ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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死銃

 12月7日──すっかり空気は冷え込み、2025年も終わりに差し掛かってきた頃。俺はバイクで東京都内を走っていた。

 今年の夏頃、エギルの知り合いが中古品を格安で譲ってくれるという話に乗せられて俺とキリトは免許を取得する事になったのだが……電気駆動のオートマ車が主流になりつつある現代じゃ絶滅の一途を辿るガソリン式のMT車と聞いた時には耳を疑った。要は体のいい在庫処分先に使われたというわけだ。受け取った後、遠くない内にガソリン車が廃止される予定という話を聞かされたキリトはあんぐりと口を開けていた。

 

 だが何事も慣れで、やっとこ免許を取って暫く乗り回した結果、これはこれで悪くないと思い始めているのが正直なところだ。教習当時はまごついていたクラッチ操作もスムーズに行えるようになった。

 インド生まれの4スト単気筒エンジンを唸らせながら走るこいつは今や立派な俺の愛車であり、日本からガソリンスタンドが根絶された暁にはどうにかEV式に改造出来ないものかと思うくらいには愛着が沸いている。

 

 愛車との時間を噛み締めるように都内の道路を駆け抜けた俺は、目的地最寄りの駐輪場にバイクを停めた。ホルダーから外した携帯を確認すると、約束の5分前。点滅していた信号を足早に渡り、向かいに聳えるビルのエレベーターボタンを押し込んだ。

 階層を示すセグメント表示が1つ、また1つと切り替わっていく様をボーっと眺めていると、不意に横から肩を叩かれる。

 

「──よっ、ミツキ」

 

「キリト、お前も呼ばれてたのか」

 

「そりゃこっちのセリフだよ」

 

 短く挨拶を交わした所でポーンという音が鳴り、2人揃って無人のエレベーターに乗り込んだ。

 

「……お前、いつにも増して黒いな?」

 

「う……仕方なかったんだよ。スグの奴が全部洗濯しちまって、コレしか……」

 

 苦い顔で語るキリトの服装は、黒いTシャツに黒いブルゾン、黒いジーンズ、黒いスニーカーと見事なまでの黒ずくめだった。夏休み中、他の皆と遊びに行った時なんかはもっと彩りのある格好で、リズに「あんた黒以外の私服持ってたのねぇ」なんて弄られていたのを思い出す。

 

「今日はアスナと出かける用事があったんだけど……」

 

「そりゃ災難だったな──何なら、俺が話聞いて後で内容メールで送るか?」

 

「いや。約束の時間はまだだし、タイムリミットになったら何言われても出てくつもりだ」

 

「オーケー。その時は協力しよう」

 

 ポーン、と停止音が鳴り扉が開く。エレベーターから降りた俺達を迎えてくれたカウンターの店員に、俺が待ち合わせという旨を伝える傍ら、キリトが店内を覗き込む。横薙ぎに滑らせた視線がフロアの真ん中に達した辺りで、

 

「おーいキリト君、ミツキ君!こっちこっち!」

 

 と、窓際奥の席から無遠慮にデカい声で手をブンブン振るスーツ姿の男が目に入った。いかにもお上品な空気をぶち壊された周囲の客は、挙って男の方を睨む。

 

 今からアイツの所に行かなきゃならないのか……と肩を落とした俺は、

 

「……すみません。アレと待ち合わせです」

 

 そう言いながら小さく頭を下げ、キリト共々、テーブルと突き刺すような視線の間をそそくさと通り抜けていった。たどり着いたテーブルで俺達を待っていたのは、気の良さと胡散臭さがミックスされた笑みを浮かべるメガネの男──菊岡誠二郎。これでも総務相に務めるれっきとした国家公務員だ。

 

「──いやぁ、御足労願って悪かったね。ここは僕が持つから、何でも好きに頼んでよ」

 

