ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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2人の迷子

「──おいメディナ、突っ込み過ぎだ!」

 

「問題ない!この程度──っ!」

 

 メディナと共にオルティナノス領を出た俺は、程なくして獣の群れと接触、戦闘を行っていた。

 俺はザッカリアに到着するのが目的なのに対し、メディナは剣の腕を磨く事がメインなので、真っ直ぐ街道には向かわず、小さな森林地帯を突っ切る形で進んでいるわけなのだが……

 

「ハッ!──ふぅ……これで全部か」

 

「セイッ!──あぁ、そのようだな」

 

 お互い最後の1匹を斬り伏せた俺達は、剣に付いた血を払ってから鞘に収める。

 

「……少し妙だ。獣達がやけに凶暴になっている」

 

「普通、こっちから手を出すか、余程飢えてるみたいな状態でもない限り、自発的に襲って来ることはないんだっけか?」

 

「ああ。1匹2匹ならたまたまそういう個体だったとして納得も行くが、群れ単位で襲いかかってくるとなると尋常ではないな。まさか……」

 

「何か心当たりでも?」

 

「……いや、考え過ぎだろう。このまま森林を抜けて街道に出るぞ。襲ってくる獣は全て倒す」

 

 禁忌目録によって禁じられている行為は数多あるが、当然、一部には特定条件下でのみその禁が適用されない場合がある。例えば《他者の天命を故意に減少させてはならない》という禁忌も、剣での立ち会いの際は双方の合意さえあれば初撃に限ってダメージを与える事が許されるのだ。

 同じような理屈で、本来獣の無用な乱獲は禁じられているのだが、獣の方から襲いかかって来た場合──正当防衛であれば罪に問われる事はないらしい。

 

 先も言った通り、メディナの目的が剣術修行である事を考えれば、獣の方から来てくれるこの状況はある意味都合がいいのだが……もしあまりにも大きな群れに遭遇してしまうと、修行だなんて言ってられない状況になる危険性もある。どうせ会うなら小規模な集団であってくれと祈りながら進むこと暫く──森林が開け、草原を一直線に貫く街道が見えてきた。

 

「ふむ……こんなものか。どうせならもう少し獣と戦いたかったものだが」

 

「イレギュラー……不測の事態が起きてるかもしれないなら、無闇に戦わない方がいいと思うけどな。命あっての物種、なんて言うだろ」

 

「手応えが無さ過ぎても困ると言っているのだ。最低限、案山子相手より多くの実を得られなければ、旅に出た意味が無い」

 

「それはそうだけど…──ッ」

 

 俺は腰の剣を抜き、背後を振り返る。横ではメディナも同様に剣の柄に手を掛け、いつでも抜剣出来る状態で周囲を警戒していた。

 

「……噂をすれば、か」

 

「望むところだ。かかって来るなら容赦はしない……!」

 

 まさかメディナの言葉を理解出来た訳ではないだろうが、数匹の獣が木々の陰から顔を出す。他にもまだいるらしく、姿こそ見えないが複数の唸り声が聞こえてきた。

 数は──目視しているものに加え、察知出来ただけでも10匹はいるか。視界が悪く狭い森林の中では分が悪い。

 

「……この数相手にここじゃ不利だ、一度街道の方まで出よう。殿は俺がやるから、メディナは俺を追ってくる奴を《絶空》で迎え撃ってくれ」

 

「ちっ……仕方あるまい」

 

 ジリジリと後退り、機を見て先にメディナが走り出す。一方俺は獣の方を向いたまま、少しずつ後退を始めた。

 

「──いいぞ、来いッ!」

 

 メディナの声を合図に、俺は獣達に背を向けて走り出す。前方で剣を手に待ち構えるメディナとすれ違った瞬間──

 

「オルティナノスの剣戟──如何なるものかを知るがいいッ!!」

 

