ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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単眼の獣

 渋谷での戦いの翌日──キリトとアスナは学校を休んだ。

 朝方にキリトから送られてきたメッセージには、「アスナが少し調子悪いみたいだから病院に行ってくる」と記載されており、詳しい事が分かったら連絡する、とも言っていたが……

 

 果たして午後7時前──所謂「いつメン」のグループチャットにいくつかの文章が投下される。

 

 

 キリト

《病院で診て貰った結果、アスナがSAO時代の記憶を無くしてる事が分かった》

《原因は恐らくO.Sのボス戦だ。HPの全損がトリガーになってる》

《クラインもSAOでの記憶が朧げになってるらしい》

《直接的な脳の損傷こそ無いが、最悪、SAO以降の記憶も無くしてしまう危険性がゼロじゃない以上、皆もO.Sのボス戦には参加しない方がいい》

 

 

「SAOの記憶を……」

 

 個別チャットで詳細を尋ねると、どうやらアスナ以外にも同様の症例が見られているらしく、その全員がSAO生還者且つ、O.Sで旧SAOボスと戦っているらしい。

 

 

 キリト

《グループでも言ったけど、特にお前は絶対参加するなよ。万が一アリスとの記憶まで失ったら取り返しがつかないんだからな》

 

 ミツキ

《そういうお前こそ、これ以上深追いはするなよ。お前までアスナとの記憶を失ったら事だ。出来る限り傍にいてやれ》

 

 

 アプリを閉じ、ジッと天井を仰ぐ。

 アスナがSAOでの記憶を失った──言葉にするだけなら単なる物忘れの様に聞こえるが、事態はずっと深刻だ。何せ失った記憶の中には、キリトとユイとの家族での生活や、リズやミト、アリスとの思い出も含まれている。何より、今のアスナにとって何物にも代え難いキリトとの出会いの記憶まで消えてしまったのだ。

 それは即ち、「どうしてキリトを好きになったのか」という、愛の根幹を成すのに不可欠なピースが欠けてしまった事を意味する。

 

 毎日キリトと一緒に昼食を食べているのは、キリトの事が好きだから。

 キリトの為に毎日弁当を作ってきているのは、キリトの事が好きだから。

 普通の学校へ入学する道だってあったにも関わらず、何故帰還者学校を選んだのか──キリトの事が好きだから。

 

 では、キリトのどこが好きなのか?何故そこまで想い続けていられるのか?

 今のアスナはそれを明確な答えにすることが出来ない。

 

 このまま時間が経てば、アスナはいずれ自分自身の気持ちすら信じられなくなってしまう。常に自らの気持ちに疑問を抱きながら日々を過ごす事になってしまう。キリトへの想いを無理にでも信じようと、自らを傷つける事にもなりかねない。

 

 それは──それはとても、辛く苦しい事だ。

 断じて、彼女にそんな未来を歩ませるわけには行かない。

 

 俺は少し考えてから、再び携帯を起動。とある人物へ通話をかける。

 

「──俺だ。急で悪いんだが、折り入って頼みがある」

 

 通話の相手が問うてくる──それはアスナに関係のある事か?と。

 

「あぁ、そうだ。グループはもう見たな?キリトはああ言ってたが、十中八九1人で今夜のボス戦に参加するはずだ。アスナの記憶を取り戻す手がかりを探す為にな。だから……手伝ってやってくれ。現状、頼めるのが君しかいない。勿論、絶対に安全とは言い切れないが……」

 

 呆れたように小さく息をついた相手は、協力の条件を提示してきた。今度銀座でケーキを奢る事と、そして──

 

 

『──あなたも、ちゃんと無事でいなさいよね』

 

 

「……分かってる。頼んだぞ───シノン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午後8時──バイクを停めた俺が向かったのは、港区にある六本木ヒルズアリーナ。

 

