ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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みんなの為に

 古来よりMMOには、L A(ラストアタック)ボーナスというものがある。

 強力なMobを倒す際、その名前のとおり最後の一撃を与えた者には、強力なアイテムがドロップするのだ。

 そのほとんどがサーバーに1つしかない一点もので、手に入れることができれば大幅なステータス強化が望める。

 

 たった今目の前で散っていった攻略隊のリーダー・ディアベルもまた、そのLAを狙っていた。理由は単純。LAの存在を知っていたのは、ディアベルも俺やキリトと同じ元ベータテスターだったからだ。

 

 攻略会議でキバオウが散々糾弾していた、元ベータテスター達の中の1人。だが彼は俺達とは決定的に違う点が1つだけある。

 元ベータテスターという他のプレイヤーとは一線を画すアドバンテージを持っていて尚、単独ではなく集団での攻略を選んだことだ。彼はこの場に集った43人のビギナー達を立派に率いて戦った。

 それだけでなく、自分と同じ元ベータテスターでさえ、誰ひとり切り捨てるような真似はしなかった。

 

 結果的に志半ばで倒れたとしても、ディアベルは俺やキリトではできなかったことをやってみせたのだ。

 

 

 

 

 

「──っく!」

 

 ダメだ。思考を止めるな、今は死者を悼む時じゃない。

 

 冷静さを取り戻した俺は、リーダーの死のショックにも負けず、たった1人でコボルド王の攻撃を凌いでいるプレイヤーを見据える。特徴的な大鎌で懸命に攻撃を捌くあの姿──まさか、以前森で出会ったあの女性プレイヤーだろうか。

 

 今はなんとか耐えているが、彼女のHPは着実に削られている。加えてPOP数が増えていたセンチネルの一部が彼女の方へと向かっていた。コボルド王を抑える者がいなくなれば、最悪全滅もあり得るだろう。

 だがもうディアベルのように指示を飛ばせる者はおらず、かと言って一斉に撤退を開始してしまえばボスのカタナスキルで命を奪われるものが増える事になる。

 

 なにせ第1層ではカタナスキルを使うMobが登場しない上に、現状プレイヤーが習得できるスキルでもないのだ。繰り出される技に対処できるのは、元ベータテスター──この場に於いては恐らく俺とキリト、そしてあの大鎌の少女だけ。

 

「(撤退か…それとも……いや!)」

 

 小さく息を吐いた俺は、ゆっくりと立ち上がる。自分の中で覚悟はできた。すぐ横で呆然としていたキリトも同じらしく、俺達は顔を見合わせ頷き合う。

 

「行きましょう。私、一応キリト(あの人)のパートナーだから」

 

「無論です」

 

 その後ろでは、アスナとアリスも腹を括っていた。獲物を握り直した2人は、確かな足取りで俺達の横に並び立つ。

 

「いいのか?下手すりゃ死ぬぞ」

 

「お互い様でしょう。それに、恐らく私達4人がこのレイドの最高戦力です。絶対に勝たなければならない以上、出し惜しみは許されません」

 

「…はっ、そうこなくちゃな」

 

 期待通りの返答に笑みをこぼした俺だが、正直戦況は悪化する一方だ。

 エギルを含むタンク隊を始め、今まで前衛を務めていたパーティーのHPは軒並み半分を切っている。その上、中には恐怖で逃げ惑うだけの者も出ている始末だ。

 まずはこのパニックを沈静化させ、戦えない者を全員下がらせる必要がある。

 

 だが生半可な指示はこの喧騒にかき消され、遠方には届かない。短く、皆の注意を引きつけるような一声が必要なのだが、俺もキリトも集団を指揮するスキルは持ち合わせていない為、どうすればいいのかわからない。

 

 歯噛みする俺の横を通って進み出たのは、アリスだった。

 顔を覆っていたフードを脱ぎ捨て、《アニールブレード》を高く掲げる。

 

 

「鎮まれッ!!」

 

 

 気迫に満ちたその一声が、ボス部屋を駆け巡っていた喧騒を一気に消し去る。

 その光景に、俺も驚きを隠せない。

 

「残り体力の少ない者は回復に専念!戦えない者は全員後方に下がりなさいッ!」

 

 アリスの指示に従い、プレイヤーのほぼ全員が俺達の後ろに下がり始める。

 

「……見ての通り《センチネル》のPOP数も増えてる!HPに余裕がある奴は、取り巻きの対処を頼む!」

 

 通り過ぎていくプレイヤー達にそう付け加えると、何かに気づいたアスナが前に飛び出た。敏捷ステータス全開で走る彼女の目指す先は、先程からコボルド王を単身抑える大鎌の少女──正確には、そんな彼女を背後から攻撃しようとするセンチネルだ。

 

 事態を察した俺達も、一斉に走り出す。

 

「ボスは俺が引き受ける!ミツキ──!」

 

「ああ!アリス、まずはボス周辺の取り巻きを片付けるぞ!」

 

「ええ!」

 

