ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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紅玉に集う英雄

 エイジとの戦いを終え、今まさにライブの行われているホールへ向かった俺。

 

 ドアを開けた瞬間、耳に入ってきたのはアイドルのライブには似つかわしくない悲鳴と喧騒だった。

 

 会場内の観客達は挙って席を立ち、辺りを走り回っている。オーグマーを通して見てみると……

 

「くそ、遅かったか……!」

 

 会場のあちこちに、多種多様な異形のモンスターが出現している。観客達は各々武器を手にそれらと戦いを繰り広げていた。最低限応戦出来ている事を考えればマシではあるものの、ボスモンスターとの戦いに長じた者が果たしてどれだけいるか……現に、戦えない者を庇いながら防戦を強いられているグループも散見される。このままでは犠牲者が増えるのも時間の問題だ。

 

「キリト達は──!?」

 

 辺りを見回すと、スタンドの最前列に数人、席に座ったまま微動だにしない者達がいた。正面には見覚えのある巨大な死神がおり、その攻撃を、白い少女が身の丈程の巨大な盾で必死に防いでいた。

 

「《オーディナル・スケール》起動──!」

 

 即座に武器を出現させ、スタンドの階段から飛び降りざまに死神の頭部を貫く。大鎌を振り回す不気味な死神は、断末魔の声を残しながらその身を弾けさせ消えていった。

 

「ミツキ……!?」

 

「悠那、状況はどうなってる!?」

 

「……見ての通りよ。ついさっき、お父さんの計画が最終段階に入った所──それを止める為に、キリト達は旧アインクラッドの100層で戦ってる」

 

 SAOのゲームデータはクリアされた段階でサーバー上から完全消去されたはずだが、聞けば、重村教授はこの計画の為にわざわざサーバーに残っていたデータの残骸からSAOのデータを復元したのだという。

 つまり、今後ろに座っている皆──キリト達だけでなく、記憶を失ったアスナまでもが、正真正銘あの世界で戦っているのだ。

 

「ミツキ、あなたも行って!100層のボスを倒すには、少しでも多くの戦力が必要よ」

 

「そうしたいのは山々だが……ダイブ中のこいつらを君1人で守りきるのは無理がある。防戦一方じゃすぐ限界が来るぞ」

 

「それは、でも…──ッ!?」

 

 苦い顔をする悠那の背後に、新たなボスモンスターが出現する──全身余す所なく漆黒に染め上げた人型のアバター、のっぺりとした顔で赤く光るバイザー上の眼、そして背中から突き出た2本の剣の柄──

 

「《グラファイト》……コイツまで──ッ!」

 

 99層フロアボスである《ソード・オブ・グラファイト》は背中の剣を抜き放ち、悠那に襲いかかる──不意に、細身の体を後ろから引き止めた者がいた。

 L字状に曲がった大きな刃を胴体に引っ掛け、そのまま渾身の力で振り回す──最小でありながら最強たるボスモンスターの体が、スタンドの壁に叩きつけられた。

 

「やっぱりいた──探したわよ」

 

「ミト……!」

 

 振り抜いた大鎌をクルリと回した少女──ミトは、ヒョイと身軽な動きでスタンドへ上がって来た。やや切れ長の瞳が、こことは異なる世界で戦うアスナを一瞥する。

 

「……アスナ達は今、()()()で戦ってる。ってことでいいのかしら?」

 

「そうらしい。まさかオーグマーにもフルダイブ機能があったとはな」

 

「感心してる場合じゃないでしょ。あなたは行かなくていいの?」

 

「だけど……」

 

「守りのことなら気にしなくていいわよ。こっちは私が引き受けるわ。頼もしいタンクもいることだし、ね」

 

 ミトはそう言って、気安い様子で悠那の肩をポンと叩く。……もしや、この2人はかつてSAOで交流があったのだろうか。

 そんなことを考えた矢先、視界の端で赤い光が灯る──グラファイトが、投げ飛ばされたダメージから復帰したようだ。

 

「早く行きなさい!時間が無いんでしょッ!」

 

