ゾイド 隠された遺産   作:shermandd

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第六話 不可視の狐とその背後の目

『やれやれ、ようやく大陸を跨いだよ。長距離輸送には慣れてるけど、今回は特に長く感じたね。誰かさんのおかげで』

 

 ムンベイの言葉が嫌味たらしく聞こえるのは無線の調子が悪い訳ではなく、グスタフの後部座席に座るシャルニエへの当てつけだろう。トラキニア市を出て以降、休息に立ち寄った街でも襲撃を恐れて碌に出歩けなかったのだから無理もない。

 

 襲撃の後は警戒態勢を強化し、護衛機は常に全機が自走するようになった。プロイツェン派の残党と思われる敵がまだ刺客を用意していないとは限らないからだった。

 

 度重なるトラブルを受けてもムンベイが仕事を続けてくれた事に感謝したら、褐色の女運び屋は「訳ありの客は沢山乗せてきたし、もっと危ない目にあった事もあるよ。共和国軍の爆撃とかね」と言って気にしなかった。運転手役に彼女を選んだシャルニエの人選は間違っていなかったようだ。

 

 そのシャルニエはというと、トラキニアを出てからかなり気難しい性格に変わった。人民戦線のゾイド部隊と戦った後からおかしかったが、今のシャルニエは完全に自分の殻に閉じこもった様になり、誰とも口を利こうとしない。二人きりで一日の大半を過ごす羽目になったムンベイにとっては地獄も同然だろう。無線で他の面々に愚痴をこぼしてやっと正気を保っている有様だった。

 

 一行は北エウロペ大陸と西エウロペ大陸を結ぶ地峡を南下していた。アリアナはガンスナイパーのコクピットから周囲を見渡した。変わり映えのしない荒野が続く。海が見える筈の西側は丘に遮られて見えない。空は出発以来初めての曇天に覆われて薄暗い。コンソルのレーダー画面に視線を移すと後方にグスタフ、更にその後方にレブラプターとコマンドウルフLCが左右に展開して走行していた。

 

 画面表示を変更してエウロペの地図を呼び出し、現在位置を確認する。マンスター高地には順調にいけば明日到着できそうだ。ニクシー基地から約3000kmを走破するのに一週間かかった事になる。西方大陸戦争中に同じ距離を半日で駆け抜けたジェノブレイカーとは比べるべくもない鈍足ぶりだが、グスタフの速度に合わせた平時の陸上移動なら上出来な速さと言えた。

 

 これから入る西エウロペ大陸は殆んどが山岳と砂漠地帯で人口も極端に少ない。交易に熱心なエウロペ人も、ここに足を踏み入れる者は物好き扱いされる。未発見の古代遺跡を求めて考古学者や冒険家が来る以外に外部との接点を持たない土地だった。

 

 前方にはすでにマンスター高地の山々が見えている。西方大陸最高峰のオリンポス山には遠く及ばないが、雪化粧した頂上付近の山肌が雲海の下から覗いている。その光景が近づく者を拒む印象を際立たせていた。

 

 西エウロペに入るとすぐ、小高い丘の上にある記念碑が目に留まった。実物の二分の一サイズのジェノザウラーの黒い彫像が、北エウロペの方角を向いて大口を開けて台座の上に立っている。ガイガロスの出資で半年前に建てられたもので、〈命の道の守護者〉と呼ばれていた。

 

 西方大陸戦争終結後、ニクシー基地からの撤退に間に合わなかったガイロス帝国軍残党は、南エウロペのガイガロス領を目指してこの地峡を渡った。当然、勝利の余勢を駆って追撃する共和国軍も帝国軍の退路を断つ為にここを制圧目標とした。それを単身迎え撃ち、友軍の撤退を支援したのがこのジェノザウラーだった。

 

『西エウロペにようこそ、だね。歓迎してる様に見えないのが難点だけど、道標としては丁度いいよ』

 