 短いやり取りを交わす最中、先行していたアスナが《リニアー》でセンチネルを1体ノックバックさせる。それに気づいた大鎌の少女が礼を言うよりも早く、彼女の細剣(レイピア)は別のセンチネルを貫いていた。

 

 目を丸くする少女にコボルド王が野太刀を振りかざすが、そうはさせじとキリトが《アニールブレード》を割り込ませた。

 

「下がれッ!」

 

 ボスの相手をキリトに代わった鎌の少女は、そこに合流しようとするアスナを呼び止める。

 

「ねぇ!さっきの技……もしかして、アスナ……なの?」

 

 振り向いたアスナの顔を見た鎌の少女は、戦いの最中にあって瞳に涙を浮かべる。

 

「嘘、生きて……っ──私、あの時っ……ごめ──」

 

 上手く言葉が出てこない鎌の少女に肉薄したアスナは、

 

「このゲームをクリア、するんでしょ?ボスはまだ倒れてない。ならやる事は1つ──」

 

 そう言って、手にしたレイピアを少女の鎌と軽く打ち合わせる。

 

「戦おう──ミト!」

 

「ッ──うん!」

 

 改めて、ケープを翻してキリトの元へ走るアスナに、大鎌の少女──ミトは自身のストレージから取り出したアイテムを投げ渡す。

 

「──アスナ、これ使って!」

 

 彼女達が離別するきっかけとなったあの日──ある意味では全ての始まりでもある、ミトがアスナの為にと入手したレアドロップ装備──細剣(レイピア)カテゴリ、固有名《ウインドフルーレ》。

 

 友からの餞別を受け取ったアスナは、メニューを操作してこれを装備し、

 

「ありがとう……ミト──ッ!」

 

 感謝の言葉と共に、抜き放つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「──アリス、ポジション交代だ!ボスの攻撃は俺とキリトで対処する、攻撃任せた!」

 

「分かりました!」

 

 周辺の《センチネル》を片付けた俺とアリスは、コボルド王を相手取るキリト達に合流する。

 果たして俺達だけでボスを倒しきれるか……正直、分の悪い賭けと言わざるを得ない。

 だが後方で取り巻きと戦う者がいるように、他のプレイヤー達の闘志もまだ完全に消えたわけではない。彼らが復帰するまでの間、少しでもボスのHPを削って弱らせなければ。

 

 まさか第1層で役に立つとは思っていなかったが、ベータ時代の最高到達点である10層のMobに対抗するため必死で覚えたカタナスキルの予備動作一覧を脳裏に展開した。

 

 コボルド王は、野太刀を腰だめに構えようとしている。あの構えは……

 

「──俺が行くっ!」

 

 右手の槍を引き絞り、左手はビリヤードのように柄に添える。穂先を緑のライトエフェクトが包み込み、俺の体はシステムによって弾かれたように動き出した。

 

 俺の繰り出した両手槍長距離突進技《ソニックチャージ》が、コボルド王の居合抜きスキル《辻風(ツジカゼ)》と激突。目にも止まらぬ速度で斬り払われた刀は、ライトエフェクトの残光を散らしながら俺の槍に弾かれた。

 

「スイッチ!」

 

 大きく仰け反ったコボルド王の腹に、すかさず飛び込んだアスナとアリスのソードスキルが食い込む。

 通常よりも威力が上乗せされた《リニアー》と《スラント》は、ボスのHPを僅かに、しかし確実に奪った。

 

「ベータの時よりも攻撃速度が速い……!」

 

「ああ。でも武器が軽い分、相殺し続ければダメージは喰らわない!」

 

 それは同時に、少しでも反応が遅れれば痛撃を喰らうことを意味する。俺とキリトは戦線が復活するまで、ボスのソードスキルを相殺することに全神経を集中しなければならない。

 加えて、相殺するにもソードスキルの威力を自身でブーストしてやる必要がある。かなり際どい綱渡りだ。

 

「──次、来るぞ!」

 

 ボスの武器が再びライトエフェクトを纏い始める。今度はキリトが《ホリゾンタル》を発動させ、コボルド王の単発水平斬り《絶空(ゼックウ)》を相殺。再び女剣士コンビの攻撃が加えられる。

 

 その後も、俺とキリトで代わる代わるボスの攻撃を相殺し、その度にアスナとアリスが強烈な一撃を叩き込んでいく。ボスのHPが少しずつ減っていく一方で、俺達の消耗は倍以上だ。それでもとにかく続けなければ。これ以上死者を出すわけにはいかない。

 

 もう何度目かもわからないボスの攻撃──その予備動作を見て、俺は盛大に舌打ちした。

 

「《緋扇》が来る!キリト──!」

 

「ああ──!」

 

 ディアベルを屠ったあの3連撃に対し、俺達は2人がかりで相殺を試みる。上手くいけば一太刀目でスキルを止められるはずだ。

 

「タイミングは俺が!」

 

「頼んだ!」

 

 血の色に染まった刀身が閃き、高速の2連撃が襲いかかる──その瞬間を、俺は見逃さなかった。

 確かにカタナスキルは恐るべき速度だ。それでも──さっきのアスナの剣と比べれば、まだ視えるッ!

