死刑囚坤音レキ 作:>∆<
現在時間帯は深夜……とはいえ、ここは地下。時間の感覚はほぼないに等しい。
だが彼女の体内時計は大体正確。そのため眠りについていた。
──すぅ……すぅ……
この時間帯は監視の態勢が緩くなる。理由は単純、彼女がちゃんと寝るからだ。特に何もしないからだ。
一部の看守はこの隙を付いて殴り掛かったり銃で撃ちまくろうとするらしいが、基本的には触らぬ神に祟りなしということで、何もしない看守の方が多い。結果、彼女は眠ったまま。
眠ったままならば、見張りをそこまで強くやる必要がない。ということで、この時間帯の監視の目は大分緩くなる。
「……こんばんは。失礼しますよ、『坤音レキ』さん」
そういう時を狙って、悪い大人がここにやってくることなど誰も知らずに。
彼は自称『黒服』。
黒いスーツを着込み、体は影の様に黒く無機質で、右目にあたる箇所には発光部があり、そこから顔全体に亀裂が走っている謎の存在。
そんな黒服は、軽く彼女をゆすって起こしてやる。
──……むくり
起されたことに若干キレながらゆっくり身体を起こす彼女。睨まれているにもかかわらず黒服は全く怯まずに話を進める。
「改めて、こんばんは。坤音レキさん。お久しぶりですね、約一ヶ月ぶりくらいでしょうか」
──すっ……
挨拶をする黒服に向かい、継ぎ接ぎだらけの右腕を差し出す。キレている表情も相まって「さっさとしろ」と言っているかのようだ。
「そうですね、こんな時間に来てしまい申し訳なく思います。しかし外部の者に認知されず、"契約"を履行できるのはこのような時しかないことを、どうかご理解いただきたい」
謝罪と弁解を同時に行いながら、黒服は準備を進めていく。
手荷物から駆血帯*1を取り出し、腕の上部に巻いていく。その後、縛った下側をアルコールの染みこんだ綿で拭き消毒。
そう、これからやることは注射。厳密には採血。彼女と黒服とで交わした"契約"にある事柄である。
慣れた手つきで血を採っていく黒服。それをじっと見つめる彼女。慣れまくってるこの反応から察するに痛みはなさそうだ。
「……はい、大丈夫です。しばらく激しい運動などは控えてください。
おっと、何度も聞いている貴女には不要の忠告でしたね」
注射針が抜かれ、すぐにそこをガーゼで強く圧迫。少ししてからそこに絆創膏が貼られた。
「さて、お待たせしました。本日の報酬です」
別の手荷物、というかでっかいアタッシュケースが彼女の前に差し出される。そのまま、開放。
中にあるのは一組のシューズ。奇抜過ぎず地味過ぎずの良いデザイン。加えて機能性も重視している作りになっている。
一言で表すならば、『カッコいいシューズ』だ。
──ッ!!
それを中身を手に取り色んな角度から眺め始める彼女。そして新品特有の艶を見せるそのシューズを大切そうにぎゅっと抱きしめた。
「クックック……気に入っていただけたようで何よりです。段々と貴女の好みも分かってきましたよ」
黒服の言葉を完全に無視して、彼女は早速ゲットしたシューズのお手入れ開始。元々から美しかったそれはさらに輝きを手に入れ、もはや芸術の域にまで来ていてもおかしくないほどに煌びやかになっている。
「これで本日も終了──と、そうでした。一つ聞かねばならないことがあります」
この場を去ろうとする黒服の最後の言葉。これに彼女は動きを止め、次の言葉を待つ。
「最近……といいますか、ここ数ヶ月間で大丈夫です。何かお身体に異変などはありませんでしたか?」
──……こてん
少しだけ思考した後、頭を横に倒す彼女。全く覚えはないようだ。
「……ふむ、そうですか。でしたら、一つだけ忠告を」
一つ呼吸を置いて、黒服は続けた。
「ご自身の変化には敏感であったほうがよいですよ。
……とはいえ、鏡のないこの空間では中々厳しいでしょうけれどね」
それを最後に、黒服はこの場から姿を消した。文字通り、誰かがいたという痕跡も残さずに、一瞬で。
──ガチャ
そんなことお構いなしに、彼女はシューズをケースの中へ大事そうに丁寧に入れていく。仕舞えたことで、一仕事終えたかのようなため息を一つ。無表情なのだが、どこか朗らかだ。
