真に守り抜く 作:しんぴのまもり
時は少し遡り、加茂憲紀は準一級呪霊と対峙していた。
(二宮の見せたあの呪力量なら二級呪霊を祓い切るのにそこまで時間は掛からないだろう。
もちろん1人で祓えるのならばそれで良い。だが、相手の術式が不明な以上、何も考えずに近づくのも好ましく無いな)
と思案しつつ次々と矢を放って行く。血で操作することで面白いように当たるが、どれも浅い。
犀のような見た目をした呪霊はそのチマチマとした攻撃が気に障ったのか、突然恐ろしい速度で突進してきた。
「ッ…!」
咄嗟に身を躱わすが、巨体に身合わず小回りのきくらしい呪霊は即座に再び憲紀の方へと顔を向け、至近距離から憲紀へ疾走する。
「グッ…」
またしても咄嗟に呪霊の角を掴み抵抗するが、自力の差によりじわじわと押し負ける。
だが、赤血操術の相伝として選ばれた所以、対応力の高さがここで光る。
「『赤鱗躍動』」
身体強化により少しづつ押し戻して行き、余裕ができたところで呪霊の顎を思いっ切り蹴飛ばす。
「ボアァア!!」
思わず怯む呪霊の隙をつき、再び距離を取り遠距離戦に持ち込む。
(このままではジリ貧だな。もしあの突進を受け止めれなければ私は少なくない傷を受けるだろう。だがここまで戦えば…)
「遅くなりました先輩」
(二宮が合流する)
「で、どうします。 相手が格上な以上2人がかりでも祓えるかどうかは賭けになりますけど」
「…二宮、あいつの主な攻撃は角を使った近接攻撃だ。
恐ろしく素早く硬いが、お前が動きを抑えてくれれば私が祓うことができる。頼んでも良いか」
「了解」
策を受諾するや否や真守は突進を得意とする呪霊に対し、躊躇なく真正面から突撃する。
「ブオォォオォ!!」
当然呪霊も対抗するように突進をするが、衝突寸前に真守は呪霊を乗り越え、両手で刀を首に押し込む。
しかしダイヤモンドのような硬さの首は中々寸断されてくれず、呪霊は刀を振り払わんと酷く荒ぶる。
(…っ!硬い! でもその分力は抑えられない程じゃない 呪力の多くを防御に割り振っているのか?)
二宮の推測どおり、この呪霊は防御の方を重点に置いている。故に準一級なのにも関わらず、二級術師になりたての憲紀や真守でも競り合いが成立する程の力しか持ち合わせていない。当然その分固めに固めたその肉体は、硬さだけなら一級呪霊にも匹敵する。 が、今ここには一年後にはそれよりも格上の特級、その中でも更に上澄みの呪霊に対し傷をつけれる技を持つ術師がいる。
「百斂 せんけ…」
「ガ…ボゥッ!」
ところが呪霊もただでは終わらない。
憲紀が穿血を放とうとしたその時、呪霊は術式を発動し、鼻の上にある角を憲紀に向けて放った。
真守はここまで使う素振りすら見せなかった術式への警戒を解いている。
真守の戦闘経験の少なさがここにきて裏目に出る。
間に合わない。そう確信した真守に、10年ぶりの緊張が走る。
それでも何かをしようと慌てて拘束を解こうとする真守に対し
「拘束を解くな、真守」
━━━真守と違い、一年間実際に呪霊を祓い続けた積み重ねが加茂憲紀にはある。
故にこの呪霊の悪足掻きもある程度は予想しており、焦ることなく真守に待機命令を出し、百斂の圧縮を強める。
しかし流石に呪霊の放った角が憲紀に当たる方が早い。
その角は憲紀の額へ綺麗に当たり……弾かれる。
「ボガッ!?」
「! 落花の情か!」
憲紀は加茂家の嫡男として扱われている。次期当主の候補な以上、相手の攻撃に対しオートでカウンターができる御三家の秘伝 『落花の情』 も当然習得している。そして相手の奥の手も切らせた憲紀は今度こそ呪霊に対し、赤血操術の奥義を撃ち出す。
「
「ガッ!ボボッ!ボッ……」
放った血液は、呪霊の頭のみをビームのように見事に貫いた。核を撃ち抜かれたことで、断末魔をあげながら呪霊の体は為す術なく崩壊して行くのだった。
◇◇◇◇◇
京都校へと帰る途中、僕は初めての任務について加茂先輩と話していた。
「でも、呪霊の角が飛び出た時は本当にもう駄目かと思いましたよ加茂先輩。 よく相手の奥の手を読み切ることができましたね」
「あの時は、相手の術式を判明させて確実に祓うためわざと隙を見せた。それにより、相手の術式の発動が甘くなることも誘導した訳だ」
「へぇ、色々考えているんですね」
「あらゆる事態を想定して戦うのが呪術師の基本だ。覚えておくと良い」
と加茂先輩はアドバイスを送ってくれる。
先達の助言はよく聞いておくものだ。特に呪術師では。
