死刑囚坤音レキ   作:>∆<

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短めです。


迎えの時間

 ──ぱちっ

 

 その日、彼女はある時間にふと目を覚ました。

 今までの眠りを引き継いでいるような眠気などない、純粋な目覚め。最近の彼女としては珍しい現象。

 

 ──きょろり

 

 軽く、辺りを見渡す彼女。景色は変わらない。今が昼なのか夜なのかが分からない圧迫感しかない牢獄。

 

 こうして目が覚めているということは体調が回復したのだろうか。しかし、彼女自身はそう感じていない様子である。

 

 ──じっ……

 

 何故なら、趣味に興じるようなことはせず、ただ看守がいるであろうシールドの方向を見つめ続けているためだ。

 

 おそらく彼女は何かを感じ取っているのだろう。これから起こることがあるのだと。そしてその始まりは、見つめているシールドから始まるのだと。

 

「──4番」

 

 シールドが()()()。全て開いたのだ。そこには複数人の看守らがいる。よく見れば、武装した者が奥に控えていた。

 

「時間です。共に来ていただきますよ」

 

 そう、これは迎え。本来死刑囚が唯一自身の牢獄を出られる時であり、同時に旅立ちの意味合いも含んでいる。

 

 これを受けた者らの反応は様々であろう。

 とはいえ、このキヴォトスにおいては彼女が初めてではある。しかし、迎えの者たちは間近に迫った『死』に対して、彼女が何かしらのアクションを起こすものだと考えていた。

 

 ──……すっ

 

 だが、彼女の反応は驚くべきものであった。

 なんと、看守らの姿を確認した途端に趣味に興じ始めたのである。

 

「……え、4番?」

 

 困惑の声はガン無視。まるで「なーんだ、お前らだったのかよ」と言わんばかりに、先ほどまで注視していたのが嘘だったかのように、急にいつも通りになった。

 

 ──きゅっきゅっきゅっ……

 

 近くにやってきた死よりも、目の前の趣味。彼女の行動はこの言葉を体現しているようであった。

 

「……構わない。連れていけ」

 

 だからといって、看守らがこのまま引き下がるわけにもいかない。仕事でここにいるのだから。

 故に数人で彼女を囲み、こんなこともあろうかと用意していたらしいタンカに彼女を無理やり寝かせる。そして、両手に手錠をかけた。

 

 ──きゅっきゅっきゅ

 

 そんなこと気にも止めず仰向けで横になったままシューズ磨きを継続している。あと然り気無く自身のお腹の上にアタッシュケースを乗せてる。

 移動させられても趣味を継続する準備は完璧のようだ。

 

「あ、あの、これどうしますか……?」

「……まぁ、最期なんだ。暴れさえしなければ好きにやらせればいいさ」

 

 当然、連れていく側もこれに気がついていないわけがない。だがここで恐れるべきは、下手に変なことをしてしまい彼女の怒りを買ってしまうこと。

 これから最終的に連れていく場所──処刑場にたどり着くまでに暴れられては敵わない。一応処刑道具をそこで使うという手段もあるが、それは『殺す』ための道具だ。数は少ないため貴重ということもあるし、そもそも殺しを突発的にやるべきことではない。

 合法的な殺人は、処刑場でしか行われてはいけないのだ。

 

 また、それ以外の諸々を考慮して、好きにさせるという決断をしたようだ。

 

 ……まぁもしかしたら、最期だからという慈悲の意味合いもあったのかもしれない。

 

 ───ぺらり

 

 気が付けば彼女の手元には雑誌。シューズはいつの間にかケースに収納された様子。なんで手錠掛けられてるのにそうなったのだろうか。

 とにかくめちゃくちゃ寛いでる。幻聴だが鼻歌が聞こえてくるくらいには、ほののんとしている。

 

 これから連れていかれる場所のことを、まるで理解していないかのように。

 

「座らせろ」

「は、はい!」

 

 教誨室に到着。ここで、死刑囚は最後の猶予を与えられる。

 

 そこのソファに放り投げられる形で彼女はタンカから下ろされ着席させられる。

 幸いケースも彼女本体も無事に着席。外傷は見られない。そんな状況でもレキは変わらず雑誌を読み続けている。そんなに面白いものなのだろうか。

 

 彼女の座らされたソファの側には小さな机が用意されている。お菓子や飲み物など、最後の晩餐というには少し寂しいが、それららしきものが置かれてる。

 

 ただそれだけ。それだけなのにも関わらず、もうすぐ死刑が執行されてしまうのだという雰囲気が強く伝わってきていた。

 

「これから刑の準備を行う。

 ……最後の生を、嚙みしめるといい」

 

 そういって、数人が教誨室から出ていく。残ったのは彼女ともう一人。この二人は見張りのようだ。銃を構えて教誨室の扉の前に立っている。

 まるで門番だ。ただし、彼女を逃がさないためのという枕詞がつくが。

 

