「あたしは~荒野の~運び屋さ~ん」
「同乗者がいる時も歌っているのかね」
「こんな何も無いところじゃ歌でも聴いてないと退屈で死んじまうよ」
グスタフの車内でムンベイはシャルニエの非難めいた質問を切り捨てて歌い続けた。
アリアナは後部席で窓外の景色を眺めていた。隣のライニスカと話でもしたいところだったが、シャルニエの前で中尉と少佐が気さくな会話をするのは気が引けた。ライニスカもそれは承知のようで、二人は出発から言葉を交わしていなかった。その代わりに饒舌なムンベイが話の種をばら撒いていた。
出発初日の夕方、調査隊はニザム高地に入っていた。ここから先は右手に山脈、左手に平原を見ながら幹線道路を南下して北エウロペ大陸を縦断することになる。道路と言っても地面を均しただけの簡素なものだった。
グスタフは後方五十メートルの位置にコマンドウルフを従えて走行していた。
「この辺りもすっかり変わったね。戦争中は帝国軍の検問があちこちにあって碌に移動できなかったけど、今じゃどこ行くのも自由だ」
ムンベイが歌を中断して話し始めた。
「確かに、ほんの数年前の事とは思えないな。この大陸に何百万人も集まって戦争をしていたとは、今では信じがたい」
シャルニエが応える。
「なに他人事みたいに言ってんの。エウロペにその戦争を持ち込んだのはヘリックとガイロスでしょ。おかげで野良ゾイドがいっぱいで盗賊も増えたし、こっちはいい迷惑だよ」
ライニスカが何か言おうとしたが、黙って下を向いた。エウロペ人同士を戦わせた大国の軍人としては、現地人から文句を言われると反駁のしようが無かった。
「ほう、しかしムンベイ、君は確か戦時中ガイロス帝国軍の輸送業務に従事してたんまり儲けたはずだな」
シャルニエがいかにも困惑しているという態度を見せつけながら言った。
「あたしはそんな事してないよ。共和国には世話になってるもん。お得意様の不利益になるような事は一度だって──」
「プテラスの爆撃から必死に逃げる君のグスタフがガンカメラ映像に映っているんだよ。あれは帝国軍の輸送隊だったね」
「はったりかましても無駄だよ。あたしゃ正直者だから嘘は付かないんだ」
するとシャルニエは
「ちょっと、なに勝手に──」
ムンベイの制止を聞かずにシャルニエが再生ボタンを押すと、正に彼の言っていた映像が再生された。撮影機は、砂漠を走る赤いグスタフを画面の中心に合わせて側面から接近していた。後方からはプテラスボマーが猛爆撃を加えていたが、グスタフは巧みな運転で爆弾を躱していた。やがて撮影機が超低空から機銃掃射を行なったが、これも弾道を読んだかのような急旋回で回避していた。
「見事な回避運動だ。これなら今回も頼りにできるな」
ムンベイだけでなく、アリアナとライニスカも驚きのあまり言葉が出ない。
「疑うならまだある。撮影した空軍パイロットの証言と、帝国軍拠点で報酬を受け取る君の隠し撮り映像のソフトだ。これらは全てロブ基地の記録保管庫から持ってきた物だ」
「分かった分かった。認めるよ。あたしの負け」
そう言ってムンベイは鞄から新たなディスクを出しかけたシャルニエを止めた。
「……用意周到ですね」
ライニスカが呟いた。アリアナもシャルニエの手腕に半ば呆れると同時に怖れも感じた。
「何しろ我が国は史上最大の詐欺に引っかかって領土を失ったのでね。仕事仲間を選ぶ時は用心しているということだ」
シャルニエは得意げな様子で鞄にディスクをしまった。
ムンベイは溜息を吐いてしばらく黙った。
「まったく、冗談の上手い男だねあんた。共和国軍の情報部ってみんなこんな感じなの? ちょっと怖いわ」
「安心しろ。陰湿さじゃネオゼネバスの方が上だ。プロイツェンの真意を最後まで隠し続けた実力は知れ渡っているし、今も一番重要な情報は漏らしてないからな」
シャルニエの言う“重要な情報”が何なのかアリアナにはすぐに分かった。