 像を横目に走りながらムンベイが淡白な評価を下す。

 

『懐かしいな、こいつは手強かったよ』

 

「インディ軍曹、知ってるの?」

 

 何気なくアリアナが訊くと、予想外に詳しい説明が返って来た。

 

『当時の俺とディナンは二人共コマンドウルフACで掃討作戦やってたんですけど、俺らが地峡に一番近いから急いで行けって言われて来たらいきなりあの丘から荷電粒子砲を撃たれたんですよ。それでもう嫌になって遠巻きに眺めるだけにして、後から来た友軍にもあいつの相手はやめとけって忠告したらみんな大人しく俺達と一緒に帝国軍の撤退を見守ってました。誰も勝ち戦の後で無理して死にたくないですからね』

 

「そんな事して大丈夫だったの? サボタージュ扱いされてもおかしくないじゃない」

 

『結構怒られましたよ。で、後でお偉いさんがそのジェノザウラーに〈丘の上の悪魔〉って名前を付けて持ち上げて、逃げられたのは仕方なかったって印象を広めたんです。全く宣伝が上手いなと思いましたね』

 

 ニクシー陥落の後にそんな出来事があったとは初耳だった。当時のアリアナは入院治療中で復帰したのはニクス大陸決戦の時期だった為、この頃の前線の状況には疎かった。

 

『でも〈丘の上の悪魔〉って、〈塔の上の悪魔〉のパクリじゃん。絶対ロイ・ジー・トーマスの本を適当にめくって考えた奴だぜ』

 

 ウルフの砲手ディナン軍曹が共和国軍の広報に苦言を呈す。

 

『確かに現場にいた奴なら付けないあだ名だな。悪魔とは程遠かった』

 

 インディもディナンの評に同意した。

 

「どういう事?」

 

『ここの撤退戦でジェノは誰も殺さなかったからですよ、もちろんゾイドも。荷電粒子砲含めて射撃は威嚇だけだったし、高機動で共和国ゾイドに襲い掛かっても尻尾で小突くくらいですぐ持ち場に戻って追撃隊を睨むだけ。羊の群れを守る牧羊犬みたいな健気さがありましたね。こっちが手を出さなかったのは、その態度に感服したからでもあったんです。ま、勝ち戦の余裕が無けりゃ出来ない事ですけど』

 

『カーッ、青臭い話! ジェノザウラーの癖に甘っちょろいパイロットねえ』

 

 ムンベイは感服しなかった様だった。

 

 アリアナはガンスナイパーの首を回して像の方向を見た。ジェノザウラーはこちらに背を向けて北エウロペに睨みを利かせている。撤退するガイロス軍も同じ光景を見たのだろう。なるほど〈命の道の守護者〉とは言い得て妙ではある。

 

 丘の下にレブラプターが立ち止まって像を見上げている様子が目に入った。すぐに走行を再開したが、旅の間断りを入れずに一時停止した事の無かったライニスカにしては珍しい行動だった。ガイロス帝国軍人として、友軍の事績が刻まれている地に来たのは感慨深いのだろうと思い気にしなかったが、ディナンがちょっとした爆弾を持ち出してきた。

 

『で、その撤退戦の後、ジェノザウラーのパイロットは何者だと気になった連中が色々調べたら銀髪の美女だって話が出てきたんですよ。絵心のある奴がファンアート描いて売り捌いた事もありましたね』

 

 その言葉を聞いてライニスカの顔が脳裏に浮かんだのが自分だけだとしたら、随分と彼女を意識している事になりはしないかとアリアナは思ったが、インディの発言でその心配は消え失せた。

 

『もしかしてライニスカ少佐が噂の人物だったりしませんか? 髪の色同じだし』

 

『わ、私は違います。当時この場に居た事はありませんし、ジェノザウラーにも乗っていません』

 

