人間怖い→そうだ殺そう   作:人間っていいな

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書きたくなった


弱者

 転生というものを皆は信じるだろうか。

 

 曰く、宇宙というのは単一宇宙であるユニバースとそれを含むマルチバースによって構成されているそうだ。

 

 次元だとか並行世界とかそんなものは全く詳しくないが、要は異世界というものは存在する可能性があるということだ。

 

 そこは地球と同じような物理法則が働いていないかもしれないし、生物だっているか分からない。そもそも宇宙という概念があるかどうか…そんなことを考えればキリがない程の未知で溢れている。

 

 面白いよねぇ…え、僕?…そうだね僕は信じているよ。

 

 なんなら確信していると言っても良い。

 

 

 だって、

 

 

 

 

 

「どこだ…ここ…」

 

 

 

 

 

 僕は当事者(転生者)だからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づいた時にはもう森にいた。

 

 見覚えのない暗くて昏い碧、翠、緑。

 

 獣の声がする。

 フクロウが泣いている。

 木々のひしめき合う様子はまるで困惑する己を嘲笑っているかのようだ。

 

 自身の現状を理解するのに数秒を要した僕は更なる違和感を感じる。

 

 身についた感覚に合わない小さな体。

 

 漏れ出た声変わりもしていない高い声に思わず割り箸一本持ち上げられないのではないかと思わせるほどにはか弱い手で喉を抑える。

 

 

「…」

 

 

 どうやら僕は子供になってしまったのだと理解した。

 

 どう言うことなのだろうか。

 

 転生など、本当にあるとは思っていなかった。

 いや、ただ僕の願望が見せている夢なのかもしれない。

 生まれ変わったと、そう思い込んでいた方が幸せだから。

 

 醜悪な大人を知った。

 悪意渦巻く社会を知った。

 自分の無能さを知った。

 夢なんて無いだと知った。

 

 むしろ子供の頃こそ夢だったのでは無いかとさえ思った。

 

 だからそんな世界から抜け出したい一心であの世と繋がる輪っかに首をかけた。

 

 苦しかった。

 最初の落下でうまく首が折れず、激しく鈍い苦痛の中呼吸もできずにもがいていた。

 

 死にたいだなんて思いながら必死に、みっともなく生にしがみついた。

 

 でもそんな矛盾なんて頭には無くて、ただただ死んでも生きても苦痛しかないそんな世界に絶望して。

 

 

 

 ———そして、僕は死んだ。

 

 

 

 だから己が死ぬと理解した直前には心から願った。

 

 生まれ変わるならどうか優しい世界であってくれってね。

 

 けど、どうやらそんな願いもな叶わなかったらしい。

 

 結局社会から抜け出しても僕は人間で、どうしようもなく人間(じゃくしゃ)で、何にもできない無力な存在だった。

 

 この森じゃ生き残れない。意識を取り戻してすぐ、そう悟った。

 

 けれど僕はそれを理解したとき、意外にも何とも思わなかった。

 

 “まあ…こんなもんだよね”

 

 感想なんてそれくらいだった。

 

 口減しか掟破りか。

 

 はたまたそもそも僕以外に人なんていないのか。

 

 死の臭う森に迷い込んだ子供。

 

 生き残る希望なんてあるはずもなく、僕は元々ほとんど見えていないような目を閉じその未来を受け入れる———

 

 

 

 ———そう、しようとした時だ。

 

 暗くて人間の目なんかじゃ見えないはずの視界に一つだけ、いやにはっきりと写るナニカがいた。

 

 人か、動物か、無機物か、それは前世の記憶と合わせてもその時は判断できなかった。

 

 でもこの目にその姿がくっきりと写っている。それだけが、ただそれだけが異様だった。

 

 今思えばその時の僕は死んだ直後だったからかどこか思考が滅裂だったし、そのせいかまともにものを認識できていなかったように思う。

 

 

「———わん」

 

 

 ナニカは、鳴いた。

 

 

 僕が不思議そうにじっと見ているのに気がついていたのか、ソレは何かを発する。

 

 届くはずもない程静かな声で、けれど耳元で話しているかのように頭に響くその鳴き声を聞いて、僕はやっとその正体が分かった。

 

 

「…犬?」

 

 

 イヌ、犬だ。多分。

 

 よく見れば四つ足で、真っ黒な毛のようなものが生えていて、尻尾が揺れていて、何かを待つように地面に座り込んでいる。

 大きさは大型犬をさらに一回り大きくしたくらい。犬にしては大きいのかもしれない。

 

 じっと、さっきの僕みたいにこっちを見ていた。

 

 こちらに寄ってくるわけでも無く、かと言ってどこかへ行くわけでも無く、ただただ腰を上げてじっとしている。

 

 

「ゎん」

 

 

 また、鳴いた。

 

 まるで僕に呼びかけるように。

 

 獣が初めて会った自分に向かって何かを呼びかけていると思うだなんて我ながら変だとは思うが、その時は不思議ととさそう感じてならなかった。

 

 今更だが怖いだなんて思わなかった。

 

 相手は野生の動物だ。

 犬とはいえ野生のものは人を噛み殺すことだってあるだろうに、僕はその時そんなことを考えていなかった。

 

 きっと一度死んでおかしくなったんだろう、って思っていた。

 

 

「わん」

 

 

 三度目、犬は鳴く。

 