 10層、11層、12層と続いたSAOボスの出現。ユイが作成した予測マップでは、次に13層のボスが現れるとされているのは東京ドームシティであり、恐らくキリトと、サポートを頼んだシノンはそちらへ向かっているはず。では何故俺はここへ来ているのかというと、少し気がかりなことがあったからだった。

 

 一昨日、クラインは代々木で行われた《ストームグリフィン》との戦いに参加していなかった。にも関わらず、彼もまたアスナ同様にSAOでの記憶を思い出せなくなっているという。

 もしキリトの言う通り、旧SAOボスとの戦いでHPを全損することが記憶障害を引き起こすトリガーとなっているのだとしたら、アスナがグリフィンと戦っている間にクライン達もボスに襲われた、ということになる。

 

 そして昨日の渋谷での戦いだ。12層ボスの《ハーミット》に続き、91層のボスまでもが登場してきた。あれは単なる偶然だったのだろうか?

 秋葉原での戦いでは《カガチ》1体のみ、暫定ではあるが代々木でもグリフィンのみだった。それがここに来て突然、一度に複数体のボスの出現が確認され始めている。

 東京ドームの方でもそうなる可能性がある以上、シノンには予め「複数のボスが出てきたら殴ってでもキリトと一緒に撤退しろ」と言い含めてあった。

 

 そこで、俺は第2の可能性を危惧して、マップにあった場所の1つであるここ六本木にやってきたというわけだ。即ち──

 

「(複数のポイントで同時にボスバトルが発生する可能性──まさかとは思うが)」

 

 SAO生還者の記憶のみがピンポイントに失われているというこの状況が、システムの不具合等、不幸な偶然から来るものだとは到底思えない。裏で何者かの思惑が働いていると見るのが妥当だ。

 犯人はもちろん、最終目的が何なのかさえ皆目見当もつかないが、取り敢えず「元SAOプレイヤーから当時の記憶を奪い取る事」が目的だと仮定した場合、時間が経つに連れて記憶の蒐集を効率化していく可能性は十分考えられた。

 

 杞憂で済めばそれに越したことはない。寧ろそうであって欲しかった所だが……

 

「……ちっ、ビンゴか」

 

 8時30分。O.Sの公式インフォメーションにて、本日の旧SAOボスとの戦いの舞台が公表される──その数、実に10箇所。中には今まさに俺がいる六本木ヒルズもあった。

 

 戦いが始まるまでの30分、何か出来ることはないかと思考を巡らせる。

 

 猶予時間の間に多少なりともプレイヤーは集まってしまう以上、ボスを俺1人だけで倒すというのは原理的に不可能だ。では訪れたプレイヤー達に記憶障害の件を伝えて、最低限SAO生還者だけでも戦いを止めるよう呼びかけるか?──いや、無理だ。向こうからすれば話が突拍子も無さ過ぎる。ポイントを独占する為の虚言と取られるのが関の山だろう。

 

「(なら、他のプレイヤーがやられないように俺が率先して前に出るしかないが……どのボスと戦うかも分からないからな……)」

 

 戦い方が単調なボスなら助かるが、懸念の1つとして14層のボスと戦わされる可能性がある。

 旧アインクラッド14層フロアボスだった鹿頭のケンタウロス《フォルス・ザ・セントールチーフテン》は、自身に高レベルのダメージカットバフを4重で付与しており、普通に攻撃した所で微々たるダメージしか入らない。それを剥がす為には、周囲に設置された4つのクリスタルを破壊せねばならないのだが……10分という制限時間内に倒そうとするなら、必ずチームプレイが求められるのだ。

 時間経過で復活するクリスタルを破壊するチームと、ボス本体を叩くチーム、どちらがより多くのポイントを入手出来るかは考えるまでもない。序盤はまだしも、ある程度HPが削れてくれば、誰もがLAによるボーナスポイントを狙ってボス本体へ向かう事だろう。そんな状況下では、数人はゲームオーバーになってもおかしくない。

 

