死刑囚坤音レキ   作:>∆<

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今回めちゃくちゃ長いです


眠りの時間

「4番っ!」

 

 うっきうきの声で看守は中にいる彼女に向かって声を出す。

 この看守はあの看守である。ぎゃふんと言わせたいほうの。この度無事に治療から復帰したようだ。

 

「ふふん、聞きなさい。あんたの刑の執行日がほぼほぼ確定したわ!」

 

 看守は彼女を視界に入れることなく、ただただ話し続ける。彼女の震えている姿を想像して。

 

「外部企業との合同で銃と弾が作られたんですって! あんたを殺すための、ね!

 まぁどー足掻いても死ぬのよアンタは! 無様ね。でもそれでこそ凶悪犯らしい末路……

 ……って、いない?」

 

 目を部屋の中に向ける看守。そこに、いつもの彼女の姿はない。この時間帯、看守が以前看守をしていた時はシューズの手入れをしていたはずなのに。

 

 ──すぅ、すぅ

 

「……あ、寝てる」

 

 少し観察して、気が付いた。ベッドが膨らんでいる。よく見ると上下していることから、眠っていることが分かる。

 

「……この時間なのに、まだ寝てるのね。珍しい……気がするわ」

 

 そう、珍しい。現在時刻は昼前。

 つまり朝ご飯も食べずにずっと寝続けていることになる。よく見ると、看守のいるシールドのそばに朝食が置かれているが、手は付けられてない。

 

「だったら──っ!」

 

 であるならば、起こせばいい。単純な話だ。そうしてからまた、その話を聞かせてやろうとも思い付く。彼女の死に怯える姿を拝むためだ。

 

 だが、そこでまた気が付く。先ほど、看守が話し始めたときのことを。

 

 あの時点で、かなり大きい声を出していた。叫んでいるといってもよいくらいに。

 しかし現在反撃はされてない。起きてないということ。

 

 つまり、これから看守が相当なことでもしない限りは起きる可能性は低そうなのである。

 

「……ふーん」

 

 看守はまだ完治したてでもある。故にそんな起こすための器具なんぞ準備してないし、また怪我なんてしたら彼女の死刑の瞬間を見れなくなってしまうかもしれない。

 

 故に、看守はここでは何もすることが出来ないのである。

 

「……つまらない、わね」

 

 ぼそりと吐かれた呟き。しかしそれもすぐに消えて静かになる。

 

 ──すぅ、すぅ

 

 以降は、無音が続く。微かに聞こえるのは、彼女の寝息だけであった。

 

 

 死刑決行まで、あと────。

 

 

 

 ────────

 

 

 

「"レキから、手を引く……?"」

 

 あり得ない発言を受けたときのように、先生は反芻する。

 何せレキも先生にとって支えるべき生徒の一人。見捨てるなどあり得なかった。

 

「……いきなりのことなので困惑されているでしょう。おそらくですが、先生は坤音レキさんの死刑を回避しようとしているのだと思います」

「"そう、だね。ただそのためには、発端となった火の海事件を知らなきゃいけない"」

 

 そこまで言われてるのだから隠す理由もない。先生は同意する。

 

「えぇ。ですから、ここで真相をお伝えします。

 その上で先生には適切な判断を下して頂きたい」

 

 ルアンのその言い方には、経緯を全て聞けば考えが変わるであろう、そうせざるを得ないだろうという思いが込められていた。

 

 だが先生も一度受けた依頼ではあるし、何より間近でレキという存在を見てきた。相当なことがない限り、考え方は変わらないだろうとも考えている。

 

「"……聞かせてもらえるかな"」

 

 とはいえ、話を聞かなければ始まらない。目の前に迫った真相だ。多少前のめりになるのも仕方がないことだと言える。

 

 先生の促しにルアンは深く頷き、そして口を開く。

 

「まずは──我々ゾロフが何故シーノヴォに来たのか、からお話しましょう」

 

 "我が儘"のヴェールに隠された意図が表面化し始める──。

 

 

 

【第十七話:真相】

 

 

 

 ─────

 

 

 当時──あれは数年前になるでしょうか。まだ、ゾロフという会社を立ち上げて少し経った頃です。

 

 先生としても、私が何故ゾロフという会社を立ち上げ、そして何故シーノヴォに拠点を置いたのかという点も気になられていることでしょう。

 

 ゾロフは、故郷シーノヴォを手助けするために立ち上げた会社です。私が生まれたときから治安は最悪でしたからね。それを収める一端となることが出来ればよいなという思いを込めていたのです。

