ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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最近長文続きだったので今回は短めに…


自分の力で

《ガンゲイル・オンライン》最強プレイヤーを決めるバトルイベント《バレット・オブ・バレッツ》の予選が行われたその日の夜──軽い調べものをしてそろそろ寝ようかと思っていた所で、俺の携帯が振動した。画面にはコールボタンと共に《桐ヶ谷 直葉》の名前が……

 

「──もしもし?」

 

『あ、えと直葉です。ごめんなさい、こんな時間に突然』

 

「いや、大丈夫だけど……何か用事?」

 

『用事、というか……その──』

 

 逡巡する様子を電話越しに感じながら、続きを待つ。

 

『…~~~あーもうっ!単刀直入に聞きますね──ミツキさん、お兄ちゃんと一緒にALOから別のゲームにコンバートしてますよね?フレンドリストから2人の名前が消えてるの、見ました。それから、アスナさんに話を聞いて……』

 

 どうやらキリトはコンバートの事を直葉にも説明していなかったらしい。そちらのことはアスナから聞けたが、俺はアイテムの避難先として世話になったエギル以外の誰にもこの事を伝えていなかった為、こうして直接連絡してきたのだという。

 

「あー……そっか、気付いたか──ごめん、何も言わずに」

 

『本当ですよ!さっきALOにログインして、ホントびっくりしたんですから──コンバートはバイトの数日だけで、すぐ戻ってくるって聞きましたけど……危ない事は、無いんですよね?』

 

「……大丈夫だよ。バイトって言ってもやる事は普通のVRMMOだ。多分、明後日には戻ると思う」

 

『なら、いいんですけど……あの、お兄ちゃんの事、よろしくお願いします』

 

「ああ。キリトは俺が責任持ってALOに──君達の家に帰すよ。心配はいらない」

 

『──ミツキさんもですよ』

 

「うん……?」

 

『お兄ちゃんだけじゃなくて、ミツキさんもちゃんと帰ってきてくださいね。どっちか1人でも欠けてたりしたら、あたし嫌ですから』

 

「大袈裟だな……努力するよ」

 

『ダメです、ちゃんと約束してください』

 

「……分かった、約束する。──迷惑じゃなければ、また今度お邪魔させてもらうよ」

 

『本当ですかッ?是非来てください、約束ですからね!』

 

 最後におやすみを言って、直葉は通話を切った。ふぅ、と息をつき、ビジネスチェアに深くもたれる。

 

 明日行われるBoB本戦……恐らくあのピエロマスクもそこにいる。奴の言葉が、掌に刻まれたあのエンブレムが、胸の片隅に仕舞い込まれていた忌むべき過去を呼び覚ました。

 あの日の俺は、一体どのようにこの状態を脱したのだったか──厳密には脱した訳ではないのだが──思い返せばあの時も、脳裏にこびりついた嗤い声を完全に取り除けたわけではないように思える。俺を抱きしめてくれたアリスの鼓動にじっと耳を傾けていると、いつの間にか聞こえなくなっていた。もしまた奴らと対峙する事があっても、アリスと一緒ならきっと大丈夫だと、そう思っていた。

 ……ある意味、その予想は正しかったと言える。アリスのいない俺は、驚くほど呆気なくあの頃へと戻ってしまった。敵どころか仲間も、友も、触れるもの全てに刃を向ける修羅の道へと引き摺り戻された。決勝でシノンが意識を引き戻してくれなければ、こうしておちおち考え事も出来なかっただろう。

 このままではダメだ。何か対策を──また奴と相対した時、誰かの手を借りずともちゃんと戦えるよう、平静を保つ手段を考えなくては。

 

「と、言ってもな……」

 

 あの呪縛から逃れられた過去2つの例を鑑みるに、極論「考えなければいい」という事は分かる。要は、自責の念や奴らへの殺意を上回る、強い目的意識のような何かで頭の中を占める事ができれば、あの狂乱状態へ陥る事はない筈──と言葉にすればそれだけだが、言うは易しというやつだ。脳裏を蝕む声を上塗り出来るレベルとなると、生半可なものでは……

 

 例えば「BoB優勝」──シノンのようなヘビープレイヤーと比べれば、大会にかける熱量からして大きな差がある。これはダメ。

 では「シノンとの再戦」──先に比べれば良さそうだが、ただ目の前の相手にだけ集中していれば良かった予選と本戦とでは状況が違う。これも難しそうだ。

 残る「死銃確保」──《死銃》が奴であるなら、本末転倒である。

 

 深い溜息と共に顔を覆った俺は、指の隙間からデスクの一角を見やる。そこでは黄色と白の小さな花を閉じ込めたラミネートフィルム──少し前に花を落とした金木犀と銀木犀を押し花にしたものだ──が、小さなフォトフレームの窓からこちらを覗いていた。

 秋頃にふと思い至って飾ってみた2輪の花──寿命を迎えたものの捨てる気にもならず、こうして形に残した2つの小さな花弁が、何かを語りかけているような……そんな気がした。

 

「……まさかな」

 

