ゾイド 隠された遺産   作:shermandd

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第七話 暴露

『はぇ~、こんな辺鄙(へんぴ)な所によく造ったもんだね』

 

 谷間の奥を抜けた先、周囲を断崖に囲まれた広場の正面に研究所はあった。正確にはその入口だが、岩壁に穿(うが)たれたトンネルは古代遺跡の様でもあり、現代的な施設には見えなかった。

 

 一行はガンスナイパーを先頭にトンネルへと入った。天井はゴジュラスが収まる高さで、大型ゾイドの頻繁な出入りを想定した造りだった。しばらく進むと格納庫の様な空間が現れた。ガンスナイパー、グスタフ、コマンドウルフLCが横に並んでもまだ余裕がある。暗闇の中でグスタフの前照灯に照らされた正面のコンクリート壁には、大小二つの扉が並んでいた。大きい方は一段高い所に扉がある為、貨物用と思われた。小さい方は人員用だろう。

 

 小休止の後シャルニエを筆頭に内部の調査を始める事になった。

 

 懐中電灯を持ってガンスナイパーを降りたアリアナは、ひんやりした空気に身を震わせた。強風の吹きすさぶ外とは正反対の環境だった。肩を回してこわばった筋肉をほぐしながら、グスタフの方に向かって歩き出す。シャルニエとライニスカは既に簡易拠点の設営を始めており、あちこちに照明を設置していた。電源が入るごとに闇が薄れていく。

 

 ムンベイは作業場から少し離れた所で天井を見上げていた。アリアナも彼女に(なら)う。床に設置された照明のいくつかは上に向けられていて、照らされた天井が見えた。

 

「この格納庫、高さ四十メートルはあるね」

 

 レーザー距離計から目を離したムンベイが言った。岩肌がむき出しだったトンネルとは違い、ここの天井は全金属製だった。

 

「上の天井、多分大型ハッチね」

 

 アリアナが呟いた。似た物をロブ基地の地下格納庫で見た覚えがあった。

 

「この上にホエールキングでも乗り付ければ、直接ゾイドの出し入れができるって寸法か。大掛かりだね、エウロペ中を探しても名のある帝国軍基地でなきゃ見ない構造だよ」

 

「トンネルはここで終わってる、あるのは人間用の入口のみ、となると……」

 

 アリアナは急ぎ足で格納庫の端に向かった。ムンベイも後をついていく。

 

 壁際の床に懐中電灯を向けると、案の定黄色い線が二本走っていた。線に挟まれた中心には溝がある。

 

「ここの床がまるごと昇降機(リフト)って訳か……下の空間はかなり広そうだね」

 

 ムンベイが床を蹴った。

 

 四方の壁は打ち放しのコンクリートで、所々が崩れていた。ロブ基地やニクシー基地では大型クレーンが林立して警告灯や標識が至る所に見られたものだが、ここにはそんなものは無かった。

 

 インディとディナンが物見遊山の如くきょろきょろしている傍を通り抜けて、人員用ドアの前で話し合っているシャルニエとライニスカの元に向かった。

 

 ドアは綺麗にライトアップされ、細部まではっきり観察できた。ライニスカと目が合い、互いに会釈する。光に照らされた彼女の目の下には隈が浮かんでいた。コマンドウルフ隊を殲滅した時の疲れが取れていないのは明らかだった。

 

 旅の間、ライニスカは戦闘の度に体調を崩していた。元ジェノザウラー乗りならオーガノイドシステムには慣れているはずだが、あのレブラプターに精気を吸い取られている様に思えた。

 

 調査はシャルニエに任せて休むべきではと言おうとしたが、ライニスカの真剣な表情を見て言葉を飲み込んだ。彼女の祖国は長年にわたってプロイツェンの策謀に操られてきた。新生ガイロス帝国の軍人として、この施設の正体を最初に知る権利がある。

 

 少なくとも、中央大陸の故郷アルメーヘンに住む両親と妹の消息が分からない不安から酒浸りになり、自室に同衾相手を連れ込んで羽目を外した事も一度や二度ではない自分より遥かに適任だ。隣にいる共和国情報部員など、一人で行かせたら全て持ち去るだろう。