 じゃあ遠慮なく、と開いたメニューを覗き込んだ俺達は、揃って言葉を失った。

 ──高い。とてつもなく高い。コーヒー1杯取っても800円のエスプレッソが最安値。最高1300円のものまである。これだけあれば、牛丼チェーン店で肉を大盛りにした定食を頼んで尚お釣りが来るし、大手ファストフード店なら紙幣が丸々1枚残る。

 流石は日本有数のセレブの街銀座。物価からして俺達庶民とは次元が違うらしい。

 

 しかし先も言った通り、会計は菊岡持ちだ。日頃あれこれとコキ使われている事への復讐として、精々高い注文をしてやろう。と俺達は頷き合った。

 

「……カフェ・カプチーノと、レアチーズケーキ・クランベリーソース……あとモンブランを」

 

「俺は……パルフェ・オ・ショコラと、フランボワーズのミルフィーユ、ヘーゼルナッツ・カフェで」

 

 注文を控えたウェイターが一礼して引っ込んでいくのを尻目に、ふぅと息をつく。

 

「君達でも、やはりこういう場は緊張するんだねぇ?」

 

「俺達を何だと思ってるんだアンタ……」

 

「わざわざ銀座なんぞに呼び出したのはそうやって面白がる為か?」

 

「とんでもない。それこそ僕を何だと思ってるんだい?」

 

「立場にかこつけて子供をこき使う胡散臭い役人」

 

「酷いじゃないか。君達が目を覚ましてから1番最初に病室に駆けつけたのは誰だっけ?そんな君達に、規定違反覚悟で親しいプレイヤー達の身元や安否、所在を明かしてあげたのは誰だっけ?」

 

「だからそういう所だよ…──で、今日は何の用だ?SAO関係の情報なら、こっちはもうネタ切れだぞ」

 

「つれないなぁ、ちょっとくらい世間話に付き合ってくれてもいいじゃない──今回君達を呼んだのは、また手伝って欲しい案件があるからなんだ」

 

「……またバーチャル犯罪絡みか。正直いい加減にして欲しいんだけどな」

 

「耳が痛いね。けど長い目で見れば君達にとっても無関係じゃないんだ──先月起きた、VRゲーム内でのトラブルに端を発する傷害事件の事は覚えてるかな?ニュースなんかでも結構大きく報道されてたと思うけど」

 

 言葉とは裏腹にあまり悪びれているようには感じない菊岡に深々と溜息をついた俺達は、一応聞くだけ聞くことにする。

 

「……確か、研いだ模造刀で2人殺したって奴だったか」

 

「正確には君達がALOで使ってるような西洋剣だね。刃渡り120センチ、重さ3.5キロ──今見ても、よくこんなのを振り回せたものだ」

 

 犯人の男はゲームのヘビープレイヤーで、違法なドラッグにまで手を付けていたらしい。それによる精神の錯乱も事件発生を後押ししたのだろう。

 

「ゲームやアニメが将来的に犯罪者を生み出す温床になる、って話はかなり前から物議を醸している。まぁ客観的にも暴論なのは一目瞭然って事で余り大きな声になる事はなかったんだけど……」

 

「VRMMOとなれば話は違ってくる、か……」

 

「VRゲームは傷害行為に対する心理的ハードルを下げる──それは認めるよ。PKが日常化してるゲームも少なくないし、ありゃ殆ど現実世界での殺人の予行練習だからな」

 

 凄いものだとダメージを負えば痛みこそ感じないながらも血が出たり、臓物が溢れ出たりする──その分、接続料及びサーバー維持費が馬鹿高かったりするのだが──バーチャルリアリティという名の通り、現実味という点では現実世界に迫りつつあるのが仮想世界の現状だ。

 

 ゲーム内で人を殺す感覚に慣れきった人間が現実世界でも事に及ぶ危険性があるというのは、先述の事件が立証してしまった。何かしらの対策は必要になるだろうとは思っている。

 

