北エウロペ大陸を縦断する幹線道路上にあるトラキニア市は、古くから交易の中継点として栄えてきた街だった。元々多くの運送ゾイドが出入りする為、修理工場やジャンク屋が多く開いていたが、西方大陸戦争後の復興需要でその数は更に増えていた。ムンベイによると、この街で手に入らない部品は無いらしい。
市の警察局に捕虜を引き渡した後、工業区の賃貸格納庫にゾイドを入庫させた。古い町並みが多く石畳の目立つ市内とは違い、舗装面に格納庫が林立する光景はニクシーの敷地内とあまり変わらなかった。
隣接する安宿に泊まった翌日、食堂に集まった一行の前にシャルニエが現れて「任務上の用事がある」と言って朝食も食べずに出かけて行った。シャルニエは捕虜の件以来、アリアナと一言も口をきいておらず、出て行く時も彼女と目を合わせようとしなかった。
シャルニエが今後の予定も告げずに出ていった為、彼が戻るまで何もできないアリアナ達は午前中をゾイドの整備に費やし、午後からは買い出しをすることにした。
買い出しに出かけると張り切ったムンベイの顔を見たインディとディナンは、点検を続けると言って残ったため、アリアナとライニスカ、ムンベイの三人で街の市場へ向かった。
「良い物を安く沢山仕入れるのが旅の基本さ。旅人の買物のやり方を教えてあげるからついてきな」
そうして始まったムンベイの買物指導は予想以上に長引き、途中で脱落したアリアナはベンチに座って二人を待つことにした。
(あの狼野郎共これを予想して残ったな)
インディ達はニクシーの酒場を頻繁にハシゴして出撃命令から逃れ続け、所属の大隊長から難詰されても意に介さない事で有名だった。今回もその嗅覚を発揮して面倒事を上手く避けたらしい。
座ったまま両脚を伸ばし、だらしなく口を開けて雲一つない快晴の空を見上げる。
二月になったばかりにも関わらず赤道直下の陽射しが容赦なく照り付けてくる。故郷と全く異なる西方大陸の気候には何年経っても慣れるものではなかった。中央大陸に侵攻した暗黒軍が暑さにやられたという大昔の伝説も、全くの作り話という訳ではないのかもしれない。極寒のニクス大陸で育ったライニスカならもっと辛い思いをしていそうなものだが、彼女はそんな素振りは一切見せず買い物を楽しんでいた。聞けば、この様な市場を歩き回って食材を買う事に憧れていたという。
(あんなお嬢さんみたいな人がジェノブレイカーのパイロット候補になるとはね)
突然、アリアナの脳裏にジェノブレイカーの無機質な赤い目が浮かんだ。
(何やってるんだ私、勝手に自分で思い出すなんて)
アリアナは頭を振って過去の亡霊を追い出し、正面を見据えて次なる関心の的に意識を集中した。
市場は所狭しと並んだ露店と買物客で賑わい、香辛料を袋に注ぎ込む音や品物を注文する声が至る所から聴こえてくる。荷車を牽いたロードスキッパーが人混みを掻き分けるようにして目の前を通って行った。
しかしアリアナが注目しているのは市場の喧騒ではなくその先、街の北側郊外に陣取ったカタツムリ型巨大ゾイドの横腹だった。
共和国軍水陸両用輸送艦ホバーカーゴ。先の戦争では
今朝読んだガイガロス・ポストの朝刊によると、ホバーカーゴは南エウロペの治安維持活動支援に従事した後、アリアナ達と同じく昨夜到着したという。搭載機の内訳はライガーゼロシリーズ、シャドーフォックス、ケーニッヒウルフ、レオブレイズに空軍のナイトワイズも含まれていた。
ホバーカーゴの上部ハッチが開き、カタパルトデッキが展開する。電磁誘導レールの駆動音と共にナイトワイズが飛び出していった。訓練飛行らしい。プテラスの背中に二機は載りそうな程小さな機体を素早くロールさせながら上昇すると、すぐ建物の陰に隠れて見えなくなった。ブロックスゾイドはまだこの周辺では珍しいようで、何人かがカメラで写真を撮っていた。
全高約五十メートルに達するカーゴの青い巨体は離れていてもよく見える。共和国軍人としては頼もしく感じるが、これを威圧的だと批判する記事が今日の朝刊に掲載されていた。