「頼むからせめて14層は止めてくれよ……」

 

「──そんなに厄介だったの?14層ボスって」

 

「ああ、統率が取れない状況だと特に──って……え?」

 

 ふと聞こえた声に横を向けば、そこには見知った顔があった。

 紫がかった長い髪をポニーテールにし、黒いレザージャケットにジーンズというラフな出で立ち、そして耳には俺と同じくオーグマーを装着した少女──

 

「──ミト……!?お前、何でここに」

 

「ちょっと名前……まぁいいわ──O.Sのボス戦、ここでもやるって見たから。ウチからそんなに遠くない場所だったし、それに……VRゲームに復帰するリハビリにもなるかなって」

 

「あ、あぁ、なる程……って、そうじゃない──じゃあつまり、ミトも旧SAOボスと戦いに来たって事でいいんだな?」

 

「ええ。と言っても、私が戦ってた頃のボスはもう終わっちゃったみたいだけどね。でも、ミツキがいるなら運が良かったわ。出てきたボスの情報──」

 

「──悪いがそれは出来ない。ミト、君は戦うな」

 

「はぁ?いきなり何よ、戦うなってどういう事?」

 

「言葉通りの意味だ。旧SAOボスとは戦うな」

 

「それだけで納得出来ないわよ……何か理由があるなら教えて」

 

「……分かった」

 

 俺はミトに、現在旧SAOボスとの戦いでゲームオーバーになったSAO生還者達が、当時の記憶を失っている事を掻い摘んで話した。事と次第では、帰還後の記憶にも影響を及ぼす可能性がゼロではない事も。

 

「なる程……確かに、偶然って言うには出来過ぎてるわね。運営に問合わせ──って、そんな事してもシラを切られて終わりか」

 

「何分、証拠らしい証拠も無いからな。第三者の仕業って線も捨てきれないし──そういう訳だから、君は戦うな。せめて見るだけにしてくれ。もし君の記憶が無くなったら、アスナが悲しむ」

 

 尚、既にアスナが被害に遭っている旨は伝えていない。もし彼女までキリトのように「アスナの記憶を取り戻す」と言い出されても困る。

 

「……状況は理解したわ。で、そんな危険な戦いに自分だけ参加しようってわけ?」

 

「それは……こっちにも事情があるんだよ」

 

「事情、ね──差し詰め、奪われた記憶を取り戻す、ってとこかしら」

 

 カマを掛けられているのかと思ったが、どうやら違ったらしい。

 ゲームオーバーと同時にプレイヤーの記憶が奪われるという尋常ならざる現象が公になっていない中で、どうやってその情報を知ることが出来たのかと考えた結果、既に俺の周囲で被害者が出ているのだろう、と、あの少ない情報から推理したようだ。頭のキレは相変わらず、という事か。

 

「……どうにかしたいって気持ちは察するけど、あなたまで記憶を失うリスクを負う必要はあるの?警察とか、そういう人達に任せるべきなんじゃない?」

 

「尤もな意見だが、警察機関を動かすなら確たる証拠が必要だ。今の状態で頼んだ所で、まともに調査も出来ないだろう。公権力のしがらみってやつだ」

 

「何でそんな事……あなた、一体今までどこで何を──」

 

 不意に、話してる間にも続々と集まってきていたらしい周囲のプレイヤー達がざわめき始める──どうやら時間のようだ。

 

「……とにかく、絶対戦うなよ!いいな──!?」

 

 最後にしっかりと念押ししてから、俺もまたO.Sを起動して戦場へ走った。

 

 都内屈指の高層オフィスビルが、物々しい外観へ塗り替えられていく。

 主戦場となるアリーナの中心で輝く赤い出現エフェクトの中から姿を現したのは、無数の木の根が繊維のように寄り集まって形成される巨大な体躯の人型モンスター。剥き出された鋭い牙と、顔の中心で不気味に輝く大きな緑色の単眼が特徴的なこのボスの名は──旧アインクラッド第20層フロアボス《ザ・ワンアイド・ビースト》。

