ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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攻略会議

 命をかけたこのデスゲームが始まってから1ヶ月が経った。

 

 現在俺達がいるのは、アインクラッド第1層──まだ1つとして階層を突破することができていない。当然といえば当然だ。気楽にプレイできる楽しいゲームだったはずのSAOは、今やHP全損に至れば現実の死が待ち構えているのだから。わざわざ自分の命を危険に晒してでもゲーム攻略に乗り出そうとするプレイヤーなど、全体の数割にも満たないはずだ。

 加えて、現時点でゲームオーバーになったプレイヤーは約2千人。SAOサービス開始当初にログインしていたおよそ1万人の2割が、このひと月の間に死亡したことになる。その事実が、今も尚《はじまりの街》に閉じこもっている大多数のプレイヤー達の行動を抑制してしまっているのだ。

 

 かつて行われたSAOベータテストの実施期間1ヶ月で到達できたのは第10層まで。その時の知識を持つ俺を始めとした元ベータテスター達はゲームクリアに最も近しい存在と言えるが、当の俺が未だ迷宮区を踏破することすら出来ていないことからも、そう単純な問題でないことは理解してもらえるだろう。

 

 今のSAOでは軽はずみな無茶や玉砕覚悟のゴリ押しができない。慎重に慎重を期して攻略を進めていかねば、自分の命が危うい。ゲームオーバーからのもう1回!はこの世界で通用しないのだ。

 

 ぼんやりとそんなことを考えていた俺は、すぐ近くで聞こえたモンスターの唸り声によって意識を現実に引き戻される。背中を預けているゴツゴツとした石の壁の感触が、今俺がどこにいるのかを思い出させた。

 

 

 ──アインクラッド第1層迷宮区18階──

 

 

 そこが今現在、俺が潜り込んでいる場所だ。経験値稼ぎも兼ねて迷宮区の探索を行っていた。

 

 階層の終盤地点ということで、迷宮区の中を徘徊しているモンスター達はいずれも強力だ。ベータ時の経験を基にレベル13と安全マージンを多めに取っている俺ことミツキだが、どれだけレベルがあろうと、油断していれば死を招きかねない。

 いつか攻略の最前線が2桁以上の階層にもなれば、第1層のMobなど無双ゲーよろしく蹴散らせるようになるのだろうが……そんな未来が訪れるのに果たしてどれだけかかるやら。もっと言えば、それまで俺が生きているという保証もない。

 

「……そろそろ戻るか。腹減った」

 

 独り言ちた俺は重い腰を上げ、恐らく4時間ほど潜っていた迷宮区の道を引き返していく。一番上のボス部屋を含め全20階で構成される迷宮区の18階ともなれば、戻るのにも時間と労力がかかる。もっと上の層に行けば手に入る《転移結晶(テレポートクリスタル)》があればサクッと帰れるようになるのだが、無い物ねだりをしても仕方がないと自分を宥めた。

 

 少し前までなら「しっかりなさい!」と激のひとつも飛ばしてくる女剣士がいたのだが、今俺の隣に彼女の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ──ぁ……そだ、アルゴにマップデータ渡さないと」

 

 大きな欠伸をかました俺は、メッセージウィンドウを開いて情報屋宛の短文を打ち込む。

 送信ボタンを押してから、街の隅っこでここ最近の主食と化している黒パンを齧りながら待っていると、程なくして石畳を蹴る音が聞こえてきた。現れたのは、ネズミの髭を思わせる両頬のペイントが特徴的な軽量装備のプレイヤー──情報屋アルゴその人だ。

 

「待たせたナ、ツキ坊」

 

「いや、今さっき来たとこ。これ、18階のマップデータな」

 

「ふむ…確かに受け取っタ。悪いな、危険な役目を任せテ」

 

「気にするなって、幸いマッピング自体は楽しいしな。でも明日は俺以外の奴に頼んでくれよ、流石に疲れた」

 

「協力感謝するヨ。報酬は少し多めにしといたからナ」

 

