「よっ、こら──せ!」
我ながらジジくさい掛け声と共に、抱えていた木材を荷車に積む。
「──これくらいあればいいか?」
「ああ、十分だ。それじゃ戻ろうか」
荷車の前に立っていた中年の男性がハンドルを握る傍ら、俺は後方に回って荷車を後ろから押す──ここら一帯の地面は凸凹している為、こうした方が圧倒的に楽なのだ。
俺がメディナの所で生活するようになってから早3日──まだ短いとはいえ、1日ガッツリと働いているお陰で、ある程度は仕事内容も頭に入ってきた。
同時に、この世界の事も少しずつ勉強を進めている。記憶を失った《ベクタの迷子》という都合のいい立場を利用して都度アレコレと聞いているが、正直、俺が元いた世界とは違う部分も多く、驚く事ばかりだ。
例えば、ここアンダーワールドでは犯罪率が驚くほど低い。
《公理教会》なる組織が世界全体に《禁忌目録》という法律を敷いているらしく、アンダーワールド人は幼少期から、ちょっとした辞書程もありそうな分厚い本に書かれた法律を聞かされ、何人も破ってはいけない絶対の法として遵守する事を教えられるのだという。
何かの弾み等不可抗力で禁忌を犯してしまう者もいるそうだが、そんなケースは何年に1回起きるかどうかというレベルで──例として、禁忌目録に「盗みを働いてはいけない」とある以上、窃盗など起きっこないのだから倉庫や物置に鍵を掛けない。という辺り、この世界の住人の遵法精神の高さが伺える。
次に《天職》の存在。
アンダーワールド人は皆、物心つく頃には《天職》なる役割が与えられ、その仕事に生涯の大半を費やす。要はRPGお馴染みの《ジョブ》なのだが……街の門番を務める《衛士》だったり、シスターとして教会に務める《修道女》、獣を狩る《狩人》、その他《商人》だとか《鍛冶師》といった俺でもパッと思いつくようなものだけでなく、毎日ひたすら農作業に従事する《農家》や、毎日ひたすら木を切り続ける《木こり》の他、「え、そんな事まで?」というような仕事を天職として持つ者もいるらしい。
俺をここに置いてくれているメディナは《貴族》──何ともフワッとした、職業に分類されるものかも怪しい天職だが、その役割として先祖代々土地を治める領主を務めている。
尚、例外中の例外として、この世界の生まれじゃない俺にそんなモノは存在しない。強いて言えば《浮浪者》とか、ここ数日色んな仕事を手伝っていることから《何でも屋》とかになるのだろうか。
一方で予想通り──もといすんなりと飲み込めた事もある。それが《天命》という概念だ。
人や動物といった生物に始まり、この世界に存在するありとあらゆる存在には《天命》という数値が設けられており、分かりやすく怪我をする他、激しい運動で体力を消耗しても減少する。天命が尽きると生き物なら命を落とし、物品なら腐ったり壊れてしまうのだ。
早い話が
と、このように世界の仕組みを日々学んでいる訳だが、誰に聞いても一向に分からない事が1つだけあった──ズバリ、このアンダーワールドが生み出され、存在する理由である。
そりゃあ、俺だって「あなたの世界は何の為に存在するのですか?」等と問われた所で明確な回答など出来ようもないが、外の世界からやってきた立場として考えても、この世界の運営目的が全くと言っていい程掴めない──いや、厳密に言えば1つだけ、こうではないかという予想はある。しかしそれを認めることを、心のどこかで恐れているのだ。
《ニーモニック・ビジュアル》を始めとしたSTL技術で作り出せる仮想世界のクオリティに関しては最早疑うべくもなく、寧ろそこが仮想世界であることを自覚できるようなマーカーなりが必要だろうと思うレベルだ。そしてそれは以前のバイトでテストダイブした小部屋の段階で既に完成されていた。わざわざこんな広い世界を構築する必要はない。
最も奇妙な点として挙げられるのが、この世界に生きる人間の数──ここオルティナノス領で暮らす者だけを数えても、ざっと数十人以上はいる。俺は当初、メディナと出会った際に彼女がラーススタッフないし俺と同じSTLのテスター、或いはNPCである可能性を考えたわけだが、数日ここで暮らしてみてある違和感に気付いた。
いないのだ──おおよそNPCと呼べるような存在が、ただの1人も。
