ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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滑り込みアウトー!


1から始める剣の道

 例の獣との一件を経た翌日──今日も今日とて領民達の仕事の手伝いを終えた俺は、休憩もそこそこにメディナの姿を探していた。仕事を手伝っていた農夫の話によれば、手が空いている時は屋敷の裏手で剣を振っているそうなのだが……

 

「お、いた──」

 

 屋敷の裏──開けた空き地で、メディナが木剣を構えている。その前には仮想敵である案山子がいくつか鎮座しており……

 

「フッ──!」

 

 鋭い気合と共に、上段に構えた剣が振り下ろされる。青い光の尾を引いて案山子の脳天に亀裂を入れたその技に、俺は見覚えがあった。

 

「(間違いない、今のは《バーチカル》だ。やっぱり、この世界にもソードスキルが……?)」

 

 昨日、俺が獣に対し無意識で繰り出した《絶空》は、やはり偶然でも見間違いでもなかったのだ。その確信を裏付けるかのように、離れた位置にある別の案山子へ向き直ったメディナは、先程とは違う構えを取った。剣を両手で握り、ゆっくりと最上段へ持ち上げる。あの予備動作から繰り出される技は──両手剣単発重突進技《アバランシュ》。

 

「セァアアアア──ッ!!」

 

 力強い気合と共に地面を蹴ったメディナは、振りかぶった木剣を一気に振り下ろす。使っているのは木剣のはずだが、驚くべき事に案山子を真っ二つに割ってみせた。

 思わず「お見事」と声を上げそうになり、メディナの集中を切らさないようギリギリの所で飲み込む。

 

 次は何の技が出てくるのかと内心ワクワクしながら見守っていると、メディナは木剣を腰の辺りに構え、居合抜きの要領で振り抜く。キレのある動きではあったが、先の2つと違いライトエフェクトは点灯していない。続けて数回、腰だめに構えた剣を振る。しかしイマイチ納得行っていない様子だった。もしやと思った俺は、少し迷った末、遠慮がちにメディナに声をかける。

 

「コホン──《絶空》はもっと低く構えて、腰を捻るんだ」

 

「ッ……お、お前いつから……覗き見とは悪趣味だぞ」

 

「いや、邪魔しちゃ悪いかと……剣の特訓か?」

 

「……ああ。整合騎士になる為には、どれ程鍛えても足りんという事はない──最低限、昨日の獣程度、容易く斬り捨てられるようにならなければ……」

 

「だからあの技を練習していた、と」

 

「言っておくが、お前の真似をしようと思ったわけでは断じてない。またあの時のような状況に陥ったら役立つだろうと思っただけだ」

 

「まぁ実際問題、使える技は多いに越したことないからな。それにあの技、メディナが使ってるあの剣にも合ってると思うし」

 

「……合っている、とはどういう意味だ?」

 

「いや、ほら──あの剣、メディナが今持ってるような直剣じゃなくて、刀身が緩く湾曲してただろ?ああいう剣は腕力だけで圧し切るより、もっと体の捻りとかを利用した方が効果的なんだよ」

 

 肉を切る時のナイフや包丁をイメージすると分かり易いだろうか。剣に限った話ではないが、刃物というのは往々にして上から圧すより前後に引いた方がよく切れる。

 中国生まれの青龍刀は、先端側に重心を置いた肉厚な刃を力一杯叩きつけて破壊力を生み出す──剣というよりは斧のように使うことを想定して作られているが、手元側に重心が置かれた日本刀は「引いて」斬る武器な為、力任せに振るっても十分なポテンシャルを発揮できないのだ──と、これは刀使いクラインの談である。

 事実、《絶空》を始めとするカタナスキルをよくよく注視すると片手剣や両手剣とは微妙に体の動かし方が違ったりして面白いのだが……今は横に置いておく。

 

「つくづく妙な奴だ、お前は。禁忌目録や天職の事は綺麗さっぱり忘れているくせに、剣術に関してはやけに詳しい。挙句、見たこともない技を使う……まさかとは思うが──」

 

 メディナは俺の頭から爪先までを品定めでもするかのように凝視する。

 

「……何だよ?」

 