 こと複雑に入り組んだ迷宮区は、マップ情報があるのと無いのとでは攻略難易度が段違いだ。マップデータに加えて「この部屋には強めのMobが出るから要注意」といった情報も添えておくと、後進のプレイヤー達が安心してレベリングを行うことができる。

 俺がアルゴとの間に行っているのはそういうやり取りだ。俺は攻略やレベル上げついでに未開拓のダンジョンや迷宮区を探索。そこで得られた情報をアルゴに引き渡す。言わば情報屋のネタを引っ張ってくる仕事。

 見返りを求めて始めたことではなかったのだが、アルゴなりの気遣いか、はたまた商売人としてのプライドなのか、報酬としてそれなりの額の金をもらっている。

 果たしてこの情報を一体いくらで売りつけるつもりなのか、購入者の財布に容赦してあげて欲しいものだ。

 

 俺が迷宮区に入った時点で10階までのマップデータが公開されていたところを見るに、多分俺以外にも同じことをしているプレイヤーは数人いるはずだ。少なくとも1人は絶対に。

 だいぶ前に別れた黒髪の片手剣使い(ソードマン)のことを思い出しながら、町の泉で汲んできた水を一口呷る。

 

 その様子を、アルゴはジッと見ていた。

 

「……まだ何か用か?」

 

「今日はあの女プレイヤーと一緒じゃないんだナ」

 

「その情報は高くつくぞ。999999コルだ」

 

「ニャハハ。あまり頭悪いこと言ってると、今に本人が来て怒られるんじゃないカ?」

 

「まさか。もうパーティーは解散してるんだ。フレンド登録もしてないし、彼女が俺の位置を知る方法はないよ。それこそお前から情報を買わない…限り……?」

 

 そこまで言って、背中に冷や汗が伝う。そう、可能なのだ。アルゴは《売れるものならなんでも売る》が信条の情報屋。流石にラインは引いているようだが、逆に言えばそのラインを超えない限りは金さえ積めば何でも教えてくれるということになる。

 

 つまり………

 

 

「ええ、買いましたとも。予想に反して手頃な価格でした」

 

 

 今俺の背後に立っている群青色のフード付きケープに身を包んだ女剣士・アリスが「俺がいつどこに現れるか」という情報を手にするのも可能ということだ。

 

「…ひ、久しぶり。でもないか」

 

「そうですね。パーティーを解散してからというものの、お前が私の前に姿を現さなくなって1週間です。ミツキ」

 

 ケープの下で腕を組むアリスの腰には、《ホルンカ》で受けたクエストの報酬である《アニールブレード》が。

 

 あれから暫く剣の強化であったり狩りに付き合っていたのだが、例の宿の賃貸期間が終了すると共にパーティーを解散。アリスは引き続きあの風車小屋に、俺は俺で別の宿に寝泊まりしている。

 以降、俺はとある事情からアリスとパーティーを組むことは愚か、顔を合わせることを避けていたのは事実だ。

 

「……はぁ。取り敢えず、死んではいなかったようで安心しました」

 

「へ、へぇ。心配してくれたんだな。アリスみたいな美人に心配してもらえるとは、俺も案外捨てたもんじゃ──」

 

「つまらない冗談を聞きに来たのではありません」

 

 柄にもなくプレイボーイな返答をしてみたが、高潔な女剣士様の前ではバッサリと斬り捨てられる。

 

「別にパーティーを解散したことに関しては何とも思いません。あれは互いに合意の上でしたから。しかし音信不通になるとはどういうことですか?」

 

「…こっちにも色々あるんだよ」

 

「答えになっていません!…もし、私がお前の足を引っ張っているというなら、そうならそうとハッキリ──」

 

「それは違う。アリスはもう随分強くなった。正直、俺の助けはもう要らないんじゃないかってくらいな。アレだよ、『もうお前に教えることは何もない』ってやつ」

 

「……ふざけているのですか」

 

「いや、本心だ」

 

「まぁまぁ2人とも落ち着けっテ」

 

