経験だったから」
「……シュピーゲル、シノンと仲良くな」
「え?う、うん……」
小声でそう告げ、シュピーゲルと握手を交わす。
「もしまたGGOをプレイ出来るようになったら、また会いましょ」
「……その時は、名前こそ同じでも見た目は全然違うだろうけどな──シノンも頑張れ、応援してる」
彼女がこの世界でどんな道を往くのか。俺がそれを見届けることは恐らく無い。だが先程言っていた「GGO最強」という高みへ達したのならば、どこかで目にする事もあるだろう。今後《MMOトゥモロー》のお気に入りトピックにGGOも追加しておくことにする。
シノンとも握手を交わし、別れの挨拶を済ませた俺は、メニューを開いてログアウトボタンを呼び出す。
「それじゃ──お疲れ様」
短い言葉を残してログアウトする俺を、2人は手を振って見送ってくれた。
「……行っちゃったね」
「ええ……」
街の喧騒の中、残されたシノンは、
「……ねぇシュピーゲル」
「何だい?」
「──実弾のスナイパーライフルが売ってるお店、心当たりある?」
──自室のベッドで目を覚ました俺は、頭からアミュスフィアを外して大きく伸びをする。次いで大きなあくびを一発かましてから、弾みをつけてベッドから飛び起きた。
PCデスクに向かい、資料作成アプリを起動。今日は15時からALOで俺を含んだ学生面子による合同宿題討伐クエストが予定されているので、菊岡へ送る報告書最後の1ページ分をとっとと書き上げてしまう事にする。
僅か3日という短期間、俺を助けてくれた2人のプレイヤーの事を思い浮かべながら、キーボードを叩くのだった。
以上、ミツキのひと夏の思い出でした。
次回からファントム・バレット本編が始まります。