 

 そのシャルニエはドアを触って検分している。見ると、スライド式のドアは端が大きく歪んでいた。まるで内側から強い力で強打されたかの様に戸板の一部がひしゃげており、隙間から中を覗くことが出来た。懐中電灯で照らすと左側に警備室と思われる窓と、倒れた金属探知ゲートのある廊下が見えた。

 

「随分と強い力が加えられたみたいですね……爆発でしょうか」

 

 ライニスカが不思議そうにドアを眺めている。

 

「爆発にしては内部の損傷が少なすぎる。綺麗に片づけて立ち退いた跡みたいだ。何にせよ、入るのが楽になった」

 

 そう言うとシャルニエはグスタフの荷台に戻り、油圧式(はさみ)を持ってきた。救難隊がゾイドのハッチをこじ開ける時に使う物だ。閉じた鋏をドアの隙間に押し込んでスイッチを入れる。鋏がゆっくりと開き、歪んだドアが不快な音を立てて動いた。

 

「急ぐとしよう。また不届き者に邪魔されないとも限らないからな」

 

 内部にはシャルニエとライニスカ、アリアナとムンベイが入る事になった。シャルニエはムンベイの同行に嫌な顔をしたものの、運び屋が強引に押し切って同意させた。インディとディナンはコマンドウルフに乗って外の警戒を担当する。

 

「あーあ、俺も遺跡探検してみたかったなあ」

 

 ディナンの残念そうな声が、短機関銃の弾倉を確認しているアリアナの耳に入った。

 

「何言ってんだよ、あんな暗い所怖くて入りたくねえよ。どんな化物が出てくるか知れねえ」

 

 ウルフの脚部シリンダを点検しているインディが嗜めた。

 

「元閃光師団(レイフォース)を徒歩で遊ばせるのは人材の無駄遣いよ。416部隊にいたのなら尚更ね」

 

 アリアナは直方体の予備弾倉をポーチに収めながら二人に近づいた。

 

「あなた達の勘には随分と助けられた。留守を任せてもいいと判断したの」

 

「中尉、俺達が416部隊にいたなんて一言も言ってませんよ」

 

「コマンドウルフACで残敵掃討と言ったら416部隊しかないでしょう」

 

 短機関銃の薬室を確認し、スリングを肩にかけた。

 

「外で何かあったらすぐに連絡して」

 

 インディ達はウルフに乗り込み、トンネルの外へ出て行った。

 

「準備は出来たな。では出発する」

 

 シャルニエを先頭にドアを潜った。入ってすぐの所に二基の金属探知ゲートが並んでいた。二つとも両脇の壁に押しやられて倒れている。

 

 入口のセキュリティ区画を抜けてしばらく歩いた。剥離した天井やガラスの破片を踏む音が響き、懐中電灯の光が四つ、不規則に廊下を照らす。

 

 オフィスと思われる区画をいくつか回ったものの、施設の目的は分からないままだった。壁面やドアの表示、家具什器、端末一台、書類一枚に至るまで人の活動を示す痕跡が何も無かったからだった。

 

「なあんにも無い。ゾイドはおろか文字の一つだって見当たらないじゃないの」

 

 ムンベイが壁材の破片を拾って投げる。会議室と思われる部屋を隔てていたパーテーションに穴が開いた。破片はその向こうの壁に当たり、派手な音を立てて砕けた。

 

「ちょっと静かにして……!」

 

「別に、聞かれて困るような相手はいないでしょ」

 

 アリアナは背嚢(バックパック)から取り出したケミカルライトを光らせて会議室の床に落とした。部屋を出てきた道を振り返ると、調査済みを示す黄色い光が点々と続いていた。

 

「だいぶ奥まで来たけど階段も見つからないなんて。こりゃ思ったより時間がかかりそうだね」

 

 腕を組んだムンベイの向こう、十メートル程の所にライニスカとシャルニエが立っているのが見えた。

 

「どうしたんですか、こんな所で立ち止まって――」

 

 二人に合流したアリアナは、ライニスカと同じ方向を見て黙り込んだ。

 