 

「──今っ!」

 

 俺の合図で、キリトは《バーチカル》を、俺はそれに軌道を沿わせるように《シャフト》を発動させる。光の尾を引いてぶつかり合った3つのソードスキルは、盛大な火花を散らして弾かれた。

 

 上手くいった──そう思った矢先、コボルド王は不敵な笑みを浮かべ、上に打ち上げられた野太刀を振り下ろす。

 緩く弧を描く刀身が向かう先には、攻撃しようと飛び込んできたアリスとアスナが──

 

「っ……アリス!」

 

「アスナ!」

 

 俺達の声に応えたのかはわからないが、2人の行動は迅速だった。野太刀の一撃を屈んで躱し、お返しとばかりにソードスキルを発動させる──!

 

 

「「せ…やぁっ!!」」

 

 

 息の合った《リニアー》と《ホリゾンタル》のカウンター2撃をクリティカルで貰ったコボルド王は、たまらずノックバック。ボス相手に見事な立ち回りをしたことも勿論だが、この場にいるほぼ全員の意識はそこには向いていない。

 

 コボルド王の攻撃を回避する際に、彼女達の纏っていた赤と青のケープが裁ち斬られたのだ。

 ケープの裾から覗くのみだったアリスの長い金髪は、外の光が届かないこの部屋の中であっても美しく輝く。

 

 そして今まで頑なに素顔を見せなかったアスナの素顔は、アリスに負けず劣らずの美しさだった。

 ソードスキルの衝撃で宙になびく栗色の髪は、細かなポリゴンとなって散っていくケープの残骸に彩られて周囲の注目を奪う。

 

 2人が並び立つ様は、さながら戦場に咲く2輪の華と言ったところか。

 

「次だ!」

 

 俺はその後も次々と襲い来るカタナスキルを相殺し続け、生まれた隙にアリスが──時には彼女と入れ替わったアスナが強烈な一撃をボスに叩き込む。

 一撃弾く度に磨り減っていく俺とキリトの精神力と、未だ半分近くが残るコボルド王のHPバー。どちらが先に失くなるかの根比べは、唐突に動きを見せた。

 

 上段斬りのモーションを見せたボスの刃が、フェイントをかけたように下段からの攻撃に切り替わったのだ。あれは確か、同じモーションから上下ランダムの軌道で発動するソードスキル《幻月(ゲンゲツ)》。

 

「しまっ……!」

 

 繰り出される攻撃を読み、先んじて《バーチカル》を発動しようとしていたキリトは対処を試みたが、発動しかけのスキルを中断したことでアバターが硬直してしまう。

 

「がっ………!」

 

 その結果、逆袈裟に斬り上げられたキリトのアバターは大きく吹き飛ばされ、すぐ後ろでスイッチのタイミングを計っていたアスナとアリス共々倒れ込んでしまう。

 

「ぐっ…まずい……!」

 

《幻月》はフェイントをかけてくる姑息な技だというのに、挙句技後硬直(ポストモーション)が短いのだ。しかも振り上げられたままの野太刀には、早くも真紅のライトエフェクトが──

 

「クソッ!間に合え…!」

 

 俺は床を蹴り、全速力でキリト達の元へ走る。あの連撃を俺の両手槍だけで完封できるかは正直賭けだが、今は考えるよりも先に仮想体(アバター)を動かせ!

 

 ボスまで残り数メートルというところで、俺は単発範囲技《ヘリカルサイス》を発動させた。技の軌道の都合、刺突だとアリス達に当たって俺まで硬直、大ダメージを被る可能性がある。威力では刺突技に劣るが、やるしかない!

 

「ハアアアァァッ!!」

 

 大きく吼えた俺は、水色の光の尾を引く槍を力いっぱい振り回す。ガツン!という手応えを感じた瞬間、俺の中でこの技を完璧に相殺できるという自信はほぼ0に近かった。打ち合わされた槍と剣は、次第に剣の方が優勢になる。これでは例え初撃を凌げたとしても、《緋扇》そのものを止めるには至らない。もう後数センチ槍を押し込まれれば俺のソードスキルは停止し、残る2連撃が俺達のアバターを深々と斬り裂くだろう、と。

 

 だがそのような未来が実現することはなかった。必死に踏ん張る俺の視界の端に、俺とは別の2色のライトエフェクトが──

 

 

「はあああぁ──ッ!!」

 

「ぬ……おおおぉっ!!」

 

 

 力強い雄叫びと共に放たれた両手斧の範囲技《ワールウインド》と、大鎌範囲技《クリーヴファング》が、俺の槍を押し込もうとしていた野太刀を高々と跳ね上げたのだ。

 部屋全体を震わせるほどの衝撃が発生し、コボルド王は大きくノックバック。対する2人の攻撃者は1メートルほど後退したところで踏みとどまった。

 

 俺達の間に割って入ってきたのは、褐色肌が特徴的な壁隊(タンク)のリーダー・エギルと、先の大鎌の少女──ミトだった。どうやら回復を終えて復帰したらしい。

 