 

「14層じゃなかったのは幸いだが……一気に20層とはな……!」

 

 塗り替えられたアリーナのステージ上でドローンが輝き──光の中から、ユナが姿を現す。

 

 

『さぁ戦闘開始だよ!皆頑張って!──ミュージックスタート!』

 

 

 奏でられるユナの歌声を受け、この場にいる全プレイヤー達にステータス上昇のバフが付与。加えて、システム的なものとは別に士気がアップする。

 

 タイマーがスタートすると同時に、単眼の獣は獰猛な雄叫びをあげながら武器である禍々しい棍棒を構えて突っ込んでくる。1番近くにいたプレイヤーへ接近した瞬間──

 

「早く避けろッ──!」

 

 俺はそのプレイヤーを半ば突き飛ばすようにして奴の正面から退避させた。次の瞬間、ほぼノーモーションから横薙ぎの一撃が繰り出される。

 

「ッ──今の横薙ぎは予備動作が無い!それ以外は全部範囲技だ!タンクは前に出て引き付けろッ!盾で受けずに極力回避!銃持ちとアタッカーは巻き込まれないよう後ろから叩けッ!」

 

 ボスの攻撃を回避し、攻撃パターンをSAO当時の記憶と照らし合わせながら、矢継ぎ早に周囲のプレイヤー達へ指示を飛ばす。しかし即座に反応出来たのはごく一部のみで、恐らくボス戦初参加と思しきプレイヤーは戸惑いの表情を浮かべていたり、俺が急に仕切りだした事へ不満を抱いている様子だった。だがもうそんなことを気にしてられる状況ではない。犠牲者を出さない為にも、今は一刻も早くコイツを倒さなければ……!

 

 そんな戸惑うプレイヤーが複数密集している地点を睨んだ筋骨隆々の単眼獣は、足を撓ませてジャンプ。着地と同時に、握り締めた拳で地面を叩いた。

 衝撃と共に黒い波動が広がり、直撃を受けた者はもちろん、その周辺にいた者達もまとめてダメージを受ける。カバーしようと銃持ちのプレイヤー達が背後から集中砲火を浴びせるも、鬱陶しげに振り返った単眼獣は棍棒の先端を差し向けた。

 

「ッ……遠距離攻撃だ!散開ッ!」

 

 直後、棍棒から禍々しい波動弾が撃ち出される。一直線に進む波動弾は着弾地点で爆発し、またも数人を巻き込んだ。そして──

 

「ひッ……ぅ、あああああああ──ッ!」

 

 逃げ遅れた1人の男性プレイヤーが直撃を受けHPを全損してしまったらしく、恐怖の声を上げながら武装解除される。あの怯えようを見るに、彼もまたSAO生還者だったのだろう。そしてゲームオーバーと同時にあの世界での記憶を奪い取られた……戦いから締め出された途端、男はガクリと力無く項垂れてしまった。

 

「くそ……ッ!」

 

 出来る事なら俺が前衛に出たいが、当時実際にボスと戦って攻撃パターンを把握しているのは恐らく俺だけ。逐次指示を飛ばしながら1人で前線を支えるのは流石に無理だ。かと言って、他のプレイヤーを見捨てるような真似も出来ない。せめて、あと1人──自己判断で戦闘を行える者がいなくては……!

