ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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再会

 ──浮遊城アインクラッド第60層。

 

 水の枯れ果てた荒野がテーマとなっているこのフロアにて、俺──レベル82の槍使い《Mitsuki》は、NPCの操る馬車の荷台に1人揺られていた。

 

 俺は現在、ボス攻略クエストを進めている。内容を掻い摘んで説明するとこうだ。

 

 

 この層にはその昔巨大な水源があり、そこに暮らす人々は豊かな生活を送っていた。しかしある時を境にその巨大水源が消失、水の無くなった窪地はそのまま広大な荒野となってしまったらしい。それからというもの、この層では各地に散らばる様々な効能を持った小規模水源を中心に派閥が作られ、日夜縄張りを賭けた勢力抗争に明け暮れているのだとか。

 

 

 昔見た洋画に似たような作品があった気がする。アレは確か、核戦争後の荒廃した世界でヒャッハーなお兄さんたちが石油などの資源を巡って戦う……とかそんな感じだったか。刺激の強いシーンが多く、子供は見ちゃいけませんと言われたのを覚えている。

 

 ……話を戻すと、クエストを受けたプレイヤーは受注した場所を支配する派閥に属して水源争奪戦をサポートするというのがこのクエストの大筋なのだが、各派閥の中には協力して巨大水源を取り戻し、争いを終わらせようとする穏健派もいる。俺は今その穏健派のNPCと共に、とある地下洞窟に向かっているのだ。

 内部はダンジョンになっており、最奥にいるクエストボスを倒すことで、巨大水源が元に戻るらしい。

 

 アルゴ曰く、このクエストをクリアすることで、ボスを弱体化させることができるかもしれないのだという。

 

「(──ってことは、ここのフロアボスは水中系なのか?魚とか半魚人とか)」

 

 水関係で弱体化と聞くと、真っ先に思い浮かぶ種族だ。

 

「──剣士さま、もう少しで着きますよ。洞窟の前で他の水源の仲間と合流する手筈になってるんです」

 

 御者をしていた《アルマ》というNPCの少女が指差す先には、ポッカリと穴の空いた背の低い岩が。上から見るとそれなりに大きい丸型をしており、そこから洞窟に入れるようだ。しかしその周辺に人影はなく、枯れかけのサボテンが幾つか項垂れるように屹立しているのみだった。

 

「おかしいですね…もう予定の時間なんですが……」

 

 馬車から下りた俺は、周辺を索敵スキルでサーチしてみる。洞窟の周りをグルリと半周したあたりで、索敵スキルに反応が出た。同時に、吹き抜ける風に混じって金属同士がぶつかり合う音が耳に入る。

 

「隠れて待ってろ!」

 

 後ろを付いてきたアルマにそう言いつけると、俺は背中の槍に手をかけ音のする方へ走った。視界に表示されている反応は緑色のカーソルが4つと、赤いカーソルが10個。プレイヤーがモンスターの群れに襲撃を受けているようだ。

 

「──Брин(ブリン)!全く、トカゲの分際でしつこいですわね!」

 

 向かった先では、銀色の髪をツインテールに結わえた少女が毒づいていた。その周囲では、赤と白の防具に身を固めた見覚えのある面々がトカゲ人間Mobの攻撃を盾で防いでいる。

 

「5匹こっちに寄越せ!盾持ちは前に出てシールドバッシュ!スタンしてる隙にソードスキルで仕留めろ!」

 

「──ミツキ!?あなた何故ここに!?」

 

「いいから早く!」

 

「っ……聞きましたわね?(わたくし)たちは言われた通りに5体を集中撃破!その後彼の援護に回りますわよ!」

 

 銀髪の少女の指示で、盾持ちの2人がシールドでトカゲ人間──《デザート・リザードマン》の顔面を殴打する。頭上にスタンのエフェクトを回したのを見て、すぐさまアタッカーとスイッチ。弱点とされる首の付け根にソードスキルが繰り出された。HP自体はじわじわ削ってあったらしく、今の一撃でリザードマンはポリゴン片となって爆散した。

 

 向こうは大丈夫そうだと確認した俺の方でも、本格的に戦闘を始める。

 

 まずは周囲に群がっていたリザードマンたちを槍で軽く小突いていき、ターゲットをこちらに向けさせる。そのまま通常攻撃を加えつつ逃げ回り、できる限り敵が密集したタイミングを見計らいソードスキルを叩き込んだ。片手剣や短剣では危険すぎて到底できない戦法だが、リーチの長い両手槍ならば間合いを維持したままHPを削ることが出来る。