 僕はその時には自分に呼びかけているんだなんて思い込んで動き出していた。

 我ながら野生の動物相手に不用心なことだとは思う。

 

 次の瞬間には首を食いちぎられていたっておかしくないのにね。

 

 

 一歩、踏み出した。

 

 ソレは動かない。

 

 二歩踏み出す。

 

 やっぱり動かない。

 

 三歩、四歩、五歩六歩。

 

 やがて自然と踏み出すように近づいてゆく。

 別に死んだって良いや、だなんて思いながら———

 

 

 

「…ぇ」

 

 

 

 そうしてやっと目の前にまで来た時だった。

 

 

 ———その口が大きく開く。

 

 昔パニックホラーの映画で見た、まるで花が咲くように大きく展開された口はそれこそ人間なんて一口でまるのみにしてしまいそうな程だった。

 

 恐怖に一瞬硬直した僕は、しかし腰が抜けて尻餅をついたことでその脅威から逃れた。

 

 だが其処で僕はふと違和感を覚え、己の体の一部へと目を遣る。

 

 ———そこには、無惨に食い千切られ先を失った手首があった。

 

 

「ぁ、あ゛あ゛アアァァァァァッ!!」

 

 

 痛い痛い痛い痛いいたいいたい———

 

 失った手首に燃え上がるような激痛が走る。

 脳が焼け付きそうな程の麻薬が溢れ出す。

 

 非現実的な痛みに、死に際に流れた涙が再び伝うのを感じた。

 

 その叫び声に驚いたのか、犬のような何かは小さな体を震わせると背を向けて何処かへ走り去ってしまった。

 

 どうやらアレは誘っていたわけでも待っていたわけでもなく、ただ此方に怯えて警戒していただけだったようだ。

 手首を食いちぎったのは近づいてきた結果、攻撃される前に牽制したつもりなのだろう。

 

 だがそんなことを気に掛ける余裕も無かった僕は、黒々とした腕の痛みに死という未来を思い浮かべる。

 

 

「(死ぬ…また、死ぬ…)」

 

 

 そう思えば思う程、己の首を硬い縄が締め付けるあの感覚が体を冷やし、死へと近づいている事実を突き付けてくる。

 

 

「———死にたく、ない…死にたくない…ッ」

 

 

 先程までの厭世観などとうに忘れたように、僕は手首を押さえ、あの時と同じようにみっともなく涙を流しながらそう溢す。

 

 そうして、その死から逃げるように何か救いはないかと駆け出した。

 

 暗くて昏い森の中。

 枝と葉っぱで蓋をされた空からやってくる光なんてどこにも無い。

 足元なんて見えなくて、数歩先は真っ暗で、永遠に夜が明けないんじゃ無いかなんて思うくらいには「闇」だった。

 いつのまにか獣の声も消えていて、不気味な程の静寂が辺りに響いていた。

 

 けれどそんなことも気にせず、脚をもたつかせながら我武者羅に走る。

 足は止まらない、まるで自分の足では無いみたいに。

 

 その先に何があるのかも知らないのに、まるで勝手に救いがあると思い込んで、ただ走る。

 

 

 ———そうして、やがて視界は開けた。

 

 

 先程まではこの世に存在すらしないんじゃ無いかと思われた光もほんの少しばかり己の体を照らしていた。

 

 木々に阻まれ触れ合うことのなかったそよ風が頬を撫でる。

 

 けれどやっぱり獣の声は聞こえない。

 

 風と緑の声だけが己を歓迎するようにざわめき立てる。

 

 僕はあたりを見渡した。

 そこには、ハッキリ言って何にも無かった。

 

 道なんかなくて、況してや街灯なんてなくて、森の一部がくり抜かれたみたいにただ木々に囲まれただけの野原だった。

 

 いや嘘だ。一つだけあった。

 

 

「…家?」

 

 

 真ん中に一つだけぽつんと家屋があった。

 

 そこだけまるで別世界みたいで、風景画の上から印刷したイラストをはっつけたような、そんな場違い感があった。

 

 僕は再度辺りを見渡す。

 けれどやっぱり何も無い。

 

 仕方がないからその家へ向かうことにした。

 

 近づけば近づくほどその全貌がハッキリとし始める。

 

 最初に抱いた印象は、小屋である。

 

 それはそれは小さな小屋で、ぶっちゃけちょっと立派な物置きだ。

 こんなところに誰か住んでいると言うのだろうか。

 

 僕は一筋の希望を見つけたようにノックもせずに転がり込んだ。

 

 そんな醜態に、特に誰かの反応は無い。

 

 本来なら入るにしたって家主が帰ってくるのを待つべきだろう。前世なら今の状態でも近所の人間から不審者扱いされていたのかもしれない。

 

 けれどその時の僕は特に何も考えていなかった。

 すぐそばにあった細い紐を見つけ、未だ血の止まらない手首を一心に締め付けた。

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 

 いつの間にか手首の感覚は殆ど無くなっていた。

 襲ってくる獣の気配も何処にもありはしなかった。

 

 僕はそのことに途方も無い安心感を覚え、張り詰めた緊張が解けると共に脱力し、その場に腰を落とす。

 

 そうして蹲るように足を畳み、腕で抱えて顔を埋めた。

 

 

「…何で、僕がこんな目に…」

 

 

 ———その姿は、まるで己の世界に閉じこもった子供のように見えた。

 

 




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