キリトは30万、俺は60万の軍資金を携え、銃がずらりと並ぶ店内を練り歩く。先を歩くシノンは「武器選びは最終的に個々の好みや拘り」と言っており、俺も概ね同意見だが……如何せん銃は剣や槍とは勝手が違う。それに則した好みも拘りも、今の俺達には縁の無いものだった。
「うーん……デッカいナイフみたいなのがあればいいんだけどなぁ……最低50~60センチはリーチのある奴」
「いや、大人しく銃使っとけよ……」
そうは言ったものの、キリトの気持ちはよ~~~く分かる。俺だってもしこの世界に槍があれば即購入するだろうという自信があった。ヒソヒソと言葉を交わしながら歩いていると、不意にキリトが足を止める。
「あの、コレは……?」
振り返ったシノンがキリトの指差す棚を見上げると、ああ、というように肩をすくめる。ディスプレイ状になっている棚には、細長い発煙筒のような形状をした謎のアイテムが表示されていた。
「これはコーケンよ」
「コーケン……?」
「そ。光の剣と書いて
「け、剣……!」
垂涎ものの魔力を秘めたその1文字を聞いて目を輝かせるキリトの肩を、シノンはそっと掴んで引き止める。
「でも、こんなの使う人なんていないよ?」
「えっ、な、何で……?」
「何でって……当たらないもの。これで攻撃する為に近づこうものなら、あっと言う間に蜂の巣よ」
「……逆に言えば、この剣の間合いに持ち込めさえすれば。って事ですね?」
キリトの言わんとする事を察したらしいシノンは小さく頬を引き攣らせる。
「や、まぁそうだけど……でも、いくらあなたが凄い回避能力を持ってるからって──」
シノンの説得も空しく、キリトはタッチパネルを操作して決済まで済ませてしまう。
「あぁ、買っちゃった…──まぁ、戦闘スタイルは好き好きだけどさ。実際、第1回のBoB優勝者はナイフとハンドガンだけだったし」
「そうそう。こうして売ってるってことは、使い方次第で通用する筈ですよ!」
そう言いながら、キリトは光剣を起動して試し振りを始めた。
「もう…──あなたの友達、中々困った娘ね」
「……全く同感」
小さく笑みを浮かべながら言うシノンに、俺は二重の意味で同意するのだった。
「それで、ミツキはメインアームどうするの?」
「あー……一応、念の為伺いますが……槍って、ありますかね……?」
遠慮がちな俺の言葉を受け、シノンは予想通りとでも言わんばかりに小さく息をつく。しかし俺にとって予想外なことに、彼女は俺を連れて別の陳列棚へ移動し始めた。
「最初に断っておくと、よくファンタジー作品で見るようなタイプの槍はGGOには存在しないわ。ただし──槍みたいに扱える武器なら、一応あるよ」
言い切ると同時に彼女が足を止めた商品棚には、これまたいくつもの銃が並んでいた。
「ここって……」
「うん、全部狙撃銃。──バヨネットって聞いたことある?」
聞き慣れない単語に首を傾げた俺だったが、すぐさま「銃剣」と言い直された事で得心がいく。
「実際の軍隊とかでも、小銃にナイフとか短剣を取り付けて運用する事があるの。まぁどっちかって言うと、接近された時の補助とか、そもそも近づかれないよう間合いを保つ為の牽制って意味合いが強いんだけどね。リアルではちゃんと銃剣を扱う為の武術もあるって話だし、あまり乱暴に叩き付けたりしなければ十分槍として使えると思う。ただ──」
注意点としてシノンが付け加えたのは、狙撃銃はそもそも扱いが難しい為、関連スキル無しで狙撃しようとするとほぼ当たらないという事。
そう言えば、かつてジェイドとして彼女と話した時にそんな話を聞いたのを思い出す。
「直感で使いやすい方がありがたいし、ここから選ばせてもらu…います」
不意に、シノンがクスクスと小さく笑う。
「敬語」
「えっ?」
「苦手なら別にタメ口でもいいよ?多分、そんなに歳も離れてなさそうだし」
「え、あー…っと、じゃあお言葉に甘えて……」
一応言っておくが別に敬語が苦手な訳ではない。初対面の演技もほぼ解けかけな今の状態で、以前は普通にタメ口で話していたシノンに常時敬語で話す違和感が目立ち始めているというだけだ。
正体を明かす直近のチャンスはキリトの登場で潰されてしまったし……いや、今が普通にチャンスなのでは?