「……分かった。こっちは任せたぞ、ミト!」

 

 適当な空いている席に腰を下ろした俺に向かって、悠那が手をかざす──オーグマーに掛けられたリミッターが解除され、俺を異世界へ誘う準備が完了した。

 

 

「──リンク・スタートッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は移り、会場内廊下。

 関係者席へ向かっていたエイジは、その道中で黒服の一団に呼び止められた。

 

「O.Sランク2位、プレイヤーネーム《Eiji》──後沢鋭二(のちざわ えいじ)君だね?」

 

「……あなたは?」

 

「失礼、先に名乗るべきだった──僕は総務省の菊岡誠二郎という者だ。キリト君やミツキ君の知り合い、と言えば少しは信用してくれるかな?」

 

「総務省……警察ならともかく、政府の官僚がこんな所へ何の用です?」

 

「警察と同じようなものだよ。重村教授のやろうとしている事を止める為に来た──と言っても、中の事はキリト君達に任せるしかない様だからね。まずは教授の身柄を確保しようとしたところ、君を見つけたというわけだ」

 

 気付けば、エイジの回りを黒服達が包囲していた。

 

「……この様子じゃ、僕が何をしたのかも見当が付いているんでしょう。心配せずとも、無駄な抵抗をする気はありませんよ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「今の僕はあなた方の敵じゃない。教授を止める為にここに来た──既に《裂槍》と戦った後だ、と言えば少しは信用してもらえますか?」

 

 幸い、エイジの言葉の意味を菊岡は即座に理解してくれたらしく、黒服達を下がらせる。

 

「では早速だが教えて欲しい。教授の居場所に心当たりはあるかい?この先の関係者席にはいなかった」

 

 菊岡の言葉に、エイジは暫し思考を巡らせる。娘の為ならば悪魔にすら魂を売ると覚悟を決めたあの人だ。計画の完遂を見届けるとするなら、それはきっと──

 

「……悠那の近く──旧アーガス本社、SAOサーバーの保管所にいるかもしれない」

 

「……よし、すぐに向かうぞ!──エイジ君、君はどうする。一緒に来るかい?」

 

「……いえ。僕にはまだ、やることがある」

 

「……分かった。気をつけたまえ」

 

 菊岡達と別れたエイジは、最寄りの客席入口に走る。最終フェイズ中は扉がロックされて出入りが出来ないのは分かっている。だが幸いにも身体強化スーツの機能は今も生きており、最悪、扉を壊してでも中に入る事が出来れば……

 

 そう考えながら扉に手を掛け、引いてみる──すると、何の抵抗もなく扉は開いた。どうやらロックされているのはアリーナ及び会場入り口付近のドアだけで、スタンド上層の端のドアはまだ使えたようだ。或いは、教授が何かしら細工を施して特定の人間のみ入れるようにしていたのかもしれない。

 

 菊岡達を呼び戻すかどうか迷った。しかし戻ってきてもまだここが使えるかどうか分からない事に加え、教授の身柄の確保も重要である事を考慮した結果、それはやめておく。

 

 ゴクリと唾を飲んだエイジは、意を決して足を踏み入れる。背後でドアが閉まり、ガチャリ、と音が鳴った。これでもう、エイジも他のプレイヤー同様にここから出る事は出来なくなった。しかし元より逃げる気は無い。自分はここへ戦いに来たのだから。

 

 O.Sを起動させ、腰から剣を抜く。少し進めばもう聞こえてきた阿鼻叫喚の渦の中、エイジはスーツのアシストをフル活用して客席から大ジャンプを敢行した。受身を取るも殺しきれなかった衝撃がビリビリと体を震わせる。だが怯んではいられない。今自分がすべき事は──

 

「──でゃッ!」

 

 近場にいたボスを背後から斬り裂く。先程ミツキに敗北したとは言え、それでも自分のランクは3位だ。ランキングナンバーが絶対であるO.Sのシステム上、まだまだ戦える。

 

