真に守り抜く   作:しんぴのまもり

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真守とミク

 

 昔話でもしようかとミクは言った。 だが、いくら真守が呑気でもその疑問を脇に置いておく事はできない。

 今のミクは電子の式神ではなく、人間と同じ肉体を持っているのだから。

 

「待ったミク。 なんでミクが実体を持っているの? いつもは半透明で僕の側に立っている……というか、浮かんでいたよね。

 それがなんで、今ははっきりと質感を持って、真正面に立って……」

 

「えー、やだなあマスター。 女の子の身体をそんなにじろじろ見ちゃダメだよ?」

 

「はあ…、それで、どうしてミクはそうなってるの?」

 

 はぐらかすように体をクネクネと動かすミクだったが、真守にとってのミクは姉に近い存在だ。 一切心を動かす事なく、追及を進める。

 

「……そんなに冷めた目しないでほしいなー。 マスターは実体を持った私は嫌?」

 

「いや? ミクがその姿でいたいと言うなら別にそれでも良いけれど……どうしてそうなったかは、教えて欲しい」

 

「この姿の私はマスターからやや独立しかけてるから、このままでいるとマスター術式使えなくなるよ?

 じゃ、マスターの命令通り何が起こったか解説するよ。

 この領域では、マスターの術式効果……つまり私は120%、いや200%以上の力を発揮しているからね。その副次効果と、マスターと一緒に覚えた魂への干渉で、一時的に色々と縛りを取り払えてるって感じかな? 他にも要因がないとは言わないけど…。

 

 私の話はこんなところで良いんじゃないかな?

 それよりマスター、覚えてる?  あの、後先考えず家出をして、玉枝ちゃんに拾われた日」

 

 ミクは打ち切るように自分の話を終わらせて真守に水を向ける。 彼女は一刻も早く真守を元に戻して、仲間と笑う真守が見たかった。 だが真守に全てを取り戻させるには、少々手間がかかりそうだ。

 

「家出……? 僕、そんな事したっけ」

 なぜなら真守は反転術式を習得し、脳に一時的に影響が出ている。

 それによって、彼の記憶は大きな欠落が生じているのだ。

 

「うーん、じゃあ、マスターの今までの記憶を教えてくれる?」

 

「そうだね……僕は禪院家で生まれて、術式にミクが発現した。

 ある朝起きたら、いきなりミクが枕元に立っていたのは、今でも印象深いな。

 それで、僕は鍛錬を積んでいって」

 

「そこ、ちょっと待ってマスター。 鍛錬をつけてくれたのは、誰だった?」

 

「え、そりゃあ幼い僕に修行をつけてくれるのは、親だろうし、父さん……

 ん? 父さんが修行をつけてくれた思い出が、5歳の時を最後に……思い出せない……? これは、どういう事だ?」

 

「良いね、その調子で行こう」

 困惑する真守を見て、ミクはニコニコと笑う。

 今の真守はぼんやりとした思い出に、自分の主観を肉付けして一見筋の通ったように見える記憶を作っている。

 故に、その思い出を細かく思い出させ、矛盾を突きつければ記憶を取り戻せる。 ミクはそう推測した。

 

「じゃあマスター、今年の7月、何をしたか覚えてる?」

 

「7月か、僕は確か海に行ったはずだ。 そこで鮫に遭遇して、切り刻んでフカヒレにして食べた。 ……中々に美味しかったな、あれは」

「はいマスターストップだよ。 その海は、誰と一緒に行ったの? そもそもなんでマスターは海に行ったか、覚えてる?」

 

「なんでって、そりゃあ折角の夏なんだし、海に行かなきゃ嘘でしょ……。

 ……うん? 何故夏だからと言って、海に行かなきゃ……? 夏は繁忙期だし、むしろ呪術師として仕事に専念しなければいけないんじゃないのか? ……あの時の僕は、何を思っていたんだ? それに、確かにあの時僕は誰かと一緒に海へ行ったような……う……」

 

 脳にズキズキと痛みが走り、床が少し揺れ動く。 それに伴い、額縁の中の6人の姿のピントが合っていく。

 

「海に一緒に行く相手、普通は家族、恋人……そして友人。 この辺りじゃないかな?」

 畳み掛けるようにミクは思考の誘導を行う。

 

「そうだ、少し思い出して来た。 僕は確か、家族と決別していたはずだ……何故かはまだ思い出せないが。 そして恋人はまだいない……なら、友人か? ……何かは知らないが、地響きがする。 これは記憶が戻っているということか?