「……いや、やはりありえん。もしかしたら、お前は記憶を失う前は整合騎士だった──等とつまらない冗談を考えただけだ。もしそうなら、あんな獣ごときに遅れを取るはずがないからな」

 

 整合騎士──俺達が今いる《人界》を守護するの騎士の事だ。人界をぐるりと囲む《果ての山脈》の向こうには《闇の国(ダーク・テリトリー)》が広がっており、そこに住まうゴブリンやら獣人(オーガ)から人界の民を守る為、日夜戦っているのだとか。

 尚、禁忌を犯した人間を央都に連行する警察機関のような役目も担っているらしい。

 

「昨日も言ってたけど……そんなに凄いのか、整合騎士ってのは」

 

「当然だろう!最高司祭様の指揮の下、闇の軍勢に立ち向かう要たる存在だぞ。その1人1人が一騎当千の力を持つ最強の騎士団なんだ」

 

「へぇ……で、メディナは家の再興の為に、そんなめちゃくちゃ強い整合騎士になる事を目指してる訳だ」

 

「……私には無理だ、とでも言いたいのか?」

 

「まさか。昨日の戦いだけ見ても、相当訓練を積んできたんだって事はよく分かる。さっきの一撃だって見事なもんだ。メディナは間違いなく強いよ──整合騎士って、どうやったらなれるんだ?」

 

「……央都にある《修剣学院》を主席か次席で卒業し、《北帝国剣舞大会》で優勝、その後行われる《四帝国統一剣舞大会》を勝ち抜く事でようやく最高司祭様と謁見し、整合騎士に召し上げられる」

 

「騎士を育成する学校があるのか……じゃあ当面の目標は、まずその修剣学院に入学する事だな」

 

「まぁ、そうだが……お前、まさか──」

 

「それ、俺も入れるのか?」

 

 俺の素朴な疑問に、メディナは「やっぱり…」とでも言いたげな様子で盛大にため息をつく。

 

「……あのな。修剣学院は誰にでも門戸を開いているわけではない。貴族の子女ならば無条件で受験出来るが、平民は衛兵隊の推薦が必要になる。今のお前には受験資格すら無いんだぞ」

 

「うーん……今から俺がメディナの家の養子になる──」

 

 そう言った瞬間、メディナのキツい視線が俺に突き刺さる。

 

「──のは絶対無理として。じゃまずは衛兵隊に入るとこからか……どうすればいい?」

 

「それくらい自分で調べろ。大体、衛兵隊に入るのは生まれの村や町で《衛士》の天職に就く者というのが通例だ。原則的に天職は途中で変えられない以上、お前、には──」

 

 言っている途中で、俺が特定の天職を持たない人間である事を思い出したのだろう。一旦尻すぼみになったメディナの言葉は、小さな咳払いを経て勢いを取り戻す。

 

「衛兵隊といえど狭き門だぞ。入隊試験はどうするつもりだ」

 

「やっぱ試験があるか──そうだな……内容に関してはここの衛士の皆から聞けるだろうし、練習は2人でやれば大丈夫だろ」

 

「2人……まさか私に付き合えと?」

 

「メディナにとっても悪くはない話じゃないか?身近に相手がいれば、分からない所とか、1人じゃ気付ない部分を指摘し合えるし、効率いいだろ。1人より2人の方が、家の復興も格段に近道なはずだ」

 

「私はお前に助けを請う気など──!」

 

「請われてないし請えとも言わないから、利用しとけって。友達候補の忠告は聞いとくもんだぞ」

 

「だからお前と友達になどならないと何度言えばッ……!」

 

「早速衛兵隊の試験のこと聞いてくる。明日からよろしく頼むな」

 

「お、おい待て!……ああもう──っ」

 

 その場に1人残されたメディナは、何度目かも分からないため息をついてから、もう一度案山子に向き直る。先程よりも低く腰を落とし、腰を捻って木剣の刀身が身体で隠れる位置まで後退させると──

 

「シッ──!」

 

 腕だけではなく、腰も入れた全身で剣を真一文字に振り抜く。銀色の軌跡を残し、案山子に深々と斬り傷が刻み込まれた。

 

「……むかつく」

 

 小さく毒づきながらも、メディナは今の感覚を忘れないよう、もう一度剣を構え直すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メディナと別れた俺が衛士に話を聞きに行く途中の事──