「あなたも大概無茶するね」

 

「アンタ達が回復するまで、俺達が支える。ダメージディーラーにいつまでも(タンク)やられちゃ、立場がないからな」

 

 2人に続くように、続々と回復を終えた彼のパーティーメンバー達が戦線復帰を始めた。

 

「ミツキ…俺が戻るまで頼む。指示出しは俺が」

 

「ああ…任せろ──!」

 

 エギルとミトを伴い走る俺の後ろで、キリトが前方でボスと戦うプレイヤー達に指示を飛ばす。

 

「ボスを後ろまで囲むと範囲攻撃が来る!技の軌道は俺が言うから、正面にいる奴が受けてくれ!無理にスキルで相殺しなくても、大型武器や盾でしっかり防御すれば大ダメージはもらわない!」

 

 俺達がボスを抑え始めてからの推定時間から察するに、恐らく回復はほぼ全員が済んでいるはずだ。しかし実際戦闘に参加している人数は全体の半分近く…恐らく彼らはこの戦いではもう使い物にならない。

 増援が見込めない以上、タンクであるエギル達のHPをどれだけ長く持たせられるかが勝負だ。そのためには、キリトが彼らにボスの技の情報を正確に伝える必要がある。

 

 キリトの「右水平斬り!」だの「左斬り下ろし!」という叫びに合わせて防御を行う壁隊の間を縫って、俺とミトは刺突や縦斬り系のをボスに打ち込み続ける。

 キリトの指示とエギル達の反応が少しでも遅れればすぐさま破綻するギリギリの戦闘が5分程続いたところで、ようやくボスのHP最後の1段がレッドゾーンに突入した。

 

「(このまま倒れてくれ…!)」

 

 心の中で強く祈りながらボスの周囲を走り回っていた俺は、丁度攻撃を防いだ(タンク)の1人がよろめき、ボスの背後に立ってしまったのを目にする。

 

「っ……早く動け!このままじゃ…!」

 

 壁プレイヤーはすぐさま飛び退くも、動き出すのがコンマ1秒遅かった。ボスは自分の周囲を囲まれた状態を認識し、上空に跳び上がる。全方位攻撃《旋車》の予備動作──!

 

 歯噛みする俺には、最早あのスキルを止める手段が無い。強いていうならば《フェイタルスラスト》か《ソニックチャージ》だが、前者は射程が、後者は軌道を上向ける為の距離が足りない。

 

 こうしている間にも、コボルド王はあの巨大な図体をギリギリと捻っている。攻撃が来るまであと数秒といったところだろう。

 せめてもの抵抗で全力防御を指示しようとした俺だったが、それよりも早く俺の横を風のように駆け抜けていく影があった。

 

 

「届……けェ───ッ!!」

 

 

 手にした片手剣に黄緑色の光を纏わせたキリトは、床を蹴って跳躍。片手剣の突進技《ソニックリープ》が、刀を振りぬこうとしていたコボルド王の横腹を斬り裂いた。

 

 スキルを中断させられたコボルド王はそのまま落下。転倒(タンブル)状態に陥る。勝負をかけるなら今だ。

 

 バタバタと藻掻くコボルド王を扇状に包囲した俺達は、一斉にソードスキルを繰り出す。HPが残り僅かまで削れた所で、コボルド王が転倒状態から脱した。怒り狂った様子で刀を振り回し、俺達は距離を取る。

 

 凶暴化(バーサク)状態になったボスと長期戦になるのは危険だ。ここは一気に決めに行く!

 

 

「アスナ!ミツキ、アリス!最後の攻撃、一緒に頼む!」

 

「了解!」

 

「行くぞ!」

 

「ええ!」

 

 

 一直線に向かってくる俺達に、コボルド王は野太刀を振りかざす。それをキリトが弾き(パリィ)し、間髪入れず俺、アスナ、アリスの3人で攻撃。続く2撃目のソードスキルは、俺とアスナが回避したものをアリスが相殺。またも色取り取りの刃が巨体に突き刺さる。

 

 ノックバックしたコボルド王は、俺達全員を一斉に仕留めるべく《絶空》の構えを取る。それを見た俺とキリトは、アスナとアリスを置いて前に飛び出していた。

 

 繰り出された水平斬りを相殺すべく、キリトも対抗して《ホリゾンタル》を発動。一方で俺は身体をギリギリまで仰け反らせ、ボスの剣戟をスライディングでくぐり抜ける。

 

 眼前数センチの距離を刃が抜けていく光景に鳥肌が立つも、コボルド王の背後に回り込んだ俺はすぐさま体勢を立て直し、槍を縦に振りかぶる。十字槍の穂先が、紫のライトエフェクトに彩られた。

 

 ボスの体を挟むようにして立った俺とキリトは、正真正銘最後の一撃を繰り出す!

