UA20万突破ありがとうございますヨシ!!
「~~~ッはぁ……終わった終わった。お疲れ2人とも」
「そういうキリトもね。一夜漬けが祟って試験中に居眠りしなくて良かったよ」
「俺を見くびってもらっちゃ困るぜユージオ君。もうすっかり慣れたもんだ」
某日昼休み──学院広場の片隅にあるベンチでキリトが大きく伸びをする。
つい先程まで第3回検定試験が行われていた事もあり、俺達3人以外にも試験の感想を口々に話す生徒が広場の至る所に見られた。
「一夜漬けじゃなくて、ちゃんと日頃から勉強する事に慣れて欲しいんだけど……ミツキを見習ってさ」
「う……で、でもミツキだって1人で勉強してたわけじゃないだろ?ユージオとか、メディナにも手伝ってもらってたじゃないか」
「でも誰かさんみたいに、試験の前日になってようやく重い腰を上げることはしてないからね──ミツキはどうだった?試験の手応え」
「あー……まぁこれまでよりはいくらか自信あり、程度だな。……クソ、今になって神聖術の式句が抜けてたり、間違えてたような気もする」
「あ~、その気持ちは分かるよ。不安だよねぇ」
「………」
両隣から言葉を交わす俺とユージオに、間のキリトは何とも言い難い表情を浮かべる──元より優等生気質のユージオはともかく、キリトと同じ側だったはずの俺が境界を跨ごうとしている事に一抹の寂しさを感じている事など、俺は知る由もない。
「──失礼するぞ」
と、そこへやって来たのはメディナ。先日の一件で大幅に距離が縮まった彼女とは、こうして言葉を交わし、時には昼食を囲むことも増えてきた。メディナを取り巻く詳しい事情を知るのは未だ俺だけではあるが、キリトもユージオも「必ず話す」という彼女の言葉を信じて待つと言っていた。
ベンチの隅に腰を下ろしたメディナは、持っていた紙袋から四角いアップルパイを取り出す。袋のサイズから察するに、まだまだ中身は入っているようだ。
「……お、今日はちゃんと食べてるな」
「ん……試験後だからな、当然腹は減る。そういう
「えっ……?」
メディナに言われて、自分の手元を見下ろす。そこには食べかけのサンドイッチが残っているのだが、欠けているのはほんのひと口ふた口程度。キリトとユージオはとっくに食べ終えていたらしく、2人も気遣わしげな目でこちらを見ていた。
「あー……ちょいと考え事をな。別に調子悪いとかじゃないから、心配要らない」
「試験の事……じゃなさそうだね。僕達で良ければ話を聞くよ?」
少し考えてから、ここは文殊の知恵を借りようと判断。先日のベル先輩との話をキリト達にも語って聞かせるのだった──
「──《
「ああ。神聖術とは違う、自らの内に秘める極めて強い意志を以て、様々な現象を引き起こす力の事さ。帝国騎士団くらいになると、結構有名な話だそうだよ」
「意志の力……」
「そうだね、分かりやすい所で──そこに置いてある本を、ここから1歩も動かずに手繰り寄せたり出来る。尤も、そんな真似が出来るのはかの整合騎士くらいだと言われているけどね」
なる程、早い話がサイコキネシスなんかの超能力。そして超能力と言っても発火だとか浮遊だとか種類やレベルが多岐に渡るように、その心意なる力も内容はピンキリのようだ。
「さっきも言ったけど、何も整合騎士と同じくらい強力な心意を扱えるようになれ、というわけじゃあない。しかしその入口──意志や想いを力に変える感覚を掴めなければ、ウォロ・リーバンテインには勝てないという事だ。何故だか分かるかい?」
「……主席は、既にその入口に至っている……?」
ベル先輩はご名答、というように笑みを浮かべて頷く。
「リーバンテイン家は、代々帝国騎士団の剣術指南役を務める一族だ。当然、彼も幼い頃から剣の指南を受け、今に至るまで磨き続けてきた──その弛まぬ努力と経験に加えて、武の一族であるリーバンテイン家次期当主としての責務。頂に登り詰めて尚、強さを求め続ける貪欲さ──そういったものが、あの恐るべき剛剣を生み出しているのさ」
「つまり……背負っているものがあるから、強いと」
「その通り。ただの根性論と思うかもしれないけどね」
「……いえ、寧ろ合点がいきました──何かを背負って戦う人間の強さは、俺も知ってるつもりですから」
「なら話は早い──ミツキ君、君は何か背負うものはあるかい?君は何の為に……何を成す為にこの学院の門を叩いたのかな?」
