第3回BoB予選会場──多くのプレイヤー達がひしめき合う中、デザートカラーのコンバットスーツに身を包んだシノンは、どこへともなく会場内を足早に歩き回っていた。
「──ついて来ないで」
そう呟いた背後では、お揃いだった白い初期装備からそれぞれグレーと黒のコンバットスーツに着替えた俺とキリトが彼女の後をひたすら追いかけている。
「シノン、本当に悪かったと思ってるんだ。ただ悪意があった訳じゃないという事だけでも分かって欲しくて……!」
「ついて来ないで」
「……分かった、許してくれとはもう言わない。せめてここからどうすればいいのかだけでも教えてくれないか?現状、俺達が頼れるのは君だけなんだ」
「ついて来ないで」
「……シノンさん。ホント、お願いですから……」
「ついて来ないで」
俺の必死の頼みをたった一言でバッサバッサと切り捨てて行く様は、傍目には浮気して破局寸前のカップルにでも見えているかもしれない──カップルはカップルでも同性の、だろうが──勿論、俺と彼女はそんな関係ではないのだが、関係の冷え具合という点では同レベルと言って差し支えないのではなかろうか。
取り付く島もない様子にどうしたものかと頭を悩ませていると、不意にシノンが足を止めてこちらを一瞥する。
「あー…っと……」
気まぐれからか足を止めてくれたこの機を逃すわけには行かない。しかしこれ以上不用意な発言をしてしまえば、今度こそ俺達を完全無視する方向にシフトする可能性も大いに有り得る。困ったように口をパクパクさせる俺を見たシノンは、
「……はぁ……」
と盛大なため息をついて、壁際の小さなボックス席へ向かう。流し目で「付いてこい」と言われた気がした俺は、キリトを連れて彼女の後を追うのだった。
「……」
「…………」
テーブルに着いてからかれこれ5分、シノンは腕を組んで押し黙ったまま。俺は勿論、キリトが何か話しかけても一切の反応を見せなかった。ちらりと会場中央のディスプレイに目をやれば、予選開始まで残り10分。何か説明を受けるならそろそろ時間が気になってくる頃合だ。
「……えっと、シノンさ──」
「──GGO」
「は、はいっ」
遮るように発せられた言葉に、俺は自分の発言をキャンセルして続きを待つ。
「──…また始めたのね。わざわざコンバートまでして」
「あー……まぁ、色々あってな。新規アカじゃ都合が悪かったんだ」
「……改めて聞くわ。素人に少し毛が生えた程度の経験しかないあなたが、どうして正真正銘のド素人と一緒にBoBに出るなんて言い出したの?」
「本当は
《死銃》を名乗るプレイヤーが、もしかしたらゲーム内から殺人を行っているかもしれなくて、それを調べに来た──なんて言えるはずもない。言った所で信じるとは思えないが、それ以上に彼女が心血を注いでいるこの大会を《死銃》を釣る為の手段として扱っている事への引け目も少なからずあった。
とはいえ、これ以上変に隠し事をして彼女の気を損ねるのもよろしくない。《死銃》とは別の、それでいて偽りなき本心と言える理由が何かあれば……
「き…──」
「き……?」
「──君に…会いに、来た」
「……へっ……?」
1つだけ思い当たった理由を口にした俺だが、言い終わってから「あれ、これマズいのでは?」と思い直す。しかし気付いた時には後の祭りで……
「ばッ…ばっ──バッカじゃないの……ッ!?突然何言い出すのよ!?」
恐らく怒りからだろう、シノンは顔を赤くして憤慨する。
「あっ、いや今のは……わ、悪い!言い方が悪かった……!」
「や、やっぱりあなたもその辺の男共と同じナンパ野郎だったってわけ……ッ!?」
「違う違う!そういう意味じゃなくてだな……!」