 妙だった。ライニスカは西方大陸戦争からプロイツェン反乱までジェノザウラーに乗っていたはず。出発前に談話室で交わした会話では愛機への思い入れの強さが垣間見えた。

 

『やっぱり違うか。ま、そう都合よく巡り合わせる方がおかしいですよね』

 

 インディとディナンは、ライニスカがジェノザウラーパイロットだった事を知らない。だからライニスカは嘘を吐くことができたのだろう。しかし交信がアリアナとムンベイにも聞こえてしまったのは焦りゆえの過ちと見えた。有名人になりたくないライニスカの気持ちを(おもんぱか)って、アリアナは何も言わない事にした。ムンベイがどう反応するか不安だったがすぐに杞憂と分かった。

 

『全く男連中はすぐ根拠の無い妄想に走るんだから』

 

 ムンベイも大した役者だった。

 

『そうとも限らないよ。帝国軍には黒いジェノブレイカーを操る双子の姉妹がいたらしいし』

 

『聞いたことないぞそんなの。それこそ作り話じゃないのか』

 

 インディとディナンの煩い議論は続いたが、ライニスカへの注意は反らされた。彼女は今頃レブラプターの中で胸をなでおろしているかもしれない。

 

 

 翌日、遂にマンスター高地に入り、前日とは打って変わった快晴の空の下、山脈の間を縫うような峠道を進んだ。ゾイドと言えど山岳地帯では足を取られやすい。平地の感覚で走行すると転落事故になりかねないため、速度を落として慎重に歩いていった。

 

 シャルニエの指示で道なき道を行き、グスタフ一機が辛うじて通れる幅の谷間を進む。果たして辿り着けるのか不安になるが、ゾイド研究をしていた施設なのだから少なくともゾイドが通れる場所に建設されている筈で、徒歩で登山家の真似事をする羽目にはならないだろう。

 

 数時間登ると開けた土地にでた。標高は二千メートル程度、都市が丸ごと収まりそうな広さの台地だ。西側には四千メートル級の山脈が聳えているのが見える。

 

『この台地を前方に突っ切れば、研究所に着く』

 

 シャルニエの声を聴く機会は少ない。必要な時に道筋を指示するだけだった。

 

『やっと目的地に着くわけね、本当に苦労したよ。何も見えないけど、目印とかあるの?』

 

『いいや、全て地下施設だ。出入り口も偽装されている』

 

『ここからの案内は完全に情報部独占って事か』 

 

 情報少佐の返事は無い。

 

 灰白色の岩が点々と緑の間から覗いている草原を行く。途中、明らかに建物の基礎部分と思しき石組を幾つか見かけた。西エウロペには未知の古代遺跡が多数眠っているという話は本当だった。

 

『景色は良いけどまさに秘境って感じね。極秘施設を建てるのには適してるけど、こんな所に勤務する羽目になった連中が気の毒だわ』

 

 ムンベイの言う通り、これほどアクセスしづらい場所に造ったのだから職員は住み込みだろう。この地を選んだ時点でセキュリティは万全だったのかもしれない。

 

 そう思っていると、ムンベイの声色が変わった。

 

『ちょっとみんな、誰かに見られてる気がしない?』

 

 ガンスナイパーのWW(ワイルドウィーゼル)レーダーには何の反応も無い。気のせいだと応えるとムンベイは確かにゾイドの気配がすると言う。

 

『タルタルが気配を感じてるんだよ、あたしには分かる。どうもコソコソ覗いてる奴がいるよ』

 

「タルタル?」

 

『あたしのグスタフだよ。軍人さんはゾイドに名前付けないんだっけ』

 

「……そうね」

 

 輸送が生業のムンベイにとって、このグスタフは人生の伴侶というわけだ。

 

 アリアナは最初のガンスナイパー、メルブを思い出して憂鬱になった。共和国軍快進撃の陰でジェノブレイカー相手に為す術なく壊滅した第3偵察隊。その後戦場漁りに来た暴走デススティンガーにコアを食われたメルブ。メルブは最後の瞬間にアリアナを射出してスティンガーの爪から救ってくれた。