 目の前に階段がある。地下へ通じる階段だが、防火扉が閉まっていた。扉の隙間は全て溶接され、床にはこぼれたコンクリートが固まり、扉を堅く塞いでいた。

 

「……今までで一番人間臭さを感じさせる光景だね」

 

 ムンベイの言う通り、この扉からは焦燥の痕が感じられた。扉の向こうにあるものを閉じ込める為に、仕事の粗雑さに構わず急いで封印した様に見える。

 

 階段口の隣にエレベータがあった。しかし非常開閉装置が溶接されており、扉を開ける手段は無かった。

 

「やはり地上階には大した物は無く、地下こそが本命なのでしょう」

 

 ライニスカが言った。

 

「証拠隠滅をする余裕があったのはこの階だけだった、という事だろうな」

 

 シャルニエが階段の防火扉を叩いた。金属音が響く。

 

 その音とは別に一瞬、背後から剣を床に落とした音が聴こえた様な気がしてアリアナは振り返った。先ほど通って来た道は、微かに黄色い光が見える以外に何も無い。

 

「この様子なら下の階は手付かずの筈ですね」

 

「例の鋏を使うか。爆破は最後の手段にしたいが……この階もまだ続いている。もっと奥に行けば降りる方法が見つかるかもしれん」

 

「ちょっと本気なの? 化物が出てきたらどうすんのよ」

 

 議論は既に扉を破る方向へ進んでいた。アリアナは警戒感を拭えなかったが、得体の知れない勢力からの妨害を何度も潜り抜けてここまで来たからには、秘密を知らないと帰る気になれないのも確かだった。

 

 協議の結果、いったん格納庫の簡易拠点に戻る事になった。

 

「こじ開けるにしろ吹き飛ばすにしろ、道具が無ければ話にならん」

 

 シャルニエはメモ帳を出して必要物品を確認した。

 

 一行はケミカルライトの光を辿りながらもと来た道を戻っていく。

 

 三番目に曲がったT字路の前まで戻った時、右側から奇妙な足音が聞こえてきた。

 

「何の音だ?」

 

 全員が立ち止まって耳をすませる。剣先で床を突きながら歩いている様な、カチカチという金属音が次第に大きく、そのペースも速くなってきた。階段前でアリアナが聴いた音と同じだった。

 

 懐中電灯に照らされた角から姿を見せたそれの第一印象は、人の皮を纏った(サソリ)だった。というより、人間が蠍になったというほうが実態に近い。

 

 両手は二本の巨大な金属の(ハサミ)に変化し、両脚は蠍と同様の関節構造になり、左右の脇腹から生えた六本の足と併せてうつ伏せの胴体を運んでいる。それらの脚は全て、先端が刃物の様に尖っていた。腰からは体長ほどの長さの尾が伸びて、棘がこちらを睨んでいる。

 

「ひいいっ! ほんとに化物だあ」

 

 ムンベイ以外の全員があまりの光景に絶句していたが、彼女の悲鳴で我に返ったように後ずさりする。

 

「そんな、一体どういう……」

 

「下がって!」

 

 アリアナはライニスカの腕を掴んで後ろに回し、短機関銃の一連射を見舞った。反響した銃声が全員の耳を強く打った。

 

 射撃を受けた蠍人間は、怒ったような声を上げた。髪の無いその顔からは人間性は感じられない。巨大な牙を剥き出した口を歪ませ、両腕を振り回しながら迫って来た。

 

「走れ!」

 

 やむなく道を引き返す。最後尾になったアリアナは、走りながら短機関銃を撃った。まだ収まらない耳鳴りが更に悪化する。

 

 怪物に当たったいくつかの銃弾は火花を散らした。体表面の一部が銀色の金属細胞で覆われている。爪や牙の金属光沢も、見かけだけではなさそうだ。

 

「何なのこれ!? ゾイドなのか人間なのかはっきりしなさいよ」

 

 怪物の追撃は緩まず、一行は先程の階段とエレベータの前を通り過ぎた。しばらく行くと袋小路に追い詰められた。

 

「ここまでです」

 

 ライニスカが顔面蒼白で怪物の来る方向を見た。

 

