ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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分割その2


友達候補

 場所は戻り、洞窟──俺は今まさに窮地に立たされていた。

 

「こいつはマズイな……」

 

 謎の唸り声に気付き振り向いた次の瞬間、その主である獣に飛びかかられた。

 寸での所で回避し、俺の肩程もあろう巨体の獣は例の岩に顔面から激突。岩が砕ける程の突進力に戦慄しながらも、短く昏倒した隙を突いて、俺は適当な岩を足場に、天井付近に突き出た岩場へよじ登る事に成功する。

 奴の跳躍力ではギリギリ届かないここを一時的な安全地帯とした俺は、間違っても足を滑らせたりしないよう注意しつつ、この場を切り運ける方法を必死に模索していた。

 

 かつての俺──SAOやALOならばあんな獣1匹どうという事はないのだが、如何せん今の俺には武器になる物が無い。松明の1つでもあれば多少は違ったかもしれないが、とにかく真っ向から奴を撃破するのは現状不可能だ。

 

 お次は脱出する策だが、こちらもまた望み薄と言わざるを得ない。洞窟という閉鎖空間。天井の穴は絶対届かないので、使えるのは来る時に通って来た1本道だけ。獣は俺が下りてくるのを今か今かと待ちわびており、隙らしい隙は見つからない。背を向けようものなら、その瞬間、ナイフのような鋭い牙で肉を食いちぎられるのは想像に難くない。少なくとも今は無理。

 

 更なる第3案……あの獣を手懐ける。SAOやALOでもモンスターテイマーというのは存在しており、シリカなんかは野生状態だった《フェザーリドラ》を木の実を使ってテイムし、以降相棒の《ピナ》として長らく共に戦っている。眼下の獣は可愛らしく人懐っこいピナとは比べるべくもないが、ALOのケットシーが操る飛龍(ワイバーン)と比べれば、可愛く思えなくもない。だがしかし、この案にも重大な穴がある──今の俺はテイムに必要な食料も何も持っていないのだ。

 そもそもの話、この世界で獣を手懐ける方法が分からない。同じ仮想世界といえど、SAOやALOと丸きり同じという事はあるまい。仮に俺のポケットに木の実やら干し肉やらがあり、最初の内はそれでどうにかなったとしても、餌が尽きた途端ガブリ、なんて笑い話にもなりゃしない。これも却下。

 

 あれもダメ、これもダメ。ならば必然的に取れる手段は1つに限られる──待ちの一手だ。

 

 奴もずっとこのままではいない筈。頑として降りてこない俺に痺れを切らして立ち去るか、或いは疲れて眠るなりするだろう。そのタイミングをひたすら待つ──だがこの獣、思いの外辛抱強い性格なのか、一向に俺から目を離そうとしない。この嫌な緊張感で寝落ちなどせずに済みそうではあるが、それも俺の気力が尽きるまでの話だ。いずれ集中も切れるし、腹だって減る。捕食・被捕食の関係性を考えれば、この根比べは圧倒的に俺が不利。

 

 一応、領地の誰かが俺を助けに来てくれる可能性もあるが……それも確実とは言い難い。

 何せ俺はつい最近転がり込んだだけの他所者で、記憶喪失という立場上、出て行ったきり帰らなくなっても「記憶が戻った」として納得出来てしまうからだ。

 これでも、領民の皆と友好的な関係を築けるよう努力してきたつもりではある。しかしわざわざこんな場所まで探しに来てくれる程仲が良いかと問われれば、すぐさま首を縦に振れないのも事実だった。

 

「(やっぱプランBは考えとくべき……いや、今すぐ行動に移すべきか。何か使えそうなものは──)」

 

 この膠着状態がいつまでも続くようであれば……とそう思ったが、しばらく睨み合いを続けた先、心身共に消耗した状態で満足に動けるか怪しい事を考えれば、動ける内に打って出るべきと予定を変更。俺は獣の様子を警戒しつつ、洞窟の中によくよく視線を巡らせる。

