喜多ちゃんが使っているギターは形状、色から1959 Gibson Les Paul Junior DC – Pelham Blueと言われています。かなりのレアものだそうです。
そしてレスポールジュニアのヴィンテージギターの相場は安くて50万からで、喜多ちゃんギターは100万オーバーという話も。
STARRYにつくといい時間になっていた。
「遅かったね、ぼっち。なんか機嫌良さそうじゃん。道中で丸まってたら迎えに行こうと思ってたよ」
楽屋にはリョウさんがもう来ていて、気だるそうにペットボトルに口をつけている。
なんとなく辺りを見回す。
喜多ちゃんはいない。
いつものライブ前だったらとっくに現れている時間なのに、赤髪の彼女はいなかった。
最後に激励に来てくれるかな、と思っていたけれど、そういうことはないみたい。
「郁代なりのケジメなんだろうね。もう自分は演者じゃないから舞台裏には近寄らないってことなんだろうさ、つまんないね・・・良し、ぼっちにコイツをあげよう」
リョウさんは傍らのギグバッグをゴソゴソしだした。
あれ? リョウさんがいつも使ってるやつと違うな。
いや、いつものリョウさんのギグバックは反対側にある。
ギグバッグがふたつ?
「はい、これ」
水色のレスポールジュニア。
喜多ちゃんの、ギター・・・!
リョウさんがレスポールのボディを撫でる。
「郁代から返してもらったんだけど、持っていて落ち着かなくてさ。部屋で飾るには郁代の気配がありすぎる。・・・だから、ぼっちにあげるよ」
結束バンドのボーカル、喜多ちゃんと共にあったレスポールジュニア。
放課後の一室で教えて、スタジオで練習して、ライブを駆け抜けた相棒。
水色のギターを持つリョウさんが、なんだか喜多ちゃんに見えてきた。
欲しい!
「く、ください! お金なら払います!」
「そう? じゃあお値段84万円になります」
「た、高い! ぼったくりすぎる!」
お父さんのジュニアじゃないレスポールだって70万くらいなのに!
リョウさんは首を振った。
「お金に困ったときに、郁代に貸してたギターいくらで売れるんだろって確認したら海外で84万円で売られてた」
「マジですか・・・?本当に・・・?」
そして、そのときにリョウさんに売られなくて良かった。
「ま、日本で取り扱いが見つからなかったぐらいのレアモノだからね。『相場』じゃなくてコレクターの言い値って感じだけど」
いくら何でも高すぎる。
でも喜多ちゃんのギター欲しい。
このままリョウさんが持ってたら、喜多ちゃんのベースみたいにいつのまにか売られてそうだし、確保しておきたい!
これはもうやっぱり臓器とか売るしか・・・!
「あ、なんだったら身体でもいいよ」
やっぱり肝臓・・・! それとも腎臓・・・?
リョウさんはゲベゲヘとわざとらしく笑った。
「ぼっちが一晩その身体を好きにさせてくれたら、朝にはレスポールジュニアはぼっちのもの・・・」
「そんなんでいいんですか? それでお願いします!」
84万円がそれだけで?!
「えっ? 意外と僕の好感度高かったりした?」
思った反応と違うな・・・って顔してるリョウさん。
言ったからにはもう取り下げられませんよ!
「いえ、リョウさんのこと、なんとも思ってないですけど。リョウさんってそうゆうこと慣れてそうだから変なことにはならなそうだし。ギターが手に入るなら別にいいかな――って」
「天誅!」「あがっ!」
あ、横で話を聞いてた虹夏ちゃんにリョウさんがぶっ飛ばされた。
ぷりぷり怒ってる。
「ぼっちちゃん、もっと自分を大事にしなきゃダメだよ! 初めては一生に一度だよ?!」
「あっはい。すいません。でもわたしは一生経験することなく終わりそうだから別にいいかなって」
うっ、とんでもない金額をチャラにできるとこだったのに・・・
「もう!リョウもリョウだよ! セクハラだめ、絶対! 普通に縁切るレベルだからね!」
「さすがに冗談だって。つっこみの虹夏がいるってわかって言ったからね。・・・さっきも言ったけど、ギターはぼっちにあげるよ。多分、その方がいいでしょ。お金は・・・そのうち普通のレスポールジュニアぐらいの金額くれると助かる」
「あ・・・そうですか。はい、わかりました」
普通のレスポールジュニアっていくらぐらいだったっけ。
広告収入でなんとかなるかな?
