「なんだ、二人は知り合いか。まあいい、座りたまえ、セレステル中尉」
ルシオン中将がシャルニエ達の向かいの席を指し示した。
「……失礼します」
落ち着きを取り戻したアリアナはベレー帽を脱いでソファに腰かけ、二人と向かい合う。テーブルの上には端末が置いてある。
悪戯っぽい笑みをまだ残しているシャルニエを見て眉をしかめた後、その隣にいる帝国軍のライニスカ・エーゼルフォルン少佐を見た。
外見上は驚くほど若い。アリアナと同世代か、二十歳になっているかも怪しい。透き通るような銀髪は肩のあたりで切り揃えている。瞳も銀色。ピンク色の唇が濃く見えるほどの薄い肌、目はきつめだが威嚇的ではなく、知性と自信を感じさせた。
思わず見惚れていると目が合った。互いに気まずそうに顔を背ける。
「さて、中尉。先日の攻撃への対処はご苦労だった。これまで西方大陸で共和国軍へのテロ攻撃が無かったわけではないが、今度の自爆攻撃は初の事例だった。我が方に死者を出さずに敵の新戦術を知る事ができたのはひとえに君の咄嗟の機転のおかげだ。旅団長も褒めていたよ」
ルシオン中将の言葉にシャルニエも頷く。
「過分なお言葉、光栄に存じます」
アリアナは緊張した面持ちで応える。中将が一介の中尉である自分に礼を言うために呼ぶはずがないと思い、次の発言を待った。
「うむ。そこで、君の更なる貢献を見込んで特別任務をやってもらいたい。私から直々とは大げさと思うかもしれんが、情報漏洩が怖くてね。この部屋に居る者以外には他言無用に願いたい」
そう言って中将はシャルニエに目配せをした。
アリアナは身をこわばらせた。厄介な任務になりそうな予感がする。
シャルニエが説明を始めた。
「私達がここに飛んで来たのは、ある施設へ調査に向かう準備のためだ。かつてガイロス帝国軍がゾイドに関する様々な新技術を開発するために造った秘密研究所だよ」
シャルニエはいったん言葉を切り、アリアナがその言葉の意味を理解する時間を作った。
「知っての通り、ネオゼネバス帝国は
「あの攻撃はネオゼネバスによるものだったのですか!?」
アリアナは驚いて身を乗り出した。
「いいや、違う。わが軍が捕らえたゲーターの乗員は、尋問で〈エウロペ人民戦線〉のメンバーだと言った。ギアベーン市当局が拘束したセイバータイガーの乗員も同じだ。先方に問い合わせて確認した」
ギアベーン側に連行された乗員のその後を知っていることをさらりと明かしたシャルニエの情報収集力に、アリアナは内心舌を巻いた。
「この西方大陸からヘリック、ガイロスの勢力を追い出し、エウロペ人による統一国家を建設しようと主張するグループだ、あまり人気はないが。彼らのような組織にも無人ゾイドを操る技術が流出しているということだ、それも安価な技術がね」
AIによるゾイドの群制御──それを聞いたアリアナの脳裏に、地平線を埋め尽くすほどのキメラブロックス群が押し寄せてくる光景が浮かぶ。これに加えてネオゼネバス以外の国や武装勢力までが、手軽に無人ゾイドの群れを作って戦争するようになるかもしれないと思うと、めまいがしてきた。
「おっと、AIによる惑星滅亡でも想像したかな? とにかく、今は技術力がものをいう時代になっているということだ。ネオゼネバス大勝利の原動力となった技術は、もう彼らだけのものではなくなった。彼ら自身も、技術力で得た自らの優位性を維持しようと必死に研究開発を続けている」
アリアナは頭を振って雑念を取り払った。
「当然、我が国とガイロス帝国も戦局打開を試みながら新技術の研究を行なっている。ZOITECと提携できたのは大きな成果だった。今はそれに加えて、過去の研究記録も片端から漁って使えるものがないか調べているところだ。とくにこの大陸には優れた過去の遺物が多く眠っている。オーガノイドシステムに完全野生体、どれもエウロペ由来の技術だ。それらを研究する施設も無数に建てられた。西方大陸戦争がオーガノイド戦争と呼ばれた
そろそろ本題に入る、とアリアナは思った。シャルニエの隣に座るライニスカも口を結んで微かに姿勢を正す。
「ガイロス帝国は──まあ、主にプロイツェン派だが──開戦前から西方大陸に進出して各地に研究所を建てていた。中には日の目を見ないまま打ち捨てられた所もある。情報部はそういう場所を調べて、取りこぼされた技術がないかどうか確認しているのだよ。今回の任務はその一つだ。あいにくと僻地でね。盗賊や野良ゾイドに襲われないとも限らないから、護衛が必要なんだ」