 腰だめに構えた《陽炎の剣》に銀色の光が灯る。刹那──銀の一閃が、俺に飛びかからんとしていた2匹の獣を横薙ぎに斬り裂いた。

 間髪入れず、俺もまた急制動をかけて反転。前のめりに傾いた体を立て直すことなく、そのまま倒れていくに任せる。ある一定の角度まで倒れると、左側に引き絞った剣がペールブルーの輝きに包まれた。

 

「でゃ──ッ!」

 

 地面スレスレの超低姿勢で発動する、片手剣単発突進技《レイジスパイク》──下段から突き上げられた剣が、3匹目の獣の喉元を深々と貫いた。

 

「お前、また知らない技を……!」

 

「そんなの後だ、来るぞ!」

 

 人っ子1人いない街道のど真ん中で、獣達との戦いを繰り広げる。

 色んな仮想世界で獣系Mobと戦ってきた経験のある俺は言わずもがな、メディナも実力からして決して劣るようなものではないのだが、俺がソードスキル──特に《バーチカル・アーク》や《ホリゾンタル・アーク》、《スネーク・バイト》といった連撃技を繰り出す度、意識の数割かがこちらへ向いてしまっていたようで……

 

「──メディナッ!」

 

「ッ──!?」

 

 無意識の内に足を止めていたメディナの背後から、牙を剥いた獣が襲いかかる。俺は咄嗟に、発動しようとしていた《ホリゾンタル》の構えを解き、長距離突進技の《ソニックリープ》に切り替えるが……

 

「(クソ、間に合わな──)」

 

 構えを切り替えるたった1秒弱が、致命的なタイムロスとなる。このまま技を発動したとて、その時にはもう獣の牙がメディナに食い込んでいるだろう。

 

 俺の体が地を駆けるより先に、鮮血が舞う──メディナのものではない、彼女を喰らわんとしていた獣の首目掛け、疾風の如き刃が振り下ろされたのだ。

 

 俺でも、当然メディナのものでもないその刃を振るったのは──

 

「──実戦中に動きを止めるな!型の練習じゃないんだぞッ!」

 

 鋭い叱責を飛ばす黒髪の少年。背丈は俺よりほんの少し低い程度、体つきも華奢だが、右手に携えた無骨な片手剣が妙に様になっている──その声に、殆ど条件反射で振り向こうとした俺だったが、今は戦いに集中すべきと堪える。

 

「ッ……そいつの言う通り、今はこの場を切り抜けるのが先決だ!集中しろ!」

 

「ユージオ、手伝ってくれ!」

 

「わ、分かった──ッ!」

 

 黒髪の少年に続き、彼の同行者らしき亜麻色の髪の少年も加勢に入ってくれたお陰で戦いは随分楽になった。程なくして獣達を全滅させた俺達は、お礼を言いがてら互いの無事と健闘を称え合う。

 

「──皆無事か?」

 

「うん。僕は大丈夫だよ──君達も怪我は無い?」

 

「お陰様でな。助かったよ」

 

「……別に、助けてくれなどと頼んでいない」

 

 俺はシンプルに感謝を伝えているのに対し、メディナはそうつっけんどんに返す。

 

「そうは言うけどなお嬢さん……実際あの数を2人で相手するのはちょいと危険だったと思うぞ」

 

「そもそも、危なくなったのはメディナが気を抜いてたのが理由だろ。そこを助けられたんだから、素直に感謝すべきだ」

 

「それは……分かっている──偶然とは言え、助太刀には感謝しよう。ただし、お前達の助けが無くともどうにか出来ていた。そこだけは勘違いするな」

 

「あのなぁ……」

 

「あはは……まぁでも、実際君達はすごく強いと思うよ──自己紹介が遅れちゃったね。僕はユージオ。彼は僕の友人で──」

 

「──キリトだ」

 

 ユージオと名乗った亜麻色の髪の少年は、柔らかい笑みを浮かべて手を差し出して来るが……

 

「別にお前達の名前などどうでも──」

 

「ゴホン──俺はミツキ、彼女はメディナ・オル──」

 

「おい、勝手に名乗るな!」

 