「それは勿論……勿、論……」
すぐに答えられる質問だった筈なのだが──
「──答えられなかった、というわけか」
「……ああ。俺がこの学院に来たのは、記憶を取り戻すついでにメディナの手伝いが出来ればと思っての事な訳だが……先輩が言ってた《心意》の原動力にするにはちと弱い気がしてな。そういう訳で、まずは剣に込める何かを探して来いって宿題出されたんだよ」
「うーん……ミツキはベクタの迷子だから、そうなるのも無理ないけど……正直な所、僕はベルグリッド先輩の言う《心意》って力の事がまだ信じられないよ。神聖術以外に、そんな凄い力が存在してたなんて……」
「改めて聞くとそう思うかもだけど……多分、俺達はもう目にしてると思うぜ?」
「え、本当かいキリト!?それって一体──」
ユージオの質問に、キリトは少々バツの悪そうな顔をしてから答える。
「えっとだな……ズバリ、ライオス達だ」
返ってきた答えに、ユージオとメディナは揃ってポカンと絶句した……まぁ、気持ちは分かる。
心意の力の原動力は、内に秘める強い意志だと先輩は言っていた。だがそれがどんな意志なのかは特に限定されていない──ウォロのように一族の誇りや矜持、重責を力に変える者がいる一方、ライオス達のように「自分達は誰よりも偉くて強い」という強大で揺るぎない自尊心でも心意の力は発動するというわけだ。
現に──
「今日の検定試験、思い出してみろよ──ライオスの型の演舞、妙なキレと迫力があっただろ?」
「う、うん……」
「認めるのは癪だがな」
「今まで口先だけの連中だと思ってたけど、その評価は改めなきゃな。あいつらは決して無能ってわけじゃない──入試とかこれまでの試験での順位が俺達より下だったのは、メディナと同じでわざと手を抜いていたんだ。最後の進級試験で上位に入れさえすれば、上級修剣士になれるからな」
今回実力の片鱗を見せたのは、恐らく演舞のグループ分けが俺達と同じになったからだろう。本気とは行かないまでも、力を見せつけるのが目的だった。
「……なる程な。入学試験で上位12人に入ってしまえば、傍付きとして1年間上級修剣士の世話をしなければならない。心意を発動出来る程大きな自尊心の持ち主であるあいつらが、そんな小間使いめいた扱いを受け入れるとは思えん」
「俺達はともかく、上級生であるリーナ先輩達の事まで見下してたからな……貴族って確か位があるんだよな?あいつら、そんな偉いのか?」
俺の質問に、貴族出身であるメディナが答える。
「いや。あの3人の中で最も高位の家格なのは三等爵士であるアンティノス家──ライオスだ。取り巻きのウンベールとラッディーノは1つ下の四等爵士だな。ただ……アンティノス家は少々事情が異なる」
なんでも、ライオスの生まれであるアンティノス家は家系図をずっと遡っていくと皇帝の血筋に繋がるらしく、遠い傍系とはいえ皇族の血を引いている事がライオスの自尊心の源になっているのではないかと、メディナは推測した。
「それを差し引いても、二等爵士以上の子女は学院に通わず専属の指南役を付けることが殆どだ。私やリーバンテイン主席のような例外を除けば、三等爵士は学院の生徒の中で最上位と言っていい」
メディナ達オルティナノス家も二等爵士だったはずだが、それも《欠陥品》の烙印によって名ばかりの物になっている。つまり、上級貴族であるライオス達に対しより高位の貴族としてものを言える人間は存在しないというわけだ。
教師陣もその例に漏れないという事は、以前のアズリカ先生が教えてくれた。明確な規則違反でもない限り、ライオス達の行為を糾弾する事は出来ない。そしてベル先輩曰く、上級貴族はそういった法や規則の抜け穴を利用する事に長けている、と。
事実、奴らはかなり周到に立ち回っている。同輩である俺達はその限りじゃないが、リーナ先輩達上級生をなじる際は必ず当人達の目と耳が無い場所で。メディナに対し嫌がらせをする際も、現行犯で咎められでもしない限りどうとでも言い訳がつくよう大っぴらに問題行為をしてこなかった。それが却って陰湿さを増大させている。
「でも待って。ベルグリッド先輩は、ミツキとウォロ主席の力の差は心意を使えるかどうか、って言ってたんだよね?ライオス達もその力を使えるんだとしたら……あいつらは、ミツキやキリトよりも強いってこと?」