ダークスパイナーとジャミングウェーブは、全てのヘリック共和国軍人にとって単なる敵の電子戦兵器ではなく、絶対に越えられない壁のようなものだった。
中央大陸での敗北以来、ジャミングウェーブの技術情報を巡って共和国とネオゼネバスの情報機関が世界各地で暗闘を繰り返しているという噂は後を絶たない。それでも共和国が情報を入手したことは一度も無く、現在も本土のゲリラ戦を通して地道に電波情報を収集する方法に頼っている。
敵の電子妨害を気にせずに戦える日は来るのだろうかと思うとアリアナは憂鬱になった。
その日の夜は周囲に
就寝前にはシャルニエの指示で動体探知機をグスタフの周辺に設置し、防犯の備えとした。ムンベイは慣れた方がいいと運転席で、残りの面々は個人用テントでそれぞれ就寝することになった。
アリアナがテントを張っている時、ライニスカが近づいて話しかけてきた。
「セレステル中尉、明日は中尉が護衛の番ですね。同じベロキラプトル乗りとして、ガンスナイパーの動きには興味があるのでしっかり拝見させてもらいます」
そう言ったライニスカの表情は、シャルニエがいない所でやっと自由に話せるというような調子で、アリアナも同じ気持ちだった。
軍のゾイド乗りには程度の差はあれ、ゾイドに乗らない人間を心の何処かで見下す傾向がある。常に尊大な態度をとって上官にも反抗して一悶着起こす人間は少なくない。アリアナはその様なことはしないが、やはりゾイド乗り同士だけの方が話しやすいのは確かだった。
「はい。私も少佐の操縦技術から学べる機会を楽しみにしております。それから……私の事はセレスと呼んでください。皆そう呼んでいますので」
「分かりました。では私はライニー、とでもしましょうか?」
「少佐にそんな呼び方をするのはちょっと……」
「そうですよね。すみません、無理な注文をしてしまって。ではお休みなさい」
ライニスカは悪戯っぽく笑うと去っていった。
その若さで戦争中はどんな活躍をしたのか尋ねたい気持ちもあったが、自身の古傷を抉ることになりかねないと思い、何も言わずテントに入った。
翌朝、アリアナは寝ぼけ眼で青灰色の野戦服を羽織ってテントから出て、三番トレーラに設置された簡易洗面所に入った。洗面台とシャワー室、トイレを備えたコンテナの中で起床後の用を済ませ、トレーラの反対側にまわると髯を剃っているシャルニエに出くわした。
「お早う。初日は思ったより距離を稼げたな。今日もよろしく」
シャルニエは折り畳みテーブルに手鏡と洗面器を置き、泡だらけの顔で剃刀を慎重に動かしていた。
「シャルニエ少佐、髯剃りなら電動シェーバーの方が簡単ではありませんか?」
「髯に関しては古いやり方が何にも優る。青空の下でやるとなお気持ちいい」
「あんた毎朝それをやるつもりかい? 貴重な水の浪費だよ」
ムンベイがやってきて呆れた様子で言った。
「紳士には欠かせない儀式だ。使った分、私の飲料水を減らしても構わん」
「やっぱり情報部は変わってるわ」
そう言ってムンベイは朝食の準備のためにその場を離れた。
朝食を終えたアリアナは洗面所に戻り、顔に化粧水を塗ってささやかな肌の防壁を作った後、赤ベレーを被って鏡の前で姿勢を正した。
「よし。今日一日頑張れよ」
そう自身に呼びかけて、ガンスナイパーの点検に向かった。
するとムンベイがやってきて点検を手伝うと言ってきた。
「遠慮しないの。あたしはゾイドのツボを知り尽くしてるんだ。ちょっと配線を効率化するだけでこの子の潜在能力が引き出されるよ」
ムンベイに押し切られ、仕方なく点検を任せている間、アリアナは後ろの二番トレーラに載っているライニスカのレブラプターを観察した。
黒と紫を基調とした色の機体は両腕に機関砲を、背中に連装ミサイル発射筒を搭載している。格闘特化型として有名なゾイドだったが、射撃兵装無しでは運用に無理があったと見える。
「気になりますか?」
横からライニスカが現れた。顔を洗ったばかりのようで、髪の先端と襟が濡れている。顎から垂れた雫が光った。