「正直分からないな。どうしてPKなんて行為に手を染めるんだい?そりゃあ、止むを得ない時はあるだろうけど、積極的に他者を害するよりも皆で仲良く遊んだ方が楽しいじゃないか」

 

「そりゃご尤も──簡単な話だよ。VRMMOに限らず、多少なりともPvP要素の入ったゲームを遊ぶ奴なら抱かずにはいられないもの……身も蓋もない言い方をすればただの承認欲求や優越感さ」

 

 運ばれてきたケーキとコーヒーを味わいながら、俺のセリフをキリトが引き継ぐ。

 

「他人に認められたい、力を誇示したい。そんな原始的でシンプルな欲求の為に馬鹿みたいな労力を費やすのがゲーマーって人種なんだよ。まぁ、一部例外はあるけどな──アンタだって憶えがあるはずだ。海老で鯛を釣った奴を見れば妬ましいし、周りから頼られ褒められれば気分がいい。違うか?」

 

「言いにくい事をはっきり言うなぁ君は……その例外っていうのは、君達みたいなプレイヤーの事かい?」

 

「まさか。俺もミツキも大多数側だよ」

 

「例外ってのは、1人で楽しめればそれでいいタイプの事だ。縛りプレイとかアチーブメントコンプとか、ゲームを隅から隅まで楽しんで達成感を得るタイプ。ヘビーゲーマーの中じゃ1番平和だな」

 

「なる程ね……なら僕も君達側ってことになるのかな。正直、彼女持ちで青春を満喫する君達の事が非常に羨ましい。良かったら今度ALOで女の子を紹介してくれないか?あのシルフ領主さんなんか美人で──」

 

 菊岡の言葉を遮るように、俺は最後にとっておいたモンブランの黄色く艶のある栗に勢いよくフォークを突き刺した。

 

「話を戻すぞ──その優越感だが、実際手に入れるのは簡単じゃない。勉強にしろスポーツにしろ、長い時間をかけて努力しなきゃならない。その努力だって、必ずしも実るわけじゃないしな」

 

 そこでMMORPGだ。あれは注ぎ込んだ時間がそのまま結果に直結すると言っていい。ゲームシステムによる違いこそあれど、努力をすればそれに応じた成果が保証されているのだから、勉強や筋トレよりもずっと身が入る。何より楽しい。

 Lv.99とかLv.100というハイレベル表示をぶら下げ、強力なレア装備を身につけて街を歩けば他のプレイヤー達から羨望の眼差しが集まる。自分はこいつらより上なのだと、この世界でなら自分が「強者」なのだと、そう思えるのだ。

 

「──そうやって手に入れた《強さ》は単なる力以上の価値がある。フィールドに出てピンチのプレイヤーを助ければ正義のヒーローになれるし、ムカつく奴を片っ端から圧倒的ステータスで叩きのめせば魔王にだってなれる。トッププレイヤーとしての発言力なんかも手に入るかもな。そんな万能感が、麻薬のように人を狂わせることだってあるだろう。ましてやVRMMOは従来のゲームと違って、仮想空間内で直接他者と交流するわけだから、没入感は段違いだ」

 

 そういう意味では、MMORPGというのは原始的で野蛮と言えるのかもしれない。

 力さえあれば大抵の事が可能で、その力は絶対にして不変。突き詰めれば並ばれこそすれ、超えられる事はない。

 逆に力が無ければ何も出来ない。誰かを助ける事も、悪を討つ事も、何かを訴える事も。だから皆が挙って力を求める。無力な現実(じぶん)を投げ打って。その結果──

 

「ふむ……つまり、VRMMOで手に入れた強さが、現実を侵食し始める。と──そこで聞きたいんだが……君達は、VRMMOで鍛えた強さが現実の肉体にも影響を及ぼすと思うかい?」

 

 あまりに突飛な菊岡の質問に、俺とキリトは目をぱちくりさせた。

 

「……そりゃつまり、ゲーム内で鍛えたステータスが現実の肉体にも反映されるか……って意味か?」

 