「シノン。実はわた、いや俺──」
「──うーん、銃剣は備え付きのより、オプション持ちの銃に後付けした方がいいかな……この店、セットのだと《モシン・ナガン》しか扱ってないみたいだし、あんな細いパイクじゃ頼りないか。ならいっそ、脱着して普通にナイフとしても扱えた方が使い勝手もいいわよね。銃剣用ナイフは安いのがあるだろうから余ったお金で適当に見繕うとして……ううん、槍として使うなら強度や刃渡りも考慮に入れるべきだわ、それに銃本体のリーチも闇雲に長ければいいってもんじゃないし。予算は60万、防具やサブアーム、弾薬の事も考えると──」
「あ、あの……シノン、さん……?」
ブツブツと呟きながら狙撃銃達とにらめっこしているシノン。その目は真剣そのもので、余程集中しているのか俺の声など耳に入っていない様子だ。
ここでまたも思い出したが、そう言えば彼女はあの夏を境に狙撃手への転向を検討していた──前回のBoBではアサルトライフルを携えての出場だったが──狙撃銃を選ぶ際は真剣になってしまうものなのかもしれない。多分、俺も誰かに「槍を見繕って」と言われたら軽く小一時間は悩むことだろう。
「──あ、ごめん。何か言った?」
「あ、いえ何も……」
「そう……?──それはそうと、あなたの銃。コレが良いかなと思うんだ」
シノンがタッチパネルを操作して呼び出したのは、金属の黒鉄色と アンティーク調のブラウンカラーが特徴的な狙撃銃だった。
「《SVDドラグノフ》──セミオートの狙撃銃よ。狙撃銃と言っても有効射程は800メートル、スナイパー的には中の下って所で、構造上長距離精密狙撃には適してないって言われてるんだけどね。重量も軽めだし、ボルトアクション特有の次弾装填無しでバンバン撃てるから中~近距離でもある程度対応出来る。勿論、アサルトライフルとかサブマシンガンには劣るけど、そこはサブアームでカバー出来ると思う」
「な、なる程……じゃあ、コレで」
パネルを追加操作し、決済を済ませる。キャッシャーから実体化された《ドラグノフ》を手に取ってみると、金属特有のしっかりとした重みが伝わってきた。俺好みの槍と比べれば木の棒並みに軽いし、全長も1メートルちょっとと短槍サイズだが、中々どうして歴戦の風格にも似たものが感じられた。
「おお……悪くない」
「あとで着剣するナイフも見に行きましょ。──そっちは気は済んだ?そろそろ移動するわよ」
「──あ、はーい!」
シノンが声を投げた先で光剣片手にはしゃいでいたキリトがこちらへ合流する。
「メインアームは決まったから、次はサブアームね。取り回しを考えればハンドガンかサブマシンガン辺りがいいと思うけど……お金、どれくらい残ってる?」
そう言われて残金を確認すると、キリトは15万、俺は40万程。銃1丁で20万という価格に驚いたが、それが普通という認識のシノンにしてみれば、光剣が15万もする事に驚いているようだ。
「2人共、出来れば両手は塞がらない方がいいよね……だったらハンドガンで揃えちゃった方がいいか──こっち」
場所は移ってハンドガンコーナー。大小様々な拳銃が並ぶ中、シノンはまたもブツブツと呪文を唱えながら銃を吟味する。
「……うん。じゃあまず、キリトの方からね──残金ギリギリだけど、コレがいいと思う」
そう言って勧めたのは《FN ファイブセブン》というハンドガン。
名前の通り5.7ミリ口径の銃で、弾丸が細く鋭いライフル弾に近い形状な為、命中精度と貫通力に秀でているのだという。他の銃と弾丸を共有しづらいデメリット等もあるようだが、キリトの主武装は光剣であり、銃はコレ1丁のみなので問題ない。
「で、ミツキの方なんだけど……2つ、選択肢があるわ」
