ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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告解

 ボロマントとピエロマスクの2人からなる《死銃》陣営による襲撃を辛くも退けた俺達3人は、バギーに乗って中央の廃墟からマップ北部に広がる砂漠地帯へ脱出していた。

 

 キリトは窮地のシノンを連れ出す際、《死銃》の攻撃でダメージを負っており、俺も銃士Xを抱えてスタジアムから飛び降りた事で少なからずHPが減っている。運営から配布されている医療キットでの回復はSAOの回復ポーション同様に時間経過でジリジリと回復する仕様な為、一旦どこか身を隠せる場所に腰を落ち着けたいのだが……

 

「こうも見晴らしがいいと、隠れようにもなぁ……」

 

 バギーを一時停止させてぼやくキリト。実の所砂漠エリアに来たのは半分偶然のようなもので、《死銃》達とのチェイスが繰り広げられた街の北側から別エリアへ脱出するには、砂漠エリア(ここ)が1番近かったのだ。他に行く宛としてあったのは東部の田園エリアと西部の草原エリアで、どちらも隠れるには向かず、かと言って街を縦断して南側へ向かう余裕も無かった。

 

「そうだ──シノン、砂漠エリアにはスキャンを回避出来る洞窟があるって言ってたよな。大まかな方向だけでも分からないか?」

 

「えっと、確か……あっち」

 

 襲撃以降どこか覇気の無いシノンが指さした方向へ、キリトがバギーを走らせる。少し進むと、砂に埋もれるようにして小さく口を開けた洞窟が見えてきた。外から見るよりも中は広く、バギーごと乗り入れても多少余裕はあった。

 

「お疲れさん──取り敢えず、ここで次のスキャンを回避しよう。回復もしとけよ」

 

 エンジンを停止させたバギーの前で大きく伸びをするキリトへ、労いの言葉と共に借りていた光剣を渡す。受け取った光剣を腰に吊るすキリトは、ジッと洞窟の外を凝視していた。

 

「……どうした?」

 

「いや、気になる事があってさ──なぁシノン、《死銃(あいつ)》はさっき、いきなり君の近くに現れたよな?もしかして、奴は自分の姿を透明化出来るのか?衛星に映らなかったのも、もしかして……」

 

「……多分、そう。《メタマテリアル光歪曲迷彩(オプチカル・カモ)》って能力(アビリティ)──」

 

 曰く、キリトがシノンを助けに入る直前、奴はどこからともなく姿を現し、彼女を撃とうとしたのだという。GGOが始まってから現在まで、この能力は強力なボスモンスターのみ使えるとばかり思っていたが、同様の効果を持つ装備ないしスキルが存在していてもおかしくはない。

 それを聞いた俺の脳裏に、アインクラッド第1層ボス戦で猛威を振るった《カタナ》スキルが思い起こされる──アレも当時はモンスター専用というのが通説で、条件を満たせばプレイヤーも習得可能なエクストラスキルだと判明したのは随分後になってからだった。

 

「──でも、砂漠(ここ)なら大丈夫……だと思う。地面が荒い砂だから足音で分かるし、足跡も消せない。さっきみたいにいきなり奇襲をかけるのは無理」

 

「そうか。なら、結果的にここへ来たのは正解だったかもな──」

 

 見張りはキリトと交代で行うことにして、俺は入口側へ腰を下ろした。腰のポーチから注射器型の回復キットを取り出し、なんだか妙な気分になりながらも腕に押し当てて使用する。回復エフェクトと共にHPがジワジワと増加を始めたのを確認すると、隣のシノンが口を開いた。

 

「……ねぇ。さっきの爆発でアイツ──《死銃》が死んだ、ってことは……?」

 

「……残念ながら。爆発の直前、馬から飛び降りるのが見えた。あの威力なら流石に無傷じゃないとは思うが、死んじゃいないだろう」

 

「そう…──そういえばキリト、あなた何であんなに早く私を助けに来れたの?」

 

「いや、俺はミツキに言われて殆ど無我夢中だったから……」

 

 そう言ったキリトとシノンの目が揃って俺に向く。

 

「……別に確信があったわけじゃないさ──キリト、お前スタジアムで《銃士X》と遭遇しなかっただろ」

 

「ああ……もしかして気付かれてるのかと思ってたけど」

 

「俺達がスタジアムに入るまでの間に、銃士Xは《ENDE》の所へ移動してたんだろうな。2人共スタンド席にいたよ──」

 