 

 

「「う…おおおおおあああッ!!!」」

 

 

 全力の気勢と共に、同時に発動した片手剣2連撃技《バーチカル・アーク》と、両手槍単発斬撃技《エッジフォール》が、コボルド王の体に3つの斬撃痕を刻み付ける。

 

 直後、コボルド王のオオカミにも似た顔が天井を見上げ、凄まじい雄叫びが俺達の耳を震わせる。少し離れたところにいるはずのアリス達は油断なく構えていたが、コボルド王がそれ以上攻撃をしてくる様子はない。

 

 やがて握り締めていた野太刀が転がり落ち、ボスの体にひびが入る。すると、俺達を苦しめた第1層ボス《イルファング・ザ・コボルドロード》の体は無数のガラス片へと変わり、跡形もなく散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボスの姿が消えた後も、ボス部屋の中を満たしていたのは沈黙だった。この場の全員がまだ勝利を確信できていないのだ。

 ボスの情報がベータテストから変更されていた以上、コボルド王をも凌ぐ新たなボスがこの場に登場してくる可能性もあり得る。

 

 だがその予想はいい意味で裏切られ、部屋の中央には大きく《Congratulations!!》の文字が表示される。

 そこでようやく、重苦しい沈黙は賑やかな歓声へと塗り替えられた。

 

 皆が肩を組んだり抱き合ったりして喜ぶ中、肩で息をする俺の目には、加算されていく膨大な経験値と金が表示されている。レベルがまたひとつ上がり、14となった。

 

「お疲れ様です。ミツキ」

 

「ああ……アリスもな」

 

 一気にこみ上げてきた脱力感に見舞われ、俺はその場にへたり込む。正直大の字になって寝っ転がりたい気分だったが、そうなれば確実に寝てしまう自信があったため堪えた。

 アリスの後ろではアスナがキリトに労いの言葉をかけており、そこへエギルが歩み寄る。

 

「2人共見事な戦いだった。congratulation(コングラチュレーション)、この勝利はあんた達のものだ」

 

 途中の英語を流暢な発音で口にしたエギルはニッと笑い、俺達に手を差し伸べる。彼の後ろにいるプレイヤー達からも口々に賞賛の言葉を送られた。

 

 顔を見合わせた俺とキリトは一瞬迷った末に、その手を取ろうとしたのだが……

 

 

「──なんでだよっ!」

 

 

 そんな悲痛な叫びが、ボス部屋の勝利ムードを吹き飛ばした。声の主はディアベルのパーティーに所属していたシミター使いの男だ。

 

「なんで…なんでディアベルさんを見殺しにした!?」

 

「見殺し……?」

 

 シミター使いの言っていることが理解できず、そう聞き返す。

 

「そうだろ!だって、アンタ達はボスの使う技を知ってたじゃないか!最初からあの情報を伝えていれば、ディアベルさんは死なずに済んだんだ!!」

 

 彼の叫びで、周囲にいたレイドメンバーの中にも疑問が生まれたようだ。

 

 何故俺やキリトが予想外のカタナスキルに対応できたのか、その理由は……

 

「俺…俺知ってる!こいつら元ベータテスターだ!だからボスの攻撃パターンとか、美味いクエとか、狩場とか、全部知ってるんだ!知ってて隠してるんだ!!」

 

 シミター使いの仲間の1人が、所々噛みながらも早口でまくしたてる。突きつけられた指は、真っ直ぐ俺達を指していた。

 

「でも待て。昨日の攻略本にも《情報はベータテスト時代のもの》って書かれてたはずだ。もし彼らが元ベータテスターだとすれば、その知識も攻略本と同じなんじゃないのか?」

 

 そう反論したのは、エギルと共に(タンク)を務めてくれたメイス使い。類は友を呼ぶということなのか、先日のエギル同様筋の通った彼の言葉に、同意を示す者もいるようだ。

 

 だがここから、事態はあらぬ方向へと進んでいく。

 

「……あの攻略本がウソだったんだ。あの本をばら撒いてた情報屋だって元ベータテスターなんだから、タダで本当のことを教えるハズなかったんだ!」

 

「そ、そうだ!ディアベルさんが死んだのも、他の2千人が死んだのも、全部元ベータテスターのせいだ!こいつらだけじゃないだろ、他にもいるはずだ!出てこいよ!」

 

 先ほどとは一転、疑心暗鬼な空気が流れ始める。

 

 見かねたエギルとアスナが仲裁に入っているようだが、エギルはともかく、俺達と同じパーティーに入っていたアスナの言葉は彼らの耳に届かない。

 

 プレイヤー達が互いを疑うような視線を向け合う中、もう我慢ならないといった様子のアリスがシミター使い達の元へ詰め寄ろうとする。

 

 当然、俺は引き止めた。しかしアリスは俺の手を振りほどき、ズカズカと歩いて行ってしまう。

 

「どうしても出てこないってんなら──」

 

 

「──いい加減にしなさいッ!!」

 

 

 突如響いた怒声に、ディアベルの仲間達はビクッと肩を震わせる。

 