「2つ?」
「あなたの場合、サブアームに求める役目次第な所があるから──キリトと同じで近づく為の牽制に使うか、マシンガンナーに至近距離まで踏み込まれた時用の保険として使うか、って所。後者の場合、フルオート射撃か3点バースト出来る奴の方がいいだろうから、ちょっと値段が嵩む事になるわ」
「なる程……まぁ幸い金ならあるし、後者でいいと思う」
「オーケー。ならコレ一択ね──《グロック18c》」
シノンが指し示した、全体的に角張ったデザインのハンドガン。何でも今現在、世界で最も生産されている大人気拳銃なのだとか。
「銃って言ったら全体の7~8割は金属製なんだけど、このグロックは下半分がまるっと全部ポリマー製だからとても軽いの。しかもこの18ナンバーはセレクターが付いてて、数あるグロックの中でもフルオートに切り替えられるのが1番の特徴ね」
「フルオートと言っても……ハンドガンの装弾数じゃすぐ弾切れになるんじゃ……?」
「こういう、所謂マシンピストル用に装弾数が増えたロングマガジンがあるわ。まぁそれでも、マシンガンやアサルトライフルに比べれば弾数は少ないけどね。適当に弾をばら蒔くだけでも牽制になるし、取り回しの面でも文句無しよ」
こうして無事サブアームも決定。残った金で防具やホルスター、予備弾倉、弾薬、対光学銃用防護フィールド等々周辺装備を整える。最後に俺のドラグノフに取り付ける銃剣──そこそこ肉厚で先端が両刃になったコンバットナイフ──を購入すると、俺達が稼いだ金の過半数が消えていた。
「──本当にありがとう。何から何まで世話になっちゃって」
「お陰で助かりました」
「ううん。あなた達みたいな女の子のプレイヤーは珍しいし。私も予選が始まるまで特に予定無かったから」
やはり、未だに彼女の中では俺もキリトも女性プレイヤーである認識のようだ。もうここまで来たらいっその事女性プレイヤーで通してしまうのもアリだろうか……と、俺は半ば諦めの境地に至りつつある。
「じゃあ、あなたも大会に……?」
「うん。これからエントリーする所。締切が15時だから──って、嘘ッ!?」
腕時計を一瞥したシノンの表情が強張る。俺達もメニューから時間を確認してみると……14時50分を示していた。エントリー締め切りまで後10分しかない。
「すまん!長々と付き合わせたせいで……!」
「ううん。私も途中から時間のことすっかり忘れてたし──とにかく急ぎましょう!」
俺達はシノンと共に、総督府目指して走り出した。だが遠方に聳える総督府までは目測でもまだまだ距離がある。これだけ広い街なら、何かしら移動時間を短縮する手段があってもいい筈だが──
「──あの!このゲームってテレポート的な移動手段は無いんですかっ!?」
同じことを考えていたらしいキリトの質問に、シノンは走りながら答える。
「──無いッ!厳密には、死んでリスポーンする時だけ!でも街中じゃHPは減らないからこの手は使えないわ!」
所謂《死に戻り》をする為に今からフィールドへ出向く時間すら惜しい。ここはこのまま真っ直ぐ総督府を目指すのが最善策だろうが……如何せんこちらは徒歩だ。敏捷ステータス全開で走っても恐らく間に合わないだろう。
シノン曰く、総督府までの残り距離は約3キロ。エントリー操作に5分程要する為、俺達に残された猶予時間はたったの3分。単純計算にして1分で1キロ駆け抜ける必要がある訳だ。
「お願いッ……お願い、間に合って……ッ!」
そんな彼女の呟きを聞いて、ふと以前彼女が話していた事を思い出す──シノンが目指すはGGO最強の称号。その為に……いや、もしかしたら俺の知らない、もっと大きな目的があるのかもしれない。