 

 引き続き周囲を駆け回っていると、やがて俺の背中が何かにぶつかる。例の洞窟の外壁だ。俺を追い詰めたと言うように、リザードマンたちはこぞって獲物の曲刀を構えて突進技の予備動作を取る。

 

「──ミツキ!」

 

 この状況を目にした銀髪の少女は加勢に入ろうとするが、それよりも早く俺の周囲でオレンジのライトエフェクトが5つ点灯する。全て直撃すればHP全損必至の攻撃を前に、俺の口元から笑みがこぼれた。

 

 ソードスキルが発動する寸前で、俺は全力で左にジャンプ。射程こそ長いが直線的な軌道の曲刀カテゴリのスキルは、これで俺に命中することはない。加えて、俺の狙いはその先にある。

 

 奴らの発動した曲刀カテゴリ基本技《リーバー》は、先も言ったように射程距離の長い突進技だ。奴らは壁際に追い詰めた俺に向かって、わざわざ一斉に突進技を繰り出してきた。

 正確には、そうなるよう俺がMobのAIを誘導したのだ。

 壁際に来るまで、俺はひたすら自分の間合いでチクチクと攻撃を続けていた。当然曲刀は槍にリーチで劣るため、奴らが俺にダメージを与えるには突進系ソードスキルを使うしかない。

 

 そこで、俺は適度な距離を保ったまま壁際までトカゲたちをトレイン。俺を包囲したリザードマンたちが突進技を使うよう仕向けた。横に跳ぶことで攻撃を回避するのはもちろんだが、目標を失った奴らの刃が行き着くのは後ろの岩壁だ。

 

 ただでさえ尋常ならざる速度と威力を誇るソードスキルだが、この世界にはそれでも傷をつけることができないものが存在する。

 その最たる例がフィールドを構成する物体(オブジェクト)だ。中には例外もあるが、基本的にフィールドや街中にある建造物などは《Immortal Object(破壊不能オブジェクト)》としてシステムに保護されており、いかなる方法を用いても傷ひとつ付けることができない。

 

 加えてもう1つ──破壊不能オブジェクトを攻撃すると、得物を通じてアバターにビリビリとした痺れが伝わり、1~2秒程のディレイが発生するのだ。俺の狙いはそれだった。

 

 5つの剣先が岩壁にぶつかり、システムカラーを示す紫色のメッセージが破壊不能オブジェクトであることを知らせる。同時に、リザードマンたちの身体が約1秒程だけ硬直する。この瞬間を待っていた俺は、両手で握った槍を大きく引き絞った。

 

「いっちょ──上がりっ!」

 

 壁に沿って一直線に並んだリザードマンの体を、両手槍重単発技《コンヴァージング・スタブ》が側面から纏めて貫いた。立て続けにガラス片を撒き散らしていくリザードマンを他所に振り向くと、そこには深紅の片手剣を手にした銀髪の少女が肩をすくめて立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──にしても意外だな。まさかお前がKoBに入ったとは」

 

 KoBというのは正式名称《Knights of the Blood(血盟騎士団)》の頭文字をとった略称で、今やアインクラッドの中で最強と呼び声高いトップギルドだ。紅白カラーの装備が彼らのユニフォームとなっている。

 

「別に入ったわけではありません。アスナさんから頼まれたのですわ。人手が足りないからボス攻略クエストに力を貸して欲しい、と──言ってしまえば雇われの用心棒のようなものです」

 

「ああ、なるほど。教会の子供たちは元気か?」

 

「ええ。最近は1層のモンスターなら問題なく倒せるくらいになったようです。…本当は街の中でじっとしていて欲しいのですけれど」

 

「SAOが始まってからもう2年目だ。最低限戦えるようになっておいても損はしないさ」

 

 アルマの元に戻った俺たちは、洞窟の入口で休憩を入れていた。お互いここに来るまでの移動や戦闘で消耗した体力(精神的な)を、アルマが持ってきていたサンドイッチを摘んで回復させる。

 

 そして、俺の隣で上品にサンドイッチを齧っている銀髪ツインテの彼女は《サーニャ》。

 アインクラッド第14層で出会ったロシア人の少女で、以降攻略組として共に戦っている。

 特徴的な赤と黒のレザーコートは彼女が持つ片手剣《フィンスタニス》と同じ配色で、剣の持つ特殊な能力から、かつては《呪われし紅き魔剣の銀の魔女》などという渾名もあった。