 

 あれ以来、アリアナが自分のゾイドに名前を付ける事はなくなった。単なる乗り物として扱う方が気が楽だし、何より死んでも悲しくない。今の二代目ガンスナイパーは復帰後からの付き合いでメルブよりも長いが、感情めいたものを感じた事は無かった。

 

(そういえば、ジェノブレイカーが来た時も同じ様な事を考えてたな)

 

 突然WWレーダーが警告音を発した。状況まであの時と似通ってきた。

 

「九時方向から接近するゾイドあり。全機左方警戒」

 

 ムンベイの勘の鋭さに感心する気持ちを抑えて、後方のライニスカとインディ達に続くよう指示した。ガンスナイパー、レブラプター、コマンドウルフLCが揃って進路を離れて左側に向かう。

 

 やがて丘の陰から四足ゾイドが複数現れた。映像を拡大するまでもなくそれがコマンドウルフであると知れた。数は三機、武装は通常仕様。共和国軍制式の白色塗装に見えるが、汚れと退色が相まって殆んど灰色にしか見えない。こちらと並行して歩きながら徐々に近づいてくる。

 

「接近中のコマンドウルフ、こちらは任務遂行中のヘリック共和国陸軍である。所属を明らかにせよ」

 

 返答は無い。

 

 全機に増速を指示し、加速したグスタフに合わせて走りだす。それに合わせてコマンドウルフ隊も走り始めた。姿を晒しながら静かに迫ってくるのはどうも不気味だった。完全な奇襲だったにも関わらず登場が派手だった人民戦線のゾイド部隊の方が可愛げがあった。

 

 共和国軍の遺跡調査隊と鉢合わせしただけかもしれない、と淡い希望を抱いて敵味方識別装置を使用する。キャノピ越しに見えるウルフ達に所属アイコンが重ねて表示された。結果はヘリック共和国軍大統領親衛隊だった。

 

「……は?」

 

 アリアナが口を開けると同時に三機のコマンドウルフが一斉にビーム砲を撃ってきた。

 

「左方より敵襲!」

 

 飛び跳ねて着弾を躱しながらビームマシンガンで応射する。敵部隊は散開しつつ砲撃を続けている。

 

「グスタフは急いで離脱して! 私とインディ達で射撃する間にライニスカ少佐が格闘戦を仕掛ける」

 

『いま最高速度で突っ走ってるよ! と言ってもあんた達より遅いんだから、早く何とかしてよ』

 

『もう少しで目的地だ。その連中は必ず倒せ、一人残らずだ』

 

 ムンベイを押しのける音と共にシャルニエの声がヘッドホンから流れ込んだ。ここ数日自分の世界に籠って静かにしていた男とは思えない高圧的な雰囲気だった。

 

「シャルニエ少佐、相手は友軍の様ですが一体どういう事なのですか」

 

『信号を偽装しているだけだ。気にせずやって構わん』

 

 そう断言できるのは、彼らの素性について確信に近い情報をもっているからか。そうだとしても、今のシャルニエが真相を教えてくれるとは思えなかった。

 

 互いに回避運動しながら射撃の応酬が続く。秘境と言っていい山奥で爆発音がこだましても反応するものは鳥くらいなものだった。

 

 砲戦を続けていると、突然インディ達のコマンドウルフLCが戦線を離れて単独でグスタフの方に向かっていった。

 

「インディ軍曹! 何処に行くの」

 

 最大火力の戦力が勝手に離脱した事で敵は勢いづき、一気に距離を詰めてきた。アリアナはガンスナイパーの背部ミサイルを四発発射して牽制とする。

 

『新手が反対側から来てます、グスタフが危ないんですよ』

 

「新手って、レーダーには何も――」

 

