ソードアート・オンライン-剣槍-   作:不可視の人狼

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《欠陥品》の一族

 修剣学院に入学を果たしてから、早くも数ヶ月が経った。

 剣術だけではなく神聖術や法学、薬学等といった数々の授業をこなし、放課後は各々先輩達の指導を受ける。週に1度の安息日には市街に出て飲食店を巡ったり、必要な消耗品を買い足したり、或いは部屋で勉強したり──忙しくも充実した日々を過ごしている。

 

 そんな中訪れた、最初の検定試験──俺とキリトは座学の試験に戦々恐々としていた。優等生気質のユージオは「毎日の授業をしっかり聞いて復習してればきっと大丈夫」と言っていたが、そもそもの基礎知識からして多大なハンデを負っている俺とキリトにしてみればそう簡単な話ではない。しかしだからといって座学方面をバッサリ切り捨てる事も出来ず、家庭教師ユージオ先生の協力の下、神聖術やら法学の筆記試験をどうにかパスする事に成功。

 

 いつしか剣術方面は俺とキリトが、座学方面はユージオがカバーするという流れが通例化した。

 単身で俺達2人を教えるユージオが「せめてどちらか一方だけでも少しは勉強してくれたら楽なんだけどなぁ…」とぼやいていたのは想像に難くなく、俺がそのどちらか一方になるべく現在進行形で頑張っている次第である。

 

 ……尚、これは余談だが、現時点で行われた2度の検定試験はどちらも教官相手のものだった為、以前因縁の出来たライオスら陰険貴族3人組と戦う機会はまだ訪れていない。それどころか、同じグループで試験を受けてすらいない為、奴らの実力をこの目で推し量れてもいないのが実情だ── 一応、順位で言えば俺達が10位以内をキープしているのに対し、奴らは20位前後とダブルスコアの差が付いているのだが──残る2回の試験でその時が訪れるのかどうか……事と次第では一度もその機に恵まれないまま2年目に突入する可能性もゼロではない。

 まぁそれならそれで、進級を賭けた最後の検定試験で俺達が3トップを掻っ攫えば済む話だ。もっと言えばメディナも含めた4トップ。上級修剣士の上位4席独占という結果ならライオス達も黙らせられるだろう。

 

 と、そう考えていたのだが……

 

「──メディナ、一体何があったんだろうね」

 

「ああ……入試の時はたまたま調子が悪かったのかもしれないけど、2回とも上位に入れないってのはおかしい。今回の試験なんて35位だぜ?あんなに凄い剣の腕があるのに──ミツキ、何か知らないか?」

 

「何度か話を聞こうと思ったんだが、中々捕まらなくてな……」

 

 安息日、俺はキリトとユージオの部屋を訪れ、3人でメディナについて意見を交わしていた。内容はキリトが言った通り、メディナの成績が奮わない理由である。

 ここ最近のメディナは授業が終わると気付けばいなくなっているし、放課後の俺達は傍付きとして先輩達の元へ出向かなくてはならない。稽古後は程なくして夕飯。食堂で悠長にメディナの姿を探そうものなら、早く席に着けと寮監の先生から小言を頂戴してしまう。今回ばかりは傍付き練士故の拘束時間の長さがもどかしく感じられた。

 

「ただ……1つだけ気になる事がある。前の検定試験が始まる直前、チラッとだけメディナがいるのを見かけたんだが──彼女の木剣、折れてたんだ。それを紐で縛って強引に繋ぎ合わせてた」

 

「何だそりゃ……メディナは貴族なんだし、木剣の代えくらい幾らでも用意出来そうなもんだけど」

 

 至極真っ当なキリトの疑問に、俺は少し迷った末、メディナの生まれであるオルティナノス家がどんな状況に置かれているのかを知ってる範囲で話した。

 

「オルティナノス家は確かにれっきとした貴族ではあるんだが……お世辞にも裕福とは言えない暮らしを強いられてる。本人は勿論、領民達もだ。緑の少ない荒地を耕してどうにか、って感じだったよ」

