死刑囚坤音レキ 作:>∆<
──ぺらり
何気にめちゃくちゃ最近発売されたばかりの雑誌を監獄内で読んでいる彼女。もはやそれに突っ込む人などどこにもいない。
変わっているところなど何一つない見慣れ過ぎた風景。普段ならこのまま趣味を続けていき、時間が来たら寝るだけであろう。
しかしそんな"いつもの"は、突然壊される。
「よ、4番」
声を出したのは未だ担当で在り続けているこの看守。若干怯え気味に彼女の方へと声を掛けた。
看守から彼女へと声を掛けるという状況は極めて珍しい。これまで彼女と看守のコミュニケーションの始まりは彼女からであったのだから。
──ぺらり
そんな状況にも関わらず彼女は無視。まぁある意味当然なのかもしれない。珍しいのは珍しいが、そんなことは彼女の人生に何の関係もないからだ。
「その、面会です。
──ぺらり
どうやら面会らしい。それでも彼女は無視。聞こえてすらいないようにも見える。
「こ、ここから面会室まで結構な距離あるから、今から行かないと時間がかかってしまうんですけど……」
やはり、無視。
だが看守としても諦めるというわけにもいかない。ここでダメだったとしても別の機会にまたこういったことが起こるかもしれないことを考えると、今やるか次やるかの違いでしかない。
面倒ごとは早めに片付けておくに限る。看守はありとあらゆる言葉で彼女の興味を引こうと試み始めた。
「相手は今話題の"先生"です。色んな話が聞けるかもしれないですよ」
──ぺらり
「……その、もしかしたらあなたの事件について何か進展があるかもですよ」
──……
「……えっと……カッコいい大人らしいですよ」
──ぺらり
全く効果なし。悲しいことにどれも彼女には刺さらなかったようだ。
流石に手詰まりになってきたようで、次の興味を奪えそうな言葉に困っている様子の看守。とりあえず、もう一人の面会者についての話し始める。
「もう一人は……『琴原ニツ』さんですね」
──ぴくり
「先生はまだ分かりますが、なんでこの人は……ってうわッ!?」
驚く看守。無理もない。何せ彼女の顔が、目が、看守のほうに向けられていたのだから。
今まで看守の言葉に何一つ反応することがなかったのに、急に強い反応を示した。
あまりにも急であったこと、直近の言葉は看守にとっては何でもない内容であったことの二点が重なり、何に対してこの反応を見せたのか看守には理解できないでいた。
──じっ……
「あ、あの、えっと……」
視線はそのまま。故に看守は考え続ける。彼女の機嫌を損ねる前に、興味を持った言葉が何かを明確化しなければならないから。
しかしその正体は、彼女によって問われた。
「……ニツ」
「あ、え……?」
「ニツが、来てるの?」
少しの間、無音になる。響き渡った聞き覚えのない声。初めて耳にする意外に可愛らしい声。
ここに来て初めて、彼女は言葉を用いたのだ。
喋れるのか、だったら何故喋らなかったのか、こんな声なのか、などの色んな思いが看守を支配する。もっと言えば叫び出したいくらい。
だができない。それは彼女を怒らせることに繋がりかねないから。
「あ、は、はい。ニツさんも来てますよ」
──スクッ
これを確認した彼女。すぐ様本を閉じてケースを持ち、看守の前へ立つ。
──すっ
「あ、手錠ですね。今付けます」
がしゃんという音と共に手錠がかけられ、その後シールドが開かれる。
「案内して、ニツのとこ」
「は、はい。今案内しますね」
彼女の言葉や全身から出る圧に気圧され、すぐに先導を開始する看守。着いて行く彼女。心無しか、テンションが上がっているように見えなくもない。
そして面会室に到着。既に向こう側には二人の人物がいる。
琴原ニツ、そしてシャーレの先生。
互いにこれから長い付き合いになる存在との邂逅がなされた瞬間であった。
────────
少しだけ、時間を巻き戻す。
その日、先生はシャーレの建物の前である人を待っていた。その待ち人は琴原ニツ。本案件の依頼人である。
こうなったきっかけは、先生がニツにレキとの面会が出来るようになったことを知らせるモモトークを送ったことである。すぐにニツは反応を返し、面会に是非とも着いて行きたいと志願したため、一緒に行くこととなった。
そう、今日は坤音レキの面会日当日。このため本日のシャーレはお休みであるとしている。書類が貯まりに貯まっていくが、先生のことであるしそれも覚悟しているであろう。
