ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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開戦

 あの《ミツキ》という名の紺髪の槍使いとパーティーを解散した晩のことだ。

 

 狩りの疲れと汗を流した後、夕食を買いに出たアリスは、様々な店が立ち並ぶ街道でこんな話を聞いた。

 

 

 ──元ベータテスターの連中は無責任だ。あいつら必死こいてレベル上げしてる俺達のこと笑ってるんだろうぜ──

 

 

「(ベータテスター…確か、常人よりも多くの知識と経験を持つプレイヤーの総称だったわね)」

 

 右も左もわからなかったアリスにとって、知識と経験に関しては悪態をつく男達にすら劣るのだが、ベータテスト出身者が保有する情報はその比ではないらしい。あの槍使いがここまで生きてこれたのも、その時の経験が活きているのだと聞いた。

 

 他にも「俺もベータに当選さえしてりゃなぁ」だとか「情報屋に聞いてみるか?」だとか。だが何よりも記憶に残ったのは、「奴らを見つけたらどうする?」に始まる会話だ。

 安価なレストランのテーブルに掛けて話していた数人のプレイヤー達は、口々に物騒な言葉を呟いていた。

 

 

 ……彼が危ない。

 

 

 真っ先にそう思ったのは何故だか分からない。だが、ワケも分からず只々1人で戦い続けていた自分にこの世界で生き抜く術を教えてくれたあの少年が、もし彼らの標的になってしまったら……そう思うと、どうしようもなく不安な気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 後日、情報屋アルゴの勧めで参加した第1層攻略会議を経て、槍使いがアリスから距離を取るようになった理由も自ずと見えてきた。

 彼はアリスが自分の巻き添えにならないよう、敢えて距離を置いていたのだろう。理由を話しても、きっと聞かなかっただろうから。アリス自身、その自覚はある。

 

「(思えば、私はここに来てから彼に助けられてばかりだ…)」

 

 アリスとて強くなっているのは実感している。今ではレベルも彼とほとんど変わらないし、攻略本の助けもあって戦闘も1人で難なくこなせるようになった。

 それでも…どれだけ強くなっても、胸の内に感じるやるせなさは拭えない。自分がもっと強ければ、彼も余計な気を遣わずに済んだのではないだろうかと。もっと強く…彼の背中を預かれるくらいに──

 

 

 

 

 

 

 

 

「──い、──おい、アリス?」

 

「っ…は、はい?」

 

「どうした?何か考えてたみたいだが」

 

「ええ、まぁ……それより、ミツキの方こそ何ですか?」

 

「だから、ボス戦の基本戦術の確認。お前まだスイッチとかPotローテのこと、よく知らないだろ」

 

 思考の海から意識を浮上させたアリスを含む一行は、第1層の迷宮区を目指して行軍していた。集団の先頭を行くのはレイドリーダーであるディアベルのパーティー。

 そしてアリスのいるパーティーは行列の最後尾を少し離れて歩いていた。

 

「俺達のパーティーが相手するのは、取り巻きの《センチネル》だ。アリスは確か、素材集めとかで俺と何度か迷宮区に潜ったことあったよな?」

 

「ええ。下層の部屋に数えるほどですが…」

 

「そこで戦った《ルイン・コボルド・トルーパー》ってMobがいただろ?基本的にはあいつらと同じなんだが、《センチネル》は胴体と頭をがっちり鎧で固めてる。ただソードスキルを打ち込むだけじゃ、ダメージは入らない」

 

 コボルドといえば、MMO界隈ではスライムと並ぶ雑魚モンスター代表格。

 だがこのSAOに於いては決して侮れない相手だ。このゲームでの亜人・人型Mobは、そのほとんどがプレイヤーと同じように武器を持っている。つまり向こうもソードスキルを使ってくるということだ。

 

 1層ボスの《コボルドロード》もその例に漏れず、デフォルトの片手斧から湾刀(タルワール)に持ち替えてからは強力なソードスキルを連発してくるのだ。軌道は直線的だし、落ち着いて回避すれば対処は簡単なのだが…きちんと安全マージンを取っていても、まともに喰らえばHPの大部分をごっそり持っていかれる。