「イエス」

 

 即答した菊岡に、キリトがフォークを手の中で弄びながら考える。

 

「うーん、どうなんだろうな……フルダイブ機器が影響を与えるのは神経系で、その辺の研究も始まったばかりだし……そもそも、ダイブ中は寝たきりなんだから基礎体力は確実に落ちるよな」

 

「まぁ、仮想世界と現実世界の因果関係を逆転させる程強い思い込みがあれば、プラシーボ効果で瞬間的に馬鹿力を出せる可能性も……ある、か……?」

 

「……随分遠回りしちゃったけど、本題はそこなんだ。これを見てくれ──」

 

 頭を捻る俺達を見て小さく笑った菊岡は、そう言いながら傍らのバッグからタブレットを取り出した。画面には見知らぬ1人の男性の顔を始め諸々の個人情報が記されている。

 

「えーっと、先月──11月14日。東京都中野区の某アパートで、写真に写っている重村 保(26)が死亡しているのが発見された。死後5日半。部屋は散らかっていたものの荒らされた形跡は無く、遺体はベッドで横になっていた。そしてその頭には──」

 

「……アミュスフィア、か」

 

「うん。変死ということで司法解剖を行った結果、死因は急性心不全と判明している」

 

 菊岡が言うには、遺体はかなり腐敗が進んでおり、現場の状況的に事件性も薄かった事で精密な解剖は行われなかったらしい。その心不全も、持病等の内的要因か、はたまた外的要因なのかも解っていないそうだ。

 

「まぁ気の毒ではあるが……こういう言い方もアレだけど、別に珍しくないだろ」

 

「そうだね。私生活を投げ打ってまでゲームプレイに傾倒する、所謂廃人ゲーマーと称される人々は、仮想世界内での食事で満腹感だけ得て、現実世界での食費を浮かせながらゲームを楽しんでいるケースも少なくないようだ……一応確認しておくけど、君達は大丈夫だよね?」

 

「ご心配どーも」

 

「ありがたい事に、よく出来た妹がいるんでね」

 

「それは何より。──話を戻そう。その重村君が装着していたアミュスフィアだが、中にインストールされていたタイトルは1つだけだった。《ガンゲイル・オンライン( G G O )》──聞いた事はあるかな?」

 

 突如聞かされたタイトルに、俺は思わず反応を示す。その隣でキリトが、

 

「知ってるよ。日本で唯一、プロがいるMMORPGだからな」

 

 どうやら彼はGGO内で10月に行われた最強決定トーナメントで優勝した事で、名実共にトッププレイヤーに君臨していたらしい。キャラクター名は《ゼクシード》──死亡時はGGOにログインしておらず、《MMOストリーム》というネット番組にゼクシードの再現アバターで出演していたそうだ。

 そう言えばいつだったかの《Mスト》で、ゲスト出演者が急に通信切断で途中退場してしまったという話を聞いた気がする。

 

「──で、ここからは未確認情報なんだが……ゼクシードが発作で死亡したのと同じ時刻に、GGO内で妙な事があったらしいんだ」

 

「妙って、どんな?」

 

「ゲーム内のとある酒場で、該当時刻丁度に1人のプレイヤーがおかしな行動を取ったそうだ。何でも、テレビで中継されているゼクシード氏の映像に向かって──裁きを受けろ、死ね──等と叫んで、銃を発射したとの事だ」

 

 その様子を面白がってか偶然か。一部始終を音声ログに録っていたプレイヤーが、それを動画サイトへアップ。ファイルに記録されている日本標準時と照合した結果、その銃撃があった僅か13秒後に、ゼクシードもとい重村氏は死亡している。

 

「いや……偶然だろ」

 

「同感だ。GGOのトッププレイヤーは他のゲームと比べて、羨望よりも嫉妬の感情を集めやすいんだ。面と向かって何かするのは無理でも、テレビ中継に銃弾を撃ち込む程度の事はあってもおかしくない」