 

 

 そうだ、思い出した! 僕の大事なものは、師匠とミク……そして、友達だ。 何故かはともかく、僕は友達が何より大切になった。 ミク、もう少しで完全に記憶を取り戻せそうだ」

 

「その意気だよマスター。 そうだ、そろそろそこの人の名前も、思い出せるんじゃないかな?」

 そう言われた真守は、亀永千尋をチラリと見る。

 術師としては細身の体型、瀕死の重症でも残っている、見る人が見れば殺意を覚えるほど皮肉な笑み。

 それにリンクして想起する戦いの思い出。 そして真守は一つのことを思い出す。

 

「そうだ……僕はあの時、ロボットと協力してこいつを倒して……誰かのために、こいつを見逃した!

 命を狙ってきたこいつを、殺さずに見逃したのか!」

 

「確か命じゃなくて身柄を狙ってきてた気がするけど、それはまあどうでも良いよね。

 そう、そこなんだよマスター。 マスターはあの時、術師としての自分よりも、学生としての、人としての自分を優先したんだよ。

 私はそれがマスターの意思だった以上、マスターの式神として、それは無くしちゃいけないものだと思っているよ。 ……だから、絶対にマスターの記憶は取り戻すよ」

 式神とは思えないほどの熱を持った眼で、初音ミクは自分のマスターを見つめる。

 真守もそれに応えようと必死に記憶を辿るが、まだ今ひとつ思い出せない。 あと1ピース、何かがあればといった感じだ。

 

「……ごめん、ミク。 何かもう一つ、僕の核になる……そう、友人に関するエピソードはある?」

 

「もちろん! マスターは友達と出会って数ヶ月しか経ってないけど、それでもみんなとの思い出はいくらでもあるよ。

 

 ……それにしてもさっきからすごい地響きだよね。 魂が揺れたら領域も揺れるって、マスターの領域って変わってるね。

 じゃあ、こんな質問はどうかな? マスターも、黒閃のことは覚えてるよね? その時の記憶について教えてよ」

 

 

「もちろん覚えてるよ。 あれのおかげで一級術師になれたと言っても過言じゃないんだから。 海に行ったのと同じ月、つまり7月。 僕は黒閃を打って……そう言えば、僕はどうやって黒閃を打ったんだっけ……ああ、そうだ、特級呪霊相手に、左手を失いかけながらも打ち込んだんだった。 あの時の意識を失いかけながら壁を登りきった感覚は今でも、色褪せず心に残っているよ」

 

「……そうだね、でも、マスターでも左手の無い状況で特級呪霊に黒閃を当てるのは難しいんじゃないかな?」

 

「でもできたものはできたんだろう。 黒閃をあの場で打ったから、僕は今こうして生きているんだよ」

 特級呪霊相手に右手だけで攻撃を当て、それが黒閃になる。 実際に可能かどうかは微妙なところだが、真守は現在と照らし合わせて『出来た』と結論づける。

 

(うーん、どうしようかなあ。 いくつか思考を誘導したは良いけど、マスターは肝心な記憶を取り戻してくれない) 

 

 あともうひと押し、何か捻ったアプローチが必要か。 そう考えたミクは、少々強引な手段を使うことを決めた。

 

「よし、マスター。 ちょっと腕切り落としてみてくれないかな?」

 

「何を言ってるんだ!?」

 

「いやっ聞いて欲しいな。 別にふざけてるわけではないんだよ? ただ、マスターがあまりにも思い出してくれないからさ。

 忘れられた記憶の状況を再現してみれば、もしかしたら思い出せるんじゃないかなって」

 