 次第に険悪な空気が漂い始めたこの場を収めたのは、俺達を再び引き合わせた張本人であるアルゴだった。

 

「こうなってるのはお前のせいでもあるんだからな、アルゴ」

 

「はいはイ。じゃあお詫びに情報をひとつ──明日、《トールバーナ》で《フロアボス攻略会議》が開かれるそうダ」

 

「──!見つかったのか?ボス部屋」

 

「いや、厳密にはまだダ。今日、あるパーティーが迷宮区の最上階に到達したんダ。この調子で行けば、多分明日にはボス部屋に到達できるだろうナ」

 

 驚いた。迷宮区の攻略は中々進んでいないものだとばかり思っていたが、まさか俺達よりも先に最上階へ到達している者がいようとは。パーティーというからには、当然俺でもなければキリトでもない(はずだ)。

 

「フロアボス……アインクラッドの各階層を守護するモンスター、ですか」

 

「その通リ。カップル喧嘩はその辺にして、今はボス攻略に集中したらどうダ?この情報料は特別にタダにしといてやるからサ」

 

「誰がカップルだ!」

 

「ニャハハハ!頑張れよ、ツキ坊」

 

 心底面白そうに去っていったアルゴ。後を追ってアリもしない噂を吹聴するのは止めるよう釘を刺しておこうかと思ったが、諦める。

 彼女の異名である《鼠》の由来は両頬のペイントだけではない。その名に恥じないすばしっこさ──非常に高い敏捷値(AGI)ステータスを持つ彼女は、例え俺が全速力で追いかけようと触れることすらできないだろう。

 

 残された俺はバレないようにアリスの様子を伺うと、彼女は何かを考えているようだった。

 

「ミツキ…先程アルゴ殿が言っていた《カップル》とは何のことです?」

 

「え?あ、や……知らなくても何の問題もない事だし、いいんじゃないか。分からないままで」

 

「そういうものなのですか…」

 

「そういうもんだ」

 

 アリスはまだ納得いってないようで、自分の中で色々と考えているようだった。彼女が目を閉じている隙を見て、俺は全力の忍び足(スニーキング)でその場を離れる。

 

「むぅ………ハッ!それはそうと──!」

 

 アリスが再び問い詰めようとした頃には、既に俺はまんまと逃げおおせていた。

 

「ほんっとうにあの男は………ん?これは、アルゴ殿から?」

 

 憤慨するアリスの元へ、つい先程去った筈のアルゴから1通のメッセージが届く。

 

『ツキ坊がアリっちを避けてる理由は、オレっちの口からは言えない。でも明日の攻略会議に行けば、なにか分かるんじゃないか?これはオネーサンのお節介だから、お代はいらないよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──翌日、時刻は夕方。

 

《トールバーナ》の西側に位置する円形広場では、アルゴの情報通り、複数のプレイヤーが集まっていた。最終的に集まった数は俺を入れて総勢45人──予想はしていたものの、正直言ってかなり少ない。

 SAOでは1パーティーが最大6人。それを8つ束ねて、計48人の連結(レイド)パーティーを組むことが出来る。もしボスを死者ゼロで倒そうとするなら、レイドを2つ作って交代させながら戦うのがベストなのだが……これではレイド1つを満たすこともできない。

 

「はーい!それじゃあ、そろそろ始めさせてもらいまーす!」

 

 丁度、俺があまり人の密集していない広場の隅っこに陣取ったあたりで、この会議の主催者らしい広場の中央に立っている青髪の男が、この場に集ったプレイヤー達の注目を集めるために手を叩いた。

 

「まず、今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!もしかしたら知ってる人もいるかもだけど、俺の名は《ディアベル》。職業は、気持ち的に《ナイト》やってます!」

 

 次の瞬間、広場のそこかしこから笑い声が上がる。それもそのはず、確かにあのディアベルというプレイヤーの装備は──重そうな甲冑でこそないものの──騎士然としているが、SAOには所謂ジョブシステムが存在しない。取得する生産系・交易系スキルによって《商人》や《鍛冶師》と呼ばれる者はいるが、バリバリ戦闘系である《騎士(ナイト)》だの《侍》といった肩書きは一度として聞いたことがない。精々彼のように自称する程度だ。

