【餃子からの逃避行】side:後藤ひとり
「ぼっち。二人でバックレようよ」
「あっ、はい」
大きな山も谷もなく、当然バンド崩壊に起きるような事件はなく。
結束バンド結成から1年が経とうとしていた。
後輩の大山さんのギターを見るために御茶ノ水に行くはずだったのに、目的地が渋谷に変更された。
陽キャの御殿に連れていかれたら消滅してしまう!
そんなときにリョウさんに脱出を提案されたら、当然頷く他ない。
渋谷の人混みでもって、大山さんたちから逃げ切った。
「ぼっち。せっかく時間取れたんだし、新曲の話をしよう。曲に合わせて歌詞変えたいとこがあんだけど。ぼっちの意見が聞きたい」
「あっはい」
「その辺の喫茶店に行こう」
「奢りませんよ?」
「今日は軍資金たっぷりだから安心して。奢ったげる」
「・・・だったら貸してる分を返して欲しいんですが」
「それを今返すと困るんで、それはまた今度」
「はぁ。わかりました」
作詞作曲担当で、リョウさんとやり取りするのも多いし慣れてきたなぁ。
スタバでブレンドコーヒーを頼む。
喜多ちゃんに最初に連れられて行ったときは緊張したけど、リョウさんに付き合ってて慣れたもの。
とりあえずブレンドコーヒー頼んどけばいいんだ。
喫茶店でコーヒーを飲みながら曲の打ち合わせをする。
へへっ・・・一端のバンドマンしてる!
スマホのクラウドなんかも利用してリョウさんと歌詞や音源のやりとりもしてるし、社会人としてのスキルも身についてるんじゃ。動画編集もこなせるし、学生レベルに収まってないよ。
バンドマンじゃなくて、裏方として音楽業界で働かないかってスカウトすれちゃったりして!
「ぼっち。なんか気分がのらない。適当なところで切り上げて遊びにいかない?」
楽しく妄想をしてテンションを上げていると、リョウさんがダウナーな声で誘いをかけてきた。
「え〜〜・・・。リョウさんから言い出したのに・・・」
「最近、古い邦画を見てたら東京タワーが舞台だった。ぼっち、東京タワー行ったことある?」
「東京タワーですか? 無いですね」
古くて赤い電波塔。なんで突然、まさか。
「ここから近いし行ってみたい。行こうよ」
「あんまり興味ないです・・・」
スカイツリーならまだ大きいし新しいしで興味あるなあ。高いから落雷がよく落ちるって映像見たけど、雷が落ちるとこカッコ良かったし。
でもあっちはここからだと遠いんだっけ。
「東京タワー行こうよ。展望台のお金なら出す! 今やってる作業終わらせるモチベーションにもなるから」
うーん。
まあ、今日やることないし。
古い電波塔なら人も少ないだろうしいっか。
「わかりました。これ終わったら行きましょう」
曲の調整を終えて。
さっき話した通りに東京タワーへと向かった。
「おおっ、この高さでも人がゴミのようだ!」
展望台に登ってからも、リョウさんはご機嫌だ。
展望と言いつつも、周りのビルとそこまで変わらない高さ。
新しい高い電波塔が立てられてしまうのも頷ける。
古くなって劣って、本来の用途では使われなくなった赤いタワーに哀愁を感じてしまう。
「見て、ぼっち。謎解きプログラムやってるよ。参加してみる?」
「うぇぇええ。どうせ謎解けないだろうし、私はいいです。ひ、人のプロポーズに責任もてません」
イベントとして、東京タワー内を散策するイベントが開催されていた。
男性がプロポーズの演出として、用意した暗号を元に結婚指輪を探すというもの。
なんで人のプロポーズの責任を負わなきゃいけないんだ。
見つからなかったら後味が悪すぎる。
もし見つかったら見つかったで、プロポーズの熱でメルトダウンしてしまうに違いない。
「東京タワーの神社の御利益に恋愛成就があるし、ここは色んな恋愛ドラマの舞台になってるからこんなイベントやってんのかな」
ひっ、リョウさんの口車に乗せられてキルゾーンに来てしまっていた。
こんなところにこれ以上いられるか! 私は帰らせてもらう!