「……うーむ……確かに、今の僕なら欠損を治すことも不可能とまでは言わないけれど……分かった、やってみるよ」

 

 判断の早さが美点の一つの真守は、しばし考えたのち、左腕を手刀で叩き斬る。 直後左側から鋭い痛みが走り、その後じんわりと、しかしより深い痛みが襲ってくる。 当然今の真守ならば耐えきれない痛みではないが、この時の感覚を真守はよく知っていた。

 

 覚えのある感覚をきっかけにして縁のある記憶が活性化した、このタイミングを初音ミクは逃さなかった。

 ミクは音楽を媒体として力を発揮する式神、当然音……特に音楽と声に関してはエキスパートだ。

 

『真守君、もう少し周りに相談してよ!』

 

 西宮桃の声を解析、出力し、言動を真似する。 選んだ言葉は、真守が黒閃を打った後に西宮が投げかけた言葉を要約したものだ。 

 他の仲間の声をピックアップしても良かったが、真守にとっての西宮桃は仲間ともまた違う意味を持つ。

 二宮真守の友情と思い出、そして恋心の3つに同時に訴えかけ、脳の奥に沈んだ大切な記憶を呼び戻す。

 これにより、今度こそ──

 

 

(……思い、出した! 僕は、京都校所属の二宮真守だ! この数ヶ月の思い出が今の僕に全て繋がっている!)

 

「よ、良かった…これで、ハッピーエンドになったねマスター」

 

 今度こそ真守は全ての記憶を取り戻した。 亀永千尋ももう直ぐ起き上がるだろう。

 そして亀永千尋に、真守は自分の現在の結論を出しながら帰路を辿る──事は無かった。

 

 地響きがさらに強くなる。 轟く。 鳴り響く。

 

「……ねえ、マスター……この地響き、もしかしてマスターのじゃ──」

 

 ミクが言い終わるよりも早く、真守の領域が崩壊する。

 領域は内部からの攻撃に強く、外からの衝撃に弱い。 もちろん真守の領域も例外ではない。

 

 呪霊を使うまでもなく、特級呪具を使う必要すらなく、彼はただの蹴りで真守の領域を壊した。

 一点に集めた呪力から、最後の攻撃を繰り出そうとする袈裟の男の名は、言うまでもなく──

 

(夏油傑…!? 逃げたんじゃなかったのか!?

いや、そうかこいつ!! 最初から、逃げる気なんて毛頭なかったのか! こんな硬い洞窟の地面を掘れるのなら、当然地面以外の岩を掘り進めることもできる!

そして、明らかに呪力の集中しているこの領域の真上まで移動して、不意打ちを……!)

 

「術師だけの世界を作るのに、君の力はあまりにも強大になった。 悟も玉枝もいるというのに、君にミゲルやラルゥを切るわけには行かないんだよ。

 だから、ここで私が、直に叩く」

 

「極ノ番 うずまき」

 そのうずまきは、明らかについ先ほどのものよりも大きかった。

 おそらくは今までに集めた呪霊を、全て放つつもりなのだろう。

 時間はかかるが半永久的に特級呪霊を手に入れられるこの場所に辿り着いた今、呪霊を出し惜しむ必要はない。

 

「っグ、ア、アアアア! 虚式『双音』!!」

 領域の展開後、術者は術式の使用が一時困難になる。

 そんな事は100も承知でいながら、真守は呪力を練るしかない。

 練らなければ死ぬしかないのだから。

 

 だが、全く術式が纏まらない。 いつも慣れ親しんでいる術式の使用不可に伴い、呪力の動きも鈍っていく。

 

(不味い……本当に、死んでしまう……! 折角、みんなのことを思い出せたのに……!

クソ、ミクが、ミクがどこにも感じられない……!!

だが、死ぬわけには……!!)