 

「うん。この1件だけならね──実は同月28日にも、似た事例が起きてるんだ」

 

 埼玉県さいたま市の某2階建てアパートの一室で30代の男性が死亡していた。こちらも死因は心不全、頭部にはアミュスフィアが装着されており、GGOがインストールされていた。

 キャラクターネームは《薄塩たらこ》──彼もまたゲーム内では名の知れた有力プレイヤーだったらしい。

 

「今度はGGOのゲーム内だね。彼は当時、街中の広場でスコードロン──ALOで言うギルドの集会に出ていた。そこへ乱入してきた謎のプレイヤーに銃撃された」

 

「その乱入者ってのはゼクシードの時と同一人物なのか?」

 

「恐らく。銃撃の際、やはり《裁き》や《本当の力》といった単語を叫んでいるし……何より、どちらも銃撃後に同じ名前を名乗っている──《死銃(デス・ガン)》とね」

 

「《死銃(デス・ガン)》……」

 

 響きだけ聞けばなんともチープな名前だが、そいつが居合わせたタイミングを考えると少々意味合いが変わってくる。

 

「……確認だ、菊岡さん。死亡した2人の死因は心不全で間違いないんだな?」

 

「……というと?」

 

「……脳に、異常は無かったのか?」

 

 VRMMOと人の死──それら2つの要素が組み合わさった瞬間、真っ先に俺とキリトの脳裏に浮かんだのはナーヴギアだった。もし何らかの方法でアミュスフィアによる脳の破壊が行われたとすれば、文字通り仮想世界の未来を揺るがす大問題になる。

 

 そんな俺たちの危惧を見透かしたかのようにニヤリと笑った菊岡は、質問に答えた。

 曰く──解剖を担当した医師に問い合わせた結果、脳に致命的な損傷は見られなかった。加えて、アミュスフィアはナーヴギアとは違い、脳を破壊出来る程の高出力電磁パルスを生み出せないよう設計されている──と。

 

「正直な所、僕としてもこれら一連の件は偶然だろうと思うよ。だから、これは仮定の話だ──キリト君、ミツキ君。君達はゲーム内からの銃撃で現実世界のプレイヤーの心臓を止められると思うかい?」

 

「いや……シンプルに非科学的だろ。魔法じゃあるまいし」

 

「だから、科学的に証明できるかどうかって話さ。ほら、ミツキ君なんかはこういうの得意そうじゃないか。小説家顔負けの長文メールを送りつけてきたくらいだしね?」

 

 含みのある言い方をした菊岡に小さく舌打ちした俺は、キリト共々暫し思案する。心停止に至りそうなロジックを何個か挙げ連ねてみたが……

 

 アミュスフィアによって強烈な冷感信号を送り込めば、心臓麻痺になるのでは?とキリト。対して、それによる心停止は温度差によるショックで全身の血管が収縮した結果生じる心臓への負荷が原因であり、アミュスフィアでは全身の血管までカバーしきれない筈。と菊岡。

 では強烈なスパーク映像を脳に直接流し込まれたら何らかのショック症状を起こすのでは?とキリト。それに対し、アミュスフィアには一定以上の出力の映像信号が出せないよう、リミッターが設けられている。と菊岡。

 

 立て続けに否定を食らったキリトは、疑念たっぷりの視線で菊岡を睨む。

 

「……おいアンタ。やっぱり一通りの可能性は既に検証済みなんじゃないのか。そんな状況で俺達の出番なんか無い筈だぞ。どういうつもりだ?」

 

「とんでもない!君達の考えは実に刺激的で大いに参考になるとも!──ミツキ君はどうだい?何かトリックを思いついたかな」

 

 明らかに楽しんでいるような目を向けてくる菊岡に、俺はわざとらしく溜息をついてやってから、浮かび上がったロジックを説明する。

 

