真に守り抜く 作:しんぴのまもり
特級呪霊の中には、大きく力の差がある。
これは一級術師が必ず勝てると断言できない呪霊をまとめて特級呪霊という枠に押し込んでいるからだ。
しかしそれは裏を返せば、特級呪霊は一級もしくは特級術師と言った上澄み以外は等しく蹂躙できる、まさしく規格外と呼べる存在だという事を意味していた。
……そして現在、真守の階級は二級術師。
真守が幾ら強くとも、まともに戦って勝てる相手では、まず無い。
相手の嬲るかのような拳を紙一重で横っ飛びに躱わす。 今のをまともに食らっていれば気絶は免れなかった、嫌な確信が真守に浮かぶ。
続いて襲いかかる呪力の塊も二宮丸を巧みに動かす事でへし折れる寸前に受け流し、返す刃で全身の力を使い呪霊の手を切り落とす。 その隙をついた死の拳骨は燕返しによる受け流しで阻止し、後先を考えない全力の退避によってなんとか距離を取る。 だが面を上げた先にあったのは、既に手が元通りになっている呪霊の余裕綽々な笑みだった。
(……駄目だ、呪力がある程度増加したことで相手の呪力強化を破ることはできてきたが、このままじゃ重症を負わせるなんて夢のまた夢だ。 今だって相手が嬲り殺しにしようとしているからここまで食い下がれているだけで、本来なら初手で潰されていた。
このままじゃ本当に何も遺せず負ける。 ……実戦で使うのは初めてだが、手はこれしかない。 やってやる)
「……呪霊、お前は音楽がどういうものか分かるか?」
「ケヒッ?」
自分が嬲るためだけに存在しているはずの獲物が急に話しかけてきたことで阿呆面を晒している呪霊を尻目に、真守は術式の開示を続ける。
「野菜は聴覚すらないのに、音楽を聴くと味が増す。 ただ聞いているだけでも集中力が上がる曲が存在する。
……まあ実際には僕の知らない化学反応か何かがあるのかも知れないが、重要なのはそこじゃない。
重要なのは、そんな不思議で魅力的な力を持つ音楽に対し、僕が何を思い、どんな解釈を術式に落とし込んだかだ」
話の途中で呪霊が痺れを切らさない事を全力で祈りながら、真守は開示を続ける。
二宮玉枝のアドバイスを聞いてから、真守はずっと呪力以外のものを増やせる拡張術式の解釈を考えていた。
玉枝以外にも、初音ミクや加茂憲紀、果てには東堂葵にも助言を求め、自分の決して優れている訳ではない頭でも必死にアイデアを捻り出そうとした。
そうしていく内真守は、未だ微塵も深められていなかった音楽そのものに対し目を向けるようになっていった。
「僕の術式が増やすのは呪力だけでは無い。 音楽に目には見えない力があるように、僕の術式は反射神経や筋力、防御力などの相手からは分からない力……いわゆるステータスを増やし続ける事ができる、そう、僕は再解釈した」
言い終えると同時に地を蹴って呪霊に接近し、一閃する。
した事自体は今までと何も変わらない。
だが、それによる効果は今までと比べて雲泥の差だった。
二宮真守は10年に渡る特級術師と知識の宝庫である式神の指導、そして自らの研鑽により、元々基礎が完璧に出来ていた。
ならば何故、真守は二級術師で足踏みをしていたのか…その原因は、単純な地力不足だ。
真守は決して才能がない訳では無い。 さりとて、一級術師に年齢の積み重ねを無視して入学前に一気に駆け上がるような五条悟や乙骨憂太のような規格外の存在でも無かった。
故に拡張術式による単純なステータスの底上げは、真守に著しい成長を齎す。
呪霊の腹が中程まで大した抵抗もなく切り裂かれる。
突然の死の危機に動揺した呪霊は慌てて後ろに飛び退くが、同時に真守も大きく踏み込み、さらに大上段の構えで斬りかかる。
今度は腕が両方ともいとも容易く両断されたことで、流石に呪霊も目の前の術師を獲物から敵へとクラスチェンジさせ真剣そのものの顔立ちになる。
真守が切り結ぶ。 呪霊が受け止める。 呪霊が殴りかかる。 真守が受け流す。 真守が足を払う。 呪霊がその勢いを利用して蹴りつける。
一進一退の攻防戦。 いや、未だやや呪霊が有利だろうか。
だがそれは重症を負わせる事を最低ラインとした真守にとって非常に有難いものだった。
(よし、いける! このままいけばまず間違いなく相打ち以上は堅い! もっとだ、もっと攻めろ! 呪力配分なぞ最初から気にする必要はないんだ、呪力を込めろ!)