 ここにあるのはとにかく岩。手のひらサイズのものから両手で抱える程のものまで選り取りみどりだが、生憎すぐ手が届く場所には無い。よってここから岩を落としてぶつけるのは無理。やはり、何をするにも一度ここから降りる必要がありそうだ。

 幸い高低差はそこそこあるので、飛び降りざまに頭を踏んづけて怯ませる程度の事は出来るかもしれない。だがそれだけでは逃げるのに不十分。道中ほぼ真っ暗闇で全力疾走もできない以上、アンダーワールドの俺の足ではすぐに追いつかれる。であれば、怯んでいる隙に奴を倒す──そうでなくとも、痛手を負わせる手段が必要になる。

 

「(降りたらすぐ適当な岩を拾って、投げるなり叩きつけるなりするか……)」

 

 俺から見て1時方向──獣の斜め後ろに、ちょうど良さそうな岩があるのを発見。飛び降りたらすぐそこに向かえるよう、一連の動きを頭の中でイメージする。

 

 ひとつ深呼吸を挟んだ俺は、体勢を整えながら眼下の獣を今一度見据える──心なしか、先程よりも目が血走っているように見えた。

 

「悪いが、こっちも大人しく餌になってやる訳には行かないんでな──ッ!」

 

 意を決して飛び降りる。奴も明確に攻撃の意思を持って向かってくるとは思っていなかったらしく、虚を突かれた獣の頭に俺の膝がめり込んだ。それでK.O出来ればラッキーだったが、流石にそう上手くはいかない。潰れた声を漏らす獣を尻目に、俺は地面を転がって目的の岩塊に手を伸ばす。掴み上げたハンドボール大のそれを、思い切り投げつけた──!

 

「ギャンッ──!」

 

 岩塊は奴の目にクリーンヒット。大きな隙が生まれる。俺には逃走と追撃の2択があったが、立て続けに頭に攻撃を食らってもまだ立っているあたり、逃走は無理筋と判断。追撃を加え、完全に奴の息の根を止める事を選んだ。

 

 次なる得物()を探し、素早く視線を走らせる──視界の端で、キラリと何かが光った。

 殆ど反射的に駆け出し、手を伸ばしたのは──水溜りの中に落ちていた、例の岩の破片。丁度先端が杭のように鋭いそれを突き刺せば倒せる……そのはずだったのだが。

 

「ッ──重ッ……!?」

 

 破片といっても全長1メートル前後、ある程度の重さはあるだろう──寧ろあった方がいいと思っていたが、掴んだ破片は想像を大きく上回る重量を誇っていた。片手ではびくともせず、両手でやっとこ持ち上がるレベルだ。

 ほんの1秒そこら、しかし致命的なタイムロス──獣がダメージから回復し、俺に飛びかかってくるには十分過ぎる時間だった。

 

「グルァ──ッ!!」

 

 襲い来る獣の(あぎと)、俺は仰向けに倒れ込むようにして破片を割り込ませ、猿轡よろしく奴の口に噛ませる。食いつかれる事は無かったが、凄まじい荷重が俺の腕にのしかかって来た。破片だけでもかなりの重さがあったというのに、獣の体重まで加わっては流石に支えきれない。最初こそ踏ん張れていた両腕はどんどん下降し、地面に着いた肘を突っ張る事でどうにか耐えている状態だ。

 

 破片を噛み砕こうとしているのか、目の前で牙が小さく動く。生暖かく、獣臭い息を間近に感じながら、俺はこいつの腹を蹴り上げて引き剥がさんと足を縮めようとしたが……

 

「──グッ……ァ……ッ!?」

 

 不意に激痛が走った。視線を下に向ければ、獣の後ろ足──その先に生えた不揃いな爪が、俺の腿に食い込んでいる。獣が、或いは俺が少しでも身動ぎする度に、潜り込んだ爪で中身が抉られているのだ。傷口から滲み出る赤黒い液体があっという間に広がり、ズボンに大きな染みを作る。

