ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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主題歌:PENGUIN RESEARCH「HATENA」


弱さの正体

 4月29日──東京都の新国立競技場には、多くの人々が詰めかけていた。

 いかに祝日といえど、平日にこれだけの人が集まっている理由はただ1つ──大人気ARアイドル《ユナ》の記念すべき1stライブである。

 

「──それにしても本当に凄いわね。ユナの人気って」

 

「そりゃあそうですよ!見た目の可愛さもさる事ながら、やっぱり歌が──ケホッ、ケホ……うぅ、まだ少し喉が……」

 

「前日にハッスルし過ぎよ。予習とか言って、結局最後は楽しんで歌いまくってたじゃない──ほらのど飴、舐めときなさい」

 

「昨日はありがとね。シリカちゃん」

 

「あ、いえいえ!アスナさんも楽しんでもらえて良かったです!今日は昨日の比じゃないくらい楽しいですよきっと!」

 

「うん!」

 

 そう言ってスタンド席に腰を下ろすアスナ達。帰還者学校生徒は全員オーグマーの配布と同時にライブへ無料招待されており、シノンとエギルはO.Sの登録キャンペーンで参加チケットを2枚ずつ入手していた。すると必然的に2枚、チケットが余る事になるのだが……

 

「……にしてもアイツ等、残念だったなァ」

 

 そう呟くエギルに、皆うんうんと同意を示す──宙に浮いた2枚のチケットは本来、直葉とクラインに渡るはずだったのだが……片や剣道部の合宿、片や例のトラブルによる入院と、各々の理由で参加は叶わなかったのだ。どちらもユナの大ファンという事もあり、心の底から悔やまれる。

 

 雑談を交えながら開演までの時間を待っていると、空いていたアスナの隣の席が埋まる。

 

「──いや悪い、遅くなった。思ったよりトイレが混んでてさ」

 

「キリト君──あれ、ミツキ君は一緒じゃないの?」

 

「あ、ああ……別のとこ探すって言って、途中で別れたんだ。もしかしたら、今頃ハズレ引いて困ってるかもな」

 

 そう言いながら肩に掛けていたバッグを下ろすキリト──その瞳に微かな緊張感が見え隠れしている事には、幸いと言うべきか、誰も気付く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同刻、同会場地下駐車場──エレベーターを降りた俺は、出口前に誰かが佇んでいるのを見つける。

 

「──てっきり《黒の剣士》さんと2人で来ると思っていましたが……あなた1人ですか」

 

「期待に添えず悪かったな」

 

「まぁいいでしょう。それより──()()()()()()()()、ご説明願いましょうか」

 

 俺はポケットから例のデバイスを取り出し、エイジに投げ渡す。

 

「あなたには《黒の剣士》を倒してくるようお願いしたはずです。まさか……デバイスの故障、なんて子供じみた言い訳をするつもりじゃないでしょうね?」

 

「言いつけ通り戦ったさ。O.Sの外でな──」

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、昨晩──

 

「キリト、俺と戦え」

 

「は……?何だよ急に」

 

「格好を見れば分かる。奴と戦うつもりだろ」

 

「……ああそうだ。アイツを倒して、アスナの記憶を取り戻す──どんな目的があろうと、人の記憶を無理やり奪うなんて間違ってる」

 

「……そうだな。ああ、それが普通。それが当たり前の考えだ」

 

「ミツキ……?」

 

 キリトの横を通り過ぎ、きちんと一礼してから道場へ足を踏み入れる。隅にある竹刀の入った籠の中から、1つだけ異彩を放っていた1本を抜き出した。

 一般的な竹刀というには長く、鍔を持っていない──去年、桐ヶ谷家にお邪魔した際、直葉の提案でわざわざ用意してくれた稽古用の薙刀だ。

 

「お前を奴と戦わせるわけにはいかない──ルールは1本先取。俺が勝てば、明日は俺がエイジと戦う」

 

「……お前の事だ、何か考えあっての事なんだろうが──理由は、教えて貰えないんだな?」

 

