ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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死神の銃口(かま)

 ひたすら走り続けること暫く──《ペイルライダー》を殺した《死銃》を追う俺達は、誰とも会敵することなく廃都市へ到着した。

 

「《死銃》には追いつけなかったね……まさか追い抜いたって事はないわよね……?」

 

「ああ。走りながらずっと水中をチェックしてたけど、それっぽい奴はいなかった」

 

 川の水は都市の地下水路へ流れ込んでいるが、その入口には太い鉄格子で蓋がしてあって通ることは出来ない。シノン曰く、あれは破壊不能オブジェクト扱いの為グレネードを100発投げ込んでも傷一つ付かないのだとか。

 

「──だったら、もう奴は街に潜伏してるって事だ。次のスキャンで奴の位置を特定して、また誰かを撃つ前に強襲をかけよう」

 

「……って言っても、まだ問題がある事、忘れてないわよね?」

 

「問題……?」

 

 どうやら重要なことを失念しているらしいキリトに、俺は小さく嘆息する。

 

「《死銃》のキャラネーム、だな……」

 

 現状、《死銃》候補として挙げられたプレイヤーの中で残っているのは3人。その中の誰かがあのボロマントの正体であり、もしかしたらピエロマスクの正体でもあるかもしれない。

 

「一応、考えたんだけど……《銃士(ジュウシ)》をひっくり返して《死銃(シジュウ)》、《X》はクロス──あの十字を切るジェスチャー……ってのは流石に安直過ぎよね」

 

「なる程……個人的には悪くない線だと思うけど」

 

「VRMMOのキャラネームなんて、皆結構テキトーに付けてるモンだからなぁ……俺もキリトも本名のもじりだし。シノンは?」

 

「……私も」

 

 3人揃って「だよね…」と言いたげな微妙な表情で笑い合う。

 

「いっそのこと、《Sterben》が名前の通り外国人なら話は早いんだけどな……」

 

 生産されたSAOのソフト1万本は、日本国内でしか入手できない代物だった。実際あの世界の中で出会った外国人プレイヤーは極めて少なく、そのいずれも日本語が堪能だったのを覚えている。

 もし《Sterben》氏がニホンゴヨクワカリマセーン系の外国人なら、昨日キリトと会話も出来ていないはずなので、消去法で《銃士X》と《ENDE》に的を絞れるのだが……第1回BoBで外国人プレイヤーが大暴れして優勝した結果、日本サーバーには国内からしか接続できないようになったらしく、《Sterben》も日本人ないし在日の外国人である可能性が高いとシノンが教えてくれた。

 

「……そろそろ時間ね。もし街の中に候補が複数人いたら、迷ってる暇はないわよ」

 

「……よし、ならその時は《銃士X》の方に行こう」

 

「了解──シノン、もし俺やキリトが奴の麻痺弾で動けなくなった時は、君の出番だ。ペイルライダーの時と同じように、姿を現して拳銃を撃つタイミングを狙ってくれ。位置がバレるリスクを冒してまで援護はしなくていい」

 

「……さも当たり前みたいに言ってるけど、《死銃》をどうにかしたら、私達はまた敵同士になるって事、忘れてないでしょうね。あいつを倒した瞬間、私に撃たれるかも──とか考えない訳?」

 

「それが君の満足いく決着の仕方なら構わないさ。それで満足するなら、な」

 

 そう言ってポンと彼女の肩を叩いた俺は、キリト共々街へ足を踏み入れる。胸の内を見透かされたようにぐぬぬ、と歯噛みするシノンも、その後に続いた。

 

 市街地内部からは見えない場所に陣取った俺達は、午後9時丁度のタイミングで端末を起動。スキャンによってマップに表示された光点を、3人掛りで片っ端からタップしていく。

 

NO-NO(ノ ノ)》、《闇風》、《huuka(フウカ)》、《魔鎖夜(マサヤ)》、《Deringer(デリンジャー)》、《リココ》、《コルトン》──いずれも前回大会でシノンとは顔見知りというプレイヤーの名前ばかりが表示されていく中──見つけた。

