ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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希望との出会い

 ──ふと、少しひんやりとした風が頬を撫でた。

 

 次に感じたのは熱──優しく降り注ぐ陽光の暖かさ。

 

「ん……っ──」

 

 目を開ければ、そこには青空が広がっていた。

 

「……どこだ、ここ……?」

 

 体を起こして辺りを見回すと、思わず同じ言葉をもう一度零していた。

 周りは小高い岩山に囲まれ、緑は少ない。そんな中で唯一、俺が寝ていた地面一帯に大量の赤い花が咲き乱れていた。

 

「……本当にどこだ?」

 

 三度同じ言葉を口にする。少なくとも自宅でないのは確かだが、妙なのはこのような場所に全く覚えが無いことだ。

 

 直近の記憶を遡ってみても──夕方、ダイシーカフェでキリトやシノンらと話して、シノンを送っていこうと──この辺りで途切れている。寄り道は愚か、帰宅した記憶すら無い。

 まさか記憶喪失なんてことはあるまいと、頭の中で個人情報を片っ端から列挙してみる。自分の名前から年齢、住所、家族構成、ゲームで使っているキャラネーム、決して多くはない知り合いの名前までつらつらと出てきた辺り、どこかで転んで頭でも打った訳ではないらしい。

 

 ふと、傍らの花をジッと見つめてみる。葉を持たず、1本の細い茎を頼りに揺れるこの花には見覚えがあった──彼岸花だ。別名曼珠沙華、外国ではリコリスとも呼ばれていたか。

 

 この花は死者を弔う葬儀でよく目にするという事もあり、まさかここは死後の世界……等と縁起でもない想像をしてしまったが、緊張で心臓が脈打つ感覚があることからそれも違う筈だと己を落ち着かせる。

 

 一先ずここがどこにあるどの地点なのか、という問題は置いておき、よりスケールを広げた疑問をはっきりさせる必要がある──即ち、ここが現実世界なのか否か。という事。

 判断材料になり得るのは俺の格好だ。最後の記憶とは全く違う服装──麻のような目の粗い生地で出来たシャツと、簡素な革製の靴。勿論、俺の私物にこんなファンタジー世界の村人Aっぽい服は無い──からして、ここは仮想世界である可能性が高い。

 ALO以外にファンタジー系のゲームはプレイしてない筈だし、そもそも何かのゲームにダイブした記憶も無いのだが、それもログアウトすれば判明するだろう。と、俺は軽い気持ちで右手を縦に振る。すると小さな鈴のような音と共にメニューウィンドウが開く──筈、だったのだが。

 

「……?」

 

 眼前の空間には何も表示されておらず、先程と同じ花畑が広がるのみ。試しにもう一度、2本の指を揃えてゆっくりと縦に振ってみるが、結果は同じ。それならばと左手で同じ事をしてみるも、やはりウィンドウは出現しない。音声入力になっている可能性に最後の希望を託してそれらしいコマンドをいくつか口にしてみたが、それでもダメだった。

 

 まさか仮想世界ではないのか……?と思考が振り出しに戻る。UIが出てこなかった事に加え、降り注ぐ陽光や妙に乾いた風の感触。辺りに咲き誇る彼岸花のディティールに土の冷たさ──これら全ての情報が同じ回答を指し示していた。

 

 仮想世界というにはあまりにもリアル過ぎるのだ。ALOやGGOは勿論、SAOでさえこれ程の精度のグラフィックは出力できていなかった。もっと言えば、ここにあるモノはどれもポリゴン製のオブジェクトとは思えない。触った感触からして全く違う。現実世界のそれと比べても遜色のない──

 

「──まさか」

 

 そこまで考えてようやく、俺は1つの可能性に行き当たる。

 仮想世界としか思えない俺の服装に対し、現実世界としか思えない光景── 一見相反するこれらの要素が両立しうる世界を、俺は知っているではないか。

 

「アンダーワールド……ここはSTLの中……?」

 

 だがそうなると新たな疑問も湧いてくる。

 俺がアンダーワールドにダイブしている以上、経緯としてはラースでのバイトという事になるのだろうが、時給2000円という破格の報酬を引っさげたそのバイトも先日終わりを迎え、以降再びSTLを使用するような依頼を受けた覚えもない。加えて、この世界にダイブする際はダイブ前及びダイブ中の記憶がブロックされて、さもこの世界で生まれた人間であるかのような感覚になるはず。にも関わらず、俺は現実世界での記憶をこうして覚えている。