 

「貴族が私領地に出向くのは稀で、基本は央都の屋敷で暮らしてるって授業では言ってたけど……そっか、だからあの時、ミツキと一緒に旅をしてたんだね」

 

「もしかして、前にライオス達が言ってた《欠陥品》ってのもそこに関係してるのか?」

 

「さてな。あんな土地で暮らしてるから《欠陥品》なのか、或いは……《欠陥品》だから、あそこに飛ばされたのか。詳しくは話してくれなかった」

 

「何をするにも、まずは事情が分からなきゃだしな……今度見かけたら、それとなく聞いてみようぜ──素直に教えてくれるか分かんないけどさ」

 

「そうだね。何か力になれる事があるかもしれないし」

 

 取り敢えず意見を一致させた事で、この場はお開き。各々貴重な休日を謳歌しようという事になった。とは言え、出来る事は多くない。学院に通う生徒の多くは貴族出身である為、安息日や長期休暇は央都にある実家に帰れるが、《安息日の稽古は禁止》と学院則に定められている以上、平民の俺達は街をぶらついて買い食いするか、部屋で自習か筋トレするくらいしか選択肢が無いのだ。

 

「(まだあと1年半あるしな……大人しく自習でもしてるか)」

 

 入学前、衛兵隊で働いて稼いだ金はまだまだ残っているが、当然、入学以降追加の給料は出ていない。アンダーワールドでは獣を狩った所で1(シア)も手に入りやしないので、節約出来る部分はしておくべきだろう。

 

 変な誘惑に惑わされないよう、足早に自室へ戻ろうとした俺だったが……ふと窓の外を見ると、特徴的な緋色の髪が見えた。俺は早々に予定を変更し、全速力の大股速歩き──学院則で学舎の中を走ってはいけない──で外へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 何度か見失いそうになりながらメディナの後を追っていくと、小さな林に入っていく。やがて足を止めたメディナは、抱えていた袋から何かを取り出し、そっと地面に置いてからそそくさと立ち去る。

 

「(何だ、アレ……?)」

 

 じっと目を凝らして見る……何かの食べ物だろうか?うっかり落としたという訳でもなく、包み紙を開いた状態で置いてあるソレは、まるで何かに食べさせる為のもの──そう、犬や猫の餌を彷彿とさせた。

 

「──おい、コソコソと何をしている」

 

「え?……あっ」

 

 不意にかけられた声に振り向くと、そこにはジトっとした目で俺を睨むメディナがいた。

 

「あー、いやその……偶然見かけたから、世間話でもと……」

 

「そんなの……キリトやユージオとすればいいだろう。とっとと立ち去れ」

 

「や、でもあそこに置いたのって──」

 

「馬鹿、静かにしろ……ッ!」

 

 グイグイと木陰に押しやられた俺は、同じく木陰に身を潜めるメディナの視線を追う。

 

「…あっ──」

 

 小さく声を漏らした彼女が見ている先には、小さな子猫の姿があった。子猫は先程メディナが置いた食べ物に近づき、あたりをキョロキョロと見回してから食べ始める。

 

「……あの猫、野良猫か?」

 

「……恐らくな。少し前に学院内に迷い込んでしまったようだ。親猫が探しに来る様子も無い」

 

「なる程、だから餌を──」

 

「違う。私は自分の為に買った食料を()()()()()()()()()だ。野良猫に餌をやるのは禁忌目録違反だと知って──いや、お前なら知らなくとも変ではないか」

 

「さ、さいですか……あー、それでその、あの猫がメディナの置いた食べ物を()()()()食べる様になったのはいつから?」

 

「ほんの1週間程前だ。丁度試験が終わった直後──って、そんな事お前には関係ないだろう」

 

 視線を猫に戻したメディナは、ホッと安堵の表情を浮かべる。

 