 

「《銃士X》と《ENDE》がスタジアムにいる──シノン、《Sterben》はいたか?」

 

「いえ、いないわ。今街にいるのはその2人だけね」

 

「……キリト。この2人が同じ建物にいるの、偶然だと思うか?」

 

「やっぱり、ミツキもそう思うよな……多分、こいつらが《死銃》とその協力者──元ラフコフの2人だ」

 

「次のターゲットになりそうなのは……距離的に《リココ》か《デリンジャー》ね。《死銃》の射程圏内に入る前に止めないと」

 

「よし、行こう」

 

 今度は市街地戦の心得があるシノンを先頭にして、周辺を警戒しつつ進んでいく。スタジアム付近に来た所で一度足を止めると、シノンの《視力強化(ホークアイ)》スキルを用いた遠距離視で、スタジアム上の看板の陰から小さく覗く銃身を発見した。《銃士X》が居た場所だ。

 

「まだ《死銃》は動いてないみたい。仕掛けるなら今よ」

 

「オーケー。俺とキリトはこのままアタック。シノンはスタジアム向かいのビルから狙撃態勢に入ってくれ」

 

「え……私も一緒に──」

 

「戦闘になったら、俺もキリトも君を守れる余裕があるか分からない。了解してくれ。さっきも言ったけど、無理に援護する必要はないからな」

 

 30秒後に攻撃開始だと示し合わせ、俺達はシノンと別れる。

 

「……なぁミツキ。さっきの言い方だと、なんかこう、さ……」

 

「お前が言ったんだろ、譲れない一線だ。俺達の戦いで彼女を危険に晒すわけには行かない」

 

「けど……いや、そうだな。──それはそうと、どっちがどっちに行く?」

 

 正直、2人掛りで《銃士X》を叩きたい所だが……残った《ENDE》も《死銃》と同じ力を持ってる可能性を考えると、野放しには出来ない。気は進まないが、二手に分かれるのが最善だろう。

 

「……俺は《ENDE》の方に行く」

 

「分かった。なら俺が《銃士X》だな」

 

「くれぐれも気を付けろ」

 

「ミツキもな。そっちにいるのが《死銃》って可能性もゼロじゃない」

 

 頷き合った俺達は、各々の得物を手にスタジアム内で別れた。

 

 階段を駆け上がり、できる限り足音を殺しながら廊下を駆ける──先程のスキャン時に見た限りでは、《ENDE》は客席の中程の位置にいた。最寄りの出入り口は……ここだ。

 

《4B》と印字されたゲート前で立ち止まり、客席を覗き込む──見下ろせる範囲には誰の姿も確認出来ない。客席はこの廊下の上にも広がっている為、そっちに隠れているのだろうか。

 腰から抜いたグロックをいつでも撃てるよう準備し、慎重にゲートをくぐる。4つに区分けされたスタンド席には、各区画2つの出入り口が両端に設けられている。別のゲートから狙い撃たれる可能性もある以上、ヤマを張って俺を待ち受けるという事はしていない筈だ。

 

 ──タンッ!

 

 不意に聞こえた短い銃声。かなり近い。俺に向かって撃たれたものでもなければ、距離的にキリトと遭遇した《銃士X》のものでもない。可能性としては2つ──俺とキリト以外の誰かがスタジアムに侵入し《ENDE》と接敵したか……或いは、《ENDE》が《銃士X》と戦うキリトをここから撃ったか。

 

「キリト……ッ!」

 

 急ぎ客席へ飛び込み、振り返ってスタンド全体を見上げると──そこには《DEAD》タグを浮かべた誰かの死体と、その死体を作ったのだろう、大型のライフルを構えた銀色の髪の女プレイヤーがいた。

 見ただけで分かる。彼女はあのピエロマスクではない。マスクの有無だけではなく、背格好からして違う。今目の前にいる彼女はあいつよりも背が高く、体の線が細かった。

 