 

 何かしらの異常が発生しているのだろうか?だとするなら外部でモニタリングしているラースのスタッフが何か措置を取りそうなものだが──いや、FLAの影響でこの世界での数分、数時間はリアル側ではほんの数十秒である事を考えると、まだ異常に気付いていないだけ、という線もあり得るか。何にせよ、一度ダイブを中止した方がいいのは確かだ。フラクトライトに干渉出来るSTLで事故でも起きれば、ナーヴギア以上の大惨事に見舞われてもおかしくない。

 

「比嘉さん、STLに何か異常が発生してるかもしれない!一度ダイブを中止してくれ!」

 

 取り敢えず空に向かって呼びかけてみる。が、特に返答らしきものは無い。もう一度、今度は菊岡の名前も出してみるが、結果は変わらずだった。

 

「どうしたもんかね……」

 

 メニューが開けない以上──もしかしたら開く方法もあるのかもしれないが──俺はこの世界から自発的にログアウトすることが出来ない。外部の誰かがログアウト措置を取ってくれるまで待つ他無いわけだが、果たしてこの状況をスタッフ達が正しく認識しているのかさえ定かでない状態だ。考えたくないが、この状況がラーススタッフによって意図的に仕組まれた質の悪い実験という可能性もゼロではない。

 

 少し考えた末、取り敢えず周辺を散策してみることに。もしかしたらラーススタッフないし他のテスターがダイブして俺を探してくれているかもしれない。

 

「……そうだ、キリトは?別の場所にいるのか?」

 

 ラースの依頼でSTLを使用しているのなら、恐らくキリトも一緒の筈。しかし辺りをいくら見回せど、見慣れた黒髪の少年の姿は見つからなかった。

 仕方なし、と立ち上がった俺は、まずこの花畑を出ようと歩き出す。花達を踏まないよう足元に気を配りながら進んでいると──

 

「──おいお前!」

 

「は、はいっ……!?」

 

 不意に飛んできた声に、俺は歩みを止めて顔を上げると──そこには、見紛う事なき人影があった。間違いなく人間だ。これ幸いと俺は足元を注意するのもそこそこにその人影へ駆け寄る。

 

「おい、あんた。ラースの──」

 

「……?」

 

 ラースのスタッフか?──バカ正直にそう聞こうとして踏み留まった俺は、目の前にいる人物──緋色の髪が特徴的な少女をジッと見つめる。

 見たところ俺と歳はそう変わるまい。前髪の間から白いおでこを覗かせ、意志の強そうな眉をひそめて怪訝な表情を浮かべる彼女の正体は、次の内どれかだ。

 

 1.俺と同じくSTLのテスターないしラースのスタッフで、俺と全く同じ境遇。

 2.テスターでこそあるものの、リアルでの記憶がブロックされた、ほぼこの世界の人間。

 3.NPC

 

 1なら話は早いのだが、他2つだった場合はかなり厄介だ。この世界の住人として活動している者にやれ「STLに異常が~」だの「ログアウト手段は~」だのと聞いた所できちんとした回答が得られないのは明白だし、何なら頭のおかしい異常者と見做され避けられてしまうかもしれない。少しでもこの世界の情報が欲しい今の俺にとって、それは最悪に近い展開だ。

 

 どちらに転んでも大丈夫なよう言葉を選びつつ、彼女がどの立ち位置にいる存在なのかを探るにはどう切り出すのが最良か、俺の国語力を総動員してアレコレと考えていると──

 

「──お前、初めて見る顔だな。どうやってここに踏み入った」

 

 先んじて口を開いた少女の言葉からは、あちらもまた俺が何者なのかという探りを入れているように感じられる。彼女もまた俺と同じ境遇なのかと思いつつ、俺は質問に答えた。

 

「あー……その、正直に言うと、分からないんだ。気づいたらこの花畑で倒れてて、どこから来たのかも、全く……」

 

「分からない……自分の名前もか?」

 

「名前……は、覚えてる。えと、俺はミツキだ」

 

「ミツキ……聞かぬ名だ。やはりここの人間ではないな。その上記憶を失っているときた──これではまるで《ベクタの迷子》だ」

 

