ZAC2100年10月、北エウロペ大陸レッドラスト
夕陽が地面を赤く染め上げ、岩の表面にはっきりとした明暗を描く頃、谷間を駆ける恐竜型機械獣の姿があった。
ヘリック共和国軍のベロキラプトル型ゾイド、ガンスナイパー。
頭から尾まで地面と平行にまっすぐ伸ばした青い胴体をほとんど揺らすことなく銀灰色の後脚を動かし、体高と同じ高さの露岩を軽々と飛び越えると、着地と同時に体全体を沈みこませ、そのまま地面を蹴って走り出す。
「いいジャンプだったよメルブ、次はもっとトリッキーなのをやろうか」
ガンスナイパーの女性パイロット、アリアナ・セレステル少尉はメルブと名付けた愛機に話しかけた。
次にアリアナは切り立った断崖に挟まれた隘路に入り、左側の壁面に向かって愛機を跳躍させた。左後脚で壁を蹴り、右側の壁面に右後脚の爪をめり込ませる。そのまま左右の壁を交互に蹴り上げながら崖の上まで登るつもりでいたが、爪が抜けず右脚が刺さったまま壁を滑り落ちた。左脚で接地した後、壁に刺さった右脚を抜いて体勢を整える。
「おおう、最悪……あ、メルブは悪くないよ。私が無理させちゃった」
隘路から出たアリアナは当初の目的地へと機体を走らせた。
乗機が地面を蹴るたびに赤いベレー帽の縁から垂れた黒い前髪が赤茶色の瞳の前を横切る。
帽子の下では、時間という怪物に十代の最後の城壁を崩されて間もない顔が楽しげな笑みを浮かべていた。高い頬骨に弛みのない尖った曲線の顎、左目の下には青い三本線の刺青が横向きに彫られている。
アリアナは共和国陸軍の独立第3強襲旅団、第86機甲大隊で臨時編成された第3偵察隊に所属している。この旅団は大統領親衛隊と並び称される精強部隊で、最新のガンスナイパーもいち早く配備されていた。
第3偵察隊の構成はガンスナイパー十機。そのうち一機が高性能レーダーと多連装ビームマシンガンを追加した重装備のWW(ワイルドウィーゼル)仕様。コールサインは指揮官
ガイロス帝国軍の大攻勢を撃退して勝利への自信を深めた共和国軍は、膠着した戦局を一気に打開するべく唯一のウルトラザウルスを旗艦として史上最大の砲兵軍団〈デストロイヤー兵団〉を編成、四万機以上のゾイドをもってガイロス帝国軍拠点ニクシー基地への進撃を開始した。
ウルトラザウルスの搭載する1200ミリ砲の威力は凄まじく、最初の砲撃で五千機のゾイドを失った帝国軍は、十機から三十機の小隊、中隊単位で分散しながら奇襲をかける戦術に切り替えた。共和国軍はデストロイヤー兵団を囲むよう同心円状に部隊を配置し帝国軍の襲撃部隊と各地で交戦しながら大陸中部の砂漠地帯レッドラストの大地をゆっくりと進んでいった。
兵団の南西には岩山が立ち並ぶ一帯があった。永い年月をかけた侵食によって生まれた卓上台地や露岩の中には高さ百メートルに達するものもあった。水脈に削られた谷が迷路のように入り組む地形もあり、帝国軍が索敵網を避けて通るには好適な場所だった。
3偵はその地域の偵察を担当していた。場所は防衛線の最外縁であり、いつ敵と遭遇してもおかしくない。この状況で帝国軍電子戦機ゲーター以上のレーダー性能を持つWWガンスナイパーの価値は大きい。高価値目標の喪失リスクを低減するためノーマル機が先行して監視拠点の安全を確保するのは一般的な戦術だった。
(本当に私の言葉分かってるのかな……名前を付けるくらいじゃ変わらないか)
赤みを帯びた岩山の間を縫うように走りながら、アリアナは愛機との関係について考える。
ゾイドに名前を付けると愛着が湧くという乗り手は存在するが、異動や部隊編成の都合で異なる機体に乗ることが多い軍では名付けの習慣は定着していない。アリアナはその珍しい部類に入る一人だった。
──操縦桿だけじゃない、ゾイドは心で動かすんだ。そうすれば相手も応えてくれるぞ。
ロブ基地で出会ったゾイド乗りの言葉が脳裏をよぎる。憧れの英雄と比べて進展しない相棒との関係に、アリアナは顔をしかめて唇を尖らせた。