「実際に戦った事がないからはっきりした事は分からないが……その心意の力の影響次第じゃ可能性はあるな。極端な例で、剣の素人でも心意の力を使えれば達人に勝てる、なんて代物だった場合……」
──もしこの先、ライオスらと戦う事になった際、押し負けてしまう可能性もある。
「こりゃミツキだけの問題じゃないな。俺やユージオもライオス達に目ェ付けられてるわけだし、俺達も心意の力──剣に込めるものってやつを考える必要があるのかもしれない」
「そうだね……幸い今日はもう授業は無いし、少し考えてみようか」
昼食を食べ終えた俺達は、メディナの猫の墓参りがてら今回のテストの成績表を確認しに行く。掲示板の前には既に小さな人集が出来ており、人混みの後ろから軽く背伸びして、貼り出された紙を確認すると──
「──っし。今回も上位だ!」
「僕達全員、前回より順位が上がってるね。特にメディナなんて、一気に10位くらい上がってる」
「まぁ、今回は少し本気を出したからな。
メディナの2つ上には、例の婚約者の名前がある。その更に少し上──13~20位の間に、ライオス達の名前が並んでいた。
メディナがあの男に従っていたのは、領民達を守る為でもある。今このタイミングで反旗を翻せば、次に待ち受ける進級試験までの間に何が起こるか分からない。雌伏を強いられる中、こうして順位を上げることが今のメディナにできる最大限の抵抗──その意思表示というわけだ。
尤も、婚約者本人には「以前、もう少し良い成績を取れと言われたから」で通すつもりのようだが。
一先ず安心した所で、仔猫の墓がある林へ向かおうと踵を返した俺は、すぐ後ろにいた他の生徒とぶつかりそうになる。
「──ッと、悪い」
踏み止まり、一言謝罪を口にした俺だったが、相手の方はそそくさと逃げるように去っていってしまう。その様子はまるで──
「……俺、そんな怖い顔してたか?」
「そうじゃないと思うよ。まぁ、恐れられてるって部分は合ってるかもだけど」
「何せ、主席上級修剣士相手に判定負けだからな──気付いているか?あれ以来、お前を指差す連中の数が目に見えて減っていることに」
「あー……言われてみれば」
「呑気な奴め……もう少し堂々と胸を張ったらどうだ」
「言いたい事は分かるが、そういうのはガラじゃないんだよ……大体、勝ったならまだしも負けてるんだからな?俺」
「完敗と惜敗では大きく意味が変わる。相手が学院最強の剣士なら尚更だ──そもそも、その結果で私に納得しろと言ってきたのはお前だろう」
「や、それはそうだけど……それとこれとは話が別というか」
「諦めろメディナ。ミツキはこういう奴だ」
見かねたキリトが仲裁に入ったお陰で、これ以上詰められることにはならずに済んだ。
その後、猫の墓の無事を確かめて手を合わせてきた俺達は解散。傍付きの仕事の時間まで自室で過ごすことに。時折他愛ない話をしつつ時間を潰していると、ドアがノックされた。
「──ユージオ、どうした?」
「キリトが昼寝を始めたんだけど……いびきがすごくてね」
「あー……まぁ、入れよ」
心の中で謝りながら、本を手にしたユージオを招き入れる。また各自の時間が再開するかに思われたが、ここでメディナが1つ提案をしてきた。
「折角この顔ぶれが揃ったんだ、先程の話の続きでもするのはどうだ?それに──試験が終わったら私の事を話す約束だったからな」
「……分かった。それじゃあ、メディナの話から聞かせてもらっていいかな?」
キリト不在ではあるが、内容は後でユージオが伝えておくとした上で、メディナは自分の身の上話をユージオに語って聞かせた。
「──そっか、そんな事情があったんだね……ごめん、今まで何も出来なくて」
「お前が謝る必要は無い。お前達は何度も手を差し伸べてくれていたし、それを拒絶していたのは私だからな」
「なら、これからはもっと僕らを頼ってくれると嬉しいな。出来る事があれば力になるよ」
「まぁ、気が向いたらな」
ここで素直に「ありがとう」と言えない辺り、メディナらしいと言うべきか。
「でも、本当にメディナは凄いね。そんな辛い状況でも、領主として立派に戦ってきた──『いかなる時も強く、正しく、誇りを忘れない』っていうオルティナノス家の家訓、かっこいいと思うよ」
