新国立競技場で起きた一連の騒動──俺達は「O.S事件」と呼んでいる──は、サプライズで行われたライブ演出の一環だった。という主催側からの公式発表がなされたのは、あれからほんの数日後の事だった。
そして……
O.Sの熱狂的人気も落ち着きつつあり、ARに偏っていたプレイヤー人口も戻り始めている。
ただ変わらないものも勿論あり、O.Sと共にブレイクしたARアイドル《ユナ》は、その人気を買われて今後も活動を続けていくそうだ。
秘密裏に巻き起こり、秘密裏に終息した今回の一件。
首謀者であった重村教授は逮捕、協力者のエイジこと後沢鋭二は警察に自首し、本来ならば暴行・傷害罪で起訴される所だが、主な被害者であるクライン達《風林火山》の面々が「真相」を知った上で改めて「ゲームの中のことだ」と被害届けを出さなかった事により、彼の行く末は明確な判別がつかないラインを彷徨っている。
そして今回の件を語る上で外せない、もう1人のユナ──重村悠那に関してだが……彼女の体は、俺達が100層で戦った《ラディウス》のリソースを利用して構成されていたらしく、ボスが撃破された事で、奪った記憶を返すと同時に彼女自身もまた消滅してしまった。ダイブしている俺達をミトと共に守ってくれていた間、応援に駆けつけてくれたエイジと少しでも言葉を交わし、互いに想いを伝え合えたのが幸いだろうか。
彼女自身の言葉を受けて、エイジと教授も進むべき道が見つかる事を祈るばかりである。
──と、そんな「公式見解」を報じるニュースを眺めながら、俺達は貸切状態の《ダイシーカフェ》に集まっていた。先述の公式発表を受け、晴れてO.S事件が終息したという事で改めてのお疲れ様会兼、クラインの退院祝いである。
「──いやぁ、ひでぇ目に遭ったぜ。やっぱゲームするならVRに限るな!」
「そんな事言って、アンタ前は『ARの方が出会いがある』とか何とか自信満々に言ってたじゃないの。結局出会いとやらは見つかったわけ?」
「いーのいーの。ゲームってのはな、女の子と出会う為にするもんじゃないの」
「あはは……一応、言いたい事は分かりますけど、それだと…──」
シリカがちらりと動かした視線の先には……
「へぇ……そりゃウチの家庭への嫌味か?」
「あーあ、そう面と向かって言われちゃ立つ瀬が無いなー」
まさしく「ゲームがきっかけで相手を見つけた男」であるエギルと俺は、クラインにジトっとした目を向ける。
「いやいや、ツキの字はともかくよ──痛っで!?」
「ミツキはともかく俺は何だって?──ったく、折角のチケット無駄にしやがって。今日はお前だけ料金を貰おうか……!?」
「ンだよ銭ゲバ道具屋!チケットっつったって無料だったんだろ!」
「こちとらお前じゃなくて嫁さん誘ったって良かったんだぞ。文句あるか?」
「ま、まぁまぁ!──あ、ほらコレ。お土産買ってきたんで皆で食べましょ!」
見かねて仲裁に入った直葉がテーブルに取り出したのは、合宿先だった島根のお土産として人気な縁結びに因んだ紅白カラーのマシュマロだった。
「島根か──そういや、小さい頃見たアニメで『島根にパソコンなんかあるわけないだろ』なんてセリフがあったっけな」
「何それ……島根に何か恨みでもあるわけ?」
「俺じゃなくて製作者に聞いてくれ──実際どうだったんだ、直葉ちゃん?」
俺とシノンの視線を受けた直葉は、
「えと、多分偶然でしょうけど……泊まった合宿所には無かったです、パソコン。そんな古い建物でもなかったと思うんですけどねぇ──幸い無線LANは通ってたんで、こっそり持ってったアミュスフィアが無駄にならなくて良かったです」
今の時代、パソコンの1つも設置されていないというのは文明の利器に浸かりきった俺達からすれば考えられないが、アスナが正月に帰省した実家では、離れとは言え無線LANすら飛んでなかったという話を聞かされれば、そんな場所も実在するのだと信じざるを得ない。
「パソコンの話はともかく──直葉はどんどんキリトに似てきてる気がするわね。あまり良くない方向に」
「同感。部活の合宿にまでアミュスフィア持ってくレベルとなると、もうVRゲーム廃人に片足突っ込んでるぞ。ちゃんと睡眠時間は確保するようにな」
「廃人2号の
「ち、ちゃんと真面目に練習はやってましたからね!?」
「まぁ、お陰で直葉ちゃんも助けに来てくれたんだし、結果オーライじゃない?」
「シノンさん……!」
「──それはそれとして、キリトとかミツキみたいになるのは止めた方がいいって私も思うけどね」
「シ、シノンさん……!」
狭い店内に笑い声が響く中、口にマシュマロを放り込んだクラインがふと思い出したように、
「ところで、そのキリの字とアスナはどうしたんだよ?」