「せんせぇぇぇぇい!」
「"!"」
前方から全速力で走ってくる一人の少女が見える。ニツだ。
「おまたせしましたぁぁ……!」
「"お、おはようニツ。とりあえず、深呼吸しよっか……?"」
初めて出会ったときのようにめちゃくちゃ息を切らしている。それを落ち着かせる先生。
「すぅ……はぁ……ふぅ、落ち着けました……!」
「"そんなに急がなくても大丈夫だよ。はい、これお茶"」
「あっ、ありがとうございますっ!」
先生から手渡されたお茶入りペットボトルの蓋を開けて飲んでいくニツ。良い飲みっぷりだ。
「──ぷはっ! おいしかったです!」
「"なら良かった。というかそれにしても……テンション高いね?"」
ニツの様子を改めて見る。かなりそわそわしており、最初会ったときに比べ明らかに声が高い。先生とニツが過ごした時間は決して長いものとは言えない。しかし、それでも今のニツがすごくわくわくしているのだということは強く伝わってきている。
「そりゃそうですよ! だって、レキさんとやっと会えるんですから!!」
「"……そっか、そうだよね"」
しばらくの間全く会うことが出来ていなかった友達との再会。一つ壁を隔てての顔合わせとはなるが、ちゃんと会って話せる。ニツにとっては大きいことなのだろうと、先生は感じていた。
「先生、ありがとうございます! まだまだ会えないと思ってたレキさんと会わせてくれるなんて! やっぱり先生にお願いしてよかったです!」
「"まだまだこれからだから、そのお礼は取っておいてね。今は何も言えないっていうのが本音だけど、目途が見えたら全部伝えるからね"」
「はい!」
先生はニツに依頼の進捗状況を今のところ説明はしていない。まだはっきりしていない点であったり、憶測が多々あることであったりなどを伝えてしまうと変に期待させる可能性があるからだ。
「なんの話をしようかなぁ。最新のシューズ屋さん情報? それとも美味しいお菓子屋さん? あ、レキさんの最近の好みを聞いてもみたいなぁ。あぁ、楽しみっ!」
「"……"」
一応今日の目的は別にもあるんだけどなぁ、と楽しそうなニツを片目に先生は苦笑。
同時に先生は思考する。今日面会する死刑囚『坤音レキ』について。
初対面ということもあり、どんな人柄なのかということは当然知らない。だが、これまでの調査で得た情報から多少の推測は出来る。
曰く、無口。そして話していたのは姉であるルキとだけ。
情報はこれぐらいしかないが、そこからあまり他人に興味を持っていない可能性が考えられる。そのため少しだけ疑問に思うのだ。
果たしてニツとレキは本当に友人と呼べる関係なのか?
その人柄であるなら、ニツとの相性は良いとは言えないのではないかと想像してしまう。ニツは言ってしまえば、静かに騒がしく、友達思いの子だ。そんなニツと聞いた人柄のレキが仲良く出来ている様子の想像を先生はイマイチできないでいた。
加えて、レキは結構危ない仕事もしていたともいう。ならば考えたくはないものの、裏の事情なんかも知っているかもしれない。とすると、何か理由があってニツと仲良くしていた可能性もあるかもしれない。
全て妄想。根拠のない憶測。だが、もしこれが本当ならば──先生として対応しなくちゃいけないかもしれない。
「あ、先生っ! 矯正局ですよっ! 矯正局っっ! いやぁ、ここに来るのがこんなに楽しみな日なんて他にあるんですかね!」
「"あ、あはは。そうだね……"」
近づくにつれてテンションが爆上がりしているニツ。考え事をしていたこともあって若干付いていけていない先生。そんな二人を出迎えるように、面会の時間まであっという間に進んで行くのだった。
【第八話:面会】
──がちゃり
予定時間より少し遅れて向こう側の扉が開かれる。入ってきたのは写真で見た顔、坤音レキ。囚人服を着て、手錠をしている。
写真で見た時と殆ど印象は同じだが、先生は不思議と実在したんだという感想を抱いてしまう。
「ッ! レキさん!」
すぐに反応したのはニツ。身を乗り出して、やってきたレキに向かって叫ぶようにその名を呼んだ。
「ひっ、久しぶりです! あぁ、やっと会えましたね……!」
涙ぐんでいるようで、声が上ずっている。ニツからすれば、感動の再会といったところであろう。