 言いかけてコマンドLCの方を見ると、正にその瞬間ウルフがグスタフの右方に向かってロングレンジライフルを放った。その光線の先は何も無い虚空だったが、派手な爆炎と共に青白い光弾が何発か飛び出し、グスタフの外郭に命中して飛散した。

 

『ちょっとぉ! 右からも何か来てるよ』

 

 ムンベイが悲鳴を上げた。

 

『俺らが撃たなかったら今頃コクピットに当たってたよ。敵は光学迷彩持ちだ。シャドーフォックスとは贅沢な奴らじゃないか』

 

「どういう事なの」

 

 シャドーフォックスなどという隠密行動の権化がいるとなると、戦況は一段と厳しくなる。しかしインディ達は深刻に捉えてはいなかった。

 

『探知に関しては心配いりませんよ、奴さんの位置情報を送ります』

 

 共有されたシャドーフォックスの情報がアリアナのレーダーに表示された。コマンドLCを警戒する様に動いており、奇襲に失敗して困惑している様子が見て取れる。全てが丸見えで持ち前のステルス性が何の役にも立っていない。

 

『今の一撃で速度がかなり落ちてますよ。今全力で当たれば勝てそうですが、ウルフ一機じゃきつい』

 

 左からコマンドウルフ三機、右からシャドーフォックス一機に挟まれた状況でアリアナは決断を迫られた。こちらの戦力がたった三機では、どちらかを優先すればもう片方が押し込まれるのは目に見えている。

 

『セレス中尉はシャドーフォックスの対処に向かって下さい。あれを放っておく余裕はありません。私が時間を稼ぎます』

 

 アリアナの微かな逡巡を感じ取ったのか、ライニスカの方から犠牲役を買って出てきた。そして返事も聞かずに飛び出し、敵コマンドウルフの一機に飛びかかる。横に避けたウルフは脇腹をカウンターサイズに切られて苦悶の声を上げる。

 

 それと同時にもう一機のコマンドウルフがアリアナのガンスナイパーに向かってきた。身構えた瞬間、レブラプターがそのウルフの尾に嚙みついて振り回し、三機目のウルフに向かって投げ飛ばす。

 

『早く行って下さい!』

 

 中型ゾイド三機相手に信じられない立ち回りを演じたレブラプターの背中では、前回を越える勢いでイオンチャージャ―が発光していた。

 

「すぐに戻ります。無理はしないで下さい」

 

 小型ゾイド一機に戦線を押し付けておいて無理をするなとは何たる無責任さかと歯を食いしばり、アリアナはインディ達の方へ向かった。

 

 シャドーフォックスは最初の被弾で光学迷彩を破壊された上、駆動系に深刻な損傷を受けたらしく、コマンドウルフ以下の速度しか発揮できていなかった。フォックス本来の性能ならすぐに離脱してまた奇襲する事が出来たが、こうなっては速度に劣る相手との戦闘に付き合うしかない。敵パイロットの動揺は相当なものである筈だった。

 

 コマンドウルフLCはシャドーフォックスと互角の砲撃戦を繰り広げていた。岩や稜線を遮蔽に利用しつつ、ジグザグ走行で照準を惑わせながら主砲を撃つ。砲手のディナンは揺れる機上でも難なくロングレンジライフルをフォックスの未来位置に着弾させて敵に回避運動を強いていた。

 

 業を煮やしたフォックスがストライクレーザークローを輝かせてコマンドウルフLCに突撃する。アリアナはその瞬間を逃さず最後のミサイル四発を全て発射した。続けざまに降り注ぐ誘導弾を回避したフォックスは即座にレーザーバルカンで応射してくる。咄嗟の反撃にも関わらず光弾はガンスナイパーのWWレーダーアンテナに命中して粉々に砕いた。弾道が僅かに下だったらコクピットに当たっていた所だった。

 