「……あぁ、同感だ。そしてその在り方を受け継いだ事を、心から誇りに思う。だからこそ、あんな奴らには負けられない。私は必ず整合騎士になり、一族の汚名を晴らす──父上が教えてくれた、本来あるべき貴族の在り方を示してみせる」
そう言葉を結んだメディナは、ふと何かに思い至った様子で胸に手を当てる。
「そうか……ベルグリッド先輩の言う『剣に意思を込める』というのは、こういう事なのかもしれん。何の為に剣を取り、その先に何を求めるのか──それを自覚する事が、心意の力を引き出す事に繋がる……のか?」
確かに──ウォロ主席の場合、剣を握る理由こそ不明だが、その先に求めるものは強さだ。飽く無き強さへの渇望が彼の剣力を増大させている、とベル先輩は言っていた。
メディナの場合、一族の汚名を晴らす事だけではなく、亡き父から受け継いだ貴族としてのあるべき姿を、己が行動を以て示してみせるという志が心意の原動力になるのではないか。
「ユージオ、お前はどうなんだ?」
「そういえば、メディナにはまだ話した事無かったね──僕は、昔央都に連行された幼馴染を助ける為に、ここに来たんだ」
「連行……一体何があった?」
「禁忌目録違反……転んだ拍子に、ダークテリトリーとの境界線をほんの指先数セン程度超えてしまったのが理由で、彼女は──アリスは、整合騎士に連行されていった。11歳の女の子を鎖で縛り上げて、飛竜にぶら下げて……その様子を、僕は何もせず見てる事だけしか出来なかった」
「……事故だという事は、説明したのだろう?」
「うん。でも向こうは聞く耳を持たなかったよ。『どんな理由だろうと、境界を超えたという事実があるなら罪人だ』って。アリスを助けようと斧を持って抵抗した子供がいたんだけど、その子も──その子、も……」
ふと、ユージオが眉を潜めた。記憶の中を探るように、自らの頭に手をやる。
「……おい、どうした?」
「うん……なんだか、妙な感じがして──その子供の顔が思い出せない、っていうか……それだけじゃない。あの頃よく遊んでた子供も、アリスだけじゃなかったような気がするんだ……アリス以外にも、もう1人……一緒に連行された子がいた、ような」
「……他にも、禁忌を犯した者がいたのか?」
「いや、禁忌違反なんて大きな罪が発覚したなら、すぐ村中で噂になる。いくら子供だからって覚えてないはずがない。だから……いない、はずなんだけど」
「大方、夢か何かで見た記憶と混ざっているのではないか?大事な幼馴染なら、夢に出てくる事もあるだろう」
「うーん、そうなのかな……」
「……素朴な疑問なんだが……禁忌目録に違反した人間はどうなるんだ?連行って事は、どこかに収監されるとか?」
俺の質問に答えたのはメディナだった。
「禁忌目録を破った者は、整合騎士によって央都の中心にあるセントラル・カセドラルへ連行され、審問の後に処刑される……と言われている」
「うん……アリスを連れて行った整合騎士も、そう言ってたよ」
「処刑……って、文字通りの意味か?」
メディナはこくりと頷く。
俺のいた現実世界では罪を犯した者は法の下に裁判を行い、裁判官の審査を経て然るべき処罰が下される。先程言っていた「審問」というのが裁判に当たるものであるのなら、ユージオの幼馴染は無罪放免になっていてもおかしくない。しかし当事者であるユージオが証人として招かれた事もなく、またアリスという少女が帰ってきていないことを鑑みるに、罪の重さを判断するものではないのだろう。
アンダーワールドでは原則犯罪が起きない。そんな世界で罪を犯した時点で、恩赦を与える必要すら無い重罪人というわけだ。
だとするなら……既に、ユージオの探すアリスという少女は──
「──アリスはきっと生きてる。僕はそう信じてるよ。だから、必ず整合騎士になってセントラル・カセドラルに行くんだ」
これが、ユージオが剣を取った理由。大事な幼馴染を必ず取り戻すという意思を胸に、彼は一介の木こりからここまでのし上がって来た。
「──さて、次は
メディナとユージオの視線が揃って俺に向く。
2人共、自分の中に確固たる信念がある。今はまだ無理だとしても、やがてはウォロ主席に勝るとも劣らない──ライオス達よりも純粋な心意の力を発揮出来るようになるのだろう。
だが俺はどうか──俺は、彼らのように強い信念や願いを持っているか?