アリアナは今年三月の士官学校卒業後、第3強襲旅団に配属となった。その後六月、旅団は中央大陸デルポイから増援二〇個師団の一員としてエウロペに上陸した。部隊の受け入れで混乱するロブ基地でアーサー・ボーグマン少佐と出会ったのはこの時だった。
同期は師団長や艦隊司令官などになっているにも関わらず一介のゾイド乗りでいた少佐の感性は、若いどころか少年と見紛うものだった。自然と彼の周りには若い将兵の溜まり場が生まれ、アリアナも暇を見つけてはその中に入って話を聞いていた。
その後七月に起こった帝国軍の攻勢の際、アリアナはロブ基地の地下格納庫で、侵入した単機のアイアンコングPKが百機以上のゾイドを破壊した地獄を辛くも生き延びた。その時、凶獣ゴジュラス・ジ・オーガが傭兵アーバインに心を開いて自らコクピットに迎え入れ、コングを軽く粉砕する光景を目の当たりにした。
それから彼女は、自分もゾイドと心を通じ合おうと乗機をメルブと名付け、積極的に話しかけたり、ブレードライガーの追加装備試験でのアーサー少佐を真似てコクピットに籠ってみたが、三ヶ月経った今も心が通じた実感はない。アーサー少佐でさえ自分の愛機に名前を付けていないことを知ったのはつい先週の事だった。
「ま、絆だって騒ぐのはライガーとかウルフばかりだもんね……気長にやってこうよ」
アリアナはそう言ってコクピット右脇のゾイドコア制御パネルを撫でる。
共和国でパイロットとの絆を重要視されるゾイドはゴジュラス、シールドライガー、コマンドウルフだった。しかし、七十機余りしかないゴジュラスと異なり、ライガーとウルフの配備数はどちらも一千機を超える。数が多く移動の容易な高速ゾイドはマス・メディアへの露出も多く、ライガーに乗って荒野を駆ける楽しさが戦前から盛んに宣伝されていた。こうした報道で獅子や狼の活躍を見て軍隊という罠に飛び込む若者は後を絶たない。
アリアナは世間の流行とは違い、子供のころから恐竜型ゾイドが好きだった。機械化歩兵として旧大戦を戦った祖父から、暗黒大陸の戦場でゴジュラスやアロザウラーに助けられた話を何度も聞かされていたためだった。
乗り組みが決まったガンスナイパーは、アリアナの憧れていた恐竜がスタイルを一新して現れたようなもので、彼女にとってはヒーローだった。ロールアウトがちょうど彼女の任官時期と重なっており、新型機に慣れやすい若い人材を求めた軍の方針もその幸運を後押しした。
ガンスナイパーは帝国軍のレブラプター同様、新技術オーガノイドシステムを導入して小型ゾイドの常識を超えた戦闘力を実現した新世代機だった。待望のゴドス後継として現在も配備数が増え続けている。
やがてアリアナとメルブは目標の岩山の頂上に達した。高さ百メートルはある。同僚の言った通り、監視には好適の場所に思えた。
「3-6から3-1、目標地点に着きました。ここなら全周を見渡せます」
3偵隊長の大尉に無線で報告。
『3-6、敵はいるのかいないのか。地形照合結果も送れ』
大尉の不機嫌な声がベレーの上からかけたヘッドセットを通してアリアナの耳に飛び込んできた。思わず目を閉じて肩をすくめる。
「す、すみません! 周辺に敵影なし、現在位置の地形に変化なし」
慌てて目視とセンサで周辺を確認し、コクピットモニタの部隊共有マップの地形と足元のそれとを照合して報告する。
『確認した。そのまま隊の到着まで周辺を確保して待機』大尉の返答。
「了解、現在位置の安全を確保します」声が震えた。
『それとセレス少尉、帰投したら寄り道について説明してもらう』
「は……い!」通信終了。
スイッチから指を離したアリアナはうつむいてため息をついた。
「センサ範囲から出たと思ったのに、見えてたか」
さきほど壁上りに挑戦した隘路は目的地への最短経路から外れた場所だった。
「こんな時になんでやっちゃたんだろう」
この大尉とアリアナは何かと馬が合わず、頻繁に小言を食らっていた。やがて彼女は大尉と話す時や、近くにいるだけでも緊張して余計に失態を犯すようになっていた。
久々の単独行動で大尉から離れた安心感から羽目を外した遊びが、逃れたかった当の相手に知られたのは大きな誤算だった。
