真に守り抜く 作:しんぴのまもり
呪術師にはその職業柄、呪術師用の訓練場というものがある。
今回二宮真守と禪院直哉はそこを戦いの地として選択した。
それは何が起ころうとも、訓練上起きた事故だと言い張れるということでもある。
少なくとも禪院直哉は、それぐらいのことをやるつもりでここを選んだ。
「……ほな、始めよか」
お互いが構えた瞬間、そんな何気ない一言と共に戦いの火蓋は切られた。
直哉が一瞬にして加速し、真守に拳を振るう。
(速っ…)
簡易領域を展開する暇は無いと判断した真守は、拳に拳を合わせることで衝撃を逸らす。
そのままカウンター代わりの鉄拳を繰り出すが、あらかじめそれを読んでいたとしか思えないほど滑らかに避けられ逆に蹴りを入れられる。
「グッ……」
「え、今の本気でやったん? ちょっと高く見積もりすぎたんかな」
「……まさか。 来い、ミク」
「君のその術式、ほんまにみっともないわぁ。 女の形した式神に助けてもらうとか、恥ずかしくないん?
僕なら死んでまうわ」
その煽りを真守は当然のように無視し、刀を鞘から抜刀し、ビートを刻む。
これにより真守はやっと全力を出せるようになり、直哉もまたギアを一段上げる。
次に仕掛けたのは真守だった。
これぐらいでは死なないという予測半分、死んでも別に構わない半分が籠った容赦の無い一閃を、しかし直哉はまたしてもスルリと避ける。
だが、先程と違い真守は直哉のカウンターにしっかりと対応してみせる。
黒閃による呪力操作の向上と拡張術式による動体視力の底上げにより、真守は直哉の速度にも目で追うことができるほどの実力を手に入れていた。
だが、依然としてスピードでは直哉が上回る。
どれだけ強い攻撃も避けられてしまっては意味は無い。
面白いように真守にダメージが入っていくが、真守は防御を堅めること以外ができずにいた。
(……禪院家の一級術師な以上、決して舐めていたつもりは無かった。
だけど、それを更に上回るほどに、想像以上にこいつは強い。
なんとか足を止めさせなければ勝ち目が……ん?
そういえば、聞いたことがあるような気がするな。
最大で亜音速にまで到達できるほど疾く動けるようになる速度特化の術式……どこで見たっけ? 師匠の講義か?)
(思ってたよりもだいぶやりよるんやね、正直舐めてたわ。
ここまで僕の攻撃を耐え続けるんは扇のおっちゃんや甚壱君でも無理なんとちゃうか?
まあ、このまま僕の攻撃だけが当たり続けるんやったら真守君の負けは揺るがへん訳やけど……一応、
直哉は更に加速し、真守にチョップを叩き込む。
真守も直哉のスピードに慣れはじめたのかしっかりと受け流すことに成功するが、直哉はそこにすかさず左手でパン、と軽く触れる。
瞬間、真守は一秒間フリーズする。
そしてそのあまりにも隙だらけな姿に、間髪入れず直哉は隠し持っていたドスを脇腹にズブリと突き刺す。
「!? ……〜〜っ!! え、得物を隠し持ってたの、か。 今の、心臓や脳に刺してれば僕を殺せたんじゃないのか?」
脇腹を庇いつつ真守は戦闘中滅多にしない会話を試みる。
「そうするんもありやったけどな。 一応訓練の体をとってるんやから、必ず死ぬ言い訳のきかへん攻撃をするわけにもいかへんやろ、感謝しぃ」
「…これから君は死ぬやろし、言うてもええかな。 それに、ぶっちゃけダサいと思うてんねん。 術師が武器持ち歩くの。 それが無いと勝たれへんってことやし、意外といるで、同じ考えのやつ。 長々と持久戦するのもまどろっこしいから使わせてもらったけど、普段使いしてるやつらはようあれでやいやいと甚爾君のこと言えたもんやね、真守君も刀なんかぶら下げてないでもっと肉弾戦を鍛えてればここまで押されなかったんちゃう?」
「…は、ははは」
結局脇腹のダメージを堪えきれなかったのか、真守はガクリと膝をつく。
だが、その状況で何故か真守はカラカラと笑い始める。
「……あん? 何がおかしいん?」
「……ここまで相容れない人がいるなんて思わなかった。 甚爾が誰かは知らないし、その人にお前がどんな想いを抱いているかも僕は分からないし、心底どうでもいい。 でも、僕の友達には武器を使って戦う人は沢山いるし、僕はみんなをダサいと思ったことなんて一度も無かったから」
「それに、僕は剣術と簡易領域を覚えていて心の底から良かったと思っているし、ミクや師匠に頼る自分をみっともないと思ったことなんて一度もない。
戦闘時の僕は割と禪院家に寄っているはずなのに、ここまでそりが合わないとは、何から何まで僕とお前では一切噛み合わないなと、そう思ったんだ」
「……さよか、で?」
「いや、別に。 今のはただの再確認だ。
重要なのはここからだ。 僕とお前の差異を再確認してる時、ふと思い出したことがあったんだよ。
あまりにも幼い頃だったから忘れていたけど、確かに僕はお前の術式を知っていたんだよ。
投射呪法だろ、その術式。
確かに間違いなく強い術式だ、でもその分、リスクも大きい。
……よし、準備完了。
シン陰流 簡易領域」
そう真守が呟くと同時に、直哉は丸ごと領域に包まれる。
真守が崩れ落ちていた地面には、直哉が突き刺したドスが直角に突き刺さっていた。
(っ!! さっきまでのおしゃべりは違和感なくドスを突き刺せるようになるまでのただの時間稼ぎやったんか!