「オーララ……やっぱり入ってくるよね──あなた、予選で話題になってた子でしょ。私は《銃士X(マスケティア・イクス)》。同じ狙撃銃使い同士、仲良くしま──」

 

 この状況にあって正々堂々名乗る彼女の言葉が終わるのを待たず、俺は全力で床を蹴っていた。座席の背もたれに足をかけ、2歩目──そしてスタンドを下る通路の手すりを足場に3歩目──瞬く間に行われた3度の跳躍で、銃士Xとの距離を一気に詰める。そして──

 

「──伏せろッ!」

 

「えッ──!?」

 

 俺は彼女の頭を抱え、突進同然の勢いでその場から押しやる──次の瞬間、力強い発砲音に続いて、たった今まで彼女が居た場所に複数の弾痕が穿たれていた。

 銃士X共々コンクリートの床に倒れ込みながら「ガショッ」という排莢音を耳にした俺は、上体だけ起こしてグロックを構え、発射炎の見えた方向目掛けてトリガーを引いた。フルオートモードとなったグロックの銃口から大量の弾丸が散蒔かれ、闖入者は物陰に身を隠す。一瞬だけ見えた、奴の顔──それは、下品な笑みを浮かべた趣味の悪いピエロマスクだった。

 

「何、どういう事……!?」

 

 状況を飲み込めず困惑する銃士Xを他所に、俺はグロックを構えたまま大きく息を吸い込む──

 

 

「戻れキリトォッ!!!シノンが危ない──ッ!!!」

 

 

 ほぼ無人のスタジアムに木霊する叫び声。返事は無く、姿も見えないがきっと届いていると信じ、意識を前方に戻す。

 

「……ッキシシ──流石ァ、判断が早い。アインクラッドでよっぽど虐められたのかァ?勘が良くなってンじゃねェか。ッたくよォ」

 

 隠れたままこちらへ話しかけてくるその声は、昨日聞いたのと全く同じだ。

 

「答えろ……お前──お前は……アイツなのか」

 

「あァん?アイツゥ?」

 

「ッ……いいから言えッ!お前なのか──リューゲッ!!」

 

 不意に訪れる静寂──それを破ったのは、けたけたという表現が嵌りそうな笑い声だった。

 

「キシシ…ッヘヘヘヘヘァ──リューゲ!リューゲか!ッハハハハハハァ──あぁそうだ!俺がリューゲだよ、ミツキィ!約束通りお前を殺しに来たぜェ!」

 

 そう言って顔を出したピエロマスク──リューゲは、飛びかかりざまに持っていたショットガンを構える。トリガーに指をかけたのだろう、銃口から驚くほど太い──否、いくつもの予測線が束ねられた赤い光が照射された。ふと脳裏を過る記憶──亡きペイルライダーも同種の武器を使っており、その性質は散弾、通常の銃とは違う面攻撃だ──横及び後方への回避は困難を極める。

 

 しかし──そこへまさしく横槍を入れるように、別の銃弾が放たれた。半ば蚊帳の外だった銃士Xが、空中で身動きの取れないリューゲを撃ち落としたのだ。彼女のライフルの威力は中々のものだったらしく、リューゲは射撃を中断させられてしまう。

 

「……ッンだよ邪魔すんなクソ(アマ)──ゥゴッ……ッ!?」

 

 着地して間髪入れず銃士Xに飛びかかろうとした所を、今度は俺が蹴りで叩き落とす。苦悶の声を上げながら、奴はスタンドを転げ落ちていった。

 

 銃士Xは、銃を下ろしてこちらへ近づいてくる。

 

「……さっきは助けてくれてメルシー。これで借りは返したよ」

 

「……こっちこそ、ありがとう。──ついでに忠告だ、あのピエロ野郎には近づくな。アイツは……俺が倒す」

 

「ふぅん……昔の因縁とか、そういうやつかな。了解、あのピエロは君に譲るよ──ってことで、とっとと逃げた方がいいんじゃない?」

 

「……いいのか?」

 