 

「──あぁいたいた。ミツキ、ちょっと良いか?お前さんに聞きたい事があるんだ」

 

 と、まさしくこちらも探していた衛士の1人に肩を叩かれた。

 

「俺に?」

 

「ああ。昨日、お前さんが持ってきたあの細長い岩、あったろ?アレ、どっから持ってきたんだ」

 

「どこからって……森の真ん中にある洞窟からだけど……アレがどうかしたのか?」

 

 洞窟からの帰り道、足を負傷した俺が杖代わりにしたあの岩の処遇は領民の皆に一任していたのだが……実際見て貰った方が早い、と衛士は俺を連れて詰所に向かう。フンッ、と気合を入れて持って来られた例の岩は、重そうな音を立てて地面に転がされた。

 

「ほれ、ココんとこ見てみろ」

 

 指さした場所をよくよく見てみると……一部、他とは異なる色の部分が見受けられた。こびり付いた土埃でくすんでいるが、丁度信号機の青に近しい色だ。これはまさか──

 

「……なぁ、工具あるか?」

 

「そう言うと思って借りてきてるよ」

 

 ニヤリと笑った衛士からノミと金槌を受け取ると、適当な岩肌にノミを宛てがい、柄頭を金槌で叩く。カンッ!という固くも軽い音に続き、小さな岩の欠片が弾け飛んだ。下から現れたのは、先程よりも鮮やかな碧色だった。

 予想に確信を得た俺達は工具を追加し、2人で手分けしてカン、カン、と岩肌を剥がしに掛かる。幼少期に化石発掘セットで遊んだ時の事を思い出しながら作業を進めていく事30分程──岩をほぼ全部剥がし終えた俺達の前には、細長い碧色の結晶が鎮座していた。

 形状こそゴツゴツとしているが、岩に覆われていた部分の表面はツルツルと艶があり、傾き始めた陽の光を反射する。空に翳せば、薄らと向こう側が透けて見えた。

 

「何かの宝石……なのか?」

 

「宝石ッつーよりは水晶の類じゃねぇか?宝石ってのはもっとキラキラしてるもんなんだろ?──何にせよ、スゲェもんが埋まってたな。お前さんに声かけといて正解だった。コイツはお前さんが持っときな」

 

「持っててもな……いっそ売り払って金にするのもアリかと思ったんだけど」

 

「何でもかんでも売っぱらうのは流石に勿体無いぜ?大した値が付くかも分からねぇしな。だったら、何かいい使い道が見つかるまで持っとくのが賢明ってやつじゃねぇか?」

 

「……それもそうか。分かった、そうするよ──それはそうと、こっちも聞きたい事あったんだ、時間大丈夫か?」

 

「ん?あぁ、今日はもう交代だから大丈夫だぞ」

 

「そいつは重畳。さっき、メディナから聞いた話なんだが──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日──仕事を終えて屋敷の裏に向かってみると、昨日と同じくメディナが案山子に向かって剣を振っていた。

 

「今日もやってるな」

 

「……本当に来た」

 

「来て欲しくなかったみたいな言い方だな……」

 

「その通りだからな」

 

「おいおい……まぁいいや──衛兵隊の件だけど、衛士の皆から話聞けたよ。ザッカリアって街で衛兵隊の試験を受けられるんだってな」

 

「らしいな」

 

「んで、試験内容は型と実戦があると」

 

「そうか」

 

「……実戦はともかく、型って何?」

 

 適当に返答しながら、一糸乱れぬ動きで黙々と素振りをしていたメディナの剣が、ここで乱れる。

 

「……お前、型を知らないのか?1つも?」

 

「初めて聞いた。まぁ、演舞みたいなやつなんだろうなってのは何となく分かるけど、具体的にどんな動きをするのかは皆目」

 

 愕然とするメディナ。その表情から「昨日あんなに高説垂れてたくせに何で型の事は知らないんだ…」というニュアンスの心の声が聞こえた。

 

「あー、まぁそういう訳なんで……教えてくれると大変ありがたいんですが」

 

「何故私が……助けられた借りはもう返しただろう」

 

「いや、でも流石に知識ゼロじゃ練習のしようもないし……」

 