 本来、死刑囚である彼女にこのような猶予の時間を与えるつもりではなかったようである。実際、ヴァルキューレ側で死刑執行の流れをどうするのかについて、議論が行われていた。

 

 何せ前例がない。そのためどうするべきなのか想像することすら難しい。一度でも過去に事例があれば、それを参考に出来るものの、それはない。

 

 ある者は述べた。キヴォトスから即刻彼女を消すべきだと。

 彼女は殺人という一線を超えた行為に対しての容疑をかけられてる。そんなことをする存在を一秒でもキヴォトスに残しておくのは非常に危険であると。

 

 別の者は述べた。死刑を執り行う者に覚悟の時間を与えるべきだと。

 今回、死刑方法としては銃殺刑が採択されている。これはそれでないと殺せる保証がないためという部分が大きいためだ。彼女が彼女であるがためだ。

 そうなれば、必然的に銃を撃つ者が出てくる。その者は合法的とはいえ殺人を行うのだ。超えてはいけない一線を超えてしまうのだ。精神を病んでもおかしくない。そのため、僅かでも覚悟の猶予を与えるべきではないかというものであった。これをするのとしないのとでは、心の持ちようが大きく異なるであろう。

 

 他にも様々意見は飛び交った。だが、最終的に上二つの派閥が出来、多数決にて後者が採択された。結果として、彼女にも猶予の時間が与えられたというわけだ。

 

 ──ぺらり

 

 彼女は雑誌を読み続ける。最後の最後まで趣味に興じるつもりらしい。そのためだろうか、死を全く恐れていないようだ。

 

「──時間だ。来てもらおう」

 

 ──ちらっ

 

 時間にしておよそ30分。扉から呼びに来る者が一人。それに彼女は反応する。

 

 ──ぱんっ

 

 雑誌を閉じ、それをケースに仕舞った上で、ケースを持ち扉のほうへ。素直に呼びかけに応じた。

 

「っ……あ、あぁ、来るならそれでいい。こっちだ」

 

 予想外の行動だったためか少し言葉を失ったようだが、すぐに正気に戻り案内し始める。その後ろに彼女、そのまた後ろに先ほどの見張り。死への道が、出来上がっている。

 

 連れて行かれた先は、密閉空間。とはいえ中庭のような広さの場所ではあるが。

 空間の中心には、一本の鉄柱がある。また、数名の銃を持った者らが待機していた。

 

「──っ! 来たな4番ッ!」

 

 ズガンッ!

 途端、一人がやってきた彼女に銃を向け引き金を引いた。

 

 これまでのような銃であれば、彼女はそれを食らってもなんともなかったであろう。それほどまでに、彼女は頑丈なのだから。

 

 しかし──。

 

 ──……!

 

 その銃弾は彼女の腹を貫通。鮮血の花を咲かせる事態になってしまった。

 がくんと、彼女の姿勢が傾く。その間にも、どくどくと血は地面に滴り落ちていく。

 

 立派な規律違反だ。彼女らが銃を撃つ瞬間は死刑執行その時なのだから。

 

「……あ、え」

 

 誰かが、声を漏らした。

 驚くのも無理はない。ここにいる者らが初めて見る光景がそこにあったのだから。

 

 ……傷を与えた。しかも、一度も傷らしい傷を負うことのなかったあの"彼女"を!

 

 これにより一様に確信する。──殺せる、と。

 

「──っあ、お、おいお前!」

「えっ、あっ、はいっ! すみませんっ!」

「騒ぐな! ……これから殺すんだ。今のは不問とする。準備をしておけ」

 

 自らで歩けなくなった彼女を引きずり、一度手錠を外して鉄柱に括り付け。これにより、さらに彼女は動けなくなった。

 

「これより、刑を執行する。

 坤音レキ、お前は死ぬんだ。最後に言い残すことはあるか」

 

 ──……

 

「……そうか」

 

 ただ、無言で居続ける彼女。これを言い残すことはないと判断したようで、その者は彼女から離れる。

 

「──総員、構えッ!」

 

 ジャキッ。

 全ての銃口が彼女に向けられる。今度は一つではない。一つひとつが彼女を簡単に傷つけることが出来てしまう。

 

 それも、死に至るまで。

 

 ──すっ……

 

 彼女は目を閉じた。これから迫り来る弾丸を、受け入れるかのように。

 

「撃てェ!」

 

 弾丸が、放たれる。まるで雨のように。彼女の命など簡単に刈れてしまいそうなほどの量だ。

 

 皆の望み通り彼女は死ぬであろう。まもなく、そこに至らしめる弾が着弾する──。

 

 

 

 

 

 ──カッ!