 

 ある意味、魔法を廃した剣の世界における最初の関門に相応しい相手と言えるだろう。

 

「──だから、まずはアリスが奴らの獲物をソードスキルで跳ね上げる。そこに俺が入れ替わって(スイッチして)急所に攻撃。基本はこの戦法で行く」

 

「……私が、ですか?」

 

「…?ああ。俺達のパーティー編成が丁度斬撃と刺突で分かれてるからな。キリトはあのフェンサーと結構仲いいみたいだし、俺も組むならアリスの方がやりやすいし……ってか、お前がそう言ったんだろ。パーティー組むとき」

 

「そ、そうでしたか?まあ、私もお前と組むに吝かではありません。改めて、よろしく頼みます」

 

「こちらこそ……っと、着いたみたいだな」

 

「ここに第1層のフロアボスが……他の部屋とは空気が違う」

 

 小さく喉を鳴らす。今まさに、このゲームをクリアするための第一歩が踏み出されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベータテストでアインクラッド1層を突破した当時、俺のレベルは確か11くらいだったと思う。

 武器も同じ《アニール・スピア》ではあったが、強化は今ほど重ねていなかったし、何よりSAOでの戦闘がようやく板についてきた頃だった。

 あの時は何度も死にそうになりながらなんとかノーコンでボス撃破に至ったが、今回も同じように行けるかどうかは神のみぞ知る。

 

 信じられるのは己の武器と戦闘技術に、背中を預けるパーティーメンバー、そしてレイド全体を指揮するディアベルの采配だ。

 

「皆聞いてくれ。俺から言うことはたった1つだ……勝とうぜ!」

 

 ここがボス部屋の前でなければ、皆揃って「オウ!」の声を上げていただろうが、張り詰めた空気の中では力強い頷きを返すのが関の山というものだ。それでも、不思議と気負った感覚はない。

 俺はゆっくりと深呼吸してから、背中の《アニールスピア+6》に手をかける。この層で行える限りの強化を施した十字槍は、重厚な穂先を頼もしくギラつかせた。

 

 俺の横で息を呑むアリスも愛剣を抜き、戦闘態勢に入る。

 

「行くぞ──!」

 

 ディアベルの手によって部屋の扉が重々しい音を立てて開かれた。

 

 第1層のボス部屋は奥行100メートル、幅20メートルほどの長方形の部屋だ。約4ヶ月ぶりに足を踏み入れたボス部屋は、設定されたスペースよりも数段広く感じられた。

 

 アインクラッドのボス部屋の扉は、基本的に一度開くと勝手に閉まるようなことは無い。だからもし勝ちの目が薄くなれば撤退することも可能なのだが、ここに落とし穴がある。もし敵に背を向けて走り出すような真似をしてしまうと、長距離射程のソードスキルの餌食になってしまうのだ。大ダメージによる行動不能(スタン)に陥れば、それだけで最悪死に直結する。

 つまり撤退する際は体をボスに向けたままジリジリと後退する必要があるわけなのだが、そうすると今度は撤退完了するまでがクソ長い。ボスが戦闘態勢に入るのは部屋の奥だから、細心の注意を払って敵の攻撃を防ぎながら100メートルの撤退を余儀なくされるわけだ。

 

「……来る!」

 

 誰が言ったか、その一言を合図に、薄暗い部屋の中がみるみる明かりに彩られていく。

 明かりが部屋の奥に到達すると同時に、最奥部の玉座に君臨していた獣人の王が姿を現した。

 

「グルルラァァァァ!」

 

《イルファング・ザ・コボルドロード》の雄叫びに応じ、取り巻きの《センチネル》3体が王を守るように並び立つ。

 

「攻撃開始───!」

 

 ディアベルの号令で、攻略レイドの先頭パーティーが各々の獲物を手に駆ける。

 その中の1人が振りかざした片手剣とセンチネルの長柄斧(ポールアックス)が激しい光芒を散らして衝突したことで、開戦の狼煙が上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──はぁっ!!」

 

「よし、スイッチ!」

 

