【ひとりのファン】side:喜多久留代
マンションの自宅へ向かうエレベーター。
スマホの通知を見ると、結束バンドの公式アカウントから次のライブがアナウンスされていた。
反射的に自分のスケジュールを確認して空いていることに年甲斐もなく高揚してしまう。
あの日。
郁代がボーカルを辞めて、ひとりさんが代わりにボーカルとしてステージに立った日、私はライブに参加していた。
娘のバンドをよく知らず、ライブにも一度も参加することなく――――つまりよく知らないまま娘の音楽活動に反対した。
そして決着は着いたものの郁代との関係はギクシャクしていた。
バンドのことをよく知ってから行動すべきだったという後悔。
郁代がバンドを抜けて迷惑をかけたバンドがどうなったのか、知るべきだという義務感。
郁代との関係改善に役立つんじゃないかというちょっとした打算。
そんな思いからこっそりバンドを覗きにいき、慣れない場所だからと早い時間に下見をしているときに、顔色の悪いひとりさんと出会ったのだ。
ひとりさんとの会話は新鮮だった。
女子高生とのやり取りなんて郁代とばかりだし、年頃の女の子は世間一般的に娘のテンションかと思っていた。
けれどひとりさんは違った。
声は小さくて、
控えめで、
たどたどしくて。
――――それでも一生懸命に気持ちを伝えようとしていた。
この子は郁代の代わりに歌うらしい。
どんな風に歌うんだろうと、純粋な興味が沸いた。
そして少しだけ楽しみになった迎えたライブ。
ひとりさんは、いえ、結束バンドのぼっちさんはひたすらにカッコよかった。
まず顔が良い。
長い前髪から時折覗く表情は整っていて、歌詞と共に移ろう表情からは目が離せなかった。
本人が気にしていた歌は、会話していたときと同じように、声質は弱く控えめだったけれど。
それでも感情はしっかり声に乗り歌となっていた。
そして何よりもギター。
『後藤さんってはギター上手いの。カッコイイのよ!』
いつか郁代が語った言葉がリフレインした。
表情よりも声よりも鋭く、雷鳴のように。
まるで独立した器官のように。
あるいはそれこそが彼女の本体であるかのように。
全くブレることなく堂々と、自由にギターは歌っていた。
多数の視線が集まるステージの中央で、小動物のようだった彼女は、まるで物語の主人公のようだった。
輝いて見えた。
一言で言えば、うん、ギャップにやられてしまったのだ。
娘の友人に対してどうかと自分でも思う。
今では公式ファンクラブの会長やっている郁代に隠れながら、コソコソと情報を追っかけたり、変装してライブに参加したりしていた。
エレベーターが自宅のフロアに到着した。
結束バンドの公式アカウントのページを閉じて、スマホをバックにしまう。
鍵を開けてドアをくぐると、郁代の靴と一緒に見慣れない女性物の靴が玄関にあった。
「郁代の友達が来てるのかしら?」
とりあえずは手を洗って、軽く化粧を整えて挨拶でもと考えて。
脱衣場を兼ねた洗面所のドアを開くと。
――――風呂から上がり、まさにバスタオルを手に取ろうとしていた、全裸の後藤ひとりがいた。
まるで雪のように白い肌から上がる湯気。
長い髪はバンドタオルで巻かれて、か細いうなじの曲線美があらわになっている。
「あわわわわ・・・」
前髪も押さえられ、普段は隠されている幼げなやわらかい顔立ちが露出。演奏時には鋭さを見せることもある零れそうな大きい瞳は驚きに見開かれていた。
乳房からも目が離せなかった。ハリのあるお椀型が重量に逆らい形を保ち、先端にはサクランボで可愛らしい。
胸をはじめ、全身がやわらかそうでダイエットで痩せすぎの郁代とはまるで違う。
まだ十分に水気を拭えてないようで、水玉がきめ細かい肌を転がっていく。
若く健康かつ肉感的な少女の肢体に思わず見入ってしまった。
は・・・いけない!
当たり前だけど他人の裸をマジマジと見るのは良くないわ!
「ご、ごめんなさいね! 失礼しました」
洗面所を飛び出したら、ひょっこりと奥から郁代が現れた。
「あれ? お母さん、今日は早かったのね」
「たまたまね。・・・ひとりさんが来てるのね。人を呼んでるなら連絡してよ」
「ちょっと切羽詰まってたのよ。ひとりちゃんち、電気止められちゃって、しなびてたのを何とか連れて帰ってきたの」
「え・・・大丈夫なの、それ」
結束バンドもインディーズとはいえ事務所に所属してCD出してるし、何度か曲もバズってそれなりの人気バンドのはず・・・
ギターヒーロー名義の広告収入だってあるはずだし・・・
何か金銭トラブルかかえてるのかしら・・・悪い男に騙されたりとか・・・
あの胸とか男に狙われそうだし・・・
「単純に払い忘れちゃったみたい。オール電化のおうちだから、お風呂にも入れなくなっちゃらしくて・・・今とりあえずお風呂に入ってもらってたとこ」
「そう・・・」
洗面所のドアが開かれた。
「すいません・・・お風呂お借りしました・・・あと、見苦しいものをお見せして大変申し訳ありませんでした・・・」
慌てて乾かしたのか、髪がまだ湿らせたままのひとりさんが出てきた。
ひとりさんの物言いに、さきほど目撃してしまった光景がフラッシュバックする。
湖から女神が出てきたかの光景。
あれをお見苦しいなんて言い出したら、この世に価値あるものなんて―――
「あー、ひとりちゃん。髪びちゃびちゃじゃない。もうっ、乾かしてあげるから」
「す、すいません。えへへ・・・」
郁代に連れられて、洗面所に帰っていくひとりさん。
なんかこのままに泊まっていきそうな流れね。
ちょうど鶏モモを買ってきたところだったわ。でかした、私。
「ひとりさんの晩御飯も用意するわ。せっかくだから好物のから揚げにするわね」
「・・・なんでお母さん、ひとりちゃんの好きなもの、知ってるの?」
公式情報だからね。