「無理に戦おうとするな!HPが危ない奴は逃げろッ!」

 

 戦えないプレイヤー達を助けながらボスを倒していく最中、視界があるものを捉えた。スタンドの最前列付近で、2本の剣を操る漆黒の人型モンスターと戦っている大鎌の少女と──その傍らにいる白い髪の少女。

 

「悠那……!」

 

 脇目も振らず走り出す。進路上のボスを全て斬り伏せながらひた走るエイジの視界に、新たなボスの出現を示す赤いサークルが──しかも、あろう事か悠那のすぐ傍に発生した。

 

 現れたのは《ドルゼル・ザ・カオスドレイク》。その恐ろしさはエイジとてよく分かっている。この場の誰1人として目にする事のなかった92層のフロアボスだ。自分1人で倒せる保証もない。

 

 だが……ッ!

 

 

「ッ──悠那ァァァァァ!!!」

 

 

 何よりも守りたかった幼馴染の名を叫びながら、エイジはドルゼルに斬りかかる。完全な死角からの不意打ちだったことが功を奏したのか、首に大きな傷を負った黒龍は一度上空へ退避していった。

 

「ハァ……ハァ……ッ──大丈夫か、悠那!?」

 

「エー、君──どうして……?」

 

「……僕は、教授の計画を止めに来た。今更こんな事したって僕の罪が消えるわけじゃないのは分かってる。もう、何もかも遅いのかもしれない。けど──!」

 

 悠那はエイジの言葉を遮るように、その手をふわりと握った。

 

「……遅いなんてことないよ。助けに来てくれて嬉しい。ありがとう、エー君」

 

 緩みそうになる気を引き締めたエイジは、近くの席でジッと目を閉じるミツキ達を見やる。

 

「……彼らも、戦ってるんだな」

 

「うん。ここにいる皆を助ける為に。あの世界で」

 

 それが何を意味するのか、エイジも理解している。しかしそれが彼女が望み、選んだ道。それを後押しする事が、自分に出来る最初の償いなのだろう。

 

「……分かった。あのドラゴンを倒した後、僕はそこのミト(彼女)を手伝いに行く。ミツキ達(かれら)の守りは任せてもいいかい?」

 

「うん、大丈夫。エー君が来てくれたなら百人力だよ!」

 

「危なくなったらすぐに呼んでくれ。それじゃあ──行ってくる」

 

 自分のせいであんな惨たらしい最期を迎えて尚、自分を信じてくれる悠那の暖かさに感謝しながら、エイジは再び向かってくる黒龍を迎え撃つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同刻、旧アインクラッド第100層では──

 

「はァ──ッ!」

 

「お…ルァ──ッ!」

 

 キリトとエギルが渾身の一撃を叩き込む。この攻撃は防御障壁に弾かれてしまうが……

 

「──アスナ、スイッチ!」

 

「うんッ──!」

 

 入れ替わるように飛び出してきたアスナ、リズ、シリカの3人同時攻撃により、障壁を破壊する事に成功。100層ボス《アン・インカーネイション・オブ・ザ・ラディウス》の全10段あるHPの1段目が半分程削れる。しかし──

 

 異形の女神の背後に見上げる程の大樹が出現し、その葉から滴り落ちた雫が、女神に癒しの加護を与える──苦労して削ったHPが、あっという間に全回復した。

 

「くそ、あの回復をどうにかしないと……!」

 

「でもどうやって!?ただでさえあんなデカブツ、近づくのも難しいわよ!」

 

「──シノンッ!上から狙えるか!?」

 

「出来るけど、多分威力不足で回復までは止められないわ!」

 

 現状、有力なダメージソースの1つであるシノンの狙撃でもダメとなると、最低でも彼女と合わせてもう1人、人員が必要になる。しかし遠距離攻撃を行えるのはシノンのみ、近接オンリーのキリト達があの巨大な女神の腕を駆け上がるのは愚か、取り付くことすら至難の業なのだ。

 

 これが、デスゲームではないSAO本来のラスボス──死に戻りによるトライ&エラーを前提としているのだろう。SAOのゲームシステムを考えれば、明らかにバランスを逸脱していた。

