ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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想いよ届け

 来た時とは逆でバギーの後部座席にキリトを乗せた俺は、残り少ない燃料を使い切らんばかりに砂漠を疾走していた。別行動を取るシノンが狙撃に集中できるよう、囮役の俺達は出来る限り距離を取らなくてはならない。

 

 砂漠中央部に向かって走ること暫く──燃料が底を突き、眠るように停止したバギーから降りたキリトが声をかけてくる。

 

「ミツキ、さっきの──洞窟の話の続きだけど……この件が片付いたら、ちゃんと話そう。アスナ達も一緒に」

 

「……その話はもう終わったと思ってたんだけどな」

 

「あれで終わらせられるわけ無いだろ!……とにかく、約束したからな」

 

「分かった分かった──そんな事より集中しろ。お互い、もういつ撃たれてもおかしくないぞ」

 

 最後にもう一度「絶対だぞ」と念押ししたキリトは、闇に染まった砂漠の彼方を見据える。

 

「《死銃》がここにいる俺達を狙うとしたら……東か西か?」

 

「ああ。西からは闇風が向かって来てる筈だから、消去法で東だろう」

 

 方角に当たりを付けたまではいいが、まだ重要な問題が残っている。音もせず、また予測線も表示されない《死銃》の第1射をどう凌ぐかという点だ。

 

「……覚えてるかミツキ。アインクラッドで一時期話題になった《SAOオカルト全集》」

 

「……急になんだ?」

 

「アレ、殆ど全部しょーもない噂や都市伝説だらけだったけどさ……1個だけ、本当なんじゃないかってのがあったんだよ。所謂第六感──《気を感じる》ってやつ」

 

「あぁ……あったなそんなの──」

 

 俺やキリトを始めとする攻略組は、激化する戦いに様々な工夫を凝らして立ち向かってきた。その最たるものが《システム外スキル》だ。

 システムアシストに合わせてアバターを動かしソードスキルの威力を上げる《ブースト》。対人戦の際、相手の構えや重心から出方を予測する《先読み》。相手の視線から攻撃の軌道を予測する《見切り》。環境音の中からMob由来のSEを切り分けて位置を探る《聴音》。戦闘時、急激な行動パターンの変化によってMobのAIに負荷をかけ隙を作る《ミスリード》と、それを複数人で行う《スイッチ》等──どれも攻略組のプレイヤー達を大いに助けてくれたものだが、中でも極めて習得困難とされていたのが、《気を感じる》技──《超感覚(ハイパーセンス)》である。

 

 視覚や聴覚よりも先に敵の存在を察知する──要は殺気を感じ取る為のスキル。というオカルト染みた触れ込みだが、当然ながら「全てがデータで構成される仮想世界内で《気》も何もあるものか」と存在否定派の方が多くを占めていた。斯く言う俺自身、否定派だったのだ──実際に体感するまでは。

 

 俺はSAO内で、明確な要領を得ない《嫌な感じ》に救われた事が何度かある。ダンジョンに設置された質の悪い罠に気付くことが出来たり、ハイディングしていたオレンジプレイヤーの存在に気付けたり──レッドプレイヤーに襲われるまさにその瞬間に気付けたのも、その《嫌な感じ》が理由だった。

 

 聞くにキリトも似たような経験があるらしく、一度ユイに相談してみたことがあるらしい。返って来たのは「そんな事は起こりえない」という反論のしようもない断言だったようだが「あくまでも可能性の話で言えば、100%否定は出来ない」とも言っていたそうだ。

 

 まぁ、この際それを立証するロジックなんてものはどうだっていい。今この場を切り抜ける為に頼れるのがオカルトだけだというのなら、全力で頼ってやろうではないか。

 

 俺達は揃って目を閉じ、自分の中から「音」を切り離した。具体的な「気の感じ方」など分かりようもないが、少なくとも目と耳に頼っている内は不可能だろうと考えた末の行動である。

 

 西──南西方向に極小さな振動を感じた。誰かが高速で地面を踏み蹴っているのだろう。という事はこれが恐らく《闇風》だ。肉眼で見える位置なのか確認したい所だが、集中を切らすわけには行かない。必ずシノンが止めてくれるはずだと言い聞かせ、俺は神経の網を総動員して前方の微細な変化を探しにかかった。