「まだ早い」

 

 そう言ってシャルニエは拳銃を出し、目の前のドアの鍵を撃った。制音器(サプレッサー)付きの銃声は頭に響くほどではなかった。シャルニエが鍵の壊れたドアを蹴り破ると、一斉に全員は部屋に駆け込む。

 

 部屋の中はタイルに覆われ、中心に手術台の様なものが据え付けられていた。奥の壁にはダストシュートのスライド蓋がある。

 

「本当に、あいつ何者!?」

 

 ムンベイが腕を振り上げて叫んだ。

 

「……分からないけど、まだ議論できる状況じゃないわ」

 

 アリアナは肩で息をしながらシャルニエを見た。

 

「部屋に入る事しか考えていなかったものでね」

 

 誰かが押さえる以外にドアを塞ぐ手段は無い。怪物の足音は目前まで迫っていた。

 

「この穴から出られそうです」

 

 ライニスカがダストシュートの蓋を上げて中を見下ろしていた。人一人が滑っていける幅はあった。唯一の逃げ道だが、地上に戻る手段が不明のまま地下へ降りていく事になる。

 

「選択の余地は無いな。先に行くぞ」

 

 シャルニエが真っ先に穴に滑り込んだ。

 

「あいつ、勝手に――逃がしゃしないよ」

 

 ムンベイが続いた。

 

「セレス中尉も早く!」

 

 ライニスカの呼びかけと同時に怪物がドアを開け、両腕の鋏と尾を振りかざして威嚇の鳴き声を上げた。

 

 すぐ行きますと叫んだ返事は短機関銃の銃声にかき消された。タイルの破片と火花が飛び散り、怪物は手足を激しく振った。全弾を撃ち切ったアリアナは耳の痛みを(こら)えながらダストシュートに飛び込んだ。

 

 闇の中をどこまでも落ちていくかと思われた時、出口から飛び出したアリアナは床に尻を打ち付けた。痛みに声を上げる間もなく、ムンベイとライニスカに両腕を掴まれてその場を離れた。その直後、出口の穴に巨大な箱が倒された。

 

「とにかく積み上げろ」

 

 大型冷凍庫を倒したシャルニエの指示を待つまでも無く、ムンベイ達は手近な棚や台車を積み上げ、シュートの出口を完全に塞いだ。

 

「とりあえずはこれで凌げるだろう」

 

「で、あれは一体何なの。まさか本当に化物がいるとは思わなかったよ」

 

「この研究所が残した成果の一つだろうな」

 

 沈黙が部屋を満たした。人間を素体にして蠍の怪物に仕立てるなど、正気の沙汰ではない。

 

 部屋を見まわすと、ここにも手術台が、それも複数並んでいた。シュートを滑って来たばかりのアリアナは、上の部屋との関係を考えて背筋を震わせた。

 

「おたくの情報部はこの事、知ってたの?」

 

「……さすがにここまでは想定外だ」

 

 ムンベイに答えるシャルニエの言葉がどこまで本当なのかアリアナには分からなかった。

 

「ガイロスの名の下に、こんな事を……」

 

 ライニスカが胸を押さえて壁際にうずくまった。その壁には死体保管庫と分かる引出しが並んでいた。

 

「インディ軍曹、聞こえる?」

 

 無線で外部と連絡を試みたが繋がらなかった。

 

「もっと地表に近づく必要がありそうだ。寄り道は控えよう」

 

 シャルニエとアリアナが銃を持って最初にドアを開けた。ムンベイは後ろでライニスカに付き添う。戦闘の時よりもやつれた様に見えた。

 

 ドアを開けて最初に見えたのは仰向けに倒れた死体だった。殆んど骨になった腐乱死体の頭蓋骨には大穴が開いていた。白衣を着ていたが血に染まっており、胸に付いた名札も読み取れなかった。

 

「あのさ……地下への階段が封印されてたって事は、さっきみたいな奴がここには沢山いるって事じゃない?」

 

 ムンベイが恐る恐る尋ねた。

 

「そういう事になるな。だから用心するべきだ」

 

「聞かなきゃよかったよ」

 