頭の奥が急に熱くなり、視界がぼやけて耳も聞こえづらくなった。子供の頃に親や教師に叱られるとよく味わう感覚だったが、大尉の指揮下に入ってからそれが再発していた。
(死ぬより怖いことなんてないはずなのに、なんで……)
拠点に帰投したら何を言われるかと思うと憂鬱になる。全面戦争の最中にこのような個人的な問題で悩む自分に嫌気がさしてさらに気分が沈む。その不安から身を守るかのように顔を両手で覆い、膝まで屈んで丸まった。
そうしていたのは五秒に満たない時間だったが、メルブが微かに頭部を動かして南西の方角に注意を向けたことにアリアナは気づかなかった。
五分後、大尉が全機を引き連れて到着したことを確認し、アリアナは山を降りた。
「大尉、センサと目視で周辺を監視していましたが現在まで異状ありません」
努めて平静を装いながら現状報告。
『よし、
WW仕様の3-4がアリアナに代わって監視をするべく岩山を登り始める。
3-4がアリアナ機の前を横切る時、パイロットのジョッシュ少尉がコクピットキャノピ越しに彼女に向かって両手を鼻につけてひらひらさせながら舌を出してきた。
「ぶふぇっ」アリアナは思わず噴き出した。
「あの野郎……ありがと」軽く手を挙げて応える。
アリアナの同期ジョッシュ少尉は学校時代からムードメーカーとして班の雰囲気を盛り上げていた。しかし彼が今3偵で唯一のWW機に乗っているという事実は、この男が人を笑わせるだけの人間ではないことを示している。
アリアナが隊長に苦手意識を持っていることはジョッシュ少尉も知っていた。大尉への報告が小隊共有回線だったため、そこから聞こえた声で彼女の気持ちを察して行なった奇襲とも言える芸だった。突然笑わせられて気分の和らいだアリアナはジョッシュに感謝した。やがて彼の機は岩陰に入って見えなくなる。
『3-4、山頂に到着、今より観測を始める』
ジョッシュ少尉の通信が聞こえてきた。
ガンスナイパーWW機のレーダーならば通常のセンサでは捉えられない異状も探知できる。3偵の後方にはこの方面を担当する第3強襲旅団が控えている。旅団主力の到着をもって、この地域に接近する帝国軍を阻止できる体制が整うはずだった。
突然上から爆発音が響き、全員が山頂を仰ぐ。すると上半身を失ったジョッシュ機が黒煙を上げながら岩肌を転げ落ちる様子が見えた。次の瞬間、紅いゾイドが煙の中から飛び出して3偵の頭上を通過、隊のすぐ後ろに着地すると同時に振り返って口を開ける。その中には既に紫色の光球が蠢いていた。
一瞬の出来事に、全機密集したまま唖然として動かない。事態を理解して行動に移すには、時間が少な過ぎた。
『全機散開して包囲──』
大尉の言葉は最後まで続かなかった。敵機の口内から光の奔流が飛び出して彼の視界を埋め尽くした。
地上に太陽が出現したかのような閃光が辺り一面を照らす。照射が終わった時には隊長機を含め六機が消滅、周囲の地形は高熱にさらされ赤熱化していた。
その紅いティラノサウルス型ゾイドを知らぬ者は共和国軍にいなかった。銀色に鈍く光るブレードを備えた頭部。背部に大型スラスター、両側面には体格に不釣り合いなほどの大盾を装備したジェノザウラー改造機。ヘスぺリデス湖追撃戦でブレードライガーをも撃破した魔装竜、ジェノブレイカーだった。
ジェノザウラーよりもはるかに悪化した操縦性と引き換えに得たジェノブレイカーの戦闘力は、荷電粒子コンバータでエネルギーの大部分をチャージしながら跳躍して敵を撃破し、着地と同時に両足のロックを展開して間髪入れずに荷電粒子砲を発射するという芸当を可能にしていた。
生き残ったのはアリアナ機を含めて三機。どの機体も荷電粒子ビームの余波で機体表面が焼け焦げたが、戦闘に支障はない。尾から排熱しながらジェノブレイカーは無機質な目を向けてくる。最初にジョッシュ機を仕留めた膝の大口径砲もまだ排煙を出し切っていない。
『撃てっ、動け! 航空支援を要請しろ!』