この誤解はなんとしても解いておきたかった俺は、えーとえーとと大慌てで釈明を始める。
「ほら──今日会ってすぐ辺りの時にちょっと話したろ?俺が前回のBoB見てたって話」
「……無様に負けた私を笑いに来たってわけ?」
「どうどう、最後まで聞け──あの時のシノン、アサルトライフル装備だったろ。理由は分からないけど、少なくともあの時の君は本当の意味で全力を出しきれなかった訳だ」
「それは……あの時は初参加で、遭遇戦ってことを考えたらあれが最善だと思ったから……」
シノンは小さく口篭る。
「……その口ぶりじゃ、今回は
……正直に白状すると後付けの理由ではある。が、嘘ではない。
シノンの目指す最強の頂。そこへ向かう為に逆風が待ち受ける中決意した
「……つまり、私を試そうってわけ?いくらコンバートだからって、ちょっと調子に乗り過ぎなんじゃないの?」
「気に障ったなら謝る。けど、こっちもそう簡単にやられる気は無い。そう思う程度には調子に乗らせて貰うよ」
俺とシノンの視線が交錯し、不可視の火花が散った気がした。
「……いいわ。その度胸に免じて、最低限の事だけ教えてあげる」
「ありがとう」
「だからってあなた達のした事を許すわけじゃないから。そこは勘違いしないで頂戴」
ピシャリと釘を刺された俺は、ここまでジッと黙って事の成り行きを見守っていたキリト共々、居住まいを正してシノンの言葉に耳を傾ける。
最低限とは言ったものの、シノンは予選のルールを丁寧に解説してくれた。
──予選開始時間になると同時に、参加者は一斉にトーナメントの対戦相手と同じフィールドに転送。短い準備時間を経て戦闘開始。フィールドは1キロ四方の正方形。地形や天候、時間は都度ランダムな組み合わせで生成される。
彼我の距離は最低500メートル離れた地点からスタートし、勝者は今俺達がいる待機エリアへ、敗者はエントリー端末のあった1回のホールに送還される。敗北しても装備や金のドロップは無し。
勝利した時点で次の対戦相手が決定していれば、即座に次の戦いへ移行。まだならば待機。
「──以上、他に質問は受け付けないわ」
「なる程……ありがとう。大体分かった」
シノンはふん、とそっぽを向くと、目線はそのままに口を開く。
「……決勝まで来なさいよ。色々付き合わされた挙句あんな大口叩いたんだから。敗北を告げる弾丸の味くらい知ってから逝きなさい──私を失望させないで」
また、あの鋭い視線が俺を貫いた。先程よりも切れ味を増しているように思える。
「……ま、ご期待に添えるよう頑張るさ。そっちこそ、苦労して勝ち上がったら別人がいた、なんて事は止めてくれよ?」
「予選落ちなんてしたら引退ものよ。そんな無様は晒さないわ。──今度こそ……」
ふと、彼女の纏う空気が冷たく張り詰める。
「……今度こそ、強い奴らを全員殺してやる」
そう言って、マフラーに埋めた口元に浮かぶ獰猛な笑み。女性だからと舐めてかかれば痛い目を見る、というのは骨身に染みてるはずの俺だが、今のは流石にゾクリとしたものを覚えた。
「──と、とにかく!目指すは全員本戦進出、って事でいい……んだよな?」
「そうね。
「あ、頭をぶち抜かれるかはさておき、頑張らせていただきます……」
当然、とでも言いたげな様子でぷいとそっぽを向くシノン。そこへ、新しいプレイヤーが現れた。
「やあ。遅かったね、シノン──遅刻するんじゃないかと心配したよ」
俺と同じくグレーを基調としたアーバンカモの装備。最低限のアーマー類に、後ろで纏めた長い銀灰色の髪──彼は……
「こんにちは、シュピーゲル。ちょっと……予想外の用事で時間取られちゃって」