 先生がご存じであるかは分かりませんが……シーノヴォへ進出する際、当時のシーノヴォのトップであった治安維持委員会長とお話をする機会がありましてね。同様に思いを語らせていただいたのですよ。向こうはあまり信じていなさそうな顔でしたがね。

 ……すみません、余談でしたね。

 

 ともかく、ゾロフとはシーノヴォのための企業です。しかし、進出と先ほども言わせていただいたように、一番最初から拠点をシーノヴォに置いていたわけではありませんでした。

 理由としては、シーノヴォにて居続けるためには力が必要であったからです。主に武力を。

 

 弱いものは淘汰される。それがシーノヴォでもありました。

 ですから会社としての力、会社として持つべき兵力を、そして同時にシーノヴォで生き残れるよう兵力以外の会社としての力をも向上させるべく、別のところに拠点を置き事業を進めていったのです。

 

 幸いにも全ての事柄が上手く行っておりました。その成果が今のゾロフにそのままつながっているのです。

 このまま順調にいけば、安心してシーノヴォで事業を展開出来る。故郷であるシーノヴォに少し恩返しが出来る。

 

 そう思っておりました。

 

 ある日のことです。私は一つの悪夢を()()()()()()。それを一言で言うなら──滅びの悪夢です。キヴォトス全体が、そこにいる生命が、何もかも破壊されてしまう、そんな悪夢を。

 建物は崩壊し瓦礫となり、その下敷きになってしまったであろう数多くの者たちの悲鳴やうめき声、こびりついた血や亡くなった方々の残骸など……ッッ。

 

 ……すみません。しかし、こうして今でもはっきりと覚えているというほどに、私はこれを見続けております。

 そう、今でもです。

 

 そして、これら以上にはっきり覚えていることがまだ夢の中にはありました。

 景色は毎日違うのです。キヴォトスの各地の滅びた景色。しかしその中心にはいつも──ある恐ろしい生徒がおりました。

 

 ()()のヘイローを持ち、武器を持たず素手で悉く破壊していくのです。加えて獣のような獰猛で、非常に恐ろしい叫び声を放つ姿もありました。まさに悪魔そのもの。

 毎度毎度、その場所で破壊の限りを尽くし、最後は瓦礫や死体の山の上で恐ろしく吠え叫ぶのです。まだ、破壊し足りないとでも言うように。

 

 ──そこで、毎日目が覚めます。

 

 最初は、ただの悪夢であるとしておりました。たまたま自分の脳が見せたまやかしであると。次の日にはきっと違う夢となるだろうと。

 しかし現実は、こうして今でも見続けてしまっております。流石に何かがあると。この夢はただの夢ではないという結論に至るには十分すぎました。

 

 シーノヴォ進出の前に、まずはこの夢をどうにかしたい。もし本当にキヴォトスが滅びるならば、それを回避してから安全に事業をするべきだ。私はこう考えました。そのため、普段の仕事の傍らで、例の悪魔が実在するのかを調査しました。夢だけで得た特徴を手掛かりに。

 

 ここでもし実在しなければ、ただの夢であると自分に言い聞かせることも出来たのですが……居てしまいました。それが坤音レキさん……いえ、正確には坤音姉妹のお二方です。

 

 加えて、彼女らがやっている何でも屋の本拠点がシーノヴォであることも同時に判明いたしました。そうなれば、あの滅びの始まりがシーノヴォである可能性が高い。そのため、予定をかなり早めシーノヴォへの進出を決めたのです。

 

 これは、火の海事件の二年ほど前であったと記憶しております。

 

 そこからは早いものでした。治安維持委員会への挨拶も済ませ、元より拠点として置く場所の選定も済んでいたため、想定以上に早くシーノヴォに来ることが出来ました。

 シーノヴォにおいての商売、治安維持活動を行いつつ、私は坤音姉妹についての調査を多く行いました。彼女らがキヴォトスを滅ぼしかねない存在なのか、一体どういう者たちなのかを深く知るために。

 

 しかし、この調査で得た情報は、当時は信じられないものであったのです。

 

 まず、坤音姉妹は普段温厚であるという点。

 何かされた場合にはやり返すという形で暴行する場合もあるそうなのですが、それ以外で自ら力を振るうことはないということです。

 