 己の知覚野を静まり返った水面のように平坦に整え、その均衡を乱す存在を感じ取る──ふと、風一つ無い水面に何かドロリとした存在(モノ)が零れ落ち、波紋を生んだ。

 

「ッ──!」

 

 刹那──チリっと脳裏を焦がした感覚に身を任せ、俺とキリトはほぼ同時に身体を傾けていた。

 

 眼前僅か数センチの所を、殺意を乗せた銃弾が通過する──その穂先が、急な動きに置いて行かれたキリトの長髪を1束引きちぎる。

 回避不能とされた必殺の一撃をやり過ごしたキリトは持っていた光剣を起動、すぐさま突き刺さる赤い光にも怯まず、猛然と地を蹴った──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少しだけ遡り──洞窟から殆ど離れていない場所にそびえる小さな岩山に陣取ったシノンは、体を伏せて狙撃態勢に入った。

 暗視用のオプションを取り付けたスコープを覗き込み、ナイトビジョンのゲインを調節する。緑がかって映し出された砂漠の中に、ポツンと2つの人影が見えた。ミツキとキリトの姿だ。

 

 いくらあの2人が防御スキルを有する前衛型とはいえ、《死銃》の持つ《L115》で頭や心臓を狙撃されれば即死は免れない。予測線無しの第1射に加え、マントによる透明化という2つの大きなアドバンテージがある事を考えれば、分が悪いどころの話ではない。事実、彼ら自身何か策があるようには見えなかった。

 

「(それでも──)」

 

 それでも、あの2人なら或いは──否、きっと避けてみせる。そんな謎めいた確信がシノンの中にあった。

 

「(だってミツキ(あなた)は、2つの不可能を覆したんでしょ──だったら、3つ目も乗り越えてみせるよね)」

 

 だがそれだけではダメだ。いくら2人が上手く《死銃》の狙撃を躱したとしても、その後のシノンが仕損じれば全てが無駄になってしまう。闇風の速やかな排除、そしてあのボロマントとピエロマスクの撃破──我ながら大口を叩いたものだと今更ながら思う。

 これからシノンが放つ銃弾、その1発1発に文字通り命が掛かっている──自分と、或いは他の誰かの命が。故に1発として外すことは許されない。最低でも闇風だけは確実に仕留めなくては。

 

 グリップを握る手が震える。緊張か、それとも恐怖から来るものか──その両方かもしれない。

 

 廃墟でバギーに乗って《死銃》達から逃げる際の狙撃──アレで奴らを退けられたのは結果論だ。撃った瞬間外れると分かったし、それが車の燃料タンクに命中したのも偶然。あの瞬間、シノンがこれまでGGOで積み上げてきた全てが、己を支えてきた何もかもが粉々に砕け散った。今だって、心の底では「自分に出来るのか?」「荷が重いのではないか?」と逃げ出したい気持ちが静かに蠢いている。

 

 それでも今こうして闘志を失わずにいられるのは、ミツキの言葉が理由だった。

 

 現実世界の弱い自分が、朝田詩乃が嫌だった。だからこのGGOでシノンとして強くなり、その強さで弱い自分を塗り潰そうとしてきた。そしてそんな事に意味はないと、事実を以て思い知らされた。

 

 

 ──過去は変えられない以上、それを糧にして進んでいくしかないんだ。

 ──君の戦いに意味を与えるのも、奪うのも、君自身だ。

 

 

 だが彼の言葉を聞いて、シノン/詩乃は1つの答えにたどり着いた──自分は思い違いをしていたのだ、と。

 GGOの閉塞的な運営方針も手伝い、詩乃はいつしか現実世界の《朝田詩乃》とGGOの《シノン》を別の存在と考えてしまっていた。弱い詩乃(じぶん)を、強い別の誰かで塗り潰そうとしてしまっていたのだ。どこまで行っても詩乃は詩乃、どれだけ自信や技術を身につけても、内側に宿る弱さまで消し去ることなど出来る筈が無いというのに。

 