──もぞ……
時間帯はまだ夜。彼女からすれば睡眠時間。再びベッドへと入り、目を閉じて眠りにつき始める。
眠かったのか、寝付くのがすごく早かった。
──すぅ……すぅ……
眠り顔だけを切り取れば、年相応の幼さを感じ取ることが出来る。眠りという行為に至福を感じているかのよう。
──チカッ……
そんな彼女に呼応するように、消える寸前のヘイローが一瞬だけ緑色に光るのであった。
────────
「あぁ、アナタが噂のシャーレの先生なのねぇ。色々聞いてるわぁ。なんかものすんごいお人好しだって」
「"生徒の困ってることを解決するのが先生だからね"」
あの後、一旦話をしないかと先生が持ち掛け、今に至る。
互いに自己紹介済。二人は先生が元居たベンチに腰掛けて言葉を交わしている。
「あらやだっ、噂に偽りなしねぇ。なら相談とかも聞いてくれたりするの?」
「"もちろん。それを君が望むならね"」
「なら機会があればお願いしようかしら。今は特にないのよねぇ」
二人の手には缶の飲み物がある。近くに自動販売機があることから、先生が奢ったらしい。話をしてくれるお礼であろうか。
「"それでその……大丈夫だった?"」
「? なにがかしら?」
「”さっきの場所で起こったことだよ。襲われてた……んだよね?”」
現在、先生と共に話している生徒──『千根マコ』は、先生から上着を借し与えられた状態。理由は服がボロボロであったからである。そのままにしておくことはよくないと判断してのことであった。
あの二度の爆発音から察するに、結構な威力であろう。加えて今でも外傷が残っている。本人は全く気にしていないのが、先生は気になったのだ。
「あぁ、あれ? あんなの日常茶飯事。トリニティってお嬢様学校でしょ? だからお金持ってると思われて襲われちゃうのよぉ。アタシはいいけど、他の子たちには良くないわよねぇ」
世間話をするようなノリで語るマコ。そのような問題に直面したのは初めてであったのか、先生はショックを隠せないようだ。
「"……そんなことが起こっていたんだね。ごめんね、気が付けなくて"」
「先生は悪くないわよぉ。ここに来たばかりなんでしょ? これから直していけばいいんじゃないかしら。アタシだけならこのままがいいけれどねぇ。
……あぁ思い出して来たらちょっと気持ちよくなってきちゃった。銃弾じゃなくて爆弾ってのもわびさびよねぇ」
何故か被害者よりも先生のほうが重い顔をしている。というかマコさん悦な表情でくねくねしてる。対比すぎるこの状況。
これを見た先生、少しだけ思考する。
目の前のマコの様子は、演技ではなさそう。本当にそう感じているという風貌。
別に
ただトリニティ生が襲われやすいという問題については解決せねばと感じた。しかしすぐにどうこうできる問題ではない。長い期間をかけて解決していくべきであろうとも。
新たに出てきた問題を脳に刻み込み、目の前のことに意識を戻す。まずは今受け持っている問題に取り組まなければいけないから。
さていつシーノヴォについての話を聞こうか、と考えていた時にマコから話を振られる。
「ねぇ先生、アタシに何か聞きたい事とかあるんじゃないの?」
「"えっ"」
言い当てられたことで動揺してしまう。内容としては隠すようなことではないが、こうして考えてることを言い当てられるという事象にたまらず怯んでしまった。
そんな先生の反応が面白いのか、くすくすと笑いながらマコは続ける。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。でも、簡単な推理よぉ。
自己紹介前にアタシの名前を知ってたわよね? なら知る機会があったってこと。もしそうならアタシに元々用事があったから顔と名前を覚えていたってことになるじゃない。
だから、何か聞きたい事でもあるんじゃないのって思ったのよ」
「"……あぁ、なるほどね"」