南エウロペのガイロス系都市ガイガロスに拠点を置く新聞社ガイガロス・ポストは、戦前から一貫して反ヘリック共和国の論陣を張ってきた。プロイツェンの陰謀が明らかになり、ガイロス帝国と共和国が同盟を結んだ後も反共和国の立場を崩すことはなく、〈共和国エウロペ駐留軍崩壊の危機〉〈エウロペ支配を狙うヘリックの亡霊〉など、共和国軍批判に余念がない。
そのガイガロス・ポストが今朝の朝刊でホバーカーゴ訪問を取り上げていたのだった。
〈共和国軍殴り込み部隊、トラキニア市入城を強行〉
曰く、この度の閃光師団のトラキニア市訪問はエウロペ都市国家連合とヘリック共和国臨時政府の関係に亀裂を入れる暴挙である。素行の悪い人員を集めた殴り込み部隊として創設された閃光師団は、ガイロス帝国全土で破壊行為の尖兵を務めた。更にネオゼネバスの反乱指導者ヴォルフ・ムーロアをみすみす取り逃がし、現在の混乱した世界情勢を生むきっかけを作った。それにも関わらず関係者は未だ何ら処分を受けていない。共和国軍の自浄作用の欠落を示す好例と言える。
いかにもガイガロス・ポストらしい無茶な言い分だった。エウロペ人の間でも同紙の反共和国傾向はいつもの事として受け流されている。
しかし、全盛期の閃光師団を知るアリアナとしては、「素行が悪い」という点には一定の同意を示したい所だった。
ライガー乗りを筆頭に高速戦闘隊は直情径行でゾイド乗りの誇りを極限まで濃縮したような性格の人間が多い。
閃光師団は、そんな集団の中からさらに癖の強い者を引き抜いて作られた部隊だった。戦場では常に騎兵流の天賦の才能と体当たりの気迫を頼りに突き進み、「三十歳になっても生きてる奴は臆病者」と公言する者までいる程の猪突猛進ぶりを発揮した。
勝利を重ねる度に共和国のマスコミはその鮮やかさと素早さを称賛し、世論は拍手喝采。所属する七人のレオマスターは広報の顔になり、彼らのブロマイドが高値で取引されていた。
少々まずかったのは、世論に乗せられて自信過剰になる者が師団から出てきた事だった。ただでさえ他兵科から羨望と嫉妬を向けられていたのに、優れた実績とアイドル並みの人気から生じた優越意識を振りかざした結果、無用の
そんな部隊の中傷記事を、彼ら自身が立ち寄っている街でも発行するとは度胸のある話だった。
「お待たせ、だいぶ時間を食ったけど豊作だよ」
ムンベイがライニスカと戻って来た。二人共野菜の入った紙袋を抱えている。
「少佐の分は私が持ちます」
二人に合流したアリアナはライニスカから袋をひったくるように取った。
「私は平気ですが」
しかしライニスカの言う事を聞くつもりはなかった。ホバーカーゴ訪問の影響で街中には共和国軍の制服姿がちらほら見える。ガイロスの少佐に荷物持ちをやらせる中尉など、見られて気持ちのいいものではない。
中心街の道を三人で歩く。どこへ行っても歩行者の流れが途切れることが無い。歩道沿いに軒を連ねる喫茶店はどこも外の席まで満席だった。コーヒーを飲みながら新聞を読む老紳士の横を、無邪気に笑いながらカップルが行き過ぎていく。子供たちがレドラーの模型を振り回して空戦ごっこをしながら走っていった。
平和そのものの区域から繁華街に入ると前方から騒がしい笑い声が聞こえてきた。
「まだ明るいのに、呑気な奴らだね」
ムンベイが言った。
パブの外に設けられた立ち飲み席に、共和国陸軍の制服を着た五人の男が集まって談笑している。酒が入ってしばらく経っているようで、通行人が大きめに間隔を空けて避けていく程度には煩く、身振りも大げさだった。アリアナ達も同じように彼らを避けてその場を通り過ぎようとした。
「おやおや、こんな所でガイロスの制服を見るとは思わなかったな」
それを合図に後の四人も話を止めて注目してくる。無視して行こうとすると、五人は一斉に動き出してアリアナ達の前に立ち塞がった。
アリアナは両腕に紙袋を抱えたまま、敵情を把握するように五人を素早く観察した。徽章と袖章から所属は閃光師団とすぐ分かった。完全野生体ゾイド操縦資格持ちの大尉が一人と下士官四人。大尉はガイガロス・ポストを小脇に挟んでいる。
(最悪)心の中で舌打ちする。
「何だい、あんたら」
ムンベイが凄んで見せる。フリーの運び屋はこのような事態に慣れているようだった。
「こんなに若くて可愛いのがデクスター大尉よりも上だって? 冗談も休み休み言えよ」