要は遺跡調査という事かとアリアナは理解した。ガイロス帝国の施設なら、今や同盟国となった同国から同行者が来るのも頷ける。
しかし何故それが秘密任務になるのか、その疑問をぶつけてみた。
シャルニエが答える。
「これについてはエーゼルフォルン少佐も困惑しているのだが、実は
「先日の襲撃……? まさか」
「あのセイバータイガーは、野良ゾイドの特攻が守備隊の注意を反らしている隙をついて基地に突入し、司令部を破壊して中で会談中だった我々を殺害するつもりだったのだ。実行役はただのテロ組織だが、裏で糸を引いている存在がいたことが尋問で明らかになった」
開いた口が塞がらぬまま、アリアナはライニスカの方を見た。申し訳なさそうな表情で口を閉じて俯き、膝につけた両手を握っている。
シャルニエが促すような素振りを見せると、ライニスカは意を決したように顔を上げてようやく口を開いた。
「プロイツェンの策謀から解放されたとは言え、我が国は未だ復興途上にあります。軍の改革も行われていますが、ネオゼネバスを生み出した土壌である派閥文化は一掃できていません。恥ずかしながら、我が軍ではいまだに組織内で誰がいつ何をしたのか、全てを把握できる部署が無いのが現状なのです。それがプロイツェン時代の記録なら尚更……というわけです」
健気にも身内の不祥事を一身に背負って頑張っている雰囲気を漂わせるライニスカを、アリアナは不憫に思った。
「ですから、シャルニエ少佐の言う調査を妨害しようとする一派が何者なのか小官にも分からないのです。襲撃の後初めてその話を聞きました」
ライニスカはここで言葉を切った。
中将が咳払いして言葉を
「そういうわけで、この基地内にもその連中の情報網が入り込んでいる可能性は否定できない。ガイロス人の義勇旅団もいることだし、機密保持に気を遣ってもやりすぎということはない」
ライニスカの前で義勇兵を疑う発言をするとは不謹慎なとアリアナは思ったが、シャルニエが再び説明を始めたためそちらに集中する。
「施設の調査は私とエーゼルフォルン少佐で行なう。護衛はセレステル中尉ともう一機、コマンドウルフを手配して、グスタフで現地に向かう。もちろん人員は私が信頼できると判断した者を選ぶ。人数が少ないと思うだろうが、私はゾイド研究に携わった経験があるし、エーゼルフォルン少佐もコンピュータに詳しい。更なる調査が必要かどうか確かめるだけだからこのくらいで充分だ」
ここでシャルニエはテーブルの端末を開いて西方大陸の地図を表示した。
「目的の研究所はここから南西に下って、ちょうど西エウロペ大陸に入ったところ、マンスター高地にある。グスタフで順調にいけば片道一週間といったところかな。出発は五日後だ。ちょっとした旅になるから準備をしておいてくれ」
「了解しました」
返答したアリアナは、これから忙しくなるぞと深呼吸した。
「話は以上だ。中尉の上司には詳細を伏せて君が派遣任務に就くと通達しておく。あとはそこの二人と協力して進めてくれ。退室して良し」
中将が話を締めくくった。
「はっ、失礼します」
席を立ったアリアナは、ドアの前で立ち止まった。
「最後の質問をしてもよろしいですか?」
中将は一瞬不快そうな顔をしたが、シャルニエが頷くのを見て許可した。
「ガイロス帝国も関わる司令直轄の機密任務に、何故私が選ばれたのでしょうか?」
「シャルニエ少佐が、セレステル中尉は運のいい女だからと言って指名したのだ」
話している中将自身、アリアナと同じく信じられないというような顔をしていたが、シャルニエは自信あり気だった。
その後、アリアナは部下に自身の出張を告げて代行指揮をクーパー曹長に頼み、酒飲みの厄介者が一時的でもいなくなるのが嬉しいとでも言いたげな顔の中隊長に報告をした。現在のニクシー基地では、治安維持活動で兵力の一部が各地に引き抜かれるのが常態化しているから、アリアナが抜けても怪しまれることはなかった。
数日は出発の準備でガンスナイパーを調整したり、荷物をまとめたりした。
シャルニエも準備で忙しいのか、会うことは無かった。
出発の前日、旅に備えて酒保でまとめ買いした日用品を持って官舎に戻る途中、ライニスカ少佐と出くわした。互いに敬礼。
二度目の対面でも、その年齢と階級の不均衡が気になって顔から目が離せない。するとライニスカの方から声をかけてきた。
「あの……よければ、少し話しませんか?」
佐官から誘われるとは初めての経験だが、出発前に同行者の
「はい、喜んで! では、官舎の談話室はいかがですか? あそこのコーヒーは逸品ですよ」