 もっとも、本人は当時からその呼び方をめっぽう嫌っているのだが。

 

 そんな彼女は実力も折り紙つきで、同じソロプレイヤーでも俺とは違い各所から引く手数多なのだが、第1層に篭っている身寄りのない子供たちの為に特定のギルドには入らないと決めているらしい。

 

 代わりに、時折このような雇われの仕事を引き受けているそうだ。

 

「それで、そちらではどのような展開になっていまして?そちらのお嬢さんを見るに、恐らく私たちと似たようなものなのでしょうけれど」

 

「多分正解。この層で幅をきかせてる3大勢力の中にいる穏健派のNPCがここに集まって、ダンジョンを攻略して水源を復活させよう。ってのが、俺の聞いた話。他所からも誰かしら来るんだろうとは思ってたが、まさかサーニャが来るとはな」

 

「あら、私では不足でして?」

 

「まさか。お前の強さはボス戦で何度も見てる。頼りにしてるよ」

 

「こちらこそ。現攻略組トップクラスの実力、改めて見せてもらいますわ」

 

「ハードル上げてくれるなぁ……」

 

 ため息をついたところで、馬の蹄が地面を蹴る音が聞こえた。俺やサーニャたちが乗ってきた馬車は目の前に停まっていることから、恐らく3大勢力最後の一箇所からのプレイヤーが到着したのだろう。

 

「っくぅ~~~っ!やっと着いたぜ!」

 

 足を止めた馬車から降りてきたのは、朱塗りの和風甲冑に身を包んだ6人ほどのパーティーだ。全員武器や防具のどこかに武田菱のマークを刻印している。その集団に、俺は見覚えがあった。

 

「おおっ?ミツキにサーニャっちじゃねえか!暫く振りだなぁおい!」

 

「クライン…お前だったか」

 

「久しぶりですわね」

 

 侍風装備で防具を固めたこの男は《クライン》──そう、このSAOが始まったその日に《はじまりの街》で出会ったビギナーであり、俺とキリトが…最初に見捨てたプレイヤーでもある。

 

 彼はあの後無事に仲間と合流できたらしく、結構な間姿を見せなかったが、40層にてエクストラスキル《カタナ》を引っさげ、新興ギルド《風林火山》として攻略組に参戦。めきめきと頭角を現し、今ではボス戦の常連にまで登りつめた。

 

 過去にボス戦や攻略会議で何度も顔を合わせてはいるのだが、やはりまだ気まずさが消えない。クライン本人はもう気にしていないようなのだが、あの時我が身可愛さに彼を置いていってしまったことは、俺の中に1つの罪悪感を深々と植え付けていった。

 

「……キリトの奴は元気してるか?おめぇ何度か会ってんだろ?」

 

「まあ、な。少なくとも生きてはいるよ。今頃、別のボスクエでもやってるんじゃないか?」

 

 これは事が起こった後に聞いたのだが、だいぶ前にキリトとクラインの間でひと悶着あったらしい。キリトへの配慮で詳しい説明はされなかったが、去年のクリスマスにキリトと会って以降、どことなく疎遠になっているのだそうだ。

 

「…そうか、ならいいんだ。──それより、俺たちで最後みたいだな。KoBにサーニャっち、おまけにミツキ。極めつけに俺たち《風林火山》が揃ったんだ。サクッと終わらせちまおうぜ!」

 

 オオッ!という掛け声には、残念ながら風林火山メンバーだけしかノってくれなかった。だが士気を上げるという目的では、俺たち全員に影響を与えたのは間違いない。

 ここ最近のフロアボス攻略は専らKoB副団長のアスナが指揮を執っており、彼女自身の強さも相まって、現場で戦う野郎連中はそれだけで士気が上がるのだが、クラインはアスナとは別アプローチで皆の士気を高めている。こういうのをムードメーカーというのだろう。前に「ギルドのトップを務めていた」と大見栄を切ってみせただけのことはある。

 

 ──もっとも、アスナを気高く強い女王さまとするなら、クラインは仲間思いで兄貴分な足軽が精々だろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──クライン!そっち行ったぞ!」

 

「分かってらぁ!行くぞお前ら!」

 