 

 この状況をどうにか打開する方法を考える──そのせいで、反応が一瞬遅れた。

 

「しまっ──」

 

 ワンアイド・ビーストが棍棒を高々と振りかざす──明確な予備動作のある物理攻撃は全て範囲技だ。しかもこのモーションは前方を広く巻き込む攻撃、盾を持たない俺では直撃を喰らえば即死必至だろう。

 

 しかし──

 

 

「やぁッ──!」

 

 

 単眼獣の必殺の一撃は、振り下ろされる直前で大きく弾き上げられた。呆然とする俺の前に立っているのは、1人の女性プレイヤー ──白と紫を基調としたバトルスーツに、身の丈程もある大型の鎌を振り抜くミトだった。

 

 攻撃を中断されたことでビーストはノックバック。そこへすかさず銃による集中砲火が浴びせられる。

 

「──ボーッとし過ぎ。あなた、アリスがいないとこんな感じなのね」

 

「……出てくるなって言っただろ」

 

「そうするつもりだったわよ。でも……私はもう、危険な目に遭う友達を見捨てるような真似はしたくないの。あんな話を聞かされちゃ尚更ね──言っとくけど、あなたがヘマをしたせいで私を巻き込んだ、なんて思う必要は無いわよ。元々戦う予定ではあったんだし、私にだってメリットはあるもの」

 

 かつて彼女は言っていた──「またVRゲームを遊びたい気持ちはある」と。

 その気持ちに嘘はないのだろう。しかし人間、抱く気持ちとは1つばかりではない。またSAOのような事が起こるのではないか、またあの時と同じ過ちを繰り返してしまうのではないか……相反しながらも存在しているそんな気持ちが、1年間ずっと彼女に二の足を踏ませてきた。

 仮想(VR)現実(AR)という違いこそあれ、SAOのボスと対峙するのはミトにとっても勇気の要る事だったはずだ。しかし彼女はこうして今、再び武器を取り俺の前に立っている。同じ過ちを繰り返すまいと、過去の自分を乗り越えようとしている。

 

 ならば、それを止めるのは無粋というものだ。

 

「──なら、リハビリついでに手伝ってくれ。恥ずかしながら、ARでの戦闘は不慣れでな」

 

「だと思ったわ── 一応全部見てたけど、改めてボスの情報は?」

 

「今は物理主体のモードだ。棍棒を使ったノーモーション横振り以外は全部範囲攻撃。さっき弾いた大きく振りかぶってからの一撃は前方を特に広く巻き込むから注意してくれ。HP半減で強制デバフ付与の咆哮と共にモーション変化が起こる。そこからは背後までカバーした全方位攻撃を混ぜてくるから、攻撃は原則全回避推奨だ」

 

「遠近隙の無いタイプか……しかもデバフ完備、徹底してるわね」

 

「これ以上脱落者が出る前に、出来る限り早く倒したい。いけそうか?」

 

 ミトは鎌をクルリと回し、ひとつ深呼吸する。

 

「──任せて。幸いここはリアルだしね、アリスの半分位は役立ってみせるわ」

 

「そいつは頼もしい──ならこっちは、全力で君を守らせてもらう」

 

 残り時間は5分。しつこく浴びせ続けた集中砲火が功を奏したのか、ボスのHPは残り6割を切っていた。もうすぐパターン変化が起こるタイミングだ。

 

「──そのまま撃ち続けろ!HPが半分を切ったら咆哮が来る!強制的に防御力を下げられるから、タンクじゃない奴は近付き過ぎるなよッ!」

 

 ミトを伴い走りながら、パターン変化の事を周囲に伝える。戦闘に復帰した俺達を、ビーストは棍棒のひと振りで迎え入れた。大きく身を屈めて回避した俺達は、そのまま身を翻しざまに槍と鎌を斬り上げる。

 

 どうやらいい所に入ったらしく、ビーストのHPが一気に5割弱まで減少。パターン変化に備え、前衛を務めていたプレイヤー達は挙って距離を取った。

 

 

「グルォアアアアアアア──ッ!!」

 

 

 単眼を一際強く輝かせたビーストは、咆哮と共に黒い波動を周囲へ撒き散らす。盾や武器による防御を透過して命中した波動は、戦闘に参加しているプレイヤー全員の防御力を大幅に低下させた。

 この状態ではタンクプレイヤーだろうと、あの剛腕から放たれる一撃を易々と受けきることが出来ない。ガード越しにもごっそりHPを持っていかれる。

 