「仮装にしては気合が入ってるが、階級には現実味を持たせないとな。少佐とは欲張り過ぎだ」
男達はライニスカに狙いを定めて口々に囃し立てた。ガイロス系新聞に中傷された彼らにとって、目の前に現れたライニスカは丁度いい報復対象という事らしい。
「こちらの少佐は重要な任務で我が軍に出向中なのです。急いでいるので退いてくれませんか」
厄介な連中に絡まれたと思いつつ、アリアナはデクスターと呼ばれた大尉の顔を見上げて言った。酒が入って赤みがかった細面に黒髪と青い瞳の大尉は、アリアナを上から下まで舐め回すように見つめた。
「その赤ベレー、第3強襲旅団か。今でもゴジュラスの速度に合わせて進軍するらしいが本当か。よく眠くならんな」
高速ゾイド乗りの中には何かとゴジュラスを目の敵にしてのろま扱いする者がいると聞いた事があるが、実際に遭遇するのは初めてだった。
「ちょっと彼女を貸してくれないか、中尉? ガイロス帝国軍での
そう言って大尉は右手に持った新聞をひらひらさせた。
「本物だとしたらどうやったと思う?」
「帝国には貴族がいるって言うからな、実家の金を積めば何でも出来るさ。それとも、本人の生まれ持った身体的特徴を有効活用したのかもな」
周りの部下は相変わらずライニスカを突いている。ライニスカは俯いたまま両手をきつく握っており、表情を窺い知ることはできなかった。
(こいつら、黙ってるからって調子に乗って……)
アリアナは歯を食いしばった。
「いい歳した男が僻むんじゃないよ。この人はジェノザウラーに乗ってたんだ。年齢を考えたらあんた達より実力はずっと上さ、分かったらさっさと退きな」
もう我慢ならぬとばかりにムンベイが前に出て啖呵を切った。
「ジェノザウラーだ? ほう、そいつは凄い。せひとも操縦法を教えてほしいものだな」
せせら笑うデクスター大尉。
「ついでに男の操縦法も教えてもらおうか。操縦桿をどうやって扱うのか実際に跨って――」
ジャガイモを真空パックしたような禿頭の軍曹が鼻の下を伸ばす。一斉に哄笑が沸き起こった。
「なっ……」
さすがのムンベイも絶句する
「ヴォルフ・ムーロアを取り逃がした挙句に女性を取り囲んで攻撃ですか。レイ・グレック中尉に助けられた命をこんな事に使うようでは、あの時死んでいた方が良かったのではありませんか」
デクスターの表情が固まって瞼が震えたのが見えたと思った瞬間、デクスターがアリアナの胸倉を掴んで引き寄せてきた。
「部外者がレイの決断にケチを付けるとはいい度胸だ」
先程までふざけていたとは思えない殺意のこもった表情だった。周りの部下も黙り込み、雰囲気は一気に凍り付いた。
しかし、アリアナは閃光師団の逆鱗に触れた事を後悔してはいなかった。むしろ、散々他人を嗤っていながら自分達が侮辱される事は許さない彼らの価値観に怒りを覚えた。
「そこまでだ」
突然割り込んできた有無を言わせぬ雰囲気の低い声で、睨み合いは中絶した。デクスターは手を放して背筋を伸ばし、直立不動で動かなくなった。部下も即座にそれに倣う。いつの間にかデクスターの横合いに入って足を払おうとしていたムンベイも慌てて元の位置に戻った。
声のした方を見ると、中分けの長髪に鋭い目つきをした眼鏡の中佐が立っていた。共和国軍レオマスターの一人、セレス・アルドワーズだった。広報で散々宣伝されたその顔はアリアナも良く知っていた。
「醜態を晒しおって。野生ゾイドの方がまだ上品な自制心を持ち合わせているぞ」
「はっ! 申し訳ありません!」
五人が一斉にアルドワーズ中佐に敬礼する。
「全員外出許可は取り消し。すぐカーゴに戻って待機していろ」
五人はそそくさと走り去っていった。
「同盟国の士官に対して共和国軍人にあるまじき振舞いをしてしまいましたな。部下に代わってお詫びします」
ようやく平穏に戻った歩道でアルドワーズ中佐は頭を下げた。
「まったく、直属の上官が来たら急におとなしくなるなんて、まるで狼の群れみたい。分かりやすい連中だわ」
ムンベイが肩をすくめた。
「
中佐は苦笑いを浮かべた。笑っていても、その剃刀の様に鋭い切れ長の目には、見るもの全てを凍り付かせるような冷徹さが含まれている。一癖ある部下を率いて常に最前線を潜り抜けてきた指揮官の凄みが感じられた。