 

 しかしディアベルのユーモアある自己紹介は皆の心を掴んだらしく、参加者の中から「本当は《勇者》とか言いてぇんだろ!」というツッコミを始め、拍手や口笛が飛び交う。

 一気に騒がしくなった会場を両手で鎮めたディアベルは一転、真剣な面持ちで本題に入る。

 

「今日、俺達のパーティーがあの塔の最上階にあるボスの部屋を発見した!」

 

 直後、俺達の間に緊張が走る。昨日アルゴが言っていた最上階に到達したパーティーというのは、彼の一団だったというわけだ。

 

「ここまで一ヶ月…随分時間をかけてしまったけど、俺達はボスを倒して第2層に上がり、《はじまりの街》にいる大勢のプレイヤー達に、このゲームはクリアできるということを証明しなきゃならない。それが、ここにいる俺達トッププレイヤーの義務なんだ。そうだろ、みんな!」

 

 再び拍手喝采が沸き起こる。これまで個々人で生き抜いてきたトッププレイヤー集団の心を見事にまとめあげる様は、自称《騎士》から頭の2文字を取り下げる必要がありそうだ。

 

「それじゃあ早速、攻略会議に取り掛かろうと思う。まず最初に、この場にいる皆でそれぞれパーティーを組んでみてくれ!分かってる人がほとんどだと思うけど、単なるパーティーじゃボスには対抗できないからね」

 

 えっ!?と、小さく声が漏れた。

「はーい、~人組作ってー」というのは俺のような日陰者にとって悪魔の呪文なのだ。いっそのことディアベルの方で「はい、ここからここまで1パーティーね」と振り分けてくれれば大助かりなのだが、初対面の赤の他人をそこまで面倒見ることはできないだろう。俺が彼の立場だったとしても、きっとレイドの内訳を提示するのが関の山だ。

 

 よくよく考えてみれば、SAOにログインしているゲーマー達は基本的には俺と同じ側の人間のはずだ。そうすぐに赤の他人とグループを組めるはずが──

 

「う、嘘だ……」

 

 ──ない、と思っていたのだが。運命の女神は俺に味方をしてはくれなかったらしい。周囲にいたプレイヤー達は続々と声掛けを始め、あっという間に7つの集団が作られていく。

 ここに集まっていたプレイヤー達は45人。そこから6人7パーティーを引くと、単純計算で残っているのは……俺を入れて3人。

 人数の都合余りが出るのは目に見えていたが、こうもポツンと取り残されると正直ちょっと傷つく。

 

「──んっ?」

 

 不意に、俺の目の前にシステムウィンドウが現れる。ベータの時から何度も見たパーティー加入の申請だ。恐らく集団からアブれた俺と同じ境遇のプレイヤーが見かねて申請を飛ばしてくれたのだろう。これ幸いと即座に《○》のボタンに触れる。

 小さく安堵の息を漏らし、視界の左上に表示されるパーティーメンバーの名前を見た俺は息を呑んだ。

 そこにはしっかりくっきり、間違いなく《Alice》の文字があったのだから。

 

「どうしたのです。パーティーを組むのでしょう?まぁ、生憎お前には相手がいなかったようですが」

 

 背後に仁王立ちしていたのは、美しい金髪をケープで覆い隠したアリスだった。絶句している俺を他所に、彼女は俺の横に腰を下ろす。

 俺が人数をカウントした時にアリスの姿は見えなかったことから、遅れて出席したのかと思ったのだが、どうやら最初から広場後方の柱の陰に隠れていたらしい。時刻も相まって日陰は暗くなっており、そこに俺が渡したケープの色が保護色となって隠蔽率に補正が掛かっていたらしい。

 

 よりにもよってこんなところで効果を発揮しなくてもいいじゃないかと本当に思う。

 