目的なら一応ある。この世界からの脱出という目的が。その為にも、やがて来るウォロ主席との戦いに勝たねばならない──と、言葉にはしてみるが、所詮そこまでだ。
メディナも言っていた通り、「その先」が必要なのだろう。俺が剣を振るった先に何を求めるのか──どこを目指して剣を振るうのか。
「……どうかな、やっぱり難しそう?」
「ん……心当たりは大いにあるんだけどな……こう、今の俺と綺麗に結びつかないっていうか」
「その心当たりというのは?」
当然の質問に口篭る。
この心当たりというのは、言うまでもなくアリス──俺がSAOで共に戦った彼女──の事だ。
彼女との再会、復元されたアインクラッド第100層で彼女の影法師が遺してくれた言葉が実を結ぶその時を、俺は待ち望んでいる。だが今俺の置かれている状況と、アリスとの再会がイマイチ上手く繋がらないのだ。彼女もまたこの世界にいるのなら話が早い事この上ないのだが。
そう考えた俺の脳裏に、1つの可能性が浮かび上がる──視線が一瞬だけ、ユージオに向いた。
もし……もしもの話だが、ユージオの幼馴染と、俺の探すアリスが同一人物であったなら?
「……なぁ、ユージオ」
「何だい?」
「お前は……その幼馴染のこと、どう思ってるんだ?」
「えぇっ!?ど、どう、って……!?」
「……まぁ有り体に言えば──恋愛感情を持ってるのか?」
どストレートな俺の質問に狼狽するユージオ。ふざけていると思ったのか、メディナは俺を嗜めようとするが……こちらとしてはあくまでも真面目な話だということを表情から察してくれたのか、言いかけた言葉を飲み込んでくれたようだ。
「どうなんだ、ユージオ」
「え……っと、その──正直、僕もよく分からないっていうか……確かにアリスは村でもかなりか……その、可愛らしい子ではあったけど……で、でも木こりの僕とアリスじゃそもそも釣り合いが──」
「アリスと再会した時、お前は整合騎士だ」
即座に逃げ道を潰す。
「ッ……そっ、そりゃあ考えた事が1回も無い、訳じゃない、けど──…でも、やっぱりハッキリとは分からないよ。僕がアリスを取り戻そうとしてるのだって、ただあの時の罪滅ぼしがしたいだけなのかもしれないし……けど、アリスは僕にとって大事な幼馴染で、友達だ。それだけは確信を持って言える」
「……そうか。急に変な事聞いて悪かったな」
今のユージオなりに精一杯考えて出した返答を聞いた俺は、椅子から立ち上がって2段ベッドの梯子を上がる。
「おい、お前──」
「俺も少し寝る。3時頃になったら起こしてくれ」
それだけ言って、俺は壁側を向いて身体を横たえた。
「全く、勝手な奴だ……」
「まぁ、試験終わりで疲れてるんだよ。寝かせておいてあげよう──あ、ミツキはいびき大丈夫だよね……?」
嘆息するメディナにフォローを入れたユージオは、持ってきていた本を開き読書に入る。
その様子を背中越しに感じる俺は、目を閉じて、ある事を考えていた。
もし──ユージオの幼馴染と《姫騎士》アリスが同一人物だったとして。
もし──彼女が俺の事を全く覚えていなかったなら。
その時は──潔く身を引こう。
元より覚悟していた事だ。俺にとって1番大事なのは、アリスが幸せに笑っていられる事。俺とユージオでは、付き合いの長さから人間性に至るまで、比べるべくもない。
逆に、アリスが俺の事を覚えていた場合……その時は、ユージオに気の毒な思いをさせてしまう事になるかもしれない。彼が納得できないというのなら、殴り合いだろうが実剣の立ち会いだろうが何でも応じるつもりでいる。その結果俺が負けても、文句は言わないし言えない。
……否、本当は──記憶が残っているなら、何があろうと彼女は俺を選んでくれるはずだ。なんて傲慢な考えがある。そうであって欲しいとすら、思っている。