 俺が銃士Xと遭遇した際、彼女の足元には他のプレイヤーの死体があった。《DEAD》タグが表示される瞬間も目にした事から、あれは銃士Xが倒したENDEの死体で、最初に聞いた銃声はその時のもの、という事だろう。

 

「銃士Xがあいつらのどっちでもないってのはすぐ分かったし……何より、ピエロマスク当人が待ち伏せしてたからな。嫌な予感がして、キリトに戻るよう言ったんだ」

 

 その嫌な予感というのがどういうものだったか。自分でも上手く言語化出来ないが、とにかくシノンを1人にしておくのはマズい、と感じた事だけは確かだ。いざキリトが到着すれば、まさにシノンが《死銃》に撃たれる寸前だったというわけだ。

 最後に《銃士X》の本当の読み方を教えてやった俺に、シノンは怪訝な顔をする。

 

「……待って。スタジアムにいたのはそのマスケティアさん……と、ENDEだけだったはずでしょ。待ち伏せしてたピエロはどこから出てきたわけ?」

 

「考えられるのは2通り。奴のマントも《死銃》と同じ透明化能力を持っていたか……」

 

「……もう1つの方は?」

 

「……シノン、《リココ》と《デリンジャー》は顔見知りでいいんだよな?」

 

 俺が挙げた2つの名前は、どちらも《死銃》のターゲットになり得たかもしれない人物だ。

 

「え、ええ……デリンジャーは、丁度前回の予選準決勝で戦った相手よ」

 

「どっちも男か?」

 

「……リココは女の人、だったはずだけど──ちょっと、まさか……!?」

 

 俺の言いたい事を察したらしいシノンに、小さく頷きを返す。

 

「……2つ目は、スキャン時点でスタジアム近くにいたデリンジャーが待ち伏せていた可能性だ」

 

「そんな……少しだけど、彼と話した事もあるのよ?《死銃》なんかに協力するとは思えない。話し方だってあんな下品じゃなかったし、まるきり別人よ。人が変わったにしても限度があるわ」

 

「善人の皮くらい、やろうと思えばいくらでも被れるだろ」

 

「けど……!」

 

 信じられない、というように顔を俯けるシノン。そこへ、

 

「──本当に別人なのかも」

 

 と、不意にキリトが呟いた。

 

「……どういうことだ?」

 

「俺さ、昨日初めてGGOにログインした時、知らないおっさんに声かけられたんだ──アカウントを売らないか?──って」

 

「ああ……あのアバターバイヤー。ちょっとした有名人よ。確かにキリト(あなた)のそのアバターなら、さぞ高値で売れたでしょうね」

 

「いくら積まれても売る気は無いけどな……まぁそれは置いといて──もしかしたら、その前回シノンと戦った《デリンジャー》ってプレイヤーは、大会の後に自分のアカウントを売ったんじゃないのか?それを、後から来たピエロマスクが買い取ったって事は?」

 

「筋は通ってるが……仮にもMMOゲーマーだぞ?自分のアカウントをそう簡単に手放すか?」

 

 かなりハードなGGOを大会に出場して準決勝まで勝ち上がる程やり込んでいたのなら、デリンジャー氏もかなりのゲーマーであったことが予想される。ゲーマーにとってアカウントは自分がその世界で生きた証だ。安易に売りに出して、己の分身が他人にいいように使われるのを良しとするものだろうか?それがVRMMOなら尚の事。

 

「……ありえない話じゃないわ。実際、前回優勝したゼクシードが『AGI型の時代はもう御終い』って言い出したのを機に、萎えてGGOを辞めたプレイヤーもいるって聞くし──デリンジャーも、絵に描いた様なAGI型だったから」

 

「……だとしたら、俺達は最初から思い違いをしてたわけか。事と次第じゃ《死銃》の正体も……」

 

 もうスキャンが始まっている時間だ。今すぐにでも端末を確認したいが、この洞窟内にいる限り衛星に捕捉されない代わりに、こちらからも衛星の情報を受信出来ない。一歩でも外に出た瞬間、俺達がここに隠れている事もバレるだろう。

 

「……私がもっとしっかりしてれば、こんな事には……」

 

「いや、気をつけたからってあんな初見殺しに気付くのはほぼ無理だろ。仮に立場が逆だったとして、俺なら気付けたかって言えば、ンな事ないし」

 