「《ベクタの迷子》……なんだそれ?」

 

 曰く、《ベクタ》という闇の神が悪戯に人を攫い、記憶を引っこ抜いた上でどことも知れぬ土地へ放り出す──そんな御伽話があるのだという。なる程、確かに今の俺の置かれた状況と合致する。

 

「えっと……そういうあんたはここの生まれなのか?」

 

「……そうだ。私はこの地で生まれ育った──その事も知らないとは、どうやら記憶が無いというのは真実のようだな。悪意を持ってこの花畑に踏み入った訳ではないらしい」

 

「わ、分かってもらえたようで何より──ここはどこなんだ?」

 

「ここはノーランガルス北帝国にある貴族私領地の一角、我が一族が代々治める土地だ」

 

 初めて聞く単語のオンパレードに混乱しそうになりながら、今しがたの会話で得られた情報を整理する。

 まず、ここはその北帝国とやらの貴族が治める領地の中で、彼女は領主の血縁者、という事なのだろう。それなら、俺の村人装備とは比べるべくもない彼女の服装にも合点がいく。そして恐らく……

 

「……取り敢えず、()()から出たいんだが。どうすればいいか分かるか?」

 

 意味をボカしつつカマをかけてみる。

 

「何だその質問は?どこへなりと勝手に出ていけばいいだろう。別に引き止めはせん」

 

 特に考える様子もなく返ってきた言葉。まだ確証を得られず、今度は思い切ってあるワードを加えてみた。

 

「や、そうじゃなく──ログアウト、したいんだ」

 

 どうだ……!?

 彼女の表情を伺うと──

 

「ろぐ……あうと?何だそれは、響きからして神聖語のようだが……」

 

 と、困惑していた──やはりというべきか、確定と見ていいだろう。彼女はラースの関係者ではない。少なくとも彼女視点では、この世界で生まれ育ったアンダーワールド人という認識のようだ。

 腹の探り合いじみた真似をこれ以上しなくて済む事に対する安堵からホッと息をついた俺は、それならそうと方針を切り替えて会話を続ける。

 

「悪い、ここじゃ通じなかったか。えっと……取り敢えず、どこか腰を落ち着けられる場所──宿とか、そういう場所は?」

 

「生憎、そういった施設はここには無い。元より、こんな痩せた土地をわざわざ訪れるモノ好きなどいないからな」

 

「そうか……参ったな。野営生活するにも何も持ってないし──」

 

 ふと、ぐぅ、と俺の腹が音を上げる。次いで、胃が締め付けられるような不快な痛みが込み上げてきた。どうやらアンダーワールドは飢餓感までも現実のそれを再現しているらしく、そうと分かった途端、俺は強烈な空腹と喉の渇きを覚える。

 

 そんな俺を見た少女は、小さく嘆息すると、

 

「……止むを得ん、付いて来い」

 

「え……?」

 

「出会ったばかりの赤の他人といえど、目の前で飢え死にするのを捨て置くのは貴族の沽券に関わる。記憶が戻るまで、最低限の食事と寝床程度は提供してやらんでもない」

 

「ほ、ほんとか?」

 

「ただし、いくら《ベクタの迷子》といえど、素性も知れん奴をただで置いてやるわけにはいかん。滞在中は領民の仕事を手伝ってもらうぞ」

 

「勿論。一宿一飯の恩義は返すさ──宿も飯もこれからだけどな」

 

「無駄口を叩くな、置いていくぞ」

 

 踵を返してスタスタと歩いていく少女の後を、俺は慌てて追いかける。

 

「──あ、そうだ。まだあんたの名前を聞いてなかった」

 

 少女は一度足を止め、俺の方へ向き直る。

 

「……メディナ。誇り高きオルティナノス家9代目当主──メディナ・オルティナノスだ」

 

「と、当主……!?」

 

 彼女の言葉から領主の家系に連なる者であるとは推測していたが、まさかこの若さで当主とは……

 

「……何だ、文句があるのか」

 

「い、いや。何でも──改めて、ミツキだ。これからよろしく頼む、メディナ」

 

 凛と胸を張って答えた少女──メディナに、俺もまたしっかり名乗ってから手を差し出す。

 その手を見て目を丸くするメディナは、短く逡巡したような様子を見せると、一瞬だけ俺の手を握って歩みを再開した。

 