「良かった……今日は全部食べてくれた」

 

 メディナはここ最近こうして食べ物を買っては「置き」、目を離した隙に「子猫に横取りされる」事が続いているそうなのだが、時折殆ど口を付けずに残す事があったのだという。

 俺はリアルで猫を飼った経験が無いので確かな事は言えないが、生物学的に食べさせてはいけない物以外にも、やはり個人ならぬ個猫ごとに好みがあるのだろう。

 猫の前に肉だの魚だのを広げて好みを探るのが手っ取り早くはあるが、あくまでもメディナは食べ物を「置いているだけ」という前提が崩れてしまう危険性を考えるとそうもいかない。

 

「いっそ飼うのはダメなのか?何か役所とかに届出が必要だったり?」

 

「別に、そういった規則は無いが……しかし……」

 

「飼いたいと思う程入れ込んでる訳でもない──か、そもそも猫があまり好きじゃない?」

 

「ばッ、馬鹿を言うな!あんなに可愛らしいんだぞ!?」

 

「そ、そりゃ分かってるよ!ってか、声──」

 

 メディナがハッとしたのも束の間──「ニー」という可愛らしい声がすぐ下で聞こえた。見れば、件の子猫がメディナの足に顔を擦り寄せていた。生憎猫語は分からないものの、その表情からしてメディナに懐いている様子だ。

 

「はぅ……ッ」

 

「……どうも、メディナがご飯を落としてた事は気付いてるみたいだな。お礼でも言ってるんじゃないか?」

 

「……そ、そう、なのか……?」

 

 屈んで問いかけるメディナに、子猫はまたも「ニー」と鳴いてみせる。それを受けたメディナは、我慢が限界に達したかのように恐る恐る手を伸ばし──そっと、子猫の頭を撫でた。猫の方も嬉しそうな顔で彼女に身を委ねる。

 

「か……可愛い……」

 

「……どうだ。メディナが飼い主になれば、堂々と餌をあげられるし、他の生徒に悪戯されたりする事もなくなると思うけど」

 

「そうだな……分かった──お前は、今日からうちの子だよ。絶対、私が守ってあげるからね」

 

 禁忌目録では《他者の所有物を許可なく壊してはならない》と定められてり、ここには家畜を始め、犬猫等ペットも含まれる──俺個人としてはペットを所有物扱いにする事に抵抗感があるが──この猫が心無い誰かのおもちゃにされる可能性もゼロではない以上、予め対策はしておくべきだろう。

 それに──もし彼女が飼う事を拒否したら言うつもりだった事だが──この猫が野良であるなら、狩りも覚えていない子猫の時に餌を与えてしまった時点で、もう野生の生存競争では生き残れない可能性が高い。一時の感情であれ餌付けをしてしまった以上は、きちんと責任を持つべきだ。

 

 彼女が学院を卒業するまでに里親を探すもよし、そのまま飼い続けるもよし。卒業後は学院の方で世話をしてもらえるか掛け合ってみるのも手だろう。初等練士の寮監を務めるアズリカ先生辺りなら或いは……

 

「なら、まずは首輪か何か必要だな。一目見て誰かの飼い猫だって分かるように」

 

「ああ──とは言え、もうそろそろいい時間だ。今から市街に買いに出ていては……」

 

「うーん……お、丁度良さそうなのがあるじゃないか」

 

 俺が手に取ったのは、メディナが抱えていた袋の口を縛っていた紐。赤くて目立ちやすいし、長さも申し分ない。次の安息日までの繋ぎとしては十分だろう。

 

「ちょいと失礼──…っし、こんなもんでいいだろう。苦しくはないか?」

 

 間違っても締まらないよう細心の注意を払いながら、子猫の首に紐をリボン結びする。いくらか抵抗されるのを覚悟していたが、人懐っこい性格なのだろうか、初対面の俺の手も子猫はすんなり受け入れてくれた。嬉しそうに鳴く猫の頭を、俺も撫でてやる。