 思いの外あっさりと聞き入れてくれた銃士Xの提案にぽかんとする俺を見て、彼女は小さく笑う。

 

「何、その顔──シノン、だっけ?さっきの君の言葉を聞くに、彼女が危ないんでしょ?だったら君も行くべきだと思うな。他の人達はどうか知らないけど、私はそういう情熱的な関係、結構好きなんだ」

 

 ……何か誤解が含まれているような気もするが、彼女に今ここで俺と戦う意思は無く、またリューゲと戦わないよう約束してくれたのは僥倖だ。彼女の厚意をありがたく受け取ることにした。

 

「キシシッ──逃げンのかよ……逃すわけねェだろうが──ッ!」

 

 足を踏み出した瞬間、下から聞こえてきた怨嗟に満ちた奴の声。ここで倒しておきたい気持ちもあるが、銃士Xが言った通り、今はシノンの安否を確かめ、必要であれば救出するのが最優先だ。

 

「行くぞ!」

 

「えっ、私も……!?」

 

「訳あって、アンタ1人を残してくわけにもいかないんでな──!」

 

 奴が立ち上がった瞬間、俺は彼女の手を引いてスタジアム外周へ向かう──1階に降りていては、下まで転げ落ちたリューゲと鉢合わせる危険性がある為、上から飛び降りる方が確実だ。

 

「──殺り合うより鬼ごっこの方が好みかよ!えぇ!?」

 

「へぇ、結構足速いね、彼──!」

 

 奴はあれからスタンドを駆け上がり、真っ直ぐこちらを追いかけてきているらしい。

 上下行き階段の分岐路に差し掛かった所で、銃士Xが腰にぶら下げていたグレネードのピンを抜いて後方に放る。噴出された煙幕が階段入口を塞ぐように広がり、俺達の進路を覆い隠した。数段飛ばしで階段を駆け上がるが、足音を聞いて追ってきているようだ。

 

「ちょいと失礼──!」

 

「きゃっ──!?」

 

 俺は銃士Xの体を抱え上げると、ステータス補正全開で床を踏み蹴る。三角飛びの要領で方向転換しながら階段をショートカットし距離を稼ぐ。まもなくスタジアム外周に到達し、勢いそのままにスタジアムから飛び降りた──!

 途中で外壁を蹴って落下方向を斜めに調節した俺は、滑るようにして着地することに成功した。

 

「俺は行くから、そこに隠れてろ。奴がいなくなるまで絶対に顔を出すな──!」

 

 一方的にまくし立てながら銃士Xを街路樹の茂みに押し込んだ俺は、シノンの元へ急いだ。

 

「頼む……頼む……ッ!無事でいてくれ……ッ!」

 

 うわ言のように繰り返しながら、ひび割れた道をひた走る。もし戦闘になっているとすれば、近くから銃声なり聞こえるはずだと思った矢先──何かが落下し、崩れ落ちる音が聞こえた。音のした方へ足を向けると、1ブロック先の道を走る黒い影が目に入った。シノンを抱えて走るキリトだ。

 

「キリトッ!」

 

「──ミツキ!無事だったか」

 

「こっちのセリフだ!──シノンを襲ったのはあのボロマントか?」

 

「ああ。なんとかシノンは連れ出せたけど、奴が追って来てる」

 

 キリトが肩に掛けていたシノンの銃をこちらで受け取った事で多少身軽にはなったが、それでも人1人を抱えていては移動速度の低下は避けられない。俺が奴を足止めしたとて、時間が経てば俺を追って来たリューゲも合流するはずだ。そうなればどちらか一方は間違いなくキリト達を追うだろう。

 

「──アレを使おう!」

 

 キリトの視線を追った先には、ぼんやりと点滅を繰り返すネオンの看板が──昨日グロッケンの街中でも見た、レンタルバギー屋だ。

 停めてある乗り物はバギーが3台──その内動きそうなのは1台。そしてその横には、メカメカしい金属の躰を持つロボットホースが鎮座していた。こちらは3人。キリトとシノンをバギーに乗せて、俺はロボットホースに乗るのが最善だろうが……

