真に守り抜く 作:しんぴのまもり
「成る程、確かに二宮君の話を聞く限り今の私達じゃ勝てそうにも無い相手ね…」
今までのことを全て洗いざらい吐くことになった僕に、西宮先輩はそう呟く。
「でしょ、だから西宮先輩は戦力にならないと思ったし、なんなら今からでも離れたほうが……」
そう口にした瞬間凄い顔で
「それとこれとは話が別、あんた1人じゃもっと勝てないでしょ」
と凄まれる。
室内なのも相まってそんなに僕が間違った事を言ったとも思わないけど、先輩にここを譲る気が毛頭なさそうなので素直に受け入れておく。
「あっはい。
でもどうする? 2人でかかっても勝てる相手じゃないし……やっぱり一旦逃げて、さっさと東堂先輩に警告しておくのが安牌なのかな」
先輩を特級呪霊と対面させたく無いので早々に結論を出そうとするが、先輩としてはその結論は不服なようで、
「それはダメ。 二宮君の左腕、あれだけはなんとかして取り戻すわよ。 無いところから生やすなら兎も角、元々ある物をくっつけるならなんとかなるんだからね」
そうダメ出しされる。
……とはいうものの、あの呪霊から腕を回収するのは難易度高いんじゃないだろうか。
「いや…気持ちは嬉しいけどそれは最悪義手でいいでしょ、術師をやっていて欠損するのは珍しくは無いんだし」
「今後ずっと後輩の義手を見続けるのは幾らなんでも嫌よ、可愛くも無い。 自分は大切にするものよ、それは最終手段にしてちょうだい」
「……だったらどうする? あの呪霊を倒すのは正攻法じゃ無理だよ。 多分西宮先輩は僕が寿命を縮めるのも嫌でしょ?」
「「…………………」」
『2人とも、私に良い考えがあるよ。 それもとびっきりの』
僕達が思考の渦に囚われかけたそんな時、答えへの道を開いてくれたのはミクだった。
「うわっ、ミ、ミクちゃん? ……そういえば貴方はずっと二宮君に憑いているんだったわね。
良い案があるって、本当?」
いきなりの登場にやや西宮先輩は驚いたような素振りを見せるが、すぐに真剣な表情になって詳細を聞こうとする。
「うん、なんならさっきまで話に参加してなかったのもずっと作戦を立ててたからなんだよ。
この方法なら呪霊も祓えるし、マスターの手もきっと戻ると思う。
えっとね……」
◇◇◇◇◇◇
呪霊は困惑していた。
手を失って自分好みの顔と声になった獲物が一瞬でまた敵の顔に戻ったことにも、それがいきなり後ろに水平移動して視界から消えて行ったことにも。
だが追うという選択肢は無かった。 呪霊は持ち前の狡猾さによって理解していたのだ。
ここにいる自分が最も強い自分だという事に。
そんな中、再び扉が開かれる。
さっきの
はたまた自分を一時はズタボロに切り刻んでくれたあの怪物が、再び舞い戻って来たのだろうか。
やや緊張を孕みつつも後ろに下がり、油断なく見つめる。
───答えは、敵だった。
「……ケヒッ!」
先程はあの気迫に呑まれかけたが、左腕を失った相手に負ける道理は無い。
今度こそその顔を獲物に戻して嬲り殺しにしてやろう。
そんな考えが漏れ出た下卑た笑みを浮かべ、構えを取る。
だが、どうも様子がおかしい。
何故こいつは、刀を床に突き立てている?
そんな疑問を浮かべ、隙だらけの姿を呪霊が晒している内に、真守は己のもつ最大の切り札を切る。
「────シン・陰流 簡易領域 範!!」
そう叫ぶと同時に、一気に簡易領域が広がり、
◇◇◇◇◇◇
「あの部屋が生得領域?」
「うん、本当に僅かにだけど、あの部屋は他の部屋よりも呪力の気配が濃かったんだよね。
最初は特級呪霊が常にあそこにいた影響だと思ってたけれど、まずそれが少しおかしいんだよ。
いくら呪霊が生まれた場所に留まるものだと言っても、ずーっと一部屋にいるなんてありえないでしょ。
しかもマスターや大道ちゃんが部屋から抜け出ても追おうとすらしないなんて、なんらかの縛りが絡んでるとしか思えない。
そこであの部屋が呪霊の生得領域と仮定すれば、その全てに説明が付くってわけ」
「そして、不完全な生得領域が相手ならマスターが最初に取るべき行動はただ一つ。
まずはその領域を破壊して、呪霊の能力を削いじゃおう」
◇◇◇◇◇◇
(本当に空間が崩壊して違う内装になった。 呪霊の力も最初と比べると三割ぐらいに減っているし、もう僕だけでも祓えそうだな。
……まあでも、流石にこれ以上協調性を蔑ろにする訳にもいかないか。)
動揺する呪霊を尻目に真守は転がってる腕を素早く回収し、これ見よがしに背を向ける。
そしてわざとドタドタと音を立て、癪に触る動きで脱兎の如く部屋から飛び出す。
……つまり、遁走である。
一つの部屋に居座る理由も無くなった呪霊は当然、己の優位を揺らがせた怨敵に憎しみを剥き出しにして追い縋る。
だが怒りで冷静な判断が出来なくなっている呪霊が、自分のペースを完全に取り戻している真守に追いつくのは至難の業だった。
みるみる内に階段まで逃げ延びられさらに真守は一階に飛び降りて右に曲がる。
呪霊も勿論後を追う。 そっちは袋小路だ、あいつには死よりも酷い目に遭わせてやるとばかりに呪霊も階段を降りると同時に右へと走り出す。
そしてその一歩は、今まで暴虐を尽くしてきた呪霊の、破滅への最後の一歩だった。