「………」

 

「……そうか。分かった──けど生憎、俺もアスナの記憶が掛かってる以上、大人しく負けてやるわけにはいかないんでな。手加減無しで行かせてもらうぜ」

 

 キリトもまた壁に立てかけていた竹刀を手に取り、道場の真ん中で向かい合った。双方構え、間合いと仕掛けるタイミングを計る。

 

 

「「──ッ!」」

 

 

 床を蹴ったタイミングは、全く同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──…理解しかねますね。《姫騎士》に会いたくないんですか?あなたの彼女への想いは、所詮その程度だったということですか」

 

「耳が痛いな──そりゃ会いたいさ。その為なら何を犠牲にしてでも……そう思っていた」

 

「……彼女より大事なものが出来たというわけですか。随分と呆気ないものですね」

 

「違う、増えたんだよ。アリスと同じくらい大事なものが、沢山増えたんだ──お前目線じゃどうか分からないがな、俺は本に書かれてるような大層な英雄じゃない。臆病で、弱っちぃクセして欲張りな、ただの人間なんだ。欲張りだから……もう何も手放したくないんだよ」

 

「……それは矛盾というものです。現にあなたは《姫騎士》を手放そうとしている」

 

「……いいや。手放す気なんか更々無い」

 

 俺の言葉に、エイジは怪訝な表情をする。何を言っているのか本気で理解出来ない、といった様子だ。

 

「まさか……『彼女は心の中で生きている』『彼女はそんな事を望んでいない』なんて言うつもりじゃないでしょうね。そんな綺麗事を本気で信じているとでも言うんですか……ッ」

 

「……死んだ奴の代弁者を気取るつもりはない。……でも何でだろうな。今回ばかりはハッキリ断言出来るんだ──誰かの記憶を犠牲にして蘇った事を知ったら、きっとアリスは怒って、悲しむんだろうな──ってさ。少なくとも、喜んでる姿は想像出来なかった」

 

「ッ……だから、諦めろと……?」

 

 小さく顔を俯けるエイジの手が固く、固く握り締められ、小さく震える──ここからが正念場だ。

 

「勘違いするな──どんな形でもいい、嫌われたって、恨まれたっていい。それでもとにかく生きていてさえくれれば──そう思う気持ちは俺も分かるよ、痛い程な」

 

 エイジとて考えなかった筈がない。こんな方法で悠那を蘇らせたとて、それで彼女が喜ぶのかと。彼女はそんな事を望まないのではないかと。それでも──それでももう一度彼女に会いたい、生きていて欲しいと願ったエイジの気持ちは、誰であろうと否定出来るものではない。ましてやそれが「間違いだ」等とは俺が言わせない。出来るとするならそれは、死に別れた当人達だけなのだ。

 

 失ったのは自分だけじゃない?──それがどうした。

 

 皆だって頑張って生きている?──だからどうした。何だと言うんだ。

 

 周囲が我慢していたら、自分も我慢しなくてはならないのか?辛さと後悔で胸が張り裂けそうになるこの気持ちを、願いを、じっと胸の中に仕舞って、時と共に風化させろというのか?

 

 喪っていない者に何が分かる。

 

 救いのあった者に何が分かる。

 

 救いなんて訪れない自分の何が分かるッ!

 

 喪った大事な人にまた逢いたいと思うのが間違いだと言うのか?

 

 方法が間違っている?ならば教えろ、正しい方法とは何だ?

 

 否定するだけ否定して「正しさ」なんて何も提示できないくせに!