「そうよぉ、でもそれだけ。本当に用事があるのかないのか、そしてどんな内容なのかは流石に分からないけどねぇ。
まぁ、キヴォトスの全ての生徒の名前を覚えてるっていうなら全部違うけど、流石にあり得ないと思ってるからここでは考えてないわぁ」
言われてみれば確かにという推理で内心が暴かれてしまった。
「それで、実際どう? アタシに何か用だったりする?」
だがしかし、これでしたい話をすることができる。
生徒に誘導されて少し申し訳なく思うと同時に、きっかけを作ってくれたマコに感謝しつつ、話をし始めるのであった。
「"うん、そうなんだ。実は──"」
【第四話:噂話】
「シーノヴォについて、ねぇ……」
ごくりと飲み物を飲みながらうーんと考えるマコ。その反応から、あまり良くないことを聞いてしまったのではと先生は感じた。
「"ごめんね、あんまり思い出したくないことなら別に……"」
「ん? あぁそうじゃないのよ先生。ただ、何から話せばいいのかって思ってねぇ」
なんでもないように返し、さらに考えるマコ。話せる事は結構多いようだ。
少しして、首を振る。そして話し出した。
「ダメね、まとめきれなさそう。
だから結論から。シーノヴォはアタシにとって最ッッ高の場所だったわ」
「"え? あ、あー……"」
これまでの子たちと真逆の感想を話され困惑する先生だったが、マコがどのような子をすぐに思い出し、納得。
「外に出れば暴力の嵐! さらに幸運なら
「"……ん??"」
「それに最後の方はゾロフも来てくれて結構暮らしが便利になったしねぇ。治安が若干良くなってしまったのはいいことだけど、アタシとしてはもうちょっとあの気持ちよさを味わっていたかったというか──」
「"ちょ、ちょっと待って!!"」
ゾロフの話も気にはなる。しかしそれ以上に聞き逃せない情報をさらっと発したマコに一旦ストップを要請した。
「? どうしたの先生?」
「"ごめん、さっきなんて言った……?"」
「ゾロフが来て……」
「"その前!"」
「えっと、気持ちよくなれるとってもいい場所……」
「"さらに前!!"」
「さらに前?! えぇと……幸運ならレキ様やルキ様と……」
「"そこ!!!"」
『レキ様とルキ様』。特に最初のレキの名前。今の先生には聞き覚えしかない名前であった。
「"レキって、あの『坤音レキ』……?"」
「え、えぇ。あ、そっか、あの方死刑になっちゃったのよねぇ……。正直違和感しかないけれども」
「"!"」
ここでニツに続く二人目のレキを知る人物。マコからは、より深く坤音レキという人間の話を聞けるかもしれない。
「"その話、もう少し詳しく聞かせてもらってもいいかな"」
『坤音レキ』との面会の申請はしているが、やはり死刑囚ということもあるのか中々返信が返ってこない。そのため坤音レキという人物の情報源はニツしかなかったが、そこにマコという存在が出てきてくれた。
これにより、ある程度客観的な坤音レキ像を掴みやすくなる。
「えっと、レキ様達について?」
「"うん、お願いしてもいい?"」
「いいけれど……珍しいわねぇ」
少し驚いた様子のマコ。二人について聞かれたことは今までないようであった。
「そもそも、友人って間柄ではなかったからあんまり詳しくは知らないわ。それでもいいの?」
「"うん。大丈夫"」
「そう? ならいいわぁ」
確認の後、マコは続ける。
「そうねぇ。というか先生、どこまでお二方を知ってるの?」
「"えっと、レキって子が死刑囚だってことくらいかな。……というか、ルキ様って……?"」
「まぁ、普通そうよねぇ」
そうして、マコは語りだす。まずは自分の知る坤音姉妹について。
「まず前提だけど、お二方は双子の姉妹。ルキ様が姉で、レキ様が妹なの。お二方強かったのよぉ。アタシの中でシーノヴォといえばまずこのお二方ね」
「"そこまでなんだ"」
坤音レキについて調べた時に出てきた双子の姉の存在。マコの話し方を聞く感じ二人の間に力の差というのはなさそうだ。
「"そんなに言うってことは、もしかして二人は目に付きやすいところで戦闘をしてたりしたの?"」