「そもそも、だ。何故お前まで整合騎士を目指す?前にも言ったが、私はお前の助けを借りる気は無いぞ。オルティナノスの悲願は私の手で果たさなくては意味がないんだ」

 

「別に、俺がメディナの代わりに家を復興しよう、なんてつもりは無いよ。君の言う通り、それは君が果たすべき事だ。けど誰かの協力を得たからって、その功績が君の手を離れるわけじゃない──強力な剣を使って獣を倒したって、『剣が獣を倒した』とはならないだろ?」

 

 剣の性能、協力者の存在は成功の理由としてあるかもしれないが、それはあくまでも一要因、枝についた葉っぱでしかない。全体を支える根幹の部分──メディナが一族を復興しようと努力してきた事実こそが、最も重要な事なのだ。

 

「それに、央都に行けば俺の記憶を取り戻す方法だって見つかるかもしれない。利害は一致してると思うが?」

 

 記憶を取り戻す為──もとい、央都に行けばこの世界の創造主たるラース関係者がいるか、そうでなくとも外部との連絡手段がある可能性は高い。そうなればログアウトの方法も分かるはずだ。

 そんな俺の内情など知る由もないメディナは、たっぷり10秒程葛藤する様子を見せた末に溜めていた息を吐き出すと、屋敷の壁に立てかけてあったもう1本の木剣を手に取る。

 

「……取引だ。私がお前に型を教えてやる、だからお前は私に秘奥義を教えろ──父上から受け継いだ《陽炎の剣》をより上手く、より強く扱う為の技を」

 

 そう言って、使い込まれた2本目の木剣を俺に差し出してきた。

 

「……オーケー。厳しく行くぞ」

 

「オー、ケ……?──こちらのセリフだ。お前の方から頼んできたのだ、途中で音を上げるなよ」

 

 受け取った木剣を試しにヒュンとひと振りする。

 

「にしても、そうか……あの剣、メディナの親父さんのだったんだな。だから──」

 

「何の話だ……?」

 

「あぁいや── 一昨日、洞窟であの剣を持った瞬間に、なんかこう……力が沸き上がってくるような感じがしたんだ。もしかしたら親父さんが、メディナを助ける為に力を貸してくれたのかな、なんて思ってさ」

 

「っ……そう、か。父上が──いかんな、不甲斐ない姿を見せてしまった」

 

「そんな事はないさ。あの時助けに来てくれたメディナ、滅茶苦茶カッコよかったぞ。領民の皆が君を慕う理由も分かった」

 

「私は……領主としても、剣士としてもまだまだ未熟だ。父が死んで家督を継いだものの、民に助けられてばかりいる」

 

 あの剣は父から受け継いだ──その言葉といい、これまで一度として彼女の家族の姿を見てない事から薄々察してはいたが、やはりメディナの父親は既にこの世を去ってしまっているのだろう。1人娘のメディナが若くして当主の座に就いたのはそういう事情があっての事だった訳だ。

 

「……なら、尚の事整合騎士にならなきゃな。改めて、よろしく」

 

 メディナに手を差し出す。以前はそっけなく返されてしまったが、今度はしっかり──あくまでも比較的、ではあるが──握手に応じてくれた。

 

「早速、型の修練を始めるぞ──」

 

 こうして、メディナにカタナスキルを教える傍ら、俺の《剣士》としての道が幕を開けたのだった。

 

 

 

 修行開始2日目──

 

「──思ったんだけどさ、衛兵隊って街とか村を守る為の組織……なんだよな?その入隊試験でこんなゆったりした《型》の出来栄えを見るのって、意味あるのか?実戦じゃゆっくり型をなぞる暇なんてないぞ」

 

「まぁ、言いたい事は分かるが……型の種類から相手の動きをある程度予測する事もある。覚えておいて損はない」

 

「……まさか、実戦も型を使わなきゃいけない、みたいな決まり無いよな?」

 

「そんな訳があるか。腕の立つ者同士ともなれば、秘奥義を一度繰り出すだけで決着がつく」

 

 

 

 修行開始3日目──

 

「──おい待て、今何と言った?」

 

「えっ?……2連撃技……?」

 

「連撃技……だと」

 

「……え、無いのか?刀じゃなくてもほら、《バーチカル・アーク》──《雷閃斬》をこう、斬り返す技とかは?──えぇ……」

 