 

「ァ……ッぐ……フッ、ふぅ……ッ!」

 

 余りの痛みについ叫びそうになるのを、根性で堪える。割れんばかりに食いしばった歯の隙間から、眼前の獣に勝るとも劣らない荒い息が漏れた。

 俺がこれまで渡り歩いてきた仮想世界は、VRMMO──あくまでもゲームとして存在していた世界だ。ペインアブソーバによって痛覚がほぼシャットアウトされていたからこそ、俺は多少のダメージにも臆することなく戦えた。しかしアンダーワールドは違う。真相はともかく、ゲームとして開発されてない事だけは確かなこの世界ではペインアブソーバが機能していない。傷を負えば現実と同じ──否、脳内物質による苦痛緩和が働かない分、現実以上の……よりダイレクトな「痛み」が襲いかかる。

 

 気を抜けば意識が飛びそうな痛みに必死で耐えながら、俺は無事なもう片方の足を使い、更なる激痛覚悟で今度こそ奴を引き剥がそうとする。

 

 そんな時だった──

 

「──おい無事かッ!」

 

 洞窟に響く、聞き覚えのある声。これは──

 

「メディナ……ッ!?」

 

 どういうわけかこの場に駆けつけてきたメディナらしき人物は、金属が擦れる涼しい音と共にこちらへ駆け寄ると──

 

「せィッ──!」

 

 鋭い気合に続き、苦しげに呻いた獣が俺の上から飛び退る。爪が引き抜かれた際の痛みに顔を顰めた俺が次に目にしたのは、緋色の刃が特徴的な剣を携える彼女の姿だった。

 

「メディナ……何でここに……」

 

「生きてはいるようだな──下がっていろ」

 

 メディナはそれだけ言って獣に向き直る。背後からの不意打ちを受けた獣は背中から血を滴らせているが、それでもまだ動けるらしい。明確に手傷を負って尚逃げ出さない辺り、かなり好戦的なようだ。敵ながら天晴れと言った所か。

 

「私の民が世話になったようだな。生憎、ここに貴様が喰らう肉は存在しない。大人しく元いた地へ帰るなら見逃そう。だが向かってくるのなら、我が剣の錆となるがいい──ッ!」

 

 獰猛な雄叫びをあげながら飛びかかる獣に対し、メディナは得物を一閃。獣を叩き落とす。傍目にはそのまま真っ二つに出来そうだと感じる見事な一太刀だったが、獣の体を傷つけるに留まった。

 

「オルティナノスの剣を耐えるか……先の手応えといい、ただの獣ではないな……!」

 

「グラァ──ッ!!」

 

 メディナは獣の攻撃を躱しながらも隙を見つけては攻撃を加えていく。その剣筋は力強く、刃を受ける度に獣の動きはどんどん鈍くなっていき……やがて、首筋にイイのが入った。

 

「グル…ゥ……」

 

「……悪く思うな。今トドメを刺してやる」

 

 これだけの傷を負い、壁際まで追い詰められてもまだ立とうとする獣に、メディナはゆっくり剣を持ち上げる──緩く弧を描く刃が上段で止まったのを見た瞬間、俺は殆ど反射的に叫んでいた。

 

「待てッ、それじゃダメだ──!」

 

 俺の声も虚しく、メディナは踏み込みと共に剣を振り下ろす──

 

 

 ガッ!

 

 

 隅の暗がりに加え、獣の方に意識を向けていたせいで気付かなかったのだろう。剣の切っ先が、僅かに盛り上がった壁の岩に食い込む。振り出しでまだ十分な力が乗っていなかった刃は、ピタリと動きを止めた。

 

「しまっ──」

 

 突然のアクシデントにメディナの注意が逸れる──その瞬間、獣の双眸に光が戻った。

 

 死の危機に瀕した人間が凄まじい力を発揮するように、獣もまた、死に際に凄まじい抵抗を見せる。殺らなければ殺られる、そんな世界を生き抜いてきた獣は、自らの生を最後まで諦めなかった。この一瞬に勝機を見出し、全身を撓めた獣はあらんばかりの力でメディナに飛びかかった。