「助けてもらったんだから、名乗るのは最低限の礼儀だろ。君が目指してるのはそんな剣士か?」

 

「むぅ……メディナだ。これでいいか」

 

 ぶっきらぼうに名前だけ名乗ったメディナは、フイとそっぽを向いてしまう。結局握手は無視し、代わりに俺が彼の手を握り返す。

 

「……悪い、付き合ってみればちゃんと良い奴なんだが」

 

「気にしないで──それより、さっきのミツキの言葉。君達も剣士なんだね。て事は、ザッカリアの剣術大会が目当てなのかい?」

 

「あー、そうだな。そんな所だ──『も』って事はユージオ達も?」

 

「うん。どうだろう、2人さえ良ければ、ザッカリアまで一緒に行かない?」

 

「俺としちゃ、是非ともそうしたいんだが……」

 

 チラと目を向ければ、そこには見るからに不満そうな顔のメディナが。

 

「お断りだ!私にはやるべき事がある、そいつらと暢気に旅をするつもりは……」

 

「別に、旅を楽しくする為に一緒に行こうってんじゃない。またさっきみたいな状況に陥った時、数は多い方が安全だろ。お互いの目的を確実に果たす為にも、ここは行動を共にしといた方が賢明だと思わないか?」

 

 どの道、ザッカリアまではこの長い街道を通っていくしかない以上、提案を受け入れようと拒もうと、彼らと道を同じくすることは避けられない。ならば互いに益のある判断をするべき──筋の通ったキリトの説得を受け、メディナも少しは頭が冷えたらしく……

 

「……分かった。だが条件がある」

 

「条件?」

 

「余計な詮索はするな。ザッカリアに着いたらそこで別れる。そして道中、私の行動に口を出すな。──私の目的は剣技を磨く事だ。その邪魔をされるわけにはいかん」

 

「分かった。ただ無理はするなよ──それじゃ、短い間だけど仲間としてよろしく」

 

「──むかつく

 

「え……?」

 

「何でもない。行くぞ」

 

 こうして、ザッカリアまでの短い旅路に2人の仲間が加わる事となった。先頭を行くメディナを追いかける際、俺とキリトの視線が交錯する。

 

 ──後で時間を見つけて話そう。

 

 そんな意思を感じ取った俺は、首肯するように目を伏せて歩みを再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 キリトとユージオを加えた4人で街道を往くこと暫く──幸か不幸か獣に遭遇する事なく進んでいた一行に、若い女性が声をかけてきた。

 

「あの……つかぬ事をお聞きしますが、この辺りで50歳くらいの男の人を見ませんでしたか?」

 

「男の人……見てないな──そっちは?」

 

 キリトとユージオも揃って首を横に振る。

 聞くに、その男性は彼女の父親で、この近くにあるという花畑に花を摘みに行ったそうなのだが……どうやらその花畑は、人里離れた立地故に獣が棲み着いてしまった事でとうの昔に放棄された場所なのだという。

 

「……私、もうすぐ結婚するんです。でもうちは貧乏だから、商人さんからお祝い用のお花を買うことも出来なくて……」

 

「それで花畑に……親父さん、そこが獣の棲み家になってる事は知ってるのか?」

 

「私もさっき、行商の人から聞いたばかりなので……多分、知らないと思います」

 

 となると、身を守る為の武器も何も持っていない可能性が高い。確かに心配だ。

 

「……分かった。私が行こう」

 

 真っ先に名乗りを上げたメディナに、ユージオも首肯を返す。

 

「そうだね、襲われる前に早く見つけて引き止めないと」

 

「何故お前達まで……別に付いて来なくていい」

 

「メディナと同じだよ。助けたいって思っただけさ」

 

「ああ。メディナが必要無いと言っても、俺達は彼女の親父さんを助ける為に、勝手に行くぞ」

 

「フン……好きにしろ」

 

「──って事で、俺達が行ってくるよ。その花畑ってどっちだ?」

 