 

 彼もまた俺と同じだ。俺と同じで──みっともなく、終わらせる事を拒んだ者なのだ。

 だから悠那は俺に、「正しさ」を以て彼を否定するのではなく、救ってくれと頼んできた。

 

「──けど、生き返らせてその後は放ったらかしなんて無責任は絶対ダメだろ。……生きる以上は笑顔でいて欲しい。そう思うのはお前だって同じ筈だ」

 

 そうだ。俺があの世界で戦った理由──俺が何に代えても守りたい、1番大事なものは……彼女の、アリスの笑顔だった。

 仮にアリスがもうこの世界に存在しないとして──いかなる手段で蘇らせる事が出来たとしても。その先に、俺が心を奪われたあの眩しい笑顔が無ければ意味が無いのだ。彼女が心から笑えない未来に価値など無い。

 

 アリスの笑顔を守る為に、俺はキリトやアスナ達の事を守る。彼女にとって無二の親友であったアスナの記憶を取り戻す──その為ならば、俺は折れずに戦える。

 

「感謝するよ、エイジ。俺は……今まで生きてきて初めて、自分が弱くて良かったと思えた。初めて自分の弱さを肯定することが出来た。お陰で『何忘れてんだよ』ってくらい大事なことも思い出せた」

 

「《裂槍》……あなたは……ッ!」

 

「理解出来てないならもっと分かりやすく言ってやる──俺はお前達の計画を、そこにかける想いを否定しない。だがそれが成就することで俺の大事なものが失われる以上、黙ってるわけにも行かないんだ。要は──気に入らねぇからぶっ潰す!お前もその気で来いよ、()()()()()ッ!!」

 

「ッ……今の俺はエイジだッ──!!」

 

 エイジは持っていた本を投げ捨て、両者共にコントローラーを握り締める。

 

 

「「《オーディナル・スケール》──起動ッ!!」」

 

 

 システムによって装いが塗り替えられ、各々の手に剣と槍が出現する。振りかぶった俺と奴の拳が、勢いよく打ち合わされた。

 

「っゥ……!」

 

 武器を握る手にビリビリとした痺れと、鈍い痛みが込み上げる。

 O.Sで俺達が振るう武器は、見かけ上では実体を持っているが、実際はコントローラーを軸として投影されたものに過ぎない。即ち、仮想世界での戦いと違って武器同士を打ち合わせて鍔競り合う、という事が出来ない。よって敵の攻撃を凌ぐ方法は2つ──避けるか、或いは武器を握る相手の手元を押さえるか。そう、理解してはいるのだが……

 

「はぁッ──!」

 

「ぐッ──!」

 

 エイジの攻撃はどれも威力が高かった。システム的な攻撃力という話ではない。シンプルに腕力が凄まじいのだ。当然速度もバカみたいに速く、避けるのも一苦労だ。外見的には俺と大差無い細身の体だというのに、一体どこからこれ程の力が出ているというのか……ッ!

 加えて、こちらの攻撃はまともに当たらない。攻撃を防いだ返しに繰り出した槍は、まるで予測していたかのようにドンピシャのタイミングで避けられてしまう。拳を打ち合わせる度にあちらもHPが多少なりとも減ってはいるはずだが、有効打が入らない以上、早くもダメージレースに差がつき始めていた。

 

 だが……だからといってやられてばかりではいられない。諦めるなど以ての外だ。

 思い出せ──バカみたいに高い攻撃力、異常な程の回避性能。2年間、文字通りのバケモノ共と何度も何度も()り合って来たではないか。

 確かにモンスター戦と対人戦では勝手が変わる。しかし共通していることだってある──戦いながら相手を観察し、突破口を見極め、勝機を逃さない事──ッ!

 

 俺は全神経を集中させ、次々繰り出されるエイジの攻撃を避け、受け止め、必死に捌いていく。

 

 バトルスーツの随所で光るネオンの尾を引きながら、駐車場の壁や柱を足場にして飛びかかるという人間離れした三次元的挙動を寸での所で回避。しかし奴の剣が胸を浅く捉え、HPがまた少し削れた。

 

「(──突進の勢いまでは殺せない。軌道変更も足場が必要……!)」

 

 人間離れした相手が敵なら、その中から少しでも「人間に近い」部分を探し出す。物理法則すら無視するようなモンスターには勝てないだろうが、同じ人間の範疇であればまだ付け入る隙はある。