 

「……馬は、駄目。踏破力が高い分、リアルと同じ技術が必要だから……」

 

「……分かった、3人乗りで行こう。その前に──シノン、君の銃で残った馬を破壊出来るか?奴らがコレで追ってくるかもしれない」

 

「う、うん…やってみる──」

 

 キリトが運転席、俺とシノンが後部座席に乗り込み、バギーが始動。少し距離を開けてから一時停止すると、シノンはヘカートを構えた。距離は10メートル程、これならシステム的に必中距離だと彼女は言っていた。この銃の威力ならロボットホースを木っ端微塵に破壊出来る──しかし、差し向けた銃口から必殺の銃弾が放たれる事は無かった。

 

「え……何で……!?」

 

「シノン……?」

 

「指が、動かない……何でよッ──トリガーが、引けない……ッ!」

 

 トリガーに掛かったシノンの指は、まるで撃つ事を拒否しているかの様にそれ以上動く事はなかった。どれだけ力を込めても、小さな震えを繰り返すのみだ。

 

「……くそ、もう来たか──キリト、出せッ!」

 

 ここまで数多の敵を撃ち抜いてきたスナイパーに起きた異常事態。そこへ拍車をかけるように、2つの人影が真っ直ぐこちらへ走ってきていた。その正体は最早語るまでもない。

 

「落ちるなよ──ッ!」

 

 俺がシノンの頭を引っ込めさせると同時に、キリトがスロットルを捻る。3人を乗せたバギーは弾かれたように急発進した。

《死銃》達の姿がみるみる遠ざかっていく。このまま逃げ切れれば良いが……俺の脳裏には嫌な予感が付き纏っていた。そして嫌な予感というのは、当たって欲しくない時程、当たるものだった。

 

「ほゥら!白馬の死神様が迎えに行くぜェ──!」

 

 手綱を握る《死銃》と、その後ろで心底愉快そうに声を上げるリューゲ──あろう事か、ロボットホースを完璧に乗りこなしていた。

 

「嘘……追いつかれるッ……もっと──もっと速く逃げて、逃げてッ!」

 

 殆ど悲鳴のような声で、シノンは俺に縋り付く。それを聞いたキリトも更にアクセルを開くが……単純な搭乗人数の差、乗り物の性能等、様々な要因が重なった結果──彼我の距離は少しずつ、しかし着実に詰まり始めていた。

 

 リューゲは《死銃》の腰からあのハンドガンを抜くと、奴の肩越しに構える。銃口から血のような赤いラインが伸び、シノンの頬をポイントした。

 

「シノンッ!」

 

 咄嗟に彼女の肩を引き寄せ、発射された銃弾は空を切る。続けて響く銃声──今度は大きく狙いがズレて、バギーのリアフェンダーに命中した。

 

「嫌ぁぁぁッ!」

 

 いよいよ感情の閾値が限界を迎え、シノンは完全に奴らから目を背けて縮こまってしまう。あちらも疾走する馬の上からでは揺れが激しくてまともに照準出来ないようだが、距離が詰まればその限りではない。

 

 俺は今大会で初めてドラグノフを銃として構え、引き金を引く──当たらないのは百も承知、それでも何かしら回避行動を取ってくれればと期待したが、手綱を握る《死銃》は冷静だった。予測線から俺の射撃が当たらないと判断し、そのまま真っ直ぐ突き進んでくる。

 

「チッ、効果無しか──!」

 

「やだ……やだよ……助けて……ッ!」

 

 俺の服を掴み、悲痛な声で必死に懇願するシノン。そんな彼女の頭を、またも赤い線が横切った──今度はしっかり狙って撃つつもりか。

 

「──キリト、借りるぞッ!」

 

 放たれる銃弾──予測線を見れば回避することも出来るが、恐怖で顔を俯けたままのシノンにそれは出来ない。世界を隔てる壁を突破し、現実の命をも消し去る凶弾は、彼女の頭目掛けて一直線に進み──突如、小さな火花を残して消失した。