そう言って談話室の方向へ張り切って歩き始めた。
談話室はビリヤードとダーツ付きのカフェテリアになっていて、暇な士官たちの溜まり場といった所だった。ライニスカの姿を見ると部屋の者達が一斉に注目した。義勇軍のガイロス人将兵が訪れることはあまり無いと見えた。
アリアナ達は構わずカウンターに向かい、ブラックコーヒーを二つ注文して受け取ると、周囲に人気のない隅の席へと向かった。その頃にはもう彼女らへの関心は失われていた。
「この、サイフォンで淹れたコーヒーがいいんですよ……少佐もブラックがお好きなんですね。私もストレートで飲む方がすっきりします」
一瞬、アリアナは少佐に対して積極的すぎるのではと思ったが、相手が常識外に若いため馴れ馴れしい態度がつい出てしまう。えい、誘ったのは向こうだし、なるようになれと心の中で開き直った。
「美味しいコーヒーですね。この基地に来て初めてリラックスできた気がします。やっぱりどこかよそよそしい雰囲気で、無駄に緊張していましたから」
ライニスカがコーヒーカップを置いて言った。
「あの戦争が仕組まれたもので今は協力関係だと言っても、変化が早すぎましたからね」
そう応えつつ、アリアナは暗い話題は避けようと頭を絞らせる。
「あの、ところで失礼ですが少佐は……」
周りに聞こえないよう声を潜めたアリアナに対し、ライニスカは慣れっこな様子で質問を聞く前に答えた。
「今年で二十歳になります。入隊は十五歳で、少佐になったのは十七歳の時でした」
アリアナは卒倒しそうになった体を辛うじて腕で支えた。コーヒーカップを持ち上げ、カップの縁越しにライニスカの顔を覗く。カップを置いた時には予想外に大きな音が出た。
「ということは、今まだ十九歳? 凄い……その年齢の私は少尉にもなってなかったのに」
帝国軍はどうなっているんだと心の中で呆れつつ称賛するアリアナに、ライニスカは恥ずかしそうに微笑んだ。
「家柄で
「ああ……」
先の暗黒大陸戦争で最後の激戦となった戦いに、二人も参加していた。アリアナは主戦場からは離れていたが、至る所に死傷者とゾイドの残骸が横たわる地獄を見た。その後の停戦とプロイツェンの反乱、ヴァルハラ市街戦……自分たちが体験してきた壮絶な展開に思いを馳せて、二人はしばらく沈黙した。
互いにコーヒーカップで顔を隠した後、アリアナが話題を変えた。
「少佐はどうしてこの調査に参加されたのですか?」
「帝国の施設を共和国が調べると聞いた本国が、何とか関与しようと働きかけた結果です。何の施設なのか我が国の記録にもないので、一緒に調べることで情報を共和国に独占される事を防ぎたいのでしょう」
帝国の一部以外、両国の誰も知る者のいない施設。出るのは宝か化け物か。おそらく帝国から外交ルートで働きかけがあり、シャルニエも断れなかったのだろうとアリアナは推測した。
「明日からの調査行では、少佐はグスタフで移動を?」
「いいえ、私は自分のゾイドがあるので、それで護衛も担当します」
相手がゾイド乗りと知ってアリアナは喜んだ。さらに質問する。
「そうだったのですか、何のゾイドにお乗りですか?」
「今はレブラプターのパイロットです」
「へえ、私はガンスナイパーです。両国の類似機種が揃うとは、いいチームになれそうですね」
そう言って笑うと、ライニスカもはにかんで頷いた。
「“今は”というと、以前の乗機は何だったのですか? 私はずっとガンスナイパーでした」
「戦時中はジェノザウラーに乗っていました」
「ジェノ──」
頭の中にあの紅い魔装竜の殺戮の情景が蘇った。その後のデススティンガーとの顛末も。
アリアナは絶句した。手が震える。寒気を感じて自分を抱きしめた。
「どうしました、中尉? 具合でも悪いのですか」
顔を上げると、ライニスカが心配そうに見つめていた。その顔はただの少女にしか見えない。まるで女子生徒に気遣われているようだった。
(落ち着け。彼女は関係ない。ただの量産型ジェノザウラーだ。みんな過去の話だ)
深呼吸して十秒数え、残りのコーヒーを一気に飲んだ。
「すみません、見苦しいところを……でも、もう大丈夫です」
ライニスカはほっとした様子で少し背中を丸めた。
「そのジェノザウラーは、今どこに?」
気を取り直したアリアナは思い切って言った。
「あの子はヴァルハラ戦の時、プロイツェンの自爆で……私を守ってくれたんだと思います」
その言葉で、ライニスカとジェノザウラーの関係は充分知ることができた。
アリアナは視界を滲ませる。もう限界が近づいてきた。