慣れ親しんだRPGのNPCは、話しかけるといくつかの定型文をひたすらループするのがお約束で、VRMMOのように会話の自由度が高くなっても「こう言われたらこう返す」という単調な思考ルーチンで稼働している以上、予め用意された応答パターンに存在しない返事は出来ない。首を傾げたり、困った顔をしながら「質問の意味が分かりません」的な返答をするものだ。
しかしここに暮らす人々は同じ文章をループ再生なんてしないし、話しかけた回数分、違う内容の会話を行う。答えられない質問には答えられそうな人の心当たりを教えてくれたり、自分の持つ知識と照らし合わせた推測を披露したり、或いはすまなさそうに会釈をする──その仕草や表情は、単調なプログラム制御で動くNPCとは思えなかった。
つまり、少なくともここにいる数十人以上の人々は全員、俺と同じ思考能力を持っている──ラースの依頼でSTLを使ってダイブしている人間ということになるのだが、それは絶対にありえない。
何故なら、俺とキリトがバイトで訪れた六本木にあるラースのビルには、STLが3機しか置かれていなかったからだ。これ程のマシンを既に3機量産していた事も十分驚きだが、つまりこの世界にダイブ出来る人間はあと1人──キリトがダイブしていない場合はプラスもう1人──だけという事になる。
俺が目にしてないだけで、他にもSTLが設置されているのかもしれないが、それを加味しても、無名の企業があんな大規模マシンを何十機も用意出来るわけがない。第一、まだ実験段階のマシンを大量生産するメリットが無いではないか。
この世界に入り込める人間の少なさに対して、しかし人間としか思えない人物が多過ぎる──やはり、現時点で納得のいく答えは1つしか浮かばない。
この世界で生活する人間の大部分は、恐らく──
「──ちゃん──ミツキ兄ちゃん!」
「ッ──と、悪い。考え事してた。どうした、カイル?」
木材運搬の作業を終えて休憩していた俺の顔を覗き込んでいたのは、2人の幼い兄妹──兄のカイルと、妹のサリだった。
「兄ちゃん、今日の仕事はもう終わりでしょ?一緒に森に探検しに行こうよ!」
「前の安息日にね、お父さん達と森に出かけた時、岩山の麓に洞窟を見つけたの」
「洞窟?」
「うん!きっとあの奥には何かお宝があるに違いないよ!」
洞窟の奥に眠る金銀財宝、というのはRPGでもお馴染みだが、小さな子供がそんなロマンを語っているのを見ると何とも微笑ましい気持ちになる。
「お宝か……でも、子供だけで森に入っちゃダメってメディナから言われてるんだろ?」
「だから一緒に来てって頼んでるんじゃん!」
「……俺、一応まだ二十歳にもなってない、と思うんだけどな。多分」
「俺達からすれば十分大人だよ。父ちゃん達と一緒に仕事してるし」
「次の安息日にまたお父さんと行くんじゃダメなのか?」
「危ないから中に入るのはダメだって止められちゃったんだよ……絶対何かあるのにさぁ」
「うーん……正直な所、俺も同じ意見だなぁ。洞窟はな、暗くて何も見えないんだぞ。蛇とか蝙蝠とか、でっかい蜘蛛なんかがウジャウジャ出てきたりするぞ、きっと」
「……お兄ちゃん、行った事あるの?」
こてんと首を傾げるサリの言葉に、しまったと口を噤む。ついSAOやALOでの記憶を元に話してしまった。この世界では基本的に
「あ、いや……ほら、洞窟って暗くてジメジメしてるし、そういうのがいそうな感じするだろ?」
「大丈夫だって!ほら早く~!」
妙に焦った様子で俺の腕をグイグイ引っ張るカイル。……少し様子が変だ。
「……なぁカイル。何でそこまでして洞窟の奥に行きたいんだ?お宝があるかもって言ってたが、絶対ってわけじゃないんだろ?」
努めて優しく、諭すように聞いてみる。俺の腕から手を離したカイルは、小さく顔を俯けてボソボソと訳を話し始めた。
「だって……お宝があれば、メディナ姉ちゃんが喜んでくれると思って」
「メディナが?」
「うん……兄ちゃんは来たばっかで知らないだろうけど、ここにはたまに他の貴族の奴らが来るんだ。あいつら、来る度に父ちゃんとか皆のこと貧乏人って馬鹿にして……メディナ姉ちゃんの事も《けっかんひん》って言って笑うんだ……っ」