「そうそう──で、俺達が危なくなった時は、シノンが助けてくれた。だろ?」

 

 励ましの言葉は届いてるはずだが、シノンは膝を抱えて蹲ってしまう。あわや《死銃》に殺されかけた事と、戦意を失って抵抗らしい抵抗すら出来なかった自分にショックを受けているのだろう。

 ……こういう言い方は何だが、もう彼女を戦力として数える事は出来ないと見るべきか。時間さえ置けば最低限自衛は出来ると思いたい所だが。

 

「──キリト、今どれくらい回復してる?」

 

「えっと、7割半ってとこだな。確かあの回復キットは3分で3割回復だから……もう少しすればほぼ全快だ」

 

「回復が済んだらここを出よう──シノンはもう少し休んでるといい。バギーは置いてくから、好きに使ってくれ」

 

「え……?」

 

 立ち上がった俺を、シノンは小さく見上げる。

 

「あなた達だけで、あいつらと戦うつもり……?」

 

「ああ。シノンも言ってた通り、《死銃》は強い。他の出場者と比べても、シンプルにプレイヤースキルが抜きん出てる。あの銃を1発も撃たせずに…ってのは無理だ。……これ以上、君を危険な目に遭わせる訳にはいかない」

 

 もし、シノンを連れて奴らと対峙したとして、あの拳銃が再びシノンへ向けられたら……放たれた銃弾が命中し、彼女の命を奪われたら──そう考えるだけで、恐怖で手が震える。自分の死は勿論だが、それと同じくらい、自分の弱さが原因で救うべき誰かを死なせてしまう事が怖かった。

 本当はログアウト出来れば1番安全なのだが、このマップ上にいるプレイヤーは大会が終了するまでログアウトすることが出来ない。隠れていてもらう他ないだろう。

 

 そんな俺の震えた手を見たシノンは、

 

「……あなたでも、あいつが怖いの?」

 

「……そりゃ怖いさ。前の俺なら、奴が相手でもちゃんと戦えたと思う。けど今は……今の俺はもう、あの頃みたいには戦えない。ただでさえ弱かったのが、輪をかけて弱くなっちまった」

 

「ミツキ……」

 

「……なら、このまま隠れてればいいじゃない。大会中は自発的ログアウト不可だけど、残ってるのが私達と誰か1人になった時点で私達が自殺すればいい。その誰かを優勝させて、それで大会は終わりよ」

 

「確かに、無事に生きて帰るってだけならそれが最善策だ。でもそうはいかない。今俺達の前にある現実がそうさせちゃくれない──このまま《死銃》を放置していたら、奴らがあと何人殺すかも分からない以上、戦いは避けられないよ──言ったろ?俺達はもう逃げる事は許されない。戦って、決着をつけるしかないんだ」

 

「……そう…──やっぱり、君は強いよ……」

 

 最後にボソリと呟かれた声はよく聞き取れず、シノンはそれっきり膝を抱えてしまう。

 

「……ミツキ、いつでも行けるぞ」

 

「よし、行こう──」

 

 回復を終えたキリトと共に移動を洞窟を出ようとした瞬間、

 

「──私、逃げない」

 

 冷たく、どこか芯の無い声がシノンの口から零れた。

 

「……シノン」

 

「私も外に出て、あの男と戦う」

 

「ダメだ。《死銃》の危険さは君も直接感じたはずだろ。あの拳銃で撃たれれば、本当に死ぬかもしれない──ただでさえ狙撃手ビルドは防御全捨てなんだ、姿を消してゼロ距離で不意打ちされたら、死体状態で一切身動きが取れないまま殺される可能性だってあるんだぞ」

 

「──死んでも構わない」

 

「ッ──…何だと?」

 

「……私、さっきすごく怖かった。死ぬのが恐ろしかった。5年前の私より弱くなって、情けなく悲鳴あげて……」

 

「……それは当然だ。死が怖くない奴は、生きることを諦めて死を望んでいる奴だけだ。──まさか、そうだ、なんて言うつもりじゃないだろうな」

 

「嫌なの、怖いのは。もう、怯えて生きるのは……疲れた。そんな私のまま生き続けるくらいなら、死んだ方がいい。──別に、手伝ってくれなんて言わないわ。1人で戦えるから……」

 

 そう言って立ち上がったシノンは、壁に立てかけたヘカートへ手を伸ばす──俺はその手を掴んで止めていた。

 

「……離して」

 