 貴族らしい高貴な雰囲気を持つ少女と、その後を付いて行く質素な男──この状況に、俺はどこか懐かしさを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メディナに付いて歩く中で、先程彼女が言っていた「痩せた土地」というのが謙遜でも何でもない言葉通りの意味だということが分かった。

 

 花畑から出た瞬間、辺りから緑らしい緑は消え失せ、ゴツゴツと険しい岩場や草の根一つ見当たらない荒野が広がっていた。領民達が暮らす居住地の近くに来れば畑もいくつかあるのだが、そのどれもがお世辞にも豊かとは言えず、特に大きな畑2つを使って育てているのがこういった土地でも育ちやすい芋である点が、ここの人々の困窮した暮らしを如実に物語る。

 

 極めつけはメディナの暮らす屋敷だ。貴族の屋敷というのだから金持ち然とした建物を勝手にイメージしていたが、いざ目に飛び込んできたのは領主の屋敷というには余りにもこぢんまりとした──領民達の家と比べれば十分立派ではあるのだが──古びた木造の家だった。築年数も結構なものらしく、所々に修理の跡が見て取れる。

 

「見て分かるだろうが、饗しらしい饗しは期待するな。お前は客人ではなく放浪者、特別扱いはしない。さっきも言った通り、寝食にありつきたいなら皆と共に働いてもらう」

 

「雨風が凌げて、食事を貰えるだけでも十分ありがたいよ。俺に出来る事なら何でも言ってくれ」

 

「殊勝で何よりだ。──物置同然ではあるが、空いている部屋が1つだけある。少し掃除すれば寝床には十分だろう。それが終わったらここに戻って来い。お前の仕事を手配する」

 

「分かった」

 

 俺に充てがわれた部屋は確かに埃っぽく、ベッドの1つも置かれていない殺風景な小さい部屋だが、置いてもらう以上贅沢は言えない。屋敷に勤める人々に挨拶回りをしつつ、借りた雑巾で手早く掃除を済ませ──こちとらリアルでは汚部屋を幾度となく相手してきた身なので、この程度造作もない──屋敷の前に戻ると、メディナが俺を待っていた。

 

「来たか──こっちだ」

 

 彼女に連れられてやって来たのは、だだっ広い空き地。四隅に木の杭を打ち込んでロープを張った内側で、数人の農夫達が黙々と鍬を振っていた。

 

「ここに新しい畑を作っている最中でな。お前にはこの開墾作業を手伝ってもらう。話は通してあるから、詳しいやり方は皆に聞け」

 

 それだけ言って立ち去るメディナを見送った俺の元へ、農夫の1人──ガタイのいい髭の似合うおっちゃんが歩み寄ってくる。

 

「おう、お前さんが《ベクタの迷子》ってやつかい。メディナ様から話は聞いてるよ。農作業を手伝ってくれるんだってな?」

 

「あ、ああ。暫くここの世話になるよ。よろしく」

 

「若い男手が増えるなァ大歓迎さ!お前さん、鍬は振れるかい?」

 

「あー、実際振るのは初めて……かもしれない」

 

「ガハハ!ま、記憶を引っこ抜かれたんなら当然だわな。教えてやっから、こっち来い──にしてもヒョロっちぃ身体だなぁ、若ェのはもっと飯を食え飯を!」

 

 ほんの最近、似たような事を言われた気がする──そんな事を考えながら、俺は農夫達と共に畑を耕す作業に取り掛かるのだった。

 




※「僕のいる村ではそう呼ぶ」byユージオ、と原作にあるように、ベクタの迷子はルーリッド特有の民間伝承説もありますが、本作では範囲を広げて北帝国じゃ結構有名なおとぎ話という事でひとつ(他の帝国では違う呼び方されてたりするのかもしれません)

ミツキの出会った第1アンダーワールド人はメディナです。
バイトでログインした際、ミツキは連行途中にログアウトしたわけですが、その座標が丁度オルティナノス領の上だったわけです。

…あああああ…やっちまったああああ…未来の私は上手い事やれるのか。
正直言うと、現状アリリコ√に進む予定は無いんです。そうなるとメディナの設定を弄る必要が出てきて、けどそれじゃ魅力半減しない?出す意味ある?って自分でもちょっと考えちゃって…
一応、理由(と言えるか怪しいですが)はあるんですけどね…
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