 

「良かったね。来週になったら、ちゃんとした素敵な首輪を買ってあげるからね。ご飯も毎日あげに来るから。いい子にしてるんだよ」

 

 まさか人語を理解している訳ではあるまいが、メディナにそう言われた子猫は元気に鳴いて走り去っていった。それを見送って寮へと引き返す道すがら、何か悩みでもあるのかとメディナに話を聞こうとしたのだが……当の本人は用事がある、と言って引き止める間もなくとっとと帰ってしまった。

 

 また話を聞けなかったものの、今後はあの猫の様子を見に行けばメディナとも会えるかもしれない。次こそはと切り替えた俺もまた、寮への歩みを再開した。そんな時だ──

 

 

 ──オルティナノス初等練士、最近なんだか楽しそうにしてるわよね。

 ──試験では散々な結果だったのにねぇ、何かいい事でもあったのかしら。

 ──寮に戻ったら、またたっぷりと「お話」を聞きましょうか。

 ──あ、その事なんだけどね……

 

 

 数人の女性生徒達の会話が通りすがる──少し、急いだ方がいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斯くして──部屋に戻った俺は、ある違和感を覚えた。

 初等練士寮の部屋は2人共同で使用する事になっており、2段ベッドと各々の机が設置されているのだが……同室だったもう1人の机が妙に小奇麗になっている。置いてあったはずの教科書やらが影も形もなく消えていた。

 

 まさか部屋を間違えでもしたかと思い部屋番号を確認してみるが、そういうわけでもない。俺の私物は特に変化無しな辺り、急な部屋の掃除が行われた訳でもないと推測される。

 

 だとすると他に考えられるのは……学院を去った?

 だが同室だった貴族出身の男子生徒は傍付きでこそないものの成績は然して悪くなかったはずだ。内心俺の事をどう思っていたかはさておき、ライオス達のように露骨に目の敵にしてくる事もなかった。親しくするでもなく、かと言って険悪でもない。これはこれで気楽な関係だったと言えるだろう。よって俺が何かしてしまった事で自主退学した訳ではない……と思いたい。

 

 もしや、家の都合か何かでそうする事を余儀なくされたのか……だとしたら、まだ1年も過ごしていないというのに気の毒な事だ。

 

 夕飯の時にアズリカ先生に聞いてみようかと考えていると、背後でドアが開く音がする。

 

「何だ戻って来たのか。荷物とか無くなってたから、何かあったのかと──って……」

 

「……そうか、ここはお前の……」

 

 振り返った先には、荷物を抱えたメディナがいた。訳も分からず唖然とする俺の横を、メディナは通り抜けていく。

 

「──今日から世話になる」

 

「お、おい待て!世話になるって、ここ男子寮だぞ!?」

 

「知っている」

 

「ならどうして……てか、『彼』はどうしたんだよ!?」

 

 俺がつい今朝まで同室だった男子のことを言っているのだと理解したらしいメディナは、小さく息をつく。

 

「……何も、聞いていないんだな。お前は」

 

 そう言って、彼女は自分がここに来た経緯を語り始める──それを聞いた俺は、衝動に駆られるまま部屋を飛び出し、初等練士寮の事務室へ駆け込んだ。

 

「失礼します!──アズリカ先生、いらっしゃいますか!?」

 

 そう言いながら戸口を潜った俺を、青みがかったグレーの瞳がフッと見据える。彼女はアズリカ・クイント女史。俺達初等練士の寮監を務める教師だ。

 

「元気がいいのは宜しいですが、そう大声で叫ばずとも聞こえます。それで、何の用──とは、聞くまでもありませんね。オルティナノス初等練士のことでしょう?」

 

「……お言葉ですが、一体何を考えているんですか!?あんな一方的な理由で彼女を追い出すばかりか、男子寮に住まわせるなんて……!」

 