「相変わらず恋愛ネタ苦手そうだね。なんでそんなにダメなの?」
「えっ・・・」
そんなこと聞いちゃう?
「今さ、喜多に歌詞を頼んでるじゃん。高確率でラブソングが来るんじゃないかと思ってるんだけど、演奏するのにぼっち耐えられる?」
「あ゛~~」
恋愛。
恋愛かあ。
砂糖にスパイス、それに素敵なもの全部。
「私の人生に含まれない概念なんで。光が強くなると闇が深くなるというか・・・。私の暗さが浮き彫りになって無理です・・・」
「ふーん。でも全く興味がないわけじゃないんだよね? 『バスケ部彼氏』のこともあるし」
ぐはぁっ! ギターヒーローの概要欄!
黒い過去が追いかけてくる!!!
「あれはぁっ・・・虚言のことは忘れてください」
「あれ見て、ぼっちも彼氏欲しいんだな、意外って思った」
「ひぃいいいいい! 彼氏なんてできるはずもないのにホラ吹いてすみませぇえん!」
「・・・恋愛ネタ駄目なのってさ。やっぱり自己肯定感が低いせいか・・・あのさ、ぼっち」
なんか神妙な雰囲気。
「なんでしょうか」
「結束バンドが続いているうちは伝える気はなかったんだけど。・・・僕はぼっちに惚れてるよ」
はい?
「えっと、わたしをからかってます?冗談にしては笑えないし。 ほ、本気にしちゃうんで勘弁して欲しいんですけど。もしかしてドッキリですか?」
「そんな不思議なこと?ぼっちは美人だし、スタイルいいじゃん。音楽の趣味もあうし、気があって一緒にいて楽だしね」
わたしが美人・・・なのかはよくわかんない。
おっぱいは目立っちゃうくらい大きいのは自覚してる。
音楽の趣味があって一緒にいて楽なのは共感するところ。
ほ、本当にリョウさん、わたしのこと好きなの?!
今、人生で初めて異性に告白されてる?!
「そ、それだけですか?」
「もっともっとってさすが承認欲求モンスター。それだけで十分じゃん。あと加えて言えばレスポンスが面白いからかな。仲間としてギターの腕も歌詞のセンスもすごいしね」
う、嬉しい。
リョウさんのこと、好きになっちゃいそう。
くっ、心をしっかり持て! 後藤ひとり。
相手はリョウさん!
あのリョウさんだぞ?! 油断すれば身の破滅が待っている!
だいたい、このやりとりが発生してる時点でおかしい。だって・・・
「あの・・・リョウさん、彼女いますよね?」
「いるね」
リョウさんは平然と返してきた。
喜多ちゃんや虹夏ちゃんが、リョウさんの彼女の話を険しい顔でしていた。
関わりたくないから詳しく聞いてなかったけど。
なんか前のバンドの頃からリョウさんのファンだったとかなんとか。
リョウさんがわたしを口説く・・・褒めてくれてるのが本心だとして。
「その・・・彼女と付き合いだしてから・・・惚れてくれたってことでしょうか」
「いやぁ? もっと前からぼっちのこと、好きになってたなぁ」
「え〜〜〜」
どういうこと? 辻褄が合わない。
「別に他に好きな人がいても付き合っていいでしょ。人肌恋しい気分だったし、よくご飯奢ってくれるし」
うわー、リョウさん擦れてるなぁ・・・
「最初に言ったけどさ。ぼっちに気持ちを打ち明けるつもりはなかったんだって。・・・どう? こんなイケメンに好かれて自尊心は満たされた?恋愛が地雷なの克服できそう?」
平然としたドヤ顔をリョウさんはキメてくる。
同じ人間とは思えない図太さ。
「どうって・・・。正直、困惑しかないんですけど。本当に本当なんですか??」
「ひどい。告白したのに信じてくれないなんて」
「彼女いるのに別の子にす・・・好きなんて言っちゃうリョウさんの方がひどいと思いますけど」
「なんか女たらしに感じるね」
「そのまんまだと思いますよ」
リョウさんのことは真面目に考えるだけ損だな、うん。
【餃子の唄】
喜多ちゃんから歌詞が送られてきた。
「こ、これって・・・」
予想した通りにラブソングだったけど、内容は予想を超えてた。
地の果てへと向かう逃避行。
逃げた先でのエロティックな退廃に耽る仕草。
絶対リョウさんとのことだコレ。
喜多ちゃんの願望?