「ああ、お早うございます。義勇旅団のゾイドは皆この色ですね。レブラプターと言えば赤というイメージがあったので、その……ジェノザウラーと同じ配色だとがらりと印象が変わりますね」
「以前は特殊部隊向けの塗装で、夜警仕様と呼ばれていたものです。しかしプロイツェンの反乱以降は、全ての機体にこの配色が採用されています」
「へえ。何故でしょうか」
「ヴァルハラ戦の後、改革に伴ってゼネバス色が一掃されたからです。赤色はゼネバスを連想するとして使用禁止になりました。今の帝国ゾイドは大異変前の暗黒軍と呼ばれていた時代の塗装に回帰しています」
それを聞いたアリアナは自身の被る赤ベレーの由来を思い出した。
旧大戦でゼネバス帝国が滅亡した後、第3強襲旅団には多くの元ゼネバス兵が配属され、彼らの活躍が旅団独自の赤ベレー採用に繋がった歴史があった。
「ネオゼネバス建国後もガイロス軍に残ったゼネバス系将兵は全員が身上調査を受けて、退役に追い込まれた者もいます。残留者は皆ガイロスに忠誠を誓っていたのですが……赤は戦犯色だと主張する声までありました。国章の変更要求まで出てルドルフ皇帝陛下が却下した事もあります」
ネオゼネバス帝国の成立後、ヘリックとガイロスに残ったゼネバス系への風当たりは強くなっていた。部族間対立など過去のものとされていた共和国やその他の国でも、ゼネバス人といえば陰謀家というヘイトスピーチが流布していた。
恨みを買いながら祖国復興を強引に成し遂げたネオゼネバスは、同調しなかった在外同胞の現状をどう考えているのだろうかとアリアナは思った。
「まあ、軍隊ってところは面子を気にするから。ヘマやった時の装いを消して忘れたいんだろうね。点検終わったよ」
ガンスナイパーの足の陰からムンベイが出てきた。
「いかにも瞬発力を重視した設計だね。前よりも走りやすくしたよ」
「ありがとう。早速確かめてみるわ」
「これはサービスだから、追加料金はいらないよ。じゃ出発しようか」
ムンベイはグスタフの運転席に向かった。
「何かあったらあなたの隣につきますから、すぐ呼んでください」
そう言ってライニスカもその場を離れた。
コクピットに入ってキャノピを閉じたアリアナは、正面のディスプレイに映り込む自分の顔をまじまじと眺めた。
特に変わった所は無い。しかし、瞳の色は旧ゼネバス系人の特徴を示している。
(もしこの目のせいでクビになったら地獄だな)
準備を終えた一行は出発した。
午前中は特にトラブルは無く、昼休憩の後も順調に走り続けた。
『やれやれ、一日中ここに座りっぱなしかよ。コマンドウルフで走ってる方がましだ。グスタフ用の大型宿泊コンテナがあったろ。なんであれが無いんだよ』
インディ一等軍曹の文句が無線を通してガンスナイパーのコクピットに響いた。
『だったらいつも砲手席に座ってるだけの俺はどうなるんだよ。これしきの事で文句言うな』
ディナン二等軍曹が相棒の愚痴に抗議した。
『あの大型コンテナはもっと大きな部隊やVIP用だ。どう言っても補給師団が寄こしてくれなくてね』
シャルニエがインディの疑問に答える。
『何が一番嫌かって、後ろのトイレだ。何が悲しくて自分の排泄物から二メートルも離れていない場所で過ごさなくちゃいけないんだよ』
『ちょっと! レディーの前で!』
ムンベイが激怒した。
『私は大丈夫です』
ライニスカは笑いを堪えている口調だった。
『そんなに嫌なら、三番トレーラの洗面所のトイレを使いな。そうだ、二つあるんだから男女別に分けよう』
ディナンが最高のアイディアを思いついたような調子で提案した。
『それがいい。なぜもっと早く思いつかなかった。どっちを男用にする?』
シャルニエが真面目に話に乗ってきた。
「まったく、何やってんだか……」
苦笑いしたアリアナは、前方のレーダーディスプレイを確認した。今のところ不審な影は無い。
グスタフとガンスナイパーは変わらずニザム高地を走っている。雲一つない快晴の空に照らされ、荒野の向こうにそびえる山脈の岩肌がよく見えた。