 陣形を組んだ風林火山の面々は、飛びかかってきた半魚人型Mob《マーマン・ソルジャー》を迎え討つ。

 彼らの連携は俺の目から見ても見事なものだった。スイッチのタイミングも、互いに深い信頼がなければできないドンピシャのタイミング。大まかな指示はクラインが飛ばしているものの、それ以外は全て各自で判断して動いているようだ。

 

「ミツキ!ボーッとしている暇は無くってよ!」

 

「言われなくても!」

 

 マーマンたちが持っている武器は俺と同じ両手槍と、無骨な両手斧。攻撃の隙が大きい斧タイプは真っ先に数を減らしているが、槍タイプが思いの外厄介だった。

 俺たちが現在戦闘を行っている部屋には幾つかの水溜りがあり、それが地面の下で繋がっているらしい。水に飛び込んでは死角から奇襲をかけてくる槍タイプは、斧と違って攻撃から離脱までの間隔が短く、俺たちは攻撃を防ぎこそすれ、決定打を与えることができずにいた。

 

「こうなったらやるしかありませんわね──!」

 

「大丈夫なのか?外したら──」

 

「このままではジリ貧でしょう!あなたも男なら覚悟を決めなさいな!」

 

「……わかったよ。──皆、一旦防御に専念して、Mobを水の中から誘き出してくれ!俺とサーニャで倒す!」

 

「なんか策があるってこったな?わかった!」

 

 クラインたち風林火山のメンバーに続き、血盟騎士団のプレイヤーたちも各々が防御姿勢を取って水溜りの前で半魚人を待ち受ける。

 すると、突如水面から槍が突き出され、続いてマーマンたちが飛び出してきた。

 

 盾持ちのプレイヤーたちは攻撃を受け止めるのではなく、体を傾けて流すように防御。

 マーマンが別の水溜りに飛び込む直前──極々わずかな間だけ地上に留まる瞬間を見計らい、俺とサーニャは攻撃を仕掛けた。

 

 俺は槍を大きく引き絞り、単発突進技《ソニックチャージ》を発動させると、6体のマーマンの内2体を串刺しにする。弱点を狙いはしたがHPは全損には至らず、残り6割ほどが残った。

 

「サーニャ、スイッチ!」

 

「上出来ですわ!」

 

 丁度背中合わせになったサーニャの掛け声で、俺たちは互いの立ち位置を入れ替える。俺が別の2体のHPを減らしている間に、サーニャは片手剣2連撃《ホリゾンタル・アーク》で最初に俺が弱らせておいたMobを一気に倒す。

 いくら攻略組の実力者といえど、HPを半分以上残した最前線のMobをたった2撃で倒せるとは思わないだろう。俺も事情を知らなければそう思ったに違いない。

 

 しかしサーニャなら──厳密には、彼女の持つ《フィンスタニス》ならば可能だ。

 あの剣は敵を攻撃すると、ダメージに応じて対象のHPを吸収し持ち主を回復、更に攻撃力上昇のバフを付与する。しかも攻撃の連続ヒット数──所謂コンボ数に比例して、バフによる攻撃力も際限なく上昇していくというトンデモ能力を持った代物なのだ。

 

 初めて出会った14層の頃からずっと、あの剣は相棒としてサーニャを支えている。60層となった今でも現役で活躍していることを考えれば、如何に頭のおかしい能力かがわかってもらえると思う。

 

 彼女は通常攻撃でマーマン4体の弱点であるエラを斬りつけ、攻撃力を上昇させてから俺と交代(スイッチ)。ソードスキルで俺がHPを削っておいた2体を確殺した。

 

 ここまでで、俺が確認できた限り8回は攻撃を行っている。サーニャ自身と同様に強化を施されているはずの《フィンスタニス》が彼女に与える恩恵は、かなりの上昇値になるだろう。

 

 そこからはサーニャの独壇場だった。俺が水平2連撃《ヘリカルトワイス》で周囲にいる敵のHPを一気に削り、とどめにサーニャが切り込んでいく。

 この戦法では少ない手数で最大限のダメージを与えることを要求されるが、敵を倒すたびに力を増していくサーニャの前では造作もないことだ。程なくして、半魚人たちは一掃された。

 

「……この先がダンジョンの最奥みたいだな」

 

「そのようですわね。全員、回復とバフの準備はよろしくて?」

 

「おう、バッチリだぜ!──にしても、マジで便利だよなぁこの水」

 

「確かにな。これまでも店で売ってる食品アイテムにちょっとしたバフがついてることはあったが、ここまで実用的なのは珍しい」

 

