真に守り抜く   作:しんぴのまもり

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憂太と呪霊

 

「すみません、ここで降ろしてください」

 

「はい?」

 

「お願いします、伊地知さん。 ここからは徒歩で行きたいです」

 

「い、いえしかし……ここから東京校まで、後100km以上……」

 

「お願いします」

 

「……分かりました、お気をつけて」

 

「ありがとうございます」

 

 乙骨憂太のいつにない強い主張に押され、伊地知潔高は1人車で離れた。

 もしももう少し話す時間が長ければ、彼はこの後の戦いに巻き込まれて死んでいただろう。

 

 乙骨は2(・)人(・)で来たる強敵を待ち構え、声を上げた。

 

「出てくるなら早く出て来い。 そっちの狙いは僕だろう」

 

 今回の任務は特に何の変哲もないどころか、二級呪霊たった2体を祓う、ただそれだけの明らかに特級術師には不釣り合いな易しすぎる任務だった。

 そして任務地は他の術師が間違いなく寄りつかない辺境。 更にはさっきから感じる強い呪力の気配。 引き離したのが五条悟ではなく自分だったことからも、どう考えても狙いは自分自身でしかあり得ないと乙骨憂太は判断した。

 

(……僕を誘き寄せるために、この任務が組まれたとしたのなら。 もしや上層部に何物かの手が……)

 

「ヒャアッ!!」

 

 乙骨憂太が思考する中奇声を上げながら現れたのは、当然富士山頭の漏瑚だ。

 指を振り上げて近くの壁から火山を盛り上げ、炎を噴射する。 挨拶代わりの一撃ではあるが、それでも一級術師の9割9分9厘を消し炭にできるだろう。

 

 しかし相手は特級術師にして現代の異能乙骨憂太と呪いの女王折本里香。

 夏油傑との戦闘を経なかったことで本体を乙骨に宿している彼女は、彼に底なしの呪力をもたらす。

 乙骨は予想外の位置からの攻撃を避けきれず、咄嗟に呪力で身体を覆う。 乙骨のできることはそれだけだった。

 だが、それでも全身に火炎を喰らったはずのその身体には、火傷1つついてなかった。

 

 これには漏瑚も目を見開き、目の前の相手への認識を変えた。

 

「ふん、少しはやるようだな。 奴が厄介だと言うだけはある」

 

「誰からの指示で僕を襲った」

 

「指示という言い方は業腹だが、言うわけがなかろう。

 今のはほんの小手調べだ。 行くぞ小僧、『火礫虫』」

 

 お互いに相手の話を聞くつもりなど一つもない。 ただ目の前の敵を祓う/殺すのみだ。

 漏瑚は気味の悪い虫を召喚し、乙骨に差し向ける。 ただの式神では無く、騒音と爆発で的確に五感を潰し、致命傷を与える凶悪極まりない代物だ。 乙骨が刀で切り伏せると同時に大爆発を起こし、その隙に漏瑚は裏に回る。 狙いは当然、無防備な背中だ。

 

 

『動くな』

「なっ!?」

 

(馬鹿な! 呪言師だと!? 先程までそれらしき紋様は──)

 

 視界を防ぐという狙いにすぐ気づいた乙骨は、躊躇う事なく手札の一つを切る。 出し惜しみをして勝てる相手ではないことは戦う前から分かりきっていた。 当然、攻撃もいっそこれで決めてしまえという気持ちで術式を切る。

 

『百斂 ──穿血!』

「ぐおぉっ!!」

 

「畳み掛けるぞ、里香!!」

「はぁああい」

 

 咄嗟に身を捩らせることで眼に直撃していたはずの血は肩を貫くに留めた。 が、先程呪言を使った術師が別の術式を使ったことで漏瑚の混乱は頂点に達する。 その隙を見逃さず、乙骨は里香と共に漏瑚の頭を潰しにかかる。 

 乙骨は、漏瑚の危険性を高く見積もっていた。 だからこそ、最短での決着を求めて惜しげもなく術式を使い、全力で祓いにかかる。

 漏瑚は自然呪霊一の火力を持つが、その一方で耐久はそこまで高くない。 

 この状態で乙骨の里香のラッシュを食らえば、とても生きてはいられないだろう。 乙骨の戦略が漏瑚の弱点に意図せず完璧にハマり、この勝負は乙骨憂太の完勝だったと言えるだろう。

 

 乱入者がいなければ、だが。

 

「よら子なか愚 いさなめや」

 

「わあ、きれえ……」

「これは、花畑……?  ………! 今のは……術式、だよね……」

 

 地面から花畑が生え、乙骨の戦意が一瞬途切れる。

 次いで、木の幹が乙骨憂太を囲い込むような形で隆起し、その質量で押し潰そうと襲いかかる。

 