 

「さらばだ、二宮真守。 ……本当に、すまない」

 

 

 

「ダメ……だよ……マスター、死んじゃ、ダメだよ」

 

「!?」

 

 まさに夏油傑が極の番を放ち、真守が死ぬ直前、夏油の視界を埋め尽くすように、それは現れた。

 彼女自身にとっても、それは意図して起こした行動ではなかっただろう。

 術式の焼き切れによって、真守から一時的に切り離された彼女が、何かできないかと必死にもがいた。

 その結果、偶然ピースがハマり現れたそれは、夏油の意識をほんの数瞬だけ逸らした。

 

「あれ、これもしかしてお礼参りのチャンスかい?」

 

 更にこの場にはその数瞬を、数秒に延長してくるクズがいた。

 ほんの少し前、具体的には夏油がうずまきを構え出したくらいのタイミングで意識の戻ってきた亀永千尋は、ミクによって出た夏油の意識の合間を持ち前の性格の悪さで見事についた。

 明らかに危急の状況だったので、亀永千尋は自身の持つ毒の中でも最速で効果が現れる代物を選んだ。 が、その即効性の代償に効き目自体は非常に弱いものだった。

 体内の呪力をほんの僅かに乱す毒、だが今夏油の放とうとしていたのは、術式の奥義たる『極ノ番』。 そのほんの少しで発動できなくなるほどの繊細な呪力操作が求められる。 これにより、夏油傑はうずまきの呪力操作を一からやり直す羽目になった。

 

「ありがとう、ミク。……亀永さんも。 これで、僕はみんなのところに帰れる。

 もう少しだけ、代償を負う必要はあるけれど」

 

 そう言った真守の鼻から、血がボトボトと噴きこぼれる。

 真守が選んだのは、脳を呪力で破壊したのち、完全に脳が停止する前に反転術式で治す荒技だった。

 それは五条悟や両面宿儺のような規格外ですら数回と持たなかった、正真正銘の諸刃の剣だ。

 真守は反転術式だけならばその2人にすら匹敵する才能を持つが、呪力による脳破壊はまた別の技術だ。 ブラックボックスと呼ばれる脳の術式を司る部分を的確に破壊し、その上で即死しないように最低限の破壊で留める。 そんな呪力操作は、特級術師でもできない者の方が多いだろう。

 

 だが、2人の時間稼ぎにより極限まで研ぎ澄まされた集中力が、真守を奇跡的に成功に導いた。 おそらくは日に2度行ったのなら廃人になるほどのダメージが脳に入ったが、呪力を操作するだけの力はまだ残っている。

 

「漸進 端緒 未来の調べ」

 

 凝縮された時間の中、完全詠唱を持って放たれる200%の────

 

「虚式 双音」

 

 極ノ番と虚式の衝突によって洞窟が崩壊していく中、真守は確かにそれを聞いた。

 

「あはは、やだなあ……マスターと、しばらく……もしかしたら、ずっと会えなくなるの…。

 ……死んじゃダメだよ、マスター。 体も、心も、守り抜いて」

 

「え……ミク、どういう事だ! 会えなくなるって何!? ミク!?」

 顔面を蒼白にしながら手を伸ばすが、すでにミクは電子の式神へと戻っていて、触れることは叶わない。

 

 お互いの手は間違いなく近づき重なっているというのに、2人の手ははどうしようもなく届かなかった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「ぬ、ん、んん……プハアッ!!

 ハア、ハア……あんな状況から生き残れるなんて、私も大概悪運の強い……。

 今回ばかりは本当に死ぬつもりだったんだけどね。 まあ、2人とも生き残れたのなら、上々かな…うん?」

 

 真守を担いで瓦礫から抜け出た亀永千尋の視線の先にいたのは、先ほど自分を殺しかけた袈裟の男……夏油傑だった。

 これだけならばまだ理解できる。 非常にまずい状況だが、まだマシだ。

 

 だが、それ以外の人物は大問題だ。

 サングラスとミリタリーベレーを掛け、黒い縄を持っている筋肉質な黒人。

 乳首に当たる位置にハートのニップレスをつけた金髪半裸の男。

 