 このバフというのは、俺やクラインたちが手にしている水入り瓶のことだ。これは各地の水源からNPCたちが持ち寄ったもので、汲んできた水源によってそれぞれ《攻撃力上昇》、《防御力上昇》、《最大HP上昇》という3種類のバフが付く。

 勿論効果は一定時間しか持続しない上に、同じバフの重ねがけも不可となっているが、こうして水入り瓶を持ち歩くことで、いつでもバフの恩恵を受けられる。

 

 数少ない欠点といえば、味が全くしないということだろうか。現実世界のそれには、言わば《水の味》的な感覚があったものだが、この水には俺たちの味覚を刺激する要素が一切ない。このアイテムだけ味覚再生エンジンが働いていないのではないかと本気で思うくらいだ。

 加えて、プレイヤー同士でのデュエルには使えず、別の層に移動した瞬間、何の効果もないただの水になる事も実証済みである。

 

「残っている瓶は各種それぞれ1本ずつ。持続時間は30分でしたわね」

 

「ああ。これが使えるってことは、クエストボスでも相当な強敵の可能性が十分にある。バフが切れた段階で敵のHPが残り1割切ってなかったら撤退。頭数を増やして再挑戦と行こう」

 

 俺の言葉に全員頷きを返すと、全員一斉にビンの中身を煽る。無味無臭の液体が喉を流れていく奇妙な感覚を味わいながら瓶3本分の水を飲み干すと、HPバーの横に3種類のステータス上昇アイコンが表示された。

 

「……サーニャ?どうした」

 

「メッセージが届いていましたの。もう返事は終えましたから、気にしなくて結構ですわ」

 

 サーニャがウィンドウを閉じ、空になった瓶を投げ捨てると、俺たちはダンジョン最深部──ボスの部屋に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クエストの最後に俺達を待ち構えていたのは、全長が100メートル以上はあろうかという巨大なウミヘビだった。

 名前は《ポイズン・シーサーペント》──シンプルな名前から察するに、毒攻撃を行ってくるのだろう。

 毒ウミヘビは壁に埋め込まれた半透明の球体──卵だろうか──から体を半分だけ露出させており、表面は粘液でヌラヌラと光っていた。

 

 気色の悪さに思わず身震いした俺だったが、気を取り直して槍を構える。

 

「最初はパターンを確認しつつと行きたいが、バフの効果時間もそう長くない。各自連携をとりつつ削っていくぞ!回復怠るなよ!」

 

「おうよ!いっくぜえええええ!」

 

 俺とクライン、サーニャの3人が先陣を切り、クエストボス攻略戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 ──どれだけ経っただろうか。視界にまだバフのアイコンが表示されていることから30分を過ぎていないのは明らかだが、体感では1時間くらい戦っている気分だ。

 何しろボスの動きがとにかく目まぐるしい。あのウミヘビは卵から出てきたことから察するに幼体らしく、傍若無人に暴れるのだ。ここまで確認できた攻撃は、でっかい顎を叩きつける攻撃と噛み付き、毒液攻撃、そして長い体を利用した広範囲の薙ぎ払いだ。

 

 特に最後の薙ぎ払いは(タチ)が悪く、横振りだけでなく顎の叩きつけを織り交ぜてくる。攻撃の予備動作が見えた瞬間、近くにいる盾持ちの後ろに退避するか、全速力で壁際まで逃げるかの2択を迫られる。

 

 その間は攻撃している暇などない為、一種の遅延攻撃にすら思えてくる始末だ。

 

 こうしている間にも刻一刻とバフの持続時間は減っている。幸い防御力は高くないため敵のHPは半分以上削れており、どうにかして一斉攻撃の隙を作りたいのだが……

 

Брин(ブリン)!このままでは解毒Potも底を尽きますわよ!」

 

「畜生!あんのヘビ野郎、ちったぁ大人しくしろっつんだ!」

 

 今まさに暴れ狂うウミヘビに毒づいたサーニャとクライン。サーニャの言うとおり、俺も残りの解毒ポーションは僅か2つ。事前情報がなかった為、元より間に合せ程度の数だったが、回避で誤魔化すのもそろそろ限界に達しつつある。

 

「(イチかバチか、やるしかないか………!)」

 

 槍を持つ手に力を込めた俺は、未だにじたばたと暴れるウミヘビ目掛けて突撃する──!