「里香!!」

「あい」

 

 里香は乙骨を手に乗せ、バレーボールの要領で打ち出した。 しなやかかつ強靭な打ち出しによって、幹に押し潰されるよりも先に乙骨は脱出を果たす。 そして里香本人はフィジカル一つで木を破り、外へ抜け出すことに成功する。

 

「しめたぞ花御! 奴は空中ではそう自由に動けんはずだ!!」

「!すでめどと」

 

 漏瑚は火炎弾を、花御は鋭い幹を乙骨に放つ。 乙骨憂太でも一点に呪力を集中させなければ受け切れない攻撃が、全身を覆い込むほどに広い範囲で襲ってくる。 

 

 その攻撃を喰らい、たまらず血反吐を吐いたのは、花御だった。

 

「?!が何……っな」

「……入れ替えの術式か」

 

 『不義遊戯』乙骨は片手に刀を持っているが、彼の半身である里香が拍手をすることでも術式は作動する。

 自分の術式に加え、効果バツグンの漏瑚の火炎弾までも花御は喰らってしまった。 硬さがウリの花御でも、これは効く。 効かないはずがない。

 乙骨憂太はこれを好機と見て、反転術式を手に回しながら花御に接近する。 呪霊は負のエネルギーでできている故に、反転術式のアウトプットで即死する。 花御も漏瑚も、乙骨の右手が花御を死に至らしめる毒手だと一目見て理解した。

 

「──舐めるなよ小僧が! 骨の髄まで焼き尽くしてくれるわ!」

 それを見た漏瑚は覚悟を決めた。 花御を守るために、呪霊としての矜持を守り抜くために、相手の力を見極めきってないこの状況で奥の手を切る。

 

『領域展開 蓋棺鉄囲山』

 

 領域を以て乙骨憂太と花御の間を区切る。 

 目の前の相手の式神が領域を叩き壊してくるよりも前に、焼き焦がし押し潰す。 2度と花御の姿を見させはしない。 己の全てを賭けて、漏瑚は乙骨憂太を殺しにかかった。

 

「灰すら残さんぞ! 乙骨憂太!!」

 

(こいつの領域に素の力で耐える事は不可能だ。 

こいつを祓って術式が使えなくなった時にあの植物呪霊と戦うのもリスクが高い……が、里香ちゃんとの2人がかりなら、術式が回復するまで耐えられるか? あいつも相当ダメージを負っていたし、不可能では無いはずだ)

 乙骨もまた頭を高速で回転させ、一つの結論に辿り着いた。 組むは荼枳尼天印。

 おどろおどろしく強大な呪力を膨らませて、ここに呟く。

 

『領域展開 真贋相愛』

 

 特級呪霊の中でも一線を画す自然呪霊。 その中でも最強の漏瑚。

 国家転覆を可能とする特級術師。 術師の頂とも言える位に最年少でなった乙骨憂太。

 

 共に規格外の異能が繰り広げる領域の引き合いは苛烈なものになった。

 一瞬でも気を抜けば飲み込まれる以上、互いに印を解くことも術式を使うこともできない。

 互いに精神力と呪力を消耗しあう粘り合い。

 

 宿儺の呪力量を自分の2倍以上だと言い切った乙骨憂太と、20本ある宿儺の指のうち8、9本相当の力を持つと言われた漏瑚。

 双方の間に呪力量の差はそう無かった。

 もちろん今の乙骨は変幻自在、底なしの呪力を持つ里香が常に呪力を供給する以上呪力切れは存在しない。

 だが、領域で隔てられたことによって、その無限の呪力を押し合いに割くことはできなくなってしまっていた。

 

 故に当然、均衡を崩したのは、外部だった。

 

「?かすで事無 瑚漏」

「憂太、ゆうたあ」

 

 領域は外側からの衝撃に弱く、弱った花御でも壊すことはできる。

 花御は草木の生気を吸い取り呪力に還元し、領域を巻き込む形で里香を砲撃した。

 

 里香は咄嗟に身を躱し、その結果砲撃は領域に直撃した。

 

 これにより乙骨憂太と漏瑚の領域は崩壊し、双方の術式は焼き切れた。

 ただし、お互いが同じものを失ったからといって何も変わらない訳ではない。

 

 折本里香と花御の間には大きな違い、領域の有無がある。

 

『領域展開 朶頤光海』

 

 花御の領域が漏瑚、乙骨、里香を飲み込む。

 『朶頤光海』には漏瑚の熱と同じように、必中効果とは別に戦意を削ぐ花畑が広がっている。

 領域展開で精神的に疲弊した今の乙骨憂太には、花畑による戦意の減退が砂に水が染み込むように広がっていく。

 