 玉砕覚悟でゴリ押しが出来なかったSAO当時は、初見だったこともあってここからダメージペースがかなり落ち込んだものだが、事前に攻撃パターンを把握している俺の指示と、それを一度で頭に叩き込んで的確に動くミトの判断力が合わさり、着実にボスのHPは減少していく。

 

 アスナ同様、リアルではかなり運動神経がいいのだろう。ミトは初めて戦うとは思えない見事な動きでビーストの攻撃を全て回避しつつ、巧みに操る鎌のリーチを活かして攻撃を加えていく。

 気付けば、俺とミトの攻撃がメインのダメージソースとなっており、他は遠距離からの銃撃による援護のみとなっていた。

 

「あと2割──ッ!」

 

 大振りの叩きつけ直後の隙に、ミトが攻撃を仕掛ける。大鎌ソードスキル基本技《モーアー》を彷彿とさせる横薙ぎの一撃を繰り出す彼女を、ビーストの単眼がギョロリと睨んだ。

 

「ミトッ──!」

 

 俺の声を受け、ミトは直前で鎌の軌道を変更。振り向きざまに繰り出されたノーモーションからの棍棒攻撃を相殺した。

 

「ミツキ、スイッチ──!」

 

 ミトが口を開いた瞬間、俺は槍を構えて走っていた。ガラ空きになった奴の腹へ深々と槍を突き入れ、そのまま体を前後反転させて刺さった槍を肩に担ぐような姿勢を取る。

 

「は…あああああぁぁぁ──ッ!」

 

 全力の気勢と共に、担いだ槍を後ろから前へ一気に振り抜く。突き立てられていた穂先がビーストの胴を斬り進み、腹から喉元にかけてを一直線に斬り開いた──!

 

 暫しの沈黙の後、ビーストの手から棍棒が転がり落ちる。

 漆黒の単眼獣は、その体を無数のポリゴン片──ではなく、無数の小さな粒子と変えて弾け飛び、一瞬の間を置いて虚空の中へ収束、消えていった。

 

 勝利を告げるファンファーレが鳴り響き、戦いに参加していたプレイヤーは皆一様に歓喜の声を上げる。大量のボーナスポイントが加算されていくのを他所に、前回のような乱入が起きないことを確認した俺は、息も絶え絶えながら残心を解いた。

 

 

『皆おめでとう!ポイントはサービスしといたよ!それで、今日のMVPは──』

 

 

 プレイヤーの健闘を讃えるユナは、フワリとした動きでステージから降りてくると、立ち上がったばかりの俺の傍に着地する。そして──

 

『今日のご褒美はあなたね、おめでとう!』

 

 そんな言葉と共に、俺の頬へ軽く口づけた。

 

「……へ?」

 

「な……!?」

 

 一瞬何が起きたのか分からずに間抜けな声を零す俺と、それを見てギョッとするミト。周辺のプレイヤー達も似たような反応だが、大部分はミトと胸中を同じくしているようだった。

 

『ふふっ、じゃあね──!』

 

 悪戯っぽい笑みと共にウィンクを残して姿を消したユナ。MVP報酬の更なる追加ポイントが加算されていくのも他所に、ポカンとしていた俺はミトに肩を小突かれる。

 

「いつまで惚けてるつもり?──アリスが見たら怒るわよ」

 

「べ、別に惚けては……!普通驚くだろ急にあんな……!」

 

「はいはい。良かったわね、人気アイドルにチューしてもらえて」

 

「いや、だから──って、どうした?」

 

 ふと、ミトがどこか明後日の方向をじっと見ているのに気が付く。視線が向いているのは、つい先程ユナが消えていった場所だ。

 

「……いいえ、何でもない……ま、何はともあれ──お疲れ様、ミツキ」

 

「あ、ああ……こっちこそ助かった。ありがとう、ミト」

 