 ──そして、その3人の前に立ち塞がるように位置する、額に傷跡の有る亀永千尋にとって見覚えのある妙齢の女性。

 

(おっ一目で分かるようなヤバい奴らだ。 こいつらには関わっちゃいけない)

 

 見た目の奇抜さもさることながら、驚くべきはその力。

 新たに現れた3人全員の呪力量が、先の戦いで消耗しているとは言えど特級呪詛師である夏油傑を上回っているのだ。

 気絶している真守と一命を取り留めたものの傷の深い自分では、間に割り込んだとしても、その先には死しかないだろう。

 即断即決、その結論に至った瞬間に亀永千尋はその場から逃げ出した。

 

 故に、この2人は、この後行われた夏油傑の身体を巡る激闘を知る事は無かった。

 

◇◇◇◇◇◇

 

「しかしきつい戦いだったな真守」

 

「うん…あれ以来ミクを全く感じないんだけど……どうなってるのか、師匠なら分かる?」

 

 怪しい亀永千尋の誘いにホイホイ乗って身を危険に晒したこと、許可を取らずに人の過去を探ろうとしたこと、過酷なブートキャンプの直後にたった数時間の移動時の仮眠のみで戦いを行ったことなどをかなりガチめに叱られた後に、真守は二宮玉枝にことの次第を一から十まで説明させられていた。

 

「私もその場にいたから全てが分かるわけじゃあないが……真守の話では、ミクは術式が焼き切れたタイミングで夏油傑の前に現れ、視界を塞ぎ気を逸らしたってことだよな。 私は今まで色んな術式を見て来たが、術師ではなく術式が無茶をして術式の焼き切れをどうにかしたっていうのは見たことがない。 まあミクが滅茶苦茶特殊な式神ってのはあるだろうけどな。

 ここからは、私の推理になってしまんだが……おそらくミクは、ただ真守に宿っていただけの術式じゃ無かったのかもしれないな」

 

「ただの術式じゃない……?」

 

「真守も術式の暴走という概念は聞いたことあるだろ。 1番有名なのは呪霊操術だ。 あれは呪霊を抱えた状態で術者が死ぬと術式が暴走し、せっかく捕獲した呪霊が野に放たれる。 ゲーム機を壊せばソフトが入っていてもゲームができなくなるのと同じだな。

 だが、ゲームで例えるのなら、ゲーム機が壊れてもソフトが無事ならば、またバックアップをとっていればデータは残るだろう。

 

 ここで重要なのは、術式は脳に依存する、ブラックボックスの領域の話……つまり、どんな術式があってもおかしくない、ということだ。

 もしかしたら、どこかには世界の理に干渉できる術式なんてのもあるのかもな……なんて」

 

「ふーん。 それでミクはどんな術式なの?」

 

 早口で術式について語り始めた玉枝をスルーしながら真守は話を急かす。

 尊敬する相手でも、締めるところは締めなければ話が進まない。

 

「そしてだ、ここでミクの特異性を考えてみよう。

 ミクの1番凄いところは、やはりあの高度に発達した自意識だ。 式神ってのは、術者の意思に従って動く呪力の塊だからな。 本来あそこまでの自我は不要どころか、邪魔ですらある。 実際真守も、ミクによって性格が大きく変わっただろ? 真守の場合は善寄りになったから良かったが、式神が術者のあり方を変えるってのは大問題だ。

 十種影法術の虎の子には自爆じみた使い方をする式神があるらしいが、あれって絶対人格形成に良くない影響を及ぼすと思うんだよな……」

 

「はいはい、それで?」

 

「次に面白いとこは、あの知識量だ。 ミクの持つ知識は平安時代にまで遡るが、情報の深さで言うと、あくまでもその時代の人間の常識に留まっている。 その時代にインターネットがあれば、それはちょうどミクと同じくらいの情報になるだろうな。