「断る」

 

「離して」

 

「断る。端から勝つ気の無い奴を戦わせる訳には行かない」

 

「……分かったような事言わないで……っ」

 

「確かに、俺は君自身のことをよく知らない。けどな──少なくとも俺の知ってるシノンは、例え勝ち目が無いと分かっていても勝つ気で戦うぞ。あの時の君はそんな目をしていなかった」

 

 かつての記憶が蘇る。数や平均戦力で劣っていようと──無謀な戦いと分かっていても、あの時の彼女の目には確かな闘志が宿っていた。それが今や見る影もない。

 

「酷い顔だな……どっかの誰かにそっくりだ」

 

 今のシノンと同じ顔をした人間を、俺は目にした事がある。重責と罪悪感に苛まれて、死ぬ為に戦っていた槍使いと同じ……生きる事に罪と苦痛を感じている顔だ。

 

「っ……別に、私がどう死のうとアンタには関係ないでしょ」

 

「いやある。俺は君に死んで欲しくない」

 

「何でよッ……!?言ったでしょ、私はもう疲れたの!どれだけ戦っても結局強くなんてなれなかった!全部無駄だったの!……せめて、終わり方くらい好きにさせてよ……ッ……アンタの一方的なわがままを押し付けないでッ!」

 

「ああそうだ。これは俺のわがままだ。だから君がどれだけ死を望もうと、俺は絶対に君を死なせない。……恨みたければ好きに恨め、そういうのは慣れてる」

 

「ッ……ならッ──」

 

 きつく歯を食いしばったシノンは、空いている左手で俺の襟首に掴みかかった。1メートルもない至近距離でお互いの視線が交錯する。

 

 

「ならッ──あなたが私を一生守ってよッ!!」

 

 

 洞窟の中に木霊したシノンの叫び。言葉にして吐き出すだけでは足りないとでもいうように、彼女の頬を涙が伝った。

 

「何も知らないくせにっ!何も出来ないくせにっ!勝手なこと言わないでっ!これはッ──これは、私だけの戦いなのよっ!例え負けて、死んでもっ……誰にも、私を責める権利なんか無い……っ!」

 

 彼女が一言口にする度、俺の胸に拳が叩きつけられる。俺の手を振り払った右手が振るわれる度に、彼女の抱えていたものが少しづつ、少しずつ、伝わってくる気がした。

 

「それともッ──あなたが一緒に背負ってくれるの!?この……ひ、()()()の手を……あなたが握ってくれるのッ!?」

 

 絶えず涙が零れ落ちる瞳を真っ直ぐ見つめて、俺は答えた。

 

「……俺は、君を一生守り続けることは出来ない」

 

 シノンの顔がくしゃりと歪む。そうなると分かっていながら、俺はこう答えた。

 俺にはもう、一生を捧げたいと願う人がいる。そこへ更に他の誰かの人生まで背負える程、俺は強くない。

 

 だが──

 

 俺は嗚咽と共に振り下ろされるシノンの拳を、手のひらでしっかりと受け止め、握り締めた。彼女の手がビクリと震え、反射的に引き抜こうとするが、俺は決して離すまいと力を込める。

 

「──でもな。君が苦しんで、辛い思いをしている時……助けを求めて伸ばした手を、こうやって掴むことは出来る。例え血で汚れていようが、君が助けを必要としてるなら、絶対に」

 

 固く握り締められていた拳が、溶けるように緩んでいく──小さく開いた彼女の手が、俺の手を弱々しく握り返す。その間、彼女は俺の胸に頭を預けて泣き続けた。俺もキリトも、この状況でしてやれる事は無いに等しく……せめて、彼女が泣き止むまでその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 ──シノンの涙が止んだのは、それから暫くした後の事。憔悴した彼女を置いていく事も、連れて行く事も出来ず、結局3人揃って洞窟内に隠れ続けていた。

 

「ごめん……少しだけ、寄りかからせて」

 

 そう言って、シノンは体を横たえ、俺の脚に頭を乗せる。暫しの沈黙の後、彼女の口からポツリと言葉が溢れる。

 

「私ね、人を殺したの……ゲームの中じゃない、現実世界で──」

 

 彼女の口から語られたのは、過去に起きた、とある痛ましい事件の全容だった。

 