 

「所詮、あなたや《黒の剣士》のような英雄に僕達の気持ちなんて理解出来ないんだッ!かけがえのないものを喪って、二度と戻ってこない悲しみは──ッ!!」

 

 突っ込んでくるエイジを牽制する目的で振るった槍は、容易く手元を止められて深々と一撃を食らってしまう。

 

「(どこを見てた!?こっちの動きに合わせて反応した様子は──まさか本当に予測を……!?)」

 

 奴のバックにはオーグマー開発者である重村教授がついている。この小さなARデバイスに記憶スキャンなどという大それた機能を秘密裏に仕込めるような人物だ。であれば、直属の部下といっていいエイジのオーグマーには行動予測AIのようなものが搭載されていても不思議ではない……ッ!

 

「お前達はいいじゃないかッ!これからも仲間や友達と日常を過ごせるんだッ!でも僕達にはそれすら許されないッ!あの時、あの瞬間に何もかもが終わったんだ──ッ!!」

 

 振り下ろされた剣を受け止めるが、空いた片手で逆にその手を掴まれて、尋常ならざる膂力で投げ飛ばされる──せめてもの抵抗として無造作に振った槍の穂先が、エイジの横腹を浅く傷つけた。

 

「が……ッ!」

 

 壁に叩きつけられ、肺から空気が追い出される。満足に呼吸を整える暇も与えてはくれず、俺は荒い息をつきながらエイジの追撃を躱した。

 

 

「だからッ──SAOなんてクソゲーの記憶くらい、無くったっていいじゃないかァ──ッ!!」

 

 

 柱を利用した突進攻撃──軌道は直線的。回避はもちろん、まともな防御は間に合わない。

 

 ならば──!

 

 俺は槍を左手に持ち替えると、襲い来るエイジの剣──それを握る拳に、空いた右の拳を真っ向から重ねる。

 先も言った通り、O.Sでは武器同士で鍔競り合う事は出来ない。よって俺の十八番であるカウンターも使えない──かに思われたが。

 

「(やれるはずだ!少なくとも理論上は──!)」

 

 ぶつかり合う2つの拳。あれだけ派手に動いて尚、エイジの力は微塵も消耗を感じさせず、俺の貧相な拳を力任せに押し退けようとしてくる。

 ビリビリと衝撃が腕を駆け抜ける。しかし腕に込めた力は緩めず、腕を曲げて衝撃を逃がすこともしない。このままでは恐らく肩を脱臼することだろう。

 

 軋む骨が悲鳴を上げる。これ以上はマズいと警報を鳴らす。

 

「(それが、どうしたッ……!)」

 

 (オマエ)は……曲がりなりにも英雄だろう!ならばッ──

 

 

 

 無 茶 の 1 つ 程 度 、通 し て 見 せ ろ ッ ッ ッ ! ! !

 

 

 

 内なる声に応えるように、視界が眩くスパークした。

 

 世界から色が抜けていく。音が消えていく。見えるものすらも、睨んだただ一点を除いて霞に消える。全ては今、自分にできる全力を以て、この一瞬を掴み取る為に──ッ!!!

 

 引き伸ばされる時間の中、俺は腕を駆け抜ける衝撃に意識を集中させた。右腕以外の関節を極限まで柔らかく使い、衝撃を腕から肩、更に胴体へ移動させる。

 

「く…ォ──ッ!」

 

 刹那──エイジの攻撃を受け止めた右腕は、俺の腰を軸としたシーソーの要領で僅かに後退。それと全く同時に、左手の槍が鋭く突き出される。実体を持たない幻の刃が、エイジの脇腹を真横から貫いていた。

 

「な──に、が……ッ!?」

 

 攻撃の軌道を予測できたとて、それに反応出来るかどうかは別問題。その点エイジの反応速度も十分ではあったが……流石に攻撃を受けた瞬間、意識外からのカウンターなら反応出来まいと踏んでの行動だった。