「話は聞いていました。フロアボスとの戦いが集団戦になるのなら、ある程度気の知れた相手の方が連携をとるのも容易でしょう」

 

「まあ、そうだけど……」

 

「…やはり私と組むのは嫌ですか」

 

「だからそれは……分かった、今回は世話になるよ。俺に声かけてくれるの、アリスくらいしかいないのも事実だしな」

 

 観念した俺が意識を広場の方へ戻そうとすると、何者かに肩を叩かれる。最初はアリスかと思ったのだが、そのアリスは俺の後方へ顔を向けている。それに倣うと、俺の後ろには見覚えのある顔が立っていた。

 黒髪に軽量な革装備、そして背中に背負うしっかりと強化された《アニールブレード》。

 

「久しぶりだなミツキ」

 

「キリト…!お前も無事だったか」

 

 互いに拳をコツンとぶつけ合わせたこの少年は、俺が《はじまりの街》で別れた元ベータテスター・キリトだった。

 

「早速で悪いんだが、ミツキはもうどこかのパーティーに入ってるか?もしまだなら──」

 

「ま、そうなるよな…こっちも人数足りてないから、是非頼む」

 

 そこまで言って、キリトの後ろにもう1人プレイヤーがいることに気づいた。えんじ色のフード付きケープで顔を隠した出で立ちは、さながらアリスの2Pカラーを思わせる。違いといえば、腰に携えた得物が片手剣ではなく細剣(レイピア)な点だろうか。

 

 対するキリトもアリスの存在に気づいたらしく、どうしたものかと考えているようだった。

 

「あー、そちらの細剣使い(フェンサー)さんは知り合いか?」

 

「お、お前こそ、隣の剣士さんは?」

 

 話を聞くと、どうやらキリトの方もこのフェンサーと暫定パーティーを組んでいたらしい。しかもアリス、アルゴに続く女性プレイヤーというのだから驚いた。図らずも同じ境遇のパーティーがここに居合わせたわけだ。

 無論、パーティーを組むことに異存は無い。差し当たってパーティーを率いるリーダーはキリトに任せ、俺とアリスが彼のパーティーに入る形をとった。

 

 そのために一度こちらのパーティーを解散する際、フードの奥から一瞬だけ覗いたアリスの顔は、心なしか不服そうに見えた。

 

 斯くして、会議に集ったプレイヤー45+1人が無事に(?)パーティーを組み終えた。唯一上限を満たしていない俺達のパーティーだが、4人もいれば最低限の機能は果たせるだろう。

 

「よし!そろそろ全員組み終わったかな。それじゃあ──」

 

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん!」

 

 

 突如広場に響く濁声。広場の階段を数段飛ばしに駆け下りてきたのは、サボテンを思わせるトゲトゲした頭の男だった。

 

「ワイは《キバオウ》ってもんや。ボス攻略に挑む前に、言わせてもらいたいことがある」

 

 突然の闖入者に、その場にいるプレイヤー達は困惑している様子だ。俺やキリトもその例に漏れず、キバオウが一体何を言い出すのかと耳を傾ける。

 

「こん中に、今まで死んでった2千人にワビぃ入れなアカン奴らがおるはずや!自分らが何もかんも独り占めしたせいで無残に死んでいった2千人にな!」

 

 広場のプレイヤー達に指を突きつけたキバオウは、睨みをきかせた視線を横薙ぎに移動させる。

 同時に、俺はこの男が言いたいことを全て察した。察せてしまえた。

 

「キバオウさん。君の言う《奴ら》というのは……元ベータテスターの人達の事、かな?」

 

「決まってるやないか!ベータ上がり共は、こんクソゲームが始まったその日にダッシュではじまりの街から消えよった!9千何人のビギナーを見捨ててな!奴らはウマい狩場やらボロいクエストを独り占めして、自分らだけポンポン強うなって、その後もずーっと知らんぷりや」

 

 一層キツくなった目で俺達を睥睨するキバオウ。それが例え自分1人に向けられたものではないと頭では理解していても、この嫌な緊張感は俺の中から消えも和らぎもしてくれなかった。