 メディナが語った事の経緯はこうだ──同室の女性生徒が婚約者である相手と共に過ごしたいが為にメディナを追い出し、その婚約者であった男子と入れ替わる形で俺と同室になった、と。

 当然、生徒の一存でこんな横暴が通るはずがない。少なくとも監督であるアズリカ先生の耳は通っているはず。そしてそれが実行されたという事は、即ち彼女は許可を出したという事に他ならない。

 

「……あなたの言いたい事は分かりました。では、補足も混じえて質問に答えましょう──発端は、オルティナノス初等練士と同室だった練士の『貴族らしからぬ荒んだ振る舞いをする彼女が怖くて夜も安心して眠れない』という嘆願でした。事実、彼女は直近の検定試験でも鬼気迫る荒々しい剣を披露していたと聞き及んでいます──」

 

 アズリカ先生曰く、このように人間関係の不和で部屋割りを変える事自体はそう珍しいものでもないらしく、今回もその例に則ろうとしたのだが……問題だったのは、当該女子生徒が新しく同室となる相手に選んだのが婚約者──俺と同室だった男子生徒だった事。

 当然、アズリカ先生としてもそれを認めるつもりはなかったようだが、ここで第2の問題が発生。他の女子生徒達は挙ってメディナと同室になる事を拒否したのだ。「あのオルティナノスと一緒の部屋なんて嫌だ」「怪我でもしたらどう責任を取るつもりだ」「自分まで悪評の巻き添えになりたくない」と、揃いも揃って身勝手な理由を並べ立てたそうだ。

 教員の権限で強引に押し通す事も可能ではあったが、ここで3つ目の問題──例の女子生徒が、学院則の穴を突く形で正当性を主張してきたらしい。

 

「──『そもそも初等練士寮は厳密な規定の下に寮が分かれているわけではなく、男子寮・女子寮というのはあくまでも便宜上の呼称である』『自分達は婚約者である事に加え、婚姻関係に無い男女が同意無く行為に及ぶのは禁忌目録違反となる為、仮にオルティナノス初等練士が男子生徒達と同じ部屋で過ごそうと問題は無い』──そう言われてしまっては、こちらも打つ手がありませんでした。元より生徒間の問題に対し、我々教師はあまり深く介入する事ができません。多くのしがらみが絡む貴族同士なら尚の事。……不幸中の幸いと言えたのは、丁度空いた部屋の利用者があなただった事です、ミツキ初等練士。あなた達は入学以前から交流があったようですから」

 

 初等練士の人数は毎年ピッタリ120人且つ、部屋も人数分しかない。それこそ途中で退学にでもなる者が出なければ1人部屋など生まれず、メディナが女子寮を追い出されるのが避けられない以上、俺と同室にする事が、アズリカ先生に出来たせめてもの抵抗だった……と。

 

「いち教師として情けない限りですが──ミツキ初等練士、オルティナノス初等練士の事を、どうか頼みます。良き友として、彼女を支えてあげて欲しい」

 

 一通り事情を聴き終えた俺は、事務室を後にする。自室のドアを開けると、ポツンとベッドに腰掛けるメディナの姿が目に入った。既に荷物整理は済ませたらしく、空いた机に彼女の私物が置かれている。

 

「……アズリカ先生の所へ行っていたのか」

 

「……ああ。何でメディナがここに来たのか、理由を聞いた」

 

「そうか……心配せずとも、無用な迷惑はかけないよう努める。お前も、同室になったからといって私に話しかけたりしなくていい。周囲からは、何か言われるかもしれんが……その時は気を遣わず、思った事を正直に言ってくれて構わん」

 

「そうか……まぁこっちとしては好都合だ──メディナ、いい機会だし話してくれないか?君と、君の一族について」

 

「は、はぁ!?お前、今の話を聞いていなかったのか……!?」

 

「聞いてたよ。けど別に『話しかけるな』とも言われなかったし、聞きたいから聞いてるだけだ。勿論、無理強いするつもりはないが……俺はもっとちゃんと君の事を知りたい。今日から同室だし──それ以前に、同じ学校で切磋琢磨する仲間で、友達だからな」