 女性から花畑の場所を聞いた俺達は、少し進路を逸れて足早に移動を開始。目的の花畑に到着すると、多数の獣の姿が確認出来た。そしてそれらから隠れるように、岩陰でジッと息を潜める男性の姿も……

 

「あ……いた、お父さん!」

 

「良かった、間に合った!」

 

「よし、出来る限り戦闘は避けつつ、2人を安全な所まで──」

 

 女性共々男性を助け起こすユージオと、周囲を警戒するキリト。そんな2人を他所に、メディナは剣を抜いて花畑に足を踏み入れた。

 

「……おいメディナ!?」

 

「言ったはずだ、私は剣技を磨くのが目的だと──1匹残らず蹴散らしてやる!」

 

 縄張りに外敵が踏み入った事で、獣達は侵入者であるメディナを睨む。いつ飛び掛ってきてもおかしくない状態だ。

 

「ったく──ユージオ、2人を頼む。俺とキリトはメディナの加勢だ」

 

「わ、分かった。すぐ戻るから!──2人ともこっちへ!」

 

 ユージオが親子を避難させる間、俺とキリトは抜剣してメディナの両隣に並び立つ。満を辞して襲いかかる獣達に、剣が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──うん。これで良し、と」

 

「全然良くないわよ!本当に心配したんだからねッ!」

 

 獣のいなくなった花畑で花を集める父親と、父の無茶を諌める娘。そんな2人の様子を、俺達は遠巻きに眺めていた。

 

「無事に何とかなったね。誰も怪我とかしなくて良かったよ」

 

「メディナが獣達に向かってった時は、どうなる事かと思ったけどな」

 

「どの道、時間稼ぎは必要だっただろう。都合が良かっただけだ」

 

「一理あるが、せめて事前に一言くれ」

 

「何度も言わせるな。私の目的は──」

 

「──そうじゃない。考えをちゃんと共有してくれって言ってるんだ。そうすればこっちもそのつもりで動けるし、何より無用な誤解もされずに済む」

 

 俺の言葉に、メディナは訝しむような顔をする。

 

「誤解だと……?」

 

「彼女の親父さんを助けるのは勿論だけど、娘さんを想う親父さんの望みも叶えてあげたい──だから、安全に花を摘めるよう獣と戦おうとしたんだろ。でもそれを知らせないままじゃ、さっきの君はただの無鉄砲なバカだ。引き摺られても文句は言えないぞ」

 

 俺も詳しくは知らないが、メディナは既に父親を喪っている。

 花畑に向かう際真っ先に手を挙げた事からも、娘が父の身を案じる気持ちは痛い程理解できた筈だ。もしかしたら──あの親子に、亡き父と彼女自身を重ねていたのかもしれない。

 

「っ……むかつく──分かった。ただし、先も言ったように指図は受けんぞ」

 

「出来る限り希望に添うよう、『提案』はさせてもらうけどな」

 

「屁理屈をこねるな。先を急ぐぞ」

 

 出来る事ならあの親子を家まで送り届けたかったが、これ以上寄り道をしていては時間ばかりが過ぎ去ってしまう。幸いここからそう離れてはいないとの事なので、簡単な挨拶だけ済ませる事に。

 

「本当に、ありがとうございました。何もお礼が出来ないんですが……」

 

「いえ。大事にならなくて良かったです。お気をつけて」

 

「皆さんの方こそ。どうか、旅を無事に終えられますよう」

 

「ご尊父──」

 

 ふと、メディナが男性の前に進み出る。

 

「家族を想ってくれるその気持ちはとてもありがたいものだが……娘の立場からしてみれば、たった1人の父の命に代わるものは無い。今回のような無茶は控えることだ。せめて万全の準備をして行くといい」

 

「……ええ。十分、身に染みました。胸に刻んでおきます」

 

「……親子で仲良くな」

 

 それだけ言って、メディナは立ち去る。俺達も口々に挨拶をしてから、その後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──あぁー、流石に朝から歩き詰めで疲れてきたな……腹も減ったし」