次第に声を震わせる兄の手を、サリが気遣わしげにそっと握る。
《欠陥品》……メディナが他の貴族からそんな風に呼ばれていたとは知らなかった。考えられる理由としては、貴族というにはあまりに貧しい生活を送っている事などが挙げられるが……だからといって欠陥品とまで言われる程ではないように思える。この土地が荒れ果てているのは事実なれど、それだってきっと天災の類によるものの筈。メディナ本人が責められる謂れは無いだろう。
「俺……悔しいよ。メディナ姉ちゃんは皆の為に一生懸命頑張ってるんだ。たまに俺達とも遊んでくれる、優しい姉ちゃんなんだ。なのにッ……何も知らないあんな奴らに笑われてるのに、何も言い返さないんだ」
「カイル……」
「だから……お宝を見つけてお金にすれば、あんな奴らに馬鹿にされなくて済むんじゃないかって。メディナ姉ちゃんは──俺達の領主様はお前達なんかよりずっとずっと凄くてカッコイイんだぞって、思い知らせてやりたくて……」
カイルは滲んだ涙を袖で乱暴に拭う。子供は時に下手な大人より聡明だと聞くが、彼なりにメディナや領民の皆の事を思っての事だったようだ。ほんの7~8歳、社会の荒波に立ち向かうにはまだまだ早過ぎる歳だというのに。
「……よし分かった。俺が見てくるよ。場所を教えてくれるか?」
「兄ちゃん……?」
「さっきも言った通り、洞窟の中は暗くて危ないからな、お前達は連れていけない。けどカイルの気持ちはよく分かった──どこの誰とも知れない奴をこうして住まわせてくれてるんだ、俺だってメディナや領民の皆に少しくらい恩返ししたいし……それにな、兄ちゃんもお宝とかそういう話、結構好きなんだ」
カイル達の話によれば、今日俺が木材運びで訪れた森林を進んだ先に件の洞窟があるらしい。2人と別れた俺は、居住地から少し離れた森へ向かった。
足を踏み入れるのは本日2度目となるこの森は、オルティナノス領の端っこにある、唯一と言っていい自然地帯だ。といっても広さは大した事なく、ど真ん中に小高い岩山があるせいで、緑の割合もかなり限定されているのだが。
岩山の周りをぐるっと1周してみると……件の洞窟がぽっかりと口を開けているのを発見。外から覗き込んだ感じ、結構奥まで続いているようだ。足を踏み入れ、10メートルも進めば外の光が届かなくなり、すぐに目の前が真っ暗になる。
ここに来て「何か灯りを持ってくるべきだったか…」と後悔しつつ、今から引き返すのも面倒なのでこのまま進むことに。幸い、仮想世界内ではある程度の暗闇までなら目を慣らさなくても薄らと視界が確保される。壁に手を付き、足元を確認しながら慎重に歩みを進めていった。
途中何度か曲がりつつも、分岐の無い1本道をゆっくり進みながら、カイルの言っていた事を思い出す。
この洞窟の奥にはお宝がある──彼はああ言っていたが、俺個人としては相当望み薄だろう、というのが正直な所。所詮子供の妄想だ、という話ではない。より厳密に言えば、仮に宝があったとしても、既に持ち去られているのではないだろうか。
オルティナノス現当主であるメディナは9代目と言っていた。この世界の人間の平均寿命を俺達の世界と同じく80歳前後とした場合、領民達の暮らし慣れた様子と合わせて考えれば、少なくとも彼女らは数百年に渡ってこの領地で暮らしていると見ていい。いくら端っことはいえ、それだけの時が経っていれば既に誰かが探索に入っていてもおかしくない。
現状を鑑みるに、やはりここにお宝らしき物は無かったか──或いは、売り払っても大した財にならなかったのかもしれない。俺の行動も全くの徒労に終わる可能性が高かったが……それでも、もしかしたら──0.何パーセントくらいの確率で本当に財宝が眠っている事も考えられる。失敗したとて何か損をするでもなし、俺には打って付けだろう。
無言で歩き続けること数分──前方に光が見えてきた。思わず足を速めてその光に踏み込む。軽く眩んだ目を瞬かせた俺は、無意識の内に感嘆の息を漏らしていた。
まず目に入ったのは、直径にして5メートル程の小さな池──もとい水溜り。長い時間をかけて雨水が溜まったものなのか、天井に空いた穴から差し込む陽光をキラキラと反射させている。
そしてその中心に突き立つ──岩、だろうか?ゴツゴツと不格好な形状の塊が、光の中でポツンと存在感を放っていた。