 

「ッ……それでもやるしかない、もう一度だ!」

 

 シノンを除く5人が一斉に駆け出した。

 

 赤い双眸から放たれたレーザーを左右に分かれて回避し、その先を狙って振り下ろされた巨剣をエギルが戦斧で受け止める。

 

「ぐぅッ……スイッチ!」

 

 その声に応じ、シリカとリズが攻撃を仕掛ける。短剣とメイスの一撃が障壁にヒビを入れた。

 

「──スイッチ!」

 

 間髪入れず、キリトとアスナによる攻撃。ぴったりと息の合った同時攻撃で、再び障壁は破壊され、HPが減少した。

 今度は回復の隙を与えまいとすかさず追撃を加えようとするが、ボスの足元から生えてきた木の根による遠隔攻撃がそれを邪魔してくる。

 

 抵抗空しくボスの背後に大樹が出現し、ボスの巨体に光が降り注ぐ──否、少し違う。この光は……

 

 

「──合わせろ、シノンッ!」

 

 

 突如木霊したその声に、全員揃って上を見る──シノンの引き金と同時に、力強い煌きを湛えた槍がボスの脳天を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠那の手引きによって旧アインクラッドへ舞い戻った俺は、上空から《紅玉宮》へ入るなり、キリト達と戦闘中だったボスへ挨拶代わりの一撃を叩き込んだ。

 

 いいタイミングだったらしく、シノンの狙撃と合わせて痛撃を受けたボスは苦悶の声と共に倒れながらも木の根を俺に差し向ける。それを躱しざまに頭部から飛び降りた俺は、キリト達の元へ着地した。

 

「ミツキ!──良かった、無事だったんだな」

 

「何とかな──状況は悠那から聞いた。アイツを倒せばいいんだな?」

 

「ああ……ただ予想はしてたけどバカみたいに強い。両手の剣と槍だけじゃなくて、防御障壁にレーザー、木の根っことか地形を利用した特殊攻撃。挙句の果てにはさっきみたいな自己回復能力まで持ってる」

 

「聞いただけでうんざりするな……ラスボスだけあって強い能力全部乗せか」

 

「私達だけでも障壁を破る所までは出来たから、回復の瞬間を潰しながら地道に削っていくしか……!」

 

「でも、それじゃ時間がかかり過ぎます!向こう側の人達が持ちこたえられるかどうか……!」

 

 これまでとは一線も二線も画する強敵にどう立ち向かうか。正直考えている時間すら惜しいが、かと言って無策で勝てるような相手ではない。力押ししようにもこの数では──

 

 そうこうしている間に、ラディウスがダメージから復帰してこちらへ向かってくる。シノンの銃撃も意に介さず、真っ直ぐ俺達をターゲットしているようだ。

 

 満足な作戦会議の時間すら与えてくれないらしい。そう思った矢先──不意に、背後から一条の光が飛来する。俺達の頭上を通過してラディウスに命中した光は、緑色の嵐となって巨体を包み込み、風の刃が荒れ狂った。

 

「あれは……」

 

「《タイラント・ハリケーン》……ALOの風魔法!」

 

「って事は、まさか──!?」

 

 背後を見上げると──

 

「──お兄ちゃーん!お待たせ!」

 

「パパ、ママ!応援を呼んできました!」

 

 数多の仮想世界を繋ぐ《ザ・シード》連結帯(ネクサス)──元を辿れば、あの《世界の種子》はこの浮遊城から産み落とされたと言っていい。SAOのコピーサーバーであるALOが問題なく連結帯の1つとして存在出来ている以上、ルートさえ確保出来れば、オリジナルであるこのSAOサーバーに他ゲームのプレイヤーをコンバートすることも可能という訳だ。

 加えて、復元されたこの世界はもうゲームとしての形を成しておらず、カーディナルシステムも機能の大部分を停止した状態。故に、魔法や銃といった、本来ならばこの世界に存在しないはずのものを持ち込んでも弾かれることはない。