 

「花畑の件もあったから、予定より少しかかっちゃったね。気付いたらこんなに暗くなってる」

 

「完全に日が落ちる前に移動して、野営の準備だな。確か街道沿いに川が流れてたはずだから、その近くで──」

 

「おい、私抜きで勝手に話を進めるな!大体何だ、男が3人揃いも揃ってだらしない。私はまだまだ平気だぞ」

 

 足を止めてキャンプ地の相談を始める俺達に、メディナは呆れたような息をつく。

 

「そうは言ったって、ザッカリアまではまだかかる。すぐ近くならまだしも、夜通し歩き続けるのは得策じゃない」

 

「私は歩ける。どうしてもと言うなら1人でも進むからな。……この程度で音を上げているようでは、整合騎士など夢のまた夢だ」

 

「限界を超えて気合と根性に頼るのは、本当にどうしようもない時だけにしとけ。そんな状態で剣を振り続けたって鍛錬にはならないし、危険が増えるだけだ。休む時はしっかり休まないと、必要な時に全力出せないぞ」

 

「だが……百歩譲ってミツキ(おまえ)はともかく、会ったばかりの見知らぬ男達と野営など……するわけ、ないだろう……っ」

 

 ほんの僅かに声を震わせるメディナは、そのまま踵を返して足早に進んでいく。しかし──

 

「ぁ──ッ!?」

 

 踏み出した足はすぐに崩れ、メディナはガクリと膝を折ってしまう。倒れる彼女の腕を、俺はギリギリの所で支えることに成功した。

 

「お──ッと。そら見たことか。自覚出来てないだけで、戦いの疲れが溜まってるんだ。今日はもう休んで、朝になったら出発するぞ。寝床に関しては……こっちも最大限配慮するからさ」

 

「くそ……むかつく……」

 

 渋々ながらもメディナの了解を得たことで、俺たちは街道を少し外れた川岸に移動。手頃な石や木々を使って簡易キャンプを設営した。

 

「よし。それじゃ俺はキリトと川で水を汲んでくるから、メディナとユージオで夕食の準備を始めといてくれ」

 

「なッ、おい待て……!」

 

 制止の声も虚しく、2人はそそくさと川の方へ行ってしまう。何度目かも分からないため息をつくメディナに、ユージオは苦笑いを浮かべた。

 

「はは……お互い、連れがあんな感じだと苦労するね。ミツキはしっかりしてるようで、ああいう所はちょっとキリトに似てるかもだ」

 

 言いながら荷物の中を探るユージオを、メディナはジッと見つめる。

 

「えっ……と、どうかしたかな……?」

 

「……似ていると言えば──先の戦い、お前とあの黒髪の剣筋がそっくりだったと思ってな。アイツはお前の剣の師か何かか?」

 

「あ、あぁ、うん。僕の剣はキリトから教わったものだよ。と言っても、僕はまだ剣を握って1週間も経ってないから、全然未熟だけどね」

 

「そうだな。私から見ても、動きの硬さが目立っていた。それでも特に傷を負わなかったのは大したものだが」

 

「あ、ありがとう。キリト以外の人に剣の腕を褒められたの、初めてだよ」

 

「べ、別に褒めたわけでは……ッ」

 

「そういうメディナは、ミツキとはどういう関係なの?兄妹には見えないし、友達とか?」

 

「ちっ、違う!友達などでは、断じてッ!」

 

 思わず立ち上がっていたメディナは、慌てて座り直し居住まいを正す。

 

「アイツは……少し前に領地に転がり込んできた根無し草だ。記憶が無いというから、暫く置いてやっていただけで……訳あって、ザッカリアまで同道しているに過ぎん」

 

「記憶が無い……もしかして、ミツキも《ベクタの迷子》なの?」

 

「『も』……?」

 

「キリトもそうみたいなんだ。ほんの1週間くらい前に僕のいた村の森に突然現れて、自分が生まれた場所とか、天職とか、禁忌目録のことも綺麗さっぱり忘れちゃってたんだよ」