確かなのは、今のこの状況を招いた原因の一端は俺達にあるという事。せめて彼女だけでも総督府へ送り届けなければ。
何か無いかと周囲を見回すと、俺達が進む大通りの下に道路が敷かれているのが目に入った。その上を何台もの車が走っている。もしやと思い、もう一度辺りをよく見てみると──あった。
「──こっちだ!」
「えっ──!?」
俺はシノンの手を引き、《レンタバギー》と書かれた看板の元へ走る。そこには数台の3輪バギーが停まっており、レンタカーとして利用出来るようだった。
シノンを後部座席へ乗せ、自分は運転席へ。タンクの上に出現したホロウィンドウに手を翳し、利用料金を払ってエンジンを始動。一瞬遅れてきたキリトが後部座席へ飛び乗るのを待たず、俺は、
「飛ばすぞ、落ちるな──!」
「ちょ、いいの!?──きゃぁッ!?」
そう言って、思い切りスロットルを捻った。俺とシノンを乗せ急発進したバギーは道路へ進出し、プレイヤー所有なのか環境オブジェクトなのかもわからない車達の間を猛スピードで駆け抜けていく。
「そんな……このバギー、運転がすごい難しくてまともに走れる人なんていなかったのに……!?」
「あー、まぁそのアレだ……レース系のゲームでの経験が──ッと!」
ウィンカーも出さずに車線変更してきた前方のバスを避けようと、急ハンドルを切る。
車もバイクも電気駆動のオートマ車が主流となり、マニュアル車の運転方法を知らない人間が当たり前にいる現代だが、運転した感じこのバギーはまさしくガソリン駆動のマニュアル制御。そして俺が普段乗り回しているバイクもまた、マニュアルのガソリン車だ。
ガソリン式マニュアル車絶滅の未来を嘆いていた教習所の教官も、教えた運転技能がよもやこんな場所で役立つとは思っていなかったに違いない。
「──悪い、大丈夫か?」
後ろのシノンの様子を伺う。果たしてGGOの道路に法定速度が設定されているのかは不明だが、スピードメーターはゆうに100キロを越えている。ここまでのスピードとなると女の子には結構な恐怖なのではと思ったが……予想に反し、聞こえてきたのは楽しそうな笑い声だった。
「……あははッ!すごい、気持ちいい!──ねぇ、もっと飛ばして!」
「了解──!」
クラッチレバーを引きながらつま先でチェンジペダルを持ち上げ、ギアをトップへ持っていく。先程よりも重く、力強くなったエンジン音を響かせながら、バギーは総督府目指して疾走していった。
「時間はッ──!?」
「もうすぐ55分ッ!」
スピード全開でかっ飛ばしたお陰で大きく時間を短縮出来た。急ブレーキとドリフトで停止したバギーからシノンが飛び降りた所で、後ろからもう1台のバギーがすっ飛んでくる。
「──お、置いてくなんて酷いじゃないか……ッ!!」
どうやらあちらも自腹でバギーをレンタルして追いかけてきたらしいキリトに、俺は内心で小さく舌打ちする。その程度の金は残っていたようだ。
「まだ間に合うわ!早くッ!」
俺とキリトはシノンに手を引かれ、総督府に駆け込むのだった。
どうにか到着出来た総督府のロビーには多くのプレイヤー達がひしめき合っていた。まさか全員が全員BoB出場者という訳ではないだろうが……
「(……もしかしたら、この中に《死銃》が……?)」
件の《死銃》氏が実力者を狙っているという菊岡の推測が正しいとして、その《死銃》当人までもが大会に出場するかは分からない。……仮にこの中に《死銃》が紛れていたとて、俺が奴に関して持っている情報では判別のしようもないのだが。
「──良かった、空いてるわね。普通のタッチパネル式だけど、もし操作方法が分からなかったら聞いて。私も隣でやってるから」