「先程から黙って聞いていれば、都合の悪いことは全て元ベータテスターのせいだと?冗談じゃない!確かに彼らが最初からビギナーを助けていれば、死者の数は少なかったでしょう。ですが、その死者の中に元ベータテスターが含まれているとは考えなかったのですか!?」

 

 答えはない。ただ、何人かがハッとした顔をしているのみだ。

 

「私は…少なくとも私はミツキ(かれ)に救われました。お前達の中にも、そうと知らずに助けられた者だっているはずです。何より、彼らがいなければこの戦いでもっと多くの死者が出ていた!お前達を今こうして生き永らえさせたのは彼らでしょう!なのに…何故感謝の言葉の1つもかけられないのですか!!」

 

「じゃあディアベルさんはどうなるんだ!アイツ等のせいで死んだんだぞ!!」

 

「彼らはッ!──これまでお前達のようなビギナーに負い目を感じていました。他のプレイヤー達が死んだのは自分達に責任があると。そうではないでしょう…元ベータテスターは神でもなければ超人でもないのだから、救える命にだって限りがある。ディアベルの死の間際に何があったか、近くにいた者なら見ていたはずです。そんな彼らが、何故こうも糾弾されなければならないのです!?お前達の身勝手で、彼らに──これ以上何を背負わせれば気が済むのですかッ!!」

 

 

 ……頼む。もうやめてくれ。

 

 

 俺の脳裏ではその言葉だけが駆け巡っていた。これ以上はアリスが危険だ。だからもう止せ。

 

 この場にいる俺以外の元ベータテスター──キリトと、そしてミトに目を向ける。そこでふと、かつて森で交わした彼女との会話が脳裏を過ぎった。

 

「(償い……)」

 

 彼女は大多数のビギナーだけでなく、守ると誓った親友すらも見捨てて逃げ出した己の罪を受け入れ、償う事を決めた。きっとその親友なのであろうアスナは無事生きていた訳だが、だからといってその決意が揺らぐことはないのだろう。

 

 そして俺も、彼女同様にビギナーを見捨てた。《はじまりの街》にクラインを残し、キリト共々利己的な行動に走った。もしそれを償うチャンスがあるとするのなら、今がそうなのだろう。

 

 無論、ここで命を差し出そうなどとは思っていない。俺にしか──ベータ時に最高到達点まで上り詰めた数少ないプレイヤーの1人である俺でなければ出来ない方法が、1つだけ思い浮かんだ。

 この状況をどうにかする、そのたった1つの方法を実行に移すか迷っていた俺に、キリトが小さく語りかけてくる。

 

「……ミツキ」

 

「…ああ」

 

 持つべきものはベータ仲間か。キリトと俺は思考が似通っているらしい。互いの考えを示し合わせた俺達は、一世一代の大博打に打って出た。

 

「うるさい!この(アマ)調子に乗りやがって──!」

 

 

「ック──ハハハッ」

 

 

 突如聞こえてきた笑い声。その主はキリトだ。横では俺も口元を押さえて笑いをこらえている。

 

「な、何笑ってんだよ!?」

 

「いや失礼。アンタらの言い合いがあまりにも低レベル過ぎてさ」

 

「全くだ。元ベータテスターってだけで、あんな素人共と一括りにされるのは心外だよ」

 

 呆然とするレイドメンバーをかき分けてシミター使い達の前に進み出た俺達は、全員に聞こえるように声のボリュームを上げる。

 

「考えてもみろ。SAOのベータテストに当選した1000人の内、本物のMMOゲーマーが何人いたと思う?殆どがレベリングのやり方も知らない初心者(ニュービー)だったよ」

 

「あれは酷かったな…アンタらの方が全然マシだよ。何でよりにもよってあんなのが当選したんだか……」

 

 侮蔑極まる俺達の物言いに、全員が言葉を失う。唯一俺達の肩を持とうとしてくれたエギルや共に戦ったアスナ、そして真っ向から立ち向かったアリスも、一体何を考えてるんだといった様子だ。

 

「俺達は、ベータテストの時に誰も到達できなかった層まで昇った。ボスのカタナスキルを知ってたのは、ずっと上の層でカタナを使うMobと散々戦ったからだ」

 

「他にも色々知ってるぜ?情報屋なんか問題にならないくらいにな」

 

「な…なんだよそれ、そんなのもうベータどころじゃねえ。もうチートだ、チーターじゃねえか!」

 

 集団の随所から、「そうだチーターだ!」「ベータのチーター!」といった声が湧き上がる。その中から、《ビーター》という単語が耳に入った。

 

「《ビーター》…いいなそれ──そうだ、俺達は《ビーター》だ。これからは元ベータテスター如きと一緒にしないでくれ」

 

 ──これでいい。

 

 これで、恐らく現在生存している元ベータテスターに対する認識は二分することだろう。

 即ち、《ただベータテストに参加しただけの素人上がり》と《正真正銘、情報を独占する汚いビーター》に。

 

 これによって、ミトやアルゴを始めとした元ベータテスター達の正体が露見したとしても、今ほど目の敵にされる事はないはず。今この瞬間から、俺とキリトは全プレイヤーからの恨みつらみを全て引き受けることにしたのだ。

