ギターができないことを言い出せず、しかしSTARRYにはやって来ていました。
『逃げたギター』ではありません
ゆえに立脚点が『言うべきことを言い出せず大惨事を招きかけた。だからバンドに対して真摯で在りたい』に変化。
そして『一度は逃げてしまった。だから二度は逃げない』という本来の矜恃を持ちません。
あっという間に、わたしがライブをする当日になってしまった。
身体の震えが止まらない。
胸の鼓動は高まる一方だ。
何かしてないとこのまま死んでしまいそうなので、かなり早いけどSTARRYに行くことにしたら。
見覚えのある人がSTARRYへ歩いているのに気づいた。
喜多ちゃんのお母さんだ。
喜多ちゃんの家ってここから10分ぐらいだから買い物か何かかな?
「あら・・・後藤さん」
見ていたら目がバッチリあって認識されてしまった。
最後に会ったときは喜多ちゃんとバチバチにケンカしていたし、今も意向に反して喜多ちゃんにボーカルの先生してもらっているから、めちゃくちゃ気まずい。
「へへへっ、後藤です。ご無沙汰しています・・・」
もしかして喜多ちゃんのことで問い詰められるんじゃあ。
ひぃいいいいい!
喜多ちゃんの貴重な時間をいただいちゃってすみません!
「顔色が真っ青よ? 大丈夫? ちょうどそこの喫茶店で時間潰そうと思ってたし、付き合ってあげるから少し休んでいった方がいいんじゃない?」
「あの、お構いなく――――」
断りかけたものの、調子の悪さを自覚したから、くらりと目眩がした。
「ほら、倒れそうじゃない?! まだライブの時間までだいぶ時間あるでしょ」
なんでライブの時間なんて知ってるんだろ?
疑問になりながらも、喫茶店に連れていかれた。
なんかよくわかんないけど、喜多ちゃんのお母さんが「落ち着くわよ」ってオススメしてくれたハーブティーを飲む。
幼少期に公園で煎じた草の匂いがする。
これがマダム界の香り・・・。
「・・・バンドを辞めさせた郁代の代わりに後藤さんが歌うのよね。弱っているのはそのせいなの?」
「あっはい。緊張してて、へへ。喜多ちゃんから聞いたんですか?」
仲直りできているのかな?
「郁代からは聞いてないわ。・・・結束バンドのことを教えてくれたときにSNSやMV教えていたじゃない? 気になって見ていたのよ」
硬い声。
喜多ちゃんがおうちのことを口にしないと思ってたけど、ケンカ続いてたんだ。
「告知で見たのだけど、後藤さんって歌うの初めてだそうね? どうして伊地知さんや山田さんじゃないのかしら。無理していない?」
どうしてわたしがボーカルなのか。
・・・それはわたし自身がそう思ってる。
だいたいあのSNSの告知には言いたいことがある。
そりゃバンドとして歌ったことはないけど、クリスマスライブで弾き語りしたのに。
なかったことになって『歌声を初披露』って内容になってた。解せない。
え、あの弾き語りが良かったから、わたしに話を持ってきたんですよね? リョウさん?
最初は本当にリョウさんの口車に乗せられただけだった。
「なんでわたしがボーカルなのか、わたしだってわからないです。けどわたしがボーカルを引き継ぐって話になったとき、喜多ちゃんが喜んでくれました・・・」
「そう・・・郁代が・・・」
「そんな喜多ちゃんを見たら、わたしなんかがボーカルをやってもいいって許された気がして・・・わたしがボーカルを任された理由はわからないですけど、わたしがボーカルをやれる理由はそれです・・・」
わたしが描いた『理想の自分』は、ギターボーカルだった。
けど自分なんかがってどうしても思えて、喜多ちゃんが脱退するまで一曲すら自分のボーカル曲なんて用意すらしなかった。
やりたい気持ちは確かにあったのに自縄自縛で踏み出せず。
だから、わたしが歌える理由は『喜多ちゃん』だ。
「お母さんは不愉快かもしれないですけど・・・わたし、喜多ちゃんにボーカルの先生してもらってて、どんな風に歌った方がいいのか、ボイストレーニングのやりかたとか教わってて・・・」
わたしなんかが喜多ちゃんの曲を歌うことを恐れ多いと感じると同時に、憧れた喜多ちゃんに近づける喜びがあった。
「後藤さんは・・・娘のことが好きなのねえ」
喜多ちゃんのお母さんのしみじみと呟かれた言葉に虚をつかれた。
「郁代もね。後藤さんにギター習っていたでしょ。後藤さんギターすごいのってはしゃいでいたわ。・・・仲のいい友達同士だったのね」
喜多ちゃんにギターを教えていて、今は逆に喜多ちゃんに歌のことを教わっている。
喜多ちゃんとの関係は不思議だ。
わたしの大事な友達。
――――でもそのせいで道を踏み外しかけてしまった。
バンドマンが不安定な職業なのは分かっている。
リョウさんみたいに生まれつき地に足つけていない気質だとか。
わたしみたいにギターくらいしか取り柄がない、それ以外に道がない人じゃなければバンドマンに決め打ちなんてやるべきじゃない。
喜多ちゃんは大学進学しない理由を、目標とするわたしが大学進学せずに音楽活動に注力するからと言っていた。
とてつもない罪悪感が伸し掛かる。
喜多ちゃんが思い直して大学進学に切り替えてくれてホッとした。
「うっ、わたしのせいで喜多ちゃんが道を外しかけてすみませんっ」
「いいのよ。貴方は悪くないんだし。・・・後藤さんは話し合いの時も、私の味方をしてくれたわねぇ・・・」
「だって喜多ちゃんはなんだってできるから。可能性を狭める選択肢を取ってほしくないです・・・」
音楽にしか道がないわたしと違って、喜多ちゃんには色んな可能性がある。
何にだって成れる。
好きを見つける天才だ。
わたしなんかを目標にして、それ以外を捨てるなんてもったいない。
喜多ちゃんは手が届かなくても、いつまでもどこまでもキラキラしていて欲しい。
けれど喜多ちゃんのお母さんの表情は暗い。
「元凶の私が言うのもなんだけど・・・引き裂いて申し訳ないわね・・・」
「いえ・・・喜多ちゃんのお母さんが悪いわけじゃないです」
議論の末に、喜多ちゃんのお母さんは音楽活動は認めても、大学進学の放棄は認めなかった。
そこが焦点だった。
・・・喜多ちゃんを繋ぎとめるのなら、結束バンドはもっとかけ足でいるべきだった。
今さら言ってももう遅い。
毎月STARRYでライブをやってきてお客さんも増えてきた。
でも、またまだその辺によくいる学生レベルのバンドのひとつでしかない。
結束バンドが飛躍するにはこれからが大事で。
――――喜多ちゃんは、大学進学前提ならば素人から抜け出た程度の自分では足手まといと断じた。
どんな想いで、辞めることを決断したんだろう。
これまで通りマイペースにやっていけばと、喜多ちゃんの考えに納得はできなかったけれど・・・
結局、喜多ちゃんは辞めてしまった。
喜多ちゃんの先まで、わたしはがんばらないといけないのだ。
喜多ちゃんのお母さんと話していて、その気持ちを思い出した。
「そろそろ行きます。リハもあるので・・・っ。あの、お金・・・」
「娘の友達からお金取るわけないでしょ。応援しているわ」
「あ、ありがとうごさいました。お茶、ご馳走さまでした」
STARRYまでの道を急いだ。
リハーサルの予定時刻が近づいてきている。
歌い出したい気分だった。