呪霊の攻撃を掻い潜り、腕を切り裂き、更にその刃は首へと延びる。
絶好の間合いを持って放たれた一撃は呪霊の首に深く食い込み……
────突如、真守の呪力操作が乱れる。
「!?」
慌てて下がろうとするが、その隙を見逃すほどこの呪霊は甘くない。
死ぬ気で最大限に強化した腕を呪霊のラリアットと自分の体の間に滑り込ませるが、それでは特級呪霊の渾身の一撃を完全に耐えきることは出来なかった。
真守の左腕が、ボトリともげ落ちる。
「…………?」
初めはそれが何かを理解できなかった。 何故、人の手がこんな所に落ちているのか。
「ケヒッ……ケヒヒヒッ!!」
「マスター! 気をしっかり保って! マスター!」
だが呪霊の勝ちを確信したような声とミクの心底焦燥した声、そして何より、左腕の激しい痛みによって、嫌でも事実を少しづつ認識する。
「………あ、ア゛ア゛アアァアア゛ッ!!!!」
(いたい、痛い、痛い! なんでいきなり!? どうして!? 何故こんなことに!? なんで……
嫌だ、なんで、どうしておけば……
そうだ、あの時、あの時に……
……は?)
(あの時って、何だ? まさか西宮先輩も一緒にくればとか、そもそも京都校の皆と会わずに禪院家にいればとか、そんな事を今僕は考えたのか?
……それは、違うだろう。
楽しかったじゃ無いか。 皆といる時間は、何よりも楽しかった。 それを僕が、僕自身が否定するのか?
そんな事、して良い訳が無いだろう!!)
自身への激しい怒りと自らの目的を思い出した事によるアドレナリンの放出、真守の目に、再び光が灯る。
「……ああ、そうだ、そうだった! 僕は、僕は皆が生きていればそれでいいんじゃない、僕は皆と一緒に居たいんだった!」
立ち上がり、右手で刀を構える。
「そこを履き違えて、自分の命を捨てる事を前提にした作戦を立ててしまっていた」
零れ落ちる血液を、無理矢理呪力で押し留める。
「相手の強大さに気圧されて、自分の一番大切な所を見失っていた」
相手の動きを決して見逃さないよう、鋭く相手を見つめる。
「だから、こんな事になってしまった」
切れていた術式を再起動し、噴出した感情全てを呪力に変換する。
「だから、今際の際であんな心が漏れ出てしまった」
頬を強く叩き己の心に喝を入れ、薄弱な心構えを叩き直す。
「……よし、もう大丈夫だ。 もうあんな醜い心は今の僕には無い。
後は、ここからどうにか生還するだけだ。
さあ来い、呪霊。 今のしっかりと自分を分かっている僕は、さっきまでの僕よりもきっと強い」
そう啖呵を切る真守だったが、同時に頭のどこかでこのままではやはり死ぬ事には変わりないという事も察していた。
(おそらく先程の呪力の乱れは一曲が終わり次の曲へ行く時のラグがもたらした物。 呪力を増やすだけならともかく、それ以外のステータスを加算し続けると一瞬のリセットが大きい隙になるんだろう。 よって今までと違いこの弱点を克服するまでは長期戦は不可能。
この状況で生き残るためにはやっぱり、何かは捨てる必要がある。
今の僕に命以外で捨てられるものは……)
「……仕方ない、これは自分を見失った罰として潔く受け入れよう。
縛りだ。 僕の寿命を10年捧げる。 その代わりに今だけ術式効果を5倍に────」
それが最後まで言い切られるその前に、真守は強制的に後方へ下がらせられる。
突然の後退に驚いて体が硬直した真守の服には、とても見覚えのある箒が引っ掛けられていた。
あれよあれよと部屋から退場し、一階まで箒により強制連行される。
そして一階に全力疾走してきた金髪魔女によって真守の体は無理矢理抱き止められた。
「に、西宮先輩!? な、なんでこんな早く……」
「二宮君……」
「説教は後よ、どんな呪霊と戦ったのかを教えなさい。 対策を練るわよ」
「あっはい」
その鬼のような形相に逆らえる訳もなく、真守から出たのはそんな先程までの覚悟に満ちた宣言とはまるで似つかない一言だった。