3-2とその僚機が前腕のビームマシンガンと背部ミサイルポッドを一斉射撃。無数の光線がジェノブレイカーの機体を叩き、二機合計三十二発の多目的ミサイルが上空に飛び上がる。
「行くよ、メルブ!」
ミサイル発射と同時にアリアナはジェノブレイカーに向かって走り出した。
ジェノブレイカーのすぐ左側に高さ二十メートルの露岩が聳えている。走り出した瞬間に作戦は頭の中で出来上がっていた。距離はごく近い。アリアナは、直線的に疾走する自機と、放物線を描くミサイル群が敵と接触するのはほぼ同時だと踏んだ。
味方ビームマシンガンの射線に割り込み、3-2に怒鳴られるが構わず敵の正面に突撃する。
紅い恐竜の目の前まで来た瞬間、敵は盾の内側から巨大な鋏エクスブレイカーを突き出してきた。すかさず操縦桿を左に倒す。背部ブースターを噴射して左の岩に向かって跳躍。エクスブレイカーの刃を躱し、ジェノブレイカーを真右に見ながら左脚を岩壁につける。即座に壁を蹴って今度は右に跳び、敵の真後ろに出た。着地する直前に味方ミサイルが着弾、背後から爆風と弾片に叩かれてよろめきながら着地する。
「後ろをとったあ!」溜めていた息を大きく吐き出しながら叫んだ。
『無茶をする!』と3-2。勝手な行動を咎めるよりも、感嘆の方が優った声色だった。
ジェノブレイカーのいた場所は黒煙に包まれている。休む間もなく尾部144ミリライフルの発射体勢に移行。格納式照準器がアリアナの眼前に展開する。両脚のストライクアンカークローが地面を刺す。尻尾が直線に固まって砲身を形成し、先端を黒煙に向ける。
射撃管制装置が格闘戦の間合いであることを告げて後退を推奨してくる。無視。今から距離をとったところでジェノブレイカー相手なら瞬時に各個撃破される。これが最後のチャンスだった。
「そこから動かないでいてよ!」
三点バースト。特殊徹甲弾が煙の中に吸い込まれる。
直後、ジェノブレイカーが煙の中から飛び出してアリアナ機に体当たりを食らわせた。跳ね飛ばされて地面を転がり、背部ユニットが潰れる。アリアナもコクピット内で振り回されて強かに全身を打ち付けた。
『畜生!』3-2が毒づいた。
ジェノブレイカーは背部スラスターを噴射して一気に距離を詰め、3-2の胴体をエクスブレイカーで挟んで持ち上げる。そのまま頭部ブレードを展開して残る一機に迫り、正面から頭部キャノピを貫いた。アリアナは意識を失う寸前、3-2が上半身と下半身に両断される光景を見た。最初にジョッシュ機が撃破されてから僅か一分の出来事だった。
(暑い……)
冷房が停止して気温の上昇するコクピットでアリアナは目を覚ました。すぐに周囲を見渡そうとするが激しい左脇腹の痛みに苦悶の声を上げる。肋骨が折れているようだった。額からの出血もあり、乾いた血で塞がった左目の瞼を苦労して開いた。首を動かして周囲を確認する。荷電粒子砲に焼かれた跡は冷えて固まっていた。夕陽は沈んでおらず、戦闘からそれほど時間は経っていない事が分かった。
「メルブ……メルブは……無事?」
脇腹をいたわりながら慎重に右腕を動かし、ゾイドコア制御パネルで状態を確認すると、コアに損傷は無かった。
「良かった……」
ひとまず安堵したアリアナは、3-2の残骸に注意を向けた。切断された下半身の断面からゾイドコアが微かに見える。コクピットでは、上級曹長が開閉機構の故障したキャノピをこじ開けて外に出ようとしている。その隣の僚機はキャノピに大穴を開けて横たわっており、パイロットが死んでいるのは確実だった。
完敗だった。第3偵察隊は敵襲を味方に告げる間もなく全機が大破し生存者二名。紅い恐竜はウルトラザウルス目指して姿を消した。アリアナは座席に凭れて夕空を仰ぐ。同期のジョッシュも苦手な上司も一瞬で消滅した。自分が生き残った実感が湧かなかった。
キャノピを開き終わった上級曹長が地面に飛び降りた。隣の僚機に駆け寄ってコクピットの中身を確認すると、力なく首を振ってアリアナの方へ歩き始めた。
「あんなに素早く動いたのは初めて……メルブが手伝ってくれたのかな」