 

「……確かに、ミツキもそうだった。だというのに、剣術を……」

 

「そうだ、僕も気になってたんだ──ねぇメディナ、ミツキの剣の流派ってどこなの?」

 

「それは……私にもわからない。あいつ自身、知らないと言っていた」

 

「キリトの流派は《アインクラッド流》って言うんだけど……ミツキの使ってた剣技は、僕の教わったのと全く同じだったんだ。《ホリゾンタル》に《バーチカル》、《スラント》まで……」

 

「《アインクラッド流》……初めて聞く流派だが……よくよく思い返せば、確かにお前達はミツキと同じで、複数の秘奥義を状況に応じ使い分けていたな。つまり、あの2人は記憶を失う以前は同門だった可能性がある、というわけだ」

 

「もしかしたら、お互いの覚えてる事を話し合ったりすれば、他にも記憶を思い出すかもしれないね」

 

「かもしれんな──…む、何だジロジロと」

 

「あ、ごめん──僕、貴族の人と話すのは初めてだったんだけど。メディナは良い人みたいで良かったって」

 

 それを聞いた途端、メディナの表情がサァっと冷えていくのをユージオは感じた。

 

「……気付いていたか」

 

「服装からして僕らみたいな平民とは違う感じがしたし、さっき領地って言ってたから……って、ごめん。詮索しない約束だったよね」

 

「……別に、私が迂闊だっただけだ──とっとと夕食の準備を済ませるぞ」

 

「あ、うん──にしてもキリト達、遅いなぁ……川までそんなに離れてなかったと思うんだけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方──4人分の水筒を手に川へ向かった俺は、タイミングを見て足を止めると、後ろを付いてくるキリトの方を振り返った。

 

「ようやく2人になれたな──念の為確認だが、お前は《ビーター》で《黒の剣士》で《二刀流》の《黒づくめ(ブラッキー)》キリトこと桐ヶ谷和人、って事でいいんだな?」

 

「そういうお前こそ──《ビーター》で《裂槍》で《双槍》で《灰かぶり》のミツキこと三島翠月か?」

 

 短い沈黙を経て、互いの知ってる互いであった事への安堵から、全く同じタイミングで溜めていた息を吐き出した。

 

「良かったぁ……やっと知ってる奴に会えた。危うくホームシックになるとこだったよ」

 

「全くな……とにかくお互い無事で何よりだ。まずは情報の共有&交換と行こう」

 

 川へ向かう道すがら、俺とキリトはこの世界で目覚めた時の事や、今に至るまでの道程、現状に対する認識を互いに共有した。

 

 ここがSTLで作られたアンダーワールドだろうという事。

 自分のリアル情報はしっかり覚えているにも関わらず、ダイブ以前の記憶だけが不自然な所で途切れている事。

 一先ずログアウト手段の模索ないしラース関係者へのコンタクトを試みるべく、世界の中心である央都セントリアを目指しており、その第一歩として衛兵隊に入る為、ユージオと共にザッカリアを目指している事。

 

「──とまぁ、こんな感じだな」

 

「お互い考えは大体同じか……なぁキリト──お前、ユージオやメディナ達を()()()()?」

 

 川岸にしゃがんで水筒の中身を補充する。俺の問いかけの意味を正しく理解したらしいキリトは、少し考えてから回答を口にした。

 

「……何度考えても、俺達と同じ人間としか思えない。少なくともNPCみたいな単一プログラムで動いてる存在じゃないのは確定だろう。感情表現や会話があまりに自然過ぎるからな」

 

「だがAIというわけでもない。ユイちゃんやYUNA(ユナ)よりも感情の機微に富んでいるし、他者の心情を理解し慮る事も出来る──現代のAIはまだその領域に至っていない」

 