「……昔読んだバトル漫画に、こんな能力があった──強力な催眠能力を使って、死を錯覚させる──で、そこから派生して思い出したのが、さっきも言った人間の思い込みの力についてだ」

 

「思い込み……?」

 

「……デリケートな話だが、想像妊娠ってのがあるだろ。実際には妊娠してないのに、腹が膨れたりつわりが来たり、まるで妊娠しているかのような変化が肉体に現れる。けどそうじゃないと分かった途端、体は元に戻る──同じような例で、目隠しをした人間の肌に氷を当てて冷やし、その後超高温に熱した金属を押し当てると伝える。すると、押し当てたのが常温のスプーンだったとしてもそいつの皮膚には火傷のような跡が残る」

 

「……つまり、仮想世界内で《心臓が止まる》と強く思い込ませることで、現実の心臓を止めた、って事かい?」

 

「理論的には不可能じゃないと思う──が、勿論穴はある。仮想世界にある物は精巧とは言っても、よく見ればポリゴンで形成されたオブジェクトだって分かる。ましてやゼクシードや薄塩たらこみたいな廃ゲーマーなら、仮想世界のオブジェクトなんて腐るほど見てるだろうから見間違うって事はないだろうし、日頃のドンパチで死んだ回数が多ければ多い程、死に対する恐怖も和らいでいく。そんな連中に仮想世界の中で《本当に死ぬ》と思わせるのは簡単じゃない」

 

「でも、とてつもなくリアルな信号を送り込めれば……」

 

「アミュスフィアに内蔵された信号素子はナーヴギアよりも少ないんだぞ。……俺達だから分かる事だが、ナーヴギアの方が仮想世界の解像度は上だった。それに、いくらリアルな映像や感覚信号を用意出来たとて、当人がアバターの姿のままだったら仮想空間の出来事だとすぐバレるし、アミュスフィアの構造じゃSAOの時みたいにリアルの容姿を完全再現できない。何よりアミュスフィアには緊急切断機能が搭載されてる。パニック状態になれば、その時点で覚醒するはずだ」

 

「……自分で考えた理論を自分で徹底的に否定するのって、どういう気分なんだい?」

 

「アンタがやらせたんだろ……とにかくそういう事だ。結論──ゲーム内からの干渉でプレイヤーの心臓を止めるのは不可能。銃撃と2人の心臓発作は偶然の一致。ごちそーさん」

 

 話を打ち切って立ち上がろうとした俺達を、菊岡は慌てて呼び止めた。

 

「待った待った!もう少し付き合ってくれないか。ほら、ケーキもう1つ頼んでいいからさ!」

 

 さも自分が対価を払っているかのような言い方だが、このケーキやらコーヒー代は菊岡本人のプライベートマネーではなく経費として国民の血税から出ているので、長い目で見れば逆に俺達がこいつに奢っているようなものだろうに。

 

 渋々席に腰を下ろした俺達に、菊岡は話を続ける。

 

「いやぁ、君達が僕と同じ考えで安心したよ。これら2つの死は、ゲーム内の銃撃によるものではない。そこで、改めて頼みたいんだが──」

 

「──お断りだ」

 

「ちょ、まだ何も言ってないじゃないか!?」

 

「予想はつく。大方、GGOに行ってその《死銃》とやらに撃たれてこいって言うんだろ」

 

 俺の言葉は見事に図星だったらしく、菊岡はバツが悪そうに笑いながら頭を掻いた。

 

「実験したいならアンタが行けばいいだろ。こっちまで巻き込むな」

 

「け、けどほら!撃たれたって現実の体に影響は出ないとさっき合意に達したじゃないか!それに、この《死銃》氏はターゲットに厳密な拘りがあるようなんだ!」

 

 菊岡が言うには、この《死銃》というプレイヤーはゼクシードや薄塩たらこのような名の通った上位プレイヤーだけを狙うと睨んでいるらしい。自分が行った所で接触する機会すら掴めない、と。

 