先生は、レキの方を見つめていた。最初はニツに話をさせてあげたいという意図もあるが、まずは坤音レキがどんな人なのかを見極めるためでもあった。
ニツのほうを見たレキ。
──にこっ
「"!"」
まさに一瞬。レキの表情が変わった気がした。
改めて見るが無表情のまま。入ってきた瞬間と変わっていない。
しかし先生には、あの時微笑んだようにしか見えなかった。
「久しぶり、ニツ。元気そうでよかった」
「~ッ! レキさんこそ!」
交わされる会話は、微笑ましさそのもの。しばらくの間、先生はただそれを眺めていた。
「いやー、それにしても本当に元気そうでよかったです! 死刑囚になっちゃったって聞いて、酷い生活してるんじゃないかって思っちゃって……」
「意外と快適。ご飯もくるし、住めるし」
「そうなんですね! ……あ、そのケース! まだ使ってくれてたんですね! えへへ、嬉しいなぁ」
「これ、凄く使ってる。シューズも入れれるし、最高。本当にありがとう」
「どういたしまして! あ、シューズなんですけど、最近ハットリから出た【エグゼター】、買っちゃって」
「お、【エグゼター】とはいいセンスしてるね。雑誌で見たけど、確かにニツに似合いそうだったし。今履いてるの?」
「はい! よっと……見えますかね?」
「うん、見えてる。やっぱり、ニツに似合うね」
「そうですかね? えへ、えへへへへ」
聞こえてくるのは怪しいところなど何一つない、普通の友達との会話。双方、会話を楽しんでいるということが伝わってくる。
このまま会話を続けさせたい気持ちも勿論ある。中々会うことが出来なかったのならしたい話は山ほどあるはずだから。
しかし面会の時間というのは決められている。放置していたら時間いっぱいまで話をしてしまいそうだ。
「"……ニツ、本当に申し訳ないんだけど……"」
「……あ、そうですね! えっと……じゃあレキさんと話してみます?」
「"うん、そうさせてもらおうかな"」
「すみませんレキさん、ちょっとだけ会話から外れますね」
「……わかった」
ニツに場所を譲ってもらい、レキのほうを向く。それを見て、レキは俯く。どこか残念そうな雰囲気。
今回の面会、ニツとレキの再会以外にも一応目的がある。
一つは、坤音レキという人物を知るため。直接目で見て、自分でその人柄を判断するためだ。そのために友人関係とされているニツを連れてきて、その様子を見ていた。
もう一つは、火の海事件のことについて聞くため。
世間一般で言われてる犯人はレキだ。仮にそれが真実じゃなかったとしても、事件に深く関わっているのは事実だ。まだまだ情報は欲しい。レキ本人からの情報は貴重であるはずなので、どうしても聞きたかったのだ。
「"初めまして、私はシャーレってところの先生だよ。よろしくね"」
──ぺらっ
レキは雑誌を読んでいた。会話から外れると聞いたとき、俯くのと同時にケースから雑誌を取り出して読み始めたのである。
当然先生の言葉はガン無視。
「"……"」
先生、絶句。さっきまで仲良さげに会話をニツとしていたのに、相手が自分になった途端これである。流石の先生でも、これにはどうするべきか分からないでいた。
「あー……最初はわたしもこんな感じでしたね。懐かしいな……」
「"……どうやって今みたいに仲良くなれたか覚えてる?"」
「えっと、どうだったかな……すみません、あんまり覚えてないかもです」
「"んー……"」
手詰まりではあるが、なんとかする方法がないわけじゃない。
それはニツを介して話を聞くという案。この場合だと現状よりはちゃんと話をすることが出来るであろう。
ただし問題点もある。ニツを介するためスムーズな会話とは言えない。そのため、時間の関係で聞きたいことを最後まで聞くことが出来ないかもしれない。
また、もし次の面会の機会を貰えたとしても、ニツがその場にいなくては何もできない状態になってしまう。
先生としては単純に仲良くなっておきたいという気持ちもあるため、せめて会話出来る程度にはなりたいと考えていた。だが、現状そのための方法が思いついていない。
しかしここで何も行動しないわけにもいかない。とりあえず、話しかけてみることに。
「"えっと、今日は面会に来てくれてありがとう"」
──ぺらり
「"……ニツとは仲が良いの?"」
──……じとっ
目付きが変わり、先生の方を見つめる。キレているわけでも、無関心というわけでもない。