 

 

 そして4日目──

 

「システムコール。ジェネレート・ルミナス・エレメント──」

 

 式句を詠唱した俺の指先に、小さな光の玉が1つ生成される。お、出来た──と思ったのも束の間、光球はすぐに輪郭が揺らぎ、霧散してしまう。

 

「……ん。まぁ数日にしてはまずまずと言った所か。取り敢えず光素を生み出す事が出来れば、簡単な傷なら治療出来る。時間を見つけて修行しておけ」

 

「型に続いて神聖術か……苦手なんだよなぁこういうの」

 

 ALOでも俺は魔法を苦手としており、プレイ開始から1年経った今でも魔法スキルは大して上がっていない。あちらが古ノルド語なる言語だったのに対し、アンダーワールドの神聖術は基本的には英語ベースなので、式句そのものはいくらか覚えやすくはあるのだが……この苦手意識を拭い去るには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 

 神聖術は早々に切り上げ、メディナと共に剣の練習に移る。

 

「──爪先がズレている。もっと堂々としろ」

 

 貴族の生まれとして幼い頃から剣術を習ってきたメディナのお陰で、型の動きはこの短期間でどうにか叩き込む事が出来たものの、やれ「動きに優雅さが足りん」などと芸術点の話を持ち出されてはダメ出しを食らっている状態だ。単に動きをなぞるだけならともかく、美しさだの勇壮さだのを他人にアピールする為の剣など全く覚えが無い。その点では神聖術よりも俺の苦手意識を擽った。

 

 メディナとの取引が始まってから毎日、最初にメディナが俺に型を教える→交代して俺がメディナにソードスキルを教える。という順番で行われてきた特訓だが、次は俺の番、という所で──

 

「メディナ様──修練中にすみません。メディナ様宛にザッカリアから手紙が」

 

「私宛に……?」

 

 領民から渡された手紙に目を通すメディナの表情に、微かに陰りが見えた。

 

「……どうした?」

 

「……数年前、この領地からザッカリアの衛兵隊に入った者がいたのだが……事故により負傷、退役を余儀なくされた、と」

 

「……そうか。気の毒にな」

 

「命に別状は無いのが幸いだが──何分急なこと故、ウチの衛士の中から穴埋めとして入隊させる者を選定し送り出して欲しい。という事のようだ」

 

「なる程な……どうする、特訓の時間ズラすか?」

 

「……いや、時間が惜しい。この件は今夜皆に話そうと思う。夕食が済んだらお前も来い──続けるぞ」

 

 時間が惜しい──その言葉の真意を測りかねた俺は、一先ず言われるまま、メディナとの特訓を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 時は過ぎ、夜──夕食を済ませた俺は、言われていた通り、衛士達共々屋敷の前に集まっていた。その前に立つメディナが、皆を集めた理由を説明する。

 

「──と、いう訳だ。ここにいる衛士の中から、代役を送り出さねばならない」

 

 メディナはここで声を止める。微かに俯いたその視線には、逡巡と慙愧の念が見て取れた。

 

「……ザッカリアは、央都を除けば北帝国で最も栄えている街だ。その衛兵隊ともなれば、相応の実力が求められる。本来なら衛士全員で腕を競わせ、公平に選ぶのが筋だが──すまないッ!」

 

 唐突な謝罪の言葉と共に、メディナは衛士達に向けて深々と頭を下げた。突然の事に、俺を含めて全員目を丸くしている。

 

「私は……その代役に、ミツキを指名するつもりでいる。相変わらず素性も知れん男ではあるが、剣の腕という一点に限っては、この場の誰よりも優っているという私の独断だ」

 

「なッ……!?」

 

 これは俺の声。何の相談も無いカミングアウトに、空いた口が塞がらなかった。

 

「勿論、領主と言えどこんな横暴が許されるものではないと重々承知している。不平不満が出るのも当然だ。だから……皆、思う事があるのならば素直にぶつけてくれていい。どのような罵倒も、謹んで受け入れる」

 

 極めて真摯な姿勢を崩さないメディナ。暫しの沈黙の後、衛士の1人が口を開いた。

 

