学校の授業を終えて疲れ果てた放課後。
いつの間にか喜多ちゃんはいなくなっていたし、そもそも二人だけの秘密のギターレッスンはもう二度と開催されない。
いる意味はないと、早々に校舎から脱出を図ろうとしたところで・・・
校門のところにいた不審者・・・ではなくリョウさんに、わたしは壁ドンをされていた。
「そういうわけで、ぼっち。ボーカルやってよ」
なにがそういうわけなのか、全然わかんない!
ひぃいい! 帰宅中の生徒にすっごくチラチラ見られてる!
とりあえず壁ドンはすぐにやめて欲しい!
リョウさんの顔がすぐそばにあるのは落ち着かない。
微かに漂う男性の香水にクラクラしてしまうし、リョウさんのファンに刺されそうで身の危険を感じる。
「まだ生きていたいので止めてくださいいぃ・・・。逃げないですからぁ・・・」
「そっか、こりゃ失礼」
あっさりリョウさんは離れてくれた。
今の壁ドンも面白半分の気まぐれ。大した意味はないに違いない。
この人はそういう人だ。
「それにしてもボーカルって・・・わたしが喜多ちゃんの代わりにってことですか」
「そうそう。クリスマスライブの弾き語り感動したんだ。もっと聞きたいからボーカルやってよ」
くっ、そんな安い言葉(挑発)なんかに――――
でも、そう言われて悪い気はしない。
普通に嬉しい。
リョウさんは音楽に対してだけは真面目な人だ。
その人がここまでベタ褒めしてくれるんだったら、眠っている才能なんかもあったりするんじゃ。
ギターヒーローならぬギタボヒーローに改名っすか。えへへ・・・
よっ、ニューヒーロー! お前が人間世界遺産!
「わ、わかりました。世界がわたしを待ってるんですね・・・へへっ・・・」
「その返事が聞きたかった! ぼっちが応えてくれるのを見越して、先生をここに呼んでるんだ。出てよ、0号先生」
そう言って、リョウさんはどこへやら手招きしてる。
「先生? あの、知らない人はちょっと。それにわたし忙しいですし」
冷静に考えれば、喜多ちゃんの代役としてギタボなんて無理すぎる。
やっぱりここは強引にでも帰らなきゃ・・・
「ぼっちは今日暇でしょ」
ひ、ひどい! 断言するなんて。
ううっ、帰ってギターヒーローの動画編集しようと思ってたのに!
「待たせたわね! ひとりちゃん!」
いつか見た、白髭博士のメガネを装備した、赤毛の女の子。
「紹介しよう。陽キャ型SNS対応ボーカロイド、もとい結束バンド公式ファンクラブ 0号。以後は彼女に師事するように・・・」
「喜多ちゃんじゃないですか・・・」
喜多ちゃんは何やら可愛いポーズをとっている。
「私は喜多喜多ではないわ! 結束バンドの旧ギタボはもういない・・・というか、合わす顔がないの。ここにいるのは『ぜろごうちゃん』。ひとりちゃんのボーカルの先生よ!結束バンドのピンチを救いに来たわ」
「郁代には公式ファンクラブの運用もお願いした。SNS担当大臣も続投してもらうつもり」
「二重の意味で名前を呼ばないでください!、リョウ先輩! その名前は捨てました!」
「ここぞとばかりに親にもらった名前をなかったことにするね」
「い、良いんですか。お母さんに怒られちゃうんじゃあ・・・」
年末の喜多ちゃんの家出。
最終的に結束バンド脱退へと至った中で、喜多ちゃんのお母さんの信用を勝ち得ることが出来なかったことも要因のひとつ。
だから喜多ちゃんがわたしたちと一緒にいることは、よく思われないに違いない。
そう思ってしまい、あれ以来、わたしは喜多ちゃんとの距離が上手く取れなくなっていた。
「バンドは辞めたし大学進学も決めた。譲歩したんだからこれ以上、お母さんには文句は言わせないわ。
・・・ひとりちゃん。私は嬉しいの。ひとりちゃんが結束バンドのボーカルを引き継いでくれること。そして私がひとりちゃんの先生をできることが!
今までのギターの先生の恩返しをするわね!!(キターン)」
最近の喜多ちゃんは元気がなかった。
それが今は元気いっぱい。
・・・わたしなんかがボーカル。
リョウさんに流されて請け負っちゃったけど、わたしがボーカルをやることで、喜多ちゃんが元気になるならやる価値はある。
そう思えた。
「はい、先生! よろしくお願いします!」
「! フォッフォッフォ、良い心がけじゃ! 早速ボイトレがてらカラオケ行きましょう!」
「郁代。そのキャラ付け何?」
喜多ちゃんに引きづられるようにして、カラオケへと連れていかれた。