暫く振りに《ホルンカ》を訪れた俺は、武器の強化素材集めでひたすら《リトルネペント》を狩り続けていた。
折角ならまた《森の秘薬》を受注して報酬の金と経験値を貰うのも良いかと思ったが、以前アリスとクエストをクリアした時の事が頭をチラつき、断念する。
因みに、そのアリスは今俺の近くにはいない。パーティも組んでいない。完全にソロでの狩りだ。
もう何匹目かも忘れたネペントが消えていくのを目にした俺は、もう少し奥地へ向かってみようと歩き出す。
目的はあくまで素材集めだが、ひとつの峠であるレベル10を超えた今、流石に《リトルネペント》では経験値効率がよろしくない。奥地に出てくる上位種の《ラージネペント》なら、まだ経験値が美味いだろう。
手頃なMobを倒しつつ進んでいると、索敵スキルが反応を示す。
「……驚いたな。こんな所まで入り込んでる奴がいるのか」
索敵範囲の中に1つだけ、やけに目立つアイコンが表示されている。その色はモンスターを示す赤ではなく、プレイヤーの証たる緑色だったのだ。
アイコンの方へ歩みを進めるが、他にプレイヤーアイコンは見られない。どうやら集団ではなく、ソロでここまで進んできたようだ。
「(無茶をする奴もいたもんだ。ここは遮蔽物が多くて迷いやすいから、逃げるのも楽じゃないってのに)」
完全に自分を棚上げした俺は、件のプレイヤーに近づいてきたところで一度足を止め、気づかれないようゆっくりと歩を進める。
木の陰からこっそり覗いてみると──いた。マントで身体をすっぽり覆い、大鎌で武装した藤色の髪のプレイヤーが1人、俺とは別の木に背を預けて座り込んでいる。周りを見てみても他のプレイヤーらしき姿はなく、やはり1人のようだ。
大鎌のプレイヤー ──仮称Kさんとする──は遠目でも分かる程疲弊しているらしく、声をかけるか迷っていると、丁度Kさんの前にMobがPOPした。俺が目当てにしていた《ラージネペント》だ。
「マズい……ッ!」
運の悪いことに、今Kさんは丁度ネペントの真正面にいる。奴は獲物を認識し、攻撃態勢に入るはずだ。しかし当のKさんはネペントのPOPにこそ気づいているようだが、動き出す気配はない。それ程までに消耗しているというのか。
非常事態に迷いを振り切った俺は、背中の槍を抜き放ち、《ラージネペント》に向かっていく。今はとにかく、タゲをKさんから引き剥がさなければ。
俺は無防備なネペントの背を槍で斬り付ける。明確に敵対行為を行ったことで、ネペントは俺を優先的にターゲットするようになり、左右の蔦が俺に襲いかかった。
「そうだ、こっちに来い──!」
一先ずネペントをKさんから出来るだけ引き離し、戦闘を開始する。上位種とは言っても、攻撃手段や戦い方は《リトルネペント》と同じだ。蔦や腐食液を避けながら、弱点の胴体接合部を狙う。
「──はぁッ!」
隙を突き、両手槍2連撃技《ヘリカルトワイス》で弱点を一気に叩く。第1層にしてはレベル7と高めではあったが、それでも俺の方が上だ。《ラージネペント》は断末魔を残して身体を爆散させた。
「──あんた、無事か?」
尚も座り込んだままのKさんに歩み寄り、安否を問う。しかし返答は無い。
「……疲れてるなら街に戻った方がいい。帰り用のポーションとマップデータも渡すよ」
回復アイテムが尽きるまで戦っていたのだろうか。KさんのHPバーはイエローゾーン──それも赤くならないギリギリのラインだった。
「……あー……」
しかし何を言ってもKさんは黙りこくったまま。いよいよ会話に困った俺が頭を掻いていると、
「……助けなくてよかったのに」
この第一声を聞き、俺はKさんが女性プレイヤーである事を認識した。
「……どういう意味だ?」
「言葉通りだよ」
「この世界でゲームオーバーになったらどうなるか、あんただって聞いたはずだろ」
「知ってる。この世界で死んだら、リアルでも死ぬ──あの子みたいに」
「……他に、誰かいたのか?」
俺の問いに、Kさんは首を小さく横に振る。
「……訳ありか。話くらいなら聞くが?」