それとも実際の出来事を元にしてるの?
「えらいこっちゃ・・・!」
取り扱いを間違ったらバンド崩壊に繋がりそう。
こんな問題、わたしの手に負えない!
だ、誰かに相談しなきゃ!
誰かに相談しなきゃ・・・って思ってたら、STARRYに早く着いちゃった。
「およ。ぼっちちゃん、今日は早いね。バイトやる気満々だね!」
「あの、そういうわけじゃないです。ちょっと相談したいことがあって・・・。あの、グループチャットの方に上がってた喜多ちゃんの歌詞なんですけど・・・」
「あー、あの危ない感じがするやつね〜」
「虹夏ちゃん、何か知ってます?」
「うーん、ちょっと前に日常のありふれた歌詞も良いよねって話はしたけど。あの歌詞とは合ってないよねえ。わかんないや」
逃避行を示す歌詞。
リョウさん彼女いるのに、喜多ちゃんが浮気相手になってるとか。
「やっぱりリョウさんとのことなんでしょうか」
「うーん、何かあったとは考え難いんだけどな。リョウって音楽にだけは真面目だから、バンドのこと考えて喜多ちゃんに手を出す気は無いみたいだし。これ見よがしに適当な『彼女』、維持してるしね」
「え、リョウさんに彼女がいるのってそういうことなんですか」
リョウさん以外女子のバンドのために、あえて外に彼女作ってるってこと?
「推測だけどね。そこは信用してる。
女の子にだらしがないのは、リョウの好きにすればいいんだけどさ。それはそれとして、お金にだらしがないのは、本当にマズいと思うんだけどね・・・ぼっちちゃんにもたかってない?」
「あっ、この前全部返してもらいましたよ」
返してはくれるんだけど、金欠のときは借りてくるんだよなぁ。
お金を貸すのに抵抗なくなって来ちゃった。まずいかも・・・
「貸してたのは事実かい。アイツめ」
虹夏ちゃんがプリプリ怒ってる。
きっと近いうちにリョウさんお説教されるんだろうな。
「一応返してはもらってるんで・・・お手柔らかにしてあげてください」
「リョウの浪費癖どうにかならないかなぁ。昼食代まで使い込んでるから、いつもお腹空かせてるんだよね」
「リョウさんがよく虹夏ちゃんにご飯分けてもらうって言ってましたね」
「最近はリョウにあげる分までお弁当用意してるからさ。運動部みたいなお弁当箱を学校に持ちこむ羽目になってるんだよ。勘弁して欲しいね」
迷惑かけられて困ってるって話のはずだけど・・・なんか虹夏ちゃん、イキイキとしてるなぁ。
そんなことを話し合ってたら、話題に出していたリョウさんと喜多ちゃんがやってきた。
いつも元気いっぱいの喜多ちゃんの顔色がしょぼくれている。
リョウさんが何かやらかしたのかな。
「喜多ちゃん、調子悪そうだけど、どうかしたんですか?」
「ううん、これは私が悪いの」
「リョウが何かやらかしたの?」
「僕は悪くない。ただ単に曲のことで指摘しただけ」
「ううっ、せっかくいけると思ったのに書き直さなきゃ」
「郁代らしい曲でよろしく。郁代に逃避行は似合わないよ」
「そうだね、このまえ逃避行したのは、リョウとぼっちちゃんだもんね」
「あれは虹夏たちが先にいっちゃっただけ」
日常が流れていく。
このときのわたしはこのままこの延長で、楽しくバンド活動やっていけると思っていた。
永遠に続くものなんてないのに。