 元より刺し違えるリスクは覚悟の上、一歩間違えれば敗北だけではなく大怪我まで負う危険な試みではあったが……図らずも英雄と呼ばれた者として、その程度のリスクに尻込みはしていられない。我ながら無謀と言えるチャレンジ精神に、俺の肉体は応えてくれた。

 

 エイジの武装が解除され、彼は互いに背を向け合った状態でガクリと膝を突く。同時に、俺の体も平常運転に戻り──

 

「ッ──ゲホッ、ごほっ──!?」

 

 詰まっていた息を吐きだそうとした瞬間、盛大に咳込んでしまう。それだけなら良かったが……

 

「はッ、はァッ……が──」

 

 満足に呼吸ができない。過呼吸状態に陥った俺は堪らず蹲り、空気を求めて喘ぐ。ふと、涙でうっすらと滲む視界に、ポツリと赤い点が現れた──鼻の辺りに違和感を感じる、どうやら鼻血まで出ているらしい。

 

「はッ…ヒュ……ッ……かはッ……!」

 

 胸が苦しい、動悸が激しくなり、頭も痛い……特段医療知識に詳しくない俺ではあるが、この状態が流石にマズイという事くらいは理解できる。どうにかして呼吸を落ち着けようと努めるが、思った以上に先の無茶が祟ったのだろうか、浅い呼吸を頻りに繰り返す事しか出来なかった。

 

 次第に視界が暗くなっていく。体の末端部から徐々に力が抜けていく。鼻先から血が滴る感触すら、朧げになっていく──

 

「(やば……はや──ど──にか──)」

 

 遂には体を支えることも出来なくなり、硬く冷たいアスファルトの上に倒れ込んでしまう──崩れ落ちる俺の体を、誰かが支えてくれた。

 

「ァ……?」

 

「──大丈夫……には見えないな。焦らなくていい、まずは一度息を全部吐ききれ」

 

 霞む意識の中、俺はその声に従い、小さく咳き込みながらも体内の空気を全て吐き出す。

 

「全部吐いたら、ゆっくりと息を吸うんだ──ゆっくり、時間をかけて……」

 

 胸の辺りがビクビクと痙攣しているような感覚を味わいながらも、言われた通り少しずつ体内に空気を取り込む──ゆっくりと時間をかけた深呼吸を数回繰り返すと、薄暗くなっていた視界が色を取り戻してきた。

 

「……どうだ?」

 

「ァ……ああ──楽に、なった……けほっ……助かっ、たよ」

 

 俺を助けてくれた人物──エイジは、駐車場の出入り口まで俺を連れて行ってくれた。ガラス張りの壁に背中を預け、もう一度深く息をつく。

 

「《裂槍》……何故、あなたはそこまでして?《黒の剣士》と2人で戦っていれば、こんな風に苦しむこともなかった筈だ」

 

「ふぅ……何故、か──あー……まぁ、特に深い意味は無い。ただ、俺1人で戦った方が良いと思っただけだ」

 

 本当の所ではもちろん理由ならある。悠那に頼まれた事、エイジの気持ちを否定したくなかった事……他にも色々あるが、それらを明かすのは本末転倒だ。

 彼は迷い、考え抜いた末に、自分なりの正しさに則って行動を起こした。それを、俺という「間違い」によって潰された──それでいい。最後に己の中に残った大事な気持ちを「間違い」だったと思わせる事程、酷な話もないだろう。少なくとも、部外者である俺達が頭ごなしに「間違いだ」と言っていい事でないのは、確かだった。

 

「……やはり、あなたは強い。僕なんかとは大違いだ。VRでもARでも、結局僕は弱いままだった」

 

「……お前が強いか弱いかはさておき、だ。これだけは言っておく──強さだけの人間なんかいない。誰だって心のどこかしらに弱さを抱えてるんだ」

 