 

「ぐぁ──ッ!」

 

 不意を突かれたメディナは倒れこみ、マウントを取られてしまう。両手で首元を抑えて食いつかれる事は避けたようだが、それも長くは持たないだろう。手を離れて転がった剣を掴もうとすれば、その瞬間喉元を食いちぎられる。

 

 絵に描いたような形勢逆転だが、そのせいか、獣も失念していたことがある──自身に抵抗する存在が、メディナ以外にもいた事だ。

 

 メディナの剣が止まった時点で体を起こしていた俺は、這うようにして手を伸ばす──メディナの剣を掴んだ瞬間、痺れて感覚が無くなりかけていた脚に力が戻って来た。

 

 力を振り絞り、立ち上がる。メディナに襲いかかる獣を睨む俺は、自分でも無意識の内に右手の剣を腰だめに構えていた。

 重い──剣を支える為に踏みしめた右足に激痛が走り、流れ出た血が足を伝うのが分かる。間違いなく、今まで生きてきた中でも最大レベルの痛みだ。

 

 しかし──目の前で恩人が殺された時にどれ程の痛みが訪れるのかを思えば、この程度……ッ!!

 

「ッ……おおおおおおお!!!」

 

 気力の全てを使い果たす勢いで叫ぶ──それに応えるかのように、刀身に朧げな光が点った。

 

 次の瞬間、俺の体は見えざる力に後押しされ、構えた剣を横薙ぎに一閃する。銀色の光が獣を一直線に貫いたかと思えば、その軌跡をなぞるように、獣の体から血が噴き出した。

 

「ガ──ゥ──」

 

 短い断末魔を残し、獣はドチャッという湿った音と共にメディナの隣に倒れた。同時に俺も、剣を振った勢いそのままに倒れてしまう。

 

「お、おい──しっかりしろっ!」

 

 少しの間呆然としていたメディナだったが、我に返るなり俺の元へ駆け寄ってくる。その光景を最後に、俺の意識は沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めた俺は、開けた目を眩しさですぐに閉じた。

 手で陽光を遮ってからもう一度目を開けると、先と変わらない洞窟の天井だった。少し視線を下に向ければ、メディナが俺の脚に手をかざして何やらブツブツと唱えている。

 

「む──起きたか。起き抜けに悪いが、少し染みるぞ」

 

「え、何──痛ッだ!?」

 

「おい動くな!──傷口に小さな石が入っている。洗い流さないと綺麗に治らんぞ」

 

「そッ──ゆうのは先に、だな……ッ!」

 

「ちゃんと言っただろう。そら、もう一度行くぞ──システムコール、ジェネレート・アクィアス・エレメント、フォーム・エレメント・リキッドシェイプ」

 

「は?今何て──い゛ッ!?」

 

 浮かんだ質問も吹き飛ぶような痛みに声を上げこそすれ、今度は動かないよう堪える。その源である足の傷口に、メディナは手の中に溜まった水を少しずつかけていた。

 

「……うむ、これでいいだろう──システムコール、ジェネレート・ルミナス・エレメント」

 

 またも謎の文句を唱えたメディナは、再び傷口に手をかざす。今度は何をされるのかとビクビクしていた俺だったが、先程のような激痛は訪れない。それどころか、彼女の手に出現した暖かな光に当てられていると、徐々に足の痛みが引いていくではないか。

 

「メディナ、これって……」

 

「黙っていろ、集中が途切れる」

 

 取り敢えず、彼女が俺の傷を治そうとしてくれている事は確かなので、黙って彼女に身を委ねる。そのままたっぷり1分程経ってから、メディナはふぅ、と息をつきながら手を離した。

 

「止血はしたが、私に出来るのはここまでだ。民の中に治癒術式が得意な者がいるから、戻ったら改めて治してもらえ」

 