 では詩乃がシノンとしてこの世界で培ったものは全くの無駄だったのかと言えば、そんな事はない。シノンの中に詩乃の弱さがあるのなら、詩乃の中にだってシノンの強さがきっとあるはずだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──それが、詩乃/シノンがたどり着いた答えだった。

 

 闇の如き漆黒も、汚く濁ったドス黒い(あか)も、他人という色と触れ合い、重なれば重なるだけ別の未来()へ変わっていく。そうして生まれた未来()は、下にある過去()が無くては成立しない。例えどんなに醜い過去()だろうと、鮮やかで美しい未来()を作り出す糧になれたのなら、そこには立派な意味が生まれる。決して無意味なんかじゃない。

 

 そして過去に意味を見い出せるか──意味を持つ未来()に出来るかは自分次第。詩乃は今まさにその岐路に立っている。犯した罪にどんな未来を重ねていくのか……それを選ぶ事こそが、過去と向き合い考え続けるという事なのだ。

 

 ここで逃げれば、きっと血濡れた過去に沈み飲まれるだけ。何ならもう、既に足元から沈んでいっているのかもしれない。だから撃たねばならない、やり遂げなくてはならない。もう一度、自分の足で踏み出す為に──未来を重ねていく為に。

 

 そして伝えよう。この事に気づくきっかけをくれた彼に──

 

「(……お願いヘカート、弱い私に力を貸して)」

 

 そう胸の中で呟き、シノンは腕の中の相棒をしっかりと握り直した。

 

 闇風はキリトとミツキを避ける為、西側から北へ迂回してデリンジャーを倒しに向かうはずだ。スコープを北側へ向けると──いた。夜の砂漠を疾駆する黒い影、マントに身を包んだ闇風だ。

 装備可能重量が大幅に制限されるAGI一極型は、今となっては中々にピーキーなステータスビルドだが、それを補って余りある速さと経験が彼の武器。屹立するサボテンや岩を遮蔽に利用しつつも、彼自身は足を止めるどころか速度を緩めさえしない。坂道を迂回したかと思えば一直線に駆け上がるランダムな動きは予測が難しく、スナイパーであるシノンにとって相性は最悪と言っていい相手だった。

 

「(どうする!?動きを予測して先読みで撃つか、初撃をわざと外して動きを止めてから撃つか……!)」

 

 ダッシュ中のAGI型プレイヤーを狙い撃つのは至難の業だ。前者は言わずもがな、後者のような使い古された手が闇風程のベテランに通用するかは望み薄、どちらも確実性に欠ける。他に方法は──ある、1つだけ。

 闇風のスピードは確かに脅威だが、ステータス及び取得スキルの大部分をスピードやダッシュ関係に振っている為、射撃精度に関しては多少の難が見られる。AGI型が得意とするミドルレンジに入れば、デリンジャーを撃つ為に一度足を止める筈。

 そうでなくとも《死銃》がシノンより先にあの2人を狙撃し、無事それを凌げたならば、共犯者であるデリンジャーも動く筈。突然の状況変化で闇風も一度様子見に回るかもしれない。そこがチャンスだ。

 あの2人はシノンを信じてくれた。ならばこちらも100%の狙撃で応えなくてはならない。だから今は耐える。耐えて耐えて、必ず訪れる刹那の瞬間を逃さない為に。

 

 逸る気持ちを落ち着かせ、今も尚疾走する闇風の姿をスコープに捉え続ける──その時は、唐突に訪れた。

 

 スコープを覗いていないもう片方の目が、光の瞬きを捉える。次いで先程と同じ光が数回瞬き、同じ数だけ紫色の光が閃いた。

 状況の変化を感じ取った闇風が方向転換し、手近な岩の陰に隠れる──その瞬間、シノンの視界に表示された《着弾予測円(バレットサークル)》は極小のドットにまで収縮していた。

 

 引き金が絞られ、満を辞して銃弾が放たれる。空気を切り裂き突き進む巨大な弾丸は、闇風が隠れていた岩を容易く貫き、彼の胴に大穴を穿った。

 

「次──ッ!」

 