《シュピーゲル》──俺が初めてGGOにログインした時、シノン共々俺を助けてくれたプレイヤーだ。彼は今回出場しないようだが、シノンを応援する為、大画面で試合が中継されるこの会場に駆けつけたのだという。
「──それで、予想外の用事って?」
「ああ、うん。ちょっと──
ジトッとした目でこちらを見てくるシノンだが、こちらも言われっぱなしやられっぱなしではない。
「どーも」
「そこの人達です」
と、2人揃って少々ひょうきんな返しをしてみる。そんな俺達を見て目を丸くしたシュピーゲルは、礼儀正しく挨拶をしてくる。
「ど、どうも……えっと、シノンのお友達……ですか?」
例の如く、俺達の性別を誤認しているらしいシュピーゲルに、自分は男であることを正直に打ち明けようとしたが……今度はシノンが先手を打ってきた。
「騙されないで。そいつら2人共男よ。しかも灰色の方は元ジェイド」
「えっ、男……!?ジェイドって……!?」
「や、やぁシュピーゲル。久しぶりだな」
「……本当に、ジェイド……なのかい……?」
「我ながら、前会った時とは随分様変わりしたけどな……これからはミツキって呼んでくれ。呼びにくければジェイドでも構わないけど」
「へ、へぇ……戻って、きたんだ……久しぶりだね」
「ああ。シュピーゲルも変わりないようで安心したよ」
まだ驚いているのか、シュピーゲルは差し出された俺の手をぎこちなく握り返してくる。
「ここにいるってことは、ジェイド──ミツキも、シノンの応援に?」
「いや、参加側だ。今さっきシノンから熱烈なラブコールを貰った所」
「ラ、ラブ……!?」
「ちょっと、変な言い方しないで!ただの宣戦布告よ!」
「まぁそれは冗談として──シュピーゲルは今回不参加なんだな?確か前回、惜しい所まで行ってたじゃないか」
「あ、ああ……うん。君がいない間に色々あってね。今回は見送ることにしたよ」
暗がりでよく見えなかったが、そう言ったシュピーゲルの表情が微かに陰ったような気がした。少し詳しく聞こうかと思った俺の第一声は、会場内に突如響いたヘビメタ風のサウンドによってかき消される──時間のようだ。
シノンは立ち上がり、真っ直ぐ俺に指を突きつけてくる。
「言ったわよ。決勝まで上がってきなさい!二度と減らず口を叩けないように、その頭、吹っ飛ばしてやるんだから!」
「はいはい。俺に会うのを楽しみにしてくれてるのは分かったよ」
「こ、この……ッ!」
軽くあしらわれてぐぬぬと歯噛みするシノンを他所に、俺とキリトも席を立つ。
「──そんじゃ、お互い頑張ろうぜ。ミツキ」
「出来れば初戦で負けてくれ。そんでとっとと帰れ」
「はは、手厳しいなぁ」
軽口(俺の方は紛う事なき本心だが)を叩き合った俺とキリトは、青白い光に包まれて初戦のフィールドへと転送されていった。
──真っ暗闇な空間の中に、六角形のパネルだけがポツンと浮かび上がっている。俺はその上に立っていた。目線を上向ければ半透明のホロウィンドウがあり、そこには《Mitsuki》vs《夏侯淵》と対戦カードが表示されている。その下では対戦フィールドとして選定された《深淵へ誘う古森》の名前と、そこに合わせた装備へ変更する為の準備時間1分が刻々と減少していた。
《深淵へ誘う古森》──名前からして深い森林地帯だろうか。見通しの悪いロケーションならすぐに見つかって弾の雨を浴びる事にはならなさそうだが、それはこちらも同じ事。
加えて俺の射撃スキルは出場している全プレイヤーの中でも下の下に位置するはずで、まともな撃ち合いになればまず勝てない。如何に相手より先に敵を発見し、気付かれずに忍び寄って接近戦に持ち込めるかが鍵になりそうだ。