 次に、確かに力自体は脅威ではあるがキヴォトスを滅ぼせる力かと言われればそうではないという点。

 銃が当たり前のキヴォトスにおいて拳のようなフィジカルのみで生きていたお二方ですから、かなり実力が高いのは当然でしょう。ですがそれがキヴォトス全域を圧倒できるかと言われれば難しいとも感じたのです。仮に三つの自治区の最高戦力と彼女らが対峙したとすると、おそらく良い勝負が行われるであろう、という程度でした。

 

 最後に……これが決定的と言えるものでした。

 それは、ヘイローの色です。坤音レキさんと出会ったことのある先生ならご存じでしょう。彼女のヘイローは緑系ではなく赤系。正反対の色をしているのです。それは、姉妹である坤音ルキさんも同様。夢の中の悪魔のヘイローは間違いなく緑でしたから、矛盾しております。

 

 これらにより、坤音姉妹がその坤音姉妹のままで滅びを決行した可能性は低いです。

 

 では、その悪魔は坤音姉妹以外の別の生徒なのか? しかし、調査の段階で悪魔と限りなく近しい特徴を持っているのはお二方のみであった。

 よって少なくとも、そのお二方どちらかに酷似した外見を持っていることは間違いないはず。

 

 ここで私は考えました。何か別の事柄、例えばヘイローの色が切り替わる何かであったり、急激に力の増す何か、はたまた坤音姉妹に似たその悪魔が降臨してしまう何かが存在しているのではないか……などの無限の可能性を。

 

 この頃になると、会社の方も徐々に大きくなり影響力が増していっておりました。並行してこなすべき業務も増え、とても一人では調査の時間を確保できません。

 そこで、信頼できる社員数名に私の夢の事実を明かし、これらの調査への協力を依頼しました。勿論、相応の給与の支払いを忘れずに。

 

 嬉しいことに引き受けてくれ、調査は進んでいきました。とはいっても、これといった成果を中々見つけられませんでした。

 けれども仕方がないことでしょう。私が知りたい情報は荒唐無稽なものばかり。情報がすぐ見つかる方がおかしい。そのため、継続して調査を続けさせました。無論、時間があるときは私も調査を行いました。

 

 それから数ヶ月。ある調査結果が私の手元に届きました。

 それは、遥か昔の科学者と思われる者の手記。紙質も古く、シーノヴォという名前がここに付く前の時代のものの可能性もあるほどの古い何枚かの紙でした。書かれている文字も全然読めない何かで書かれていましたが、様々な文献を調べることで、なんとか解読に成功したのです。

 

 中身を要約しますと、そこに書かれていたのは──その者がシーノヴォの地に埋めた凶悪な生物兵器について、そしてそれを生み出してしまったことによる懺悔でした。

 

 書かれていた情報は詳細ではなかったのですが、メモ程度の概要は記載されていました。

 

 名前は『ゲダム』。

 どんな()()にも感染し、その力を何倍にも膨らませ、意思など関係なく暴走し、破壊の限りを尽くすのだとか。

 

 どんなものにでも感染することから、あまりにも危険すぎるとし、この地に頑丈に密封した状態で埋めたと記されておりました。……とりあえずは封じたが、またいつ復活するのかは分からないという記述も併せて。

 

 これを確認した際、直感的にこれだと感じました。破壊活動を行う暴走マシンと化する点のみが共通項ではありましたが、他にそれらしき調査結果がなかったことと、どのみちそんなに危険な生物兵器がいつ復活するか分からないならば早めに対処しなければならないとのことで、ゲダムを根絶する方向に舵を切ることにしたのです。

 

 まずはシーノヴォのどこにゲダムが埋まっているかの調査を行いました。ですがこれはすぐに見つけられました。その手記の中に詳しく記載がされていたからです。

 それが、火の海事件発生のあの研究施設です。あの場所に研究施設を構えた理由は、ゲダムを取り出しそこで処理をするためでした。

 仮に何もなければそれはそれで良かったです。ただのいたずらという可能性もなくはなかったのですから。

 

 危険というからには、ゲダムの取り扱いが相当難しいものであることに違いありません。ですが、作業させる者らの中に生物がいなければ、観戦対象がいなければどうにでもなるであろうと、当時は考えておりました。

 

 ……これは、大きな間違いであったのです。

 

 さて、諸々の準備が終了し、何があっても大丈夫なよう兵力を研究施設へ集中させ、いざゲダムの取り出しの作業を開始いたしました。

 

 ……兵力を集中させた理由ですか? それは侵入者を近づけさせないということも勿論ですが、万が一ゲダムに感染してしまった者が出てしまった場合速やかに処理するためです。殺人はいけないことであることは重々承知の上です。しかしあのまま滅びが決行されることに比べれば、どちらが良いかは明白でしょう。