俺という人間の醜い部分をまざまざと見せつけられているようで、胸の奥がギリリと握り潰される様な感覚に顔を顰める。
これ以上考えるのは止しておこう、と俺は無理矢理にでも浅い眠りに就くのだった。
人界歴372年5月──ノーランガルス北帝国、北方地域ルーリッド村。
村から少し離れた森の中で異彩を放つ、見上げるほど巨大な杉の木《ギガスシダー》の根元で、3人の幼い少年達が大の字になって寝転がっていた。
「そろそろ、暑くなってきたねぇ……」
「もうじき春も終わりだからなぁ……」
「だってのに……俺たちはこの先クソ暑くなってからも毎日毎日斧振んなきゃなんないのかよぉ……」
黒髪の少年キリトが零した愚痴に、亜麻色の髪の少年ユージオが口を開く。
「仕方ないよ、それが僕とキリトの天職なんだから──ミツキも、無理に手伝わなくたっていいんだよ?」
ユージオの言葉にミツキと呼ばれた紺色の髪の少年が答える。
「いやいや。友達が頑張ってんだから手伝わないとっしょ。大体、衛士見習いなんて言われてるけど、実剣どころか木剣すら触らせてくれないんだぜ?ジンクのとこでこき使われるくらいなら、お前達がいるこっちの方がずっと楽しいね。寧ろ、週1回行ってやってんだから感謝して欲しいくらいだ」
ミツキの両親は数年前の流行病で亡くなり、天涯孤独となった彼は村の教会のシスター・アザリヤの所で厄介になっている。
本当なら家の畑を耕すのが天職になるはずだったのだが、その両親が他界した以上、代わりの天職を与えた方が建設的。という事で、ミツキは《衛士見習い》を選んだ。理由は「剣ってカッコイイじゃん!」という何とも年相応なもので、何より体力には多少自信があった。
しかし──いざ衛士長の家へ行くと、やらされるのはとにかく雑用、雑用、雑用ばかり。なんなら長男であるジンクに肩揉みを命令されたことすらあった。反対に衛士らしい事は何一つさせてもらえていない。最初に試験と称して案山子相手に木剣を振らされたのが最初で最後だ。
村長の意向と言えど、ジンク達からしてみればミツキは厄介者でしかなく、邪険にこそ扱われなくても歓迎されていないという事実に気づくのに、然して時間はかからなかった。
「それに──ほれ、今日も来たぞ」
寝転がったミツキが視線を向けた先では、水色のエプロンドレスを着た少女がこちらに歩いてきていた。麦わら帽子の下で風に揺れる長い金髪が目を引くその少女の手には、四角いバスケットが。
「おーいアリスー、早くメシをくれー。天命ゼロになっちまうよー」
「はいはい。今行くから急かさないの──今日は結構余裕を持って終わったのね?」
「ミツキも手伝ってくれたからね。僕とキリトだけじゃ今頃ヘトヘトだよ」
少女の名はアリス・ツーベルク──このルーリッド村の長の娘であり、村1番の神聖術の才能を買われてシスター・アザリヤの下で個人指導を受けている才女である。
「ミツキ、あなた本当に大丈夫なの?お父様はまだ何も知らないみたいだけど、バレるのも時間の問題よ」
「まぁそん時はそん時。怒られたら真面目にやるよ──それより今日の飯は?牛乳あるよな?」
もぅ、と呆れながらも、アリスはバスケットを覆っていた布を取り払う。
人数分の肉詰めパイとチーズや肉を挟んだパン、そして今朝搾った牛乳がお腹を空かせた3人の子供を出迎えてくれた。
「えっと……うん、まだ30分くらい持つわね。そんなに急がなくていいから、ちゃんとよく噛んで食べるのよ」
我先にとバスケットから昼食を掴み取ろうとした少年達を両手で制し、アリスはバスケットから出した皿に彼女自身を含めた各自の分を取り分けていく。木製のカップに牛乳が注がれた所で、ようやくゴーが出た。