「今日は2人共別件」
「ンだよぅ、SAO時代の1番の親友の退院祝いに来ねぇたァ、太ぇ野郎だ……!」
「先約なんだから仕方ないだろ。また今度構ってもらえ」
「かーッ!彼女持ち同士で通じ合っちゃって、羨ましい限りだよって!──あーあー、再開するALOのクエストで、可愛い女の子いねーかなー!」
先程の言葉は何処へやら、早くも出会いを熱望するクラインに揃って呆れていると、リズがどこか遠い目をしながら口を開く。
「彼女って言えば──ミツキ、あの時一緒に戦ってくれたアリスは何だったの?ユイちゃんが連れてきてくれた訳じゃないって聞いたけど」
その言葉に、騒いでいたクラインもぴたりと黙って、全員の目が俺に集まる。
「……正直、詳しいことは分からない」
「今度はちゃんと話せたんですよね?……何を話したんですか?」
「そうだな。声こそ聞けなかったけど……うん、話したよ──」
100層での戦いの直後、アリスが俺に伝えてくれた事、それによって分かった事は、決して多くない。
1つ──あの時現れたのは、復元されたSAOに漂っていたアリスの残り香のようなもので、戦いが終われば消えてしまう存在だった事。故に、あのまま一緒に現実世界へ戻る事は出来なかった。
2つ──自分はここで消えてしまうけど、今生の別れという訳ではない。いつかきっとまた会える。あの時の約束をちゃんと果たせる日が来る筈だから、もう少しだけ待っていて欲しい。
「俺が前に、旧ALOの世界樹でアリスとよく似た女の子に会ったって話は……もうキリト達から聞かされてるんだったな──その時の彼女も同じように消えてしまったわけだけど、あれ以降、何度か彼女らしき存在に助けられてるんだ。去年、GGOで死銃と戦った時とかな」
「……まさかデータの守護霊、とかそういう……?」
「不思議ですけど……でも、もしそうだとしたら凄くロマンチックな話ですね。ALOの中だけじゃなくて、ザ・シード
「……だけど、そうやって意思があるなら、どうしてもっと早く会ってあげなかったのかしら。ミツキを助ける時に声が聞こえたって言うなら、自分の存在を知らせる手段がなかった訳じゃないんでしょう?キリトとか、誰かの力を借りれば、ユイちゃんみたいになれた可能性だって……」
薄らと不満を滲ませたようなシノンの意見に、俺もまた記憶を振り返りながら答える。
「さっきも言ったけど、その辺は俺にもさっぱりだ。ただ──多分だけど、あの時一緒に戦ってくれたアリスの中には、『彼女』もいたと思う」
「どうして?」
「ラストアタックの時、アリスが使ったソードスキルがあったろ?アレ、俺がALOで作った片手剣のOSSなんだ」
「もし、そのアリスに似た少女がずっとミツキの事を見守ってくれてたなら、お前が作ったOSSの事も知ってて当然、って訳か……」
「イメージ的には、『彼女』が核になって、あの世界に残ってたアリスの残り香が体を形成してた、ってことになるんだろうな」
我ながら随分オカルトじみた考えだと笑いそうになるが、それが1番しっくり来た。
「アリスさん、すごく綺麗な方でしたね……あのOSSも。SAOの頃から色んなソードスキルを見てきましたけど、金色のライトエフェクトって初めて見ました。まさにアリスさんの為の技って感じで」
「あ、それあたしも思いました。流れるような動きなのに、一太刀の重さが遠目にも伝わってきましたし。剣閃が花びらみたいに見えて、思わず見惚れちゃいました──あのソードスキル、なんて名前なんですか?」
「あー……それは内緒って事で」
「えー、教えてくださいよー!」
「いつか分かるよ──彼女との約束を果たした先でな」
直葉は尚も不満げな様子だったが、代わりに何かを思いつたらしく──
「あ、じゃあSAOでのアリスさんとの思い出とか聞かせてください!前にアスナさんから馴れ初めは聞いたんですけど、改めてミツキさんの口から聞きたいです!」
「えっ……!?」
「お、いいわねぇ。飲みの肴に、さぞアツアツだったろうアンタらのノロケ話でも聞かせなさいよ。その方がヤケ酒も進むってもんでしょ」
「酒って、お前それジュース──」
「恋バナですか!?是非聞かせてください!」
「シリカまで……シノン、助けてくれ……!」
「話してあげればいいじゃない。……私もそのアリスさんについて、詳しく知っておきたいし。何なら──はいコレ。資料として使ったら?」
そう言ってシノンが差し出したるは《SAO事件記録全集》──ここに来る前、わざわざ本屋で買ってきたらしい。
「おまっ、なんつーモンを……!」
それならばと、クラインとエギルに視線で助けを求めてみるが……
「あー、あー、幸せモンの助けなんざ聞こえねぇなァ」
「諦めて腹ァ括れ、ミツキ」