 無論、もしそうなった場合は私が罪を背負い、全てが終わった時点で自首の覚悟を、およびゾロフ廃業後の従業員らの再雇用の手筈も完了しておりました。

 

 まぁ、これらは一旦よいでしょう。

 ともかく、周りに生物の配置を避け、本作戦を開始いたしました。私は遠くでその様子が移された配信を見て指示を出しておりました。

 

 当初は順調そのもののはずでした。ゲダムが入っていると思われる普通ではない箱を発見。それを壊れないよう慎重に取り出し。あとはじっくりと中身を解析し、効くものを用いて処分する……その流れを行うはずだったのですが──。

 

 ──そこで、事件は起きました。

 

 箱を開け、実際にゲダムそのものを観測しようとした時です。突如、そこらにあった器具の一つが()()しました。

 

 ええ、感染です。間違いなくそうと言えるでしょう。何せ誰もコントロールしていないのにも関わらず、急に破壊活動をし始め、器具からはゲダム探索時に使用していたレーダーからの反応が確認されました。

 また、感染したものの一部が見知った緑色に変色していたということから、あの夢の緑がゲダムによるものであると確信しました。

 

 すぐに撃退態勢を作り、器具の破壊を指示。結果としてその器具の破壊は成功。これにより一件落着……とはなりませんでした。

 

 次は別の機材に感染し、破壊活動が始められてしまったのです。

 

 既にもう察しいただいているでしょう。ゲダムは、機械にすら感染してしまうのです。

 

 そこからパニックの嵐になることは必然。リモートにて落ち着くよう指示をしますが、現場にいる者らにしか分からない恐怖というものもあったのでしょう。中々冷静になってもらえませんでした。

 

 しかし、流石は訓練を積んだ者たち。ただパニックになるだけなのではなく、きちんと対象となってしまったものをなんとか破壊していっておりました。

 ただ、撃破の後また別の何かに感染、それを撃破した後にまた別のものに感染、と……無限ループに陥っていったのです。加えて、一回感染が起こるごとに施設が壊されていき、混沌をきわめておりました。

 

 幸いだったことは必ず一つのものにしか感染しないという点でしょうか。ですがそれでも、いつ終わるか分からない感染の恐怖や感染者の力の増強で無駄に手強くなってしまうなど、挙げればキリがないほどにそこは地獄と化していたのです。

 

 徐々にゲダムは感染対象を増やしていきました。

 

 最初は器具、機材だったのが近場にあった兵器や……従業員オートマタ、兵士らにも……ッ。

 誰にも、その勢いを止めることはできなかったのです……ッ。

 

 ……失礼。しかしそこへ、別の危機が訪れました。

 

 ゲダムが感染した兵士。その武器から繰り出される、ゲダムの特性によって強化された従来からは考えられない桁違いの威力の弾丸。これが、施設の外に向かって放たれたのです。

 当初はその施設周りに人通りが少なかったこと、そもそも人避けを行っていたことに起因して深く考えずにおりましたが……これにより、やってきたのです。

 

 そう、坤音レキさんでした。

 キレていることが一発で伝わる表情、そこにいる者らを敵とした鋭すぎる眼光。ヘイローは赤系の色ではありましたが、あの姿が過りました。

 

 再び確信したのです。ゲダムに感染した坤音レキさんが、滅びの元凶であると。

 

 当時はまだ何故坤音レキさんがここに襲来したのか、理由が分かりませんでした。ある意味、突然襲ってきたという我々の主張は間違いではなかったのです。

 

 直ぐ様指示を下しました。坤音レキさんをここから追い出すように。感染させては大変なことになってしまうためです。多少傷付けても構わないとも、付け加えました。

 

 ですが……彼女はとても強かった。

 鍛えに鍛えたはずの兵士らを簡単に蹴散らし、前に立ち塞がった全てをなぎ倒していったのです。

 

 ゲダム。坤音レキさん。この二つが出会ってしまうにはさほど時間は掛かりませんでした。

 

 えぇ、ご想像通りです。坤音レキさんと、ゲダムの二つが大幅に近づいたかと思えば──次の瞬間には、ゲダムの反応が坤音レキさんから出始めておりました。

 

 終わった。瞬時にそう思いました。

 恐れていた事態が発生してしまったのだと。

 止める間も無く、破壊活動が始まってしまうのだと。

 これを食い止めるためにやってきた私の行動は無駄だったのかと──。

 