 思わず伏せた愛機を起こした時には、真正面から胴体を貫通されたフォックスが炎上して倒れていた。

 

『援護ありがとうございます。中尉が奴の気を一瞬でも引いてくれたおかげで助かりました』

 

 シャドーフォックスがいると聞いて戦慄したアリアナにとっては拍子抜けする様な勝利だったが、これでライニスカの救援に戻れる。

 

「後はコマンド三機ね、急がないと。ついてきて」

 

『了解』

 

 グスタフの安全を確認したアリアナ達はレブラプターの援護に急行した。

 

『こりゃあ凄い』

 

『射撃目標が無くなっちゃったよ』

 

 三機のコマンドは既に打ち倒されて骸を晒していた。その真ん中にレブラプターが佇んでいる。よく見ると敵コマンドは悉くコクピットキャノピに鋭利な刃物が刺さった跡を(こしら)えている。

 

 ライニスカはイグアン四機を瞬殺した時にも、目にもとまらぬ速さで敵のゾイドコアにカウンターサイズを突き刺して抜いていた。今回はそれを敵パイロットの殺害に応用した訳だ。これなら早く勝負がついたのも頷ける。今更ながらアリアナはレブラプターの格闘性能と凶暴性に恐れをなした。最近はバーサークフューラーやブロックスの印象に埋もれがちだが、その潜在能力は未だに侮れない。

 

 緑色の眼を妖しく光らせる黒いレブラプターを見て、アリアナは罪悪感に苛まれた。命を奪わずに友軍の撤退を完遂させた事のある人間に汚れ仕事を押し付けて、また身体に無理をさせてしまった。

 

『セレス中尉……思ったより早く来てくれましたね。ですが、こちらももう終わりました』

 

 ライニスカが憔悴し切っているのは声を聴く前から分かっていた。すぐに降りて休んだ方がいい状態なのは明らかだった。千鳥足のレブラプターをグスタフまで誘導する。

 

「インディ軍曹、一体何の裏技を使ってシャドーフォックスを探知できたの? その後もずっと追跡していたし、光学迷彩ゾイドの位置情報共有なんて初めて見たわ」

 

 アリアナは戦闘が忙しくてお預けにしていた疑問をぶつけた。コマンドLCの先制攻撃で損傷を与えていなければ、今頃はフォックスに翻弄されて全滅していただろう。彼らが全員の命を救ったとも言えた。

 

『実は俺達、閃光師団(レイフォース)にいた事がありまして、そのおかげでフォックスの方から位置を教えてくれたんです』

 

「へ? それはどういう……」

 

『誤射防止の為に、閃光師団所属のゾイドは光学迷彩中のシャドーフォックスも探知出来る様になっているんですよ。正確には、専用の識別信号を送信すればフォックスの方から自動返信してくる仕組みです。これは師団だけの機密ですけどね』

 

「何よそれ……でも、付近にフォックスがいると思わなければ信号を送信する事もない筈だけど、どうして分かったの」

 

『奇襲のやり方が閃光師団にいた時と似てたからですよ。コマンドウルフACで敵の注意を引き付けてフォックスが密かに近づく戦術は暗黒大陸でよくやってました』

 

 インディ達が元閃光師団だった事実は驚きだが、師団の機密を暴露する口の軽さはいつもの彼らだった。

 

『当然、師団を辞めてゾイドと一緒に抜け出す場合はその機能を削除されるんですが、俺らは色々弄って消した様に見せかけたんです。もともと悪知恵働かせるのは得意なので、そのせいで追い出されたんですがハハハ』

 

「待って、じゃあこいつらは閃光師団の可能性があるって事?」

 

『所属を偽装しても習慣は誤魔化せなかったんですかね。でも驚きませんよ、今の共和国軍は全盛期に比べるとガタガタですからね。閃光師団から抜けて行方知れずになった連中も多いですし』

 

(閃光師団のゾイドが待ち伏せしてた……?)