アリアナはライニスカと一緒に中佐に礼を言った。
「未だにガイロスと見れば鞘当てをしたがる奴らが多くて困る。国際情勢の変化をまるで理解しとらん。高速戦闘能力が唯一の価値基準になっているからな。それが我が師団の強さでもあるのだが、外部の人間と付き合うとボロを出す」
拭いた眼鏡をかけ直したアルドワーズ中佐は、溜息を吐いてホバーカーゴの方を見た。
「我々はこの後東部のロブ基地に出向いてガイロス軍と合同訓練をする予定なのだが、あの連中は任務から外すしかないな。またあんな事をされては両国関係にヒビが入りかねん」
ロブ基地にいるガイロス軍部隊といえば、ピースメーカー隊以外あり得ない。先の戦争で受けた被害からまだ回復途上であるにも関わらず、ルドルフ皇帝がなけなしの戦力を抽出して送り込んだ精鋭だ。閃光師団とガイロス帝国が一緒に行動するとは、三年前なら考えもしなかっただろう。
「私もそろそろカーゴに帰らないといかん。連中を絞る仕事が出来てしまったからな。諸君の仕事も無事に終わる事を祈っているよ」
アルドワーズ中佐はライニスカに挨拶をして去っていった。
「結構いい男だったね。さすが閃光師団で指揮官をやってる人は違うわ」
「まあ、レオマスターの中では一番の切れ者って言われてたからね。私も実際に会うのは初めてだったけど、思ったより話しやすそうな人だったな」
「しかし、中尉さん。昨日の今日で二度も階級が上の男に立ち向かっちゃったね。けっこう気骨あるじゃん」
繁華街から離れながらムンベイが肘でアリアナの脇腹を突いてきた。紙袋が音を立てる。
「振り返りたくない思い出だわ……」
「そんなに落ち込まなくてもいいって。シャルニエの野郎が何か言ってきたらあたしが頑張ってやるよ。あいつが捕虜を殺そうとした所はバッチリドライブレコーダーに残ってるから」
「その時は私も証人になります。セレス中尉には助けてもらいましたし」
ムンベイとライニスカに励まされると、急に気が楽になって来た。シャルニエが自分を訴えるつもりでいるのかはまだ分からないが、もしそうなっても味方になる人間が出来たのは心強い。あの情報部少佐と次に顔を合わせる時は、少しは緊張せずに済みそうだ。
繁華街を抜けて、石造りの古びたアパートが密集して入り組んだ旧市街に入る。ここを過ぎればアリアナ達のゾイドが駐機してある工業区だ。市場に向かった時と同じ経路で歩いているが、デクスター達のせいで帰り道がやけに長く感じる。ようやくガンスナイパーの元へ戻れると安心しかけていた時、ムンベイが呟いた。
「尾けられてるね、あたし達」
「は?」
アリアナは振り返ろうとしたが、ムンベイに小突かれて慌てて前に向き直る。
「ちょっと、いきなり振り向く馬鹿がどこに居んのよ」
「……男が三人、軍人には見えません。デクスター大尉達とは関係なさそうです」
ライニスカが横目で後ろをチラチラ見ながら敵情分析する。馬鹿正直に振り返ったのは自分だけかと思うと恥ずかしくなった。
「少し、急ごうか」
ムンベイとライニスカが歩度を速める。アリアナもその後ろを追った。
しばらく歩くと、前方で立ち話をしていた二人組が急にこちらへ向かってきた。明らかに自分達を狙っている動きだ。ムンベイは舌打ちして左の路地に入り、アリアナ達もそれに続く。迷路のように入り組んだ道だった。見上げると、アパートの窓から手を伸ばして洗濯物を干している主婦の姿が見えた。
人気の無い方へ追い込まれている気がして不安が募って来た時、更に三人が正面から歩いてくるのが見えた。やがて後方からのグループも追いつき、完全に前後を挟まれた。男達は全員が手ぶらで、その姿が余計に不安を煽る。どう見ても堅気ではない。
「どうするのムンベイ、前と後ろ、どっちに逃げる?」
ムンベイはこの状況でも動じることなく、にやりと笑って左側の壁の窓を指さした。
「横だよ」
するとムンベイは買物袋を持ったまま右側の壁を蹴って助走をつけると跳び上がり、左側の窓にタックルを食らわせた。盛大な音を立てて破壊された窓枠とガラス片が運び屋の身体と共に部屋の中に飛び込んでいく。袋の中の食材が部屋中にぶちまけられた。
意外な展開に男達が唖然としている一瞬の隙に、アリアナもライニスカを伴って窓から部屋に入った。
