ゾイド 隠された遺産   作:shermandd

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第二話 始まりの訪問者

 ZAC2104年1月下旬──北エウロペ大陸ニクシー基地

 

「マスター、次、いつものやつ」

 

 行きつけのパブ〈KFD〉のカウンター席で、共和国陸軍アリアナ・セレステル中尉は気付けのジントニックを空けると、気だるげに注文した。

 店内には勤務を終えた軍人たちが集まっている。外は暗くなって間もなく、これから店が繁盛する時間帯だった。

 

「はいよ、〈モビーディック〉。相変わらず成層圏まで吹っ飛ぶのが好きだな中尉殿」

 

「女に殿は付けなくていい。それに私はそんなに偉くないし」

 

〈KFD〉目玉のカクテルがアリアナの前に出される。グラスを手に取り、中の白い液体を三白眼で睨みつける。氷が揺れて音を立てる。

 照明を受けて光る唇を薄く開けてゆっくりとグラスの縁に口付けし、中身を咽喉へ流し込んだ。

 冷たさと甘みが口内を満たしていく。一寸置いて、強い辛味が咽喉の奥から登ってきた。

 アリアナは大きく目を見開いてから、瞼をきつく閉じてグラスをカウンターに叩きつけ、息を吐いた。中身が少し溢れる。

 

「はあー迎撃成功。サラマンダーバンザイ」

 

 かつて基地を救った巨大翼竜型ゾイドに祝福の杯を上げると、カウンターに突っ伏した。

 

「相変わらずだな。この様子じゃ今夜も五杯撃沈は無理そうだ」

 

 店主が空のグラスを片付けながら笑う。

 

「なにおう、あたしを誰だと思ってる。帝都ヴァルハラでプロイツェンを倒したんだぞう。これくらいどうってことない」

 

 顔を上げたアリアナの頬はすでに紅潮している。目尻の下がった両目が八の字になる。

 

「その話も飽きるほど聞いたよ。実際は自爆だったんだろ」グラスを洗う店主。

 

「うーん、自爆に追い込んだんだ。つまり倒したの」

 

「その隙にデルポイの共和国がやられちまってこのざまだ」

 

「それを言うなあ」

 

 アリアナは突っ伏したまま左右に体を揺らした。

 

 ガイロス帝国が九十年代から建設を始め、西方大陸戦争で帝国軍の一大軍事拠点となったニクシー基地。帝国軍が撤退した後、基地の主人は共和国軍に代わった。

 その後の紆余曲折を経て、現在も共和国駐留軍が維持している同基地の周辺には、戦後復興で一儲けを狙う商工業者や宿泊、飲食関係者が集まりさながらニクシー市といった様相を呈していた。

 エウロペの中小国家群やガイロス帝国の業者との交易まで行われて町は発展し、繁華街は毎晩仕事終わりの人間で賑わっていた。〈KFD〉は特に人気の店だった。

 

 背後のテーブル席から歓声が聞こえてきた。振り返ると、知った顔の下士官ふたりが〈モビーディック〉のグラスを置いたところだった。すでに六杯、テーブルの上に空けられている。第5騎兵旅団所属のコマンドウルフパイロットと砲手だった。

 

「あいつら、調子に乗りやがってえ。マスター、早く二杯目頂戴」

 

 アリアナはカウンターに寄りかかってだらしなく右手を上げた。

 

「諦めた方がいいと思うがな。いつも一杯で潰れちまうんだから」

 

「うるさあい、高速戦闘隊の奴らの無駄に高いプライドをへし折ってやるう」

 

 他の席にいた客がアリアナの左隣に移動してきた。しかめ面で首を回してその顔を見上げる。

 

「負けん気が強いのはいいな、今の共和国軍人に必要とされる資質だ」

 

 濃紺のタートルネックと茶色のジャケット、黒のスラックスを着た男だった。短く刈り揃えた黒髪に薄緑色の瞳、青々とした髯の剃り跡、右眉の上に赤い菱形の刺青、三十代半ばといったところで、健康的な体作りをしている、というのがアリアナの感じた第一印象だった。

 

「褒めてくれるの、ありがとう。今夜私の部屋に来ていいよ」

 

「おまけに社交的ときた、ゾイド乗りらしいな。悪いが宿はもう予約済みでね。それにこれから人と会う約束もしてる」

 

 男は内ポケットからメモ帳を取り出し、頁をめくって腕時計で時刻を確認する。

 