「けど、かの茅場先生が認めた君達2人なら──」

 

「簡単に言うな!アンタは覚えてるか分からないけどな、夏に実際プレイした身としちゃGGOはそんな甘いゲームじゃない。PK主体のあのゲームじゃ初心者がレベリングするのだって危険なんだぞ。それに加えてプロ連中もいるんだ、俺達が相手になるもんか」

 

 この「プロ」というのは、勿論どこかの企業と契約した公認プレイヤーという意味ではない。

 GGOに採用されている《ゲームコイン現実還元システム》を使って、毎月数十万円の収入を得ているプレイヤー達の事だ。

 この還元率はかなり低く設定されており、普通のプレイヤーなら月1000円程換金出来れば上々とされている一方、長時間プレイによってレアアイテムをゲットし、それをゲーム内のオークションで売り捌けば大きな収入になる。これを繰り返し、レアアイテムの発掘に伴って上がっていくステータスと、手に入った上質な装備でトッププレイヤーを名乗る事が出来るのだ。GGOの上位プレイヤーが妬まれやすいと言った理由は8~9割方ここに起因する。要するに彼らの収入源はGGOプレイヤー達が毎月払っている接続料なのだから、それも頷けるというものだ。

 

「──分かったら他を当たってくれ」

 

「そう言われても、他に当てなんか無いってば!僕が自由に連絡を取れるVRMMOプレイヤーは君達2人だけなんだから。そうだな……プロの相手は荷が重いというなら、調査協力費という名目で報酬を出そうじゃないか──そのプロ達が月に稼ぐという額と同じ、()()だけ」

 

 そう言って菊岡は3本の指を立てる。それが意味する所を理解した俺達は、流石にクラリときた。それだけあれば何が出来るだろうと考え、夢が膨らむ──が、それでは菊岡の思う壷だと自らを律した。

 

「……そもそも、何でこの件にここまで入れ込む?こんなの、ネットの掲示板に書かれてるような都市伝説と変わらないだろ」

 

「……実は、上の方が気にしてるんだよね」

 

 フルダイブ技術が現実世界に与える影響──各分野が熱心に研究を進めているそれは、かつて須郷伸之が企んでいたような非人道的な用途は論外として、医療分野を始めとする各所にも応用できるのではないかという話が上がっている。フルダイブ技術が法規制により徹底的に管理されるようになれば、そういった善き研究までもが足を止めることになってしまう。

 それを避けるべく、出来る限り早急な事実関係の把握と確信が欲しい──それが菊岡の言い分だった。

 

「だったら、運営に問合わせた方が早いんじゃないのか?」

 

「それはそうなんだけど……ねぇ?」

 

 キリトの言葉を受け、こちらへ意味有りげな視線を向けてくる菊岡にイラッときながらも、その先は俺が引き継いだ。

 

「……GGO運営の《ザスカー》って企業は、アメリカに拠点を置いてる。けど分かってるのはそれだけで、実際の会社の所在や連絡先も公開されてない……胡散臭さで言えば菊岡(コイツ)とどっこいどっこいだな」

 

「とまぁ、そういう訳で……真実の尻尾を掴もうと思ったら、ゲーム内で直接接触するしかないんだ。勿論、最大限の安全措置は取るつもりでいる。こちらで用意した部屋からダイブしてもらって、バイタルを常時モニタリング、何か異常が見られれば即切断する。何も銃撃されろとは言わない、そちらの目で見た印象で判断してくれればそれでいい──行ってくれるね?」

 

 フルダイブ規制派に対する牽制──嘘ではないのだろうが、それが全てとは到底思えない。俺達に明かしていない思惑があると見るべきだろう。だが一方で、そういった事情があるのならこの件を放置しておくのはまずい。

 

「……分かった。行くよ」

 

「ありがとう。詳しい場所と時間は後で君達の携帯にメールで──」

 

「──ただし、行くのは俺1人だけだ」

 