 

「っ……友達じゃないと、何度言えば分かる……」

 

「……そうだったな。んじゃ改めて──話したくなったら話してくれ。友達候補で良ければいつでも聞くからさ」

 

 そう言って、俺は2段ベッドの上段へ上っていった。夕食まで仮眠を取るつもりで横になると……

 

「……お前みたいなむかつく奴に、相談なんかする訳ない──だから、これは私の独り言だ」

 

 そう前置きしてから、メディナはやけにはっきりと独り言を話し始めた。

 

「私が生まれるずっと前──当時一等爵家だったオルティナノス家は、武官として名を馳せた一族だった。今や貴族達の正統流派と名高いハイ・ノルキア流の秘奥義《天山烈波(テンザンレッパ)》を発見し磨き上げたのも、我が一族とされている」

 

 ──しかしある時を境に、人界のトップである公理教会の最高司祭はオルティナノス家を《欠陥品》と呼び、二等爵家へ降格。長い時の中で風化してしまったのか、詳しい理由はメディナも知らされてないようだが。

 

「──《欠陥品》の烙印は皇帝を通じて瞬く間に他の貴族達へ広まり、以来奴らは『オルティナノスになら何をしてもいい』と考えるようになった。神にも等しい最高司祭様の不興を買った愚者の一族には当然の罰だとな。その結果、我らは央都を追われ、辺境の貧しい私領地に縛り付けられる事となった……お前も味わっただろう、二等爵士とは名ばかりの貧しい暮らしを。最下位の六等爵士は愚か、キリトやユージオ達のような平民の方が豊かなくらいかもしれん」

 

「………」

 

 俺もよく覚えている。荒れ果てた土地で作物を育て、不作に悩まされながらもその日その日を懸命に生き抜く領民達の姿──初めて見た時から人が住むには適さない場所だと思ってはいたが、メディナの話を聞くに、皇帝はオルティナノス家への明確な嫌がらせとしてわざとあの土地に住むよう命じたのだろう。

 このままでは例え何年経とうと状況は変わらない。それどころか悪化の一途を辿るのは火を見るより明らかだ。だからメディナは剣を取った。領主として民を救う為──歴代当主達の汚名を濯ぐ為に。

 

「如何なる時も強く正しく、誇りを失わない」──どんな罵倒や辱めを受けようと決して折れなかった亡き父に報いる為に。

 

「だから……私は強くならねばならないんだ。少しでも早く、少しでも強く。もう、二度と《欠陥品》などと呼ばせない為に」

 

 これが、メディナが強さを求める理由。1人で強くなる事に拘っていた理由。

 

 彼女の独り言にこちらも独り言で返すべきか、返すなら何を言うべきかと考えていると、ベッドの下でメディナが小さく嘆息する。

 

「そうだ……誰の手も借りず、自分1人の力で強さを示さなければ意味が無い。傍から見れば子供じみた下らない意地なのは分かっている。だがっ……ダメなんだ。今の私と……オルティナノスと共にいては──」

 

 立ち上がったメディナは、「夕食前には戻る」と言い残して部屋を出ていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──くそ、むかつく……あんな奴、ただ偶然転がり込んで来ただけの根無し草なのに……私の目的には関係無いのに……何で、話してしまったんだ」

 

 人気の少ない初等練士寮の裏手で、メディナは独りごちる。

 確かに、ミツキはオルティナノス領で暫く生活していた。だがこうして領地を出て、衛兵隊を経て修剣学院に入った時点で、もう彼は領民ではなくなっている。学院を卒業した者は往々にして央都の騎士団に入るか、近衛兵として皇帝に仕える事となる為、もうあの地に戻ってくる事は無いだろう。それどころか、彼の腕なら《四帝国統一剣舞大会》を勝ち抜いて整合騎士になる事だって不可能ではない──

