真に守り抜く 作:しんぴのまもり
「ほう、ここが二宮と、かの二宮玉枝の……!? な、なんだこの邪悪な気配は!?
これが、人間の放つ残穢だと言うのか?」
ドアを開けると同時に、ただでさえ濃かった呪いの気配がさらに充満する。
特に呪術に精通する加茂先輩は真っ先に顔を歪め、東堂先輩は更に早く臨戦態勢をとっていた。
そして奥から、段々と近づく足音と同時に、その呪いの気配は更に濃くなっていく。
一歩、一歩。 電気を点けていないのか酷く薄暗い廊下から、徐々にその姿は顕となる。
背丈と反比例するような呪力の圧を纏って現れたそれは、立ち止まると同時ゆっくりと口を開く。
「やあやあ、初めまして。 貴方たちが真守の友達ですね? いつも真守と仲良くしてくれてありがとうございます」
当然、僕の師匠だ。 ……なんだその口調。 いつもと全く違うじゃないか。
いわゆるTPOというやつなんだろうけど、なんというか、少し嫌だな。
「師匠。 違和感すごいからいつものに戻して良いよ」
「……そうか。 というかお前こそ少し口調が子供っぽくなってないか?
背は伸びてきてるんだから、もう少し大人っぽい言葉遣いを心掛けろ……例えば、そこにいる加茂憲紀くんのように」
「それは私も思っていたよマスター、なんで精神が成長してきてるのに言葉遣いが幼児化しちゃってるの、もっとかっこいい言葉を……」
「その辺にしてもらえないかしら、私たちは貴方たちの雑談を聴きにきたわけじゃ無いのだけれど?」
「ま、真依!?」
こういう時に他人でもズケズケとモノを言えるのは真依さんの欠点かつ美点だ。
真依さんの言動に三輪さんがめちゃくちゃ焦ってるのがとても面白い。 けど、師匠は呪霊とクズ以外にはとても温厚だから安心して欲しい。
そう、真依さんの言う通り。 僕たちは今日、鍛錬を積みにきたのだ。
師匠は世界に現在5人しかいない特級術師だ。 多忙な中無理をして僕たちに修行をつけてくれるのだから、できる限りその時間は有効活用しなければならない。
「なるほど、確かに修行のつけ甲斐がありそうなメンバーだな。
任せておけ、私が君たちを1日で一気にレベル上げしてやろう」
じっくりと全員を見上げ見つめて師匠はそう宣言する。
「まずは何をする? やっぱりマンツーマンで指導とか?」
「お前とはそうだったが、今日は少し違う。 まあまずはこっちに着いてきてくれ」
そう言って師匠は踵を返し、奥の方へと進んでいく。
三輪さんは残穢が更に濃くなっていく方へ進むのはあまり気が進まなかったようだが、与君が側についてくれたことで決意を固めて一緒に進んでくれた。
師匠が進んで行った先には、ポツンと1つの扉があった。 僕がいた時はこんな扉なんてなかった筈だけど、元々師匠の家はよく改装されるのであまり驚きはない。
だが、扉に入った先には、驚愕的な景色があった。
「さ、寒っ。 何この部屋、しかも、なんか少しカサついているし」
「どうやら、非常に大掛かりな空調設備によって丁度12月頃の日本の気候にしてあるようだな」
「そ、それに私の家よりもずっと広いじゃないですか……けど、それ以外に特別な設備はなさそうですね。
何が起こるんでしょうか」
西宮先輩、東堂先輩、三輪さんがそれぞれ思い思いの考えを発する中、僕もみんなと同じように、ひどく困惑していた。
それは東堂先輩が何月の気候かまで見抜いたことに対するものももちろんあったが、この部屋が作られた理由は、それ以上に意味不明だ。
「どうやら全員困惑しているみたいだな。 ん? いや、君は気付きかけているのか。 見た目によらず鋭いんだな」
東堂先輩は何かに気づいたらしいが、僕はまださっぱり分からない。
でも、このひんやりとした空気、何処かで味わったことがあるような……?
「よし真守、その場で思いっきり地面を叩いてくれないか?」
ふむ。
師匠がそう言うなら、ちょっと叩いてみよう。
最大出力で、床に全力で拳を叩きつける。
黒閃────
「えっ?」
いやちょっと待てよ。
黒閃って普通、こんな簡単に出るようなものだったっけ?
「もしかして、この空間って……?」
「察しの通り、この空間は黒閃が非常に出やすい環境を、意図的に作ったものだ。
黒閃は、狙って出すことのできない自然現象。 その時の術師の調子や呪力の込め具合によって出るかどうかが決まると言われているが……私の研究とあの五条悟の私見によると、気温や湿度も黒閃に深く関わっているんだ。 んで、色々と私含む複数の術師で実験をした結果、この冬至の少し後…クリスマスぐらいの環境が1番黒閃が出やすいことが分かったんだ。 まあ、当然呪力操作の方が大事ではあるんだが、それでも任務で出すよりはずうっとこの部屋は黒閃が出やすい」
「なるほど、つまりこれから俺たちがする修行というのは……」
「その通り、まずは全員、この場で黒閃を出してもらう。 もちろん最低限の呪力操作の指導は私が行うが、1番大切なのは君たちの才能と根気だ、頑張ってくれ。 それが終わったら、今度はマンツーマンで術式や結界術についての助言をさせてもらう。 それで有用な拡張術式ができたのなら、後は基礎を鍛えれば一級術師も夢じゃない。
……そうだな、真守と東堂くんと……西宮ちゃんもか。 3人は一旦別の訓練場で模擬戦でもしていてくれ。 私はまず4人が黒閃を出すまで徹底的に指導する。 案内してあげてくれ、真守」
「わかった。 東堂先輩、西宮先輩、こっちに着いてきて」
部屋を出て廊下を戻り、家の扉を開けて外に出る。
そこから裏に回りしばらく歩けば、数ヶ月前に師匠と戦ったあの訓練場に辿り着ける。
「すっご……二宮くんの家の敷地って本当に広いわね。
パパの家系の家よりも広いんじゃない?」
「西宮先輩はお父さんが呪術師の家系なんだっけ……いつか会ってみたいな。
さて、どうする? 師匠は模擬戦を勧めていたけど、総当たり式でタイマンバトルでもしようか」
「いや、一対一の勝負なら、俺たちはこの間の交流会で存分に味わったはずだ。
今更そんなことをしても、俺の心が真に満足することは無いし、お前達の成長もひどく緩慢なものになってしまうだろう。
そして、俺のIQ53万の脳内CPUはこうも告げている。
Ms.二宮の手腕は本物だ。 故に、加茂、与、三輪、真依。 あいつら4人は、必ず今までとは比べ物にならない力を身につけていっていると!