「へえ、それは残念。でも仕事ならしょうがないね、基地司令と大事な話でもするの?」

 アリアナの質問に、男は驚きの表情を見せた。

 

「着いたばかりでね、ここで一息ついてから挨拶に向かうつもりだよ。何故分かった?」

 

 アリアナが左手を伸ばして男の頬に触れた。

 

「夜なのに顔がつるつるだよ、剃ったばかりでしょ」

 

「観察力もある。気に入ったよ」

 

 その時、二杯目の〈モビーディック〉がカウンターに出された。

 

「君のサラマンダーはもう上昇限度に達したようだから、私が引き継ごう」

 

 そう言って男はグラスを掴み、一気に飲み干した。唖然としてその様子を見つめるアリアナ。

 

「確かにこれはきついな、一杯でやめておこう。この分は私が払う」

 

 男は内ポケットから小銭を取り出してカウンターに置いた。

 

「まいどあり」受け取る店主。

 

「あんた……仕事前に酒飲んで平気なの?」

 

「見ての通り強いほうでね。それに砂漠も夜は冷える。少し火照るくらいが丁度いいん

だ」

 

 男はメモ帳をポケットにしまって椅子から立ち上がり、カウンターを離れた。

 

「司令に吐息を嗅がれないよう気をつけなさいよ」

 

「そこまで仲良くはならないよ」

 

 突然、店の外からけたたましい警報が聞こえ始めた。同時に、今まで突っ伏していたアリアナは電流でも走ったかのように勢いよく背筋を伸ばして立ち上がった。

 

「襲撃だ! 出撃だ! 回せー」

 

 椅子を蹴り倒してふらつきながら男を追い抜き、出口へと走る。

 

「ゾイドの飲酒運転か。そんな調子で戦闘に耐えられるのか」

 

「お互い様。転ばないように祈ってて」

 

 そう返しながら彼女は夜の町に飛び出し、紅い顔のまま人波をかき分け探照灯の光芒が上空を交錯する基地へ向かって走っていった。

 

 

 

 司令部施設、格納庫、官舎、兵器工場、研究所、軍港、飛行場に演習場まで抱えるニクシー基地の敷地は都市国家並みに広大だった。通用門の歩哨に身分証を見せて中に入り、自分のガンスナイパーが眠る格納庫に辿り着く頃にはアリアナの息はすっかり上がっていた。

 

「超過勤務ご苦労だなセレス中尉、走ってるうちに酔いは醒めたか?」

 

 ガンスナイパーの足首を点検していた整備長が振り返って言う。

 

「そう思うことにする。で、うちの小隊はもう出たの?」

 

 格納庫シャッターの前で、突き合わせた両膝に両手をのせて息を整えていたアリアナは、顔を上げると鼻息荒く尋ねた。見上げる先には彼女のガンスナイパーWWレドームスペシャルが待機していた。スペシャルとは言うものの、WWユニットからビーム砲を外してレーダーだけを残した仕様はむしろシンプリファイドだと陰で囁かれている。

 現在のアリアナは第86機甲大隊のB中隊第2小隊の隊長だった。

 

「みんなは寮に居たからな。もう全員出ていった。クーパー曹長が指揮してる。点検はしといたから急ぎな。指揮官不在で終わったらかっこ悪いぜ」

 

 整備長はアクセスパネルを操作してガンスナイパーの乗降ワイヤを下ろした。

「ありがとう、敵の詳細は」と言ってアリアナはワイヤの把手を掴む。

 

 外ではディバイソンやカノントータスが慌ただしく通り過ぎ、ダブルソーダが離陸していく。

 

「キメラブロックスじゃない。南に野良ゾイドの群れが現れたそうだ。基地の近くで群れるのは聞いたことないから念の為だと言って旅団長が警報出させたんだ」

 

「そう、なら一先ず安心だわ」

 

「ロブ基地襲撃からこっち、みんなピリピリしてるもんな。慌てるのも無理はない」

 

「キメラ相手だと総力を挙げても足りない位だったからね。武装は?」

 

「ビームマシンガンと腹部ガンは満タンだから好きに撃てる。ミサイルは四発、144ミリ弾は無しだ」

 

 把手の昇降ボタンを押そうとしていたアリアナは首をゆっくり回して整備長の顔を見る。

 

「まだ酔ってるみたい。もう一度言ってくれる?」

 

「聞こえたんなら素面だから安心しろ。ミサイルは背部ユニットにそれぞれ二発ずつで計四発、徹甲弾は品切れ」

 

「〈KFD〉の酒蔵の方が品数豊富に思えるわ、いつものことだけど」

 