 

「ッ……何を、考えているんだ私は……!」

 

 メディナは信じられない、といった様相で頭を押さえる──自分がダメでも、ミツキなら──そんな事を一瞬でも考えてしまった自分の頭を。

 

「ふざけるな……私は、自分の力で悲願を果たすんだ。誰かに縋るなんて真似……!」

 

「──こんなところにいたのか、メディナ」

 

 不意に聞こえた声に、メディナはハッと息を呑んだ。俯けていた顔を上げると、そこにいたのは同じ初等練士の制服を着た男子生徒──メディナにとって目の上の瘤とも言える男だった。

 

「……何の、用ですか」

 

「つれないじゃないか。私と君は愛し合う仲、だろう?」

 

「……用が無いのなら、失礼します」

 

 目も合わせず立ち去ろうとしたメディナの行く手を、男子生徒は阻む。

 

「……何だ、その態度は?()()()()となるこの私に、礼節を欠いているとは思わんのか」

 

「っ……申し訳ありません」

 

「ふん……そうやって謝るだけか。流石は無能な《欠陥品》の一族、誠意の示し方も知らないらしい」

 

 男の言葉に、メディナは黙して佇むのみ──努めて取り繕った表情の下で、ひたすら歯を噛み締める事しか出来なかった。果たしてそれに気付いているのか否か、男子生徒はつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 

「まぁいい、時に──お前は入学試験だけでなく、これまで行われた検定試験でも私に大きく劣る成績を取っているようだな?」

 

「……それが何か」

 

「何か、だと?これだから《欠陥品》は──困るんだよ、お前が無様を晒せば、婚約者である私の名にも泥がつく。お前みたいな奴と婚約などしているだけでも周りから白い目で見られるというのに」

 

 ならばとっとと婚約を破棄すればいいだろう──と、メディナから言い出す事は出来ない。彼との婚約は、メディナが貧しい思いをしなくて済むようにと生前の父が苦労して取り付けてくれたものだ。それを差し引いても、帝国議会での発言権を持つ彼の一族の機嫌を損ねてしまえば、領地にいる民達の行く末までもが危ぶまれる。……少なくとも、今のメディナには彼を拒絶する事が出来なかった。

 

「分かっているだろう?お前達オルティナノスの未来は私の手に握られている。お前程度の実力では、学院を卒業した所で行く宛てなど無い。皇帝がお前のような無能を騎士団に招き入れる訳がない。ましてや──学院を主席で卒業し、四帝国統一大会で優勝、整合騎士になるなど……くくっ、誇大妄想もここまで極まれば傑作だな!」

 

 婚約者は一頻り笑った後、メディナの肩に手を置く。制服越しだというのに、べっとりと粘ついたような感触が這い回った。

 

「さて、用件だったな──お前に()()()()()()があるんだ」

 

「っ……ここは私領地ではなく学院です。それに、私もこの後やらねばならない事が……」

 

「いいのか?拒絶すれば婚約は白紙だ。未来の妻として義務を果たせ──何も初めてではないだろう。これまで通り、お前は私に従順でいればいいんだ。《欠陥品》でもそれくらいは出来るだろう?」

 

「………」

 

「返事は?」

 

「ッ……はい、分かりました」

 

「ふっ……それでいい。お前は私の為に尽くせ──それこそ、《欠陥品》に相応しい姿というものだ」

 

 メディナはそのまま、婚約者に連れられて去っていく──小さく震える拳は固く、固く握り締められていた。

 




原作では初等練士は8人くらいの共同部屋で生活しているようですが、アニメの方ではキリトとユージオの2人部屋っぽい描かれ方をしていたのでそちらに寄せています。

※アスナがオーシャンタートルにカチコミする回を一部加筆しました。
菊岡とAIの権利云々に関して問答してるシーンです。ミツキ視点でこの先触れる事があるかなと思いぼかしていたんですが、大丈夫そうになったので。
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