 俺達がこの世界の人々に対して抱いていたもの──「違和感が無い」という違和感の正体。それは即ち、彼ら彼女らが「人間である」という事に他ならない。

 現状確認出来ているSTLの数は僅か3機。しかしその数を優に超える大量の人々がこのアンダーワールドに存在出来ている理由は──

 

 

「この世界に暮らす人々は、STLによって複製された《魂の原型》を元に成長を遂げた、言わば《人工フラクトライト》──真の意味での人工知能だ」

 

 

 フラクトライトを解析出来るSTLならば、読み取った情報をコピー出来てもおかしくはない。

 恐らく、物心付いた人間のものではなく、まだ何の情報も刻まれていない真っ新な魂──生まれたばかりの新生児のフラクトライトをコピーし、仮想世界の中で1から育てたのだろう。

 複製した情報を仮想世界へ投入する以上、データ保存用の記録メディアが必要になるが、果たして人間の魂を保存しうる媒体が何なのかまでは想像もつかない。しかし特定の思考ルーチンに縛られない「本物の知性」を有し、またSTLの台数以上の数が存在しているという2つの要素を同時に満たす答えはこれしか無い。

 

 この世界の存在意義──ラースの目的は、ヒトの手による「生命の創造」。

 ヒトが侵してはならない禁断の領域、何億年という永い歴史を紡いできた生命の神秘に対する冒涜とも言うべき所業なのではないだろうか。

 

 しかしこれでもまだ、全容解明には遠い。

 ユージオやメディナを見れば分かる通り、この世界の人間は既に俺達と同等以上の知性を獲得している。違いがあるとすれば、細胞で構成された肉体を持つか否かという一点だけだ。にも関わらず、ラースの実験がこうして続いているという事は、そこがゴールではないという事。人工フラクトライト達に本物の知性を獲得させるのはあくまで通過点だとして、その先に一体何があるというのか──そこから先を考えるには情報が足りない。

 

 否、例え必要な情報が揃っていたとて、それは俺達に理解出来るようなものなのか。理解すべきものなのかも分からない。STL技術の時点で大概ではあるが、一介の高校生が考えるにはあまりにもスケールが大き過ぎる話だ。

 

「考え出したらキリがないな……取り敢えず今は、衛兵隊に入る事に集中しよう」

 

 央都に到着し、整合騎士となって人界を統べる公理教会のトップに接触した暁には、全てが明らかになるのだろうか──思考を打ち切った俺は、満タンになった水筒の栓を閉め、別の水筒を手に取る。

 

「……そうだな──それと、だな……ミツキ」

 

「……どうした?」

 

 チラと目を向ければ、キリトが何やら難しい顔をしていた──何かを打ち明けるべきか否か、迷っているような……

 

「……大前提として、俺達が知っているのと同じ人物かは分からない。その上で、落ち着いて聞いてくれ」

 

「……?分かった」

 

「ユージオが整合騎士を目指している理由は、8年前に禁忌を侵して央都に連行された幼馴染の女の子を探す為なんだ」

 

「そうか……見つかるといいな」

 

「ただ、問題なのはその女の子の方で……名前は、()()()──アリス・ツーベルク、というらしい。当時11歳……長い金髪を後ろで編んだ、青い瞳の女の子だったそうだ」

 

「ッ………!?」

 

 突然耳に入ってきた名前に、息を呑んだ。今、何と?……アリス、と言ったのか?

 今すぐユージオの所へ走って諸々を問い質したい衝動に駆られたが、直前のキリトの言葉を思い出し、グッと堪える。

 

「……お前は、どう思ってるんだ」

 

「ルーリッドの村で、ユージオや彼女の妹から話を聞いた限りでは……()()()()()とはまるで違う性格だったみたいだ──」

 

 キリトは語る──自分達の知る《姫騎士》アリスは、謹厳実直で自他共に厳しく育ちのいいお嬢様タイプだったが、ユージオの探すアリス・ツーベルクという少女は、面倒見が良くも中々にお転婆な子供だったらしく、天職である修道女としての勉強が終わると、毎日ユージオや他の子供達と一緒に遊んでいたのだという。