「あー……さっきの質問の続きなんだが──今、何をしたんだ?」

 

 俺の質問に、メディナは信じられないものでも見たかのように口をポカンと開ける。

 

「何を、だと?お前、神聖術の事まで忘れたというのか」

 

「神聖術……?」

 

 呆れながらもメディナが説明してくれたことに寄ると──この世界には《空間神聖力》なるリソースをエネルギー源として、神様に呼びかけ力を授かる《神聖術》を行使する事が出来るらしい。内容は多岐に渡るが、最もポピュラーなものとして火や水、風といった《素因》を用いた術があり、先程の彼女は術式で生成した《水素》を液体に変化させて傷口を洗浄、その後新たに生成した《光素》による応急処置を施してくれたのだ。

 

 神聖術はRPGで言う所の魔法、空間神聖力は空間に漂う魔力に相当するものなのだろう。そこはALOと同じだが、1つだけ違う点は、術式を発動させる式句の意味を理解していない事だろうか。今は懐かしい、俺とキリトがALOを始めたばかりの頃──呪文の意味を覚えれば自然と噛まずに言えるようになる──とリーファ先生は言っていたが、この世界の人々は《システムコール》や《ジェネレート》等、どう見ても英語としか思えないこれらの言葉の意味を理解した上で唱えているわけではないらしい。「この言葉を唱えるとこういう術が使える」程度の認識のようだ。

 

「《ベクタの迷子》というのは本当に厄介だな。生まれは愚か、天職や神聖術、禁忌目録の事まで忘れてしまうとは……」

 

「あ、あぁそうだな。困ったもんだよ全く……ハハ──っと」

 

 苦笑いしつつゆっくり立ち上がる。まだ痛みこそすれ歩けない程ではなく、変に暴れたりしなければ領地に戻るまで十分持つだろう。

 

「──だからこそ妙だ」

 

「……何がだ?」

 

 メディナは腕を組み、胡乱な目で俺をジッと見つめる。

 

「さっき、奴を斬った時の事だ──百歩譲ってこの剣を持ち上げ、あまつさえ振れた事までは理解出来る。だが《秘奥義》まで繰り出せるはずが無い。ましてや、あんな見た事の無い技を──ミツキ、貴様一体何者だ。記憶を失ったという言葉に嘘偽りは無いんだろうな?」

 

「俺は……」

 

 剣を握っていた手をジッと見つめる。

 よくよく思い返せば、確かに妙だ。俺があの時、殆ど無意識下で繰り出したのは、間違いなくソードスキル──メディナ曰くここでは《秘奥義》──カタナ単発水平斬り《絶空》だった。刀身に点った輝きは《ライトエフェクト》、俺の体を半自動的に動かした謎の力は《システムアシスト》、どちらも俺にとって馴染みのあるものだ。

 ゲームではない仮想世界の中で、ゲームの産物であるソードスキルが使えた理由──単にそういう風に出来てるからと言えばそれまでだが、そんな仕様にした理由が分からない。何かの偶然なのか、或いは……

 

「……どうした、答えられないのか?」

 

「あ、あー……うん。その辺の事は相変わらず分からない。特に何か考えて動いたって訳じゃないし……ただ──メディナの事を助けたいって思ったのは確かだな」

 

「と、突然妙な事を言うなッ。……まぁいい、獣に食われかけた衝撃で断片的に思い出した、という可能性もあるだろうしな」

 

「あぁ……多分、そういう事だろうな」

 

「だがそれはそれとして、多少なりとも収穫はあった。ああやって実際に剣技を使えた以上、記憶を失う以前のお前は少なくとも剣を握り、技を学べる立場にあったという事だ。どこか大きな街や村の衛士、或いは……どこかの貴族の生まれ、だったのやもしれん──あの技は、どの流派の何という技だ?」

 

「りゅ、流派か……すまん、そこまでは。あ、でも技の名前なら──《絶空》って技だ」

 