 しかも、それ以前については現代人と同じ情報しか持っていない。

 つまり、彼女の持っている情報には明らかな偏りがあるんだ。 私は、ここがミクの正体に繋がると思っている」

 

「それは、一体……?」

 

 唾を飲み込みながら、真守は先を促す。

 

 「ここから推測される結論。 それは、ミクは1000年以上前から、人から人へと渡り歩いていった術式だということだ」

 

 だが、玉枝の答えはあまりにも現実的と言えないような奇々怪々なものだった。

 

 「………うん? え? それはちょっと論理が飛躍してない? しかも意外とミクが何で消えて、どこに行ったのか分からないじゃ……」

 

「人の話は最後まで、だ。 ミクは、1000年前から存在したから平安時代の頃の常識を知っていた。 術者とともに時代を過ごしたのなら、当然その時代の常識は持っている。

 ただの術式でありながら、あの自我の強さを持っていた理由にもこれなら説明がつく。 式神だって変わることはできる。 1000年かけて徐々に自意識と良識を身につけていったと言うわけだ。 どうだ? 全部説明できるだろ?」

 

「どうって言われても……」

 

「そして、ミクの行方だな。 おそらくミクは、術者の死と同時に子ども……それも、素養はあるが術式を持たない子の魂に、住み着いているんだ。

 

 ミクの存在を許す縛りは、自身の無害化。 それは真守もミクから聞いているはずだ。 その縛りこそが、今回のミクの行方に繋がっているはずだ。 自身の無害化……それは、住み着く術者に対しても、同じことが言える……つまり、魂を間借りしても、対象の魂は穢れず、傷つかないようにしているのか? それを可能としているのは結界術の応用……? それとも、無害化の縛りの効力ってのは、無理を突き通して道理を蹴り飛ばせるレベルの代物だった……?」

 

 玉枝はまたしても本筋から外れ、思考の渦に身を任せる。 しかも今度は真守に向かって話すのではなく、独り言になっていた。

 

「……ミクの行方は? 今日の師匠、ちょっと変だよ」

 

 真守にとって師匠は、ここまで好き勝手に自分の考えだけを喋るような人では無かった。

 確かに彼女は研究者であり、強く在ることに全力を捧げたが、決して他者を蔑ろにするマッドサイエンティストでは無い。

 少なくとも、今まで真守の見てきた玉枝はそうだったし、真守は自分の師匠を信じていた。

 

「ああ、すまない……夏油傑の動向と現状を聞いてからちょっと、な。

 クソッ…過去ってのは、どうしてこうも……今も昔も、私は……」

 

 綺麗な金髪の髪を掻き乱しながら、玉枝は首を振る。

 その髪の付け根からは、全てを呑み込みそうな深い紫が覗いていた。

 

「……いつか、その話も聞かせてくれる? やっぱり僕は、師匠のことを何も知らないし、もっとよく知りたい」

 

「……ああ、そうだな。 いつかは、な。

 

 よし、じゃあミクがどこに行ったのかを解説しよう。

 ミクは、周囲に害を与えない縛りで術者に棲みつくのを許可されていた。 だが、今回の一件でミクは、夏油傑の前に出て視界を防ぎ、真守の虚式を誘発させた。 真守に入れ知恵するだけなら兎も角、ここまでいくと縛りに反してしまった、そういうことじゃないか? 縛りってのは謎に寛容なところと頑固なところがあるからな。

 

 つまるところ、だ。 ミクは、縛りを破った代償に真守から弾き出された。 私はそう推測する」

 

 ミクの消失に居合わせた真守にとっても、玉枝の説明は、納得のいくものだった。

 納得のいくものだった、が。 結局のところ、真守が知りたいのは、何故ミクが消えたかではない。

 勿論それも気にはなっているが、最も、何よりも知りたい事。 それは、ミクがどこにいて、どうやったら会えるのかだ。

 

「待った、師匠。 なら、僕はどうやってミクと再開すれば良い? まさか、もう会えない、なんて事は……」

 