 

「あぁでも……子供達同士でチャンバラ遊びをすると、いつもアリスが勝ってたらしいな。村長の娘さんとはいえ、特に剣術を習ってたわけじゃないそうだけど」

 

「……そう、か」

 

 一通り話を聞いた限り、キリトはアリスとアリス・ツーベルクが丸きり別人であると感じているようだ。年齢が合わないのだからそれも当然だが……俺には──彼女が普段周囲に見せる事のなかった内面を知っている俺には、絶対に違うと断ずることが出来なかった。確かに、俺がアインクラッドで共に戦った彼女はお転婆とは程遠い生真面目な性格ではあった。しかしだからといって遊び心のようなものが無かったわけではないのだ。

 1つだけだった筈の約束をいくつも纏めて1つと言い張ったり、朝食でゆっくりし過ぎて約束の時間に遅れそうになった時は「俺がもっと早く起きなかったせいだ」と言いがかりを付けてきたり……何より、普通ならとうに見限られてもおかしくない面倒な性格(タチ)の俺を見捨てず、何があろうと傍にいてくれた。剣の腕前だってそうだ。剣術を習ってないのだとしても、それは天性のものだと考えれば合点がいく。

 

 彼女もまた俺達と同様にSTLを介してアンダーワールドに?いや、だとするなら菊岡から報告の1つもあっていいはず、何ならラースでのバイトの際すれ違うくらいはしていて然るべきだ……もしくは、アリスのフラクトライトをコピーしてアンダーワールドで育てたのか?だとすれば、彼女はこの世界とリアルに2人存在する事になるのではないか。果たしてあの男がそんな人権ガン無視の行為に踏み切るかどうか──絶対に無い、とは言い切れない辺りにもどかしさを覚える。

 

 アリスの魂がコピーされた線は一旦横に置いておくとして、何か……年齢の齟齬さえ解決できるような理由があれば、即ち──

 

「(──ッ!?)」

 

 不意に、脳裏にビリっと妙な感覚が走った。頭の中で何かが疼くような、そんな感覚。次いで、謎の光景がフラッシュバックする。

 全く見覚えのないどこかの村、遥か見上げる程の巨大な樹の根元で、3人の子供達と遊んでいる。黒髪の少年と、亜麻色の髪の少年、そして眩しい金色の髪の少女──

 

「……おい、ミツキ?」

 

「っ……あぁ、悪い。取り敢えず、ユージオとその……女の子の件は了解した。教えてくれてサンキュな」

 

「あまり思い詰めるな、ってのも無理だろうけど……さっきお前が言った通り、今は衛兵隊に入って、修剣学院とやらの推薦状を貰う事を優先しよう。整合騎士になって公理教会の本拠地に入れれば、ハッキリする筈だ──ユージオの言うアリスが、俺達の探してるアリスと同一人物なのかも」

 

「……ああ、分かってる──思ったより話し込んじまったな、早いとこ戻ろう」

 

 そうだ、今はまだ断定するには早計過ぎる。精々可能性の1つ程度に留めておくべきだ。

 あまり深くは考えるな。全てはそのアリス・ツーベルクという少女の存在を確かめてから。

 その為にも──絶対にならねばならない。人界の頂点に君臨する最強の整合騎士とやらに。

 

 水で満たされた4つの水筒を手にした俺達は、足早にキャンプ地まで引き返す。

 とうに準備を終えて待ち侘びていたユージオとメディナに2人で平謝りしつつ、干し肉とパンで作ったサンドイッチという急拵えにしては上出来な夕食を頂き、そのまま就寝する運びに。

 

 キリト達が持ってきていた大きな布とその辺の木の枝で天幕を張り、そちらをメディナ用、男性陣はそこから離れた場所で各々毛布に包まり、夜を越すのだった。

 




アンダーワールド内部で色々描かなきゃいけない事が多いこともあって内部視点が続いてますが、外部視点もそろそろ描かねば……次々回くらいかなぁ
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