「《ゼックウ》……やはり初めて聞く技だ。少なくとも正当流派の《ノルキア流》や《ハイ・ノルキア流》にあのような技は無い」

 

「なら、俺もそう大した奴じゃなかったって事だ。少なくとも絶対に貴族の生まれじゃないと思うぞ、多分」

 

 お金持ちの家で堅苦しいマナーを教え込まれる生活……想像しただけで俺には合わないと断言出来る。

 

「多分なのか絶対なのかハッキリしろ…──お喋りはここまでだ、早い所帰るぞ。鐘が二度鳴るまでには戻ると言ってあるんだ。歩けるな?」

 

「ああ。丁度いい杖もあるしな」

 

 そう言って拾い上げたのは、俺を獣の牙から守ってくれた岩の破片。杖というには太いしゴツゴツしているが、寧ろこれくらいの方が安心感があるというものだ。

 

「……?」

 

「どうした、行くぞ」

 

「いや……破片(コレ)、こんなに軽かったかなと」

 

「大方、恐怖で力が入らなかったんじゃないのか?」

 

 からかうようなメディナにほんの少しだけムッとしたが、確かに緊張状態では上手く動けないこともあるかと思い直す。メディナが神聖術で灯した明かりのお陰で来る時よりもスムーズに洞窟を引き返す道中、俺は気になっていた事をいくつか質問することに。

 

「そう言えば──今更だけど、何で来てくれたんだ?」

 

「どういう意味だそれは?」

 

「や、ほら。記憶喪失の俺がいなくなった所で、『記憶が戻って帰ってったんだな』って思いそうなもんじゃないか。なのにわざわざ剣持ってまで心配して来てくれたのが、正直少し意外だったというか」

 

「べっ、別にお前を心配した訳じゃない……貴族として当然の責務を果たしたまでだ。私の領地で暮らしている以上、一応はお前も領民の1人だ。領主が領民を守るのは当然だろう」

 

「……そういう事にしておくよ」

 

「……何だ今の間は、むかつく奴だ」

 

 別に嘘は言っていないのだろう。だが助けに入ってくれた時の切迫した声といい、わざわざ傷口を洗ってくれた事といい、多少なりとも俺の身を案じてくれたというのは確かなはずだ。

 

「もう1つ質問──ここら辺ってああいう獣、出てくるもんなのか?転がり込んで短いとはいえ、俺一度も見た事無いぞ」

 

「だろうな。斯く言う私も暫くぶりだ」

 

 メディナが言うには、隣接する貴族の私領地にいた獣が逃げ出してきたそうなのだが……

 

「……正直、私としても気になる点が無い訳ではない」

 

「何が?」

 

「私のこの剣は父上から受け継いだものだ。たかが獣程度、容易く斬り捨てられる。しかしあの獣は数撃に渡って耐えてみせた──勿論、私の腕がまだまだ未熟ということもあるだろうが、それと同時に奴の体が並外れて頑丈だったと見るべきだろう」

 

 これらを踏まえ、メディナは1つの仮説を立てた。

 貴族は行楽の一環として、私領地内の獣を標的に狩りを行う事がある。それだけならまだ良いのだが、風の噂でこんな話を聞いたことがあるそうだ。

 ──狭い空間に複数の獣を隔離し、餌も与えず暫く放置する。すると必然的に獣同士は生きる為に互いを獲物として殺し合い、生き残った1匹は他の獣を食らった分だけ強力な個体となる。それを野に放ち、日頃の単調な狩りに飽きを覚えた貴族の腕試し相手に使うのだと。

 通常、《狩人》の天職を持たない者が必要以上の獣を狩る事は禁忌目録で禁じられているのだが、こうする事で、標的の数を増やさずともより歯応えのある狩りを楽しめる、というわけだ。

 

「──最低限、きちんと始末をつけられれば文句は無いが……管理を怠りでもしたのか、今回の事が起きた。という私の想像だ」

 