 ……しかし、どうにも様子が変でした。

 

 感染は間違いなくしたはずです。ですが、様子がほとんど変わることはありませんでした。

 ゲダムの影響か多少力が増していった、と見ることは出来ました。ですが坤音レキさんの攻撃対象は、やはり彼女の視界に入った敵対者のみなのです。

 

 ただ、ゲダムに感染している事実には違いないのです。まずは彼女を捕らえ、体内に入ってしまったゲダムと分離させなければ……。そういった理由で、我々は坤音レキさんに本格的に敵対することにしたのです。

 

 けれども、先ほども言わせていただいたように、坤音レキさんは強かった。我々だけではどうしようもないのです。

 

 加えて、戦闘の余波にて破壊活動が進んでしまっていた。感染の影響は出ているようで、力も目に見えるほどに強くなっていったのです。

 

 よって外部の助け、そしてシーノヴォ全体を巻き込まないために、治安維持委員会への協力要請、一般人の避難指示などを行っていったのです。

 

 

 ─────

 

 

「──後の流れは、世間で言われている火の海事件のままです。

 以上が、火の海事件の我々側から見た視点になりますね」

 

 長い長い話であった。しかし先生は寝ることなどするはずもなく、一言一句聞き逃すつもりはなかった。

 

 そこで出てきた新事実。ゾロフの真意、滅びの夢、ゲダム……。今すぐに拾いきって噛み砕くのが難しい情報量。

 

 だが一つ、先生は心を痛める。何せ目の前の生徒は今尚苦しんでいる。キヴォトスの滅びという名の悪夢に。

 

 安易に同情は出来ない。その苦しみは本人にしか分からないこともそうだが、今そのときではないからだ。

 

 故に出来ることといえば、言葉をかけることくらいだ。

 

「"……大変、だったね"」

「ありがとうございます。しかし、まだ終わっていないのです。

 さて、追加で『その後』の話もしましょう」

 

『その後』。ここで述べられているその後というのは、火の海事件以降から今に至るまでのことである。

 

「火の海事件の終了後──我々は焦りました。あれ以降、ゲダムの反応がパタリと消えてしまったのですから。坤音レキさんの行方不明と共に」

「"……行方は結局掴めなかったの?"」

「えぇ。ですから我々としても驚いたのですよ。

 一ヶ月後、変わった姿で捕まったというあの報道は」

 

「……ですが、これは一旦置いておきましょう」というルアンの前置きが入る。

 

「行方不明となってしまってから、我々はゲダムの痕跡を探すべく拠点をシーノヴォのままにし、捜索を開始しました。

 また、一般の方々にゲダムを知られると大きい混乱を招いてしまう。そのため表向きでは普通の事業の再開もしたのです」

「"なるほどね。だからシーノヴォに居続けたんだ"」

「そうですね。無論、シーノヴォを復興しようという意思もありましたがね」

 

 なんとなく腑に落ちる先生。先生が納得したのを見届けた後、さらにルアンは続ける。

 

「なお、痕跡は見つけられなかったのですが。一応今でも探させ続けております。その生態を分析するために」

「"うん、大事だね"」

「はい。……では最後に、坤音レキさんのことについてこれからお話しましょう。

 先生にとっては、ここからが本題かもしれませんね」

「"……!"」

 

 確かにそうである。

 そもそも先に言われた『レキから手を引いてほしい』ということとこれまでの話に明確な繋がりは見えづらい。

 

「現在、坤音レキさんにはゲダムが感染したままとなっております。……どうやら、一種の休眠状態のようですが。ですがいつ覚醒するのか分からないのが現状です」

「"休眠状態?"」

「えぇ。ゲダムは対象の中に入って活動を行う生命体です。宿主に何かあればそれに合わせ休眠状態に入る……と、されています。

 すみません。この辺りは資料が一切なく、推測で語るしかないのです。ご了承を」

 

 先ほどのルアンの話にあったように、ゲダムに関する資料を発見出来たことは奇跡に近い。追加でゲダムに関する資料が見つかることはほぼないと言ってしまってよいだろう。

 そのために、現在進行形でもゲダムの痕跡を探しているのだから。

 

「"確かに、レキと会った時は何かに感染してるみたいな様子は見たことなかったかな。レキの友達もレキだって言ってたし。

 ……あんまり考えたくはないけど、もう既にレキ以外に感染してしまってる可能性とかあるんじゃないの?"」

「それはないですね。先日ヴァルキューレにお邪魔させていただいた際に装置を使って確認したり、協力者の方から血液を取ってきて貰って検査をしたところ、ゲダムに感染してる証拠が出てきたので」