暫しの沈黙の後、Kさんはポツリポツリと事の経緯を語り始めた。
自分が誘ったビギナーの友達と狩りをしていた所、その友達が運悪くネペントの《実》を割ってしまった事。
助けに入るも、フィールドギミックにより分断されてしまった事。
当然すぐ合流しようとしたが、最短ルートは使えず、迂回路にも大量のネペントが押し寄せ、回復アイテムも底を突いた事。
そして──互いのHPバーが残り僅かになったタイミングで、一方的にパーティを解消して自分ひとり逃げ出してしまった事。
以降数日間、彼女はこうしてネペントと戦い続けているのだそうだ──このデスゲームに引き込み、あまつさえ見捨てた償いとして、友人と同じ場所で死ぬ為に。
「……その友達、本当に死んだのか?《黒鉄宮》の石碑は?」
「元テスターの私だって逃げるしかなかったのに、ビギナーのあの子が生き残れるわけ無い……実を割った時のネペントの怖さ、知ってるでしょ?」
まるで俺が元ベータテスターである事を知ってるような口ぶりだが、実際問題こんな森の奥地に単独で乗り込むような真似は元テスターでなければありえない。
「……」
ベータ時代の記憶を思い出す。
ネペントの恐ろしさの真髄は、その圧倒的な物量だ。
全方位から押し寄せるネペントに真っ向から挑むのは、例え元ベータテスターであっても自殺行為に等しい。だからこそ、そうならないよう実つきには細心の注意を払うのだ。
「でもさ、ダメなの……何度死ぬつもりでここに来ても、いざモンスターを前にすると……死にたくないって、思っちゃう──私、最低だ……ッ!」
「だから、疲れきって戦えなくなるまでここにいた訳か。回復アイテムも使い切って、どう足掻いても死ねるように」
「そうだよ……助けてもらって悪いけど、もう私の事は放っておいて。──最後に話、聞いてくれてありがと」
それっきり、Kさんは膝を抱えてうずくまってしまう。
「……償い方は、何も死ぬだけじゃないだろ」
俺の言葉に、Kさんは顔を上げる。
「死のうとして死ぬのと、生き抜いた末に死ぬのとじゃ、結果は同じでも、意味は全く違うだろ?」
「……戦えってこと?」
「そうだ。わざわざネペント狩りをしてたって事は、その友達もゲームをクリアする為に戦ってたんだろ?なら、そいつの分まで戦って、生き抜くのも償いになるんじゃないのか。その末に死ぬなら……まぁ、アレだ」
流石に死を肯定するのは憚られた為、歯切れ悪く締めくくられた俺の言葉を受け、Kさんは小さく笑った。
「ふふっ……なんか変なの。こういう時って、『君が死ぬことなんか友達は望んじゃいない』とか言うもんじゃないの?」
「死んだ奴の代弁者を気取るつもりはないよ。それにその友達も、本当に死んだと決まった訳じゃない」
《黒鉄宮》の石碑を確認していない以上、俺のような通りすがりのプレイヤーに救助された可能性もゼロではない。実はその友達が生きていて、Kさんだけが無駄に命を散らしてしまう最悪の結末は避けるべきだ。
「そっか……確かに、言われてみればそうかもね」
Kさんは立ち上がると、獲物の大鎌をクルリと回して肩に担ぐ。
「あの子が生きてても、死んでても、私があの子を見捨てた事実は変わらない。いつか必ず、その結果と向き合わなきゃいけない時が来るんだと思う──それまでは、戦うよ。戦って、生き抜いてみせる」
「……そうか」
彼女が気を持ち直したのを見て、俺はアイテム欄から回復ポーションをいくつか譲渡すると同時に、1つをオブジェクト化して投げ渡す。
「帰り道で心変わりはしてくれるなよ。渡したポーションを無駄にしないでくれ」
「ん、頑張るよ」
そう言って街へ戻っていったKさんを見送った俺は、狩りに戻る。
「「(そういえば、名前聞き忘れたなぁ……)」」
引き続き森を進む俺と、森を引き返すKさん──プレイヤーネーム《Mito》が再び顔を合わせるのは、ほんの少し先の事だ。
「(償い、か……)」
劇場版プログレッシブを受け、過去に投稿した際は登場しなかったKさんことミトの登場となりました。
映像の方では描かれてなかった、1層ボス戦までの空白期間の出来事です。