 

「おっしゃァ!VRなら無敵だぜぇ──!」

 

 ALOからはリーファの他にクラインを始め、サクヤ、アリシャ、ユージーン、レコン、カゲロウ、そして──

 

「アスナ──!」

 

「キャッ──!?」

 

 妖精達の間を縫うように飛び抜け、真っ直ぐアスナに抱きついた小柄な黒い影──《絶剣》ユウキを筆頭とした《スリーピング・ナイツ》の面々も、全員でないとはいえこの場に駆けつけてくれた。

 それだけに留まらず、シノンのピンチを聞いてGGOからも知り合いのプレイヤーが数人。その中にはBoBで戦った《ダイン》に《闇風》、《銃士X》の姿もあった。

 

「ユイちゃんから聞いたよ。急いであのデッカイやつ倒さなきゃなんだよね?だったら早いトコ片付けちゃお!」

 

「けど、私達の装備じゃ……」

 

 応援に来てくれた面々に対し、会場からダイブしている俺やアスナ達はO.Sの装備のまま。スキルも何も存在しない殆ど丸腰状態では、ボスとの戦いで足手纏いにしかならないだろう。

 

 そんな憂いを予見していたかのように、ユイが得意げに笑った。

 

 

「大丈夫です、コレを使ってください──!」

 

 

 ユイが掲げた小さな球が眩い光を発し、俺達を包み込む。思わず閉じていた目を開くと──

 

「ッ──…これ……!?」

 

 O.Sの装いでは指先まで完全に覆うタイプの手袋を着けていた筈だが、持ち上げた手は指の中程から先が露出したフィンガーレスになっている。そのすぐ下に伸びる袖も、濃淡2種の灰色を基調に、襟や裏地に緑の差し色が目を引くジャケットに変化していた。極めつけには、背中に感じる懐かしくもしっくり来る重み──その正体は、手にするまでもなく分かった。

 

 隣を見れば、キリトとアスナの装いも変化している。片や2本の剣を背負った黒づくめのロングコート。片や最低限の軽量アーマーを身に着けた、眩しい紅白カラーの装備──2人だけではない、エギルやリズ、傍らにピナを伴ったシリカまでもが、SAOクリア当時の最終装備へと姿を変えていた。

 

「このSAOサーバーに残っていたセーブデータから、皆さんの分をロードしました!──あ、シノンさんの分はおまけです!」

 

 ユイはそう言って満面の笑みでピースする。

 

「……ありがとう。ユイちゃんのお陰で、私達も全力で戦える……きっと勝てるよ。だって──」

 

 アスナが目を向けた先には、異形の女神を睨む2人の少年の後ろ姿。少年達は、その背に携えた2振りの得物に手を伸ばす──

 

 

「よし──皆、勝とう(やろう)ッ!」

 

 

「「「──おう(うん)ッ!」」」

 

 

 紅玉宮の窓から風が吹き込む。色とりどりの花びらを運んできたその風に背を押されるように、俺達は一斉に地を蹴った。

 

 降り注ぐ鉛弾の雨を振り払い、ラディウスのレーザーが襲いかかる。小柄ですばしっこいカゲロウとレコンで照準を引きつけ、その隙にシノンが攻撃を仕掛けた。

 随所に張り巡らされた太い木の根を滑るようにして下りながら、自らの分身たるヘカートⅡを構え、撃つ──すかさずボルトを引き、2度、3度と立て続けに引き金を絞った。対物ライフルであるヘカートの威力はラスボス相手にも遺憾なく発揮され、轟音と共に巨大なダメージ痕を穿つ。

 

 どこか苛立ちを滲ませたような巨剣の一撃で足場を叩き割られるが、その衝撃を利用してジャンプしたシノンは、空中で身を翻して超至近距離での射撃を見舞った。

 

「アスナ、スイッチ──!」

 

「ハァ──ッ!」

 