「誘っていただきありがとうございました。明日からの調査行、よろしくお願いします」
立ち上がって強引にこの場を切り上げる。閉じた口が震えてきた。
「こちらこそ、共和国軍の方とお話ができて嬉しかったです。一緒に最善を尽くしましょう」
アリアナはライニスカの挨拶を聞き終わらないうちに敬礼して談話室を去った。足早に廊下を歩いて自分の部屋に向かう。
ライニスカ少佐は驚異の才媛だった。物腰は柔らかく、とても実戦経験者とは思えない雰囲気だが、家柄だけでジェノザウラーに乗れるものでもない。実力は相当なものだろう。頼りにできそうだとアリアナは結論付けた。
部屋に戻って施錠したアリアナはドアに寄りかかり、背中を擦りながらその場に座った。
そのまま両膝を抱いて顔を埋める。
ジェノザウラーの話がきっかけで過去の情景がフラッシュバックし、感情を抑えることが出来なかった。
「メルブ……」
そう呟いて瞼を閉じると涙が一筋漏れ出た。
翌朝、起きると早速端末にシャルニエから、出発するから格納庫で待っているとメッセージが届いた。服を着替え、荷物を持って外に出ると、基地は治安維持活動から帰還してきた部隊で混雑していた。格納庫に行くと、シャッター前に赤茶色のグスタフが停まっている。その傍らでシャルニエ達が荷造りをしていた。
「おはよう、連絡が無くてすまなかった。こちらの準備もできたから出発するとしよう」
髯を剃ったばかりの顔を光らせながらシャルニエが言った。
その隣にはライニスカ、初めて見る褐色の女、そしてインディとディナンがいた。
「な……コマンドウルフって、この二人だったの」
「彼らは潔白だよ。情報部のお墨付きだ」
驚きあきれるアリアナに、シャルニエは答えた。
「荒野をさすらう旅人みたいで楽しそうだと思ったんで、快諾しました。よろしくお願いします、中尉」
インディが笑いながら敬礼した。
溜息を吐いたアリアナは、褐色の女の方を見た。右頬に赤い二本線の刺青、快活そうな雰囲気で笑っていた。
「で、そちらがグスタフのドライバーさん?」
「そ、荒野の運び屋ムンベイ。エウロペの業界じゃ少しは名の知れた人間だよ。あたしを選んだこの少佐さんは見る目があるね」
そういってムンベイはシャルニエを肘でつつく。
「輸送手段が民間人で大丈夫ですか」
「ムンベイは軍関係の仕事経験が豊富で口も堅いと評判だ。今回の仕事には最適だよ」
「そういうこと、あたしを見くびってもらっちゃ困るよ。よろしくね中尉さん」
出発の時が来た。アリアナはガンスナイパーを歩かせてグスタフの一番トレーラに載せ、コクピットから降りた。背部ユニットのミサイルは十発、尾部144ミリ弾は三発、整備長に無理を言って確保している。
次にライニスカがレブラプターを二番トレーラに載せた。彼女のレブラプターは他のガイロス義勇軍機と同じく、黒と紫の配色だった。ジェノザウラーに似ていると思うと、またあの時を思い出して寒気がした。
グスタフのトレーラは三台だが、三番トレーラは必要物資の積載に使ったため、インディとディナンのコマンドウルフLCは歩きだった。二人は不満そうな様子だったが、三機のゾイドがローテーションを組んで、二機が荷台で休み、一機が常に護衛として随伴するという方針だった。
インディ達以外はグスタフのコクピットに入った。内部は五人掛けの大型車のキャビンのようになっていた。後部席の背後にはトイレに通じるドアがある。
操縦席にムンベイ、助手席にシャルニエ、後部席にアリアナとライニスカが並んで座った。
「みんな準備はいいね。出発するよ」
ムンベイがペダルを踏むと、グスタフは鼻息を荒げるような音を出して動き出した。コマンドウルフが後に続く。
ゲートから出る直前、ブレードライガーとライガーゼロが待機している区画を通った。
「お、ブレードライガーだ、珍しい。ゼロもこの辺りではあまり見ないね」
アリアナもムンベイの言葉に顔を上げてライガーの方を見る。翻る旅団旗を見ると、ロブ基地からやって来たことがわかった。ライガーゼロの隣に小さな赤いライオン型ゾイドの姿がある。背中にコクピットがあった。それを見たアリアナは表情を曇らせた。
「あのゾイド、確か最新機種だったよね。なんて名前だっけ」
「レオブレイズ」
ムンベイの質問にアリアナはぶっきらぼうに答える。
「そうそう、ブロックス。この基地にも来たんだ。早いもんだね」
時代は急速に動いている。司令室でのシャルニエの話を思い出しながら、アリアナは窓際に頬杖をついて快晴の空を見つめていた。