 

 この場を収めた代償として、俺達は今後どこかのギルドやパーティーに加わる未来を絶たれたわけだが…どの道今度こそソロを貫くつもりだった──と言えば、半分嘘にはなる。

 白状すると、つい先ほどまで俺は、アリスとまたパーティーを組み直すか否かで揺れていたのだから。

 

 その踏ん切りがついたと思えば、多少は気持ちが楽になった。

 

「2層の転移門の有効化(アクティベート)はこっちでやっといてやる。付いてくるなら、初見のMobに殺される覚悟をしてこいよ」

 

 キリトはメニューウィンドウを開くと、装備フィギュアを操作して防具を交換する。簡素な革防具に代わって彼のアバターを包んだのは、漆黒のロングコートだった。

 

「やっぱりLAはお前か…あそこで俺も連撃技出しとけば、まだ分からなかったんだけどなぁ」

 

「文句言うなよ」

 

 そんな軽口を叩き合いながら、俺達はボスが座っていた玉座の裏にある扉を開く。奥には、第2層に繋がる長い階段が伸びていた。

 直前にチラと後ろを見てみると、エギルもアスナも俺達の意図を汲み取ってくれたようだ。そしてアリスも。どうせなら笑顔で別れたかったものだが、彼女にあのような顔をさせてしまったことに申し訳なさを感じる。

 

 決して軽くはない足取りで階段を上がる俺に向かって、キリトはおもむろに口を開いた。

 

「……付き合わせて悪かったな」

 

「こっちの台詞だ。どの道俺もカタナスキルにきっちり対応してたんだ、遅かれ早かれバレてたさ」

 

「…でも、アリスとはそれなりの間一緒にいたんだろ?」

 

「いいんだよ。彼女はもう立派にやっていける、アスナやエギルが力になってくれるはずだ」

 

 それにパーティーが組めないといっても、今後のボス戦には俺もキリトも参加するつもりだ。生きている限り、彼女達とはボス戦で顔を突き合わせるだろう。

 

 今生の別れというわけでもないし、あの3人にだけでも理解してもらえている。それで十分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて階段を上りきり、目の前に新たな扉が出現する。やや緊張の面持ちで押し開けた扉の向こうには、第2層の特徴であるテーブルマウンテンが広がっていた。少し離れたところには、2層の主街区《ウルバス》が見える。

 

 眼下のフィールドに続くテラス状の階段に腰を下ろした俺達は、しばし無言でその景色を眺めていた。

 

「久しぶりだな。この光景も」

 

「ああ、そうだ──な?」

 

 返事の最後がおかしな発音になったのは、背後から階段を駆け上がる足音が聞こえたからだ。

 

「綺麗な景色ね」

 

 そう言って現れたのは、風になびく髪を抑えたアスナだった。改めて見ると、彼女も彼女で超容姿端麗だ。そのうちアリス共々ファンクラブでもできるのではなかろうか。

 

「エギルさんから伝言、『次のボス戦も一緒にやろう』って。──あと、キバオウさんからも」

 

 意外な人物の名前が出てきたことに、俺達は一瞬耳を疑う。

 

 あの、攻略会議で散々ベータテスターを憎んでいたキバオウが?

 

 もしや「夜道は背中に気を付けなはれや」的な宣戦布告でもしてきたのかと思ったのだが、そうではなかったらしい。

 

「『今日は助けてもろたけど、やっぱりジブンらのことは認められん。ワイはワイのやり方で100層を目指す』…って」

 

 真面目さ故か、遊び心か、下手な関西弁の真似をしながら懸命にキバオウの伝言を再生したアスナに心の中で敬礼する。

 

 キリトはというと……思いっきり笑っていたところにアスナの鋭い視線を浴びせられ黙らされていた。

 

「……それはそうと、聞きたいことがあるんだけど。なんであなた達、私の名前知ってたの?名乗ってないわよね?」

 

「ああ……視界のこの辺に、自分とパーティーメンバーのHPが表示されてるだろ?その上に何か書いてないか?」

 

 視界のHPを見るのに顔ごと動かすという中々微笑ましいミスを経て、ぎこちない様子で視線を動かしたアスナは、彼女にだけ見える文字列を読み上げた。

 

「Ki…ri…to……キリト?これがあなたの名前?」

 

「ああ」

 

「じゃあ……あなたがミツキね?」

 

「そういうこと」

 

「フフッ……なんだ、こんなところにずっと書いてあったのね」

 

 小さく笑うアスナは、キリトの横に腰を下ろす。

 

「本当は、私もキリト(あなた)にお礼を言いに来たの。その…色々とお世話になったし」

 

「あ、ああ……そりゃどうも」

 

「あなたのお陰で、この世界で追いかける目標ができた。だから、私頑張る。頑張って生き残って、強くなる。目指す場所に行けるようにね」

 

「…そっか。キミならできるよ、きっとこれからどんどん強くなる。俺だけじゃなく、ミツキ先生からもお墨付きだ」

 