メニューからドラグノフとグロック、ナイフを装備。腰から引き抜いたナイフをドラグノフの銃口部分に装着した。
試しにブンッ、とひと振りしてみる──先端にナイフが付いた分いくらかマシにはなったが、やはり軽い。穂先以外は一直線の棒だった槍とは違い、銃はマガジンやらスコープやら節々が出っ張っているし、その構造上、重心はパーツの集まった手元側に来るので、従来の感覚で扱うのは難しそうだ。槍の勘を即興でチューンナップする必要がある。
さてどうしたものかと考え始めたその時、カウントがゼロになり、俺の視界が再び転送の光に包まれる。こうなれば出たとこ勝負だ、やってやる。と意気込んだ俺は、このGGOにて初となる単独戦闘へ赴くのだった。
──目を開けば、そこは薄暗い森の中だった。鬱蒼と乱立する木々が、その枝葉を重ねて空を覆い隠しており、僅かばかりに差し込む外光が視界を確保してくれている──と言っても辛うじて足元が見える程度で、10メートル程先へ目を向ければ闇が広がっているのだが。
「(……まずは敵を見つけなきゃな)」
俺はドラグノフを抱え、身を屈めた状態で移動を開始した。
シノンの教えてくれた情報では、転送直後の彼我の距離は最低500メートル。数値的スペック上は俺のドラグノフの射程圏内にいる。しかし先も言った通り俺ではコイツのポテンシャルを十全に発揮できない。分かり易い話、外れようの無い距離まで近づいて撃つしかないだろう。
木陰から木陰へ、周囲を警戒しながら移動していく。出来るだけ足音を殺し、耳を欹てて敵の位置を探っていると──突如、俺の視界を幾筋もの赤い線が横切った。
「ッ──!?」
咄嗟に飛び退いて地面を転がる。次の瞬間、軽快な炸裂音と共に放たれた銃弾が俺のいた場所に無数の穴を穿っていた。暗闇の中に走る赤いラインは弾痕を穿ちながらこちらへ向かって追従してきたので、俺はすぐさま体勢を直して手近な木の陰に飛び込んだ。
「(こうも早く見つかるかよ……ッ!)」
視界不良という条件は相手も同じはずなので、経験の差なのだろうか。索敵のコツがあるなら教えて欲しいものだ、と木の陰から相手の様子を伺おうとするが、絶えず降りかかる銃弾がそれを咎めてくる。ここは一度退いて仕切り直すべきと判断し、銃撃が止んだ隙に素早く、足音で気付かれないよう細心の注意を払って走り出す──そんな俺を、またも銃弾の雨が襲った。
「おいマジか……ッ!?」
とにかく走って敵の銃弾を掻い潜りながら、遮蔽物に使えそうな大木を発見、その後ろに隠れる。欲をかいて走ったのがいけなかったのか、またも銃撃が止んだタイミングを狙って、今度はゆっくりとした
銃弾が1発肩を掠め、もう1発が肩を撃ち抜く。ガクッと減ったHPバーを見て、舌打ち混じりのバックステップで木の陰に引っ込んだ。
……流石に妙だ。今の銃撃の際に見えた発砲時の光──マズルフラッシュといったか──の大きさを見るに、敵は劇的に近い位置にいるわけではない。少なくともパッと肉眼で見える距離じゃないのは確かだろう。最初は俺の移動時に発せられる音で位置を把握しているのかと思っていたが、年季の入った全力のスニークもあっさり見破られた辺り、恐らくそれも違う。俺の装備はダークグレーなのでこの暗がりに溶け込みやすいし、戦闘が始まってから一度も発砲していない以上、敵がこちらの位置を一方的に特定する方法は無いはずだ。
「(──いや、もしかして……)」
GGOは銃の世界。何も、戦いは常に視界の明瞭な中で行われるわけではない。今のように暗中戦闘になる事も当然あるだろう。そんな状況に陥った時の為に、暗視スコープのようなアイテムないしスキルがあるのではないか?