 頭を抱えるアリアナ。

 

「この基地を砲撃していた頃と比べちゃいかんよ。この間のキメラ無人機相手にかなり消費したのが響いてるんだ。でも来年にはだいぶ改善されるはずだぞ。ロブ基地じゃZOITECの弾薬工場なんかが出来たらしいからな」

 

「はあ、早く残弾を気にしてなかった頃に戻りたい」

 

 アリアナは昇降ボタンを押してコクピットに乗り込んだ。

 

「ミサイルは他の連中も似たような数だ。徹甲弾は最初に出たクロイソス伍長に一発だけ持たせてる。お前さんが来るかどうか分からなかったからな。ま、野良ゾイド相手なら大丈夫だろ」

 

 整備長が地上から叫んできた。アリアナは手を挙げて了解を示す。キャノピ閉鎖。

 コンソールで起動手順を踏むと、ガンスナイパーが眠りから覚めたように体を震わせ、一歩前に進んだ。

 

「さあて、行くよガンスナイパー」

 

 格納庫から勢いよく飛び出した途端、右から歩いてきたカノントータスと衝突しそうになり、ジャンプしてかろうじて躱す。脚の爪が甲羅を掠めて傷をつけた。

 着地すると今度はステルスバイパーの進路に割り込み、慌てて散る蛇達を掻き分けるように進んだ。

 

「おっと、ごめんなさい!」

 

『馬鹿野郎! 酔っぱらってんのか』

 

 停止したカノントータス小隊から罵声。ステルスバイパーも鎌首もたげてガンスナイパーを睨む。

 アリアナは図星を指されて赤くなった顔で乗機を走らせた。

 

 二つの月明かりの下、先に出撃した部隊の足跡を辿って夜の荒野を駆ける。緩やかな丘陵地帯で、物陰になる低地が多い。既に前方の丘の向こうで爆発の明かりが夜空を照らしている。通信をオンにすると戦闘中の喧騒が聞こえてきた。

 丘の上に立つと、イグアン、モルガ、ガイサック、ヘルディガンナーなど二十機近い野良ゾイドが砂埃を上げながら一団となって向かってくるのが見えた。その周囲を迎撃部隊が取り囲んで並走している。上空にはダブルソーダが飛び回って機銃掃射を加えている。地上ではゴドスやガンスナイパーが行進間射撃を加え、シールドライガーやコマンドウルフが集団に近づいて一機ずつ格闘で撃破していた。

 

 その様子を見たアリアナは顔をしかめた。野良ゾイドが軍事施設に向かって集団で突進をする例など聞いたことが無かった。交信内容から、迎撃部隊も困惑と焦りを隠せない様子がうかがえた。

 

 データリンクを開くと、キャノピ越しに見える味方ゾイドに所属アイコンが重ねて表示される。第2小隊はすぐに見つかった。

 

「2小隊、こちらセレス中尉。遅れてすまない、現在の状況は」

 

 呼びかけながら丘を降り、小隊に加わって野良ゾイドと並走する。

 

『奴ら、会敵すると我々の攻撃を無視して基地に向かって突進を始めました。今のところ七面鳥撃ち状態ですが、反撃する素振りも見せずに全力疾走するだけというのは意外と厄介です。一機ずつ撃っている間にどんどん基地に近づいていますから』

 

 小隊指揮を代行していたクーパー曹長が応える。

 

「行進間射撃じゃ当てにくいけど、地道にやるしかないわね」

 

『まるで魚雷の迎撃でもしている気分です。現在2小隊は二班に分かれて一目標に対して班集中で撃たせてます。ミサイルは既に全機撃ち尽くしました』

 

 第2小隊はガンスナイパー六機とゴドス四機からなる。これを機種ごとに二分して両側から挟撃している最中だった。

 

「残るミサイルは私の四発だけか……どれだけいたのよ」

 

『最初は三十機近くいましたから、これでもだいぶ減らしましたよ』

 

「とりあえず新たに命じる事は無いみたい。このまま続けて。指揮は引き継ぐ」

 

『了解』

 

 曹長との会話中も野良ゾイドは次々撃破されていく。その様子を観察したアリアナは、最初に感じた違和感を強くしていった。

 

 野良ゾイド集団に囲まれて中央を走る一機のモルガが、疑念の原因だった。そのモルガの盾になる位置を走っていたゾイドが撃破されると、射線を遮るように他のゾイドがその位置に着いた。あるイグアンは、上空から機銃掃射が来るたびにその直立姿勢を活かして自らをモルガを守る盾にしていた。