んでなんでか知らんけど刃物を地面にぶっ刺すだけで真守君の簡易領域は成立する!
そしてこの状況でわざわざ簡易領域を展開したいうことは、絶対なんかあるやろ、その前に潰したる!)
直哉の推測は正しい。
真守は基本戦闘中に意味の無い喋りは一切行わないし、範の応用で簡易領域を刀を刺しておくだけで発動できるようになっている。
直哉はこれまでの術師としての経験から、真守のしたこと、しようとしていることをほとんど見抜けていたと言えるだろう。
経験と才能、そして禪院家の英才教育。 禪院直哉は、本来今の真守が勝つのは厳しいと言わざるを得ない相手だ。
だが、同時に直哉は実力と今までの経歴による自負により、最も重要な判断を見誤った。
安全性を取り、脱出を選んでいたのなら、もはや傷だらけの真守に打つ手は無かったのだ。
真守が使ったシン陰流の技は、抜刀。
本来ならば、簡易領域の中に入った対象をオートで迎撃する技。
だが、真守の簡易領域の改造と発動方法の差異により、その能力は大きく変化していた。
範囲内の物質にオートではなく、マニュアルで。
その代わりに日本刀だけでは無く手刀も斬撃として判定させる、両手が空いた状態でのみ使える新技。
簡易領域により俊敏さと鋭さを盛られた二宮丸と二宮真守の斬撃は、直哉の予想と対応をようやく上回った。
それにすら直哉はすぐに気づいたが、時既に遅し。
直哉は既に次の1秒の動きを定めてしまっている。
「がッ……」
「ガ、アアァアア!!!!」
ここが最後の
そう悟った真守は、脇腹の痛みを今だけ無視し、白目を剥きかけながらも一歩を踏み出し、夥しい数の切り傷による予想外の痛みで動きの鈍った直哉を渾身の力で殴り飛ばす。
────黒閃
一度黒閃を出したものと、そうで無いものとは、黒閃の出現率が劇的に変わる。
「ガ、ァァ……………いや、まだや!!」
(呪力が篭っていても腰が入っとらん、やっぱりもう限界なんやろ!)
「ハ、ハハッ。 残念やったな真守君。 この勝負、僕の粘り勝ち、や……あ゛?」
黒閃を撃たれても一般呪術師の頂点、一級術師はなお倒れない。
この戦いは、一級術師の意地を見せた禪院直哉の勝利となる。
……そのはずだった。
直哉が、ふらりと倒れる。
直哉の体に迸る痛みは、まだ戦えると、そう直哉に訴えていた。
にも関わらず、直哉は膝をつき、立ち上がることが出来ないでいた。
「なんや……これ。 お前の術式は、ただのバフ、やったやろが」
「はぁ、はぁ……その通りだ。 僕の術式は、一発逆転を狙うタイプじゃ無い。
これは術式じゃない。 難易度こそ恐ろしく高いが、誰にでも使える技術だ。
まあ、詳細は省くが」
「省くなや…!」
真守が使ったのは魂への直接攻撃である。
真守は与幸吉や真依の天与呪縛の解呪の為に、かねてから九十九特級術師に呪縛に密接に関わる魂に関するレクチャーを受けていた。
九十九から教わった魂についての詳細な知識と魂にミクを住まわせていることによる無意識な魂の知覚。
その二つに加え、黒閃による呪術師としてのランクアップを経ることで、真守は魂への打撃能力を会得していた。
そして本来、魂へのダメージはそう簡単に耐えられるものではない。
未熟な真人が触れるだけでも、直哉と同じ一級術師の七海健斗は決して小さくないダメージを受けた。
宿儺は心臓を切り裂かれてすぐに対応していたが、あれは呪いの王とまで呼ばれている宿儺がおかしいだけなのだ。
何はともあれ、趨勢は決した。
全身を負傷してこそいるが、真守はまだ数分は動くことができるコンディションを保てている。
対し直哉は、魂の損傷によりまともに体を動かすことが出来ずにいた。
「当分はその感覚に適応できないはずです。 ……この勝負、僕の粘り勝ちですね」
そんな滅多にしない意趣返しをしたくなる程度には、真守は自分の大切なものに唾を吐きかけた直哉に腹を立てていた。
「兎も角、さっきの言動を謝ってください。 ミクへの暴言も、師匠への嘲りも、真依さんへの侮辱も」
「……はっ。 お断りや。
確かに君は僕に勝ったかもしれへん。
やけどそれは君が僕よりも強いということやない。 次やれば確実に僕が勝つ。
敗者の分際でみっともないにも程があるけど、今回の勝負の内容で僕が君を認めて、君の言うことに従うことはないわ。