端末に向かいエントリー手続きを始める。てっきりボタン1発で済むかと思いきや、画面をタップした途端、名前や職業といった入力項目が出てきて眉を潜める。
名前は分かるが、その下の職業や住所とはどういうことだ?まさかゲーム内ではなくリアルの個人情報を入力しろというのか──画面の1番最上段に目を向けると、どうやら大会の上位入賞者へ向けた景品を配送する為のものらしい。勿論、ここは空欄及び虚偽の情報でも参加は問題なく出来るようだが……景品、というワードがしつこく後ろ髪を引いてくる。何せこの手の大会の上位入賞プライズは普通じゃ手に入らない代物だったりするのだ。記念に欲しいと思うこの気持ちを理解して欲しいところではある──が、
「(いやいやしっかりしろ俺!ここには遊びに来たわけじゃないぞ──)」
俺がALOのアカウントをコンバートしてまでこのGGOに来たのは、正体不明の《死銃》なるプレイヤーと接触し前大会チャンピオン《ゼクシード》を始めとする有力プレイヤーの死亡との関連性を調べる為だ。奴が何か尋常ならざる力を持っているのだとして、その由来や実態も全く以て不明だが……現実的な所で、ゲームシステムに入り込めるような手段を持っている可能性を考慮すると、そこから個人情報を辿られてしまう危険がある。
誘惑を振り切り、諸情報は空欄のままひと思いにエントリー完了のボタンを押し込んだ。
ふぅ、と息をつくと、あちらも無事エントリーが完了したらしいシノンが仕切りの向こうから顔を覗かせる。
「どう、出来た?」
「お陰さまで」
「こっちも間に合いました」
「良かった──ごめんね、私がもう少ししっかりしてれば……」
「い、いえそんな!」
「寧ろ、謝るべきはこっちだよ。一方的にこっちの都合に付き合わせちゃったわけだし」
「そんな気にしなくていいわよ。確かに予定より時間かけちゃったけど、楽しかったもの。あんなにじっくり考えて武器を選んだの、久しぶりだったから──バギーで走るっていう貴重な体験も出来たしね」
「そう言って貰えると助かるよ……」
「──それはそうと、予選のブロックはどこだった?」
「えっと、Gブロックですね。G-28です」
「こっちはF-44」
「そっか……私もFブロックだよ。12番だから……良かった、当たるとしたら決勝ね」
安堵するシノンが言うには、予選では各ブロックの上位2名が本戦への出場権を獲得出来る。お互いトーナメントの決勝まで勝ち上がる事が出来れば、勝敗に関わらず俺とシノンの両方が本戦へ進めるというわけだ。
「けど、もし決勝で戦う事になったらその時は敵同士よ──手は抜かないからね」
一瞬──しかし確実に、鋭い気迫めいた何かが俺を貫いた。形式上のものではない。彼女の瞳からは、一度戦場で相対したならば敵として倒すという強い意志が見て取れる。
「……分かった。その時は全力で」
俺の返答に満足したのか、シノンは小さく笑って頷いた。
「──にしてもこのゲーム、洋ゲーにしては日本語に違和感が無いですね?公式HPは全部英語だったのに」
ここ総督府の地下にあるらしい予選会場へ向かう道すがら、キリトがそんな事を口にする。
「運営企業の《ザスカー》は海外の企業だけど、日本サーバーの運営には日本人も関わってるみたい。けどほら、GGOってこっちでも向こうでも法律的にグレーじゃない?」
全VRMMOで唯一GGOのみが採用している《ゲームコイン現実還元システム》──これを利用して収入を得られる以上、言ってしまえば認可を受けていない私営ギャンブルとしての面も併せ持っている。
「だから、公式HPには簡単なゲーム概要とか企業名だけ載せて、会社の住所とか連絡先は意図的に記載してないの。他にもキャラ情報の管理とか、通貨還元用の電子マネーアカウントの登録とか、ゲームに必要な手続きの殆どは中からしか出来ないんだ」