 奇妙な光景だった。全機が反撃もせず自殺的突撃をしているときに、なぜたった一機のモルガを庇うように行動しているのか。

 

「厄介……まるで魚雷の迎撃……」

 

 アリアナは先程の曹長の言葉を口に出して考え込む。不安が増大してくる。

 やがて周囲の野良ゾイドは全滅し、残るは例のモルガだけになった。

 

『手間かけさせやがって、最後は俺がいただく』

 

 騎兵旅団のシールドライガーが、他部隊の面々を睨みつけて獲物の獲得を宣言し、走り続けるモルガに近づいていく。

 

『相変わらずライガー乗りは自分だけ特別だと思ってやがる』

 

 クロイソス伍長がぼやくが、アリアナには聞こえていなかった。

 

「基地へ突撃……魚雷……迎撃」

 

 シールドライガーがモルガの隣まで来た時、アリアナははっとして叫んだ。

 

「そいつから離れろォ!」

 

 同時にビームマシンガンをシールドライガーに向けて全力射撃。ライガーは慌てて回避したが射撃を続け、モルガから離れる方向に誘導する。

 

『貴様何をする!?』

 

『中尉やめてください!』

 

 一斉に怒号が飛び交うが無視して全機に呼びかける。

 

「全員モルガからもっと距離を取れ! これは魚雷だ!」

 

 その瞬間、モルガが閃光に包まれて大爆発した。

 アリアナのガンスナイパーは衝撃波に煽られて転倒した。同時に大量の砂煙が上がって視界を遮る。砂嵐が収まってから機体を起こした。

 

「いたた、結局転んじゃったよ。酒のせいじゃないけど」

 

 すぐに周囲を巡回して味方の安否を確認する。転倒したゾイドが多かったが、深刻な損傷を負った機体は無く、乗員に怪我はなかった。

 爆発に最も近かったライガーは右タテガミ部分にモルガの頭部装甲の破片をめり込ませていた。装甲の無い脚部が傷だらけで、最高速度を出せる状態ではなさそうだった。

 

『中尉、これは一体?』

 

 クーパー曹長が尋ねた。

 

「ゾイドを使った自爆攻撃よ。曹長の言う通り確かに厄介だわ。集団で来られたらどのゾイドが自爆兵器か見分けられないから、必ず全滅させるしかない」

 

 アリアナは嫌悪感を滲ませながら言う。

 

『野良ゾイドを捕まえて爆弾に仕立てるとは、けしからん連中ですな。ネオゼネバスの真似でもしてるんでしょうか』

 

 古参の曹長はさらに深い憤りを隠そうとしない。ゾイドを砲弾代わりに使う戦術は、無人ゾイドも快く思っていない彼のような生粋のゾイド乗りには許し難いものだろうとアリアナは思った。

 

「そういう事。全員警戒して。どこかに有人の指揮機がいるかもしれない」

 

『了解、航空隊にも伝えます』

 

 曹長が小隊を集めて指示を出している間、アリアナは手近の丘に登ってWWレーダーを起動し、不審な動きを探す。

 

「さて、羊飼いはどこにいるのかな?」

 

 野良ゾイドの突撃は単純極まるものだった。物量が無ければ阻止されるのは目に見えている。それでも実行したのは迎撃側の注意を集めて本命を隠すためだとアリアナは睨んでいた。

 

「……素人め」

 

 思わず唇を舐める。すぐに見つかった。

 レーダーの反応は三つ、うち二つはWWガンスナイパーの操作経験がある者なら誰でも知っている電子戦機ゲーターだった。

 

「第2小隊! 北西五キロに敵機発見! 基地に向かってるぞ、全機続けェ!」

 

 そう叫んでアリアナは目標に向かって走りだした。

 

『中尉待ってください、単独では危険です』

『今夜の小隊長やけに猪突猛進だな』

『〈KFD〉から直行だったらしいよ』

『どうりで』

 

 部下たちの会話はアリアナには通じていない。

 

 現地にはすぐ着いた。緩やかな丘陵地帯の低いところを這うゲーターの姿を目視する。

 

「見つけたぁ! 他の奴もすぐに……い?」

 

 アリアナは思わず目を瞬く。見間違えようもない引き締まった体つきの四足歩行動物。

 二機のゲーターに随伴していたのはセイバータイガーだった。セイバーがアリアナのガンスナイパーに気づいて顔を向けた。目が合い一瞬の沈黙。

 第2小隊と騎兵隊が追い付いてきた。セイバーは増援の中にシールドライガーの姿を確認すると、ゲーターを見捨てて退却し始めた。ゲーターもセイバーとは別方向に遁走を始める。