「"そうなんだ。……ん? 協力者……?"」

「あぁすみません。素性を明かさないという契約のもと、協力してくださってる方のことです。いくら先生でも、これは……」

「"……ううん、大丈夫"」

 

 気になりはする。しかし、それ以上に気になる事柄が存在し過ぎている。ルアンのほうも話せないと言うことみたいなので、それ以上は言及しないことにした。

 

「ともかく、ゲダムはレキの中にいます。さらにいつ目覚めるか分からない……。

 となれば話は簡単です。──坤音レキさんごとゲダムを殺してしまえばいい」

「"!"」

「休眠状態に入ってるとするならば、宿主である坤音レキさんが死ねばゲダムも合わせて死ぬ可能性は高いでしょう。そのため、先生には──」

「"ちょ、ちょっと待ってッ!"」

 

 合わせてて発言を静止する先生。思いっきり殺人を行おうとしている言葉を止めずにはいられなかったのだ。

 しかしルアンは冷静に返答。

 

「なんでしょう?」

「"なんでしょう、じゃなくて……。殺すという考えになっちゃう前に、さっき言ってたみたいに分離させるとかの他の方法とかは"」

「考えました」

「"……え"」

「もちろん、考えました。坤音レキさんとゲダムを分離させる方法です。先ほど言った血液だったりを用いて、研究をし続けてきました。

 ──しかし、何の成果も得られなかったッ!

 

 突然の激情。さらにルアンは続ける。

 

我々は──私はもう戻れないッ! 私は既に多くの方々を犠牲にしてしまってるッ! 後戻りは出来ないんですッ!

 

 思い出しているのは、坤音レキがゾロフに攻め込む原因となった──坤音ルキの殺害。直接的では無いにせよ、自らが手にかけたことに等しいとルアンは考えていたのだ。

 

 なお、それは一例だ。他にもゾロフがゲダム破壊のために犠牲にしてきた者らはまだまだいる。一人ひとりのことを、ルアンは思い出していた。

 

坤音レキさんさえ殺せば! このまま死刑に処することが出来れば! キヴォトスは救われる!

 先生の大事な他の生徒も、救われるのです! それが分からない先生ではないでしょう?!

 

 息を切らしながら先生に叫び主張したルアン。

 もはやルアンも限界なのだろう。終わりにしたいのだろう。今でも見る滅びの悪夢に対して。ゲダムという悪魔の生物兵器に対して。

 

「──っ、失礼しました……。

 故に、です。先生には()()()()()()()()()()()()。死刑当日となり、執行されるその時まで」

 

 だからこそ、ここで先生を止める。ゲダムを確実に殺すために。

 

「既に武器の調整は済んであります。ヴァルキューレと協力して仕上げた坤音レキさん死刑のためだけの武器と弾。

 あとはこのまま殺すだけです。坤音レキさんを、死刑囚として。

 無論、坤音レキさんの死刑執行後にゲダムの完全な消滅を確認次第、私は殺人者として自首する算段です。既にそのための準備は終わっております。例えば、従業員らの次の雇用のための準備などです」

 

 先生が動かなければ、誰も彼もが安心して明日を迎えることが出来る、と。ルアンはそう告げているのだ。

 

 覚悟が、出来すぎている。

 

「"ッ……"」

 

 ルアンの主張は痛いほど理解出来る。だが先生にとっては、レキも大事な生徒の一人だ。

 一人を犠牲にして全体を生かす。合理的なことは理解しているが、どうしてもそれに合意することは出来ないでいた。

 

「……先生もお疲れでしょう。いきなりの情報量で、全てを理解し判断を下すのは難しいでしょう。

 今日のところは帰宅し、よくお考えになってください。どうか、適切な判断を。

 我々が先生に要求することはただ一つ、『何もしないで』なのですから」

 

 ──気が付けば、促されるまま先生は帰路についていた。

 

 その間、常にレキのことや依頼者のニツのことなどを考えていた。

 

 

 

 

【次回→第十八話:死刑】




今回長過ぎたので、要約

レキはゲダムっていう古代生物兵器に感染してる
→このままだとレキがゲダムによって暴走して、キヴォトスを破壊の海に沈めちゃうかも
→レキを殺せばゲダムも一緒に死ぬ可能性が高い
→というわけで先生、なにもしないで(イマココ)
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