 闇風の死体に《Dead》タグが浮かぶのを確認する暇さえ惜しいとばかりにヘカートを持ち上げたシノンは、直前に見えた光──キリトを狙う《死銃》がいる方向へ銃口を差し向けた。

 スコープを覗き込むと、小高い坂となっている岩の下に伏射姿勢で銃を構えるあのボロマントの姿が。引き金に指をかけた瞬間、フードの下で妖しく光る赤い双眸がこちらを見た。

 

 スコープ越しに互いの視線が交錯する。

 

「(《死銃(デス・ガン)》……お前は亡霊なんかじゃない。例え常人には理解できない思考を持ち合わせていようと、私達と同じプレイヤーで、人間よ──)」

 

 同じ領域にいるなら戦える。戦えるなら、勝つ事だって出来る。勝ってみせる。

 

 ミツキの言葉が事実であるなら、奴はつい数分前までのシノンと同じだ。弱い自分を強い自分で塗り潰そうとしている──それも考えうる限り最悪の方法で。

 だがシノンはもう身を以て知っている、それではダメなのだ。根底にある自分を消し去るような方法では、本当の意味で強くなれない。自分もまだ1歩目を踏み出そうとしている段階だが……それでもこの事に気付けた分、自分の方が強いと、シノンはそう信じている。

 

 

「(──証明してやる。この一撃でッ!)」

 

 

《死銃》のL115から予測線が伸び、額を冷たく撫でたのを感じた瞬間、シノンはサークルの収縮を待たず即座に引き金を絞っていた。

 

 片や轟音、片や静かな発射音に後押しされて、2つの銃弾が交錯する──全くの同一線上を進むかに思われた銃弾はギリギリの所ですれ違い、互いの弾道を僅かに逸らした。

 

《死銃》の凶弾は今の今までシノンが覗き込んでいたヘカートのスコープに、シノンの弾は奴のL115の機関部(レシーバー)に命中した。どちらも持ち主は無事だが、シノンは長距離狙撃が出来なくなっただけなのに対し《死銃》は銃の心臓部と言えるレシーバーに銃弾を受けてしまった。多少のダメージであれば修理でどうにかなる範疇だが、ヘカート程の大口径銃の一撃を受ければその限りではない。シノンの愛銃は対物ライフルとして面目躍如を果たし、自らが冠する冥界の女神の名の下、沈黙の暗殺者に死の宣告を叩きつけたのだ。

 

 完全に破壊され消滅したL115から各種パーツが分離され、ボトボトと砂の上に落ちる。倒す事こそ出来なかったが、これであのボロマントに残された武装は低威力の黒星(ヘイシン)のみ──連中にリアル情報を握られておらず、殺される心配の無いあの2人を相手取る事を考えれば丸腰も同然だ。あちらはもう心配ないだろう。

 

「──後は任せたわよ。ミツキ、キリト」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ……おおおぉぉぉ──ッ!」

 

 無事に《死銃》の第1射を凌ぎ切ったキリトは、次ぐ第2射、3射を予測線を頼りに光剣で防ぎながら一気に奴との距離を詰めにかかる。俺もその背後に続き移動を開始。向こうがキリトにこれ以上の狙撃は通用しないと判断したなら、その次に取る行動は大方予想がつく。

 

 紫の光芒を引いて砂漠を疾駆するキリト。その傍らにひっそりと佇んでいた大きなサボテンの陰から、闇夜に紛れて何者かが飛び出してくる──俺は待っていたとばかりに地面を蹴り、闖入者デリンジャーが構えたショットガンをドラグノフのストックで弾き上げた。

 

「ちっ、邪魔すんじぇねェよッ!」

 

「それはこっちのセリフだ──ッ!」

 

 俺は勢いそのままにデリンジャーを体当たりで突き飛ばし、キリトを先に行かせる。

 視界の端で一条の流星が瞬き、一瞬遅れて空気を震わす砲声が聞こえてきた。間髪入れず、再び──今度は2つの光が、俺達のすぐ上で互いに真正面から交錯した。シノンはしっかり闇風を仕留める事に成功したようだ。

 

《死銃》を狙って放たれた2射目は命中こそしなかったようだが一矢報いる事は出来たらしく、もうキリトに向けて銃弾が放たれる事は無い。十分過ぎる程役目を果たしてくれた彼女に心の中で感謝と労いの言葉を贈り、後は自分達の戦いだと気を引き締める。