「なんだよ先生って…呼び名はともかく、キリトの言うとおりだ。俺も応援してる」

 

「……言いたかったのはそれだけ。じゃあ、私も戻るわ」

 

 そう言い残して1層に戻っていったアスナは、階段の直前で一瞬だけ立ち止まったが、何もなかったように階段を下りていく。

 怪訝に思った俺は階段付近を注視してみると、扉の陰から覗くあるものを見つけた。

 

「~~~ッ!そろそろ行くか」

 

「あー、悪いキリト。先行っててくれ」

 

 大きく伸びをしたキリトは不思議そうな顔をしていたが、何かを感じ取ってくれたのか、何も言わずに主街区へ向かって行った。

 

 そして、この場には俺だけ──いや、俺とあともう1人だけが残された。

 

「もう出てきたらどうだ───アリス?」

 

 扉の陰からおずおずと出てきたのは、バツの悪そうな顔をしたアリスだった。

 

「……い、いつから気づいていたのですか」

 

「アスナが帰ってったところ。その金髪の尻尾がチラチラ見えてたもんで」

 

 フィールドから室内に吹き込む風は、アリスではなく俺に味方をしたようだった。あの群青色のケープを着ていればそうもいかなかっただろうが、今では彼女の美しい髪を遮るものは何もない。

 

「……で、何か用があったんじゃないのか?」

 

「その……ごめんなさい」

 

「いや、なんで謝るんだよ」

 

「──私は、お前を助けることができませんでした。それどころか、また助けられた挙句にあんな……自分の無力さが情けない」

 

「全く……なんで俺の周りにいる奴らはこうも気にしいなんだ?気にするなと言っても聞かないし」

 

「当然です!──お前はキリトと共に、懸命に皆を守って戦ったではないですか!なのにあのような仕打ちはッ……酷すぎる」

 

 

「………アリス。少しだけ、ごめん───」

 

 

 声だけで分かる──今に涙の1粒でも零れ出しそうなアリスを、俺は少し迷った末に優しく抱きしめた。

 通常なら立派なハラスメント行為として牢獄送り案件だが、友達の少ない日陰者が精一杯の勇気を振り絞って泣きそうな女の子を励まそうとしているのだ。どうか目を瞑っていただきたい。

 

「別に誰かに褒められたいから戦ったわけじゃないのは、アリスもわかってるだろ。そりゃあ、正直あいつらには腹が立つ所もあるが……やっぱりそれは事実だ。俺達なりの償いなんだよ、これは」

 

「しかし──」

 

「──十分だ。エギルとアスナ、それにアリスがそう思ってくれるだけで、俺もキリトも十分救われてる。……ありがとう。アリスが助けてくれたとき、嬉しかった」

 

 最後に感謝の言葉を付け加えると、ひと思いに体を離す。至近距離にあるアリスの美しい碧眼には、もう涙は見られない。

 我ながらよくやった、ここが現実世界なら今頃背中は変な汗でじっとりと濡れているだろう。そんな自分に何かの賞でも進呈してやりたいくらいだ。

 

 そこからは、やや気まずい空気の中2人して2層の景色を眺めていたのだが、アリスが思い出したように口を開いた。

 

「そう、もう1つ謝らなければいけないことが──」

 

「またか……怒らないから、言ってみなさい」

 

 信用してはならない大人の言葉ランキング上位に入る台詞を口にした俺は、景色を見ていた目をアリスに向ける。

 

「その……戦いの中だったとはいえ、お前に貰ったケープを台無しにしてしまいました……」

 

「…………」

 

「……せ、せめて何か言いなさい。どのような苦言も、甘んじて受け入れる覚悟です」

 

「──プッ…クク……ッハハハハハハ!」

 

「なっ…!?笑えとは言っていません!人から貰った物は大切にするのが礼儀でしょう!何をそんなに……ッ」

 

「だ、だって…深刻そうな顔で何を言うかと思ったら……!」

 

 現実世界であれば絶対に腹筋が攣っているであろうレベルで大笑いする俺に、アリスは頬を膨らませている。その顔がまたあの高潔な女剣士のイメージとはかけ離れていて、一層笑いを誘う。

 

「くっ……!もういいです、謝った私が馬鹿でした!」

 

 そっぽを向いて早足で階段に向かうアリス。その背中に、俺はボソリとある言葉を投げかける。

 

「このアインクラッドに来て最初に組んだのが、アリスでよかった」

 

 そう言って俺が走り出した瞬間、視界の左上に表示されていたHPバーが3本消失する。恐らくキリトがパーティーを解散したのだろう。アリスもそれに気づいたはずだが、声をかけられる前に遠く離れる。

 

 多分、あれ以上会話をしていたら俺の決意が揺らいでいただろう。ここから晴れて《ビーター》としてソロの道を突き進むと決めたのだから、未練になるようなことはしない方がいい。

 

 俺からアリスに言いたかったことは、もう全て言ったのだから。

 




以上、第1層編完結です。
ここからはかつて躓いてしまったオリストを2話挟んだ後、74層へ向かいます。
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