「ケッ?」
もし呪霊が人の言葉を喋れたのなら『なんだこの床は! 滑るぞ!』とでも宣ったであろう程情け無く転倒する中、左側から可憐でありながらも覚悟が決まった頼もしさに溢れる声が響く。
「────付喪操術
◇◇◇◇◇◇
「……で、完全にマスターの方に意識が向いた隙だらけの呪霊を桃ちゃんが一気に吹き飛ばすんだよ、それで…」
「待って、幾ら二宮君の方に意識が向いていても、私じゃ特級呪霊を吹き飛ばすのは難しいと思うわよ?」
「……まあ、それはそうだよね……せめてなんとか呪霊の体勢を崩せればいけると思うんだけどなぁ」
作戦の穴をどう埋めるか、ミクが苦悩していたそんな時、二宮真守に電流が走る。
「体勢を崩す……それって呪霊の足を滑らせるとかでもいいなら、僕に考えがあるよ」
「僕の血を使えばいいんだよ。 僕の左腕、止血はしたけど切れているとこからまだ血が止まんない感覚がするんだよね。 この血を床に塗りつけておけば、足下に注意がいってなければきっとすっ転ぶんじゃ無いかな」
「え…? いや、でも…確かにそれが上手くいけば私でも吹き飛ばせると思うけど……本気?」
幾ら呪術師であろうと、そうそう取りはしない手段に西宮桃は難色を示したが、真守はここを譲らない。
「本気だよ、もう手段を選んでる場合じゃないからね。 多少のリスクは背負わなくちゃ勝てないよ」
「……そう、分かった。 絶対に吹っ飛ばしてあげるから、安心して待ち構えてて」
真剣そのものの真守の目を確認し、西宮桃も覚悟を決める。
そして西宮は、その後輩の心意気を無駄にしない為、この為だけの拡張術式を作りあげた。
◇◇◇◇◇◇
大嵐は相手をただ吹き飛ばすことにのみ特化した拡張術式。
縛りによりそれによるダメージはないに等しいが、その代わりに確実に相手を移動させれるだけの暴風を巻き起こす。
限定的なこのただ一つの状況の為だけに創られた学生としては十二分どころではないその威力が姿勢を崩した状態で襲いくる。
幾ら特級呪霊といえども、受け切れることは不可能だった。
そして吹き飛ばされた先に待ち構えているのは既に万全の姿勢を作っている二宮真守だ。
簡易領域をも併用し、大切な仲間が全力でお膳立てをしてくれたこの千載一遇の状況、見逃すことなどあってはならない。
全ての呪力を刀に乗せ、体の可動部域の全てを使い、全身全霊を以て振り抜く。
今の真守は、仲間からの期待を裏切らない、ただその一心により、かつてないほどの集中力を魅せている。
さらに今までの弛まぬ鍛錬、先ほど得た雲一つない揺らがぬ精神、術式による力の底上げ。
それら全てが、パズルのピースのようにカチリと当てはまる。
それによって────
0.000001秒の黒い火花はついに微笑んだ。
────黒閃
(あ…今の…黒閃かな…? なら、きっと祓えているはず…。 後は、さっさと師匠の所に…)
そこまで思考を進めた所で、急に手足の感覚が無くなる。
顔もどんどん蒼白になり、ついにはバタリと真守は倒れる。
血液の残量も、体の疲労も、とうに限界を超えていたのだ。
二宮真守、入眠。
呪霊の上半身と下半身が真っ二つに割れ、上半身は先程の逆へと……
つまり、西宮桃の方へと飛んでいく。
腹を断たれ、呪力も肉体を補完できる程度すら残っていない。
そんな今際の際で、呪霊の思考は、どこまで行っても呪いじみていた。
最後に少しでも敵の大切なものを奪ってやろうと、呪霊は最後の力を振り絞って手を伸ばす。
それに対し最初、西宮は当然だが怯んだ。
特級呪霊が自分に明確な殺意を向けているのだ、怯まぬはずが無い。
だがその怯えは、真守が倒れているのを確認した事ですぐに消え失せる。
大切な後輩の心に、自分がしゃしゃり出た事で傷がつく。
その最悪のシチュエーションを回避するために、負の感情を呪力に変え、心を落ち着かせる。
そして西宮桃は、呪霊を殺し切るために逆に箒にありったけの呪力を込めて最大出力で突っ込んで行くことを選択する。
後輩を傷つけた奴をブチのめす。
それは西宮桃が最もモチベーションの高くなる行動だ。
そのためなら西宮桃は、たった3人しかいない状況で裏梅と羂索に挑むことすらできる。
加えて西宮桃は、一回拡張術式を使っただけのほぼ万全な状態にある。
今の西宮桃は、心身ともに120%の力を発揮している。
黒い火花は、条件が整ったのならば誰であろうと微笑みを見せる。
────黒閃
二度目の黒閃により、今度こそ特級呪霊は祓われた。
「……上手くいったようね。 本当に、誰も死なずに済んで良かった……ん?」
たった一度の攻撃で疲労困憊になった西宮桃は、誰にでもなくそう呟きながら真守を運ぼうと近づく。
そんな中、ふと足下を見ると、かりんとうに似た物体が落ちていることに気がつく。
「んー、なんだろこれ? ……指?
……そういえば、あの呪霊、結局術式を使わなかったわよね。
…………。」
なんとなく今の状況を察した西宮は、後ろの呪霊の気配には目もくれずに全力で黒井美里のいる帳の外まで真守を乗せて飛び去っていった。
もう戦う呪力など残っていないのだ。
特級呪霊は祓ったし、非術師は救出した。
後処理は他の術師に丸投げするのみだ。
宿儺の指:この後駆けつけた二宮玉枝が回収した。