キリトもミツキもユージオも、素早くいただきますを言ってからパイにかぶりつく。肉がみっしり詰まったパイは空腹という調味料も合わさり、この世で至上の幸福を子供達に齎した。
子供にしては──寧ろ子供だから、というべきか──凄まじい勢いで昼食を平らげた4人は、揃って食後の一息を楽しんでいた。
「ふぅ……今日は美味しかったね」
「あぁ、今日は美味かった。昨日のは焦げててあんま──もがッ!?」
「いやー、昨日のも美味かったけど、今日のは更に美味かったナー!毎日食べても飽きないゼー!」
余計な事を口走ろうとしたキリトの口をミツキが塞ぐ。
ここだけの話、はっきり言ってアリスは料理が下手だ。彼女が腕を振るった昼食は大抵焦げたり不格好だったりしており、今日のように味も見た目も一級品の時は彼女の母が手掛けたものであるとひと目で分かる。
尤も、アリス本人は去年の中頃からその事をひた隠しにしており、美味なる時も不味なる時も自分が作ったものだと言い張っている。
そんなわけあるか、と他2人の少年が正直な感想を言えば、アリスは当然不機嫌になる。ミツキはそんな彼女が日々勉強する教会へ帰らなければならないのだ。身に迫る危険は排除しておくに限る。
食事を片付け、木の根に寄りかかるようにして子供達は駄弁る。
このギガスシダーを切り倒す天職は、午前と午後で毎日決まった回数斧を振らなくてはならない。昼食の時だけ長めの休憩が許されており、時間こそ短いが子供にとっては十分だった。
「あ~風が気持ちいい……何でこの世界には《ただ食べて寝て遊ぶだけ》の天職が無いんだ……」
「あるわけ無いでしょ、そんな怠け者の天職──さて、ミツキ。ちょっとこっちに来なさい」
「んぇ?」
ぴょん、と飛び降りたアリスに言われるまま、ミツキも起き上がる。すると彼女は、一体どこに隠し持っていたのか、長さ50セン程の細い木の棒を差し出してきた。反対の手にはその3分の2程の細枝を握っている。
「ありがたく思いなさい。怠け者のミツキに、私が稽古をつけてあげる!」
「えぇ……アリスめっちゃ強いじゃん」
「弱い相手と戦ったって仕方ないでしょ。食後の運動だと思って、ほら!」
そう言われ、ミツキは渋々棒を受け取る。話を聞きつけたキリトが面白がって審判を買って出た。
「えー、ゴホン。それでは──《村長の娘》アリス対《怠け者》ミツキ──はじめッ!」
「うおおおおお──ッ!!」
剣に見立てた棒を振りかぶって突っ込んでいくミツキ。気合一閃、振り下ろした棒は敢え無く空を切った。刹那──ピシッ!と眼前数センの所に枝が突きつけられる。
「勝者、アリスー!」
「ふふん、まだまだ修行が足りないわね!私にも勝てないようじゃ、一生見習い止まりよ」
「くッ……絶対なんかズルしてるだろ!神聖術かなんかで!」
「失礼ね、してないわよ!なんならもう1回やったっていいんだから!」
「今度は俺も混ぜてくれよ!ほらユージオも!」
「えぇ、僕も!?」
「来いユージオ!俺達3人で魔王アリスを倒すんだ!」
「誰が魔王よ!もう怒ったわ、まとめて掛かってきなさい!その根性を叩き直してあげるんだから!」
その辺から適当な得物を見繕った少年3人は、挙って少女に向かっていく。
最初こそ子供なりに真剣な戦い、といった様相を呈していたが……程なくして、
「ふふッ──あははははッ!」
4人の子供達のあどけない笑い声が、昼下がりの森に響いて消えていった。
前書き確認ヨシ!前書き確認ヨシ!前書き確認ヨシ!
幼いアリスをしっかり書くのはなにげに初ですかね。上手く表現できてるといいんですが。
学院での1年目もそろそろ終わり。次回はいよいよ、あの回です。
…前書き確認ヨシ!