 

 緩い傾斜のかかった坂をゴロゴロと転がり落ちながらも体勢を整えた俺は、少しだけ先行しているデリンジャーに向かって跳躍。勢いを乗せた渾身の突きを繰り出す。

 しかし向こうもギリギリで対応してきた。掲げたショットガンを割り込ませ、既の所で軌道を逸らされる。それならばとドラグノフを真一文字に持ち直して力一杯押し込めば、下り坂を背にしている奴では踏ん張りが効かず、盛大に砂煙を上げながら押し倒すことに成功した。

 

 マウントを取られ、持っていたショットガンをもぎ取られたデリンジャーからは、相変わらず下品な笑みを貼り付けたピエロマスク越しでも焦りが見て取れた。

 

「ハッ!いいのかよ黒の剣士をほっといて──!?」

 

「お前達の殺人のロジックはもう見抜いた!奴にキリトは殺せない以上、もうお前達に勝ち目は無いッ!」

 

 仮想世界に於けるキリトの戦闘能力は折り紙つき、間違いなくアインクラッド最強と言っていい。如何に元殺人ギルド所属だろうと、キリトの強さを上回れる訳が──

 

「キシシッ……流石に舐め過ぎだぜ。あン時から何も成長しちゃいねぇなァ……ッ?」

 

「何が言いたい……ッ!?」

 

「舐めんなって言ってんだよ……!そんなんだからあの戦いでも俺らに先手取られたんじゃねぇのかバカがよ──ッ!」

 

 その言葉に嫌な予感がして、俺は坂の上へ目を向ける。そこでは今まさに、キリトが渾身の突進攻撃──SAOでは重攻撃《ヴォーパル・ストライク》として知られた技で丸腰同然の《死銃》のHPを吹き飛ばそうとしている所だった。

 対する《死銃》は、先のシノンの狙撃によって破壊されたのだろう、あのライフルの残骸と思しき細長いパーツを掲げてキリトの攻撃を迎え──不意に、マントに包まれた奴のアバターが蛇のようなヌルりとした動きで光剣のエネルギーブレードを躱し、同時に極小の煌きが走った。煌きを湛えた蛇の(あぎと)はキリトの肩口へ伸び、血のように赤いダメージエフェクトを発生させる。

 

「なんだ…──ッ!?」

 

 突然の事で気が緩んだ隙を突かれ、俺は巴投げの要領でデリンジャーに投げ飛ばされて拘束を解かれてしまう。

 

「キッシシ……アイツはよぉ、お前らに牢屋にぶち込まれてからずっと復讐だけを考えてたんだぜェ?毎日毎日、何時間も何十時間も剣を振り続けたんだ。見てるこっちがおかしくなりそうだったぜ」

 

「見ていた……?どういう、事だ……」

 

 俺の記憶が確かなら、コイツは──リューゲは終ぞSAOがクリアされるその瞬間まで捕縛される事は無かった。75層でゲームがクリアされていなければ、またいつ俺の前に現れるかも知れなかった男だ。そんな奴が、討伐戦で収監されたというあの《死銃》をずっと見ていたというのはおかしい。

 

「……お前は……本当にリューゲか……?」

 

「あァん?……あぁ、そういや廃墟じゃリューゲってことにしたんだっけなァ。忘れちまってたぜ」

 

 やはり──こいつはリューゲじゃない。別の誰かだ。俺は昨日からずっと、リューゲを騙る何者かに気を揉まされていたというわけだ。……全く、我ながら情けない事この上ない。

 

「──もう一度聞くぞ。お前は、誰だ」

 

「キシシッ……名乗ったって分かりゃしねェよ。なんせ俺はお前に名乗ったことなんざ一度も無ェからな」

 

 SAO時代のキャラネームさえ判明すれば、菊岡に頼んで現実世界の身元を特定出来る。てっきりリューゲとばかり思っていた為深く考えていなかったが、こうなった以上戦闘と並行してこいつの正体を探る必要が出てきた。

 昨日俺に接触を図ってきた際の言葉を思い出すに、アインクラッドで俺と戦っているのは恐らく間違いない。だが何時、どこで──?