 当然すぐに乙骨も気を引き締めたが、この一瞬の意識の緩みが彼の対処を遅らせた。

 

「!! でかしたぞ、花御!」

 

「ゆうた!!」

「これは……!? まさか、呪力を!!」

 

「すば伸を根へく深の体肉程う使を術 物好大が力呪は芽だんこち打にタナア」

「いなえ使は術呪うもはタナア」

 

 乙骨の呪力量が、ここに来て裏目に出る。 底なしの呪力に打ち込まれた種の成長は伏黒恵に対してのそれの比ではない。

 あっという間に大木へと成長し、乙骨をその場で固定する。

 

「うぅううう!! これ、固いぃいいい!!!!!」

「ぐっ……!」

 

 里香の剛力を持ってしても、幹は揺るがない。

 そも、この幹は乙骨の呪力でできている。 同じタイプの呪力の里香では、威力が減衰してしまうのだ。

 

「さて、トドメじゃ。 極ノ番 隕!」

「すでりわ終」

 

 漏瑚と花御は油断をしない。

 里香が幹と格闘している間に、彼らはすかさずそれぞれの最大奥義を放つ準備をする。 隕石と光線、今の乙骨たちには手に余る攻撃だ。

 万事休す。 そうとしか言えなかった。

 

 

 だが、乙骨憂太の本当の強さはここからだった。 ネジの飛び切ったその精神性こそが、乙骨憂太という術師の恐ろしさだ。

 

 

 

『憂太! 僕の一番弟子紹介するね! ほら、恵もあいさつあいさつ!』

『どうも、伏黒恵です』

 

『へえ、伏黒君か、よろしくね』

 

 

 

 

 このままでは負ける。 そう判断した彼は、自身に根を張り続ける樹も腹の中に渦巻き続ける痛みも無視して、即座にそれを選んだ。

 

「布留部由良由良 八握剣異界神将魔虎羅」

 

 狗の遠吠えが鳴り響き、糸が封印のように巻き付けられたそれは姿を現した。

 3メートルを優に超えるその巨躯と圧倒的な威圧感は、漏瑚と花御に一瞬で敗北を悟らせた。

 

「!? な、なんだこれは!?」

「ねすでいずま……がんせまりか分はか何」

 

 糸が解け、退魔の剣を携えたその式神は、完全に顕現する。

 まず魔虎羅が切り付けたのは、術者である乙骨憂太だった。

 

「ッ───!!!」

 その腰も入っていない一振りで乙骨は花御の領域を易々と破り、更にその向こうへと吹き飛ばされた。

 それを目の当たりにした漏瑚は、即座に一つの結論に辿り着く。

 

「……なるほど、ここは退くぞ花御。 どうやら儂らが奴の射程外にまで逃げ切れば、乙骨憂太は勝手に死ぬようだ。 其れも自分の術式での」

「たしまりか分……」

 

 漏瑚の強みはその圧倒的な火力とスピードだけでは無く、その老獪さにある。

 五条悟との駅構内での戦いで花御が死に、漏瑚は生き残った。

 その理由は、戦闘能力の差というよりも、展延を解かないという判断力によるものが大きかった。

 今回も同じく、漏瑚は徹底抗戦よりも戦略的撤退による確実な勝利を選び取った。

 

 これにより、漏瑚、花御両名はこの場から離脱し、ひとまず生き延びることに成功したのだった。

 

 

 そして乙骨もまた、これにより一命を取り留めることとなる。

 

「……思った通り、術式そのものが使用不能になったら、儀式も中断されるんだ。

 ありがとう、里香。 里香が呪力をたくさんくれて助かったよ」

「えへへぇ」

 

 魔虎羅に力の及ばない術者が生き残る唯一の方法は、何らかの手段で儀式そのものを中断させることだ。

 例えば、第三者に魔虎羅を倒してもらい、一対一で調伏を行うという前提を崩す。

 例えば、術者と魔虎羅の距離を星間レベルまで引き離す。

 

 例えば、術式そのものを焼き切って、魔虎羅との繋がりを断ち切る。

 

 もちろん魔虎羅を顕現させた状態で、しかも2度目の領域を展開するには莫大な呪力を要求される。

 しかし、今の乙骨には外付けの無尽蔵の呪力タンク、折本里香がいた。

 

「本当に、僕は里香に助けられてばかりだね…。

 ……そうだ、あの特級呪霊のこと、五条先生たちに報告しないと」

 

 こうして、自然呪霊vs乙骨憂太という本来なら決して生まれなかった戦いは、お互いに手札を晒すという痛み分けで終わったのだった。

 

 

 

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