 5年前──シノンが11歳だった頃、東北にある小さな街の郵便局で強盗事件が起きた。

 犯人の男は銃を持って押し入り、金を要求。局員達は怯えながらもそれに従っていたのだが……薬物使用により興奮状態にあった男は、局員を1人射殺。男が次に銃口を向けたのは、幼いシノンを連れて郵便局を訪れていた彼女の母親だったのだ。彼女は小さな身でありながら母親を守ろうと男に抵抗し、そして──

 

「──ニュースでは、犯人は持ってた銃の暴発で死んだってことになってたけど……本当は、その場にいた私が強盗の銃を奪って……撃ち殺した」

 

 薬物中毒者に対する未成年の正当防衛という事で罪にこそ問われなかったが、以来彼女は、銃を見ると目眩や吐き気等ショック症状に見舞われるようになった。現物は勿論、テレビや漫画のイラスト、手を銃の形にされるだけでも、あの日の記憶が──自分の手で撃ち殺した男の顔が蘇る。

 

 そんな自分を変えたくて、シノンはシュピーゲルから勧められたGGOを始めた。

 

「この世界でなら銃を見ても平気だった。触ることも出来たし、好きにすらなれた。だから思ったんだ──この世界で1番強くなれたら、きっと現実の私も強くなれる。あの記憶を忘れられるって……でも……さっき《死銃》に襲われた時、すごく怖くて……いつの間にか《シノン》じゃなくなって、現実の私に戻ってた」

 

 自分の肩を抱きながら、シノンは続ける。

 

「死ぬのは、そりゃ怖いよ……でもそれと同じくらい、怯えたまま生きるのも辛いんだ……《死銃》と──あの記憶と戦わずに逃げちゃったら、強くなるどころか、前よりも弱くなっちゃう。普通に生きる事すら出来なくなっちゃう……だから…だからッ……」

 

「……そうか、頑張って来たんだな。話してくれてありがとう──次は、こっちの番だな」

 

「え……?」

 

「……キリト、いいか?」

 

 断りを入れた俺に、キリトは無言で頷く。

 

「ありがとう……お前にも聞いて欲しい。無関係じゃないことだ」

 

「……?分かった」

 

 一度深呼吸し、真っ暗な天井を見上げる。

 

「……確か、本戦前に話したな。俺達は《死銃》の2人と、他のゲームで顔見知りだった、って」

 

「うん……」

 

「そのゲームのタイトルは──《ソードアート・オンライン》──多分、名前くらいは聞いたことあるだろ」

 

「……やっぱり、あなた達は……」

 

「ああ……所謂《SAO生還者(サバイバー)》って奴だ。あのボロマントと、ピエロマスクもな。あいつらは《ラフィン・コフィン》っていう殺人ギルドの一員だった。──SAOでは、PKなんかの犯罪行為を犯した奴はプレイヤーカーソルがオレンジ色になって、そんな連中で構成されるギルドを犯罪者(オレンジ)ギルドって呼んでたんだが……中でも、積極的にプレイヤーを殺すような奴はもうモンスターと変わらないって事で、Mobと同じ赤いカーソルに準えた《殺人者(レッド)プレイヤー》って名前が生まれた。あの世界に閉じ込められた10000人の中には、そういう奴らが少なからずいた……時間が経つに連れて、増えてすらいったんだ」

 

「で、でも……あの世界ではHPがゼロになったら、本当に死んじゃうんでしょ……?」

 

「ああ。そうと分かっていながら、奴らはプレイヤーを殺した。一般プレイヤーがどれだけ厳重に警戒しても、次々新しい手法を編み出して、犠牲者は増え続けた」

 

 以前、菊岡とも話したことだ。

 MMOゲーマーが最も優越感を得られるのは、強さを実感した時──その為の最も手っ取り早い手段がPK行為だ。ましてやSAOでは、たった一度ゲームオーバーになれば現実世界でも死が待ち受けている──剣を突き付ければ恐怖で逃げ惑い、剣を振り下ろせば泣き叫び命を乞う──そんな状況で行うPKは、奴らにとって至上の快楽だった事だろう。

 

「一度だけ、話し合いで平和的に解決しようって声も上がったんだ。けどメッセンジャーのプレイヤーは行ったきり帰って来なかった。いよいよ本格的にヤバいって話になって、ハイレベルプレイヤーを集めた討伐隊が組織されたんだ。俺とキリト、他の仲間達もその中にいた。討伐と言っても、無力化した上で牢獄送りにする手筈だったんだが……どこからか情報が漏れてたんだ。いざアジトに乗り込んだら、逆に奇襲を受けた……あっという間に酷い混戦になって、それで……俺達は、ラフコフのプレイヤーを殺した──俺達だけじゃない、討伐隊にいた多くの人間が、望まない殺しをする羽目になったんだ。その結果、多くの人間の心に消えない傷を残した」