 ゲームオーバーが1人出てしまった以上、完全勝利とはいかなかったが、ミトの救援があったお陰であれ以上の被害者を出さずに済んだ。

 ……今後もこの件に関して調べるなら、1人でも戦えるようもっと体力を付けるべきか。ソロないしコンビ、見知った間柄での共闘ならまだしも、初対面の大勢が相手となると俺には少々荷が重い。そういうのはアスナやアリスの領分だ。

 

「ミトの家、どの辺だ?バイクでよければ近くまで送る」

 

「南麻布だけど……あなたバイクなんか乗ってたのね。ちょっと意外」

 

「エギルの伝手で、去年な。……まぁ、そう遠くない内に乗り換えなきゃいけないのは確定なんだが」

 

 話しながら移動した駐輪場で我が愛車を目にしたミトは、その言葉の意味を察する。

 

「まぁでも良いんじゃない。環境問題云々は置いといて、私は嫌いじゃないわよ、ガソリン車。個人的にはもう少しゴツイ方が好みだけど」

 

「そりゃ何より──乗り方、分かるか?」

 

「答えはノー。教えてくれる?」

 

 リアに装着したサイドケースから2つ目のヘルメットを取り出し、ミトに渡す。

 そのままヘルメットを被ろうとした所で、流石にポニーテールのままだと入らないという事に気づいたミトは、結んでいた髪を解く──アスナよりも少し長い髪が、春の夜風にふわりと舞った。髪をジャケットの中に仕舞い、改めてヘルメットを被ったミトは、どこか緊張を滲ませた表情でタンデムステップに足を掛ける。

 

「……これ、大丈夫よね?折れたりしない?」

 

「これまでも何度か人乗せてるけど、折れた事はないな。まぁ、流石に許容体重はあるだろうが──痛ッで!?」

 

 不意に後ろから脇腹を思い切り抓られた。

 

「あなた、デリカシーって言葉知ってるかしら……!?」

 

「べ……別にミトが重いとか言いたかったわけじゃ──い゛ッ……すみませんでした。その、強度の心配は要りませんので、どうぞお乗りください」

 

 フンと鼻を鳴らしてから、ミトは軽く勢いをつけてリアシートに跨る。去年、学校帰りのシノンを乗せた時には無かったサイドケースが座面を擬似的に拡張している他、クッションも付けた為、多少は乗り心地が良くなっているはずだ。

 

「肩でも腰でもいいからしっかり捕まっといてくれ。怖かったら膝でも俺の腰を挟んどくと大分違うと思う」

 

「こ、こう……?」

 

「ん、そんな感じ──あー……他に何かあるか?」

 

「……一応、最初は少しゆっくり目でお願い。あ、それと──名前!さっきはゲーム中だったから何も言わなかったけど、ちゃんと使い分けなさいよ。翠月」

 

「はいはい。仰せのままに──そんじゃ行きますよ、深澄お嬢様」

 

 バイク未経験のミトもとい深澄を後ろに乗せ、我が愛車は彼女の自宅付近目指してゆっくりと走り出すのだった。

 




ミツ&ミトの相手はSAOIFよりワンアイド・ビースト。
ストーリーでは専用アイテムで防御力を底上げしないとまともに攻撃を受けられないくらいムキムキなボスとして描かれてましたね。それが無い+ソードスキルも無しな事を考えれば、OSのビーストは相対的にかなり強くなってると言えるかもしれません。

因みに、ミツキがバイクにヘルメット収納用のサイドケース(バッグって言った方がいいですかね)をつけた理由は利便性もそうですが、以前、出先でシノンと鉢合わせた帰りに、「乗せていって欲しい」と言われたものの「ヘルメット無いからダメ」と言ったら露骨に残念そうな顔をされたのが原因だったりします。クッションに関してはシノンではなく、直葉を乗せた時にお尻が痛いと言われたのが原因。
そして律儀にバイクに手を加えている1番の理由は…勿論、お分かりですね。
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