 

 自分達に刺客を送ってくる黒幕はガイロス帝国内部の一派である、というのがシャルニエの推測だった。敵の触手が共和国軍にも入り込んでいるとしたら、事態は思ったより深刻かもしれない。アリアナは急に怖くなってきた。

 

 

 レブラプターがグスタフのトレーラに載ると、アリアナもガンスナイパーを後ろのトレーラに固定して降機し、青い顔で降りてきたライニスカに肩を貸してグスタフのキャビンまで連れてきた。

 

「あーあ、また無理しちゃって。ゆっくり休みなよ」

 

 後部座席に座っていたシャルニエが不機嫌そうに席を譲ってライニスカを寝かせた。ハンケチで額の汗を拭っても反応は無く、当分は起きそうにない。

 

「ムンベイ、このままあのシャドーフォックスの所まで行ってちょうだい」

 

「よし来た、ここまで追ってきた敵さんの顔を拝まないとね」

 

 周辺警戒をコマンドLCに任せてまだ黒煙を上げているフォックスの横にグスタフで乗り付けると、アリアナは短機関銃を手にコクピットハッチに近づいた。すでに逃げている可能性もあったが、非常開放レバーを引いてハッチを開くと中には額から血を流した男が座ったままだった。何かが刺さっているのか、腹にも赤い滲みが広がっている。揺するとうめき声を上げた。

 

「まだ生きているか」

 

 驚いて振り返ると、すぐ後ろにシャルニエがついてきていた。

 

「少佐、いつの間に……この男は応急処置をして病院に運ぶ必要がありますね。こんなところでは救急隊を待つよりもこちらから出向いた方が早そうですが」

 

「そんな悠長な事をしている訳にはいかん。研究所はすぐそこだ、早く向かうぞ」

 

「ですが、大統領親衛隊の識別信号を出していた集団です。吐かせれば敵の情報が――」

 

 突然シャルニエが拳銃を抜いて三発発砲した。思わず顔を庇った両腕をどかすと、額から胸にかけて被弾したフォックスのパイロットはもう死んでいた。

 

「今回は私に銃を向ける暇も無かったな」

 

 唖然とするアリアナを横目に拳銃をしまったシャルニエはグスタフに戻っていった。

 

 

「中尉さん、ちょっといい?」

 

 再出発の準備をしているアリアナの元にムンベイがやって来た。(はばか)る様に辺りを見ると、アリアナの手を取って最後尾のトレーラの陰まで引っ張った。

 

「いきなりどうしたの? 告白なんて冗談は無いわよね」

 

「怒ってるのは分かるけど、ここはふざけないで聞いてほしい所だよ。タルタルが感じてたゾイドの気配、あれがまだ消えてないんだ」

 

「あなたのグスタフが? 敵は全部倒したでしょ。あの情報少佐の希望通り皆殺しにして」

 

「さっきの奴らとはまた別だよ。タルタルは最初からそいつの方を気にしてて、襲ってきた連中なんか眼中に無かったみたい」

 

「そんな事があるの? 普通のゾイドなら自分に襲いかかってくる者を一番警戒するはずだけど」

 

「あの共和国ゾイド達より遥かに強いゾイドがいたとしたら話は別だね」

 

 急に冷たい風が顔面の肌を突き刺した。西を見ると、先程まで晴れていた山脈が雲に覆われつつある。

 

「怖がらせる様な事言ったけど、今の所は大丈夫だと思う。敵意は感じてないから」

 

「ゾイドの感覚がそこまで分かるものなの?」

 

「あたしは荒野の運び屋だよ。タルタルとは元婚約者と会う前から付き合ってたんだ、以心伝心さ」

 

「……この話を私だけにした理由は?」

 

「シャルニエが聞いたら何をしでかすか分からないからね。もうあいつを信用していないのはあんたも一緒だろう?」

 

「そういう事」

 

 握手をしてムンベイと別れた。

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