 

「こん中にもおるはずやで!ベータ出身ちゅうのを隠して、ボス攻略の仲間に入れてもらお考えてる小狡い連中が!そいつらに土下座さして、溜め込んだ金やアイテムを吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし、預かれん!」

 

 一頻り言いたいことは言い終えたようだが、それでもこの中で手を挙げようとする者はいない。もしそんなことをすれば、それが例えただの反論であったとしても、自らの立場が危うくなってしまう。

 相手が元テスターか否かをシステム的に判断できない以上、他人を疑いだしたらキリがないのだから。

 

 キバオウが口にした元テスターへの糾弾は、ビギナーの殆どが一度は同じことを考えたはずだ。

 

 ──どうして助けてくれなかったんだ。自分達さえよければそれでいいのか。どうせ陰で笑ってるんだろ──

 

 攻略が進むにつれて、元ベータテスター達への不平不満が溜まっていくであろうことは俺も予測していた。確かに、俺やキリトといった元テスター達が攻略する意思のあるビギナーに知識や情報を最初から共有できていたなら、もしかしたら2千人もの死者は出なかったかもしれない。

 だがそれはあくまでもたら・ればであって、且つ全てがうまくいった場合の話だ。当然、情報と知識を教えたにも関わらず死ぬプレイヤーは出ただろうし、何ならビギナーのフォローに回った結果、元テスターの方が死亡する可能性だって大いにある。

 もし前者の道を辿った場合、ビギナーの死の責任は今と同じように元テスターに着せられ、後者ならば頼みの綱だった元テスターが死ぬことで攻略の意思を削がれかねない。

 

 ……などと、こちらも言いたいことは山ほどあるが、最も声を大にして言いたいのは「どうして元ベータテスターが1人も死んでいないと思っているのか」ということだ。

 知識と経験は常に安全を与えてくれるわけではない。そこからくる驕りや慢心が自らを危険に陥れることだってある。

 

 その事を口にするかどうか、正直迷った。言えば間違いなく俺は吊るし上げられ、身ぐるみ剥がされた後に反テスター思想を持つプレイヤー達から一斉攻撃を受けるだろう。

 だがこのままいいように言われていていいのかという気持ちも確かにある。膝の上で組んだ手に力を込め、どうするか決めあぐねていた俺の耳に、張りのあるバリトンボイスが響いた。

 

「発言いいか」

 

 声の主は、広場の階段前方に座っていたガタイのいい男だ。身長はゆうに190を超えるだろう。SAOではいかに筋骨隆々な体をしていようとステータスには影響しないのだが、背中に吊っている両手斧を軽々と振り回す姿が容易に想像できた。

 他のプレイヤー達に軽く頭を下げてから、身長差がすごいことになっているキバオウを見下ろす形で向かい合う。

 

「俺の名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたいことはつまり、元ベータテスターが面倒を見なかったからビギナーがたくさん死んだ。その責任を取って謝罪・賠償しろ。ということだな?」

 

「そ、そうや!あいつらが見捨てんかったら死なずに済んだ2千人や!それもただの2千ちゃうで、ほとんど全員が他のMMOじゃトップ張ってたベテランやったんやぞ!アホテスターがちゃんと面倒見とったら、ここには倍以上の人数が……いや、きっと2層やら3層まで突破できてたに違いないんや!」

 

「あのサボテン頭の中身は花畑にでもなっているのか」と笑うことはできない。情報の真偽を確かめる術はないが、キバオウの言うことにも一理あるからだ。死んでいったビギナー達は、ここにいるプレイヤー達と同じくゲームクリアを目指す気概があった。彼らが生きていれば、少なくともこのボス戦における戦力はずっと盤石なものになっただろう。

 

 だがそれを真正面から受け止めたエギルの返答は、俺の予想に反するものだった。

 

「だがなキバオウさん、金やアイテムはともかく、情報はあったと思うぞ」

 