 

「そんでよォ、俺も同じなんだよ。あれからずっと、ずっとお前をぶっ殺してやろうと思ってたんだ──」

 

 思案する俺の前で、デリンジャーがメニューを開いて何やら短い操作を加える。意識の数割を思考に割いたとはいえ注意を逸らしたつもりはなかったが、気付いた時には奴は操作を終えてメニューを閉じる所だった。しかし何か新しい武器が現れるでも無ければ、防具の着脱も起きない。訝しんだ俺が、一体何をしたのか問い質そうとした瞬間──変化が訪れた。

 

「ぅッ!……ふーッ、ふーッ……ッキシシ──あァ、キタキタ。この感じだァ……!」

 

 デリンジャーは突然目元を手で覆い、ブツブツと何かを呟き始めた。

 

「お前……何を……!?」

 

「俺ァよぉ、アイツみてーに長ったらシイ時間かけて努力とか苦手なンだヨ……ンなのより、こっちの方が性に合ってンだ……チカラが脳から全身に漲ってくこの感覚、お前にゃ分かンねぇよナァ……!?」

 

 デリンジャーのアバターに、よくよく注視しなければ気付かない小さなノイズが走る。

 

「キシシ……ッハハハハハハッ!ハァ~~~~ッ!──ァ……行くぜ裂槍ォ?今の俺に勝てるモンならやってみやがれ。()()()テメェがやってくれたみてーに、手足ぶった斬って黒の剣士の前に転がしてやるヨォ──!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実世界の東京都 御茶ノ水にある総合病院。夜間面会用のエントランスでパスを受け取った明日奈は、乗り込んだエレベーターが目的の7階に到着するのを待つのももどかしく、ドアが開くなり無人の廊下を全力疾走していた。

 

 ユイによる携帯越しのナビを目安に角を曲がり、視界の端で病室のナンバープレートを確認していく。

 

「(7022、23──7025ッ!)」

 

 菊岡から聞き出した病室を見つけ出した明日奈はプレートにパスをかざし、開錠されたドアを勢いよく引き開ける。

 

 飛び込んできたのは、忘れもしないジェルベッドに寝かされたキリトとミツキの姿。どちらも上衣は脱いでおり、まだ骨張った印象の残る胸部は電極パッドを通じてベッド脇の物々しい機器に繋がれている。そして両者の頭部には、今やすっかり見慣れたリング型のヘッドギア──アミュスフィアが装着されていた。

 

 堪らず2人の名前を叫ぼうとした明日奈だったが、それに先んじて彼らの名前を呼ぶ者がいた。1つに纏められた三つ編みと眼鏡が印象的な看護師だ──菊岡が「ダイブ中の2人の傍には人を手配している」と言っていたのを思い出す──同じ女である明日奈から見てもかなりの美人と言えるナースが、安全上仕方ないとは言え上裸のキリトの上に身を乗り出しているという状況に多少思う所はあったが、まずは状況の確認が最優先、と副団長を務めていた頃の切り替えの早さを発揮した。

 

 事前に菊岡から話は通してある為、自己紹介やらは必要無い。ネームプレートに「安岐」と書いたナースは明日奈を病室の中──ベッド横まで招いた。

 

「あ、あの……何かあったんですか!?」

 

「特別身体的に危険、という訳ではないんだけど……今、2人の心拍が急に跳ね上がってね。特に三島君は昨日も同じような事があったから……」

 

 傍らの計器に目を向ければ、縦に並んだ2つの心電図が一定のリズムを刻んでいる。

 

 VRMMOをプレイしていて心拍が上がる、という現象自体は珍しくもなんともない。戦闘時の緊張で脈拍が速くなる事などザラだ。しかし……あのSAOをクリアに導いた最強の2人がこうも緊張状態に陥る程の事態が、GGOの中で起きているという事なのか。

 

『──ママ、モニターを見てください!MMOストリームのライブ中継に繋ぎます!』

 