「勝手に隠れて見に言ってただけよぉ。当時は多分二人で傭兵とかそういうのをやってたんじゃないかしら。おそらくだけどかなり過酷の。だってたまに重症を負われていたからねぇ」
「"えっ……?"」
驚きの表情を見せる先生。何故なら、聞いていた坤音レキの情報と完全には合致しないからだ。
銃弾を跳ね返したりしたというニツの話と、大勢の戦力相手に一人で戦い勝利したという『火の海事件』の概要から、先生は坤音レキのことを全く怪我などしない強すぎる存在と考えているところがあった。
しかしここに来て普通に怪我をするという情報。あたかも普通の生徒のよう。これに困惑してしまっていたのだ。
「"えっと、本当に怪我してたときもあったの?"」
「え? えぇ。血を流していたり、包帯やら骨折やらしてたときがあったからそのはずよ。
にしても、不思議なことを聞くのねぇ。そりゃお二方が強いといっても人間なんだから、危ない場所にいけば怪我もしちゃうわよ」
言われれば当然だ。銃弾が飛び交うこのキヴォトスにおいて怪我をしないほうがおかしいのだ。
それに先ほどの二つはいくらでも理由を考えられる。ニツの話はレキを慕っていた故の思い出補正、概要は目撃証言などから盛られていたなど。
ただここで情報を鵜呑みにするのも良くはない。ニツの話を否定することに繋がりかねないからだ。
よって『坤音レキは普通に怪我をすることもある』。こうしておくのが現状はいいのかもしれない。
「"止めちゃってごめんね。続きをお願いしてもいい?"」
このように思考した先生は一旦この違いを置いておき、マコに話の続きをお願いする。
「大丈夫よ。……それで、レキ様やルキ様だったかしら。
レキ様はお顔に反してクールなお方で、ルキ様は無表情なのに感情豊かなお方よぉ。そしてルキ様は色んな方々とお話になったりするけど、レキ様は殆ど無口なの。だけどルキ様といるときは楽しそうに話していたわねぇ」
「"へぇ……"」
聞く限りでは姉妹仲は悪くなさそう。というか、ここまでなら普通の生徒そのものだ。探せば何組かいそうなほど普通のそれだ。
ならばどうして坤音レキは火の海事件の犯人になってしまったのか?
「"ちなみにだけど、その二人ってシーノヴォに強い恨みとか持ってたりは……?"」
「うーん、そんな話はしてなかった気がするけどねぇ。
……そうなのよ。考えてみても、火の海事件を起こす理由がないのよねぇ、レキ様」
「"……と、いうと?"」
ここで先生、マコの呟きを拾い追及。
これに返される形で、坤音レキ及びルキの行動原理が語られる。
「レキ様……ルキ様もそうなのだけれどね?
大体何かをされて、それをやり返すために拳を出すのよ。しかもそれは、対象を基本間違えない」
「"!"」
「だからこそ不思議なのよねぇ、火の海事件……レキ様は一体誰に何をされたのかしら」
謎のままの坤音レキの動機。それだけでなく、さらに別の疑問も生まれている。
例えば、レキと同程度の力を持っているであろうのルキはどうして行方をくらませているのか。
例えば、レキは普通に怪我をしてしまうらしいのに、火の海事件にて投下された多数戦力で何故生き延びられたのか。
先生の想像以上に闇が深そうなこの依頼。疑問が新たな疑問を呼んでいるこの状況。
だが先生には、止めるという選択肢を持っていなかった。
「"さらに調べていかないとね……"」
今後も含めて、より多くの情報を集めていくことを決意したのだった。
「"……ところで、なんで友人って間柄じゃないって言ってたのにそんなに詳しいの?"」
「あら、アタシなんて全然よぉ! まぁでも、気になる方々のことは知っておきたいじゃない?」
「"えっと、それって"」
「いつお二方に気持ちよく殴っていただけるか分からないんだから、適切なタイミングを計るためストーキング活動をすることのは大事なことなのよぉ!」
「"あぁ……うん。とりあえず、ストーカーは駄目だよ"」
──【次回→第五話:部隊】
予想以上にお気に入りや高評価をして頂けて嬉しい。
今後も好き勝手に書かせていただきます。