 必要とあれば、道を違えようとも突き進む覚悟。逆に、何があろうと道を踏み外さない覚悟。どちらも「強さ」の形の1つだ。

 しかしその強さはひたすらに前だけを見続けるもの。足元を、隣を、後ろを振り返らせる事は出来ない。一度足を止め、周りを見て、考えることを促すもの──きっとそれが、「弱さ」というものの正体なのだ。

 

「お前だって何も考えずに突っ走ってきた訳じゃないだろ。考えて、悩んで、その末にこの道を選んだ筈だ──お前はもう、ちゃんと自分の弱さを乗りこなしてると、俺は思うよ」

 

「弱さを、乗りこなす……」

 

「ああ──きっと、否定するようなモンじゃないんだよ。自分の中の弱さってやつは。俺も今回の件で、ようやくそれが分かった」

 

 俺の言葉を反芻するエイジ。悠那の頼みはちゃんと果たせただろうかと考えた俺は、本題に入る。

 

「さて、それはそうと──教えてもらえるか?アスナの記憶を取り戻す方法を」

 

「……分かりました」

 

 エイジはオーグマーのホロウィンドウを操作する──突如、その表情が強ばった。

 

「……どういう事だ」

 

「どうした、何かあったのか?」

 

「アクセス権限が剥奪されている……まさか、教授……」

 

 呻くようなエイジの声はそこで途切れたが、今しがたの言葉と表情で、おおよその状況は察せた。この状況をどこからか見ていたのか、エイジは計画から切り捨てられた、という事なのだろう。

 

「……彼はこの先、何をするつもりなんだ?」

 

「それは……」

 

 緊張の面持ちで明かされたのは、恐るべき凶行だった。

 

 ユナのライブ会場には、帰還者学校の生徒を始め多くのSAO生還者が集められている。会場に大量の旧SAOボスを出現させ、プレイヤー達と戦わせる事で、観客達の脳に一斉に高出力スキャンを掛けるつもりなのだという。

 

「これは今までの局所的な記憶スキャンとは訳が違う。もし実行されれば、SAO時代の記憶の欠落どころか……最悪、脳に損傷を負って死に至る危険性も……」

 

「そりゃマズイな……止めに行かないと──お前はどうする?」

 

「えっ……?」

 

 気付けば血も止まっていた鼻を乱暴に拭いながら立ち上がる俺を見て、エイジは目を丸くする。

 

「別に俺に負けたんだから言う事を聞け、なんて言うつもりは無い。勿論、協力してくれるなら歓迎するし、まだ戦うなら相手になる──どうしたいのか、自分で決めろ」

 

「僕は……」

 

 エイジは意を決した表情で力強く頷いてみせる──返事はそれで十分だった。

 

「どこへ向かえばいい?」

 

「最も確実なのは、ライブ会場にいるプレイヤー達にオーグマーを外させることだ。SAO──ナーヴギアでは不可能だったけど、オーグマーは本人がその気になればいつでも自由に着脱出来るからな」

 

 会場へ向かうべくエレベーターを呼び出す──扉が開くと同時に身を滑り込ませ、地上フロアへのボタンを押し込んだ。程なくして再びドアが開き、2人して広いロビーを走り抜ける。

 

「──このまま客席へ行け!僕は教授のいる関係者席へ向かう!」

 

「分かった、気を付けろ!」

 

 エイジと別れた俺は、ひとまず会場にいるはずのキリト達との合流を目指してひた走るのだった。

 




オーディナル・スケールと言えばやっぱり歌。
という事で…前にちょろっと触れた「試験的にやってみたい事」として、テーマ曲を選んでみました。勿論、私は作曲スキルを取ってすらいないので、数ある名曲から「これ良くね?」ってのを当て嵌めるだけのお手軽作業ですが。


さて、エイジとの戦いを経てミツキもまた1つ、明確に前に進むことができました。
O.S編も最終局面です。次回更新をお待ちいただければと思います。

※なんかエイジと和解した風になってるけどクラインの件は?と思われている方もいる事でしょう。そこはちゃんと事態が終息した後に本人の口から聞いて、ミツキが1発ぶん殴りますのでご安心ください。
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