 下から斬り上げる形で繰り出されたアリスの片手剣斜め切りスキル《スラント》が、《センチネル》の振りかぶった斧を弾き返す。無防備に仰け反ったMobの弱点である喉元目掛けて、俺は《シャフト》を的確に撃ち込んだ。

 

 不自然な体勢で硬直したセンチネルは、一瞬の間を置いて青白いポリゴン片に変わる。

 槍を引き戻した俺は、背後のアリスに一瞥をくれてから、前方で激戦をくり広げるメイン部隊の様子を伺う。

 

 取り巻きの相手をしながらでも耳に入ってくるディアベルの指示は、最初から今まで見事の一言に尽きる。パーティー後方でコボルド王との戦いを見守りながら、壁役(タンク)攻撃(アタッカー)の部隊に的確なタイミングで攻撃やスイッチの指示を飛ばす。普段からリーダー職をしていなければできない所業だ。少なくとも俺には真似できない。

 

「向こうは今んとこ大丈夫そうだな」

 

「ええ。体力が危うい者もいないようです。あのディアベルという男…指揮能力は目を見張るものがあります」

 

「だな。職業《騎士》ってのも、強ち間違いじゃないかもしれな──っと、次の《センチネル》だ!」

 

 ボスのHPをまた1段削ったのだろう。取り巻きのPOPはこれで4回目──HPバー最後の1段に突入したということだ。

 

「──ミツキ!」

 

「任せろ!」

 

 アリスの剣戟で大きく仰け反ったセンチネルに、槍を構えて駆ける。その横では、同じくキリトが作った隙をついて細剣使いアスナが突撃していた。

 恐らく敏捷ステータスは向こうの方が高いのだろう。俺を追い越して敵に接近したアスナは、右手の細剣(レイピア)を引き絞る。細く鋭い刀身がライトエフェクトを纏ったところで、俺もまた槍を引き絞ってスキルを立ち上げる。

 

「──せぁっ!!」

 

「──シッ!」

 

 ほぼ同時に放たれた俺の《シャフト》とアスナの細剣基本技《リニアー》は、各々が狙っていたセンチネルの喉元を深々と抉った。

 

 爆散していくポリゴン片を横目に俺は軽い戦慄を覚えていた。今しがた繰り出された《リニアー》の完成度の高さにだ。

 彼女のソードスキルはシステムアシストに寄りかからず、自らの身体を動かして威力ブーストをかけている。それだけではない、確かにソードスキルは並外れた速さと技の威力をプレイヤーに齎すが、彼女の技はそれ以上だ。

 俺は人より動体視力がかなりいいと自負しているのだが、それでも完全に目で追うことができなかった。辛うじてスキル発動直後の剣閃が見えた程度だ。ライトエフェクトも相まって、それはさながら一筋の流星のよう……

 

「……何?」

 

「いや、ビギナーって聞いてた割に相当なやり手だと思ってな。その剣の速さ、ちょっとやそっとじゃ身につかないだろ」

 

「そっちも。槍の技は何度か他の人のを見たけど、雲泥の差ね。あなたの方が速いし強い」

 

「お褒めに預かり光栄です。っと」

 

 突如、ボス部屋中に獰猛な唸り声が木霊する。前方に目を向けると、メインのパーティーと激戦を繰り広げていたコボルド王が斧と盾を投げ捨てたところだった。

 

 ここからが正念場だ。ボスの攻撃パターン変化にしっかりと付いていく必要がある。

 とは言え、指揮を取っているのはあのディアベルだ。ここまで見事な統率力を見せた彼ならば、きっと冷静に対処できるだろう。

 

 …と、そう思っていたのだが、ここでディアベルが不可解な行動を取った。

 

「よし!俺も出る!」

 

 部隊後方で指示を飛ばしていたディアベルが、突然前衛に飛び込んできたのだ。ここからボスが使うのは曲刀カテゴリの縦斬り技ばかりだから、あのまま前線に出ていたパーティーで包囲して斬りまくれば勝てる…わざわざ1人あたりの行動スペースを狭めてまで自分が出て行く理由はないはずだ。

 

 困惑する俺の背後で、キリトが掠れた声で俺に訪ねてくる。

 