暗闇の中でも視界を確保できるナイトビジョンならば、一方的にこちらを捕捉することも可能だ。俺が動き出そうとした瞬間、弾の雨が襲いかかって来たのも頷ける。
なるほど、あの準備時間60秒はこうやって使うのか。と身に染みて分からされた俺は、この状況を打破する方法を考える。銃撃こそ止んでいるが、敵は今も俺の位置をしっかり捕捉している。闇雲に動いてはいい的になるだけだ。何か、敵の意表を突くような1手があれば……
あまり猶予の無い中、必死に頭を捻る俺の脳裏ではある記憶が呼び起こされていた……あれは、SAOでの戦いも終盤に差し掛かった頃──俺は一時期、ある事情から、攻略そっちのけでプレイヤーだけを執拗に狙うPK行為に傾倒していた。PKといっても実際にキルまで至ったことは無かったが、僅か数日の間に培われた対プレイヤー戦の立ち回りは、今も俺の中に深く刻み込まれている。
「(思い出せ……あの頃を──)」
敵の意表を突くには、まず敵の思考を読むことだ。恐らく《夏侯淵》は、今俺が隠れている大木をぐるりと回り込む形で移動しているのだろう。暗視という大きなアドバンテージを有している以上、それを最大限活用して奇襲をかけてくる筈。
ならば…──
策を考えた俺は、周囲の様子を伺ってから足を撓め、ぴょんとジャンプ。大木の枝に飛び乗った。
SAOの頃から俺を助けてくれた《軽業》スキル──飛行出来るALOではあまり活躍する機会が無かったが、今この状況では頼もしい事この上ない。片手のみを使ってヒョイヒョイと身軽な動きで木を登っていき、他の木と腕同士が繋がる辺りで手を止める。
あちらも音で気取られるのを嫌って移動速度を抑えているはずで、大木の裏で木登りに移行した俺の姿は見られていない可能性が高い。茂った枝葉が俺を隠してくれる為、真下から狙われでもしない限り、これまでのように一方的に撃たれるという事もないだろう。
一先ずこれで条件はイーブンになった。俺は出来るだけ葉が多く、且つ移動の邪魔にならなさそうな枝へ飛び移り、全神経を聴覚に集中させた。
静まり返ったこの森林では、時折吹き抜けるそよ風によって木々が揺れる以外の環境音が存在しない。そして、VR空間に於ける環境音というのは往々にしてパターン化がなされている。吹き抜ける風は毎回等間隔に訪れ、木々のさざめきも常に同じ。その中にある
音を感じることに集中した俺の意識が、吹き抜ける風を、それによって揺れる枝の軋みを、葉の擦れる音を克明に捉える。そこに一切の乱れは無い。大自然の気まぐれも存在しない。今の状況に於いて、その調和を乱す者がいるとすれば──
「(……見つけた!)」
──それは、間違いなく俺の敵だ。
捉えた異音の発生源に向かって、俺は木々を伝って接近を始めた。《軽業》スキルと敏捷ステータスに物を言わせ、さながら忍者のように木から木へ飛び移る。流石に音を殺しきれず、俺の接近に気付いたらしい夏侯淵の銃から何本もの予測線が伸びてくるが──
「何、だよコイツ……ッ!?」
立派な髭を生やした武将もといソルジャーが小さく毒づき、その周囲の木々を、俺は手当たり次第に跳び回る。俺の予想通り、暗視機能が搭載されてるのであろう物々しいゴーグルを装着した夏侯淵は躍起になって俺を撃ち落とそうとするが、狙いも覚束無い銃弾は枝葉に紛れる俺を掠めこそすれ、当たる事はなかった。
「ちくしょう……ッ!」
夏侯淵は口元を歪めながらも見事な手つきでマガジンをリリース、リロードする。俺はその隙に彼の頭上へ跳躍し、空いた左手で適当な枝を掴んだ。落下する俺に伴い、掴んだ枝もガサガサッ!と音を立てながら下へ引っ張られ──今まで森をぼんやりと照らすだけだった陽光が、スポットライトのように強烈な光で俺を照らしだした。