「どうか頭を上げてください、メディナ様。領主ともあろうお方が、そう簡単に頭を下げるものじゃありません」

 

「しかし……」

 

「俺達は確かに衛士の天職に就いちゃいますが、その実、大した実戦経験はありません。この辺じゃ獣も出てきませんからね。だから、衛兵隊に行った所で役には立てないでしょう」

 

「そうそう!その点、ミツキなら大丈夫だろ。見てくれは相変わらず細いけどよ、ここんとこずっとメディナ様と剣の特訓してたんだろ?そのメディナ様が言うんなら、きっとその通りなんですよ」

 

「皆、いいのか……?こんな、私のワガママで……」

 

「メディナ様──いえ、敢えてメディナ()()()と呼ばせて頂きます。お嬢様はまだお若いんですから、少しくらいワガママを言ったって良いんですよ。ステイシア様も、その程度で罰を与えたりはしないはずです」

 

「俺らの為にずっと頑張ってくれてるんですから、たまにはご自分の為にも頑張ってください」

 

 その言葉が総意であるというように、衛士達は揃って頷く。彼らの笑みを、気持ちをまっすぐ受け止めたメディナは、僅かに瞳を潤ませながらこちらも頷きを返した。

 

「ッ……皆の想い、確かに受け取った──さて、それを踏まえた上で、だ。お前はどうだ、ミツキ」

 

 目元を拭ったメディナが、真っ直ぐ俺に向き直る。──答えを出すのに、考える時間は必要なかった。

 

「こんな光景見せられて、断る方がどうかしてるさ──行くよ。ザッカリアに」

 

 俺の返答に少しだけ口元を綻ばせたメディナは、声高に宣言する。

 

「──オルティナノス家9代目当主、メディナ・オルティナノスの名に於いて、たった今より、ミツキを《衛士》として認める!明朝よりザッカリアへ同行せよ」

 

 無名の旅人から衛士へジョブチェンジ──ゲームならファンファーレの1つも鳴っている所だが、聞こえてくるのは衛士たちの拍手のみ。しかしそんな小さな拍手には、メディナを──自分たちの領主を支えて欲しい。という想いが込められていた。

 

「……ん?待て、明日って言ったか?それに、同行って……?」

 

「言っていなかったか?来る修剣学院の入学試験に向け、私は剣の腕を磨く旅に出る。道中でザッカリアにも寄るから、お前も一緒に来い」

 

「初耳だよ…──けどまぁ、そういう事ならお供しますよ。メディナお嬢様」

 

「おッ、お前はその呼び方をするなッ!」

 

 衛士達の笑い声と共に、夜は更け──朝日が差し込む屋敷の前。メディナは俺を待っていた。

 

「──遅いぞ」

 

「5分前だ、メディナが早いんだよ──その剣、持ってくんだな」

 

 目の前のメディナの装いはオルティナノス家の正装らしく、腰の剣帯には《陽炎の剣》が吊られていた。

 

「当然だ。私はこの剣と──父上の遺志と共に整合騎士となり、オルティナノス家の汚名を濯ぐのだ。──そういうお前は何を持っている?」

 

 メディナは俺が荷物と一緒に背負っている革袋に目をやる。

 

「ん?あぁコレな。あの時、洞窟から持って帰ってきた破片の岩を剥がしたら、コレが出てきたんだ。持つだけ持ってて特に使い道思いつかなかったんだけど……研げば武器に使えそうだなと思ってさ」

 

「……まぁ確かに。整合騎士を目指すのなら自分の剣を持つのも良いだろう。腰の剣は、長いこと使い続けているからな」

 

 俺の腰には、衛士の皆が持たせてくれた剣がある。メディナの言う通り目を見張るような業物ではない為、いつかはお役御免になるだろうが、少なくともザッカリアまでは力になってくれるはずだ。

 

「そろそろ出るぞ、忘れ物は無いな?」

 

「ああ、行こう──!」

 

 一族の悲願を果たす為、或いは世界の真相を解き明かし、元の世界へ帰る為──俺達はザッカリアを目指して旅を始めるのだった。

 




ザッカリアへの旅がスタートしました。
本当なら道中でキリト達と合流する所まで行きたかったんですが、そこまで書いてたら絶対間に合わなかったので……そこは次回ですね。
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