真に守り抜く 作:しんぴのまもり
8月21日、今日も今日とて僕は任務だ。
三週間ほど前、僕は推薦任務で冥冥という人に合格をもらい、晴れて準一級術師となった。
その後も一級術師同伴の任務を幾つかこなし、そして今日、いよいよ一級術師になる為の単独任務が課される……はずだった。
「なんで東堂先輩がついて来てるの? 確か一級術師になる為の最後の試練は単独任務だったと思うんだけど」
「それは諸事情により明後日となったぞ真守。 どうやらお前に対して余程過保護な人物がいるらしいな」
う〜ん……師匠かな?
確かに東堂先輩は呪術に関することならとても頼りになるし、最終確認としてはお誂え向きなのはよく分かる。
師匠からしたら一級案件の任務を受ける前に本当に大丈夫なのか、僕の実力を見誤ってないかを確かめておきたいのも理解できる。
そして五条悟が転校してきた特級術師、乙骨憂太の監視兼指導をしている間師匠に任務が多く回される以上、自分自身で確かめるのは難しくなるのも当然だ。
……けれど、東堂先輩と二人きりの任務か……
勿論悪人ではないし、呪術師としてはとても尊敬している先輩ではあるけれど、それはそれとしてこの人意味分かんないんだよな。
黒閃を出した次の日にルーキー呼びが無くなっていたのが救いといえば救いか。
「……まあ、それはそれとして、今回の任務はどんな感じなんですか伊地知さん」
「はい、今回の任務は所謂潜入調査に近いものですね。 これから向かうとある村にて、旅が趣味の補助監督が消息を絶ち、続けて捜索のために送った二級術師もまた行方不明となりました。
その方は二級術師としてはとても優秀でしたので、彼を失ったこの一件を総監部は重く見て、一級術師と成長性の高い準一級術師……つまりお二人を送り込んだわけです。
ちなみに貴方達でも成果を得られなかった場合は、五条さん、もしくは二宮玉枝さんが後処理にあたります。
……なので、いざという時は迷わず逃げてください。 今回の敵は大まかな等級すら分かっていません」
と伊地知さんは言うものの、東堂先輩はもちろん、今の僕も特級呪霊相手に善戦できるぐらいには実力がついている。
はっきり言ってそんないざという時が訪れるとは思えない
……そう思っているんじゃないか? 真守」
「僕の思考にいきなり割り込まないでよ東堂先輩」
そんな僕の訴えは聞こえてすらいないようで、続けてこう東堂先輩は説明する。
「良いか真守、今回の任務は今までお前が受けて来た任務とは一味違うぞ。
それが何か分かるか?」
「え? えっと……帳を下ろさず、一般人がいる中で任務に臨む必要があることかな。 だからいつも以上に周りに気を遣いながら戦う必要があるね」
「それもそうだが、1番の問題はそこではない。 聞く所によると、件の二級術師の経過報告には村人達には妙な様子が一切感じられないとあったそうだ。 ……さて、真守よ。
村の中で旅行者が行方不明になったのにも関わらず、新しく来た旅人に対し、村人は妙な様子を一切見せない。
警告も、焦りも、噂話すらだ。
それが何故か、分かるか?」
「…………!!」
まさか、村ぐるみの犯行ということか。
「気づいたようだな。 つまり、いついかなる時も気を張り続ける必要があるということだ。 食事の時も、厠の時も、そして就寝の時もだ。
当然、いつまでも緊張感を保ち続けるのは非常に難しい。 特に、まだまだ成長途中の俺達にとってはな。
しかし真守よ。 幸運な事に、お前はそれを簡単に解決できる、だろう? Ms.初音」
「つまり、私の出番って訳だね。 仮にマスターが寝落ちしようとも、私が四六時中AIの如き隙のない目で見渡す事で常に危険を伝えられる」
言われてみれば、今回の任務とミクは相性バッチリだ。
さらに東堂先輩が村の危険性を先んじて伝えた事で、僕が不意を打たれる機会は完全に絶たれた訳だ。
「話もまとまったようですね。 では、ここで降ろさせて頂きます。 お気をつけて」
「はい、伊地知さんも続きのお仕事、頑張ってください」
◇◇◇◇◇◇
呪術師的な目で見れば、旅館という建物は不意打ちで敵を殺すのにとても便利な構造をしている。
何と言っても安息の場であるという認識が強い場所なのが大きいし、取れる手段も施設の広さからとても多い。
料理に薬を盛っても良い、寝入っている所を襲っても良い、温泉で武装解除している所を狙うのも効果的だろう。
「ようこそ私たちの村にお越しくださいました。 ささ、こちらへどうぞ」
そう柔らかな笑みを顔に貼り付けた老人が僕らを出迎えた。
ここまで賢しげに解説しといてなんだけど、東堂先輩からの忠告が無かったらこの時点で僕は大分警戒を解いていたと思う。
意外な事に僕らが泊まる事になった宿はとても綺麗で、それは逆に僕の気を引き締める事になった。
何故かまではまだ分からないが、あまりにも周囲の田舎感溢れる雰囲気に対しこの旅館だけが妙に小綺麗すぎる。
鎌かけてみよう。
「とても綺麗な宿ですね。 もしかしてここに旅行者が来るのは珍しくないんですか?」
「いえ、そういうわけではありませんが……外からわざわざお越しいただいた貴重なお客様、それをぞんざいに扱うわけにはいきませんから」
正体が分からない相手はまず疑いから入れ。
疑いの目で見ておくと、言葉の節々から情報が得られることが偶にある、師匠の教えだ。
今回もそれはあった。
貴重……か。 生贄系の何かかな?