…いや、ちゃうな。 勝負の内容やない。 僕は君のその姿勢が心底気に食わんのや。
十分は下地があるのに、強さを求めへん、強者になりうるのに強さのなんたるかを知ろうとせえへんその振る舞いを、僕は絶対受け入れることが出来へんのや。
僕は君の信念を馬鹿にしたけど、君の行動かて僕にとっては自分の矜持に唾を吐きかけられとるようなもんなんや。
だから僕は絶対に君を認めんし、先の言動を取り消すつもりもない。
分かったなら、さっさと殺しい」
「……そうですか、よく分かりました」
こいつとは、絶対に分かりあうことができない。
今までのやり取りによって、そう真守は確信した。
育ちがどうこうではなく、完全に心のあり方が真逆なのだと。
(ほっとけばこいつは、きっとみんなに危害を加える。 ここを戦場に選んだ理由を使う時が、きっと来たんだろう)
覚悟を決めて、真守は二宮丸を構え直す。
京都校の友達に、害を及ばせないその為に。
だが、その手は振るわれることは無かった。
「ストップだ、真守。 流石に殺すのは不味い」
二宮玉枝に、腕を鷲掴みにされる。
「……なんで止めるのさ、師匠。 こいつはみんなにとって害にしかならないじゃん」
「……はぁ。 やっぱり思慮が浅いなお前は。 いいか、これは、仮にも、禪院家の、次期当主だぞ?
そんなやつを禪院家から出奔したお前が殺すのは、いくらなんでも不味いとかいう次元じゃないんだよ、分かるか?
分かったなら、お前はまずもうちょっと考えて行動する事を心掛けろ、良いか?」
そう言いながら玉枝は思いっきり真守に拳骨を浴びせる。
「ぐあっ。 ……でも、やっぱりこいつを放置するわけにはいかないよ。 そのうち絶対こいつはみんなを不幸に……
……あ、やばい、流石にそろそろ出血がきついかも。
あとお願い、師匠」
そう言うと真守は崩れ落ちる。
1日ぶり、二度目の気絶であった。
「……結局後始末を私に押し付けたなこいつ。
これはちょっと今度きつめのお説教をする必要がありそうだな。
……それに、伝えることもあったんだけどな」
そうぼやきながらも、二宮玉枝は直哉に向き直る。
「で、ところで直哉さん。 私の愛弟子にドスを突き刺した事に、何か弁明はありますか?」
「……久しぶりやなぁ、玉枝ちゃん。 相も変わらず生意気な面やね。
真守君のことに関しては特に言うことはないわ。 お互い殺されても構わないと言う覚悟で戦った上で起こったことやし。
それよりも、なんなんあの真守君への口調。 師弟揃って口調にブレをつけて呪力向上の縛りでもつけたんか?」
「……はぁ。 もう良いです、確かに真守も貴方を殺そうとしてましたしね。
それでまあ、質問に答えますけど……私は真守と違って意識してこう振る舞ってるだけですよ?
本当に嫌われたくない相手以外は、こんな風に慇懃無礼に振る舞ってるんですよ。
そうすれば、私が死んでも悲しみ、苦しむ人は少ないでしょう?」
そう素振りだけは可愛らしく、玉枝は首を傾げる。
だがその眼からは、何の感情も読み取れなかった。
「はっ、君も大概訳分からんな。 自分が死んだ後の心配なんてする必要ないやろ。
……あー、僕ももうやばいな。 目眩が止まるどころか更に酷くなるわ。
そんじゃ玉枝ちゃん、禪院家当主の息子も、しっかり病院に運んだってくれや」
そう言うと直哉は崩れ落ちる。
数年ぶりN度目の気絶であった。
「……どいつもこいつも、私に後始末を押し付けやがって」
そうぼやきながらも、玉枝は二人を抱えて病院に蜻蛉返りしていった。
◇◇◇◇◇◇
一方その頃、京都校にて二宮玉枝の伝えたいことが行われていた。
「……ふむ、今回の推薦者はお主らか、始めて良いぞ」
玉枝から先の真守の任務報告を聞き、資格ありと判断した七海健斗、元から真守のことをシン陰流のよしみで見込んでいた日下部篤哉が既に判断を済ませている2人を加えて宣言する。
「「二級術師二宮真守、西宮桃、加茂憲紀。 以上三名を一級術師に推薦する」」
二宮真守は、確実に前進し続けていた。
玉枝→直哉:性格は兎も角強さへの執着は認めている。
それはそれとして訃報が届いたら小躍りする。
直哉→玉枝:女ではあるがその強さはあっち側と認めざるを得ないと常々思っている。
それはそれとして訃報が届いたら高笑いする。