ガンスナイパーの走行時の揺動は以前よりもかなり抑えられていた。試みに露岩を飛び越えてみると、着地時に感じる衝撃がまるで羽毛布団に飛び込むような静けさに変わっている。ムンベイの腕は本物のようだった。
しばらく行くと左手の地面が急に途切れた。断崖絶壁に沿って道が続いているようだった。アリアナの前方を行くグスタフは崖に近づいていく。
『皆様、左手をご覧下さい。レッドラストの絶景です』
ムンベイが添乗員の真似をして呼びかけた。
『ここからの眺めが素晴らしいんだ。退屈しないよ』
崖下から向こうは地平線の彼方まで続く大砂漠だった。青空と赤みを帯びた砂漠のコントラストが眩しい。
現在位置はニザム高地とレッドラストの境界だった。
アリアナは背筋を伸ばして操縦桿を握る手に力を入れる。何も考えずにレッドラストを素通りすることはできなかった。
任官から半年で参加したデストロイヤー兵団の大攻勢と、ジェノブレイカーとデススティンガーとの遭遇。思い出したくない出来事だった。その時の心的外傷は今も残り、ライニスカと談話室で話した時のように動揺することがある。デススティンガーの話題なら尚更だった。
ムンベイが話を続けた。
『しかしこの不毛の砂漠で良く戦争が出来たもんだね。人が住める所じゃないよ。それなのに最後はデストロイヤー兵団まで持ち出してきてさ。海の向こうの国は凄いと思ったよ。あたしは千キロ離れた所にいたんだけど、それでも爆発音が聴こえたもん。あんなものどうやって造ったのさ』
『知らんな。情報部でも変人が設計したという噂しか掴んでない』
突然砂煙が上がり、グスタフが急停車した。
すぐに追いついて傍に寄ると、陥没した地面に車輪を取られて傾き、動けない状態になっていた。
「一体どうしたの、ムンベイ?」
『地下から何かがぶつかってきた。当分動けないよ』
すると馴染みのある蛇型ゾイドが地面から飛び出してきた。
「ステルスバイパー!」
アリアナはすぐにビームマシンガンを発砲した。上半身を地面から立てたバイパーは数発被弾して地中に逃げ込んだ。素早い反撃に惑わされて狙いを外したバイパーの機関砲弾はグスタフの堅い装甲に弾かれ、後ろのレブラプターとコマンドウルフには当たらなかった。敵が潜った地面への射撃を続けながらアリアナは叫んだ。
「今の内に搭乗して、早く! 他にもいるかもしれない」
『急いでよ。こっちは完全にカモなんだから』
ライニスカとインディ、ディナンがグスタフから降りて自分のゾイドに向かって走る。擱座の衝撃で横倒しになり、コクピットに登る手間が省けたレブラプターが最初に戦闘態勢に入った。
『準備できました。セレス中尉が指揮を執ってください』
「私でいいのですか」
『これは共和国の調査隊ですから、私は少佐でもただの客人です』
そう言いながらライニスカはレブラプターをアリアナ機の横に付けてきた。歩き方は滑らかで、操縦の癖を細かく拾う個体だという印象を受けた。
「分かりました。私と少佐が一緒に敵に当たります。インディ達は後方から援護できる位置を維持しながらついてきて」
『そんな事言ったって、敵の居場所が分からないのに孤立するのは嫌だぜ』
『火器管制装置の動作確認ヨシ』
『おいディナン、今回すとバランスが崩れるだろ』
インディの抗議に構わず、ディナンはロングレンジライフルを回転させる。背中の人間の勝手な行動に、コマンドウルフも唸り声をあげて不快感を表した。
『この辺りかな』
ディナンがロングレンジライフルを地面に発砲した。すると爆発と共にバイパーが飛び出してきた。
『当たった! すげえ』
『なんで分かった』
ディナンの歓声をよそに、バイパーは地面を滑ってコマンドウルフの足に噛みつこうとする。レブラプターがその胴体を踏みつけて爪を刺した。
『逃がしませんよ!』
「それは駄目です! 離れて少佐!」