薄暗い森の中で光に照らされるということは、周囲からの視認性を上げてしまう。普通なら、この瞬間夏侯淵の持つアサルトライフルで蜂の巣にされている所だろうが……
「──ぐぅッ!?クソ、目が……ッ!」
──狙い通り、夏侯淵はゴーグルに覆われた目元に手をやり苦しんでいた。ナイトビジョンは暗闇の中では心強い存在だが、日光のような強い光源を見ると視界がホワイトアウトして何も見えなくなるのだ。
手放された枝はすぐに元の位置へ跳ね戻り、再び暗闇が訪れる。夏侯淵もすぐに銃を構え直すが──その時にはもう、俺は奴の懐へ踏み込んでいた。
両手で握ったドラグノフをコンパクトに振り、銃剣で奴の腕を斬り上げる。返す刃で胴を袈裟斬りにし、今度はストック部分を利用したアッパーカットで顎を打ち抜いた。
銃の間合いの内側で、俺はひたすらドラグノフを振るう。時に銃剣で斬り、貫き、時に銃床で、時には拳や肘も使って打撃──本能の命ずるままに敵を滅多打ち刺しにした。
「クッソぉ──ッ!」
叫んだ夏侯淵は、俺の打撃に被せる形で無理矢理蹴りを繰り出し俺を押し退ける。強引に距離を開いた夏侯淵はたたらを踏みながらも体勢を立て直し、銃を構えるが──俺の攻撃準備が完了する方が先だった。
──敵のHP残量はおよそ4割弱。再び距離を詰めてラッシュに持ち込むのは難しいだろう。この一撃でK.Oを狙うなら、ただの攻撃では足りない。大ダメージを見込める急所を狙った、全力の一撃が必要だ。
夏侯淵の装備しているアーマーは胴と頭をしっかり固めている。的の大きい胴体は勿論、分かり易い頭も少々望み薄か。顔面に関しても、暗視ゴーグルが干渉して確殺には持っていけないかもしれない。
ならば狙うはただ一点。アーマーの隙間から小さく露出している首だ。着剣したナイフがギリギリ滑り込めるかというとても小さな弱点。針に糸を通すようなものだが──生憎、俺の得意分野だった。
「ッ───!!」
木製のストックをしっかり握り、ドラグノフを大きく引き絞った俺は、全力で地面を蹴ると同時にドラグノフを突き出す──!
加速と全体重を乗せた必殺の直線突き──SAOでは両手槍重単発技《コンヴァージング・スタブ》として知られた一撃が、夏侯淵の喉元……正確には中心から僅かに左へ逸れた、頚動脈が通っている箇所を正確に抉った。
「ぁ……ガ……ッ!?」
首から鮮血のようなダメージエフェクトを噴き出した夏侯淵のHPがゼロとなり、力尽きたように崩れ落ちる。少し間を置いてアバターがポリゴン片へ分解されると、盛大なファンファーレと共に《Congratulations!!》の文字が宙に浮かび上がり、俺の勝利を祝福してくれた。
緊張の解けた俺は手近な木に背中を預け、ズルズルと座り込む。初めて経験するGGOでの本格的な対人戦も勿論だが、それ以上に……
「落ち着け……大丈夫。もう、あの時の俺はいない……っ」
何度も、何度も深呼吸を繰り返し、俺は小さく震える自らを必死に宥めていた。
PK行為自体はALOでもやった事があるし、ジェイドとしてGGOをプレイした際にも経験がある。問題はそこではない。
この戦いを勝ち抜く為、俺はSAOでの記憶に活路を見出した。
切っ掛けだけ掴めればそれで十分だったのだが……あの鋼鉄の城で、
「(思い出せ……彼女の言葉を、アリスの、声を……)」
これ以上余計な
「ッ──はぁ…」
無事平静を取り戻す事に成功した俺は、安堵のため息をつくと同時に転送エフェクトに包まれ、フィールドから姿を消す。気付けば、待機ホールの喧騒の中に戻ってきていた。予選が始まった時にいた、ボックス席の前だ。
キリトはまだ戻ってきておらず──もう次の戦いに進んでいるか、或いは俺の期待通り敗北したのかもしれないが──周囲を見渡せば、シュピーゲルが無言で中央のディスプレイに見入っていた。
最後に見た時は大会のロゴとカウントダウンだけしか表示されていなかったディスプレイには、今やいくつもの戦場がズラリと中継されており、衆目達はその模様に沸き立っているようだ。