「……なぁ、ミツキ。ボスの背後にあるあの武器…本当に湾刀(タルワール)か……?」

 

「は?何言って───っ!?」

 

 訝しみながらもボスの後ろ腰から抜き放った大型の刀剣を凝視する。丁度ボスのパターン変化による無敵時間が終わり、戦闘が再開されるところのようだ。

 するとボスは開幕ソードスキルを発動しようと獲物を高く掲げる。そこでようやく、俺はキリトが言わんとしていることを理解した。

 

 …あの武器は湾刀にしては細すぎる。それに刀身の幅と輝きが違う。俺達がベータ時代に戦ったコボルド王は、あんな威圧感を放つ武器は持っていなかった。

 

 

 あれは……あの武器は………湾刀ではなく、野太刀(カタナ)

 

 

「いけない──!」

 

「ダメだディアベル!全員全力で後ろに跳べ───!!!」

 

 俺の声に被さるように、キリトの叫びが響き渡る。しかしそれも虚しく、ボスの持つ武器に真紅のライトエフェクトが纏われた。

 

 あのずんぐりとした巨体で垂直に跳び上がったコボルド王は、空中で体を大きく捻り、着地と同時に力を溜めた刀を真横に振り抜く。

 

 

 360度全方位を水平に斬り裂くカタナスキル重範囲技《旋車(ツムジグルマ)》が、コボルド王を包囲していたプレイヤー達をなぎ払った。

 

 

 視界に表示されている各パーティーの平均HPの中で、今まさに前衛を担当していたパーティーのゲージが一気に半分を切る。広範囲攻撃は総じて威力が低いというのがお約束のはずだが、カタナスキルは技のほとんどが高威力。しかもそれにとどまらず、攻撃をモロに食らったプレイヤー達の頭上には黄色いライトエフェクトが点滅していた。

 スタン状態に陥ったプレイヤー達のフォローに回ろうとした者もいたが、あの距離では間に合わない。

 

 両手で野太刀を構えたコボルド王は、床に擦るほどの超低空から斬り上げる。あれはカタナスキルの始動に用いられる《浮舟(ウキフネ)》という技。ターゲットになったのは、ボスの正面にいた青髪の剣士ディアベルだった。

 

 ライトエフェクトに引っ掛けられるように上空へ打ち上げられたディアベルは反撃のソードスキルを放とうとするが、空中でのスキル発動は相当難しい。彼の刀身を包む黄色い光は弱々しく明滅を繰り返す。

 

 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべたコボルド王は、身動きの取れないディアベルに向かって3連撃技《緋扇(ヒオウギ)》を叩き込む。瞬く間に放たれた上下の2連撃から、1拍溜めての突き──それら全てがクリティカルヒットした。

 ディアベルのアバターは大きく吹っ飛ばされ、レイドの最後方──俺達のすぐ横の柱へと叩きつけられる。そのHPバーはレッドゾーンに突入しており、今も尚減少を続けていた。

 

「ディアベル!早く回復を……!」

 

 駆け寄ったキリトが回復ポーションを飲ませようとするが、何者かに止められる。キリトを制止したのは、あろうことかディアベル本人だった。

 

「何してるディアベル、早く立て!このままじゃレイドが崩壊するぞ!」

 

《センチネル》最後の1匹を仕留めた俺も、彼の元へ駆け寄る。こうしている間にもHPは全損へ向かっているのだ。早く回復を行わなければ……

 

「貴重な、アイテムを……無駄にするな……キリトさん、ミツキさん……同じベータ上がりとして、頼む。ボスを、倒してくれ──」

 

 ディアベルの頭上に浮かぶHPが残り数ドットを経て、完全になくなる。その瞬間、青髪の騎士のアバターにノイズが走った。

 

「……頼む。みんなの、為に───」

 

 それが。ディアベルの最期の言葉だった。銀色の鎧に包まれていたアバターはポリゴンとなって砕け散り、彼を助け起こしていたキリトの手も空を切る。

 

 ディアベルの死を目の前にした攻略レイドの面々は、ボスを目の前にしていながら、絶望の叫びを上げることしかできなかった。

 

 

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