 

дурак(ドゥラク)!何を考えてますの!?」

 

 後ろからサーニャの悲鳴にも似た声が聞こえたが、そんなものを気にしている余裕はない。今の俺は四方八方から襲い来るウミヘビの首を避けるのに必死なのだから。

 

 グネグネと動く首の動きは不規則で、本来ならば回避するような攻撃ではないのだろう。それを俺は持ち前の動体視力とアバターのステータスを頼りに躱し続ける。

 

 やがてウミヘビの首が持ち上がり、締めの叩きつけモーションが来る──その瞬間、俺は地面を蹴って《ソニックチャージ》を発動させた。システムの力で高々と跳躍した俺の体は、ウミヘビの顔目掛けて一直線に進んでいき、口の先端をしっかりと抉る。

 直後に繰り出された叩きつけ攻撃は空を切り、地鳴りだけが部屋を震わせた。そして宙に跳び上がったままの俺はというと、技後硬直(ポストモーション)が終了するなり槍を逆手に持ちかえる。すると、穂先がオレンジ色のライトエフェクトに包まれた。

 

「ハアアアアアアアッ!!」

 

 空中で発動した両手槍単発技《ストライク・フォール》が、真下にあるウミヘビの口を深々と貫いた。

 通常は地に足つけた状態で発動されるこの技だが、今回は空中から落下する勢いも威力に加算されクリティカルヒット。ウミヘビのHPバーが一気に赤く染まる。

 

「──今だッ!」

 

「この瞬間を待ってたぜェ──!!」

 

 叩きつけ攻撃の後に生まれる5秒程の猶予──そこに望みをかけ、全員で一気に攻勢を仕掛ける。

 クラインのカタナスキル《緋扇(ヒオウギ)》が奔り、サーニャの《バーチカル・スクエア》が青い軌跡を描いて閃いた。

 

「──まだ足りない!」

 

 一斉攻撃が終わった後のボスのHPは残り2割。それを確認した俺はウミヘビの頭から飛び降りると、宙で体を捻り槍を振りかぶる。

 

「…っ──らあッ!」

 

 紫の光芒を引きながら俺の両手槍2連撃技《バウンサー》が真正面からウミヘビの顔をカチ割る。顔面にザックリとV字のダメージエフェクトを刻み込まれたウミヘビだったが……

 

「……これでもダメなのか……っ!」

 

 ほんの少し……数ドット分だけHPが残っている。遂に敵のHPを削りきることができなかった。同時に俺の視界でバフのアイコンが点滅を始め、やがて消える。

 

「(くっ……早く動け!)」

 

 そう自らのアバターに念じる俺の眼前では、猛攻を耐え凌いだウミヘビが頭を擡げ、巨大な(あぎと)で俺を飲み込もうとしているところだった。

 先の一斉攻撃で全員連続技を使った為、硬直から抜け出すまで恐らくあと1~2秒はかかる。それだけあれば、このヘビが俺を飲み込むのに十分すぎる時間だ。

 

 ソードスキル発動後の硬直時間は各武器カテゴリの熟練度を上げると縮まっていく。俺の両手槍スキルは現在熟練度1000(コンプリート)だから、硬直時間は極限まで削ぎ落とされていると言っていい。

 しかしそれでも──思考ばかりが逸るこの状況では、僅か1~2秒程度の時間が異様に長く感じる。

 

 

 ──早く…早く動けッ!

 

 

 硬直が解けさえすれば、奴のHPをゼロにするのは簡単だ。振り上げた槍をそのまま突き上げるだけでいい。

 歯噛みする俺の頭上にウミヘビの口が迫る。視界の端で俺と同じく焦りを見せているサーニャとクラインの顔が見えた。

 

 もうダメなのか──小さな諦めが胸の内にポツンと生まれたその瞬間だった──俺の耳が、ジェットエンジンにも似た金属質の音を捉えたのは。

 

 その直後、真紅の閃光がウミヘビの頭部を深々と貫き、無数の硝子片へ変える。散っては消えていくポリゴンは最早目に入らず、俺は前に立っているプレイヤーに目を奪われていた。

 

 

「──ギリギリのところで倒しきれないとは、暫く会わない間に腕が鈍ったのではないですか?」

 

 

 ひと振りした銀色の十字剣を鞘に収めたのは、白を基調とした鎧に身を包む美しい金髪の女プレイヤー──血盟騎士団()()()・アリスだった。

 

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