 なるべく足音を立てない様に暗闇を歩き続ける。懐中電灯で照らす壁には至る所に血痕と引っ掻き傷が残り、殺戮が繰り広げられた事を示していた。

 

 やがて、レセプション・ルームの様な広間に出た。四方に通路が開いており、中央に施設の案内図が設置してある。案内図を見ようとした時、右側から例のカチカチ音が聞こえてきた。

 

 角から通路を覗いたアリアナは、壁から天井まで埋め尽くす勢いで怪物の群れが向かってくる様子を見た。光を浴びた怪物たちは牙を剥き出し、尾を振りかざしてやってくる。

 

 すかさず短機関銃を撃った。弾を受けた怪物の内、いくつかは天井からぼとぼとと落ちた。下敷きにされた怪物は怒り狂い、同類同士の闘争が始まった。それに構わず前進を続ける後続と衝突が発生し、通路は混沌としていく。怪物たちの密度が更に高まった。

 

 銃声が響く中、ライニスカが肩を叩いて叫んだ。

 

「左の通路に入ります! ついてきてください――」

 

 振り返って一緒に走り出す。案内図を通り過ぎる時に一瞬立ち止まって行き先の表示を確認した。アリアナはその表記に眉を(ひそ)めたが、渋滞を起こした怪物の群れが雪崩の如く広間に押し寄せてきたため、走り去った。

 

                     ※

 

「シャルニエ少佐」

 

 チリチリと明滅する蛍光灯の下、ライニスカの声でアリアナは顔を上げた。背を預けている耐爆隔壁の向こうから怪物の暴れている気配が伝わってきた。

 

 一行は〈発電室〉と書かれたドアの前で一息ついている。電力は完全に復旧し、施設全体が明るくなった。おかげで隔離壁を起動することが出来たが、アリアナ達も前に進むしかなくなった。

 

「何だね、エーゼルフォルン少佐」

 

 シャルニエが言った。

 

「あの案内図を読んで、この場所を突き止めたんですね」

 

「そうだ」

 

「ここはガイロス帝国の秘密研究所でしたね」

 

「そうだが」

 

「あの案内図はヘリック共和国公用語で書かれていました。そのドアの表記も同じですね」

 

 アリアナは隔壁から背中を離してシャルニエを見た。彼女も一瞬、案内図を見て疑問に感じた所だ。

 

「……プロイツェン派の主導していた研究所だ。防諜の観点であえてゼネバス時代の文字を使っていてもおかしくない。共和国公用語は、旧大戦以前の中央大陸共通語でもあるからな。ガイロス時代の鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)がゼネバス文字を使っていた事は、エーゼルフォルン少佐も知っているだろう?」

 

 ライニスカは怪訝な顔をしながらも頷いた。

 

「確かに、国防軍に浸透した彼らの工作員はそうした連絡手段を持っていました……」

 

「ここに来るまでの様々な妨害を見ても分かるだろう。相手はネオゼネバスだ。機密保持に関しては惑星Ziで比肩する者は無い」

 

 そう言ってシャルニエは話を切り上げて歩き始めた。

 

 まだ釈然としない様子のライニスカが何か言おうとした矢先、天井の通気口を破って一匹の怪物が廊下に落ちてきた。

 

「ああっ!」

 

 怪物が鋏をライニスカに向かって振った。飛び退いて隔壁に背中をぶつけた彼女の右腕がだらりと垂れ下がって揺れる。声にならない呻きを出して、ライニスカは腕を押さえて屈みこんだ。

 

 短機関銃で怪物の顔面を滅多打ちにする。怪物は鋏を盾にして後退した。尾の一撃がアリアナの頭上の壁に突き刺さる。

 

「ムンベイ!」

 

 言われるより早く動いていたムンベイは、ライニスカの肩を掴んでアリアナの後ろをすり抜けた。二人の脱出を確認したアリアナもその場を離れる。

 

 少し走ると〈実験棟〉と共和国公用語と地球語で併記された区画を発見し、中に入って閉鎖ボタンを押した。怪物は咆哮を上げてドアを叩いている。

 

「私を見て、落ち着いて呼吸して下さい」

 