「想像って言うか、殆ど当たりなんじゃないのか。他の貴族連中、何故かメディナの家に当たりが強いって聞いた。まさか、意図的にこっちに向けて放したなんて事……」

 

「……まぁ、絶対にありえん話ではないな。それを立証する方法も無いが」

 

「尻拭いしてやったって事で、文句の1つも言えないのか?それか、何かの禁忌に違反してるとか」

 

「無駄だ。獣を乱獲してるわけでもない以上、禁忌目録に抵触はしていないし、逆にアレコレ難癖をつけられて、要らん火の粉が降りかかるだけだろう。例えば──他の貴族の名を貶めたいが為に、他所の領地に忍び込んだ──とかな。だから今回の事も、我々が倒したのではなく、近辺を彷徨った獣が勝手に飢え死にした、という事にしておけ」

 

「………」

 

 言葉が出なかった。暴論にも程がある。オルティナノス領の現状を見れば、そんなことをする余裕などあるはずがないのは一目瞭然だろうに。

 

「……どうして、メディナ達はそんなにも目の敵にされてるんだ。《欠陥品》だなんて──」

 

 不意に、メディナが足を止める。

 

「……そうか。聞いたのだな、その呼び名を──ああ、事実だよ。我らオルティナノス家は周囲から《欠陥品》の一族と揶揄されている。私が生まれるずっと前からな」

 

「一体何があった」

 

「お前には関係のない事だ」

 

「関係ならある。さっき言ってくれただろ、少なくとも今の所、俺はオルティナノスの領民だ。領民の為に頑張ってる領主様が悪く言われたら気分が悪くなるのは当然だ」

 

「これは『私達』の問題だと言っている。領民といえど、踏み入ってはならない一線があるぞ」

 

「──なら友達としてだ!」

 

「なっ……と、友達だと……!?」

 

「ああ。赤の他人でも、領主と領民でもダメなら、俺は対等な友達としてメディナの助けになりたい」

 

「ばッ、馬鹿かお前は!?数日の付き合いどころか対して会話もしてないのに馴れ馴れしい……!」

 

「……うん。自分で言っといて何だが、正直そこは俺も思わなくもない──けどまぁ、メディナと友達になりたいってのは本当だよ。困ってるなら助けになりたいってのもな」

 

 そう言って、俺は空いている手を差し出す。

 

「っ……馬鹿なこと言ってないで、とっとと歩け!」

 

 が、メディナはコレをスルー。誘惑を振り切るかのように踵を返し、ズンズン進んでいってしまう。何分明かりは彼女の手にある為、俺は今出せる全速力の早歩きでヒョコヒョコとその後を追いかけた。

 

 やがて通路が薄明るくなり、前方に外の光が見えてくる。出口に到着したようだ。

 洞窟を出る一歩手前で、メディナはまたも足を止める。

 

「1つ、勘違いしているのを訂正しておく──私は、オルティナノス家が《欠陥品》と呼ばれているこの状況を良しとしていない。整合騎士となって武功を立て、この手で一族の汚名を濯いでみせる。だから、お前と友達になる気も無ければ、助けを求める気も無い。だが……助けてもらった礼は言っておく──ありがとう」

 

「……ま、今はそれで構わないさ。何か困ったことがあれば相談してくれ。メディナの初めての友達1号候補としてな。俺も君を頼りにさせてもらう」

 

「むかつく……さも私に友達がいないかのような言い方をするな」

 

「あー……そうだよな、いるよな1人や2人……すまん、勝手に同族意識を」

 

「い、いや、別にそういうわけでは──くそ、調子が狂う……お前、暫く喋るな!」

 

 アレやコレやと文句を言われながら、俺はメディナ共々帰路に着くのだった。

 




オルティナノス領はルーリッドと違って山脈に面していないので、アンダーワールドに於けるミツキの初黒星相手は蠱毒でめっちゃ強くなった獣となりました。飢えてた事もあり凶暴性数倍増です。

借り物の剣とはいえ、よもやミツキがカタナスキルを使う日が来ようとはなぁ…
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