先ほどの戦闘での動きは、殆んど無意識のうちに実行したもので、彼女自身まだ信じられなかった。死の恐怖を目前にして、乗機との精神リンクに成功したのかと考える。
「メルブ、私が先に行くけど待っててね。すぐ会えるから」
3-2の通信機が生きていれば、上級曹長が救援を呼んでいるはずだった。ゾイドは破壊されてもコアさえ生きていれば、工場で新しい機体に入って復活できる。ただし救難隊が優先するのは負傷者の搬送であり、コア回収は余裕があれば別部隊が行なうものだった。
突然、地面が揺れ始めた。上級曹長が3-2と僚機の間でふらついて歩みを止める。同時に今まで動く気配の無かったメルブが首を上げて3-2の方を向いた。
「……何? どうしたの、メルブ」
急な動きに肋骨を刺激されたアリアナは痛みに耐えながら尋ねる。操縦無しでメルブが勝手に動いたことへの驚きよりも、状況への違和感の方が強かった。
3-2の下の砂地が一瞬盛り上がり、大量の砂埃を上げて地下から巨大な鋏のついた腕が二本飛び出した。鋏は二機の残骸を掴むと砂の中に引きずり込む。上級曹長も巻き込まれて地下に落ちていった。
呆気にとられていると再び砂の爆発が起き、鋏の主が姿を現した。これまでアリアナが見たことのない青い蠍型巨大ゾイドだった。
「サ……ソリ? こんな大型……」
その顔は青と赤の装甲に隠され、何の表情も読み取れない。蠍は右の鋏にひとつ、口にひとつゾイドコアを挟んでいた。砂の中に引き込んだ二機から抜き取ったコアだった。そして蠍は口に咥えたコアを飲み込んだ。金属板を砕いたような咀嚼音を立て、オレンジ色の液体を滴らせながら、蠍はアリアナ達に近づいてくる。
一瞬、帝国軍の残敵掃討かと彼女は思ったが、蠍がゾイドコアを捕食する光景を見て本能的な恐怖が湧いてきた。思わず体を震わせる。
メルブが金切り声を上げながら脚を動かし、起き上がろうとする。
──メルブが怯えている!?
ジェノブレイカーの殺戮は戦争の敵に対する行為だったが、この蠍は違う。今この場を支配しているのはもっと原始的な、捕食者と獲物の関係だった。獲物の立場に立った恐怖が、メルブの自律した行動を呼び起こしていた。その感情が、同じ恐怖を感じる今のアリアナにも痛いほど理解できた。初めてゾイドとの精神リンクが強まり、実際に頭痛が襲ってくる。
「クソ、動け! 起きて、頑張ってメルブ!」
アリアナは操縦桿を必死に動かすが、愛機は横倒しになったまま空しく宙を蹴るだけだった。
やがて目の前までやってきた蠍は、空いている左の鋏を大きく振り上げた。アリアナは恐怖に見開いた眼で天頂の視界をふさぐ鋏を見上げた。
「メルブ、メルブ、ごめん! 私も一緒だから、一緒に──」
鋏に潰される死に様を覚悟した瞬間、キャノピが吹き飛び射出座席が作動した。不意の衝撃で体が座席に押し付けられて脇腹に激痛が走る。五十メートルほど真上に飛んだところでパラシュートが開く。見下ろすと蠍がコクピットに鋏を突き立てたところだった。
着地の衝撃で左脇腹と右腕、左脚に激しい痛みを感じる。射出の衝撃で右腕と左脚を骨折していた。声にならない声で呻きながら横になって丸まったアリアナは、あらぬ方向に曲がった左脚越しにメルブを見た。
青い捕食者は抜き取ったゾイドコアを慎重に鋏で掴み取った。すると両腕に掴んだ二つのコアを後ろに放り投げ、尻尾の両脇に備わった小型の鋏で器用に受け取った。コアを確保した蠍はアリアナには目もくれず砂を掘り始め、地中深く消えていった。あとには静寂だけが残った。
彼女には射出座席を作動させた覚えは無かった。メルブとの精神リンクが強まり興奮していたせいで、自分が脱出できることなど忘れていた。あのタイミングで脱出装置が誤作動を起こしたと判断するのは、彼女の感情が許さなかった。
「メルブ、私のこと分かってたの? だったらそう言ってよ」
仰向けになり、左腕で濡れた両目を覆った。
急な眩しさと爆音に気づいて目を覚ますと、夜空の中でサーチライトを照らしてホバリングするダブルソーダから救難隊員が降下してくるところだった。