表情が変化というよりは、目を半分閉じただけ。それだけなのだが何か圧を感じてしまう。
まるでニツのこと話すよりもさっさとニツに代われと言っているような、お前に用はないんだから早くニツと話させろと言っているような、そんな圧を。
「"……"」
先生は、その圧に負けた。というか、それ以上話しかけても今日に関しては駄目だと悟ってしまった。
好きの反対は無関心とはよく言うが、とはいえ嫌い寄りの感情を持たれてしまえば仲良くなることは無関心の時よりも場合によっては難易度が高い。仕方なしに、一時撤退することに。
「"……ニツ、代わろう"」
「えっと……先生、元気出してくださいね。なんなら、聞きたい事とか代わりに聞きましょうか?」
「"いや、それは大丈夫。話の続き、していいよ"」
「……分かりました。ならお言葉に甘えて──」
ニツに代わり、再び二人の会話を眺める先生。
先ほどと同様に、微笑ましそうな友達そのものと呼べる会話をしている。やはり、危険性などどこにもない。
この時点で先生は確信する。レキだけが悪者というのはおかしいと。こんなに友達であるニツと仲良さそうにしている子が、火の海事件の全ての罪を背負っているのは違うと。
ある程度、人柄は知れた。ならば、次にやることは決まっている。
現状一番怪しい会社──ゾロフの調査だ。
レキに聞くことが難しい現状、一番手っ取り早いのはゾロフから聞くこと。加えてゾロフには若干怪しいとして調査に踏み切れる証拠が微量ではあるがないことはない。
例えば火の海事件の発生場所の証言、証言者のリストと社員リストの全一致など。弱いことには弱いが説明を求めるため視察に行くことは難しくないだろう。そう、シャーレならば。
無論白を切られる可能性だってある。そこは元治安維持委員長であるリスの証言と照らし合わせながらゆっくり詰めていけばいい。少なくとも、納得のいく説明がもらえるまでは。
次の行動が決まったところで、先生はまた二人の会話へと意識を戻す。
どこかほっこりとした雰囲気で次々と途切れることなく進んで行く会話。この様子は、面会時間終了まで継続するのであった。
────
──
─
「先生、今日は本当にありがとうございましたっ!」
「"ううん、楽しんでくれたなら何よりだよ"」
帰宅道中、先生とニツは言葉を交わす。時間も大分遅くなりつつあったので、途中まで先生が送ることとなった。
「わたしは本当にすごく楽しかったのでよかったんですけど……先生のほうは大丈夫です? その、何か他にしたいこととかあったんじゃ……」
「"大丈夫、半分の半分は達成できたから"」
「そうなんですか? ……あれ? 半分の半分ってあんまり達成できていないんじゃ」
レキを知ること、火の海事件の証言を取ることの二大目的。そのうちの前半をある程度は知れたから達成できていないわけじゃない。とはいえある程度しか知れてないが。後者は現状どうしようもなさそうのため後回しするようだ。
「えっと、先生にはレキさんあんな感じでしたけど、本当はすごく素敵な方で」
「"大丈夫だよ。ニツとの会話からなんとなく分かってるから"」
「あ、そうですか? ならよかったです。レキさんの魅力、皆が知ってくれれば死刑から免れられるかもですからね!」
「"うーん、魅力だけで減刑は難しいんじゃないかなぁ……"」
なんて会話をしてたら、もう別れる地点。あっという間であった。
「それじゃあ先生、ここでお別れですね。今日は本当にありがとうございました! また面会や、何か進展があったときは連絡してくださいね! すぐ反応しますから!」
「"うん、わかった。じゃあ、気を付けてね"」
「はい! ではまた!」
ニツと別れ、先生はシャーレへと戻り始める。
これから先、やることは非常にシンプル。ゾロフへの視察だ。
そのための準備を、具体的にはまとまった仕事の山の片付けなどをしてから気持ちに余裕を持った状態で行かなくてはならない。
おそらく、ゾロフは手強いであろうから。
「"……よしっ、ここが正念場!"」
両手で頬を叩き気合を入れる。火の海事件の根底へ迫れる日も近い。
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次の日、坤音レキが脱獄したという知らせが飛び込んできた。
【次回→第九話:確保】
サイレント修正出来るのがネット小説の良いところですよね。