アリアナが叫ぶや否や、バイパーは長い尾を持ち上げて輪を作り、レブラプターを巻き込もうとした。ラプターは刺した爪を抜いて素早く下がり回避する。獲物を地下に引きずり込めなかったバイパーはそのまま潜っていった。
『助かりました、セレス中尉』
「気を付けてください。地中からの奇襲は共和国ゾイドの十八番ですから」
『分かっています。対策も知っていたのですが、つい興奮してしまって』
「とにかく動いてください、止まったらカモです。インディ、ついてきて」
『了解』
足元に気をつけながら散開するが、レブラプターはその場から動かなかった。
「ライニスカ少佐? どうしましたか?」
立ち止まって振り返ると、周辺に砲撃が降り注いだ。辺りが爆炎と砂埃に包まれる。
「今度は何!」
見ると前方──グスタフの道路から見て右側の荒野からゾイド部隊が現れた。
イグアン四機、ヘルキャット二機、後方にヘルディガンナー一機、そしてブラックライモス一機の集団だった。
「グスタフ一輌襲うには結構な陣容じゃないの!」
アリアナは舌打ちをしてヘルディガンナーの狙撃を躱した。
ガンスナイパーとコマンドウルフは攻撃に晒され、必死に回避を続ける。反撃に転じようにも、地下にステルスバイパーがいる状況では思うように戦えない。このままでは負けると思った瞬間、レブラプターの立ち姿が視界に入った。
ラプターの周囲にも着弾がある。しかしライニスカは動こうとしなかった。
「少佐! 何ぼうっとしてるんですか! 危険です」
『もう少し待ってください』
「待つって何を!?」
苛立ちながらビームマシンガンを撃ち続け、背部ミサイルを二発発射して一部の敵に回避を強要する。
『見つけた』
突然レブラプターが走り出して跳び上がった。ガンスナイパーの背後に着地すると、同時にステルスバイパーが地下から頭を出した。ラプターはその首を前腕の爪でがっしりと掴んだ。そしてバイパーが胴体を回すより先に背中のカウンターサイズまで首を持っていき、切断した。頭を失った蛇の体は力なく地面に横たわった。
『危ないところでしたね中尉。これで地上の敵に専念できます』
前方からイグアンが迫っている。
『私が前衛になりますから、セレス中尉は援護して下さい』
「少佐、どうやってバイパーの位置を知ったのですか?」
『足の裏で振動を拾ってました』
それが彼女の言っていた対策だとしたら、帝国軍には真似できる人間は少なそうだとアリアナは思った。
『ヘルキャットが廻りこもうとしてる。こっちは任せろ』
『派手に動かないでくれよ。背中で揺さぶられる身にもなってくれ』
『唯一の中型ゾイドが頑張らなくてどうするんだよ』
口論を交わしつつ、インディ達は機動力のあるヘルキャットの対処に向かった。
四足歩行高速ゾイドの中では最古参の部類に入るヘルキャットはコマンドウルフに敵う性能ではなかった。ウルフは一機に飛びかかって押さえつけ、もう一機を主砲で撃破した。爆発が収まらない内に、踏みつけた機体のコクピットを爪の一撃で潰すと、敵の後方で射撃するヘルディガンナーとブラックライモスに向かっていった。
コマンドウルフへの対応に追われて支援射撃がおろそかになった隙に、アリアナとライニスカはイグアン部隊に突進した。
レブラプターはイオンチャージャーを光らせながら敵の只中に突っ込み、一機目の胴にカウンターサイズの切っ先を突き刺した。コアを貫かれたイグアンが両腕をだらりと下げて倒れた時には、既に二機目の首が宙に飛んでいた。次にラプターは大きくジャンプして三機目の背中を足の爪で刺すと、それを踏み台にして再び跳び上がり最後の一機を蹴り飛ばした。仕上げに倒れたすべての敵機に機関砲を撃ち込んで止めを刺した。
(凄い……)
あまりの早業に援護する暇も無かったアリアナは呆然と立ち止まっていた。
『もう主導権はこちらにあります。早くコマンドウルフの支援に向かいましょう』
「は……はい!」
開いていた口を塞ぎ、慌ててレブラプターの後を追う。
コマンドウルフの元に向かうと、すでにヘルディガンナーはロングレンジライフルに撃ち抜かれて炎上しており、ブラックライモスとの一騎打ちとなっていた。