「ミツキ……!?」

 

 俺の言葉にキリトは勿論、菊岡も意外そうな顔をしている。

 

「お前は飛び道具系苦手で、こっちは3日だけとはいえGGO経験者だ。だったら俺が行くべきだろ」

 

「や、そうかもしれないけど……」

 

「詳細は後で送ってくれ。他に何かあるか?無いならこれで失礼する」

 

 菊岡は何も言う様子が無かったので、俺は椅子に掛けていたライダースジャケットを引っ掴んで店を出ていった。

 

 残されたキリトは、皿の上のケーキ最後のひと欠片を口に放り込む。

 

「あいつ……」

 

「いやはや、流石英雄の片割れと言ったところかな。どうやら君を巻き込みたくないみたいだ」

 

「……アンタ。こうなる事を予想してたのか?」

 

「まさか。僕が魔法使いでいられるのはALOの中だけさ──それで、君はどうするキリト君?」

 

 キリトは数秒思案してから、徐に口を開く。

 

「……さっきの話を踏まえても、絶対に危険が無い保証は無い。ミツキだけに任せるわけにはいかないとは思う。けど、俺がついて行った所で力になれるのかって思ってるのも事実だ。あいつが言ってた通り、銃とか弓矢みたいな武器は苦手だからな。足手纏いになる可能性の方が高い」

 

「ふむ……つまり、その危惧を加味して余りある理由さえあれば、って感じかな?」

 

「……何だと?」

 

「今年の頭──丁度君がアスナ君を助けようと奔走を始める直前だったかな。彼が僕に送ってきたメールのことは話したよね?」

 

「あ、ああ……アリスの事だろ──言っとくが、その件に関してもまだアンタを許したわけじゃないからな。いくらなんでも無神経が過ぎる」

 

「うん、それに関してはすまないと思ってるよ。僕が浅慮だった。話を戻して──そのアリスという女性の所在についてだが、僕ら《仮想課》でも行方が掴めないということは、即ち彼女は日本国外にいる可能性が極めて高い。聞くに、彼女は日本人離れした容姿だったそうだしね」

 

「……何が言いたいんだ?」

 

「言っただろう?GGO運営はアメリカに本拠地を置いている。日本サーバーと世界サーバーで大まかに分かれているようだけど、タイトル全体を通してみれば、プレイヤー人口の大部分は外国人ということになるはずだ。そんなゲームで、君とミツキ君のどちらかだけでも《死銃》と接触出来る程に名を上げる事が出来れば……」

 

「……アリスが、俺やミツキに気付くかもしれない……?」

 

 その結論にたどり着いたキリトへ、菊岡がニヤリと笑みを浮かべる。

 

「勿論、確証は無いよ。けど試してみる価値は大いにあると思わないかい?何より、もしフルダイブ技術への法規制が本格化すれば、彼女を探し出すのも難しくなるだろう。現状、仮想世界は彼と彼女とを繋ぐ唯一の道だからね。多分、ミツキ君も同じような考えに至ったから話を引き受けたんじゃないかな」

 

「……アンタ、本当にいい性格してるな」

 

「ありがとう。性格の良さは僕の数少ない取り柄なんだ──それで、答えは決まったかな?」

 

 冗談なんだか天然なんだか掴みにくい返答に溜息をついたキリトは、

 

「ああ──ミツキとアリスの為だ、俺も行く。まんまと乗せられたみたいで癪だけどな」

 

「君ならそう言ってくれると思っていたよ。ミツキ君には当日まで黙っておくから、安心してくれ」

 

「……お気遣いどーも。──この後予定があるんだ、俺も帰らせてもらう。ごちそーさん」

 

 キリトも店を出て行き、テーブルには菊岡1人だけが残される。

 

「……くれぐれも頼むよ。キリト君、ミツキ君」

 

 口元で組んだ手の下でそう呟いた菊岡は、自らも伝票片手に店を後にするのだった。

 

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