 言葉を進めるたびに、真守の顔が不安と絶望に覆われる。

 真守にとって誰よりも付き合いの長いミクとの永遠の別れ。 それは半身をもぎ取られる以上の苦しみになるだろう。

 

 しかし、玉枝はここに来てニヤリと笑った。

 

「だから言っているだろ、話は最後まで聞けと。 まあ関係ない話をしまくった私が悪いんだが。

 ミクはまだ消滅したわけじゃない。 そして勿論、真守の元に戻す方法もある」

 

 真守にとって幸運だったのは、相談相手が特級術師かつ研究者の二宮玉枝だった事だ。

 

「ミクは確かに縛りを破って真守から弾き出された。 だが、本来この縛りは破れないはずなんだ」

 

「例として、呪胎九相図という呪物をあげよう。 あれもまた自身の無害化によって壊すことができなくなっているんだが、あれが後出しで『壊れても良いので、周りに被害出して行きます』なんてことになったら困るだろ?

 それと同じだ。 一度存在を許された時点で、既に契約は履行されている」

 

「……けど、実際にミクは僕を守るために夏油傑に干渉した! 実際に縛りを破ってしまった以上、その代償に消滅という罰が降った可能性は十分に……!」

 

「真守、真守。 よく思い出すんだ。

 真守をミクが守った時、お前自身はどんな状態だった?」

 

「……あ!!

 

 術式が、焼き切れていた!!」

 

「そう、術式が焼き切れているタイミングに、ミクは動いた。

 何世代にも渡って術者を見守っていく内に、覚えた特異な技術だろうな。

 

 術式が焼き切れたタイミングで稼働した。 すなわち、そいつは術式ではない。 縛りは、そう判断した。

 だが、それと同時にミクが縛りを破ったこともまた、動かせない事実だ。

 

 2つの相反する縛りの認識。

 これによって、ミクは完全に縛りから脱却した。 ……または、見放された。

 彼女は消滅することすらもできていない。

 術式でも人間でも、ましてや呪霊でもない。 そんな状態になって、今もどこかを彷徨っている。

 

 だがな、真守。 これはお前にとってチャンスでもある。

 お前が再び何処かで迷子になっているミクを見つけたのなら、自分の魂の中に再び招き入れて、術式として再定義できるかもしれない!」

 

「つまり、僕は……任務に参加し、ありとあらゆるところを渡り歩いて、ミクを見つければ良い、そういう訳か」

 

(友達との交流と、任務との兼ね合い……これからはもっと上手く調整していく必要があるか。

ミクがそばにいない時でも、みんなといて心から笑えるかどうかも重要だな。

やることは多いが……頑張ろう)

 

 結局のところ自分の理想は、仲間を頼り、情報を集め、そして最後の最後は自分で叶えるしかないのだ。

 

 ここに、真守にとって新たな強い目的が生まれる。

 真守は友達を手に入れ、強くなり、青春を始めた。

 

 次は、恩人で魂を分けた相棒、初音ミクを連れ戻そう。

 

◇◇◇◇◇◇

 

 2018年9月某日、神奈川県川崎市キネマシネマ

 

「えっ、今回の引率五条先生じゃねーの?」

 

 桃色の髪を持ち、目の下に切れ目の入った少年が驚く。

 

「そうなんだよね〜。 でも安心して、信用できる後輩と、めちゃ強い子…君の一個上の先輩に当たる子を呼んだから。

 

 紹介しよう、脱サラ呪術師の七海くん、そして術式捜索中の二宮真守君でーす」

 

「その言い方やめてください」

 

「……よろしくね、虎杖君」

 

 あの事件から早1年、二宮真守は関東にミクを捜索しにきていた。

 




 これにて第一部完。
 オリ主達の存在に加えて夏油傑が生存し、里香が成仏せず、ミゲルとのコネがなくなり乙骨が留学できなくなった呪術廻戦。 これから物語はどう進むのでしょうか。
 次からは幼魚と逆罰までにあった事を挟みながら進めていきます。
 更新に大きな開きが出てしまいましたが、今後もこの作品をお願いします。
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