きっとシノンの戦いを見守っているのだろうシュピーゲルに声を掛けようと思ったが、それよりもまずはこの澱んだ気分をスッキリさせたかった。どうやらこの待機ホールでもドリンク類は自由に頼めるらしく、四隅に設置された簡素なバーカウンターで炭酸入り黒エールを一気飲みする。
シュワシュワと弾ける液体が喉を通り抜け、心の澱みも攫っていってくれるような感覚。もう1杯同じものを注文した俺がドリンク片手にシュピーゲルの元へ戻ると、彼の表情は先程よりも緊張感に満ちていた。シノンの戦いが佳境に入ったのだろうか。
シノン──とついでにキリト──の戦いはどこだろうとディスプレイを見上げた俺は、
「──いやァ、オミゴトオミゴト。キシシッ」
「──ッ!?」
突然耳元で囁かれた言葉に、ゾクリと寒いものを感じた。ドリンクを投げ捨て、半ば条件反射で飛び退った俺は、背後に立っていた何者かを睨みつける。
黒いボロボロのマントに、ツナギのような薄汚れた装備。それだけならまだ一般的なGGOプレイヤーの範疇だったが、アバターの顔を覆い隠す、ホラー映画で見るような趣味の悪いピエロマスクが不気味だった。
「キシシ……そう怖い顔しなサンナ。さっきのあんたの戦い、見てたンダ。カワイイ顔して中々ワイルドな戦い方じゃナイノ」
あのピエロマスクの機能なのか、ボイスチェンジャーのような癇に障るエフェクトの掛かった声で喋るそいつは、遊園地にいるピエロのように大袈裟な仕草で肩をすくめてみせる。
「……何か、用か?」
「いやネ?アンタの戦い見てたら、チョーット昔を思い出シタっていうかァ……ぶっチャケ同一人物ゥ?的ナァ?」
「一体何の話──」
「──だからよォ。お前マジで
不意にズイと顔を近づけられ、至近距離でピエロマスクと睨み合う。間近で見ると殊更気味が悪い、品の無い笑みを貼り付けた表情。粘着くように歪んだ目の奥からは、ただならぬものを感じる。
「この名前、あの正確無比な技、クレバーで容赦のない戦い方……お前、
その言葉を聞いた瞬間、俺は脳天からつま先まで雷が駆け抜けたような衝撃に見舞われた。
まさか……まさか、こいつは俺と同じ──《SAO
それだけじゃない。口ぶりから推察するに、こいつは俺を知っている。《Mitsuki》という名前も、俺がシステムに頼らずとも高いソードスキルの命中精度を誇っていたことも、ともすれば、あの技がSAO由来だということも。
「っ……言ってる意味が、分からないな」
どうにか絞り出した返事に、ピエロは「ソーカイ」とまた大袈裟に肩をすくめてみせる。
「まぁいいや。お前が本物だろうと偽物だろうと、戦えばハッキリするだろ。本戦で会おうぜ──くれグレも予選オチなんてヤメテくれよォ?」
おどけるピエロは、着けていた手袋をわざわざ外して手を差し出してきた。
「……何の真似だ?」
「オイオイ、なんてコトない握手ダヨ、ア・ク・シュ」
正直拒否したい気持ちもあったが、しつこく付き纏われても困る、と渋々ながら手を握り返す。
「いヤァ、まさかこんな所で会えるトハ思ってナカッタ──楽しみにしてるぜェ?
「何──」
つい聞き返そうとした俺の言葉は、無意識の内に止まっていた。
握手を求めて差し出されたピエロの手を離した瞬間、隠れていた奴の掌が垣間見えたのだ──不健康そうな印象すら抱く生白い肌とは対照的に、真っ黒な棺桶のタトゥーが。棺桶には、これまたニタニタと不気味な笑みが刻み込まれており……棺桶の眼が、ギョロリと俺を見た気がした。
──固く閉ざされていた記憶の扉が、音を立てて壊れる。
──中に閉じ込められていた
なんとミツキ、BoB初戦を1発も撃たずに突破…キリトですら牽制で何発か撃ってるのに。
「大人しく銃使えよ」とはなんだったんでしょうね。