あの岩に触れた瞬間、何かのフラグが発生してクエストが始まる──ついゲーム脳でそんなふうに考えてしまうが、空気を読んだ冷静な方の俺は、別の感想を抱いていた。
見た目からして周りのそれと明らかに異なる材質の岩。天井に空いた穴と、水溜りを作った地面の窪み、そしてその丁度中心に不自然なバランスで屹立する岩。これはまるで──
「まるで…──ッ!?」
ふと、俺の耳が異音を捉える。穴の向こうから微かに聞こえてくる鳥の囀りでもなければ、吹き込んでくるそよ風でもない。背後から聞こえたこれは──獣の唸り声。
SAOでの長い戦いで染み付いた癖か、反射的に振り向き身構える。暗闇の中で光る、小さな2つの光とバッチリ目が合った。
一方──オルティナノス領では、ミツキが出かけたのと入れ替わりになる形で、近隣の貴族の集まりに顔を出していたメディナが帰還していた。
「──皆、一度作業を止めて集まってくれ!領民全員に周知しておく事がある」
メディナの呼びかけで、作業中だった大人から野を駆け遊んでいた子供まで、領民全員が屋敷の前に集められる。
「先程、会合で耳にした話だ。先日、近隣貴族の私領地から獣が逃げ出したらしい。この辺りは住みつくには適さないから、大丈夫だろうとは思うが……食うに困って人里まで出てくる事も考えられる、皆注意してくれ。夜間の見回りを担当する衛士は一層気を引き締めろ。それと、暫く森には近づかないように。安全が確保されるまで、木材は今ある備蓄分でやり繰りして──」
「えっ……!?」
メディナの言葉を遮るように、あどけない声が飛んで消える。その主は幼い兄妹だった。
「……どうした?カイル、サリ」
「えっと、その……」
「……もしや、どこかで獣を見たのか?」
「ううん。そうじゃ、なくて……!」
「ちょっと前にね、ミツキお兄ちゃんが森に……」
「……あぁ、俺も見たぞ。散歩でもしに行く様子だったから、特に気にしなかったが……」
子供達に加え、衛士の1人の証言も得たことで信憑性が高まる。何より、集められた領民達の中にミツキの姿が無い。
「あいつが出て行ったのはいつだ?」
「丁度、昼の鐘が鳴った少し後です」
「となると……普通に歩いても森に入っている頃合か」
「ごめんなさい……俺が、変なこと言ったから……」
聞けば、カイルが森の岩山にある洞窟の奥に何かがある。と言いだしたのが事の発端だったらしい。それを受けて、ミツキは単身で洞窟へ向かったのだという。
「そうか……お前達の所為ではない。ただ間が悪かったというだけの話だ。アイツはきっと無事だよ」
泣き出しそうな子供達の頭を優しく撫でたメディナは、衛士だけを残してこの場を一時解散する。
「彼を探しに行きましょう!すぐ準備を──」
「いや、私が行く。お前達は引き続きここの警備を頼む。すれ違いになるかもしれんし、件の獣が現れる可能性もある──何より、私がもっと早く戻っていれば、こんな事にはならなかった訳だからな」
「しかしお1人では……!」
「心配には及ばない。私には父上から受け継いだオルティナノスの剣がある。獣如きに遅れは取らんさ」
一度屋敷の私室に戻ったメディナは、壁に掛けられたひと振りの剣を手に取る。僅かに鞘から抜けば、緩く弧を描いた刃が顔を覗かせた。
純白の刀身を縁取るは、彼女の髪と同じ、燃えるような緋色の刃──銘を《陽炎の剣》。
「オルティナノスは、いつ、いかなる時も『強く 正しく』誇りを忘れてはならない──」
亡き父がよく口にしていた一族の家訓。幼い頃はよく意味を理解できておらず、父が亡くなるほんの数週間前までは「こんなものに意味があるのか」とさえ思っていたが……いざ自分が当主として一族を背負い、民の上に立つようになってから、ようやく意味が理解できた。
「父上……私は誇り高きオルティナノスの当主として、民を守り、導く貴族として。すべき事をします」
クローゼットから取り出した剣帯を腰に巻き、剣を吊る。
父から受け継いだ剣の重みを噛み締めたメディナは、衛士達に「鐘が二度鳴るまでには戻る」と言い含め、単身ミツキを探しに森へ急ぐのだった。
アンダーワールドの話を書いてると禁忌目録を全部載せた本とか欲しくなりますねぇ