「随分な徹底ぶりだな……」
「基本的にリアル側からゲームに干渉出来ないから、ある意味完全な異世界とも言えるけど……そのせいで、こっちの自分と向こうの自分が完全な別人に思えたり……」
「え……?」
「……あ、ううん。何でもない──ほら、エレベーター来たよ」
口を開けたエレベーターに乗り込み、行き先を指定する──どうやら総督府は下方向にも長いらしく、シノンが押したボタンには地下20階と表記されていた──エレベーターから降りた俺達を待っていたのは、ピリピリと張り詰めた空気だった。
薄暗い照明の下で戦いの開始を今か今かと待つ幾人ものプレイヤー達。立ち振る舞いからして、全員漏れなくベテランのVRMMOゲーマー ──それも対人戦メインのGGOに浸かりきった、生粋の
しかしそんなプレッシャーに満ちた空間に於いてもシノンは至って冷静で──
「まずは控え室に行こう。戦闘用の装備に変えなきゃ」
と、俺達の背中を押して悠々と歩き始めた。
控え室へ移動する道中でも周囲からの視線は絶えず浴びせられ、まさに針の筵と言える状況だ──他のプレイヤーからすればこちらは女性プレイヤー3人組ということで、一定の注目を集めてしまうのは致し方ない事なのだが──中には俺達が通り過ぎるタイミングでいかついショットガンをこれ見よがしに排莢してみせる者までおり、キリトは思わず身構えそうになっている。
「……少し落ち着け。ビクビクしてたら連中の思うツボだぞ」
「や、そう言われても……PvPは久しぶりだし……」
去年までの2年間、飲まず食わずでフルダイブしっぱなしだった俺とキリトはダイブ時間で言えばこの場の誰よりも突出しているが、俺達がその中で戦った主な相手はシステムに制御されたモンスター達だ。フィールドに湧くMob、クエストボス、階層を守護するフロアボス。時としてプレイヤーと剣を交える事もあったが、PvEのプレイスタイルだけは終始崩れることは無かった──否、キリトはそうでも、俺の場合は……
小声でヒソヒソと囁き合っていると、シノンが足を止める。どうやら控え室に到着したようだ。狭いロッカールーム風の控え室に入り、入口がロックされたことを示す赤いインジケータが点灯した所で、キリトは安堵の息をついた。
「2人ともすごいな……全然動じてない」
「まぁ正直、最初は驚いたよ。けどああいうのは相手を威圧するのが目的だ」
「ミツキの言う通りよ。あんなお調子者達なんか大した事ないわ」
「お、お調子者って……」
「だってそうでしょ?試合開始の30分前からメインアームを見せびらかすなんて、対策して下さいって言ってるようなものじゃない」
「……けど、それを逆手にとってダミーの武器をチラつかせてる可能性は?」
俺の質問に、シノンは少し意外そうな顔をする。
「へぇ……面白い発想ね──けどそれは杞憂だと思うよ。実弾銃は光学銃と比べて高いし、周りが本命と誤認する程のダミーをわざわざ用意するのは現実的じゃないもの」
一応、複数の実弾銃を使い分けるブルジョワも稀にいるらしいが、その手合いで大会に出る程の実力者となると、大抵多くの人に名が知れている為、ダミー作戦の意味は薄いらしい。
「まぁ、そういう訳だから。あなた達も武器は試合直前に装備した方がいいよ──」
「了解」
シノンがメニューを操作し始めたのを見て、俺も装備メニューから買ったばかりの防具を装備しようと操作する……が、一覧からアイテムを装備フィギュアにドラッグしても、スロットに収まらず弾かれてしまう。唯一装備出来たのはグローブだけだ。
「ん……?シノン、装備変更ってどうや……ッて──!?」