「ごめんなさいね、すぐ出るから!」
起き上がったムンベイは目の前のテーブルで茶を飲んでいた老夫婦に一言詫びると反対側の玄関に向かって走って行った。退路は確保出来た。あとは逃げるだけだ。
「野菜、お詫びに置いていきます」
アリアナは自分の紙袋をテーブルの上に叩きつけて家を飛び出した。
玄関から外に出ると、家の中から家具を蹴り倒す音や皿の割れる音が聞こえてきた。
「それにしてもあいつら何者よ。ここのギャング連中の恨みを買った覚えは無いんだけど」
ガラス片で負った腕の切り傷を押さえながらムンベイがぼやいた。
「銃を持ってます!」
ライニスカが言うが早いか、背後から銃声が聞こえた。
「ちょっと、本気じゃないの!」
アリアナは拳銃と携帯無線を持って来なかった事を後悔した。せめて無線を持っていれば、インディ達に応援を頼む事が出来たのだが、今はとにかく走り続けるしかなかった。
銃撃を受けながら走っていると、突然正面の四つ角からシャルニエが現れて拳銃を発砲した。
驚いて何か言う間もなく、シャルニエの弾がアリアナの頭を掠めて背後の追手に飛んで行った。シャルニエは身を隠した敵に向かって何発か牽制を放った。
「援護するから早く行け」
一行はシャルニエに最後尾を任せて再び走り始めた。
「なんであんたがここにいるのよ」
「尾行されていたのは元々私だったんだ。
「どういう事よそれ――!」文句を垂れるムンベイ。
こんな形でシャルニエと再会するとは思わなかったが、一先ず援護を得て安心した――という訳にはいかなかった。
シャルニエを取り逃がした敵が代わりに自分達を狙ったと言う事は、顔も割れている事を意味する。昨日の襲撃と同じく、今回も黒幕は例の調査の妨害を企む組織である可能性が高い。共和国軍から情報が漏れている恐れがあった。
「セレス中尉、これで増援を呼べ」
シャルニエが後ろから携帯無線を投げてきた。不安が吹き飛ぶありがたい贈り物だった。
受け取ったアリアナはすぐに周波数をコマンドウルフLCに合わせる。そして緊急援護要請の送信ボタンを押した。これならインディ達がコクピットから離れていても大音量で気づくはずだ。
『うぃ~、こちら孤高の狼。何かあったんすか』
相手がコクピットに座っていたのは幸いだったが、無線越しに酒臭さが感じられる程に呂律の回らない返事が返ってきた。
「チンピラに追われてる! もうすぐそっちに着くから追い払って、銃声を拾えば場所は分かるから!」
『了解』
コマンドウルフの耳なら、騒音を発している今の自分達を簡単に見つけられる。キャノピを閉める音がスピーカーから聞こえた。
銃撃戦を繰り広げながら路地を走り抜けた一行は、ようやく工業区との境界に着いたものの、そこは塀に阻まれた袋小路だった。身動きが取れない間に、追手の怒鳴り声が近づいてくる。
「登る時間もなさそうだよ、どうするのさ」ムンベイが尋ねる。
「……脇に寄った方がいいかも」
アリアナは地面に伏せて耳を塞いだ。
敵が袋小路に入って来たのとコマンドウルフが塀を崩して顔を突っ込んで来たのはほぼ同時だった。
壁際に伏せたアリアナ達を間に挟み、ギャング十人と巨大な狼が睨み合う。睨み合いと言っても、ロングレンジライフルを向けてくる巨大な狼に対する人間に出来る事と言えば、グスタフに轢かれる直前のバトルローバーの如く硬直する事くらいだったが。
「――!」
人間の視線に近い高さまで伏せたコマンドウルフが吠えた。その大音響は耳を塞いだ所で到底緩和できるものではなく、アリアナは体を丸めて必死に耐えた。
ウルフは電磁牙まで起動させ、その口腔から咆哮と共に白い放電の嵐を散らした。辺りが真っ白に染まる程の光に目が眩んだ。
目を開けた時には追手の姿は無く、上を向くとコマンドウルフが大きな顔で自分を見つめていた。舌があれば舐めてきそうな距離だ。
「間に合って良かったスね。敵は皆逃げましたよ」
キャノピを開けてインディが顔を出してきた。
周りを見ると、他の面々も音と光に圧倒されたのは一緒の様だった。
「全く最悪の買い出しだったわ」
目を閉じると瞼の裏でまだ光の残滓が蠢いていた。
翌朝、一行はトラキニア市を出発し、ニザム高地の出口を目指して幹線道路を南下していった。