「成程ー、でもそれが出来るようになるには慣れが必要だよね。どうしたらより早くその力を習得できるかな」
とミクが勝手に話に割り込んでくる。まあそれは僕も聞きたい事だし別に良いけど。
「これは私がやっていることだが、少しでも疑問に思うことがあればその事について深く考えてみることだ。
それが通常思い浮かばない事態を想定する鍵になる場合もある」
「ほうほう、例えば?」
「そうだな、例えば……何故二宮は御三家の秘伝のはずである『落花の情』のことを知っているのか、とかだろうか」
「…それは」
「加えて、禪院家には10年ほど前、二宮と同じ名前で自立する式神を扱う術師が逐電する事件があったらしい」
「これは一体、どういうことなのだろうか」
「………………」
……ミクと僕は、思わず黙り込む。
「…いや、すまない。 少し意地の悪い言い方をした。話したくないのであればそれで構わない」
「いえ、構いません。 ムキになってまでも隠すことというわけでもないし、そこまで知られてるのならもう話しておいた方がいいでしょう」
━━そう言いつつも、真守の顔には一筋の汗が流れ落ちていた。
「とは言ってもそんなに話すことは多くはありませんよ」
「まず、これは先輩も知っていると思いますが、非術師と呪術師の価値観が全く異なるのと同じように、一般の呪術師と御三家や上層部の呪術師の価値観も又、大きく異なります」
「次に、僕の式神の『初音ミク』はミク自身が生まれるまでの知識が詰まっていますが、その価値観はどちらかというと一般術師に近いんです」
「……成程」
段々と口調が早くなっていく真守に対し、憲紀は落ち着かせるため相槌を打つが、真守に届いているかどうかは少々怪しくなってきていた。
「そして、僕が禪院家の価値観を教え込まれている時に、僕の術式は発現しました。
…その時から僕のそばには、二つの全く異なる価値観が存在し続けていた。
だから自分は、どちらの考えが正しいのか知る為に、家を出た。
逃げたと思われても仕方ないと思っている。 実際どちらか片方の思想だけでも聞かずに済むように、という思いも自分には確かにあったと思う。
だから僕はせめて、家から出たことをただ逃げただけではない、意味のある家出にしたかった。 ただの間違いにだけはしたくなかった。
だから僕は、僕を拾ってくれた師匠に弟子入りをした、いつか禪院家に戻る時の為に。当主になった時に禪院家を変えれるぐらい強くなる為に」
と一息に言い切ると、正気に戻ったように
「……話すことは多くないと言ったのに、長々と自分語りをしてしまってすみません。 先輩がした質問への答えとしては、禪院家で習っていたから、です」
と答え、口調も敬語で統一される。そうすると
「ま、私はそこまで思い詰めなくてもいいと思ってるけどねー」
「私が発現した時君は5歳だったわけだし、むしろ私のことを耳の痛いことばかり言ってくるやなやつ扱いしても良いはずだよ?」
とミクはフォローを入れる。
「そういう問題じゃ…」
「いや、ミクの言うことにもある程度理があると私も思うぞ」
と、憲紀はいつになく強く断言する。
「私も詳しくは言えないが、加茂家として難しい選択をすることになった時、どの選択が正しかったのかを考えることがあった。
だから、自分の選択を正しかったと思いたいたいという気持ちもある程度は分かっているつもりだ」
「そういう時には、自分の一番やりとげたいことを思い出す事だ。 はっきりとした目標が分かっていれば、どうにもならない過去よりもその目標を叶えるための最良の方法を考えることに意識は自然と向く。 それに、おそらく二宮がやりたいことは、自分のしたことを正しかったと思うことではなく、禪院家で何かを成し遂げることのはずだ」
「そう思うのは何故ですか」
「そうでなければ、禪院家へ戻るという発想は出ない。 呪術師として禪院家にいた時とは比較にならぬほど強くなり、人を救い続けるという道もあったはずだ」
「……!」
「だから二宮はまず、過去の自分を責めるのではなく、今の自分自身をしっかりと理解することが大切だと私は思っている」
加茂憲紀の語る処世術は、これまで加茂家の次期当主として振る舞ってきたことによる経験を感じさせる、確かな重みのある助言だった。
「…成程、確かにそうかもしれません。 ありがとうございます。何か、何か1つ、前進できたような気がしました」
並木通りにある桜の木は、既に開花し始めていた。
日下部は御三家でもないのに落花の情を知ってますが、それは生徒に引かれるぐらい色々と詳しい日下部がおかしいってことで。