 1年ぶりに手にしたSAOでのアスナの愛剣《ランベントライト》に光が灯り、単発突進突き《シューティングスター》がラディウスの顔面を斬り裂く。そこへ続くように、キリトもまたかつての愛剣《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》に光を纏わせ、体の捻りを利用して一気に振り抜く──二刀流突進技《ダブルサーキュラー》が脇腹を斬り付けた。

 

 ユウキ、リーファ、クライン、ユージーンの4人が、ラディウスの周囲を縦横無尽に飛び回って攻撃を加えていく。サラマンダーの2人は苦し紛れに振るわれた剣と槍に弾かれてしまうが、ことスピードにかけては彼らをも凌ぐユウキとリーファはそれを回避、間髪入れず襲い来る木の根による遠隔攻撃など掠りもしない。

 

 新たに出現した根を足場に、俺はリズとシリカ、エギルを伴い走る。

 

 最後方の俺目掛けて、壁や床から抉り抜かれたブロックが飛んでくるが、久方ぶりに再会した《ハウヴェード》と《エクサリオン》はその尽くを豆腐のように斬り裂いていく。前の3人を狙った妨害も、飛び降りざまの単発技《ストライクフォール》で打ち砕いた。

 

 着地した瞬間、死角からブロックが飛んでくるが──背中を預けた相棒が一刀の下に斬り捨てた。

 

「──こ、んのォ!」

 

「たぁ──ッ!」

 

 ラディウスの視線──レーザーの照準が完全にこちらから外れたタイミングで、リズとシリカが突っ込む。気づいた時にはゼロ距離まで肉薄していた2人の得物がラディウスの横面を捉え、

 

「だ──ッらァ!!」

 

 次いでエギルの斧による渾身の一撃が頭頂部を綺麗に叩いた。

 

 堪らず怯んだラディウスは、背後にあの大樹を出現させて回復を図る──その瞬間を待っていた。

 

「今ッ!──頭頂部を集中攻撃ッ!」

 

 アスナの合図で、色とりどりの魔法攻撃と銃弾が一斉に浴びせられる。先程俺がやったように、回復の瞬間に痛撃を食らった事でラディウスの回復モーションがキャンセルされた。

 

 ここを勝機と見定め、キリト達と共に女神へ向かって真っ直ぐひた走る。

 

 

 

「──アスナ!ミツキ、()()()ッ!──最後の攻撃、一緒に行くぞッ!」

 

 

 

 キリトのこの声を聞いた者──「その名」を知っている者は、挙って驚きの声を漏らした。

 

 集まった視線の先には《閃光》を伴い走る《黒の剣士》、そこへ肩を並べる《裂槍》と──

 

 

 ──美しい金色の髪と、群青色のマントを靡かせてその隣を駆ける、《姫騎士》の姿があった。

 

 

 ラディウスは槍を床に突き立て、大量の木の根を差し向ける。

 シノンとリーファの援護でいくつかは迎撃され、それをくぐり抜けた数本はユウキによって瞬く間に斬り刻まれた。

 

AAAAAAHHHHHHHHH(ァァァァァァァァァァ)──ッ!!!」

 

 怒りを乗せて絶叫するラディウスは、持っていた槍を投擲してくる。それを見るや、俺は床を蹴って跳躍すると、逆手に持ち替えた槍を肩の上で大きく引き絞った。

 

 両手槍投擲技《メテオ・インペイル》──真紅の光を纏って放たれた流星が、その何倍も巨大な槍と衝突し、あまつさえ相殺してみせる。

 

 それならばと地形操作の力を発動させたラディウスは、周囲の床や壁から大量のブロック片を浮遊させる。丁度、俺の着地した地点の床が四角に切り抜かれようとした瞬間──

 

「──来い、アリスッ!」

 

 声と同時に伸ばした手を、相棒が握り返す──握った手の中で、小さな光が俺を通じて彼女へ流れ込んだような気がした。

 

 ブロック片は俺とアリスを乗せて飛んでいき、別のブロックと挟み込んで押し潰そうとしてくる。上に待ち受けるブロック目掛けて、俺とアリスは同時に得物を構えた。

 