 状況が状況だし、疲れているのだろう。と大きく伸びをした俺は、ベッドに身を投げる。正直寝付ける気はしないが、無理にでも寝ておかなくては本戦に響く。布団にくるまった俺は、どうか悪夢を見ないよう願いつつ、目を閉じて眠気の到来を待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──結局夜中は殆ど寝付けず、明け方になってようやく寝入る事が出来た。時計を見れば4時間は寝た計算だが、体感的にはその半分程に感じられる。

 眠い目を擦りながら、冷蔵庫から叔母が仕事の追い込みの時によく飲んでいるエナジードリンクを1本頂き、強引に意識を覚醒させた。

 

 ここ1年ですっかり恒例となった叔母と自分の分の朝食であるサンドイッチを準備していると、携帯が震える。見れば、キリトからのメッセージが届いていた。曰く──『GGOにコンバートした件、スグにバレた』『バイト代のこと言ったのお前だろ!』──と……答えはイエス、昨夜直葉と通話した際に伝えておいたのだ。

 

 手早く『?』と返信し、作業に戻る。

 

 叔母の分は皿に乗せてラップをかけておき、自分の分を持ってテーブルに着く。一緒に淹れたお茶を啜りながらタブレットで《MMOトゥモロー》を開くと、新着トピックの中からGGOの記事を探し出した。

 記事にはBoB予選の盛況具合と、各ブロックから本戦に進出したプレイヤー達の名前。注目選手等が載っている。その中にはキリトの名前もあり……なんと、某名作映画シリーズに登場する宇宙の騎士よろしく光剣を使って敵の銃弾を防ぎ、ゼロ距離から叩き斬るという荒業で予選を突破したらしい。曰く──『銃の世界に真っ向から喧嘩を売る可憐なバーサクソルジャー!その剣に斬れぬもの無し!』と。

 

「相手からすりゃ堪ったもんじゃないな……」

 

 呟きながら記事をスクロールしていくと……驚くべき事に俺の名前もあった。

『ただの一度も発砲せずに予選を通過したミステリアス・スナイパー。本戦では彼女の銃弾が放たれる瞬間を目に出来るのか…!』と紹介されているのを見た瞬間、思わず飲んでいたお茶を噴きそうになる。果たしてこの記事を書いた奴に「そいつ撃っても当たらないから撃たなかっただけだぞ」と教えたらどんな反応をするだろう。

 俺の下ではシノンも紹介されており、俺と違って正真正銘のスナイパーとしてリベンジに燃える彼女の戦いは、多くのプレイヤーの注目を集めているようだ。

 

 他にも連なる27人の名前を凝視する。本戦に進んだ30人中、俺とキリト、そしてシノンを除いた27人……否、考えたくないが、シノンが《死銃》である可能性も全くゼロというわけではない以上、28人の中に《死銃》が──そして恐らく、あのピエロマスクもいる。《死銃》がBoB本戦に出ていると仮定した上で、その正体が奴であるなら話は早いのだが……

 

「《死銃》を特定する方法は……」

 

 最も手っ取り早いのは犯行現場を押さえる事だが、それは即ち誰かが《死銃》の手に掛かる事を意味する。何より28人の中から探し出すには手間がかかり過ぎる。

 であれば……名前はどうだろう。プレイヤーネームを途中変更出来ない以上、わざわざ《死銃》という名前でキャラクター登録はしていないはず。大会常連の古株プレイヤーでは周囲から無用な注目を集めてしまうのは明らかなので、恐らく《死銃》の正体は無名のプレイヤー ──大会初参加という可能性が高い。

 記事を全文読んでみても、過去2回の本大会で好成績を残したプレイヤーはその旨が記載されているが、俺やキリトが初出場であることは記載されていない辺り、《死銃》もその内の1人と見るべきだろう。

 

「……シノンに聞くのが1番か……」

 

 彼女であれば全員とは行かないまでも、初めて聞く名前くらいは判別がつくはずだ。必死に頼めば教えてくれる……だろう、多分。

 

 タブレットを置いた俺は、ハムとマヨネーズたっぷりのサンドイッチにかぶりつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は進み、夕方の5時頃──住宅街にある寂れた公園で、《シノン》こと朝田詩乃はブランコに揺られながらひたすら恨み節を呟いていた。

 

「あーもう、ホンットにムカつくあの男!自分がジェイドだって事黙って私をからかって面白がるし、それどころか男だってことすら隠して私に色々案内させるし、挙句の果てにk……ッ、金まで貸す所だったわよ!しかも何、『女の子を殺すのはちょっと…』って!?そんなのGGOで罷り通ると思ってる訳ッ!?思い出すだけで腹立つ!」

 

「えっと……珍しいね?朝田さんがそんな風に怒るの」

 

 隣のブランコでそう言ったのは、新川恭二──GGOでは《シュピーゲル》の名でログインしている、詩乃の友人だ。

 

「……私、結構怒りっぽいのよ」

 