 

「あァん……!?」

 

 不満げに首を傾げるリューゲの視線の先では、シノンの体を跨ぐようにして立った俺がいた。その手には光の刃──キリトから拝借した光剣が握られている。

 

「シノン──シノン聞こえるかッ!?このままじゃいずれ追いつかれる、君が奴を狙撃してくれ!」

 

 先の射撃を見ての通り、俺が撃っては牽制にもならない。グロックのフルオート射撃で弾幕を張っても、今現在例のハンドガンを握っているのはリューゲだ。《死銃》の体が遮蔽物になっている以上、威力で劣るハンドガンで2人分のアバターを貫通出来るとは思えなかった。

 やはり、例え外れたとしても路面に穴を穿てる程の威力を持つヘカートでなければ──正真正銘のスナイパーである彼女の射撃でなければ、奴らの歩みを止めることは出来ない。しかし──

 

「む、無理だよ……」

 

「君じゃなきゃダメなんだッ!1発だけでもいい、撃ってくれ!」

 

「無理ッ!アイツ……アイツは……ッ」

 

 俺は後方を警戒しつつ、屈んでシノンの肩を掴む。

 

「──シノン、俺を見ろッ!」

 

 その声を受け、シノンはすっかり弱々しくなった目で俺を見た。

 

「──よく聞け、君は死なない。俺が絶対に死なせない!アイツ等が何発撃ってこようと全て防いでみせる。だからッ……頼む。俺を信じて、撃ってくれ。君の力が必要なんだ」

 

 思いが通じたのか、シノンは恐る恐るライフルを構えた。掻き集めたなけなしの勇気を込めて指に力を込めるが……

 

「やっぱり……撃てない──撃てないのッ、指が動かないッ……私……もう戦えない……」

 

「いや撃てる!誰だって必要となれば、どんな形であれ戦えるんだ!──思い出せシノン!君はこの世界で何の為に、どう戦ってきた!?」

 

 そう言いながら、再び襲い来る凶弾を光剣で正確に灼き斬る。

 

「私……私、は──強くなる為に、戦ってきた……でもそんなの全部無意味だったのよ……!この世界でなら強くなれるなんて、ただの幻想だったんだ……」

 

「ここで撃たなきゃ本当に無意味になる!君の戦いに意味を与えるのも、奪うのも、君自身なんだ!──1人じゃ無理なら俺も一緒に撃つ!だから諦めるなッ!」

 

 トリガーに沿わせたシノンの指に、俺の手を重ねる。凍りついて動かなくなった手に、少しでも多くの熱が伝わるように。

 

「け、けど……こんなに揺れてたら照準が……」

 

「──それなら大丈夫だ!5秒後に揺れは止まる!頑張れシノン!」

 

 後ろのキリトの声を信じ、シノンは照準に集中する。来る5秒後の未来で──浮遊感と共に、ぴたりと揺れは収まった。瓦礫に乗り上げた廃車を使ってジャンプしたのだ。

 

「──今だッ!」

 

 合図と共に、引き金を絞る──轟音と共に放たれた銃弾は死神達から逸れ、路傍に乗り棄てられた大型トラックに命中した。必殺の銃弾が奴らをまとめて撃ち抜くことはなかったが……代わりに、凄まじい光と熱、そして衝撃が死神達に襲いかかった。トラックに残っていたガソリンが引火し、大爆発を起こしたのだ。

 

 間近に受けた衝撃でロボットホースがバラバラに弾け飛び、乗っていた2人も爆炎に呑み込まれていく様を見ながら、バギーは落下。何度かのバウンドを経て着地し、再加速を始めた。

 

「このまま街を出よう。多分、今の爆発で他のプレイヤー達が寄ってくる」

 

「ああ、運転頼む。──頑張ってくれてありがとう、シノン」

 

 シノンに感謝と労いの言葉をかけた俺は、気力の大部分を消耗して呆然とする彼女を気遣いながら、自らもまた窮地を切り抜けられた事に安堵の息をつくのだった。

 

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