 ユイが壁際のモニターを無線接続し、暗転していた画面に光が灯る。中継自体は明日奈達がALO内で見ていたのと同じだが、あれから少し経った間に参加者の多くが脱落したらしく、生き残っているのは5人。そして今行われている戦いは、画面を中央で分割して映し出されている2つのみのようだ。

 

 カメラが映し出している4人の足元には各々の名前が表示されており、画面右側でボロマントのプレイヤーと向かい合う長い黒髪のプレイヤーが《Kirito》、もう片方の画面でピエロマスクを被ったプレイヤーの猛攻を凌いでいるウルフ調の髪のプレイヤーが《Mitsuki》とあった。

 

 先程心拍が上がったというのは、やはり戦闘中の緊張から来るものだったようだ。という事は──

 

「(2人が今戦っているのが、元《ラフィン・コフィン》のメンバー……!)」

 

 明日奈達が確信を持って言えるのはボロマントのプレイヤーに関してのみだが、ピエロマスクのプレイヤーもあのミツキを一方的に攻め立てられる程と来れば只者ではない。考えたくないが、両方が元《ラフィン・コフィン》メンバーという線も有り得る。

 

「(そうだ、名前──!)」

 

 まさかSAO時代と同じ名前を使用しているとは考えにくいが、もしかしたら──そう思い、キリト達が相対する敵の名前を確認する。

 

 ミツキの相手は《Deringer(デリンジャー)》、キリトの相手は──《Sterben》。

 

「すて……スティー、ベン……?」

 

 英語圏によく見られる名前である《Steven(スティーブン)》のスペルミスかと思ったが、ユイと安岐ナースは異口同音にそれを訂正した。

 

 

『違いますママ。あれはドイツ語です──』

 

「──同時に、医療関係の言葉でもあるわ。読み方は《ステルベン》……患者さんが亡くなった時に使う、『死』を意味する言葉よ」

 

 

 ユイ曰く《デリンジャー》も、世界的に有名な米国大統領暗殺事件に使用された銃と同じ名前らしく、どちらも死を連想させる名前に言いえぬ不安を覚えずにはいられない。

 

 2人を支えるのだと意気込んで来たはいいものの、いざ彼らの傍に来たとて、明日奈に出来る事はほぼ無いに等しい。出来る事とすれば、無事と勝利を祈ることくらいだ。

 

『──ママ、手を握ってください!』

 

「ユイちゃん……?」

 

『アミュスフィアの体感覚カット機能はナーヴギア程完全ではありません!ママなら……パパやミツキさんとずっと一緒に戦ってきたママの手の暖かさなら、きっと……きっと届きます!だから、私の分まで……っ』

 

 携帯のスピーカーから聞こえるユイの声が小さく震える。彼女もまたキリトとミツキの無事を願っているのだ。

 明日奈は2つのベッドの間に小さな椅子を移動させ、腰を下ろす。自身の膝の上にユイと繋がった携帯を置き、その上にキリトの手を、その更に上にミツキの手を──そう思った時、ミツキの手に何かが握られている事に気が付く。

 

「……うん。そうだよね」

 

 ミツキの手の中にあるものが何を意味するのか、それをひと目で理解した明日奈は、ミツキの手を開く事はせず、その手を優しく包み込んだ。

 

「大丈夫、大丈夫だよ──皆が2人を応援してる。誰が相手だろうと、きっと勝つって信じてる……私も、ユイちゃんも──アリスも」

 

 娘と親友の想いを一心に背負い、明日奈は重ねた手からありったけの想いを注ぎ込む。あまり強く握ってしまうとアミュスフィアの強制ログアウト機能が発動してしまう為、努めて優しく、この想いが少しでも早く、少しでも多く届くようにと。

 

 そんな想いに呼応するかのように、ミツキの手の中にある2つの押し花──白い花弁の小さな銀木犀が、トクン、と拍動したような、そんな気がした。

 




デリンジャーが何をしたのか、分かった方もいるのではないでしょうか。
因みにデリンジャーと聞いて真っ先に出てくるであろうレミントン・デリンジャーは「Derringer」とスペルが違います。Rが1個多いんですね。

ファントムバレット編も佳境です。
もしお暇があれば、アインクラッド編を今一度振り返っておくのもいいかもしれませんね。
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