「へ、へぇ…──でも大丈夫だよ。確かに決勝では2位だったけど、朝田さんはジェイドなんかよりずっと強いんだから!いくらコンバートって言ったって、朝田さんはアイツと違って本気でGGOをやってるんだ、覚悟が違うよ!──そうだ、何ならフィールドで待ち伏せて狩る?狙撃なら僕が囮やるし、正面戦闘が良ければ、腕のいいマシンガンナー3~4人集められるよ!武装的に中距離から集中砲火すればすぐ制圧できるだろうし、ゼロ距離で頭を吹き飛ばしてやろうよ!ビームスタナー使ってMPKするのも面白そうだなぁ……!」

 

「えっ?あ、いやそういう事じゃなくて……その、アイツとはちゃんと1対1で決着をつけたいの。一応、前に少し世話になった義理もあるし……予選であいつの戦法はもう分かったし、今度こそフェアな条件で、真っ向からリベンジしてやるつもり」

 

 ブランコから立ち上がり、薄暗い空に向けて人差し指を突きつける。

 

「見てなさいよ──今度こそ、あの紛らわしいアバターに風穴開けてやるんだから!」

 

 虚空に幻視したミツキに向かってそう吐き捨てた所で、ようやく少し溜飲が下がる。

 

「……ねぇ、大丈夫なの?その手……」

 

 恭二に言われて気づく。詩乃の手は無意識の内に拳銃の形を──詩乃が乗り越えるべき存在(モノ)の形を取っていた。

 

「あ……うん、怒ってるからかな。大丈夫だったみたい」

 

「……僕、心配だよ……ジェイドが戻ってきてから、朝田さんがいつもの朝田さんじゃないみたいに感じるんだ」

 

 ブランコから降りた恭二は、形を解いた詩乃の手を握る。

 

「いつもの、私……?」

 

「うん。クールで、超然としてて……周りから何されても逃げずに立ち向かってさ。そんな強い朝田さんが憧れなんだ……朝田さんは、僕の理想なんだよ」

 

「そ、んな事……だってほら、私、銃を見ただけで発作起きちゃうし──」

 

「シノンは違うじゃない。あんなすごい銃を自由自在に操って、もうすっかりGGO最強の1人だよ。GGOの朝田さんが──シノンこそが、きっと朝田さんの本当の姿なんだ。きっと、こっちの朝田さんも本当の朝田さんになれるよ。だから……あんな奴に、惑わされちゃダメだ。僕に出来る事があれば何だってするから!」

 

「本当の、私……」

 

 反芻したその言葉は、詩乃の胸に疑問という雫を落とした。

 

 ──本当の私って、何?

 

 詩乃がGGOを始める前──全てが変わったあの日までは、詩乃だって所謂「普通の女の子」だったのだ。「あの事件」さえ起きなければ、きっと今も普通でいられた。恭二と出会う事もなければ、GGOは愚か、VRMMOを始めることもなかっただろう。

 確かに、GGOのシノンは詩乃の目指す理想の姿なのかもしれない。そう言ってくれる恭二の気持ちは嬉しいが、彼の言葉をよく噛み砕いてみると、少し的がズレているようにも感じられる。それでは、まるで──

 

「──朝田さん」

 

「ぇ──ッ?」

 

 突然、聴き馴染んだ声が耳元で囁かれ、詩乃はビクリと体を震わせる。いつの間にか、詩乃の体は両手を広げた恭二に強く抱き締められていた。

 

「大丈夫……僕が、僕が守るから。ジェイド(アイツ)の事なんか気にしてたら、朝田さんは強くなれないよ。だから……朝田さんは、僕だけを──」

 

 恭二の腕に力が入ったのを感じた瞬間、詩乃は半ば反射的に彼の体を押し退けていた。その事を自覚し、俯けていた顔を上げると、傷ついたような目をした恭二と視線が合う。

 

「ご、ごめん……今は、そういう事を考える気になれないの。大会に集中したいし」

 

「あ……そう、だよね……ごめん……」

 

「うん……新川君の事は、この街で気を許せるたった1人の友達だと思ってる。応援してくれるのも、すごく嬉しい──でも……私のこの問題は、誰かに助けて貰うんじゃなくて、ちゃんと私自身が戦って解決しないと、って思うんだ。そうじゃなきゃ意味が無い、って……」

 

「……そっか」

 

「だから、その……それまで、待ってくれる?せめて今回の大会が終われば、色々考える余裕も出来ると思うから」

 

 恭二は何か言いたげだったが、それら諸々の言葉を飲み込んで小さく頷いた。

 

「……分かった。僕、信じて待ってるから」

 

「うん……ありがとう」

 

 昨日の失敗を踏まえ、早めにログインして本戦のエントリーを済ませておこうと、詩乃は恭二と別れて公園を後にする。そんな彼女の後ろ姿を見送った恭二は、

 

「そうだよ……ジェイド(アイツ)なんかに笑いかけちゃダメだ──信じてるからね、朝田さん……僕の、シノン(ヒーロー)

 

 どこか陶酔的な雰囲気を纏わせた目で、そう呟くのだった。

 

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