「お前ら他人事みたいにッ……!」
孤立無援状態となった俺はあっという間に女性陣に包囲されて逃げ出すことも出来ず、エギルに言われた通り止むなく腹を括る事に。
「はぁ……分かったよ──何から話せばいい?」
手始めとばかりに直葉が手を挙げ、俺はもう一度アリスとの出会いから語らされる事となるのだった。
O.S事件以降、《SAO事件記録全集》は著者によって、第二版から
"戦いに赴く剣士達を勇気づけてくれた歌姫がいた…
ここに描かれる英雄達だけではなく、あの世界で懸命に戦い、抗い、生き抜いた…
そんな名も無きプレイヤー達1人1人を、我々は忘れてはならない…"
という一文が、人知れず加筆された。
東京都、六本木某所──
「──こんな所に連れてきて、何の用だね。菊岡君。君の力で起訴を取り下げて貰った手前、多少の事は飲み込むつもりだが……私に何をさせたいんだ?」
「先生の作られた人工知能、とても興味深く拝見しました。トップダウン型AIの行き着く所を見た気がします。しかし先生……私はもう1つの可能性を信じているんですよ。AIの行き着くもう1つの未来をね──」
「未来……?」
「えぇ──狂気の天才茅場晶彦。そして須郷伸之を輩出した重村研究室を主催していたあなたに、ぜひ見て頂きたいものがあるんです」
足を止めた菊岡がパネルを操作すると、ドアが開く──その先に待っていたのは、重村も目にした事のない光景だった。
「菊岡君、これは一体……!?」
「ま、初見じゃ驚くのも無理ないッスねー。てか菊さん、何も説明せずに連れてきたんスか?」
「外で軽々しく話していい内容じゃないし、言葉より実際に見て貰った方が早いだろう?」
「君は……比嘉君か?」
「うッス!お久しぶりッスよ、重村センセ。ちょっと痩せました?」
冗談めかして笑うメガネの青年は比嘉健──かつて重村の研究室にいた生徒であり、茅場や須郷とも直接面識のある後輩だった。
「比嘉君、進捗はどうだい?」
「んー、やっぱダメッスね。現行パッケージの型落ち版じゃ、過度なオーバーライドを処理できません。どっかしかでバグだのエラーだのが発生しちまいます」
「やはりか……」
「菊岡君、比嘉君……君達は、何をしている──何を、しようとしているんだ……?」
「何分機密事項なもので、内部の者以外に詳しくは明かせませんが……そうですね──大義の為、という事で納得頂ければ」
「……私に何をさせる気だ」
「何、難しい事はありません──重村先生、あなたには旧SAOサーバーの複製に協力して頂きたいのです。かのゲームがクリアされた時点の最新バージョンをそっくりそのまま、一切の破損無く──あなたなら可能なはずだ」
「……その為に、わざわざ私を助けたというわけか。思った通り強かな男だな、君は」
「褒め言葉と受け取っておきます──それでは、回答を伺いましょう」
「元より私に選択肢は無いのだろう?」
「流石は先生、理解が早くて助かります。では改めて──ようこそ、《ラース》へ」
Q.紅玉宮で戦ってたアリスはぶっちゃけ本人なの?自分の事どこまで自覚してるの?
A.9割方本人。残り1割は核になった銀木犀アリス(以下銀アリス)成分。ミツキと話してたのも9割の側で、銀アリスの「オリジナルから分けて貰った気持ち(愛)」に基づいてテレパシってました。自身の事に関しては相変わらず全然分かってないけど、「絶対また会える」っていう謎の確信からミツキに「頑張れ~」と言ってました。…あれ、傍目にはすっごい無責任だな…?
Q.折角のOSSなのに、アリスのはたった4連撃ってしょぼくない?
A.前の話で触れたように、アリスは連撃技が単発技程得意ではありません。なので「アリスが1番強く使える連撃数」を考えた結果、4連撃になったわけです。
Q.ミトとエイジはグラファイトを倒せたの?ミトはその後アスナと話したの?
A.結果的に倒せませんでしたが、かなり善戦しました。倒したのはNo.1キリト。その後、ミトはタイミングを見て退避し、アスナとは話してません。物陰から覗いてたんじゃないですかね。
これにてO.S編、完結…いやぁ、ここまで長かった!
アインクラッド編書いてた頃は「私はホントにアリシゼーションまでたどり着けるのか」と不安しかありませんでしたが、どうにかここまで漕ぎ着ける事ができました。
言うなればここまではグランドライン、これより先が新世界です。
ずっと前に一度投稿して削除、1年前に再スタートを切った本作をここまで応援してくださっている皆様には、改めて感謝を。皆様の感想や評価が本当に励みになっております…
「アレ」とか「ソレ」とか不安は尽きませんが、ここからが本番、頑張ります。
お付き合い頂き、ありがとうございました。