虹夏がスマホの電源をONにすると、電源を切っていた間の通知が流れた。
即座に対応しなければいけないことがその中に1件。
リョウ
『受験お疲れ様。早速だけど話がしたい。校門のところいるから』
今日は虹夏の第一志望の受験最終日だった。
連絡のとおり校門の前に行くと、帰宅する受験生に紛れてリョウが壁に背を持たれていた。
「遅い。寒いからそこの喫茶店行こう」
「私、試験受けて疲れてるんだけど! 真っ直ぐ来たんだからね」
リョウはオシャレ重視の薄いコートを纏っている。確かに寒そうに見えた。
相変わらずだな、と虹夏は苦笑した。
リョウはヤレヤレと肩を竦めた。
「受験終わったらバンドに注力するって話だったでしょ。虹夏はわりとせっかちだから、受験終わっての打ち上げなんかより、打ち合わせがいいかと思ったんだけど違ったかな?」
「・・・そうだね。正直なところ、これからのバンドについてはずっと気にしてたからさ。話が早いのは有難いや。さすが女たらしは違うね」
「最悪ヒモで生きていこうと思ってる」
「おい! いつか刺されるからやめときなよ」
最寄りの喫茶店に入って二人は一息つく。
「さて、今更だけど事実の確認。郁代は辞めた。もうバンドメンバーじゃない。それまで積み重ねてきた4ピースバンドの結束バンドは死んだ。・・・まずはその事実を受け止めよう」
改めて言われるとヘビーな事実だなと、虹夏はため息を吐いた。
「フロントマンだったからね。結束バンドといえば喜多ちゃんってファン多かっただろうなぁ」
「そうだね。結束バンドは郁代の成長物語だった。ギターを始めたばかりの素人から始まって、少しずつ技術を上げて、知名度を上げてここまで来たんだ。・・・その積み重ねてきたものがなくなったってこと」
「めずらしいね。リョウが音楽性じゃなくてプロデュースの話するの」
「・・・正直、郁代の件は責任を感じてる。僕としては音楽が楽しめれば良かったから、焦らずじっくりやってきた。まさかこんなことになるなんてね」
リョウは悔恨を滲ませていた。
ざ・はむきたす。
大衆に迎合して良さを潰して崩壊したバンドのトラウマを引きずりすぎたと反省していた。
「結束バンドの音楽が好きだった。努力して成長していく喜多のギタボも、バンドの一員としての演奏技術を身につけて、センスを感じる歌詞を書いてくるぼっちも、皆の歩く道を舗装しようとする虹夏のドラムも好きで、本当にこれからだったのに・・・」
(喜多ちゃんが辞めたの、リョウもかなり引きずってんなぁ・・・)
虹夏も近い気持ちを抱いているので、よく理解できる。
ただ、それはそれ。
いつまでも、くよくよしていられない。
虹夏の夢は結束バンドを有名にして、STARRYを盛り立てる一助にすること。
音楽性にこだわるリョウとは方向性が違ってたが、これで歩調を合わせられる。
・・・そんな風に、無理やりメリットを見つけ出さないとやってられない。
さらに今必要なのは、過去を反省する話ではなく、その先の未来の話だ。
「リョウ・・・今日の話ってのは『喜多ちゃんの代わり』だよね」
喜多の脱退が誰もがショックで、落ち着くまではと後回しにしていた『代わりのボーカル』を誰にするかという問題。
虹夏は遂に切り出した。
リョウも、その問題が最大の問題であるという認識はあった。
「・・・僕はぼっちが適任だと思う」
虹夏は悪くないように思えた。
本人に伝えたように、クリスマスライブの弾き語りも悪くなかった。
ギターを手足のように扱い、背ギターや歯ギターまで可能な彼女であれば、ボーカルでギターのパフォーマンスが落ちることは。
それはそれとして、もっと適任がいるように虹夏は思えた。
「リョウがボーカルってのは駄目なの?」
「ベースボーカルはしんどい。僕がワンマンになって結束バンド潰しちゃうから止めとく」
「・・・はいはい。このヘタレめ」
虹夏は、リョウが昔所属していたバンドでボーカルをしていたことを知っていた。当然、その結末も。二の舞になることを、まだ恐れてるように見えた。
「ぼっちちゃんがボーカルねえ。私は賛成だけどさ、受けてくれるかなぁ?」
「やる気はあるし、歌えるんだから大丈夫でしょ。いい先生の心当たりもあるしね」
「簡単に言うね」
「僕や虹夏はどうなろうと、どうにでもできるけどさ。ぼっちは本気でバンドに将来をかける気でいるよ。だったらさ、成功にしろ失敗にしろ、やりたいこと、やれること全部やった方がいいでしょ」
「そりゃ・・・そっか。人生かけてるんだもんね。バンドリーダーとしては責任感じるや」
「リズム隊としてもだよ? ぼっちがフロントマンをする意味って本当にわかってる? 下手をしたら、お荷物になるのは僕たちだ」
虹夏は言葉に詰まる。
後藤ひとりは虹夏自身もファンであるギターヒーローその人である。
ソロであるならばプロレベルの技術を身につけており、三人の中では圧倒的に上手い。
のびのびとバンド活動してきただけあって、最初に出会ったころに欠けていた、バンド内で合わせる技術も飛躍的に伸びてきている。
ギターヒーローに準ずるひとりが、ギターボーカルとしてフロントマンになる。
ギターヒーローファンとしての虹夏としては歓迎できるが、その演奏にドラマーとしての自分が相応しいのかは自信がない。
けれど飲み込むしかない。
喜多郁代の成長譚は道半ばにして途絶えた。
幕を開けるのは後藤ひとりの英雄譚。
「新生する結束バンドは、ぼっちの歌詞を、世界観を、その声とギターで届けるからね。ぼっちは平凡じゃない。意外とあっさりぼっちは世界に見つかるんじゃないかな。・・・ギターヒーローであることも含めてさ」
虹夏も予感を感じた。
ライブ当日にギターに逃げられたとき。
台風の日でお通夜のようなライブのとき。
ひとりは雷鳴のようなギターの音色を轟かせて、バンドのピンチを名乗りのごとくヒーローのように救ってきた。
虹夏にとって『その日』はすぐ来るように思えた。
そのときに中途半端な実力だったら、自分たちはどう思われるのか。
上等だ、と虹夏は覚悟を決めた。
「うん、確かに。いっぱい練習しないとだね」
虹夏は不敵に微笑んで、拳をリョウに突き出した。
虹夏の夢。
実現のためには、結束バンドが有名にならなければ始まらない。
ハイリスクハイリターンは望むところだ。
「虹夏って青臭いよね」
リュウはダウナーそうに眼を細めた。
「なんだとー! ケンカ売ってんのかー!」
「いや褒めてる。カッコイイし眩しいよ」
リョウも拳を突き出してコツンと合わせた。