ライモスは角を突き出して突進を繰り返していた。機動性に勝るコマンドはそれを悉く回避していたが、重装甲の割に速度の速いライモスはすぐにコマンドに追いつくため、主砲の照準を定める隙を作れないでいた。
その状態も背後から増援が来れば終わりだった。アリアナはガンスナイパーを狙撃モードに移行させる。
「ブラックライモスの装甲は生半可な攻撃じゃ破れない。動きを止めたら一斉に撃ち込んで」
『了解。早くしてくれ』
照準を完了したアリアナはスナイパーライフルの引き金を引いた。
走行中に側面から右前脚に徹甲弾を受けたライモスは転倒してひっくり返った。
「今だ! 全機撃ちまくれ」
無防備に晒された腹部にロングレンジライフル、ラプターの機関砲、ガンスナイパーのビームが一斉に放たれてブラックライモスは爆発炎上した。
「全員、怪我は? 異状ない?」
『闘牛士の真似事をやって疲れたぜ』
『……』
「ライニスカ少佐? 大丈夫ですか」
『私も、大丈夫です』
とは言うものの、その声は激しい息遣いの合間から辛うじて出しているようだった。
周辺を見渡すと、至る所で炎と黒煙が上がって日差しを遮っていた。
『つい十分前は風の音しかなかったのに、一瞬で台無しだね』
ムンベイが呟いた。
その後、擱座したグスタフを全機で牽引して穴から出し、各機の損傷個所を点検した。
グスタフの装甲にはブラックライモスの電磁砲が直撃していたが貫徹は防いでいた。
「グスタフの装甲を舐めるんじゃないよ。デスザウラーと比べても遜色ないからね」
ムンベイは大きな焦げ跡の付いた装甲を自慢気に叩いた。
「簡単な仕事だと思ったのにこんな事になるなんて。終わったら報酬きっちり上乗せするって、あの情報屋に伝えなきゃ」
そのシャルニエは拳銃片手にインディとディナンを従えて敵部隊の残骸を見て回り、生存者を捕らえてグスタフの傍へ連行していた。
アリアナは三人に見張られて歩く捕虜から、レブラプターに視線を移した。丁度コクピットからライニスカが降りてくる所だった。ムンベイもつられてそちらを見る。
「あの帝国のお姉さん、大した腕だったね。ステルスバイパーを出待ちなんて初めて見たよ。それにイグアン分隊の血祭り、あの仕事の速さったら何」
「……そうね」
ライニスカはレブラプターの格闘能力を存分に活かしており、人機一体というにふさわしかった。
(今の私じゃ彼女に見せられる所なんて無いな)
その感慨は、昇降ワイヤで地面に降りたライニスカがふらついて尻もちをついた事で打ち切られた。
「あ、少佐!」
「無理してたみたいだね」
アリアナはライニスカの元に駆け寄り、彼女の後ろに膝をついて肩を支えた。
「平気です。ちょっと立ち眩みがして……」
「少し横になった方がいいですよ」
「本当に大丈夫です。実戦は久しぶりだったので感覚を掴むのに手間取っただけです」
「無理はしないでください。キャビンまで運びます」
ライニスカの肩を掴んで立たせようとする。
「レブラプターでこんなに疲れるなんて、随分なまりました。ジェノブレイカーに乗った時に比べれば、全然大した事ないのに」
その言葉を聞いて、肩を掴む手に力が入った。膝を折って座り込む。ライニスカも引きずられて元の位置に戻った。
「中尉、どうしました?」
呼吸が速くなって視界も狭まり、顔を両腕の間に沈めたまま動けなくなった。今度はライニスカの方が心配そうに声をかけてきた。
「ジェノブレイカーに……乗った事が、あるのですか」
体を震わせながら辛うじて言葉を発した。
するとライニスカが手を握ってきた。俯いた顔を上げると、彼女は一瞬驚き、すぐに哀れむような表情になった。よほど恐怖に歪んだ顔だったらしい。
「機種転換の適性検査で一度だけ。精神汚染を受けて不適合でした」
目を合わせたままライニスカは前髪を片手でかき上げた。額の左側、生え際に近い位置に紫色の痣があった。