 

「ああっ! セイバータイガーのくせにもう逃げるのか!」

 

 すかさず背部ユニットからミサイル四発を発射。一発は飛翔中に二回転して地面に命中。二発はゲーターを二機とも捉え、沈黙させた。セイバーを狙ったミサイルは回避される。

 

「逃がさない! 2小隊、あのセイバータイガーを追え!」

 

 迎撃部隊はセイバーの追撃に入った。シールドライガーとコマンドウルフも加勢し、部隊は逃亡者を逃すまいと砂埃を上げて走る。

 

 

 

 アリアナは苛立っていた。

 セイバータイガーの最高速度は時速二四〇キロ。対するシールドライガーは時速二五〇キロ。ライガーが食いつけばすぐに自分たちもセイバーを捉えられるはずだった。

 ところが、肝心のシールドライガーが先程のモルガ自爆のダメージで時速二〇〇キロ、ガンスナイパーと同速度しか出せないでいた。

 そのため現在追撃隊で一番速いコマンドウルフが先行していたが、それでもセイバーには及ばず、徐々にその差を引き離され、部隊の射撃も悉く躱されていた。

 唯一の頼みはダブルソーダの航空攻撃だが、敵セイバーは機銃掃射も巧みに躱し、対空射撃までしながら速度を殆んど落とさず走り続けていた。

 

『セレス中尉、このままだと──』

 

「分かってる! こんな時に芋虫一匹追いかけて走れなくなりやがって、役立たずの猫野郎!」

 

 飛行ゾイドで追跡する限り、地上部隊が振り切られても取り逃すことはない。しかしアリアナ達にはそれで安心できない事情があった。

 

『地上部隊、そろそろ境界線だ。当機は残弾無し、現空域で待機する』

 

 上空のダブルソーダから通信が来た。敵は共和国軍の管轄外に出ようとしていた。

 

「了解、行けるところまで行く。ありがとう」

 

 無線を切ったアリアナは、前を行くコマンドウルフと、その向こうを走るセイバーの背中を見て唇を噛んだ。

 敵は間もなく境界線を越える。野良ゾイドを自爆兵器に仕立てた連中を全員捕えることが出来ないのは残念だが、協定を無下にするわけにもいかなかった。

 

 その時突然、遥か前方に去っていたセイバータイガーが爆発して倒れた。

 

『何、どこからだ!?』

 

 部下たちの狼狽をよそに、アリアナはこの機会を逃さなかった。

 

「しめた、追いつける! 行けえ!」

 

 全速で走り、煙を上げて倒れているセイバーに追いついた。

 検分すると、セイバーは正面からビーム兵器を受けて右前脚を失っていた。

 

「この威力、一体だれが……」

 

 射撃のあった方向を見やると、砂漠迷彩のコマンドウルフが走ってきた。

 

『いや、遅くなってすみません。基地外で懇親会をやってたものですから』

 

 アリアナ機のすぐ近くまで来ると、パイロットのインディ・ナイデル一等軍曹が後頭部に片手を置いたような口調で話してきた。

 そのコマンドウルフは、背中にロングレンジライフルを装備したLC仕様だった。ロブ基地の格納庫に放置されていたアーバインの装備を修理したもので、射撃管制装置の復元が出来なかったため砲手が乗り組んでいる。

 

『でも、誰も追いつけなかった不届き者を捕まえたから遅刻はチャラだな』

 

 砲手のディナン・フェレニク二等軍曹が得意げに後に続いた。

 

「……あんた達、第5騎兵旅団のインディとディナン?」

 

 アリアナが声を震わせて尋ねた。

 

『はい、そうです』

『スペシャルな装備の、スペシャルなウルフの二人です』

 

 二人そろって答える。

 

「さっき、〈KFD〉で〈モビーディック〉飲み競争やってたでしょ」

 

『あれ、中尉もそこにいたんですか? 参ったな、実はそのせいで方向音痴になっちまってみんなとは別行動してたんですよ』とインディ。

 

『でも、おかげでセイバータイガーを不意打ちできたよな』とディナン。

 

 笑って戦果を称えあう二人に、アリアナは顔を赤くして叫んだ。

 

「あんた達、境界線の向こう側から撃ってきたってこと!? 領土侵犯でウロウロした挙句、域内で協定違反の軍事行動やってただじゃ済まないわよ!」

 