ならば、俺たちはこのままいつも通りの鍛錬を積むだけで良いのか? 否だ!
今の俺たちに必要なものは、より実戦に近い修行と、それに伴う死地に追い込まれた時の覚醒だ」
「な、長っ……。 何を言いたいのよ東堂君」
「要約すると、今までよりも実戦に寄った死にかけるような修行で何かを掴もうってことらしい……かな?」
なら、僕らのするべきことは……
「バトルロワイヤルってこと? それも、手加減抜き、殺し合い一歩手前レベルの」
はっきり言って僕は2人にそんなことはしたく無いけれど。
「殺し合いは私も絶対嫌よ。 東堂君みたいなバトルジャンキーじゃないのよ私達。
……でも、一対一対一で戦うのには賛成かな。
私、ちょっとやってみたいことがあるのよね」
そう言うと西宮先輩は箒を使わずにふわりと浮き上がり、ヘアゴムとネックレスを外す。
「私今日、色々持ってきてみたのよ。
これはちっちゃい時から使っていたカワイイぬいぐるみのベアちゃん……に、包丁に似た呪具を持たせたもの。
こっちは同じく、小さい頃から愛用していたヘアピン……を、削って人を抉れるぐらい鋭くしたもの。
それからこれは……」
次々と西宮先輩はバッグの中から物騒な品を取り出していく。
もしあれら全てに僕らを傷つけるのに十分な呪力を込めて、自由自在に操作できるのなら……
こめかみに、冷や汗が出るのを感じる。
「じゃ、始めよっか。 カワイイ後輩達に差をつけられているようじゃ、完璧とは言えないもの。
この前準一級呪術師に昇格できたとはいえ、そろそろもっと上を目指さないとね」
◇◇◇◇◇◇
闘いは、想像以上に熾烈を極めた。
西宮桃は東堂の不義遊戯による奇襲を避けるため、自らと術式対象との距離を十分に保ちつつの持久戦を行う。
一方東堂葵は、真守との攻防に注力しながらも西宮からの猛攻を巧みに入れ替え躱し上空にいる西宮の隙を伺う。
そして真守は東堂と拳を交わしながらも時折指や足を伸縮させ、はるか上空から一方的に攻撃を仕掛けてくる西宮桃に対しちょっかいをかけていた。 だが、まだ正確な伸縮性の調整のできていない真守がそれを当てるのは至難の業だった。
一見してこの戦場をコントロールしているように見える西宮だが、実をいうと現在最も追い詰められているのは彼女だった。
なぜなら真守も東堂も、タイマンならば西宮桃を倒すことはそこまで難しいことでは無いからだ。
やはり準一級術師と一級術師には大きな差がある。
故に、西宮桃は細心の注意を払う必要があった。
真守と東堂のどちらかが倒れた時、勝者に十分な余力があれば必ず敗北する。
すなわち、双方が満身創痍になるような闘いの流れを作る必要がある。
だが、彼女の頭は決して悪く無かった。 そして幼い頃からの呪術師の経験は、敵の余力を見極める確かな目を養っていた。
(……行ける! 呪力もまだ余裕があるし、この調子なら、2人を共倒れさせられるわ)
しかし、彼女は1つ致命的なミスを犯した。
激戦に全神経を集中させていたことで東堂葵の言っていたことが、すっぽりと頭から抜け落ちていたのだ。
故に、東堂葵と二宮真守の僅かな変化に気づけなかった。
呪術師の成長曲線が、必ずしも緩やかでないことを利用した、死地に追い込まれることによる覚醒。
それこそが東堂の語ったこの戦いの目的だ。
そして、東堂葵と二宮真守はこの目の前の相手と西宮桃の妨害の両方に注意を払わなければならないこの状況に、間違いなく追い込まれていた。
無論、先ほど述べた通り、最も神経をすり減らし追い込まれているのは西宮桃である。
だが、呪術師は才能で実力の8割が決まると言われるほどの才能主義な世界。
仮に呪術のセンスを10段階で評価するのならば、東堂葵と二宮真守が10、西宮桃は7と言ったところだろうか。
この残酷な才能の差が、この戦いでは露骨に現れた。
つまり、西宮桃は一歩出遅れてしまったということだ。
二宮真守と東堂葵は、ほぼ同時に自分自身の壁が唐突に破られたことを悟った。
それのイメージを明確化した東堂葵は、その場で即座に印を組み始める。
組まれるは来迎印。 先立って覚醒した東堂は、2人を更なる青春へと全力で導くために急速に結界を構築する。
「領域展開」
いくつもの生傷のついた肉体をまるで感じさせない落ち着き払った声と、たった今取得したとは思えないほどの洗練された領域は、2人を一気に飲み込んだ。