「戦争中、一番怖かったのはジェノブレイカーのコクピットです。私が私自身でなくなる程の振舞いをしたのはあの時だけでした」
そう言って両手でアリアナの手を握り、しばらくそのままでいた。
「もう、大丈夫です。申し訳ありません。またこんなことに……」
何とか落ち着いたアリアナは目を擦った。
「私達、お互いあのゾイドには苦労させられたみたいですね」
「二人共、何遊んでるんだい。シャルニエが呼んでるよ」
二人は立ち上がってムンベイが呼ぶ方向へ歩き出した。
「捕虜はグスタフで連れていく。今夜中にトラキニア市に着くから、そこで当局に引き渡す」
跪いた襲撃隊の生存者六人を前に、腕組みをしたシャルニエが言った。負傷者もいたが、歩けない程の怪我ではなさそうだった。
「厄介な客が増えちまったね。どこに載せる気だい?」
「三番トレーラの空きスペースがいいだろう。走行中は私が監視する」
アリアナはシャルニエの態度が気になった。その表情にこれまでのような余裕はなく、部下としての振舞いをしないと怒鳴られそうな雰囲気があった。
続いて捕虜の顔を見ると目が隠れるほどに瞼を腫らした者や、頬に痣を作った者がいた。その彼らを冷たい目で見ながら大股で右左に歩くシャルニエを見て、アリアナは第二次全面会戦の時、捕虜になった帝国軍兵士を殴った大佐を思い出した。
その時と同じ構図に不安を覚えたアリアナは、シャルニエと一緒に捕虜を運んでいたインディ達を見た。二人は視線に気づくと肩をすくめた。睨みつけるとディナンが困った顔をしてシャルニエを顎で示した。それで何があったのかはある程度理解できた。
「分かった。砂で汚れても文句は言わないでよ。それにしても、こいつら何者なんだい? 普通、盗賊は軍隊を狙わないと思うけど」
ムンベイが質問した。
「エウロペ人民戦線の連中だ。外国勢力の排除でもしたかったんだろう」
シャルニエの応えにアリアナとライニスカはびくりとして顔を見合わせた。人民戦線がこの調査行を妨害する一派の実行役としてニクシー基地を襲ったという話は、二人とも鮮明に覚えている。
シャルニエはインディ達に命じて捕虜を三番トレーラに登らせると、全員に呼びかけた。
「ローテーションは無しにして、全機護衛についてくれ。準備が出来たら出発だ」
ムンベイとインディ達はそれぞれ自分のゾイド目指して去っていった。
「シャルニエ少佐!」
アリアナはトレーラの奥に行こうとしたシャルニエを呼び止めた。
「なんだね、中尉」
「トラキニアまで私とライニスカ少佐も一緒に監視します。六対一では不安ですから」
「聞いてなかったのかね。そうすると護衛がコマンドウルフ一機になってしまう。また攻撃されるかもしれないから全機で警戒した方がいいと思うが」
この任務が始まって以来初めて、教科書通りの上官と部下の問答をしている気分だった。
「では、私だけでもお願いします。レブラプターが頼りにできるのは先の戦闘で証明済みですから、ガンスナイパーがいない位なら問題ありません」
シャルニエは溜息を吐いて頭を掻いた。
「分かった。そこまで言うなら立ち会うといい」
「では銃をとってきます」
「捕虜は全員荷台に繋いで拘束する。私の拳銃で充分だと思うが」
「捕虜の管理では常に万一の事態を考慮するべきです。一人の監視者に武装が集中するのは危険です」
「確かに、奪われた後のリスクを考えると一理あるな。いいだろう、持ってこい」
「ありがとうございます」
敬礼するとシャルニエの答礼は見ずにガンスナイパーへ歩き始めた。
「セレス中尉、急にどうしたのですか?」
ついてきたライニスカが声を潜めて尋ねた。
「人民戦線が襲って来たということは、ニクシーの時と同じ可能性があります。その事を知っているのは私とあなた、そしてシャルニエ少佐だけです。捕虜の様子を見ていると、今のシャルニエ少佐を一人にするのは危険な気がするんです」
「それは、どういう意味ですか?」
アリアナが自分の頬を殴る仕草をすると、ライニスカは唾を飲みこんだ。