 アリアナはライニスカを座らせて上腕から帯を(ほど)いた。ムンベイが急ごしらえで巻いた物だ。背嚢から止血帯を取り出して素早く巻き付ける。ライニスカは震えながら、辛うじて皮一枚で繋がった右腕を左手で支えていた。空になった短機関銃の弾倉二本を添え木代わりにして包帯を巻き、ムンベイの帯を使って右腕を吊った。

 

「これで少しはましですが、放ってはおけません。急いで病院に行かないと」

 

 ライニスカの左手にこびり付いた血を水筒の水で洗い流し、残りを飲ませた。彼女の口元から漏れた水が、血に染まった服に落ちる。

 

 アリアナは今一度地上のインディ達に無線連絡を試みた。今度は問題なく繋がった。

 

『こちら孤高の狼、現在異状無し』

 

「インディ軍曹、地下で生物に襲われて負傷者が出てる。何とかして戻るから救難要請をしておいて」

 

『了解』

 

 インディは余計な詮索をせずに通信を切った。

 

「電源回復と同時に通信中継器も作動した様だな。今なら中央大陸へ国際電話も掛けられるだろう」

 

 シャルニエは固定電話の送受器を置いた。

 

「先を急ごう、奴らが集まってくる」

 

 ドアの向こうからはまだ咆哮が聴こえる。

 

「待ってください……」

 

 ライニスカがよろめいた。

 

「ちょっと! まだ動かない方が――」

 

「ここは実験棟です。何も調べずに出る訳にはいきません」

 

「今は調査どころではない。大規模な掃討部隊が必要だ。貴官の怪我もあるし、脱出を最優先にすべきだ」

 

 しかしライニスカは何も言わず手近な端末を操作し始めた。

 

「私にはガイロスの軍人として、プロイツェンの遺産を確認する義務があります」

 

 断固とした態度に圧されたのか、シャルニエは何も言わなかった。しかし、彼が腰の拳銃に手をかけた動作をアリアナは見逃さなかった。

 

 ライニスカは痛みに顔を歪めながら左手で端末を操作している。

 

「この端末は地球語表記ですね」

 

「そういう事もあるだろう」

 

 シャルニエは頭を掻いた。彼らしくない落ち着きの無さだ。

 

「アクセス権限の必要なページがいくつかあります」

 

「あまり時間を喰っていられないぞ」

 

「この程度なら侵入は容易です」

 

 アリアナはライニスカの傍らに立ち、短機関銃の槓桿(こうかん)を静かに引いた。いつの間にかムンベイはシャルニエの背後に移動していた。それに気付いたシャルニエは観念した様に体の緊張を解いた。

 

「これは……主任研究員の名簿です。実験プロジェクトの記録もあります」

 

 スクロールされる画面を見たアリアナは、動かぬ証拠を見た。

 

 名簿にあったのは、どれもヘリック共和国の名だたる大学や研究機関に属する人物の名前ばかりだった。全て共和国公用語で記されている。

 

「端末の切り換え言語にニクス文字は設定されていませんでした」

 

 ライニスカの声に感情はこもっていなかった。

 

 続いて入ったページにはプロジェクトの概要欄があった。

 

 お決まりのオーガノイドシステム関連研究の他に、〈次世代機械化歩兵開発計画〉、〈ブルーマリンスティンガー再生計画〉、〈惑星疎開計画〉等々――プロジェクト名にカーソルを合わせると、承認印の押された文書が表示された。詳しい内容を読む必要は無かった。文末の署名を見たアリアナは、短機関銃をシャルニエに向けた。

 

「ムンベイ、そいつの拳銃を取って」

 

「君と私はつくづく相性が悪い」

 

 シャルニエは両手を挙げた。

 

「最初にあなたに銃を向けた後は反省していたのですが、残念です」

 

 拳銃を取ったムンベイがシャルニエの身体検査を始めた。

 

「気が利いて助かるわ」

 

「荒野の運び屋はこれくらい用心深くないとね」

 

 アリアナは端末の前に座ったまま固まっているライニスカの左肩に手を置いた。

 

 署名は共和国大統領ルイーズ・エレナ・キャムフォードの肉筆だった。

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