 そう言ってエギルが腰のポーチから取り出したのは、見覚えのある小さな本だった。表紙には鼠のような3本ヒゲのマークが書いてある──アルゴが販売している攻略本だ。

 

「このガイドブック、あんたも貰っただろ。ここに来るまでの村全てで無料配布してるんだからな」

 

「……え、無料?」

 

 それは初耳だ。俺が攻略本を手にしたときはきっちり500コルを徴収されたというのに。

 横に居るキリトも俺と同じ反応をしている。きっと彼も攻略本を全巻コンプリートしてたのだろう。

 

「……私も貰った」

 

「私もです。《ホルンカ》の道具屋で」

 

 なんと……アリスの剣を獲得しに行った時点で既に無料配布は始まっていたらしい。あのアルゴから無料で情報を貰った我がパーティーの女衆は、同じものを手に入れるのに俺達のストレージから1500~2000コルが消えた事など知る由もない。

 

「──貰たで。それがなんや」

 

「これは俺が新しい村や町に着くと、必ず道具屋に置いてあった。いくらなんでも情報が出回るのが早すぎるとは思わないか?」

 

「せやから、それが何やっちゅうんや!」

 

「分からないのか?こいつに載ってるモンスターやマップのデータを情報屋に提供したのは、元ベータテスターしか有り得ないってことだ」

 

「………!」

 

 俺もキリトも、ハッと目を見開く。それ以外のプレイヤー達は一斉にざわめき始めた。

 

「いいか皆、情報はあったんだ。それなのにたくさんのプレイヤーが死んだ理由は、彼らがMMOのベテランだったからだと考えている。このSAOを他のタイトルと同じ物差しで測り、引くべきポイントを見誤った。今重要なのは、そんな彼らの失敗を踏まえた上でボス戦にどう挑むか。それがこの会議で論議されると、俺は思っていたんだがな」

 

「キバオウさん。キミの気持ちは分かるけど、今は争ってる時じゃない。強力なボスを相手にするからこそ、元ベータテスターの力は必要なんだ。彼らを排斥したせいでボス攻略が失敗してちゃ意味がないだろ?」

 

 エギルの堂々と展開した持論は筋が通っており、さしものキバオウも反論の余地が無いようだ。ディアベルの説得もあり、フンと鼻を鳴らした後、大人しく引き下がった。

 

「じゃあ、会議を再開する。今回俺達が戦う事になるボスの情報だが……例の攻略本の最新版が先程発行された。それによると───」

 

 ディアベルが読み上げたボスの情報は、俺がベータテストの時に見聞きした情報と同じものだった。

 

 名前は《イルファング・ザ・コボルドロード》。使用武器は斧と円形盾(バックラー)。連れている取り巻きの《ルイン・コボルド・センチネル》は、ボスの4段あるHPが1本削れる度に3体ずつPOP。相手にするのは計12体。

 そしてこのボスと戦う上で最も注意すべきなのが、HPバーが最後の1段に到達した瞬間だ。その瞬間、《コボルドロード》は斧と盾を捨てて武器を曲刀カテゴリの湾刀(タルワール)に持ちかえる。ガラリと変わる攻撃パターンに対応できるかが、この戦いの鍵となるだろう。

 

「この会議が終わった後、皆の方でもボス戦の情報はしっかりと確認しておいてくれ。最後にアイテム分配についてだが、金は全員で自動均等割り。アイテムはドロップした人のものとする。依存はないかな?──明日は朝10時に出発する。では解散!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぞろぞろとプレイヤー達が広場を後にする中、俺とキリトの足取りは重い。目の前でああもキッパリと反ベータテスター思想が語られたのだから、無理もないだろう。エギルやディアベルのような理解者がいてくれたのが唯一の救いだろうか。

 

 会議がお開きになった時点で日は完全に落ちており、町の中央広場ではボス戦に参加するプレイヤー達が景気づけでワイワイと親睦を深めていた。

 その様子を薄暗い路地の奥でクエスト報酬のクリーム付き黒パンを齧り齧り眺めていた俺は、不意に現れた人影を横目で確認する。

 