顔を上げた途端、とんでもない光景が飛び込んできた。
今の今までサンドカラーのジャケットにカーゴパンツという出で立ちだった彼女の肌面積が突然増えた──もとい、身に付けていた装備を全解除したのだ。即ち、今目の前にいる彼女は一糸纏わぬ──いや厳密にはアンダーウェアという一糸だけ纏ってはいるのだがそうではない──とにかくあられもない姿な訳で……俺は勿論、横にいるキリトも、先程武器屋で挑戦したゲームの時よりも速いのではというスピードで顔を背けていた。
「……何してるの?あなた達も早く着替えないと」
「あー、いやその……!」
この状況を安全に切り抜ける方法は無いかと、俺の頭のCPUがフル回転する。
まず思いついたのは、何か適当に理由をつけて俺とキリトが一度退室する事。だが今すぐにドアを開けてしまえば、この外にいる多数の野郎プレイヤー達にまで彼女の無防備な姿を晒すことになるので即刻却下。だからといってこのまま着替えが終るのを待っていても、事と次第では辛うじて最終防衛ラインを守っているアンダーウェアまで解除する危険性だってゼロではない。
何より彼女が突然装備全解除という暴挙に出たのは、装備変更に必要なステップという事なのではないだろうか。それならばこういったスペースが用意されている理由も合点がいく。
ということはつまり、仮に彼女の着替えをどうにか切り抜けても、その後に待つ俺達の着替えの際も装備全解除は回避不能と考えるのが自然だ。俺達のアバターはパッと見女だがシステム的にはしっかり男なので、当然装備を解除すればパンイチ状態になる筈。いくら仮想世界内とはいえ守るべきモラルというのはあるわけで、そんな事をすれば
《この状況を安全に切り抜ける方法》の検索結果:0件。
ならばもう、残された道は1つだけ……!
「「……すみませんでしたッ!!」」
俺とキリトは示し合わせるでもなく全く同時に深々と頭を下げ、メニューからプロフィール画面を開いて可視化すると、それをシノンの目の前へ滑らせた。
「ちょっと、急に何?自己紹介ならもう…………えっ?」
たっぷり5秒程沈黙してからの短い一声。そのたった一音で、彼女の心境は伝わってきた。
今彼女が見ているプロフィール画面に記載されているのは、プレイヤーの名前と、所属している場合はギルド──GGOではスコードロンと言うらしいが──そして、性別だ。
俺達2人の名前の横には、揃って同じ《
「嘘……でしょ、だってそのアバター……!?」
震えるその声に乗っているのは、怒りか驚愕か。その答えが両方である事と、内訳が前者に偏りつつあるという事は最早考えるまでもない。
「し、信じられないかもしれませんが……その、見ての通りです」
「言い訳をさせてもらうと、誓って騙すつもりは無かったんだ。タイミング見て話すつもりだった。俺達が男って事も──俺が、以前君に世話になった《ジェイド》だって事も」
「え、何それ俺も知らな──」
「お前は黙ってろ……!──あー、だからその、だな……と、取り敢えず、諸々に関する釈明をさせて頂きたく……早く、服を着て頂けると大変ありがたいのですが……」
ああ、もうダメだこれ──我ながら最悪なルートを選んでしまった事を悟る。押し黙ったまま返答の無い彼女の様子を伺うべく、恐る恐る顔を上げると……そこには、羞恥と怒りで顔を歪めたシノンがいた。
「……ッ……この──ッ!!」
ですよねー…という諦めの言葉は胸の内に消え、バチーン!といういい音と共に、俺の頬に鋭い衝撃が走る。彼女渾身の平手を受けた左頬から、じんわりとした熱がこみ上げてくるのだった。
本作のシノンは原作同様MP7がサブアームです。アニメで使ってたグロックはミツキに継承されました。