リョウさんに借金するのは、人として終わってる感が半端ないから早く返しておきたい。
いくらかリョウさんにお金貸しているから、少なくともそれはキャンセルしとこう。
虹夏ちゃんは晴れやかに笑っていた。
「良し、喜多ちゃんのギターについて話はまとまったね。そのギターさあ、リョウのやつ、私に押しつけてきてたんだよ」
「虹夏ちゃんの部屋にってことですか?」
前に虹夏ちゃんが、リョウさんが私物を押し付けてくるって愚痴ってたな。
虹夏ちゃんがジロリと見やって、リョウさんはバツが悪そうにする。
「これは喜多ちゃんのだから預かっといてって渡されてたんだよ。
・・・かと思えば、今日もしかしたら飛び入りで喜多ちゃんが復帰するかもしれないから、持ってきてって言われて持ってこさせるし。
オマケにぼっちちゃんにこのギターをネタにセクハラしてるし!」
リョウさん・・・喜多ちゃん復活の可能性もあるって思ってたんだ。
それはそうとフラフラしてて、メンヘラってるなぁ。
アレな人ではあるけど、それでも喜多ちゃん脱退はショックだったんだな。
「郁代は来なかった。だからこの話は終わりだよ」
カッコつけているところ悪いけど、虹夏ちゃんに色々バラされて、リョウさんは顔を赤らめているから締まらない。
・・・リョウさんが期待していたみたいに、ライブ直前に『やっぱり私辞めません!』って喜多ちゃんが現れるのを想像したことがある。
喜多ちゃんはそんな中途半端なことはしないとは思ってるけど、期待するのは止められない。
リョウさんはすっぱり諦めるために、喜多ちゃんから返ってきたギターを私に譲る気になったのかな。
なんだかんだでわたしのものになった『喜多ちゃんのギター』に目を落とす。
これから始まる、わたしがギターボーカルを務める初めてのライブ。
わたしはライブに持っていくギターとして、喜多ちゃんのギターを手にした。
「今日のライブはこれで行きます」
覚悟を込めて先輩たちに宣誓した。
「ちょっと、ぼっちちゃん?! 喜多ちゃんの気持ちを継ぎたいのはわかるけどさぁ。慣れないギターじゃなくて大丈夫なの?」
「大丈夫です」
虹夏ちゃんの心配にはっきりとこたえる。
喜多ちゃんに教えるために直接触ったこともある。
このギターと超えてきた、いくつもの放課後の教室を覚えている。
絶対に、忘れてやらない。
「ぼっち、行けるんだね?」
「はい!」
リョウさんの質問に返した声は、わたしにしては大きくて自分自身びっくりした。
そして始まったライブ冒頭。
虹夏ちゃんのMC。
「こんにちは、結束バンドです。告知していたようにギタボの喜多は脱退しちゃいました。3ピースとなった結束バンドですが、腕を磨き、これまで以上のパフォーマンスを発揮していきます! 」
虹夏ちゃんの少し固めの挨拶の間、観客席を見下ろす。
1号さんと2号さんと一緒に、喜多ちゃんは来ていた。
わたしが持つギターを見て驚いているようだった。
「・・・新生結束バンドの曲をお聞きください! ボーカルはぼっちちゃん! 初めてだからお手柔らかに!『忘れてやらない』」
喜多ちゃんみたいになりたかった。
虹夏ちゃんのカウントに合わせてギターを爪弾いた。
引き継いだ喜多ちゃんのギターは、イメージ通りの音を奏でる。
喜多ちゃんのギターを教えながらした空想。
もし喜多ちゃんがもっと上手くなったら『こういう風に弾くんじゃないか』。
例えハリボテでも嘘でも、今だけは喜多ちゃんみたいに成りたかった。
そして大事なことを忘れそうになっていた。
イントロに乗って歌い出す前にすべきこと。
猫背では声が出ない。
だから。
いつもの姿勢から背筋を伸ばす。
視界にはステージから見下ろす光景が広がって、その中心には喜多ちゃん。
喜多ちゃんに歌声を届けたくて。
――――――声を上げた/吠えた。