 

「でも、それは──」

 

「そしてそうなった原因の一端は……俺にある」

 

「え……」

 

「ミツキ。お前、何を──」

 

 言葉を遮られたシノンと、横でジッと黙っていたキリトが声を漏らす。

 

「覚えてるだろ……奇襲をかけられた俺達は、どうにか戦況を立て直した。それから、手筈通り奴らを捕縛し始めた」

 

「あ、ああ……けど、討伐隊側に死者が1人出て──」

 

「そうだ──次の瞬間、()()()()()()()()()

 

「ッ………」

 

 鋭く息を飲んだ音はキリトか、シノンのものか──構わずに言葉を続ける。

 

「あの地獄が始まる引き金を引いたのは──お前に、あんな重荷を背負わせる事になった切っ掛けは……俺だ」

 

「違う──それは違うだろ!あの状況じゃ遅かれ早かれ殺し合いになるのは避けられなかった!お前が真っ先に飛び出していったのだって、皆を守る為に──!」

 

「違うッ!」

 

 俺の鋭い一声に、キリトは押し黙った。

 

「……違うんだよキリト。俺は、誰かを守る為に剣を振るい、引き金を引いたお前やシノンとは違う──俺はあの日、明確に殺意を持ってあの場にいた。殺す為にあの戦いに参加したんだ。例え奇襲を受けず、計画通りに事が運んでいたとしても……あの戦いで命が失われるのは必然だったんだ。そんな事をすればどうなるのか、少し考えれば分かったはずなのに──挙句の果てに無関係の命だけを5つも奪って……根っこの所じゃ、俺もあいつらと変わらない」

 

「そんな、事……ッ」

 

「……許してくれとは言わない。謝った所で、お前の傷が癒えるわけでもないからな。ただ──その苦しみは、お前が背負わなくてもいいんだって事を、言っておきたかっただけだ」

 

 キリトは尚も俺にかける言葉を探しているようだったが、これ以上話を長引かせるつもりは無い、と少々強引に話を切り替える。

 

「それより《死銃》だ。あいつら──」

 

「──ミツキ」

 

 俺の言葉を遮ったシノンは、起き上がって正面から俺を見つめる。

 

「……私は、あなたやキリトのした事、抱えてるものについて、何も言えない。言う資格も無い。けどお願い、1つだけ聞かせて──あなたは、どうやってその過去を乗り越えたの?どうしてそんなに強く、平然と過去を受け入れられるの?」

 

 真剣な彼女の目に、こちらもまた真剣に答えなくてはならないと理解する。同時に、恐らく彼女が求めている答えではないだろう、という事も。それでも……伝えるられる事はあるかもしれない。

 

「……別に、乗り越えたわけじゃない。受け入れるってのは……まぁそうかもだが、俺の場合はどっちかっていうと諦めの境地に近いよ」

 

「諦め……?それって、つまり……」

 

「誤解するな、今更何をしても無駄って事じゃない。過去は変えられない以上、それを糧にして進むしかないんだ。犯した罪──その意味を考え続け、いつか自分なりの答えを出せるように」

 

「答えを出す為に、考え続ける……」

 

「ああ。君ならきっと大丈夫だ。大切な人を守る為に戦った君やキリトなら、きっとな」

 

 そう言って笑みを零したのを最後に、この会話は終わった。

 




過去の亡霊に怯えるシノンと、過去の再演を恐れるミツキ。
どちらも過去を引きずり、それに対して1人でどうにかしようとする姿勢が似通っています。
涙ながらのシノンの言葉は、きっとミツキの気持ちをそのまま代弁してる部分もあるはずです。
彼女に自分を重ねたからこそ、一層シノンを助けたいと思ったんですね。
本当は死なせてあげた方が楽なのかもしれないと分かっていながら生かす以上、せめてもの責任として「好きに恨め」って言葉が良くも悪くもミツキらしい。

そしてキリトはここで初めて、ミツキの闇を垣間見ることになりました。
SAOにいた時からここまで誤魔化し、隠してきましたが、それもそろそろ限界かもしれませんね。
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