……いや、そもそも呪霊は本来成長しないしできない感情から生まれる出涸らしだ。
呪霊が強くなるのは大体呪胎から成長するか人からの恐怖が増すかのどちらかぐらいのはず。
生贄によって強くなる呪霊なんて聞いたことも無い。
だが確かにこの老人は貴重と言った。
なら考えられるのは術式効果かそれとも…
「真守、色々と考えるのも良いがそれで村人に不審に思われてしまうようでは本末転倒というものだ」
そこまで考えた所で東堂先輩から耳打ちされる。
「あの、どうかされましたか?」
前を見るとまさに老人が首を傾げている所だった。
「あ、すみません。 少し考え事を。 あー、すみません。 お風呂を使っても良いですか? ここまでの長旅による汗が気持ち悪くて」
「もちろんです。 ここはお部屋や料理はもちろん、温泉とて一級品と自負しています。 ごゆっくり露天風呂をお楽しみください」
「やはり温泉か……。 俺も同行しよう」
何にせよまずは東堂先輩と作戦会議をしたい。
[ここまでだけでも山ほど情報が出ている以上、ここできっちりと整理と方針を決めておくべきだ。]
先輩もそう目線で告げていた。
……幾ら友人と言っても何でこの人は目線だけで言いたいことが一言一句分かるんだろうか。
そんな事を考えながらも僕たちは暖簾を潜り扉を開け、シャワーを浴びて湯船に浸かる。
「ふーー……。 さて東堂先輩、単刀直入に聞くけど、ここに巣喰っているのは何の呪霊だと思う?」
「この村に入って数十分しか経っていないのにそんなものが分かるわけがない…………ように思えるが、ここまでのやり取りで既に幾つもヒントは隠されている。
まず、これは真守も分かるだろうが、二級術師が死ぬ前に通話報告もできず、また村にほとんど残穢が残らずに帰らぬ人となっていることが一つ目の手がかりだ。
おそらくは移動することもできずに亡くなった事で残穢が一箇所にしか残っていないのだろう。
つまり今回の敵は十中八九特級だ。 それも高位のな」
「二つ目の手がかりは村人の発言だ。 ……これも気づいているようだな、さすがは真守だ。
少し前にも旅人が来ているのにも関わらず、貴重という表現が使われたこと。
これは非術師と呪霊の癒着、村から生贄を排出していない事、そして呪霊が生贄を欲している事の3つを表しているのだろう」
「いつでも生贄を捧げれるのなら貴重という言葉は使わないってことだよね。
でも東堂先輩、まだ疑問は山積みだよ。
呪霊が生贄って何に使うと思う? これが呪詛師なら特級レベルの呪物や呪具の発動条件を満たすためなんだろうけど」
「……これはまだ予測でしかないが、最終的な目的は生贄自体には無いのだろうな。
根拠としては主に3つ。
今まで術師に目をつけられていないぐらい微細な犠牲者の少なさ、捧げられるタイミングの不安定さ、村人を襲わない節度を保てる程の余裕振りだ」
…………ん?
「ちょっと待って東堂先輩、ということはこの呪霊は余程切羽詰まっていないと村人をわざわざ巻き込もうとしない上に、村人は呪霊について知っている以上秘匿する必要が無いってことだよね」
「ああ、そうなるな。 ……! ん成程、そういうことだな?」
僕の狙いに気づいた東堂先輩は露天風呂に向かう。
僕の技の発動条件を満たすために。
「その通り、接敵を先延ばしにする必要が何一つ無いってことだよ、そして索敵に関してなら僕の能力はトップクラス。
更に僕は刀を温泉に持ち込んでいる上、ここは最も監視されている可能性が低い温泉の中、ここで決着をつけない理由はどこにも無い!
シン陰流 簡易領域 範!!」
今までの使用方法から忘れている人もいるかもしれないが、本来この技は索敵用の技だ。
領域の中に閉じこもっていようと、物陰に身を潜めようと関係なく全ての呪力を感知する。
……そして、いた。
数十メートル先、御神木と村人が崇めていた大木、その真下。
見たことが無いぐらい禍々しさを放つ、体の芯から震えが湧き出る呪霊。
それと同時に向こうが僕の領域に気づき、隠蔽していた呪力を剥き出しにして一直線に向かってくる。
「東堂先輩、こっちに件の特級呪霊が向かってくる。 まず初撃は僕の簡易領域と呪力強化で……」
「いや、初撃は俺が対処しよう。 ……臆すな、真守。 俺と真守ならきっとこの強大な呪いも祓えるはずさ」
その頼もしい言葉に呼応するようにミクが僕に気合を入れてくれる。
「うん、こうなった以上全力で立ち向かう以外ないよ、気張っていこう!
ところでマスター、1つ聞きたいのんだけど……
今の行動、高専服を着直してからでも遅く無かったんじゃない?」
「……あ」
こうして、僕の致命的なミスによって僕らは特級呪霊相手に全裸というハンデを背負って戦う事になったのだった……。