「せ…ァ──ッ!」

 

 全く同時に繰り出された重単発技《コンヴァージング・スタブ》と《ヴォーパル・ストライク》が頭上のブロックを粉砕し、アリスはその勢いのままブロックから飛び降りる。

 

 ラディウスの眼前に気高き《姫騎士》が舞い降りる。赤い双眸に、飛んできた羽虫を焼き払うには過剰とも言えるドス黒い破壊の光が点った瞬間──騎士の手にある銀色の片手剣に、眩い()()の光が宿った。

 

 

「───ッ!!!」

 

 

 声無き気合と共に、黄金の刃が振るわれる。

 左右下段からの斬り上げに垂直斬り──✽状に走った残光が、4枚の花弁を描く。最後にクルリと剣を翻したアリスは、体の捻りを利用した全力の一突きを中心に叩き込んだ。

 

 片手剣OSS4連撃《ラスト・エンゲージ》──俺の《コラプサー・テンペスト》開発の副産物として生まれた彼女の為の技が、ラディウスの顔面に深々と斬り傷を付ける。

 

「ユウキ、一緒に──ッ!」

 

「オッケ──!」

 

 アリスと入れ替わるように、ユウキを伴ったアスナが前に飛び出す。

 

 

 ──スイッチ!

 

 

 それは果たして幻聴か否か……懐かしさを感じる声が、剣を握るアスナの手に確かな力を与えた。

 

 2人の《絶剣》の剣に光り輝く翼が宿り、アスナはX字、ユウキは十字状に、それぞれ神速の10連突きを見舞う──!

 

 

「「ッ──やぁぁぁぁぁッッッ!!!」」

 

 

 OSS11連撃《マザーズ・ロザリオ》二重奏──締めの一突きが2撃同時に突き刺さり、光と衝撃が女神の胴を貫いた。

 

 

「キリト君ッ──!」

「ミツキッ──!」

 

 

「「──スイッチ!」」

 

 

「──あぁッ!」

「任せろ──ッ!」

 

 

 最後に控えるは2人の英雄──満を辞して、その代名詞たる両の得物に輝きを纏わせた──!

 

 二刀流16連撃《スターバースト・ストリーム》、双槍15連撃《メテオストーム・グランツァー》──片や爆ぜる星、片や天翔る星を象った刃が幾度となく振るわれ、その度に水色と翠緑の光が乱舞する。

 

 

 

「「うおおおおおおおおおお──ッッッ!!!」」

 

 

 

 己が刃に一際強い輝きを乗せ、最後の一撃が浮遊城の化身たる女神を貫いた──!

 

 

AAAAAAAAAAAAA(ァァァァァァァァァァァァァ)──!」

 

 

 絶叫の断末魔を残して、ラディウスは盛大な爆発と共に散っていく。

 当時あった《congratulations!》のリザルト表示は出てこない。代わりに辺りをキラキラと舞い散る光の粒子と、戦いに参加してくれた者達による歓喜の声が、俺達の勝利を祝福してくれていた。

 

 ふと、《紅玉宮》の床が怪しげに光を放つ。何やら謎の紋様が描き出されたかと思えば、宙にひと振りの巨大な剣が出現した。

 到底俺達では握れなさそうなサイズの剣は、ゆっくりとこちらへ下降するに連れて縮小されていったが、それでも俺やキリトの身の丈程はある大型剣だ。恐らくこれがラスボスの撃破報酬、という事なのだろう。それを裏付けるように──

 

 

 ──これでまた1歩、完全クリアに近づいたな。キリト君、ミツキ君。

 

 

 忘れもしない、「あの男」の声が聞こえた。

 

 

 ──しかし、まだ終わりではない……まだ、やる事があるだろう?