「……分かりました。走行中に吹き曝しは危険ですから気を付けてください」
「あなたもイオンチャージャーは安易に使わない方が健康の為になりますよ」
ライニスカは頷いてレブラプターに向かった。
待ち伏せを怖れて時速百キロで走行していても意外と振動は少なかった。路面のおかげか、トレーラのサスペンションが優秀なのか、どちらにせよ立ったままでも楽なのはありがたかった。洗面所コンテナとその他の貨物に挟まれた部分にいるため、風の影響も受けていない。
手錠をかけられた六人の捕虜は片足を床面の係留策固定具に繋がれて座っていた。
その正面でシャルニエがパイプ椅子に座り、捕虜の列を眺めていた。アリアナは彼の左後方に立ち、短機関銃を持って見張っている。
シャルニエは十分程黙った後に話し始めた。
「セレス中尉はもう察していると思うが、これはニクシーの時と同じだ。我々が研究所に向けて出発したという情報も漏れていたようだ。でなければこんな待ち伏せが出来る筈がないからな」
「……シャルニエ少佐、捕虜を殴りましたか? 虐待は国際法規違反ですよ」
シャルニエは額を押さえて振り返った。その顔を見たアリアナは思わず緊張して黙り込む。数秒後、無意識の内にシャルニエの拳銃が腰のホルスターに入っているかどうかを確認している自分に気づいた。身体に危害を加えられる事を警戒させる雰囲気が今のシャルニエにはあった。
「ああ、そうだな。狙われたのはこれが最初ではないのでね。気が立っていたのさ」
「意外ですね。少佐はどんな時でも冷静だと思っていました」
「いつもそうさ。しかし奴らの卑劣さには反吐が出る。いつも汚れ仕事は鉄砲玉にやらせて自分達は安全な場所で保身に走っているのさ」
「例の、私達を阻止しようとしているというガイロス帝国の一派ですか?」
シャルニエはそれには答えず、立ち上がって捕虜の列に近づいた。
僅かな時間、全員を値踏みするように睨みまわした後、右端の一人を選んで襟首を掴んだ。
「何故我々を襲った!? 誰が組織に金を出した」
「し、知らない。あそこを通るグスタフを襲撃しろと命令を受けただけだ」
「命令されただけで、何も知らずにやったのか? エウロペ人の自立をうたっている組織なら全員が確固とした信念でも持っていそうだが、下っ端はただの駒か。なるほど支持率が低いわけだ」
そう言うと男の足の拘束を解き、胸倉を掴んで二番トレーラとの接続部の隙間まで引き摺って行った。
「少佐! あなたは間違った事をしようとしていますよ」
アリアナは慌ててその後をついていく。
「こいつらは軍人ではない。テロリストに捕虜の権利は通用しないさ」
「いい年した少佐がそんな月並な言い訳しかできないんですか」
強風に晒されながらシャルニエは男をトレーラの外側に突き出した。転落すればトレーラの履帯に潰される位置だった。男は恐怖で真っ青になり、黙って震えていた。
「シャルニエ少佐! 今すぐ彼を戻して下さい」
しかし腕を引く気配は無かった。業を煮やしたアリアナは短機関銃のセレクターを安全から単射に切り替え、一発空中に発砲した。そして鳴り響いた銃声が収まらない内に、引き金に指をかけたままシャルニエの後頭部に銃口を突き付けた。
「今すぐ捕虜と一緒に戻りなさい。落としたら射殺します」
「上官に向かって威嚇射撃までしてその態度は、問題になるぞ」
「そういう事は撃った後、トラキニアの酒場で考えます」
やがてシャルニエはトレーラの端から下がり、掴んでいた捕虜を仲間の元に押し出した。
アリアナは腰を抜かしてふらつく男を座らせ、足に拘束具を付け直した。
「……私を見張ることにした君の判断は正しかったようだな」
「あなたの言った通り、観察力はありますから」
その後、携帯無線でライニスカを呼んでレブラプターにトレーラの隣を並走させ、監視の目を増やした。アリアナはトラキニア市に到着する日没までの間、トイレにも行かず捕虜とシャルニエの両方から目を離さなかった。