 

 突如、緑色の光が全てを包み込んでしまった。

 

 

 

 ────────

 

 

 

【第十八話:死刑】

 

 

 ゾロフへの視察の次の日から通常業務の流れとなった先生。業務自体は取り組めているものの──気掛かりがあることから、ここ最近は全く集中できないでいた。

 

 無論、それはレキのこと。そして、今回の一連の依頼をしてくれた生徒、ニツのことであった。

 

 先生が先日受けたあの話。嘘はないであろうと先生は考えていた。敢えて兵士らを退かせて一対一で会話を行おうとしたこと。何より、その時のルアンの悲痛そうな表情が、真実であることを物語っていると感じたのだ。

 

 あれから、先生は必死に考えていた。何か手があるのではないかと。レキもニツもルアンも全員が幸せになれる、全てが丸く収まる奇跡のような状況を。

 しかし、出てこなかった。何にも案が浮かばなかったのだ。

 

 ルアンの話によれば、レキは現状キヴォトスを破壊できる爆弾のようなものだ。厳密にはレキの中にいる『ゲダム』という古代生物兵器がその正体なのだが、だからともかく爆弾を消してしまおうというのが、ルアンの心からの願いであった。

 例えその結果、人一人の命を奪うこととなったとしても。

 

 このままレキを生かし続けても、いつ爆発するか分からない。また、レキとゲダムの分離方法は現状存在しないに等しい。ゾロフが長く研究を続けた結果の結論が、それなのだから。

 

 だからこそレキを殺す。この結論が理解できない先生ではない。だが、大切な生徒を見殺しにするという心苦しいことはしたくないのだ。レキには、死んでほしくないのだ。

 さらに、レキの親友であるニツの期待を裏切ってしまう。面会時や買い物時に見せていた笑顔を、潰してしまうことになる。

 加えて、ルアンや死刑を執行する生徒らに、殺人という重荷を負わせてしまう。それも先生としては、なくしたい。

 

 気持ちはある。だが、何も出来ない。全ての者たちを納得させられる最高最善の案を、現状先生は持っていない。

 

 動きたいのに、動けないのだ。こんなにもどかしいことはない。

 

「"……レキ"」

 

 窓を眺める先生。その表情は思いつめたものになっている。それは罪悪感から来ているのか、不甲斐なさから来ているのか……いや、どちらもなのかもしれない。

 

 見つめる先は、連邦矯正局。レキの収容されている場所。最近、ここしか眺めていない。

 

「"……アロナ。死刑執行の時間って、私に伝えられるものなのかな"」

「……前例がありませんから、正直分かりません。ですが今伝えられていないということは……」

「"……うん、そうだよね"」

 

 伝えられるとしても、事後報告であろう。大多数の生徒にとっては、『死刑が無事に執行された』という事実だけ伝えられればそれでいいのだから、ある意味これは正しいのかもしれない。

 

 今もなお、先生は必死に考えている。降ってくる多くの業務をこなしながら、ハッピーエンドで収まる方法を。

 だがその猶予は分からない。ルアン曰く、準備はほぼほぼ完了しているとのこと。そのため、死刑執行がすぐ行われる可能性もあれば、時間を置く可能性だってある。時間を置くことに賭けるしかないというのが現状なのだ。

 

「"……どうか──"」

 

 ──どうか、もう少し時間をください。

 内心、先生は呟く。アイデアを思いつくための時間が、圧倒的に不足しているのだから。

 

 ……そんな時だった。

 

ドッゴォォォン!!

 

「"!?"」

 

 見つめていた先である連邦矯正局が爆発。急にだ。

 

 一体何が、これから先生としてどうするべきか、そこにいる生徒たちは無事なのか──多くのことが過る。

 

 とにかく動かねばならない。まずはそこに向かって歩もうとしたその時。

 

 

「──こんにちは」

 

 

 先生の背後から、聞き覚えがあるがどこか違う声が。

 

 思わず振り向く。そこには──。

 

「"! レ……"」

 

 見た目は、坤音レキそのものであった。

 しかし、レキではない。先生にはその確信があった。

 

「"……誰?"」

「先生、忘れてしまったのですか? 私ですよ、坤音レキです」

「"レキはそんな話し方をしない。それに──レキのヘイローはそんな()()()()()じゃなかったよ"」

「……ふふふ。流石に、欺けないか」

 

 愉しそうに、静かに笑うレキの皮を被った何か。

 先生の脳内が、物凄い勢いで警戒音を鳴らしている。ここから逃げろと、近づくなと叫び続けている。

 

 だけど先生は逃げない。逃げられない。何せ目の前にいるのはレキではないが、同時にどこかレキであるとも感じてしまうから。レキに大きく関わる何かであることは間違いないのだから。

 それらを必死に抑え、対峙し続ける。

 

「失礼、騙すつもりはなかった。ただ、ちょっとしたジョークのつもりだったのだよ」

「"……質問に答えて欲しいな。君は誰?"」

「あぁ、それでは自己紹介をさせていただこうか」

 

 先生にしては珍しく、少し高圧的になりながら尋ねる。それを意に介さず、"それ"は答えた。

 

「私は『ゲダム』──と、呼ばれているものだ。今回、先生に感謝と提案をするために来た」

「"ゲダム……ッ!?"」

 

 

 

【次回→第十九話:宣戦】




「残酷な描写」タグにようやく仕事が回ってきたのかもしれない
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