 

 

 そう……悠那の頼み通りにラスボスを撃破した俺達だが、それで終わりではない。今もまだライブ会場では多くのプレイヤー達が戦っているのだ。そちらもどうにかしなくては。

 

 俺は宙に浮かぶ剣を手に取ると、その柄をキリトに差し出す。

 

「……すまん、頼めるか」

 

「……ああ。あっちは任せろ──行ってくる」

 

 快く頷いたキリトが剣を受け取ると、黒衣の剣士の体は一瞬の光を残して立ち消える。残された俺は、ひとつ深呼吸をしてから振り向いた。1歩、また1歩と歩みを進め──射し込む陽光に照らされた《姫騎士》アリスの前で足を止める。

 

「……何となく、そんな気はしてた。ここに来れば、また会えるんじゃないか、って……」

 

「………」

 

 青々としたサファイアの瞳を見つめる。彼女もまた向き直り、真っ直ぐ俺の目を見つめ返してきた。恐る恐る手を伸ばし、そっと彼女の頬に触れる。するとそこへ彼女の手が重ねられた。とても懐かしくて、愛おしい──仮想空間の中にあって尚「本物」と呼べる温かさが、手を通してじんわりと伝わって来る感覚。

 

 以前、新生される以前のALOで出会った「彼女」とも少し違う──限りなく本物に近いアリスが、今目の前にいる。そう確信した瞬間、殆ど無意識に言葉を紡いでいた。

 

「ずっと……っ、ずっと、会いたかった──何も……さよならの一言すら言えないままなんて、そんなの──っ」

 

 込み上げる涙がこぼれ落ちそうになった時……アリスの指が、そっと目元を拭ってくれた。それから俺の頬にそっと手を触れさせる。同時に──彼女の体が淡い光に包まれ、少しずつ消えようとしていた。

 

「っ……そんな、アリス……っ!」

 

 彼女を二度と離すまいとする俺を、彼女は首を横に振って制止する。そして俺の頭を引き寄せ、コツン、と互いの額を重ね合わせた。

 

「─────。」

 

 言葉は無い。声を発した様子も、無い。それでも、俺にはハッキリ伝わった。

 

「っ……まだ、俺に頑張れって言うのか……?君のいない世界で、君のいない時間を、独りで過ごせって……?」

 

「────。」

 

「……君は、やっぱりバカだ。君のいない1年がどんなに辛かったか、分かってるのか……?」

 

「………」

 

「でも──そんな君の些細な言葉で一喜一憂して、頑張ろうって思える俺も……君の言う通り、大バカだ……っ」

 

 ここで初めて、彼女が笑った。暖かい、慈しむような微笑みだった。

 

「─────。」

 

「……ああ、分かってるよ……心配しなくても、ちゃんと頑張るから。だから…っ──」

 

 声無き声が通じたのだろうか。アリスは顔を離し──

 

 

愛 し て る わ。」

 

 

 あの日と寸分違わない、眩しくて美しい笑顔を残して、無数の光の華となって消えていった。

 

 先程までアリスに触れていた──握り締めた手の中にあった金木犀と銀木犀の小さな花が、俺の中に染み入るように溶けていった。

 




思いの外早い再登場になったユウキとのダブル《マザーズ・ロザリオ》や、リアルサイドで助けに来てくれたミト、今度はちゃんと悠那を助けられたエイジ。
各々が各々の形で過去と向き合ったり、或いは果たせなかった事を果たそうとしたりする中、ミツキは1年ぶりにアリスと短い再会を果たしました。やっぱり4人揃わなくちゃね。
声こそ聞けなかったけど、この2人ですから、ちゃんと思いは伝わってます。最愛の嫁がエールをくれたお陰で、減ってく一方だったミツキのエネルギーもグーンと回復しました。
これぞ愛のパゥワー。ゴールはあと少し()頑張って欲しいですね。

他にも
・アリスが何故この戦いに参戦できたのか
・アリス用のOSS4連撃《ラスト・エンゲージ》
・なにげにリーファやシノンは初めて目にするアリスの姿
等々、大小語りたい部分もありますが、長くなるのでこの辺で。

話は変わり、結構前に「双槍状態のSAOミツキの絵もその内上げます」みたいな事を言ってすっかり忘れてたのを思い出したので、この場を借りて。

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