 普段なら丁寧に座ってもいいかと聞いてきそうなものだが、声をかければ俺が立ち去るのではと思ったらしいアリスは、無言で俺の隣に腰を下ろした。

 

「…昨日アルゴ殿に言われたのです。会議に参加すれば、お前が私のことを避ける理由が分かるのではないか、と」

 

「……そうか」

 

 アルゴめ、アリスに余計なことを吹き込んだな。

 

「昨日のことは謝ります。お前は、私のことを気遣ってくれていたのでしょう?」

 

「別にアリスが謝るようなことじゃない。俺の方で勝手に決めて、勝手にやったことだ」

 

 俺がアリスから距離を取っていた理由はズバリ、俺が元ベータテスターだからだ。

 彼女とパーティーを解散したその日に、俺は数人のビギナーパーティーが口々にベータテスターへの不満を漏らしているのを耳にした。内容は会議でキバオウが喚いていたのと似たようなもので、中には穏やかならざるワードも散見されている。

 俺と一緒にいては、アリスもベータテスターだと勘違いされる可能性がある。ちょうど彼女もこの世界に順応してきたことだし、交流を持つのはこの辺が潮時だろうと考えたのだ。

 

「………」

 

 俺の言葉を境に会話が止まる。理由があったとはいえ、避けて避けられての関係だった俺達は、お互い何を話したものかと考えていた。どうにか話題をと頭を捻っていると、やがてアリスの方から口を開く。

 

「…会議で親しげにしていたあの黒髪の剣士も元ベータテスターなのですか?」

 

「あ、ああ。ベータの時よくつるんでてな。《はじまりの街》で別れたんだ」

 

「……私以外にもいるではないですか……」

 

 ボソリと呟かれた言葉に俺が聞き返そうとした時、

 

 

「よう。お邪魔じゃなきゃ、俺達もいいか?」

 

 

 気の抜けた声で俺達の前に現れたのは、ややバツの悪そうな笑みをうかべたキリトと、フードで表情の知れない女フェンサー・《Asuna(アスナ)》だった。

 俺が食べていたのと同じ黒パン片手に、キリトは俺の隣、アスナはアリスの隣に座る。

 

「そういやミツキ。アリス…さんも、元ベータテスターなのか?」

 

 俺より先に、アリスがその問いに答える。

 

「アリスで構いません。それと私はベータテスターではありません。ここまでミツキと一緒に戦ってきたビギナーです」

 

「そっか。じゃあその《アニールブレード》は、ミツキが手伝ったのか?」

 

「一応。でも《胚珠》はアリスが自力でドロップしたし、俺が落とした分は多額の金になった。レアドロップって凄いよな」

 

「なっ!?聞いていません!お前もアレを持っていたというのですか!?」

 

「アリスより一足先に。ちょうど合流したタイミングでお前がドロップしたから、別にいいかなって」

 

「……結構のんきなのね」

 

 やいやいと言い合いを繰り広げる俺達に、アスナがピシャリと言い放つ。同時に時間が止まったような静寂が訪れた。

 

「明日はボス戦でしょ。他の人達もそうだけど、対策とかしなくていいの?」

 

「確かに負けられない戦いだけど、戦う前から変に気を張っても疲れるだけだろ。この世界で生きてかなきゃならない以上、そのへんのオンオフはしっかりしとかないとやっていけない」

 

 パンの最後のひと片を飲み込んだ俺は、傍らに立てかけていた槍を掴んで立ち上がる。

 

「明日はよろしく頼む。お互い死なないように頑張ろう」

 

 そう言い残し、宿への道を歩き出した。その後を追うようにアリスも路地から出てくる。

 

 最後の台詞は我先に街を飛び出したベータテスターとは思えないなと自分でも思ったが、その気持ちに偽りはない。

 

「──ミツキ」

 

 アリスが俺を呼び止めたのは、丁度彼女が泊まる風車小屋の近くだった。

 

「明日の戦い。必ず生き残りましょう」

 

「…ああ。アリスもな」

 

 

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