『ええ、でも中尉も境界線越えてますよ。ほら』

 

 インディが共有マップに境界線と現在位置を送ってきた。

 

「あ……」セイバーと自分が境界線を十三メートル越えている事に気付いて黙りこくるアリアナ。

 

『中尉も酒が入って勢いついちゃったみたいですなあ』

 

「うるさい! これ、どうしようかな……」

 

『そこまでだ。直ちに境界線の外に出ろ。セイバータイガーと乗員は我々が拘束する』

 

 投光器に照らされたアリアナ達の前に、イグアンとウネンラギアが現れた。

 

『何ですかあのゾイド、スナイプマスターの後継ですか』

 

「もうブロックスを使ってる……コネがあると何でも手に入るのね」

 

 ニクシー基地に最も近い都市国家ギアベーンの防衛軍だった。西方大陸戦争前からガイロス帝国とヘリック共和国の間で中立を保ってきたこの国は、小国と侮ることの出来ない力を有していた。ZOITECの技術を独自に入手していても驚くには値しないとアリアナは思った。

 

『セレス中尉、あいつ小さいから力づくで──』

 

「駄目。酔っ払って新たな戦争起こしたら末代までの恥よ。それにブロックスは手強い」

 

 車輌隊が到着し、降車したギアベーン軍の兵士がセイバーのパイロットを引きずり出して身体検査を始めた。

 アリアナは操縦桿から手を放し、座席に凭れて両手で目を押さえた。

 

「終わった……トイレ行きたい」

 

                 

 

 その夜のアリアナは事後処理に追われて、部屋に入るなりベッドに倒れ込んだのは翌朝の午前四時だった。

 幸いこの日は非番だったため、朝十時まで眠りこけた後、シャワーを浴びた。

 冷蔵庫にしまっておいたハムサンドイッチを頬張り、髪を整えるのもそこそこに制服を着て談話室に向かう。そこで出される酸味の強いコーヒーは彼女の好物だった。

 

 廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、昨日のシールドライガーパイロットが立っていた。

 角ばった顎に逆三角形の体型を作っている太い肩肘の大尉。アリアナが密かにアイアンコングとあだ名を付けていた男だった。

 敬礼するアリアナ。

 

「セレステル中尉、ああ、その……昨夜は、俺を撃ってきたのは信じられなかったが……まあ、おかげで助かったし……」

 

 アイアンコングは頭を掻きながら悩み顔で話す。アリアナは立ち止まって彼を見つめる。

 

「助けてくれてありがとう。しかし、俺を役立たずの猫野郎と呼んだのは聞き捨てならん。礼を言ったし、貴官もあの発言を撤回してくれ」

 

 言い終わるとコングは口を真一文字に閉じてアリアナを見つめた。

 

「はあ……」

 

「うむ、ならば良い。失礼」

 

 コングは答礼を忘れたまま踵を返して去っていった。

 

「……不器用な奴」

 

 

 三日後、アリアナは基地司令から呼び出しを受けた。回収された先日の野良ゾイドが並ぶ区画を抜け、ガイロス人義勇兵のレブラプターが通過するのを待ち、司令部建屋に歩いて入る。司令室に着き、深呼吸してドアをノックした。

 

「入りたまえ」

 

 ドアを開けて部屋に入り、敬礼する。

 

「失礼します。86機甲大隊のアリアナ・セレステル中尉、ただいま到着いたしました」

 

 正面を見ると、奥の執務机に基地司令のルシオン中将が、その手前にミニテーブルを挟んで向かい合わせで置かれた応接用ソファの片方に、見慣れぬ男女が座っていた。

 女はガイロス帝国陸軍士官の制服に身を包み、アリアナを見て軽く会釈した。

 次に共和国軍士官の制服を着た男の顔を見たアリアナは敬礼したまま固まった。

 

「よく来たな中尉。紹介しよう、こちらガイロス帝国陸軍のライニスカ・エーゼルフォルン少佐。こっちは我が軍の情報部少佐シャルニエ・ブルーノだ」

 

 シャルニエ少佐の顔は忘れるはずもない〈KFD〉で出会った男のものだった。

 

「しょ……少佐!?」

 

「先日はご活躍だったね。部屋は空いてるかな?」

 

 シャルニエがにたりと笑う。

 

「少佐をナンパとか……はは」

 

 怪訝な顔をする司令と帝国軍少佐をよそに、アリアナは青ざめた顔で立ち尽くすだけだった。

 

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